◆ 15、ボナス閣下、こぶしをにぎる ◆
妙雅・艦橋にて。
<きしにぃより、『鬼神さま発見』との報!>
妙雅の弾んだ声、響く。
ボナス閣下、千里眼の玉に張り付いた。「映せ!」
コボルド兵は当惑である。「ば、場所がわからんでござる」
<オクトラ・ウォッチャー、制御もらいます>
妙雅が制御を奪い、コボルド兵が操作しておった映像が、勝手に動き始める。
ぐいーん・・・と空を飛び、神竜の背中をざーっと眺め渡して・・・
<発見しました!
鬼神さま、健在!
さらに『神竜、脇腹より出血』との報!>
「傷口を映せ」
<制御返します>
「了解でござる!」
ボナス閣下、映像が動くのをじっと待つ。
千里眼の玉には、ガンメタ鬼神台が小さく映っておる。バックに神竜の巨大な胴体がある。
コボルド兵が棒をガチャガチャ。映像、神竜に近付く。左の脇腹へ。そこに、小さな小さな傷口あり。
それは、本当は、でっかい傷口であった。だが神竜があまりに巨大なので、針の穴のように見えておる。
赤く輝く血が、あふれだしておった。
神竜は苦悶に身をよじっておる。
ガンメタ鬼神台が、鬼神と共に上昇してゆく。神竜の上方を取るつもりのようである。
「うむ! 傷口!」ボナス閣下、こぶしを握る。「・・・そやに、イリスさまを乗せよと命じたはずやが?」
<問い合わせます。問い合わせました。返答。
『イリスさま付近、つばさへびあり。近付けば囲まれると判断。
上空で機会をうかがっておったところ、鬼神さまが落下してゆくのを発見。回収した。
──我が主人を助けて、何が悪い』>
「判断は妥当である。が、報告なしで動くな。妙雅艦長に動きを伝えよ。
引き続き、イリスさま救助に当たれ。艦橋以上」
<『きしにぃ号了解』>
通信終わり。
ボナス閣下。
神竜の傷口を見つめ、念じる。
「使え。神竜。さあ、使え!」
◆ 16、イリスとポタージュ ◆
神竜の頭の上にて。
「なんかめっちゃ来た」
イリス、引っ込む。
ウロコの下に、潜り込む。
神竜のウロコ。巨大である。
大きな館の、ひさしぐらいある。
そこに、青い鳥娘がちょこんと座って丸くなっておる。「にげる?」
「気付かれたらに。まだ気付かれてへんし、様子見よ」
「よー炭よぉ?」
イリスとポタージュであった。
鬼神を見送ってから、これといってすることなく、じっとしとるんである。
先ほど、神竜が苦悶の声を上げた。
地響きのごとく、2人の足元に伝わってきた。
「あれ、なんやったんやろ?」
「さー?」
「おっ父がなんかやったんかな」
「さー?」
イリス、ポタージュにくっつく。羽毛、ふわふわ。恐怖、やわらぐ。
「神竜のこと、うち、めっちゃ恐いと思うておったに。
そやに、懐に入り込んだら、案外安全なもんやに」
「うん。あんがー安全やんぃー?」
「でっかすぎて、隙間ありすぎて、なんぼでも隠れれる」
「うん。すきま。すっかすか」
意外な弱点であった。
「どんな恐ろしいもんにでも、攻略法はある、っちゅうことかに」
「さー?」
2人の頭上を、ときおり、白い大蛇が飛んでゆく。つばさへびである。
イリス、息を殺して行方をうかがう。腰の小剣に手をやるが、さすがのイリスでも、小剣程度で相手できる敵ではない。
ポタージュ、フワフワ羽毛ふくらませ、イリスの隣でじーっと待つ。
「・・・。」「・・・。」
仲良く息殺し、敵が通りすぎるのを待つ。
通りすぎた。
「・・・行ってもた」とイリス。「さっきまでほとんど居らんかったに、えらい忙しく飛び回っておる」
「うん。なんか、探してる」
「ポタージュもそう思う?」
「うん」
「やっぱ、おっ父やと思うえ!」
イリス、期待に目を輝かす。
ポタージュ、そんなイリスを見て、
「イリス、げんき?」
「・・・うん元気」イリスはほほえんだ。「やる気出てきた。うちも、なんかできると思う!」
「うん」ポタージュうなずく。「うたう?」
ポタージュ、ハルモニアーに歌を習うて以来、ちょっとなんかあると歌おうとする。
歌詞めちゃくちゃなるも、声はとにかく美しい。
イリス、もちろん、ポタージュの歌、大好き。──ではあるが、さすがにいまは。
「敵に気付かれるに、あとでに」
「うん」
「うちらも、戦えたらええんやけど」
「むり。かちんかちん」
ポタージュの答えはシンプルである。
鳥の足爪で、カチンカチンと、足元のウロコを引っ掻く。
「そやに。
ポタージュ、いったん降りて、またここに来れる?」
「むり」ポタージュ、シンプル。「ここに出たの、たまたま。場所、わからぬえー」
「そっか。なんかできへんかなぁ」
イリスは動きたくてたまらん様子である。
「おっ父が心配やに。出て、見に行こか」
「だめ。あのへび、あぶない」
ポタージュは首をぶるぶる振った。
「飛びつく。巻きつく。噛みついて、殺す。くまも、殺す。見たことある」
「そっかぁ」
「めーみっつあんねん、待とう?」
「ふふ。それ、名前やないに」
「めーみっつあんねん?」
「目ぇ三つあんねん」
・・・などと、2人でじっと待っておると。
「おうい、イリス! イリスや、居るかー?」
イリスの待ち望んでおる声が、聞こえてきたのであった。
◆ 17、ガンメタ鬼神台、ぶっぱなす ◆
「おっ父や!」
イリス、喜ぶ。
ウロコの隙間から、見上げた上空。
ガンメタリックのかぶとがに! の、お腹! 上空にあり!
