六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

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災いの前(2) ルシーナ、鬼神にこたえる

◆ 5、暗い朝 ◆

 

「ん? もう、朝になっておったのか」

 鬼神。

 空を見上げて、気がついた。

「・・・暗い朝だのう」

 どんよりと濁った空に、陽光、なし。

 炭と灰をかき混ぜたがごとき雲。冷たい風に、流されて来る。

 ちりちりと、肌逆撫でる、氷のごとき風。

 西から、こちらへ。

 夜のかたから、かすかな明かりの指す岸辺へ。

「西か。月から見た変な雲も、たしか、そっちの方であったな・・・」

 鬼神。

 周囲を見る。

 誰も居らぬ。

 戦い済んで、竜は去り、岸辺に残るは、鬼神1人ぼっち。

「困ったぞ」

 うなる。

 当然、誰も応えぬ。

「やれ! 困ったぞ。これは。

 娘どもに、いますぐ知らせをしたいのに。

 空飛ぶ相棒も、小っちゃい妙雅(オクトラです!)も居らんとは・・・」

 ざり、ざり。

 ガラス質の砂浜を、音高く歩く。

「あいつ、いっつもウロチョロしとったからのう。

 いつでもどこでも誰とでも、連絡がつくようなつもりでおった。

 連絡ができんというのは、不便なことだ」

 首を振る。

「万(ばん)やむを得ぬ!

 1人ぼっちとなったならば。

 1人ぼっちでできること、するよりほかになし!」

 すったらすったら。

 とある河口を目指し、走りはじめる。

「とにかく、娘どもに警告してやらねば!

 あの子らに万が一があったら、私は生きてはおれんわい!」

 走る。

 が、すぐ、浜途切れ、走れる空間なくなる。

 森に突っ込むか? 水に飛び込むか?

 ざぶーん! 水に飛び込んだ。

 ざっぶ! ざっぶ! 水蹴立て、走った。

 がぼっ。ときどき、深みにはまったりもした。

 パキン、パキン。氷の割れる音が、波の音に混じる。

「くそっ、冷たい! まだるっこしい!

 こんなことなら、わけみたま、習っておくのだった。

 お月に頼めば、教えてくれたろうに。この、ぐうたら家出男めが!」

 

 自分自身を、ののしりつつ。

 鬼神、河口へ突入。ばっしゃんばっしゃんと、川をさかのぼってゆく。

 

 その川は、『丘の街』へと続く川であった。

 

◆ 6、鬼神、なぞのこえをきく ◆

 

 ばっしゃんばっしゃん!

 

 鬼神、川をさかのぼる。

 左右を木々に挟まれた、曲がりくねった川である。

 きつい地形ではない。が、張り出した木が、すごく、邪魔。

「くそっ。どけ!」

 鬼神。

 木の枝に、八つ当たり。

 六腕でビシバシへし折りつつ、進む。

 頭上にのしかかる木が行方を隠しておるのも、邪魔であった。

 先が見えぬ。後ろも見えぬ。

 自分がどれだけ進んできたのかわからぬ。

 気持ちだけが、前へ前へと、すっ飛んでゆく。

 風はだんだん強くなってくる。

 おどろおどろしい雲、一向に晴れる様子なし。むしろ分厚く黒くなってゆく。

「道を探すべきであったか?

 いや、しかし、私は道がどこにあるか、知らぬ。

 だったら、この川をさかのぼるが確実!」

 ビシ!

 バシ!

 木の枝を豪快にへし折って進む。

「初めは、この変な雲だけが心配で来たのだが・・・。

 神竜が私を狙っておるとわかったいま、娘にも害が及ぶ恐れがある!

 一刻も早く、伝えねば!

 ルシーナ。ハルモニアー。イリス。

 おまえたちには、指一本触れさせんぞ!」

 ・・・と。

 鬼神が娘どもの名をつぶやいたとき。

 がさっ。

 背後の木の上で、木の葉が鳴る。

「む! 生きものの気配!」

 鬼神、立ち止まる。

 振り向く。

 なんも、見えん。木、邪魔。

「ひらけ、巨人の眼!」

 カッ!

