◆ 5、暗い朝 ◆
「ん? もう、朝になっておったのか」
鬼神。
空を見上げて、気がついた。
「・・・暗い朝だのう」
どんよりと濁った空に、陽光、なし。
炭と灰をかき混ぜたがごとき雲。冷たい風に、流されて来る。
ちりちりと、肌逆撫でる、氷のごとき風。
西から、こちらへ。
夜のかたから、かすかな明かりの指す岸辺へ。
「西か。月から見た変な雲も、たしか、そっちの方であったな・・・」
鬼神。
周囲を見る。
誰も居らぬ。
戦い済んで、竜は去り、岸辺に残るは、鬼神1人ぼっち。
「困ったぞ」
うなる。
当然、誰も応えぬ。
「やれ! 困ったぞ。これは。
娘どもに、いますぐ知らせをしたいのに。
空飛ぶ相棒も、小っちゃい妙雅(オクトラです!)も居らんとは・・・」
ざり、ざり。
ガラス質の砂浜を、音高く歩く。
「あいつ、いっつもウロチョロしとったからのう。
いつでもどこでも誰とでも、連絡がつくようなつもりでおった。
連絡ができんというのは、不便なことだ」
首を振る。
「万(ばん)やむを得ぬ!
1人ぼっちとなったならば。
1人ぼっちでできること、するよりほかになし!」
すったらすったら。
とある河口を目指し、走りはじめる。
「とにかく、娘どもに警告してやらねば!
あの子らに万が一があったら、私は生きてはおれんわい!」
走る。
が、すぐ、浜途切れ、走れる空間なくなる。
森に突っ込むか? 水に飛び込むか?
ざぶーん! 水に飛び込んだ。
ざっぶ! ざっぶ! 水蹴立て、走った。
がぼっ。ときどき、深みにはまったりもした。
パキン、パキン。氷の割れる音が、波の音に混じる。
「くそっ、冷たい! まだるっこしい!
こんなことなら、わけみたま、習っておくのだった。
お月に頼めば、教えてくれたろうに。この、ぐうたら家出男めが!」
自分自身を、ののしりつつ。
鬼神、河口へ突入。ばっしゃんばっしゃんと、川をさかのぼってゆく。
その川は、『丘の街』へと続く川であった。
◆ 6、鬼神、なぞのこえをきく ◆
ばっしゃんばっしゃん!
鬼神、川をさかのぼる。
左右を木々に挟まれた、曲がりくねった川である。
きつい地形ではない。が、張り出した木が、すごく、邪魔。
「くそっ。どけ!」
鬼神。
木の枝に、八つ当たり。
六腕でビシバシへし折りつつ、進む。
頭上にのしかかる木が行方を隠しておるのも、邪魔であった。
先が見えぬ。後ろも見えぬ。
自分がどれだけ進んできたのかわからぬ。
気持ちだけが、前へ前へと、すっ飛んでゆく。
風はだんだん強くなってくる。
おどろおどろしい雲、一向に晴れる様子なし。むしろ分厚く黒くなってゆく。
「道を探すべきであったか?
いや、しかし、私は道がどこにあるか、知らぬ。
だったら、この川をさかのぼるが確実!」
ビシ!
バシ!
木の枝を豪快にへし折って進む。
「初めは、この変な雲だけが心配で来たのだが・・・。
神竜が私を狙っておるとわかったいま、娘にも害が及ぶ恐れがある!
一刻も早く、伝えねば!
ルシーナ。ハルモニアー。イリス。
おまえたちには、指一本触れさせんぞ!」
・・・と。
鬼神が娘どもの名をつぶやいたとき。
がさっ。
背後の木の上で、木の葉が鳴る。
「む! 生きものの気配!」
鬼神、立ち止まる。
振り向く。
なんも、見えん。木、邪魔。
「ひらけ、巨人の眼!」
カッ!