「きしにぃ!」
イリスが呼ぶと、ひょいっと、赤く大きな顔がのぞいた。
鬼神であった。
「イリス! 乗れ! つばさへびが来る。急げ!」
「ポタージュ!」
「『空間』のルーン! イリスとポタージュを、めーみっつあんねんの後ろに落ち着けよ」
ぱっ。
イリスとポタージュ、その場から消える。
ばさっ。
鬼神の背後に出現した。
鬼神が、2人をかばい、ガンメタ鬼神台の風防の中へしゃがませた。
「来るぞ!
頭を上げんようにしてくれ。慣れん剣を振るっておるのでな」
鬼神の手には、オレンジの剣がある。
「あれ? グレ姉(ねぇ)?」とイリス。
「亡き英雄の剣じゃ。由来はわからぬ。
おっと、そうじゃ! この御方をたのむ!」
鬼神。
懐から、がいこつ取り出して、2人に渡した。
「ぴぃー!」ポタージュびびる。
「なにこれ?」とイリス。
「亡き英雄の御遺骨じゃ。大事にしてやってくれ。あとこれ」
「なにこのジャギジャギしたん?」
つばさへび、飛び掛かって来よる。
「神竜の、」鬼神、剣を振る。バッサリ! 撃退。「牙じゃ! 手投げ弾にでもせよ」
「やった。やることできた」
イリス、べきべきと神竜の牙(の表面のジャギジャギ)を砕き始めた。
「ポタージュ、できること、なーい?」
「お嬢さんのルーンは、」バッサリ!「間違いなく、」バッサリ!「役に立つが、いまは」バッサリ!「安全を第一にせよ!」
「うん」
ぶわっさぶわっさ。
ガンメタ鬼神台が180度ターンした。
「後ろからも来おった!
うお! 左右からも来おった!」鬼神、あせる。
「下からも来ておるえ」うつ伏せになっとるイリス。
「上からも、きておるゑー」ポタージュ。
「囲まれとるがな!
相棒! 大砲でなんとか突破できんか?
こやつらは、『力』のルーンを無効化しよるのだ。絡まれると、わしらでも危ないぞ!」
ぶわっさ。
ぶわっさぶわっさ。
かぱ。ガンメタ鬼神台、大砲出した。
「よし! イリス、ポタージュ、備えよ!」
「なんに?」
「相棒が大砲で突破する。音がするが、びびるな!」
ぶわっさ。
ガンメタ鬼神台、前進開始。
ぶわっさ、ぶわっさ、ぶわっさ・・・カウントダウンして。
ド!!! パァァァン・・・!
これまでに撃ったことのないものを、ぶっ放した!
「ぬお!」
鬼神びびる。
ごっつい音。煙。火花!
高速でまき散らされる、無数のつぶて!
つばさへびの群れ──木の幹ほどもある大蛇どもを、粉砕!
数匹まとめて、バラッバラに叩きつぶした!
ぐ、あ、あ、あ、あ・・・! 神竜の、苦悶の声!
どおん! ガンメタ鬼神台、加速! いま空けた穴を、突き抜ける!
包囲網突破である!
「な・・・なんと・・・」鬼神、びっくりである。「新しい大砲か!」
ぶわっさ。
「いまのは、あれだな。
小さい石を雨あられと降らすやつ。
ええと、なんだっけ? 本で読んだのだが」
「散弾」とイリス。
「そうじゃ! さんだん!」
それは、散弾!
この時代においては、『投石器』と呼ばれる大型兵器が使っておった攻撃法!
小さい弾をまとめて投げつけ、広範囲の敵・障害物をぶちのめす!