 鬼神、おでこの目ひらく。

 ギラリ、ギラリ、ギラリ・・・。

 暗雲の下、黄色の三眼が煌めいた(きらめいた)。

 すると、木の上から。

 

「めーみっつあんねん?」

 

 との、娘の声がした。

「むむ??? イリス?」

 鬼神、首をひねる。

 声聞いた途端、可愛い末娘の顔がぱっと浮かんだんである。

「・・・いやいや。

 イリスが、こんなところに居るはずがない。

 だいたいなんじゃ。めーみっつあんねんとは。意味がわからぬ。

 誰じゃ! 姿を現わせ!」

 怒鳴る。

 すると。

 がさがさ・・・かさ・・・・・・カサ・・・。

 音、遠ざかってった。

 鬼神。何回か呼吸するあいだ、じっと待つ。

「・・・逃げたか」

 ひらいておった第三眼を閉じて、鬼神、ふたたび走り出す。

「なんだったのだ。いまのは。

 人を惑わす、おばけかなんかか?

 あんまり気が急いとる(せいとる)もんで、幻聴でも聞いたか?

 わっはっは!」

 

 鬼神が、その声の正体を知るのは、いましばらく後のことであった。

 

◆ 7、門番、はやがねをうつ ◆

 

 ばっしゃんばっしゃん!

 ばっしゃんばっしゃんばっしゃん!

 

 鬼神、川をさかのぼる。

 相変わらず左右は木々に挟まれ、前が見えぬ。

 が。

「ひい!」「なにえ!?」

 人間の声が、前方から聞こえてきた。

「む。人か」

「そ・・・そこな者! 何者か!

 我らの言葉がわかるならば、止まりなさい!」

「ハイエルフのようだのう」

 お国言葉で、相手の種族を判断する。

「──ということは、丘の街に着いたのか!」

 飛び上がって喜ぶ。

 ばっしゃーん!

「やれ! うれしや! これで娘に警告できる!」

 駆け寄る。ばっしゃばっしゃばっしゃ!

「おおい!

 撃つなよ。私は怪物じゃないぞ。

 人げ──でもないが、ええと、なんじゃ、あれじゃ、神じゃ。鬼神じゃ!

 話をしに来ただけなのだ。安心しt──」

 

 がんがんがんがんがんがん!

 

「む?」

 川のカーブを曲がった鬼神が、見たものは。

 木の柵で守られた、仮設の水門にて。

 狂ったように鐘を打ち鳴らす、番兵の姿であった。

 

 門番、早鐘を打つ。

 『丘の街』に、警鐘(けいしょう)、けたたましく鳴り響いたのであった。

 

「・・・父が、まことに、お騒がせをいたしました」

 美女。

 淡い金色の髪した、もんのすごい美女。

 すまなそうな顔して、頭下げる。

「奇天烈なる(きてれつなる)行ない。私から言うておきますゆえ・・・」

「いえ。お味方とわかった以上は」

 青いレザーアーマー着たハイエルフの男が、返礼する。

「警報は解除。歩兵、帰還せよ。門番、通常任務にもどれ」

「は!」「は!」

「しからば参謀閣下、これにて」

 すうっ・・・。

 青いレザーアーマー、暗い空へ舞い上がり、街中へ飛んでもどってゆく。

 がしゃ、がしゃ・・・青銅装備したハイエルフ歩兵ども、歩いて引き揚げてゆく。

 美人と仮設水門の門番ども、その姿を、見送る。

「あのう・・・」と門番。「街に、入られますか? 鬼神さま」

「いや」

 鬼神は、仮設水門の外に立っておった。

 びしょ濡れである。まだ、ぽたぽたと水が滴っておる。

「私が入ったら、外交だなんだと、面倒なことになるからのう」

「いえ、そなことは・・・」

「すでに! 十分! 面倒になっておりまする!」

 美女、キレた。

「父上は! 自分が引き起こしたことを! わかっとらんのかに!?」

「・・・いやいや。娘よ」

 鬼神、美女をなだめる。

「ルシーナよ。父はな、ちゃんと声をかけたのだ」

 

 その美女、ルシーナ。

 鬼神と月神のあいだに生まれた三姉妹の、長女である。

 輝くばかりの美貌。知恵冴え、運動でき、たくらみよくする『新生アルス』の参謀。

 よくキレる、声のでかい美女である。

 