鬼神、おでこの目ひらく。
ギラリ、ギラリ、ギラリ・・・。
暗雲の下、黄色の三眼が煌めいた(きらめいた)。
すると、木の上から。
「めーみっつあんねん?」
との、娘の声がした。
「むむ??? イリス?」
鬼神、首をひねる。
声聞いた途端、可愛い末娘の顔がぱっと浮かんだんである。
「・・・いやいや。
イリスが、こんなところに居るはずがない。
だいたいなんじゃ。めーみっつあんねんとは。意味がわからぬ。
誰じゃ! 姿を現わせ!」
怒鳴る。
すると。
がさがさ・・・かさ・・・・・・カサ・・・。
音、遠ざかってった。
鬼神。何回か呼吸するあいだ、じっと待つ。
「・・・逃げたか」
ひらいておった第三眼を閉じて、鬼神、ふたたび走り出す。
「なんだったのだ。いまのは。
人を惑わす、おばけかなんかか?
あんまり気が急いとる(せいとる)もんで、幻聴でも聞いたか?
わっはっは!」
鬼神が、その声の正体を知るのは、いましばらく後のことであった。
◆ 7、門番、はやがねをうつ ◆
ばっしゃんばっしゃん!
ばっしゃんばっしゃんばっしゃん!
鬼神、川をさかのぼる。
相変わらず左右は木々に挟まれ、前が見えぬ。
が。
「ひい!」「なにえ!?」
人間の声が、前方から聞こえてきた。
「む。人か」
「そ・・・そこな者! 何者か!
我らの言葉がわかるならば、止まりなさい!」
「ハイエルフのようだのう」
お国言葉で、相手の種族を判断する。
「──ということは、丘の街に着いたのか!」
飛び上がって喜ぶ。
ばっしゃーん!
「やれ! うれしや! これで娘に警告できる!」
駆け寄る。ばっしゃばっしゃばっしゃ!
「おおい!
撃つなよ。私は怪物じゃないぞ。
人げ──でもないが、ええと、なんじゃ、あれじゃ、神じゃ。鬼神じゃ!
話をしに来ただけなのだ。安心しt──」
がんがんがんがんがんがん!
「む?」
川のカーブを曲がった鬼神が、見たものは。
木の柵で守られた、仮設の水門にて。
狂ったように鐘を打ち鳴らす、番兵の姿であった。
門番、早鐘を打つ。
『丘の街』に、警鐘(けいしょう)、けたたましく鳴り響いたのであった。
「・・・父が、まことに、お騒がせをいたしました」
美女。
淡い金色の髪した、もんのすごい美女。
すまなそうな顔して、頭下げる。
「奇天烈なる(きてれつなる)行ない。私から言うておきますゆえ・・・」
「いえ。お味方とわかった以上は」
青いレザーアーマー着たハイエルフの男が、返礼する。
「警報は解除。歩兵、帰還せよ。門番、通常任務にもどれ」
「は!」「は!」
「しからば参謀閣下、これにて」
すうっ・・・。
青いレザーアーマー、暗い空へ舞い上がり、街中へ飛んでもどってゆく。
がしゃ、がしゃ・・・青銅装備したハイエルフ歩兵ども、歩いて引き揚げてゆく。
美人と仮設水門の門番ども、その姿を、見送る。
「あのう・・・」と門番。「街に、入られますか? 鬼神さま」
「いや」
鬼神は、仮設水門の外に立っておった。
びしょ濡れである。まだ、ぽたぽたと水が滴っておる。
「私が入ったら、外交だなんだと、面倒なことになるからのう」
「いえ、そなことは・・・」
「すでに! 十分! 面倒になっておりまする!」
美女、キレた。
「父上は! 自分が引き起こしたことを! わかっとらんのかに!?」
「・・・いやいや。娘よ」
鬼神、美女をなだめる。
「ルシーナよ。父はな、ちゃんと声をかけたのだ」
その美女、ルシーナ。
鬼神と月神のあいだに生まれた三姉妹の、長女である。
輝くばかりの美貌。知恵冴え、運動でき、たくらみよくする『新生アルス』の参謀。
よくキレる、声のでかい美女である。
「声かけたって、アカンえ!」ルシーナ、キレる。「かかる暗き朝、川走って来たならば、敵と疑われて当然!」
「・・・しょうがないだろう」鬼神、いいわけをした。「私は、道を知らんかったのだから」
「言いわけをすな」一蹴である。