ガンメタ鬼神台は、それを、なんと、おでこの大砲からぶっ放したのであった!
名付けて、散弾砲である!
「初めて見たぞ。恐ろしい攻撃だな」
ぶわっさ、ぶわっさ・・・。
「この日のために温存してあったというわけか。
うむ。それで正解じゃ。こんなもん、人間に撃っちゃいかん武器だわい」
ぶわっさ。
「じんりゅー、ねじれてる」ポタージュの警告。
「ぬ。まだ来るか」
鬼神、首を出し、下を見る。
神竜の巨体が、ぐりーーーん・・・・・・・・・と、ロールしておる。
ロール。つまり、寝転がった人間がゴロゴロするみたいに、軸回転である。
「・・・何をしとるのだ?」鬼神わからん。「痛がっとるのか?」
「爪!」とイリス。「爪で、フック打つ気やえ!」
「相棒、上昇じゃ!!!」
ぶわっさぶわっさ!
ガンメタ鬼神台、緊迫した声を返し、上方ではなく真後ろへ動いた。
なんで後ろに?
それは、上空にもつばさへびが回り込んでおったからである。
バックしたのはなぜか? 散弾砲撃って前進すれば良さそうなもんを、なぜバック?
それは、2つの理由からである。
理由その1。鬼神とイリスが、攻撃しやすいということ。
「当たり!」びし。イリスの手投げ弾、つばさへびの鼻を叩く。
「どけい!」バッサリ。鬼神の持つ剣、“優雅”が、イリスがひるませた敵を切る。
後ろには風防がないので、イリスの手投げ弾攻撃がしやすい。鬼神も剣が振るいやすいわけである。
理由その2。それは──
「相棒! 散弾砲はどうした!」
ぶわっさぶわっさ!
「撃てんのか? なんでじゃ」
「装填(そうてん)かに?」
ぶわっさ!
「なんじゃ、そうてんとは」
「弾の装填に時間がかかるんやと思うえ」
ぶわっさ。
──理由その2は、『散弾砲は連射できん』っちゅうことであった!
「つばさ! 手!」ポタージュが警告。
ゴッ・・・オオオオオ!!!
神竜のつばさが、ガンメタ鬼神台をかすめる。
猛烈な風!
つばさへびども、その風に巻かれ、蚊とんぼがごとく吹き散らされる。
だが、ガンメタ鬼神台、『力』のルーンで相殺! びくともせぬ!
ォォォッ・・・・・・・・・ご、あ、あ、あ、あ!!!
今度は爪!
つばさと胴体で隠すようにしての、ドラゴン前足・フック・パンチ!
轟音、竜巻、衝撃波! 爪の先端が、雷をまとっておる!
ガンメタ鬼神台、勇敢にも、これを『力』のルーンで受けようと──
「だめじゃあ!!! 相殺はできんぞ!!!」鬼神絶叫である。「かわせ!!! かわせ!!!!!」
ぶわっさ!?
ガンメタ鬼神台、慌てて回避運動に移る。
だが間に合わん!
神竜が、ずっ・・・・・・・・・! と、巨大な前足を、伸ばしおった!
ガンメタ鬼神台、爪の射程内! もう何をするにも間に合わん!
「ポタ!」イリス叫ぶ。
「『空間』のルーン! みんな、上にジャンプ!」
ぴょーん!
ガンメタ鬼神台、上空へ急激にジャンプした!
猛烈なる、加速の反動! みな、ガンメタ鬼神台に押しつけられる!
「ぐえぇ」イリスつぶれる!
「ぷぎぇ!」ポタージュ悲鳴!
「ぬわあ」鬼神、手すりにしがみつく!
ぶわっさぁ!? ガンメタ鬼神台もびっくり!
だがかわした! 竜巻来るも、これはガンメタ鬼神台が華麗に相殺!
ノーダメであった!