「声かけたって、アカンえ!」ルシーナ、キレる。「かかる暗き朝、川走って来たならば、敵と疑われて当然!」

「・・・しょうがないだろう」鬼神、いいわけをした。「私は、道を知らんかったのだから」

「言いわけをすな」一蹴である。

「はい。すまんことじゃ」

「門番殿に一言、お詫びを」

「ちっ!」

「ひい!?」「ひええ!」

「睨めとは言うておりませぬ!」

「はいはい。わかったわかった。

 門番殿。おさわがせをして、すまんかったのう」

「いえいえいえいえ・・・そんな決して・・・任務でありまして・・・どうぞごゆっくり・・・」

 

◆ 8、ルシーナ、鬼神にこたえる ◆

 

「ルシーナよ」

「・・・。」

 鬼神とルシーナ。

 冬の郊外を歩く。

 ざっく、ざっく。

 冷たく凍りついた雪を踏みしめて。

「機嫌を直してくれんか」

「・・・私の機嫌など、どうでもよろしいえ」

「迷惑かけてすまんかった。

 しかしな。とても大切なことで、おおあわてで来たのだ」

「私個人の迷惑ではありませぬ」

「大切なことなのだ。急ぐのだ。話を聞いてくれ」

 鬼神、ルシーナの顔を覗き込む。

 ルシーナ、そっぽ向く。

「おい!」鬼神キレた。「なんじゃ! その態度!」

「なにえ!」ルシーナもキレた。「なんじゃとは!」

「ちょっと川歩いたぐらいで、そんなに怒らんでもよかろう」

「真冬に、『ちょっと川歩く』、人間なんぞ、この世には、居りませぬ!」

「・・・まあそうだが、そんなに怒らn──」

「こな時間に、警鐘騒ぎ!

 同盟国に迷惑をかけ、我が国に恥をかかせた!

 私の気持ちごとき、小さな問題で、怒っておるのではありませぬ!」

「む」

「・・・父上は、外交というもの、わかっておられぬ」

「はあ。まあ、文明的な人間ではないわな。私は」

 鬼神。

 もと、野人。

 外交なんぞ存在せん荒野で育った。

 国王のときには、無理して頑張った。だがその反動で、余計に外交、嫌いになった。

 ため息つく。

「・・・すまぬ。おまえは、ルーンお嬢さんと、大事な役目をやっとるんであったな」

 そのツノ生えた額に。

 ぼたっ。白い冷たいもの、当たる。

「雪か」「また雪かに」

 父娘、同時にぼやく。

 冷たく重い牡丹雪(ぼたんゆき)。

 見上げれば、暗かった空が白くなるほど、渦巻いておる。

 風もじわじわと強くなっており、森の中の道を歩いておっても、肌に突き刺さるようである。

 ルシーナ、フードかぶる。マントしっかり閉じ合わせた。

「寒いか? 娘よ」

「寒いですえ」ルシーナ、父を見る。「父上は、平気なんかに?」

「いや、寒いが」

「凍傷になりますえ。そな、濡れたまんまで」

 ルシーナ、鬼神のふともも叩く。

 パキンパキン。薄氷砕ける。

「大丈夫じゃ。月の夜にさんぽしてみたこともある」

「ええ・・・?」

 月の夜は、とんでもなく寒くなる。氷点下どころではないんである。

「知りませんでしたえ」

「おまえらに言うたら、『私も行く』と言いそうだったのでな」

「イリスは言いそうですに」

「おまえもじゃ」

「私は言いませぬ」

「はいはい。それで、秘密で試したわけじゃ」

「はあ。ひみつですか。母上には?」

「言うたぞ。というか、ついてきて、寒い寒いと怒っておった」

「ははあ」ルシーナ、にやにやする。

「おい。変な想像をするんじゃないわ」

「しておりませぬ」

「しとる顔じゃ」

「しておりませぬ。

 ──して、大切な話とやら、余人に聞かれてもええ話ですかに?」

「誰か居るのか?」鬼神、きょろきょろする。「あ、そう言えばさっき、イリスみたいな声を聞いたのう」

「は?」

「いや、森の中でな」

「イリスはいま、水軍基地ですえ。湖のほとりの」

「そうか。では、幻聴だな」

「そな阿呆な。高いところから落っこちて、頭でも打ったのですか?」

「うむ。落っこちたが」

「・・・なにえ。平然。

 私が言うたのは、ハイエルフは耳が長いという意味ですえ」

 ルシーナ、フードの中で長い耳ぴこんぴこんした。

「盗み聞きか」

「はい」

「うーむ・・・盗み聞きされんでも、いずれ伝わる話ではあるが・・・」

「では人払いして聞きましょう。

 仮庁舎では騒ぎになりますゆえ、ボロ屋に来てもらいますが」

「私はかまわんが。

 ルシーナは、寒いんじゃないのか?