「はい。すまんことじゃ」
「門番殿に一言、お詫びを」
「ちっ!」
「ひい!?」「ひええ!」
「睨めとは言うておりませぬ!」
「はいはい。わかったわかった。
門番殿。おさわがせをして、すまんかったのう」
「いえいえいえいえ・・・そんな決して・・・任務でありまして・・・どうぞごゆっくり・・・」
◆ 8、ルシーナ、鬼神にこたえる ◆
「ルシーナよ」
「・・・。」
鬼神とルシーナ。
冬の郊外を歩く。
ざっく、ざっく。
冷たく凍りついた雪を踏みしめて。
「機嫌を直してくれんか」
「・・・私の機嫌など、どうでもよろしいえ」
「迷惑かけてすまんかった。
しかしな。とても大切なことで、おおあわてで来たのだ」
「私個人の迷惑ではありませぬ」
「大切なことなのだ。急ぐのだ。話を聞いてくれ」
鬼神、ルシーナの顔を覗き込む。
ルシーナ、そっぽ向く。
「おい!」鬼神キレた。「なんじゃ! その態度!」
「なにえ!」ルシーナもキレた。「なんじゃとは!」
「ちょっと川歩いたぐらいで、そんなに怒らんでもよかろう」
「真冬に、『ちょっと川歩く』、人間なんぞ、この世には、居りませぬ!」
「・・・まあそうだが、そんなに怒らn──」
「こな時間に、警鐘騒ぎ!
同盟国に迷惑をかけ、我が国に恥をかかせた!
私の気持ちごとき、小さな問題で、怒っておるのではありませぬ!」
「む」
「・・・父上は、外交というもの、わかっておられぬ」
「はあ。まあ、文明的な人間ではないわな。私は」
鬼神。
もと、野人。
外交なんぞ存在せん荒野で育った。
国王のときには、無理して頑張った。だがその反動で、余計に外交、嫌いになった。
ため息つく。
「・・・すまぬ。おまえは、ルーンお嬢さんと、大事な役目をやっとるんであったな」
そのツノ生えた額に。
ぼたっ。白い冷たいもの、当たる。
「雪か」「また雪かに」
父娘、同時にぼやく。
冷たく重い牡丹雪(ぼたんゆき)。
見上げれば、暗かった空が白くなるほど、渦巻いておる。
風もじわじわと強くなっており、森の中の道を歩いておっても、肌に突き刺さるようである。
ルシーナ、フードかぶる。マントしっかり閉じ合わせた。
「寒いか? 娘よ」
「寒いですえ」ルシーナ、父を見る。「父上は、平気なんかに?」
「いや、寒いが」
「凍傷になりますえ。そな、濡れたまんまで」
ルシーナ、鬼神のふともも叩く。
パキンパキン。薄氷砕ける。
「大丈夫じゃ。月の夜にさんぽしてみたこともある」
「ええ・・・?」
月の夜は、とんでもなく寒くなる。氷点下どころではないんである。
「知りませんでしたえ」
「おまえらに言うたら、『私も行く』と言いそうだったのでな」
「イリスは言いそうですに」
「おまえもじゃ」
「私は言いませぬ」
「はいはい。それで、秘密で試したわけじゃ」
「はあ。ひみつですか。母上には?」
「言うたぞ。というか、ついてきて、寒い寒いと怒っておった」
「ははあ」ルシーナ、にやにやする。
「おい。変な想像をするんじゃないわ」
「しておりませぬ」
「しとる顔じゃ」
「しておりませぬ。
──して、大切な話とやら、余人に聞かれてもええ話ですかに?」
「誰か居るのか?」鬼神、きょろきょろする。「あ、そう言えばさっき、イリスみたいな声を聞いたのう」
「は?」
「いや、森の中でな」
「イリスはいま、水軍基地ですえ。湖のほとりの」
「そうか。では、幻聴だな」
「そな阿呆な。高いところから落っこちて、頭でも打ったのですか?」
「うむ。落っこちたが」
「・・・なにえ。平然。
私が言うたのは、ハイエルフは耳が長いという意味ですえ」
ルシーナ、フードの中で長い耳ぴこんぴこんした。
「盗み聞きか」
「はい」
「うーむ・・・盗み聞きされんでも、いずれ伝わる話ではあるが・・・」
「では人払いして聞きましょう。
仮庁舎では騒ぎになりますゆえ、ボロ屋に来てもらいますが」
「私はかまわんが。
ルシーナは、寒いんじゃないのか?
