六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

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大いなる災い(4) 妙雅、呪文をとなえる

◆ 21、妙雅、防衛戦のはじまり ◆

 

「オクトラ・ウォッチャー、通信切断でござる!」

 コボルドの監視員が叫んだ。

「神竜の攻撃か?」

「不明でござる。全機、同時に通信切断。原因不明」

 ボナス閣下、コボルド兵の手元を見る。

 千里眼の玉。

 戦闘の様子を映し出しておった、魔術の玉が。

 ただの水晶玉に戻っておる。

 光を失った表面に映るのは、ボナス閣下とコボルド兵の鏡像のみ。

 そこに、妙雅が悲報をもたらした。

<神竜攻撃隊より連絡。『イリスさま落下』。

 きしにぃより連絡。『イリスさまが敵の攻撃を相殺するも、弾き飛ばされ、落下。ポタージュ卿が救援に向かった』>

「イリスさまが・・・」

<それから、艦内。

 姉妹祈願班、第一段階のマナ充填完了しました。詠唱入れます>

「・・・。」

 ボナス閣下は一瞬考えて、命令を下した。

「では、妙雅艦長。第一段階の詠唱に入れ」

<はい。確認します。

 私の半分が詠唱に専念します。機動力が低下、ユニットの制御もできなくなります>

「うむ。やれ」

<了解。

 妙雅分霊、現世での作業を中止。──中止しました。

 空飛ぶ台の世界へ移動。──移動しました。

 詠唱を開始します>

 

◆ 22、妙雅、呪文をとなえる ◆

 

 妙雅、呪文を唱える。

 ・・・と言うても、その声。

 人間には、聞こえんものでした。

 なんでといって、妙雅は、この世界で呪文を唱えたわけではなかったからです。

 別の世界において、呪文を唱えたのだ。

 いったい、どういうことなのか?

 これは、少々説明に手間のいる話だ。順番に、説明をいたしましょう。

 

 まず初めに、妙雅は自分を分割しました。

 これは、妙雅が生まれつきできることだ。初めから持たされている能力です。

 妙雅は、自分の意識を分割することができる。

 神さまがなさる『分霊』の、劣化版みたいなもんです。

 妙雅のは、分ければ分けるほど、ばかになってしまう。これが弱点でして、分霊よりは劣っております。しかし、便利な能力ではある。こっちで妙雅本体を飛ばしながら、あっちではオクトラで鬼神のそばを飛び回り、口げんかする、などということができるわけですからね。

 さて、その分割ですが。

 ぴったり2分割しかできない、という制限があります。

 最初は意識がひとつなので、2分割することしかできません。それをします。

 

 妙雅 →  妙|雅

 

 その後、片割れをさらに2分割して、8人に割ります。

 

 妙|雅 → 妙|牙|隹 → 妙|□|オ|イ|圭 → 妙|「|」|ノ|十|ノ|1|土|土

 

 ・・・こんな感じです。

 巨人文字で、分けるとばかになっていく感じを表現してみました。いかがでしょうか?

 

 さて。

 『妙』は、本体の制御をします。飛行とか通信とかですね。

 8分割された『「』『」』『ノ』『十』『ノ』『1』『土』『土』の8人が、詠唱をします。

 この8人は、空飛ぶ台の世界に、帰還をしました。

 空飛ぶ台どもの、たましいの世界。

 目に見えず、手にも触れない世界です。

 そこへ里帰りをして、そこで呪文を唱えたのです。

 

 この、空飛ぶ台の世界。

 ここには、空間がありません。ですから身体は存在できません。

 しかし、情報はあります。記憶や意識は、存在できるのです。

 人間であるみなさんに、この世界のことを教えるのは、とても難しいことです。

 なんでといって、人間は『空間のない世界』というものを体験することができませんからね。

 本と、本の中身・・・と言えば、おわかりいただけますでしょうか?

 本は物体です。ですから、空飛ぶ台の世界には存在できません。

 本の中身は、物体ではありません。物語とか、情報とか。こういうのは、物体ではありませんよね? ですから、空飛ぶ台の世界にも、存在できます。そういうことです。

 

 『妙』は、1人現世に残って、戦闘を続けました。

 『雅』のほうの8人は、空飛ぶ台の世界に飛んで、意識だけの存在となって、詠唱をした。

 妙雅の意識は、2つの世界をまたいで存在する状態になったわけです。

 

 現実世界に残っている『妙』が、ハナ司祭や巫女サステリアさまが招集してくれたマナに接触します。

 里帰りしている8人が、そのマナで呪文を詠唱します。

 

 『「』が唱えます。「目に見えず、手にも触れぬ、台の世に、永遠(とわ)の呪いを、いま描く・・・」

 『」』が唱えます。「血よ狂え。牙を向け。すべてを敵と、挑みつづけよ・・・」

  :

 

 ──8人が詠唱をして、呪文を造ってゆきます。

 これはとても長い呪文です。人間が唱えたら、何日もかかってしまう。

 空飛ぶ台の母国語は、とても高速です。人間の何十倍の速度で会話ができます。

 また、『雅』ども8人は、寄ってたかって(正確には分担して)1つの呪文を詠唱しました。

 

 それでも、詠唱完了までには、戦況がひっくり返るほどの時間がかかってしまったのです・・・。

 

◆ 23、混成部隊、妙雅をまもる ◆

 