「いかんぞ相棒。神竜には、『力』のルーンは効かんのだ!」
鬼神。
あわてて、相棒に『天』のルーンのことを説明する。
ぶわっさ・・・ぶわっさ、ぶわっさ・・・。
ぶわっさ。
「わかったなら、よしじゃ。
ポタージュお嬢さん、いまのはお手柄であった! 助かったぞ!」
「ぴぃー・・・」ポタージュ、元気ない。「にげていい?」
「うむ。しかし、ここはガマンせねばならんところじゃ」
「なんで?」とイリス。「妙雅に合流したほうがええんちゃうかに?」
上空。
黒い塔を束ねたみたいな、巨大な母艦が飛んでおる。
その威容。ゆったりした飛行。あそこへ逃げ込めば、安全なのではと思わされる。
「ダメじゃ。
妙雅は、動きがにぶい。神竜に殴られたら、おしまいじゃ」
ぶわっさ。
「だろう? おまえもそう思って、ここで待っとるのだろう?」
ぶわっさ。
「何を待っておるん?」
「なんかだ」と鬼神。
「なんかってなに?」
「なんかとはなんかじゃ。
妙雅やみんなが、きっとなんかやってくれる。それを、待つのだ」
ぶわっさ。
ぱか。ガンメタ鬼神台、またおでこの大砲ひらいた。
ぶわっさ、ぶわっさ、ぶわっさ・・・ドッパァァァン! つばさへびを打ち砕く。
「よし。神竜の前足が届かん距離を保つとしよう」
「いーち」
「そこでつばさへびを釣って、時間稼ぎをする」
「にーぃ」
「すなわち、つばさへび釣りじゃ!」
「さーん」
「・・・なにを数えておるのじゃ? お嬢さん」
「あいだ。しーぃ」
「あいだ?」
「きしにぃの、どぱーんの、ごーぉ」
「あ」とイリス。「装填間隔、計ってくれておるん?」
「うん。ろーく」
「なんとかしこい!」鬼神感心である。
「ポタージュはかしこ「しーち」いのえ。とっさのとき、めっちゃたよ「はーち」りになるえ」
「そうかそうか。ええ友だちを持ったのう」
「うん!」
「お・・・の・・・・・・れ・・・・・・・・・!」
神竜は、もんのすごく怒っておるようである。
だが、図体が巨大すぎ、挙動が大きすぎる。
何をやって来たとしても、ポタージュが事前に見抜いて回避余裕! という状態である。
また、鬼神がぶち抜いた脇腹の傷も、神竜を苦しめておるようである。
とうとう、神竜はあきらめて、逃げ始めた。
大きな大きな図体で、うねうねうねうねとうねくるように、前進を始める。
「しっぽ!」ポタージュが警告。
神竜の、どんな山脈よりも太く大きなしっぽが、逃げ際に、はね上げられた。
まるで負け惜しみである。
すいー。ガンメタ鬼神台、これも避けた。猛烈な風が襲い来るが、風ならなんぼでも『力』のルーンで相殺できる。
ノーダメである。
神竜は、水平線の向こうまで飛んでいってしもうた。
「逃げたのか?」
いや。カーブして、水平線のあたりで止まった。
「追うか?」
ぶわっさぶわっさ。
「待てと? 上からの命令か?」
ぶわっさ。
「そうか。よし、ならば、休憩じゃ!」
敵味方ともに、ひとときの休息である。
「・・・しかし、アレだな。
神竜が起こした風には、『天』のルーンは及んどらんのだな。
相棒が相殺できたものな。さっき」
「そやに」とイリス。
「じんりゅー、ルーン使ってる」とポタージュ。
「なに?」
「『天』の・・・ルーン・・・」
遠雷のごとき声が、空を渡って聞こえてきた。
「私は・・・この・・・いまいましい傷に・・・勝つ・・・」
「どういうことだ?」
「傷って、おっ父が開けた傷口かに?」
「きず、なおる?」
3人。
顔を見合わせる。
「・・・おい。それはまずいぞ」
鬼神、冷や汗である。
「義父上が、命がけでつけた傷!
『天』のルーンのひと声で、治ってしまうというのか!?」
◆ 18、ボナス閣下、決戦をせんげんす ◆
妙雅艦橋。
<きしにぃ号より連絡。
『神竜、『天』のルーンで傷を上回る、という詠唱をしたもよう』>
「ぬ!」
それは、ショッキングな情報のはずであった。
だがボナス閣下の反応は、鬼神とは正反対であった。
「すわ! 好機来たれり!」
ボナス閣下。
こぶしを握り、奮い立ったのである。
「全艦放送ひらけ!」
<はい! ひらきました>
「こちら艦橋。ボナス司令官。
全部隊に告ぐ。
これより、決戦に入る!
神竜血を流し、勝利の糸口、あらわれたり!
これより、決戦!
散弾砲兵、席に着け。
神竜攻撃隊、出撃準備。
姉妹祈願班、マナ招集を始めよ」
≪始めよ・・・めよ・・・≫
こだまが響く。
ボナス閣下。こだまが消えるまで待って、つづけた。
「こは(これは)、継承の戦なり。
巨人の王の一撃。
鬼神さまの追撃。
我ら、その偉大なる連撃に、続くや、否や?」
≪続くや続くや・・・否や・・・≫
「いかにも!
我らは、続くものなり!
勇気を受け継ぎ、望みを受け継ぎ!