おまえ、朝強いほうではなかったろう」
「わかっておるのならば、もう少し静かに来てほしいものですえ」
「はい。すまんことじゃ」
ルシーナが『ボロ屋』と言うたのは、兵舎であった。
仮庁舎近くの、運動場。のそばに併設されとる、木造の長細い平屋である。
「急ごしらえやに、すきま風と雨漏りがひどいのですえ。
そやに、ここなハイエルフのストーブ、がんがんに焚きますれば・・・」
ルシーナ。
しゃべりながら、ストーブに小枝と枯れ葉入れ、火付ける。
そこは兵舎のいちばん奥の指揮官室であった。他の部屋には雑魚寝ベットとストーブしかないところ、この部屋だけは個人ベットで、ストーブもでかく、テーブルも置いてある。
ノックの音。
「なにえ」
「カバリオ隊長です。ルシーナ参謀がお呼びとのことで、参りました」
ルシーナ、扉開ける。
カバリオ隊長。小柄な茶のダークエルフの男。敬礼する。
「うむ。見ての通り、我が父上がいらっしゃった。
秘密の話があるゆえ、人払いをお願いしたいのやが」
「は! 了解しました。しばらく確認の時間を頂けますか」
「うむ」
扉閉まる。
「妹たちはどうしたのじゃ?」と鬼神。
「ルーン、ハル、イリスは、出かけておりまする」
ルシーナ。
ストーブに手かざしながら答える。
「ハルモニアーが遠征団を率いることになりまして。
ルーンとイリスは、見送りに。
もうそろそろ、船出しておるはずですえ」
「船出か・・・」
できれば、娘どもはみーんな、月に逃がしておきたい鬼神である。
唇を噛んだ。
その表情で、ルシーナも『危険があるようだ』と察したらしい。こう付け加えた。
「万が一の場合には、いつでも連絡がつきまする。
妙雅がオクトラを1機、予備機まで出してくれましたに」
「そうか」
鬼神もストーブに近付いた。
ぱちぱち・・・火の明かり、音、あったかさが心地よい。
「各地のダークエルフに新生アルスを宣伝し、人を招かねばなりませぬ。
キノコ農家と商人は急務ですえ。治療師もまったく足りておりませぬ。
巫女は、『湖の神殿』がものすごく積極的なのですが、それ以外は何もかも足りませぬ」
「人が足らんか。
巨人の国も、嫁が足らんと、イリスが言うておったのう」
「巨人の国といえば、大臣たった数人で国を回しておりますが。
いったい、どうやっておるのですかに?」
「うーん。
あそこは、巨人のお弟子さんが何でもやらされる国だからのう。
巨人の王が『やれ』と言うだけで、給料とかもないし」
「どうやって経済をしておったのです?」
「やっとらんかったな。いまは知らんが」
「食料はどうしておったのです?」
「・・・知らぬ」
「巨人はもんのすごく大食らいと、兄者らに聞きましたが。
どう見ても、それほどの食料を輸入もしておらず、生産もしておりませぬ」
「む・・・う、うむ・・・」
「鍛冶にしてもそうですえ。
空飛ぶ台をあれほど量産する原材料。いったいどこから?」
「むむむ・・・? 知らぬ」
「秘密の多い国ですに。父上も知らぬとは」
「言われてみれば・・・」
ノックの音。
「なにえ」
「カバリオ隊長です。参謀閣下に報告」
ルシーナ、扉開ける。
「確認、完了しました」
「うむ。ではしばらく頼む」
扉閉まる。
ルシーナ振り向く。
「さて、人払いはいたしました」
「そうか。では・・・」
鬼神が言うよりも早く。
ルシーナは、綺麗な指を立てて、こう言うてきた。
「当ててみせますえ。
──神竜のことで、我ら姉妹に『逃げよ』と言いに来た」
「なんと!」
鬼神おどろく。
ルシーナはちょっとうれしそうな顔をした。
それから、真顔になった。問われるよりも先に、鬼神に答える。
「私は、アルスを守りまする。逃げるのは、なし」