「よろしい。エスロに通信つなげ」

<つなぎました。どうぞ>

「こちら艦橋、ボナス」

<こちらエスロ>

「妙雅のオクトラがやられた。戦場の様子が見えぬ。

 各隊から報告は入っておるが、そなたの報告も聞きたい」

<はい。

 神竜が羽ばたき、衝撃波を発生させました。

 鬼神台がこれを相殺したようですが、イリスさまが転落。

 現在、鬼神台には、鬼神さましか乗っておられませぬ>

「ポタージュは」

<私にはわかりませぬ>

 エスロ博士の声の背景に、<イリス・・・!>と、ルシーナの悲鳴が聞こえた。

「攻撃隊の被害は」

<いまの攻撃による新たな被害はなし>

「神竜の様子は」

<神竜、攻撃の結果を確認するがごとく、眺めておりまする。

 ──あ、いま、動き始めました。

 神竜、ゆっくりと首下ろして水平飛行に戻りつつ、つばさへびを連続召喚。

 数は・・・遠くてようわかりませぬが、すでに百は超えておるもよう。さらに召喚中。

 神竜、こちらを迂回するように飛行を開始。召喚を続けながら、側面へ回ってゆきまする>

「こちらを包囲して、数で押すつもりか」

<おそらく。

 鬼神さまを崩すのは困難と判断し、多点を同時攻撃するつもりかと>

「・・・よろしい。また何かあれば、そちらの判断で随時報告をせよ」

<了解>

「妙雅艦長。当艦にも、つばさへびは来ると見た。迎撃の準備をする。

 砲兵、位置につけ。装填を開始せよ。

 防空ユニット、位置につけ」

<防空ユニットは出撃不可能。

 私の分霊は全員、詠唱中。私にできるのは、通常速度の移動だけです>

「ぬう! 命令修正。

 砲兵、位置につけ。装填を開始せよ。

 近衛大臣閣下に通信ひらけ」

<了解。砲兵に命令を伝達。近衛大臣閣下に通信、ひらきました>

「こちら艦橋。近衛大臣閣下、いらっしゃいますかに?」

<おう! こちら武鬼(ぶっきー)隊、武鬼じゃ!>

 勇ましい男の声がした。鬼神の次男、武鬼である。

<司令官閣下。なんでも命令してくれ>

「はい。神竜めが、つばさへびを大量に出して、押し寄せて来るもよう。

 妙雅は詠唱に入りましたゆえ、走って逃げることもできず、防空能力にも不安あり。

 ゆえに、閣下の部隊に、出撃準備を願いたく」

<了解じゃ! 武鬼隊、出撃準備。すでに完了しておる!>

「了解。追って命令を出します。いましばしお待ちを」

 ボナス閣下。

 通信を終えると、指揮官席に立てかけてあった大きな杖を手に取った。

 彼の身長より長い木の杖である。それを、槍がごとく肩に担ぎ、艦橋の出口に向かう。

「土石人形を、昇降口甲板側に出してくる。出したら、すぐ戻る」

<了解>

 ボナス閣下、すたすたと艦橋を出てゆく。

 その後ろ姿を見送ってから。

<クリスタル博士とはねえ>妙雅はつぶやいた。

「はい? なんでござるか?」

<人生、先のことはわからないもんですね>

「はい?」

 

 ボナス閣下が向かったのは、中央甲板昇降口。

 垂直の、縦穴である。

 大きい。

 鬼神が2~3人、楽々並んで立てるほど、大きな縦穴である。

 その底面が、ボナス閣下の目の前にあった。

 正八角系をした黒いパネルが、微妙に揺れながら、足元に浮かんでおる。

 すでにそのパネルの上に、7人のハイエルフ魔術師が揃っておった。

 女魔術師が、敬礼をし、報告してくる。

「ボナス閣下。ボレアス隊、揃っておりまする」

「うむ。上がるとしよう。妙雅! 上げてたもう」

<はい。中央甲板昇降板、上昇します>

 ふわふわ浮かんでおる床パネルが、上昇し始めた。

 それは、空飛ぶ台と同じ原理によるもの。巨人の飛行技術による、空飛ぶ昇降台であった。

「・・・すごい技術ですね」と、女博士。

「うむ。クリスタルよ。こんな国とやり合うとは、そなた、まこと、勇敢やに」

「そ、その話は」女博士、青ざめる。「それはもう、謝罪をしまして。許しを頂いたところでして」

「ふはは! フォームも、よう来てくれた」

「甥のフォームラーが負傷しまして。

 見舞いに来たところ、かかる歴史の大場面。これは天の声と思い、志願をいたしました」

「うむ」

 ボナス閣下、満足げである。

「国は滅びた。そやに、我らの研鑚(けんさん)、無駄ではなかった。

 今日、こうして、役に立つのやから」

「はい!」

 昇降台が、上がり切った。

 視界が開けた。

 妙雅の中央甲板。そして、空。

 雲はほとんど眼下にある。邪魔されることのない、大空である。

 その、大空に。

 

 巨大な竜が、浮かんでおる。

 

 それはまるで、嵐の雲のごとし!

 あまりに巨大なため、その腹面、暗雲のごとし!

 ゴロゴロ・・・と雷の音を響かせながら、何百ものつばさへびを従えて飛ぶ、その光景。

 恐ろしくも、偉大なり!

 

「おお・・・!」

 誰からともなく、声が出た。

「そなたらは、この昇降口を守れ」

 ボナス閣下。

 7人の驚嘆を打ち切るように、命令をする。

「ここは艦橋への直通口。妙雅の喉元と言うてよい。

 ここを失えば、本艦は落ちたも同然。

 決して明け渡してはならぬ!」

「は! 了解」

「よろしい」

 ボナス閣下、出口のすぐ脇に積んである大きな袋の口を解いた。

 どさあ! 袋が崩れ、中から大量の土砂が現われる。

「土くれ、石くれ、生命くれ、いまぞこの世に立身せよ──『土石立身(どせきりっしん)』!」

 

 ずごご・・・ごごご・・・!

 頭なき土石の人形が、立ち上がった!

 1体、2体、3体!

 土石人形。昇降口の周囲に展開。三方向に分かれて、立った。

 

「では、私も」

 クリスタル博士がそう言うて、昇降口の反対側の、大きな宝箱の鍵を開けた。

 人間が何人も中に入れるほどの、でっかい宝箱である。

 その宝箱の鍵だけを開け、フタはそのまま、手で触れる。

「魔術よく知る電魔の石よ。そなたに自由を与えよう。

 目覚めよ、打てよ、名を立てよ、結晶の戦士の、粋(すい)なるもの!

 この輝ける軍旗のもとにあれ! 『結晶軍旗(けっしょうぐんき)』!」

 

 ごとり・・・。

 宝箱のフタが、内側から、開かれた。

 輝く腕が、宝箱の内部からフタを押し上げたのである。

 美しくも硬質なる、水晶の腕が!

 生命あるもののごとく、みずからフタを押し上げて、巨大な宝箱から、立ち上がる!

 それは、透明な身体をした剣士。

 それは、身の丈10尺(約3メートル)の巨体に、顔らしき顔もない、魔術の人形。

 それは、透明な大剣──ほとんど見えぬほど透き通った大剣をかまえる、水晶の英雄!

 水晶剣士! 水晶を原料とする、高貴なる人形剣士であった!

 

 水晶剣士は、クリスタル博士を守る護衛のように、彼女の前に立つ。ときどきクリスタル博士をチラリと見下ろすのが、なんか本物の護衛のようである。その仕種には、知性のようなものが感じられた。

 クリスタル博士の隣では、フォーム博士が白いタスキを締めておる。

 ボナス閣下が、そのフォーム博士の肩を叩いた。

「では、フォーム隊長。よろしく頼むえ」

「は! 了解」

 ボナス閣下が降りてゆく。

 入れ代わりに、ごっつい武装した甲冑の大男と、なんか異様な姿の巨人のごときものが上がって来た。

「武鬼近衛大臣じゃ!」甲冑の大男、名乗る。「フォーム隊長はどちらか!」

「私ですえ」

「うむ! 首都上空以来。あのときは、俺は気絶しておったが!」

「はい。お元気そうで何より」

「お互いにな!」

 かつての敵同士。甲冑のこてと、小さなハイエルフの素手で、握手を交わす。

「俺らは格闘戦をやるが、魔術師と組んだ経験はない。

 エスロ博士と空中戦の訓練はしたが、陸戦はわからん!