 おまえ、朝強いほうではなかったろう」

「わかっておるのならば、もう少し静かに来てほしいものですえ」

「はい。すまんことじゃ」

 

 ルシーナが『ボロ屋』と言うたのは、兵舎であった。

 仮庁舎近くの、運動場。のそばに併設されとる、木造の長細い平屋である。

「急ごしらえやに、すきま風と雨漏りがひどいのですえ。

 そやに、ここなハイエルフのストーブ、がんがんに焚きますれば・・・」

 ルシーナ。

 しゃべりながら、ストーブに小枝と枯れ葉入れ、火付ける。

 そこは兵舎のいちばん奥の指揮官室であった。他の部屋には雑魚寝ベットとストーブしかないところ、この部屋だけは個人ベットで、ストーブもでかく、テーブルも置いてある。

 ノックの音。

「なにえ」

「カバリオ隊長です。ルシーナ参謀がお呼びとのことで、参りました」

 ルシーナ、扉開ける。

 カバリオ隊長。小柄な茶のダークエルフの男。敬礼する。

「うむ。見ての通り、我が父上がいらっしゃった。

 秘密の話があるゆえ、人払いをお願いしたいのやが」

「は! 了解しました。しばらく確認の時間を頂けますか」

「うむ」

 扉閉まる。

「妹たちはどうしたのじゃ?」と鬼神。

「ルーン、ハル、イリスは、出かけておりまする」

 ルシーナ。

 ストーブに手かざしながら答える。

「ハルモニアーが遠征団を率いることになりまして。

 ルーンとイリスは、見送りに。

 もうそろそろ、船出しておるはずですえ」

「船出か・・・」

 できれば、娘どもはみーんな、月に逃がしておきたい鬼神である。

 唇を噛んだ。

 その表情で、ルシーナも『危険があるようだ』と察したらしい。こう付け加えた。

「万が一の場合には、いつでも連絡がつきまする。

 妙雅がオクトラを1機、予備機まで出してくれましたに」

「そうか」

 鬼神もストーブに近付いた。

 ぱちぱち・・・火の明かり、音、あったかさが心地よい。

「各地のダークエルフに新生アルスを宣伝し、人を招かねばなりませぬ。

 キノコ農家と商人は急務ですえ。治療師もまったく足りておりませぬ。

 巫女は、『湖の神殿』がものすごく積極的なのですが、それ以外は何もかも足りませぬ」

「人が足らんか。

 巨人の国も、嫁が足らんと、イリスが言うておったのう」

「巨人の国といえば、大臣たった数人で国を回しておりますが。

 いったい、どうやっておるのですかに?」

「うーん。

 あそこは、巨人のお弟子さんが何でもやらされる国だからのう。

 巨人の王が『やれ』と言うだけで、給料とかもないし」

「どうやって経済をしておったのです?」

「やっとらんかったな。いまは知らんが」

「食料はどうしておったのです?」

「・・・知らぬ」

「巨人はもんのすごく大食らいと、兄者らに聞きましたが。

 どう見ても、それほどの食料を輸入もしておらず、生産もしておりませぬ」

「む・・・う、うむ・・・」

「鍛冶にしてもそうですえ。

 空飛ぶ台をあれほど量産する原材料。いったいどこから?」

「むむむ・・・? 知らぬ」

「秘密の多い国ですに。父上も知らぬとは」

「言われてみれば・・・」

 ノックの音。

「なにえ」

「カバリオ隊長です。参謀閣下に報告」

 ルシーナ、扉開ける。

「確認、完了しました」

「うむ。ではしばらく頼む」

 扉閉まる。

 ルシーナ振り向く。

「さて、人払いはいたしました」

「そうか。では・・・」

 鬼神が言うよりも早く。

 ルシーナは、綺麗な指を立てて、こう言うてきた。

「当ててみせますえ。

 ──神竜のことで、我ら姉妹に『逃げよ』と言いに来た」

「なんと!」

 鬼神おどろく。

 ルシーナはちょっとうれしそうな顔をした。

 それから、真顔になった。問われるよりも先に、鬼神に答える。

 

「私は、アルスを守りまする。逃げるのは、なし」

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