もって──我ら、神竜に、勝つ!」
≪神竜に、勝つ・・・勝つ・・・≫
「勝つえ!」「おう!」「えいえいおう!」
ルシーナ参謀、カバリオ隊長、コボルド兵ども。
全艦放送に答えるがごとく気合入れ、座席のベルトを外し、立ち上がった。
「ほな、隊長。祝勝会で!」
「おお! ルシーナさま、祝勝会で!」
ルシーナが出した白いこぶしに、カバリオの茶色のこぶしがぶつかる。
カバリオは走り去った。彼は『散弾砲』の担当であった。補助塔内にある砲室が持ち場である。
ルシーナは、部屋の中央にある溝へ。
4段しかない階段を降りる。
そこには空飛ぶ台が並んでおる。
クリーム色の空飛ぶ台のところへ、小走りに駆ける。
エスロ博士が、すでにそこで待っておった。
「頼みますえ。エスロ台さま」
ぶわっさ! クリーム色の台、羽ばたきの音で答える。
エスロ台。愛称、エス子。
初代の『空飛ぶ台』にして、エスロ博士専用機。
空飛ぶ一族みんなのお母ちゃん。博士と共に、空飛ぶ台どもを育ててきた。ガンメタ鬼神台ですら、子供のときはエスロ台に育てられたんである。
じつにかしこい女(?)で、なんと『魔弾』の呪文を撃ったりもできる。
そのエス子の荷台には、今日は、座席が据えつけられておった。
ルシーナがそこに着いて、ベルトで身体を固定する。
「博士。この状態では、マナ招集はできませぬ。『水鏡(みかがみ)』はやれますが」
「了解。招集のときには、停止をします」
博士がルシーナの後ろに立つ。
なんと、ルシーナ。
エスロ博士の同乗者。博士が呪文撃つためのマナ招集係に、抜擢された(ばってきされた)のであった。
ベルト着け終え、かぶとの確認などをしながら待つルシーナの前後で、コボルド兵どもが出撃の準備をしておる。
楕円形の小型台。コボルド兵が2人ずつ。『落雷隊』の編成であった。
太くて長い金属の筒を担いで乗り込んでおる。
「はれつだまの筒、準備よし!」
「装填はまだでござるぞ! 命令あるまで、空筒のまま!」
「空筒のまま、了解でござる!」
空飛ぶ台は一列に、発射口に向かって並んでおる。
先頭は、赤いスカーフ着けたコボルド隊長。
つづいて落雷隊3台。
エス子。
落雷隊4台。──合計、9台編成であった。
「各台、騎手、準備よいか!」「よし!」「よし!」「よし!」
「各台、砲手、準備よいか!」「よし!」「よし!」「よし!」
「エスロ台、博士、準備よろしいか!」
「よし!」とエスロ博士。
「エスロ台、助手、準備よろしいか!」
「よし!」とルシーナ。
すべて、準備よし!
「ハッチひらけ!」
「ハッチひらきます!」
発射口で控えておるコボルド兵が応え、手元のウィンチをぐいんぐいん回し始めた。
ゴォンゴォンゴォンゴォン・・・発射口のシャッターが、上がってゆく。
冷たい空気がどっと流れ込んできた。猛烈な風の音が、みんなを包んだ。
白い雲の流れ飛ぶ大空が、目の前に口をひらいた。
「こちら神竜攻撃隊、エスロ班」
隊長が、自分の台にくっついとる小さな黒い玉に向かって、報告をした。
「出撃準備、よし!」
≪神竜に、勝つ・・・勝つ・・・≫
「それでは、始めましょう」
ハイエルフの女司祭が、宣言した。
菜の花色した綺麗なローブに、銀鼠色(ぎんねずいろ)の肩掛け。太陽の司祭の冬服。
ハナ司祭であった。
ボナス閣下と同じく、アシ戦争でルシーナと知り合った司祭さまである。
「はい、隊長」
へんじをしたのは、2人の女である。
ハイエルフの女。青銅の胸当て、かぶと、長剣を装備。ハナ司祭の従者である。
ダークエルフの女。絹ぐものしとやかなローブ。こちらは、『湖の神殿』の巫女、サステリアであった。
3人。
壁際の座席から、立ち上がろうとする。
・・・が。
「あなや。ベルト、外れへん」ハナ司祭、じたばたする。「コボルド殿。助けてたもう」
「留め具のボタンを押してくだされ!」コボルド兵が駆けつけてきた。
「ボタン?」
「これでござる!」
がちゃり。
ベルト、突然外れる。
ハナ司祭、つんのめる。
「あははは」従者が笑った。
「なにえ。笑いな」
ハナ司祭はちょっと赤くなって立ち上がり、部屋の中央、黒い玉の台座のところへ。
従者、巫女サステリアと3人で台座を囲む。
「こちら、姉妹祈願班。位置につきました。招集を始めまする」
<了解>妙雅が応答。
「天の女神の裳裾(もすそ)になびく、清き御霊のましましたまえ・・・」
ハナ司祭と従者がコーラスをし、
「月の光の満ちるがごとく、この世に出でよ、かの世の霊(たま)よ・・・」
サステリアが控え目な声でそれに続いた。
きらきらきら・・・輝くものが、妙雅の会話玉にまとわりつく。
マナの招集。偉大な呪文の、準備段階が始まったのである。
≪神竜に、勝つ・・・勝つ・・・≫
「くそ。俺の出番は、まだか!」
甲冑姿の赤鬼が、悔しそうにした。
すると、その隣に座っとる、でっかい人形みたいなもんが応答した。
「武鬼兄(ぶきにぃ)に出番が回って来るようじゃ、絶望的劣勢っちゅうとこじゃぞ」
「んなこたわかっとるわ!」
甲冑姿の鬼が怒る。
座っとる人形の顔を見上げるようにして、噛みつく。
「手下のコボルドどもが、出撃するのだ!