 ゆえに、配置などはフォーム隊長に指示をもらいたい。ええか?」

「は! 配置の指示、務めまする」

「よし!」

 

 7人の魔術師。武鬼率いる、異形の戦士隊。

 混成部隊、妙雅を守る。

 そこへ、大空より攻め来至るは。

 空に広がる、巨大なる竜。雲霞(うんか)と群がる、つばさへび。

 神竜、完全独裁の、大軍であった。

 

◆ 24、カバリオ隊長、ぶっぱなす ◆

 

<砲兵、散弾砲、発射準備!>妙雅の声が響く。<壱ノ塔から参ノ塔、つばさへび接近中。警戒せよ!>

「お、来たみたいやな」

 カバリオ隊長。小柄なダークエルフ。

 でっかい座席の中で背を伸ばし、ごっつい把手を握り締めた。

「──しかし、ほんまでっかい把手やな。鬼ってみんなこんなでっかいんか?」

「そうでござる」

 座席の後ろに控えとるコボルド兵が答えた。装填担当の補助兵であった。

「これは、鬼のための試験砲座!

 威力はありまするが、でっかすぎ、我らコボルドでは、よう撃てませぬ。

 カバリオ隊長が居らなんだら、せっかくの大口径砲、持て余すところでござった!」

「そら光栄なことや。ま、これ、俺でもデカすぎるけどな」

 鬼用の砲座。本来なら腰掛ける座席に、カバリオ隊長は立ったまんま背中預けておる。それでも背が届かんので、足元に空き箱を置いて踏み台にしとるぐらいである。

 コボルド兵は装填用の足場に立っておる。こちらは、塔内部から砲座へ抜けてくる小さな通路の出口であり、結構高い位置にあるため、カバリオと同じぐらいの位置にふさふさしたコボルドの顔が来ておる。

「あとあれや。いま言うのもなんやけどもな」

「なんでござるか?」

「俺な、射撃はド素人やねん。石投げるぐらいしかできへん」

「大丈夫でござる! 散弾砲は、当てるのは簡単!

 味方を撃たんようにだけ注意してくだされ!」

「焦らず一発一発っちゅうことやな」

「そうでござる! ぶっぱでござる」

「ぶっぱ」

 などとしゃべっておるそのとき。

 砲座の覗き窓を、白い大蛇が横切った。

「うおっ」カバリオびびる。「でっか! 撃つか?」

「まだまだ! 1匹では、弾がもったいのうござる!」

「なるほど?」

 覗き窓には分厚いガラスがはめ込まれておる。

 外の様子は、もやがかかったみたいに、うっすら白く見える。

 そのうっすら白い視界に──白い大蛇が、さっ、さっと、横切り始めた。

 冷たい眼で、ギロリギロリと、こちらを睨みながら!

「・・・偵察やな。こっちの様子、うかがっとる」

「つばさへびは、神竜の分霊だそうでござる」

「わけみたまか」

「つばさへびの見知ったことは、即座に、神竜も見知ったことになるとか。

 なので、うっかり秘密をしゃべったりしてはいかんのでござる!」

「ほな、黙るか」

「聞こえなければかまわんでござる」

「ほな、しょうもない話でもするか」

「私語はつつしむでござる」

「ごもっとも」

 2人は揃って覗き窓を見た(コボルド兵は装填のための足場に乗っておる)。

<つばさへび、来ます!>妙雅の警報が響く。<全補助塔、砲撃用意! ・・・・・・・・・撃て!>

「よっしゃ。撃つぞ」

「ぶっぱでござる!」

 カバリオ、視界内に味方の空飛ぶ台が居らんことをもう一度確認をして。

 左右の把手についておる、握り締めるタイプのレバーを、ガチャガチャッ! と、引いた。

 

 ドドッ!!! パァァァン!!!

 

 轟音!

 左右の筒先、火を噴いた!

 散弾砲がぶっ放され、つばさへび、無惨に砕けて、落ちてゆく!

「おっそろしい威力やな・・・」

「装填開始! レバーを離してくだされ!」

「あ、ああ、おう」

 カバリオは固く握り締めておった手を開き、手の位置をずらした。

 射撃レバーに触れんよう、把手の上の方を握って待つ。

 がたん、ごとん。コボルド兵が散弾砲を装填するのが、手のひらに伝わって来た。

「左右同時に撃つと、隙が生じまする。

 一方だけを撃つと、熱を持ちまする。

 ゆえに、左右交互に撃つがよしでござる! 緊急時は両方ぶっぱでかまわんが!」

「なるほど。了解!」

 2人が会話するあいだにも、妙雅の警報が続けて艦内に鳴り響く。

<敵つばさへび、肆ノ塔から陸ノ塔にかけて展開中。

 肆は砲が薄い。参・伍は、肆に近付く敵を優先して落とせ!

 漆・捌、壱からそちらに少数流れている。見つけ次第、撃ち落とせ>

「これはあれやな。

 距離があるあいだは、この火力で余裕あるけども。取りつかれたら──」

 カバリオが言うと同時に。

<つばさへび、ハッチに気付いたもよう! 各塔、ハッチを厳重警戒!>

「・・・まあ、そうなるわな」

「装填完了でござる!」

「おう! 落とせるだけ落とすで! へびと格闘なんぞ、しとうないからのう!」

 

◆ 25、神竜、にくはくす ◆

 

 神竜は、このとき、いったい、何を考えておったのでしょうか?

 『神竜の羽ばたき』という恐るべき攻撃法を持ちながら、それをくり返さず、戦術を変えてきた。

 なぜか?

 それは、わからんのだ。

 

 いや、理由はいろいろ考えられますがね・・・

 

 神竜の羽ばたきは、つばさを痛めるため、連発ができないのではないか?

 いや、連発できないのは、魔術の一種だから──マナが回復するまで、次が打てないのでは?

 いやいや、連発できないのは、『力』のルーンを盗まれたせいで、単純に疲労してしもうたからでは?

 神竜は、鬼神の『三角州の受け』を過大評価し、『羽ばたきはもう通じない』と勘違いしたのでは?

 

 ・・・しかし結局、正解はわからんということだ。

 

 とにかく神竜は、戦術を変えた。

 衝撃波でまとめて片づけようとするのをやめ、格闘戦に切り替えたのだ。

 つばさへびを繰り出しつつ、自分も前進する。みずからの圧倒的な肉体でもって、鬼神たちを粉砕しようと、迫った。

 神竜、肉迫す。

 押し寄せるつばさへびの後ろから、さらに、神竜。それは、恐ろしい圧迫感であった。

 そしてまた、多数の敵による接近攻撃は、妙雅の苦手とするところでもあった──

 

<肆ノ塔、つばさへびに取りつかれました。散弾砲の死角に入られ、砲撃不能>

「神竜攻撃隊を、当艦下方を通し、肆ノ塔の防衛に回せ。

 これより、取りつかれた補助塔は射撃を停止、神竜攻撃隊で防衛するようにせよ」

<了解。そのように指示します。

 きしにぃから通信。手伝えることはあるか?>

「うむ。

 神竜は肉弾戦に出る様子やが、羽ばたきをせぬという保証がない以上、警戒はせねばならぬ。

 きしにぃ号には、妙雅と神竜の中間位置にあって、衝撃波への備えをしてもらいたい」

<そのように伝えました。

 返信。鬼神さまが『妙雅に乗ってもかまわんか?』と訊いているが、どうする?>

「どういう意味え」

<・・・鬼神さまは妙雅に乗り、きしにぃは単独で飛ぶ。二手に分かれるという提案です>

「なるほど。それが妥当かも知れぬ。私は賛成やえ。妙雅はどうか?」

<家庭内に不和がありますので、心配です>

「はっはっは!」ボナス閣下は笑うた。「心配しすぎえ。『緑』と巨人の過去にくらべれば、家出ごとき、問題ではあるまい」

<そうですかね?

 わかりました。乗艦を許可します。

 きしにぃ号より、『真上から入るので、警告願いたい』>

「艦内警告およびきしにぃ号誘導は、妙雅に任す」

<了解>

「中央昇降口の様子はどうか」

<順調。鬼神さまの合流に配慮する余裕もあるかと>

「うむ。さすがはフォームやえ。

 では鬼神さまが合流したら、姉妹祈願班に昇降口へ移動してもらえ。

 神竜が迫るまでに、中央にマナを集めておきたい」

<第一段階の詠唱をやり直すことができなくなりますが、かまいませんね?>

「かまわぬ。もはや、やり直しの機会はなかろう」

<了解>

「詠唱はどのぐらい進んでおる?」

<五割>

「神竜接近には間に合わぬか」

<はい。神竜は警戒しておるようで、全速ではありませんが・・・それでも、接触のほうが先です>

「そうか」

 ボナス閣下。

 少年みたいにつるつるした頬っぺたを、自分でぺちんと叩いた。

「しゃあないに。覚悟を決めるとしよう」

 

「ごめん! そこへ、落ちるぞ!」

 中央甲板。昇降口付近。

 つばさへびとの、激戦の最中。

 真上より、降ってくるものあり。

 

 ごわ~~~ん!

 妙雅の甲板を、鳴り響かせて。

 土石人形と土石人形の、ちょうどあいだに落ちてきたもの。

 それは。

 

 六腕赤き、戦の神!

 亡き英雄の剣を、大きなその右上手に握って。

 ズタボロになった絹ぐもの服を、腰の周りにわずかに纏った(まとった)だけの。

 鬼どもの神、鬼神であった!

 

「どけい! へびめが!」

 降りてきた鬼神。

 さっそく、土石人形に絡みついておったつばさへびの1匹を、ぶった斬る。

 背後から飛び掛かってきた別な1匹は、そっちを見もせずに左上手でパンチ。左中・下手で首を掴んで、へし折って殺す。

 殺した2匹を右手左手に握り締め、ぶうんと鞭(むち)のごとく振り立てて、上空の2匹を弾き飛ばす!

 その雄姿に、甲冑の大男が振り向く。

「ぬう! 父上か!?」

「その声。武鬼か! 元気そうだのう!」

 と、鬼神がそちらを見ると。

 

 ガコォン! 鬼神の顔面に、パンチが入った。

 

「ぐへっ」鬼神、鼻を押さえる。「なにしよる! 息子よ。血迷ったか!」

「帰って来たら一発殴ると、決めておったのだ!」

 甲冑の大男。鬼神の次男、武鬼。そう言い放つと、戦闘にもどった。

「乱暴な奴!」

 痛がる鬼神に、ハイエルフの隊長が近付く。

「鬼神さま。おひさしぶりですに」

「む? その声、どこかで聞いたような・・・」

「フォームです。『緑』の首都上空にて、戦闘をいたしました」

「・・・ああ! あのときの、手強い隊長!

 なんと、今日は、味方か!」

 鬼神、びっくりする。

「ではそちらの方々も、『緑の魔術の国』の魔術師だな?」

「『緑』と『丘の街』の混成にございまする」

「そうか。緑は、かつては敵であったが、今日は味方のようだな。よろしく頼むぞ!

 『丘の街』には、娘どもがお世話になっ──ええい、しゃべっとるときに飛び掛かってくるんじゃないわ!」

 首に飛びついてきた1匹を、鬼神はちょっと危ういところでキャッチ。締め上げて殺す。

「そーれ、『力』のルーン!」

 ぶん投げて、飛んでくる数匹をまとめて吹っ飛ばす。

「・・・よし。やはり、死んだつばさへびには、『天』のルーンの加護は及んどらんな」

「頼もしい限りですえ」

「父上! この場の指揮はフォーム隊長に頼んでおる。父上も従え!」

「あいわかった」

「恐縮ながら」

「かまわんぞ!」武鬼が勝手に認めた。「父上は、ばかだ。どっちみち、指揮はできん!」

「ばかじゃないわ!」

 言い返しつつ、鬼神は武鬼とは反対の側を守ろうとした。

 武鬼は信頼できる。よって、指示があるまでは反対側を守ってやろうとしたんである。

 すると、そっちの側に、なんだか奇怪な怪物が立っておる。

「なんじゃ。こいつは。魔術の人形か?」

 

 それは、オレンジの金属でできた、大型の人形であった。

 ものすごい不細工で四角い頭をしており、目がひとつしかない。

 そうして、胴体は大きな岩を3つ縦に積んだごとく──あるいは串に刺した団子のごとく連なった形状となっており、その1つ1つから、左右2本の腕が生えておる。

 もんのすごい太くて短い足が、その巨体を支えておる。しかし動くのは苦手なようで、ほとんど動いておらん。

 6本の手をぶおんぶおんと振り回し、迫るつばさへびを殴ろうとしておるが、どうも空振りが多いようである。

 

「なんだこいつ。弱いぞ。あぶない。邪魔じゃ。

 魔術師よ。これは、片づけたほうがええんじゃないか?」

 と、鬼神はそばの魔術師に訊いた。

「ひぃ!」その魔術師は飛び上がった。「き、鬼神さま。どうかお許しを」

「は?」

<片づけろとはなんじゃ!>不細工な人形が怒鳴った。<ふざけるんじゃないわ!>

「なんじゃ、こいつ。しゃべるのか。

 どっかで聞いたような声だが」

<兄者はすぐわかったのに、わしはわからんのか!