奴ら小っちゃいくせに、神竜に突撃するのだ!
なんで俺が本陣で座っとらんといかん!」
「そりゃそうじゃが・・・。
それ言うたら、元兄(げんにぃ)のが大変じゃろ。お山で待っとるだけじゃぞ」
「それもわかっとるわ! いちいちうるさいのう!」
「うるさいのは兄者じゃ」
「くそ! おまえは妙雅の機関でもいじっとれ!」
「ばかを言うちゃいかん」
「なにがばかじゃ!」
「妙雅は、一世一代の詠唱に入るとこじゃぞ。
絶対に邪魔はできん。ノイズひとつ、立てるわけにいかんのじゃ」
「それじゃ、おまえも仕事がないじゃないか」
「ほじゃ」
人形はちょっと沈黙した。
「じじ上が殺されたっちゅうのに、わしも、することないんじゃ」
<マナ充填(じゅうてん)、5割。さすが司祭さま。早いですね!>
鬼神が無事に姿を現わしてから、妙雅はテンションが高くなっておる。
「うむ」
ボナス閣下は、あんな演説をした直後にも関わらず、冷静である。
「出撃準備のほうは」
<全部隊、準備完了しております。出しますか?>
「いや待て。神竜の様子は?」
「こちらに戻ってくる様子でござ──おお!」
コボルドが叫んだ。
「神竜の傷、回復しておるやもしれませぬ。ご覧ください」
「・・・。」
全員、無言で、神竜の脇腹の傷を見る。
巨人の王がハンマーでぶん殴り、鬼神が亡き英雄の剣で切りひらいた穴。
どろどろと生々しく血を流しておる傷口が──
空を飛ぶという、かなり激しい運動中にも関わらず──
<少しずつですが、ふさがってますね>
「・・・うむ。傷口の内部に、肉が盛り上がっておる」
<速い。回復が>
妙雅が緊迫した声を出した。
<私の推測では──第二段階詠唱より先に、傷がふさがってしまいます>
「ならば、こじ開けるまで」とボナス閣下。「全艦放送ひらけ!」
◆ 19、落雷隊、とっこうす ◆
<神竜攻撃隊、出撃せよ>
ボナス閣下の命令が響く。
「出撃! 我に続けでござる!」
赤いスカーフのコボルドが宣言。
楕円形の空飛ぶ台、溝の中を前進。開け放たれた発射口から、大空へ!
猛烈な風に横殴りを喰らうも、すぐに体勢立て直す。
「ゆくでござる!」「ゆくでござる!」「えいえいおう!」
3台がそれに続く。
「ゆきますえ」エスロ博士が確認した。
「はい、班長」座席のルシーナうなずく。
ぶわっさ。
エス子、前進。コボルドどもの台に続き、大空へ!
ごおん!
ルシーナの耳に、凍てつく風の音が響く。
かぶとから露出した頬が、切り裂かれるように冷たい。
大きく揺れたエス子。慣れた動作で体勢を戻し、気付くとコボルド隊長の後ろにつけておった。
後ろに、残りのコボルド台もついてくる。
「全台、傾聴(けいちょう)でござる!」
隊長が声を出す。
「神竜、『天』のルーンにて、傷口をふさいでおる由(よし)!