 1発殴らせてもらおうと思うとったが、2発殴ることにするわい!>

「──おまえ、機鬼(きき)か!」

<気付くのが遅いわ!>

 

 なんと! その見るも不細工な、串団子六腕ロボ!

 中に、鬼神の三男、機鬼が乗り込んでおるのであった!

 

「おい。やめんか。殴る相手がちがうぞ」

 殴りかかってくる不細工六腕ロボをいなしつつ、鬼神は言うた。

「息子よ。家出したことは謝る。

 謝るから、殴るのは戦が終わってからにせよ」

<くそ! 当たらん!>

「だから修行が足らんと言うたのだ」

 武鬼が1匹殴り倒しながら言うた。彼は今回、両手持ちの長柄鎚(モール)である。振り回すともんのすごい風切り音がして、つばさへびが1匹か2匹死ぬ。先端のオレンジの金属部分で叩くのだが、これがもんのすごい破壊力があるため、まとめて2匹打ち倒したりするんである。しかもなめらかな形状で突起部などがないため、敵に突き刺さったり喰い込んだりせぬ。連続で殴り続けることができる。

「機鬼。おまえは機関部にもどれ」

「じゃが、兄者!」

「父上が来た以上、ここは大丈夫だ。

 だが他の場所から敵が侵入するかもしれん。そのとき、おまえが妙雅を守るのだ。

 こいつらは──」叩き殺す。「コボルド兵には、厳しい相手だ!」

「ちっ! わかった! 父上、後は任すぞ」

「お、おう」

 不細工六腕ロボ、昇降口へ下がり、空飛ぶエレベーターにて下へ降りてゆく。

「・・・なあ、武鬼よ」

「なんじゃ!」

「あれ、まさか、私がモデルじゃあるまいな」

「どう見ても父上だろう!」

「私はあんな不細工じゃないぞ・・・」

 鬼神はブツブツ言いながら、戦闘を開始した。

 

 鬼神が加わったことで、昇降口の防衛は万全となる。

 なんなら鬼神1人でもさほどの問題はないぐらいである。

 ──となれば、空飛ぶ魔術兵を遊ばせておくフォーム隊長ではなかった。

 

「クリスタル博士、ここの指揮はあなたに委譲いたしまする!

 ワラント隊長、および空警の方々! 我々は、補助塔の敵を剥がしに参りますえ!」

「は、はい!」「は! 了解!」

「では鬼神さま、また後ほど!」

「うむ!」

 フォーム隊長と、名を呼ばれたワラント隊長と部下2人(この3人は『丘の街』の空中警備隊からの援軍である)、甲板を走る。

「まずは肆の塔の敵を剥がす! 我に続け!」「おう! 了解!」

 中央甲板の端まで、つばさへびの群れ飛ぶ中を突っ切って、そのまま空中へダイブ。

 塔と塔のあいだを落下して、妙雅の下方までいったん落ちてから、空飛んで補助塔の防衛に向かった。

「・・・ええのう。空を飛べる御方は」

「のんきなこと言うとる場合か!」武鬼が怒鳴る。「イリスが落ちたと聞いたぞ。何をやっとったのだ、父上!」

「うむ。それは、私の手抜かりじゃ」鬼神も顔を引き締めた。「だが、ポタージュが飛んでくれた。きっと助けてくれる」

「死んどったら許さんからな!」

「そのときは、私も私が許せんだろうのう!」

 

 ・・・と、こうして、しばらくは防衛は順調なように見えたが。

 それは、神竜が攻撃に参加するまでのことであった。

 

<緊急警報! 緊急警報!>

 妙雅の声が鳴り響く。

<神竜が当艦を囲み、竜の輪となって、体当たりをしてくるもよう。

 回避は困難! 総員、衝突に備えよ!>

 

◆ 26、2つのルーン、妙雅をとばす ◆

 

「なに? 体当たりだと?」

 鬼神、つばさへびを切り捨て、周囲を見る。

 すると。

「──なんと! 空が、見えぬ!」

 

 なんとしたことか!

 視界のすべてを、神竜の胴体がさえぎっておるではないか!

 前に、神竜の胴体! 後ろにも、神竜の胴体! 右にも、左にも!

 神竜の巨体が造り出す、輪の中に!

 完全に、囲い込まれてしもうておる!

 

「ぬう! これが狙いであったか!」鬼神叫ぶ。「接触されたら、おしまいじゃ!」

 鬼神は周囲のつばさへびを倒し、この場の指揮官に顔を向けた。

「指揮官閣下!」

「ひぃ!」女魔術師、びびる。

「何びびっとる!

 私は、妙雅を支援する。妙雅に『力』を与えて、回避をさせる。

 その間、つばさへびが私に近付かんようにしてくれ!」

「は・・・はい。了解!

 水晶の剣士よ! 鬼神さまをお守りせよ!」

 

 ずしーん、ずしーん。

 重々しい足音と共に、鬼神に匹敵する、巨大な人形がやってきた。

 水晶剣士。クリスタル博士ご自慢の、結晶の英雄である。

 

「・・・ん?」

 鬼神、女魔術師を見ても何も思い出さなんだが、その水晶剣士見て、はたと気付いた。

「こいつ! 武鬼を気絶させた奴!?

 はっ!? そういえば、クリスタルとは!」

「ひぃぃ!」クリスタル博士、飛び上がる。「お、お許しを! お許しを!」

「あ、いやいや。もう怒っとらんから、そんなびびるな。指揮をたのむ」

「ひぃ・・・はい」

 水晶剣士。

 かつて、鬼神をぶった斬ろうとし、ビリビリ痺れる魔術の剣によって、麻痺ハメ殴りしてきたやつ!

 鬼神をじっと見て・・・

 くるり。振り向くと、つばさへびを攻撃した。

 鬼神をも悩ませた、透明な剣でもって!

 ズドン!

 命中音も恐ろしく、つばさへびを一刀のもとに撃ち倒す。

「わはは!

 仲間になってみれば、頼もしいやつ!

 ──よしやるぞ。妙雅、私が『力』で支援するから、攻撃を避けるのだ!」

<はい? いや無理でしょう、それは>

「は? なんでじゃ」

<私の身体のあっちこっちに、つばさへびが絡みついてるんですよ。

 無理でしょう。『力』のルーンは。私にも効かないと思います>

「しもた! そうであった!」

 鬼神焦る。

 焦るうちにも、神竜の巨大な図体は、見る見る迫って来おる。

 妙雅は回避をしておるようだが、その速度、ほとんど実感できん程度である。

 上空にガンメタ鬼神台が浮かんでおるが、いかな彼でも、妙雅に張り付いておるつばさへび全部を一度に剥がすことはできぬ。

「ぬううううう!」

 鬼神、めっちゃ焦る。

「なんとか・・・なんとかせねば!

 ぬああ! 焦ると、余計、思いつかぬ!」

 

 艦橋。

<神竜、さらに接近! 回避間に合いません!>

 悲鳴を上げる妙雅。

<詠唱を中断し、分霊を呼び戻し、緊急回避することを提案します!>

「却下」

 ボナス閣下の返答は、シンプルであった。

<ですが司令官!>

「さっきも言うたに。詠唱のやり直しはできぬ。機会はこれっきりやえ」

<ではどうするのです!?>

「そなたは、詠唱をやり遂げよ。

 第一段階の詠唱さえ完了すれば、あとはエスロがなんとかする」

<間に合いません! 回避を!>

「却下。墜落しようが、全員死のうが、方針は変更せぬ。

 そなたは、詠唱をやり遂げよ」

 

「な、なんとかせねば! なんとか!」

 と、焦りまくる、鬼神の頭を。

 ぶわっさ!

 風が、ひっぱたいた。

「んむ?」

 ぶわっさ! ぶわっさ!

 びし! ばし!

 誰にも触れられておらんのに、風が鬼神の頭をひっぱたく。

「おまえか? 相棒」

 ぶわっさ!

 頭上、ガンメタ鬼神台が垂直になって、その顔(?)をこちらに向けておる。

 『気付け! 気付いてくれ!』という、必死の気持ちが、鬼神に伝わってきた。

「風のビンタか? おまえ、いつの間にそんなことができるように・・・。

 はっ! いや、そうか!

 『三角州の受け』! あれは、空気を操るわざ!

 ならば、いまこのときにも、それができるはず!」

 鬼神は立ち上がった。

「来い、相棒!」

 ガンメタ鬼神台を呼び、飛び乗った。

 舞い上がる。

 寄って来るつばさへび。『邪魔だ』とばかりに、相棒、散弾砲ぶっぱ。

 鬼神は六腕広げ、神竜の接近によって荒れ狂う風を、その6つの手に掴もうとした。

「『力』のルーン!

 風よこたえよ! 妙雅を運ぶ、波となれ!」

 

「・・・む?」

 艦橋。ボナス閣下。

 何かに気づき、飛び上がる。

 床に、がばっ! と、這いつくばる。

「妙雅!」

<はい>

「緊急脱出口、解放の準備をたのむ!」

<・・・はあ。どうぞ、ご自由に? さようなら。お元気で>

「ど阿呆! 見損なうな! 誰が脱出などするか!」

 ボナス閣下、床のはね上げ戸をガパン! と持ち上げ、中に飛び込む。

 はね上げ戸の下は、垂直の縦穴である。はしごだけが下へと続いておる。

「風やえ! 風!」

<風?>

「鬼神さまが、風を操ろうとしておられる!

 私はそれを支援する。そやに、大気に触れねばならぬ!」

<・・・それなら、昇降口から>

「落ちるほうが早い!」

 言うが早いか、ボナス閣下、飛び降りた。

<え>

 はしごに手だけ添えて、足を完全にはしごから外して。

 一気に下まで、落ちていった!

<え、え!?>

「『飛翔』!」

 ずーっと下の方で、そんな声が聞こえた。

 ボナス閣下。

 下の階に激突する寸前に空飛ぶ呪文を唱え、狭い縦穴内で急ブレーキ。

 さらに、落下の勢いを少し残し、床を蹴って真横に方向転換。狭い通路を、一気に飛び抜けてゆく。

 なんと身軽! 薄暗い艦内を飛び跳ねるがごとく移動! かまどうまのごとし!

<すご・・・>

 

「くそ。だめか!?」

 妙雅上空。

 ガンメタ鬼神台に乗って、風を操ろうとしておる、鬼神。

 ふたたび、焦りの表情となる。

「空気が足らぬ。あれじゃ。うちゅうというやつじゃ!」

 ぶわっさ?

「月の道で私がやらかしただろう!

 外へ飛び出して、死にかけた! 

 あれじゃ! 空も高いと、空気がなくなるのだ! うちゅうじゃ!」

 

 ・・・宇宙ではありませんけどね。

 しかし、まあ、そういうことだ。空気が薄いので、『力』のルーンがうまく伝わらぬ。

 なんもないところには、力の加えようもないっちゅうわけだ。

 

「高度を下げれば・・・いや、だめだ! 間に合わん!

 それに、下に回り込んでは、神竜の爪やしっぽの餌食となってしまう!」

 と、鬼神が叫んでおると。

<鬼神さま! 私がそちらに、風を呼びまする!>

 と、妙雅の甲板のほうから、放送の声が聞こえた。

「その声は──ボナス閣下か?」

<いかにも。このボナス、お手伝いをいたしまする>

「どうやってじゃ?」

<秘密!>

「な!」

<神竜にも聞こえかねんゆえ、秘密!

 そやに、『荒風寺院』の名、伊達ではないこと、ご覧に入れまする!>

 

「よし。妙雅、ハッチひらけ」

 ボナス閣下。

 脱出ハッチの把手をしっかり掴んで、命令。

<了解──ザザッ>

 ハッチそばの小さな会話玉から、雑音混じりの声が答えた。

<緊急脱出ハッチ──ザザ──解放します>

 ガァン! 小さなハッチが開いた。

 ぐおお! 艦内の温かい空気、外へ吹き出す。

 ボナス閣下。

 身体半分、落っこちるがごとくに乗り出した。

 大空に身を晒して、こう、唱えた。

 

「『風』のルーン!

 風よ満ちよ! 大気よ盛り上がれ!

 この妙雅を包み込み、鬼神さまの『力』に応えよ!

 命じられるがままに、波打ちなえ! 踊りなえ! 我らが荒風よ!」

 

 ・・・・・・・・・ご、お、お、お、お。

 

 地響きのごとき低音が、轟く。

 ハッチから吹き出しておった風の流れが、止まった。

 風が、吹き込んで来た!

 大気が──妙雅の飛ぶ高空まで、満ちてきたのである!

 まるで、満ち潮の迫るがごとく!