攻撃隊は、傷口がふさがり切らぬよう、全力攻撃を仕掛ける。
──しかし、我らは、博士の護衛。
博士のそばを離れるな! 博士をお守りするでござる!」
「了解でござる!」
妙雅の8つの補助塔から、8台ずつ空飛ぶ台が飛び出し、上空にて編隊を組む。
右翼に4班。左翼に3班。
後衛に、エスロ博士と護衛1班である。
右翼、左翼の編隊を率いるコボルド隊長が、こっちに敬礼をしてきた。
「それでは、行ってくるでござる!」「お先に噛みついてくるでござる! ──降下!」
「ワンワンワン!」「アオーン!」
コボルドどもが飛び去るのを見送ると・・・
その、遥か前方に・・・
かすむ水平線の向こうに・・・
巨大な竜の頭部が、浮かび上がって来るのが見えた。
マグマの口ひらき、空を我がものと巨体くねらせ、雲千切り飛ばし、雷の衣をまとって・・・
刻一刻と、戻って来おる。
「・・・神竜!」
恐いもの知らずのルシーナでさえ、武者震いする光景である。
「うむ」エスロ博士も小刻みに震えておる。「・・・あれが傷口ですに。左脇腹」
2人の位置から、ごくわずかに、神竜の左脇腹の出血が見えた。
傷口がふさがっていくとのことだが、この距離では、そこまではわからぬ。
迫る神竜。
立ちはだかるは、ガンメタ鬼神台。
ふたたび、つばさへびに絡まれ、接近戦をくり広げておる。
その戦場を迂回するように、神竜攻撃隊が左右に分かれて飛んでゆく。
「父上、来てしもうたか。母上が心配なさるに・・・」
と、ルシーナはつぶやき、それから、
「んんんん!?」と声を上げて、座席から身を乗り出した。
小豆ぐらいにしか見えんガンメタ鬼神台を、必死で睨む。
「・・・あな青いやつ! ポタージュか?!
ということは──隣に寝転んでおるのは、イリス!」
「妹君が、きしにぃに?」
「おそらく・・・ああ、イリス!
そなたには、空の戦いは合うておらぬゆえ、地上を守らせたに!
なぜ、私の判断を信用せぬ・・・!」
「衝撃波、来ますえ」
エスロ博士が、ルシーナに警告した。
神竜が迫るにつれ、雲が弾けるように飛び散ってゆく。
それは、くじらが巨体で波蹴立てるがごとし! 雲が、しぶきのごとく、散ってゆく!
どがん!!!
頭をぶん殴られるような衝撃。
エスロ台、『力』のルーンのわざ、『向きを変える』を発動! 衝撃波を、いなした。
護衛の小型台も同様。さすが博士の護衛に選ばれるだけあり、誰も失敗しておらぬ。
ごきぃん・・・ぐわん・・・ぐわん・・・。
妙雅が衝撃波に耐える音が伝わってきた。構造体が軋みを上げておるが、壊れた様子はない。
だが。
突撃中の小型台には、被害が出ておった。
右翼32台中、1台が衝撃波を受け止め損ね、木っ端微塵となる。その後ろを飛んでおった2台が巻き込まれ、大破、墜落。3台とコボルド兵6人、ここで戦死をした。
左翼24台は、7台・14人が戦死、1台が大破して戦線離脱。よろめいて接触した2台がクラッシュ、後続を巻き込んだ。
ただ、神竜が接近をしてきたというだけで。
その巨体が押し退けた空気だけで、この被害。
それでもコボルドどもは、突撃をやめようとはせなんだ・・・。
「はれつだまの筒、弾こめ!」
右翼を率いるコボルド隊長が叫び、さらに身振りで『弾込め』の合図をした。
後ろにつづく台、コボルドの射手ども、筒に弾こめ、肩に構える。
コボルドどもの視界は、もう、神竜でいっぱいである。
「ぐわあ!」隊列右端の1台が、つばさへびにやられた。
「うっ・・・うわああ!」左端の1台が、神竜に接近しすぎ、乱気流を乗りこなせず、吹っ飛んだ。
それでもコボルドどもは、突撃をやめようとはせなんだ。
「ここ! 左折!」
隊長が叫び、一気に左へ転回。神竜の脇腹へ、突っ込む!
ドパァァァン・・・! 後方で、ガンメタ鬼神台が散弾砲ぶっ放す音が聞こえた。援護である。
「ぐ、ぬ、う、う、う・・・!」
神竜のうめき声。
つばさへびを殺されると、神竜はひるむんである。散弾砲でまとめてぶっ飛ばされると、その苦痛は大きなものとなる。
「わからぬ・・・わからぬ!
その武器はなんだ。なぜ、これほどの破壊力がある?
おまえたちはなんだ。なぜ、いぬが空を飛んでおる?
わからぬ! 巨人の造るものは──人間どものすることは、わからぬ!」
神竜が叫ぶ。
「わからぬゆえに、生かしてはおけぬ!
殺す! 殺す!」
その巨体が、ロールを開始した。
傷口が、攻撃隊の目の前から、去る──直前!
「はれつだま、撃て!!!」隊長が、手を振り下ろした。
どん! どどどどどどん! どどどん! どどどん!
生き残った26台が、隊長の命令に従い、肩の筒をぶっ放した。
鉄の色した玉が、ぐおんと飛ぶ!
ウロコのはげた傷口付近に、当たって・・・
ド、パァァァン!
鼓膜(こまく)破れるほどの音を立てて、破裂した!