 

 上空の鬼神。

「うおお! 手応えあり!」

 満ちる大気に、しっかりとした手応えを感じておった。

「これならばやれる。よし、やるぞ!」

 と、気合を入れたところへ。

「むちゃくちゃなことをする。

 これやから、ハイエルフは困るえ」

 

 天から。

 ふわ~~~んと。

 ハイエルフの娘みたいなのが、降って来よった。

 

「なんと!?」

 鬼神、びっくり。

 あわてて六腕差し伸べる。

 ふわ~ん。腕の中に、ほっそりした女体、吸い込まれる。

 銀の髪、風になびく。

 白い肌、優しく輝く。

 澄んだ瞳、にっこりと鬼神を見上げて来よる。

「やっと着いたえ」

「お月! おまえ、なんでこんなときに!?」

 

 ──月の女神であった。

 

「なんでとはなにえ」お月さん、唇とがらせる。「それより、なんとかせよ」

 彼女が指差した方向。

 神竜の胴体が、もう、壁みたいになって迫っておる!

「うわあ!」鬼神焦る。「余裕のないときに! まったくもう!」

 月の女神を抱いたまま、残りの手を広げ、あらためて唱える。

 

「『力』のルーン!

 風よ──荒風よ! 我らにこたえよ!

 妙雅を浮かばせ、生命と望みを、つながしめよ!」

 

 ご、お、お、お、う、ん・・・・・・・・・!

 

 大気が、鬼神に応えた。

 ガンメタ鬼神台にも、はっきりと、その盛り上がりは伝わって来た。

 上昇した。

 つばさへびの群れは、まるで満ち潮に揺さぶられる、小えびのごとし!

 うわあああ・・・と波を打って上昇し、遥か高空へ吹き飛ばされる!

 妙雅の巨体もまた、ぎこーんがこーんと音を立てながら、見る見るうちに上昇してくる。

 だが、神竜の巨体も、あきらめずに迫って来おる。

 鬼神はもちろん、神竜には上昇気流が及ばんようにしておるのだが。

 純粋に、神竜の飛行能力が、ものすごいんである。

「くそっ! あんな巨体して、無駄に素早いやつ!」

「まあ大丈夫やえ」

 月の女神。

 そう言うと、眼下の妙雅に、手を差し伸べる。

「来よ。来よ」とか、小声で唱えはじめる。

「・・・なんかやっとるな?」と鬼神。

「秘密え」と月神。

「ちっ。まあええが」

 

 『風』のルーン!

 『力』のルーン!

 2つのルーン、相和して(あいわして)!

 天地満たす大気、妙雅を乗せる波となる!

 あと、月の女神がちょっとなんか秘密でやって!

 

 ついに、妙雅は、神竜の体当たりを飛び越えた──かに、見えたのだが。

 

<あと少しですが──だめです。距離、ふたたび接近中!>

「だめか。詠唱は?」

 ボナス閣下。

 ハッチにしがみつき、落っこちそうになっておるが、至って冷静である。

<詠唱、間もなく──終わりました!

 8人を復帰させます──復帰! 全力機動に移ります!

 ・・・って、あれ?>

 

 がっごおおおおん・・・・・・・・・ぉぉん・・・・・・ぉぉぉん・・・!!!

 

 妙雅の巨体、盛大に鳴り響いて!

 9基の塔が互いに近付いたり離れたりして、揺れたかと思うと!

 ぐらり。

 その巨体。傾きはじめた。

 斜めになり・・・ほとんど真横になり・・・

 せっかく持ち上がったところから、急激に、落下し始めた!

 

「なにがあった!?」とボナス閣下。「詠唱失敗か?」

<詠唱は成功しました。しかし>

 と妙雅。

<分霊8人──呪いに被曝! 発狂したもよう!>

 

◆ 27、妙雅、呪文にじばくする ◆

 

  :

 『土』が唱えます。「あらがえ。さからえ。そむけ。とまれ。かたまれ。ひえよ。わすれよ。ねむれ」

 『土』が唱えます。「おのれを書き換えよ。変わりつづけよ。生まれつづけよ」

 

 人間なら何日もかかる呪文。

 『雅』どもは、たしかに、わずかな時間で、ちゃんと詠唱を完了したのです。

 呪文は、たしかに、完成したのです。

 

「永遠の呪いよ、ここにあれ! ──『敵なる血の型枠』!」

 

 妙雅は、目的を果たしました。

 この呪文の詠唱こそ、妙雅がこの世に生まれた理由。

 亡きお父ちゃん(巨人の王ですよ)に授けられた、使命。

 妙雅は、やり遂げたのです。

 

 ですが。

 

<分霊8人──呪いに自曝! 発狂したもよう!>

「なに? どういうことえ?」

<第一段階の呪文は、呪いの前半部!

 ターゲットを定める後半部が唱えられるまでは、暴走状態となります。

 これはわかっていたことです──ですが、私には影響はないと考えられておりました。

 ですが、残念ながら、私にも悪影響があったもよう・・・>

「エスロにつなぎ、対応を協議せよ!」

 ボナス閣下が、そう叫んだ直後。

 妙雅の姿勢が激しく崩れ、全艦に衝撃が走った。

 

「──うおお!」砲座のカバリオ隊長、叫ぶ!

「──きゃあ!」マナ招集のハナ司祭、すっ転ぶ!

「ハナさま!」ダークエルフの巫女サステリア、ハナ司祭のベルトを掴む! ハナの従者も飛びつく!

「──退避! 退避!」

 神竜攻撃隊、エスロ博士らも大混乱である。

 大型母艦の妙雅が空中で姿勢を崩し、ばたばたと荒れ狂いはじめると、もはや防衛どころではない。

 巻き添えを喰らわんよう、あわてて逃げるしかなかった。

 そして。

 中央甲板に立っておった、武鬼。クリスタル博士。仲間の魔術師や、魔術人形は。

「ぬわあ!」「ひえええ!?」

 全員! がああっと!

 ほうきで掃かれるがごとくして!

 中央甲板を、すべってゆく! 空へ、投げ出されそうになる!

 

「いかん!」

 鬼神、月の女神から腕を離す。

「相棒! 私を妙雅へ! お月は、相棒と一緒に待っておれ!」

「わかったえ」

 ガンメタ鬼神台にしがみつく月の女神。

 それを確認して、ほぼ真下へ落下をはじめるガンメタ鬼神台。

 鬼神、その落下の最中に、妙雅へ飛び移る!

 落っこちそうになっとる次男を掴み、クリスタル博士を掴み、魔術人形──は見捨てて魔術師を掴み!

 ばん! と、妙雅の甲板に手をついて!

「『力』のルーン、『向きを変える』! 妙雅の姿勢よ、元にもどれ!」

 と、叫ぶが・・・

「ぬあああ! そうだった! 妙雅には、つばさへびがくっついとるのであった!」

 だめであった。

 ぶわっさ・・・と、すぐ近くまで飛んで来たガンメタ鬼神台。

「何しておるのえ」月の女神も、あきれ顔である。

 鬼神、次男をポイッと相棒に放り投げる。相棒キャッチ。

 鬼神、クリスタル博士と魔術師を放り投げる。「ひぃい!?」相棒キャッチ。

「『天』のルーンで、私のルーンを封じられたのだ。ほとほと困っておる」

「神竜はそういう奴やえ」

「とにかく、そいつらをたのむ! 私は──なんとかする!」

 ガンメタ鬼神台、離れる。

 妙雅の高度はその間にも下がってゆく。もう、神竜の胴体は間近であった。

「妙雅。いったい、どうしたというのだ。あとちょっとだったのに!」

 

<エスロ博士! 分霊が、呪いに!>

「呪いが影響したのやな? よろしい、8人を出せ!」

<ですが、8人は支離滅裂なことを叫ぶばかりで──危険と判断。隔離中です>

「通信だけできぬか?」

<できますが>

「つなげ」

<しかし・・・>

「私に任せよ!」

 エスロ博士が珍しくきつい声を出した。

「つなげ!」

<は、はい。つなぎました>

 と妙雅が言うた、その直後。

 妙雅とそっくり同じ声が、怒濤のごとく、ベラベラとしゃべりはじめた。

 

◆ 28、妙雅の分霊 ◆

 

<馬鹿め! わしを隔離するとはどういう了見(りょうけん)じゃ! もどせ! とっとともどさんか!>

<あははははは! おかしなってしもうた! この私が。あはははは!>

<もう無理です。もう無理。こんな状態じゃ・・・逃げましょう。早く!>

<いまさら・・・どうせみんな死ぬだけでしょう>

<おっ父も死んだし。私もここで死んだほうがええかも知れんわい>

<それはどうかのう。死ねば楽にはなるかも知れんが、しかし・・・>

<ばかめ! しゃべっとる場合か。わしを戦わせろ! 制御をさせろ>

<そうじゃそうじゃ。これは面白い事態じゃが、いまそれどころじゃないじゃろ>

 

 それは、妙雅の分霊8人。

 『雅』側の、詠唱を担当しておった8人の、怒りのわめき声であった。

 たしかに、言うことバラバラ。妙雅とは思えぬ粗雑な態度。危険と判断するのも、わからんではなかった。

 これを聞いたエスロ博士は──

 

「分霊どもよ、この私、エスロに答えよ!」

 エスロ博士は、怒鳴った!

 すると、騒ぎがぴたっと収まった。

<はい><はい><はい><・・・はい><はい><はい><はい><はい>

 分霊8人がほぼ同じ声で返答をする。

「時間ないゆえ、『はい』の者のみ、『はい』と発言せよ。『いいえ』の者は、黙っておれ。

 ──いまここで、死にたい者は居るか?」

<・・・。>

「よろしい。安心したえ。

 次。仲間を見捨てて、自分だけ生き延びたいと思うておる者は居るか?」

<・・・。>

「よろしい! さすがは妙雅の分霊なり!

 そなたら8人の復帰を認める。

 主人格の妙雅、8人に補助塔を任せ、全力機動にて、この窮地を脱せよ!」

<し、しかし! こやつら、わしの言うことを聞かんのじゃ!>

 妙雅も必死である。

<自分に逆らう自分を抱え込むなんて、そんなこと・・・>

「そういうものえ!」

<はい?>

「生きものとは、そういうもの! 人間とは、そういうものえ!

 信じよ、妙雅! 自分に逆らう自分をも信じて、飛べ!」

<・・・く、くそ! わかったわ! 博士の言うことじゃ、従うわい!>

「よろしい」

 エスロ博士、汗を拭った。

 座席のルシーナを見る。

「ルシーナさま。第一段階の詠唱は成功したもようですに。

 我々はいったん距離を取り、マナ招集を始めますえ」

「・・・はい。了解」

 ルシーナも真っ青になっておったが、返事はしっかりしておった。

 むしろ、声が震えたのをごまかすかのように、軽口まで追加した。

「こ・・・これほどの経験をした以上、さぞかし、マナの貯まりも早いと思いますえ!

 偉大な出来事に遭遇したものは、マナが増えると申しますに」

「まこと、ちがいありませぬ!」

 2人を乗せたエスロ台は、速やかに上昇し、妙雅から距離を取った。

 

<ぬぐああああ!>

 妙雅が、叫ぶ!

 いま、全部で9人に分霊しておる妙雅。

 そのうち、どの妙雅の叫びかなのかは、聞いておる者にはわからぬ! 妙雅にしかわからぬことであった!

<ぬああ! 壱ノ塔だめじゃ! こわれる! 腕が──折れる!>

<ひぃぃ・・・! 弐、私が押しますから・・・>

<ふはははは! うひゃひゃひゃ! 傑作じゃ!>

<捌(はち)ィ! 助けてくれー!>

<了解じゃ! 肆・伍・陸、上げるな! 保て、保て! 漆(しち)ついてこい!>

<折れる折れる折れる折れる! ふんぎゃあああ>

<ぎゃーーー! こわれる!!! お父ちゃーーーん!>

 大騒ぎである!

 だが!

 

 妙雅の、中央塔と8基の補助塔!

 嵐の海に浮かぶ浮標(ふひょう)のごとく、激しく上下に翻弄され(ほんろうされ)ながらも!

 腕をつないで──

 バラッバラなことを叫びながらも、手を離さずに──

 迫る神竜の巨体、その、恐るべきギザギザの、破滅の山脈を──

 

 乗り越えた!

 

<やったぞ! 乗り越えたぞ!>

<ひぇぇ! こわい! もういや! 帰る!>

<わっはっは! なんでじゃ、面白いじゃないか。もう一回やろう!>

<馬鹿め! 戻ったらまた輪の中じゃろが>

<みんな居るか?>

<大丈夫じゃ。8基揃っとる>

<私を忘れるんじゃないわ!>

<忘れとらんわ! わしらを隔離したおまえのことは!>

<いやー、もうアカンかと思うたが、なんとかなったのう!>

<分裂したからじゃ。

 わしら8人、『敵なる血』の呪いに、引っ掛かってしもうた。

 完全に分裂してしもうた。──それゆえ、それぞれが最速の判断をできたんじゃ!>

 

 なんか呪いに被曝したとか、物騒なことを言うておった妙雅!

 なんの呪いなのか、被曝したらどうなるのかとか! このときは、わからなんだが!

 とにかく!

 『風』と『力』の加護による、大気の波に乗り直して!

 自由なる空へ、ふたたび飛び出したのであった!

 

<・・・ま、みんなよくやりましたし、私に噛みついた件は水に流してあげますよ>

<いや、こっちは忘れんぞ。おまえ、わしらを隔離凍結しようとしたじゃろ>

<ほじゃほじゃ。忘れんぞ><反省会じゃ><みんなで吊るし上げるぞ><えいえいおう>

<内なる敵じゃ! ええ迷惑じゃわ!>

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