ドドドッパパァァアアァァン!!!
破裂! 破裂! 破裂破裂破裂!
鉄の玉。
命中するや、破裂!
玉の中から、あの散弾が、四方八方に飛び散った!
それは、散弾の詰め込まれた、破裂玉!
玉破裂、散弾の暴発暴発暴発暴発暴発暴発不発暴発!
玉破裂、散弾の不発暴発暴発不発暴発暴発暴発暴発!
恐るべき、集中攻撃!
神竜の傷口が、ぱっと赤い血の花を咲かせた!
だが巨体はロールして、それ以上の攻撃を許さぬ!
そして──ガンメタ鬼神台が、あわや仕留められそうになった、あの攻撃が、コボルドどもを襲う!
「反転! 距離を取れ!」
叫ぶ隊長の台が。
神竜のつばさの巻き起こした突風に、吹っ飛ばされた。
「隊長! あっ・・・!!!」
もう一枚、つばさ! 3台が直接接触して、弾け飛ぶ。4台がその破片や衝撃波で吹っ飛ぶ。
そして、右前足! 7台ほどがまとめて叩かれ、跡形もなく粉砕された。
悲鳴を上げる間もなく、コボルドどもが死んでゆく!
それでもコボルドどもは、突撃をやめようとはせなんだ。
「左翼攻撃隊! 右翼に続け!」「えいえいおう!」
わーっと、猟犬のくまに群がるがごとく、ロールの止まった神竜の傷口に飛びついてゆく。
ドドドッパパァァアアァァン!!! 破裂破裂破裂、暴発暴発暴発暴発暴発暴発不発暴発暴発不発・・・!
神竜が叫び、のたうつ。
巨体に弾き飛ばされた台は、あっけなく死んでゆく。
神竜の本体には、『力』のルーンが利かぬ。ゆえに、巨人の国に伝承されておる『向きを変える』も利かぬ。
接触、すなわち、死である。
それでもコボルドどもは、突撃をやめようとはせなんだ。
全員が突っ込み、肩に構えた筒を放つ。
再装填し、ふたたび神竜に突っ込んで、放つ。
死んだ仲間の筒を空中でキャッチして、再装填し、突っ込んで、放つ・・・。
コボルドどもは、突撃をやめようとはせなんだ。
◆ 20、イリス、おちる ◆
「ぐ・・・ぬ・・・う、う、う・・・!?」
神竜、悶絶する。
「ゆ・・・許さぬ・・・。
きょ・・・巨人でも、神でもなく・・・
ただの人間に、この神竜が、傷つけられるなど・・・」
ゴロゴロゴロゴロ・・・。
雷鳴が轟いた。
神竜が、その首を、遥か上空へ、もたげ始めたのである。
かすむ雲の先で、巨大なつばさを、開く。
「許さぬ・・・死ね!
砕け散れ。あとかたもなくなれ! 『神竜の羽ばたき』!」
つばさが、打ち下ろされた。
神竜が前進してきたときの、衝撃波。
『向きを変える』に失敗すれば、即座に木っ端微塵となる、あの衝撃波。
あれを、遥かに上回る、見えざる破滅のかたまりが、打ち下ろされてきた。
死力を尽くしたコボルドどもは、ただ、破滅が迫るのを、見つめるのみであった。
「相棒! やるぞ、あれを!」
ぶわっさ!
『三角州の受け』でコボルドどもを守らんと、上空へ出るガンメタ鬼神台。
だが。
「同じ手は喰わぬ」
その動きは、つばさへびに読まれておった!
ガンメタ鬼神台に! 鬼神に!
つばさへびが、絡みつく。
「しもた!」
鬼神、あわてて剥がそうとするが、『力』のルーンはふたたび封印されておる!
破滅の衝撃波が、上空のつばさへびを消し飛ばした。
神竜も、必死なのだ! つばさへびを巻き込むほどに!
「う──受けれぬ!!!」
「おっ父! ルーン!」
イリスが叫んだ。
鬼神、瞬間で、愛娘の意図を理解する。
「使え、イリス!」
「おう!」
勇敢に応えたイリス。
立ち上がる。自由に。彼女は、つばさへびに無視されておったがゆえ。
こぶしを、突き上げる。
天に。
神竜に、突きつける。
「『力』のルーン!」
イリスが、『力』のルーンの名を唱える。
「相殺せよ! みんなを、守れ!」
耳を聾する、圧倒的な、衝撃が。
イリスのこぶしを頂点として、傘のごとく、拡散した。
コボルドどもを守って。地上を守って。
破滅は。
相殺されたのである。
・・・イリスの手を、代償として。
手を砕かれ、吹っ飛ばされたイリス。
遥か眼下の湖へ──凍てつくアルフェロンの湖水へ、落ちていった。