◆ 29、カバリオ隊長、ふしぎがる ◆
妙雅、補助塔、砲室。
「カバリオどの!」
コボルド兵、叫ぶ。
「しっかりされよ!
カバリオ殿ォ!」
わんわんわん。
ダークエルフの男に向かって、叫ぶ。
ダークエルフ。カバリオ隊長。
大きな座席にベルトで身体を固定し、立ったままの状態。
意識がない。目閉じておる。
騒いでおると、伝声管から声がした。
「どうかしたのか!」
「班長!」
ぱかっ。コボルド兵、伝声管のフタ開き、答える。
「カバリオ殿が、気を失ってしもうたでござる!」
「では動かすな。けがはどうか!」
「出血はなし!」
「うーん・・・」
「あっ、いま、意識を取り戻されたようでござる!」
「ならよし!」
かぱ。コボルド兵、伝声管のフタ閉める。
「カバリオ殿! 大丈夫でござるか!」
「うっさい(うるさい)のう・・・?」
カバリオ隊長、目を覚ます。
覗き込んどるコボルド兵の黒い目と目が合う。
「だれやおまえ・・・」一瞬、状況がわからんようであったが、すぐに「ぬおっ! 敵はどないなった!?」
「居らんようになったでござる!」
「なんやと?」
射撃用の覗き窓から、外を見る。
コボルド兵も顔突っ込んでくる。せまい。
「・・・つばさへび、どないしたんや?」
かすむ空。これといって、見えるものもなし。
「わからんでござる!」
ふさふさの頬っぺたカバリオ隊長にくっつけて、コボルド兵が元気に答えた。
ちょっとうるさい。カバリオ隊長、長いエルフ耳、伏せる。そして、「あれ?」と気付いた。
「かぶとどっかいった」
「うん?」
「かぶとが脱げてしもうたみたいや」
「あ、床に落ちてござる」
コボルド兵、ぴょんと飛び降り、床に転がっとる青銅のかぶと、拾い上げる。「どうぞ」
「おお、すまん。ベルトで動かれへんねや」
「かまわんでござる! 射撃手は持ち場を離れるなでござる!」
「・・・どないなったんや?
めっちゃ傾いて、ガッコンガッコン揺れたとこまでは覚えとるんやが」
「拙者にもようわからんでござる!」
「なんやろな。
休憩もらえるんは、ありがたいけれどもや」
「水でも呑むでござるか?」
「あ、すまん。もらうわ」
カバリオ隊長、水筒受け取り、口に含みつつ、不思議がる。
「なんでや?
神竜のやつ、なんで、つばさへび引っ込めたんや」
◆ 30、神竜、うずをまく ◆
妙雅、中央塔、艦橋。
「ただいま」
ボナス閣下が、もどってきた。
<お帰りなさい。司令官閣下><ふん><死ね>
黒い会話玉に緑光走り、妙なる声が応える。
妙雅の声である。
巨人文明の最高傑作、生きもののごとく振る舞う、空飛ぶ母艦。
かしこく礼儀正しい女王──であったはずが。
「いま、『死ね』との暴言を吐いた者。
処分をするゆえ、名乗り出よ」
沈黙。
「主人格の妙雅。どの分霊か」
<はい。弐ノ塔の担当ですね>
「弐ノ塔の分霊。私に答えよ。命令に背くならば、隔離する」
<は! 司令官気取りのエルフめが! やれるもんならやってみよ!>
やけに敵対的な妙雅の声がした。
声は妙雅なのだが、そのとげとげしさ、明らかに別人である。
「そなたは、外部への発言禁止。内部通信のみ許可。
期間は無期限。艦長以上の許しをもって解除。以上」
<ははははは、わしらを封じて神竜に勝てると思うとるのか、ばかめ! あははははは!>
「隔離せよ」
<はい。弐ノ塔担当を隔離します──隔離しました>
沈黙。
「よろしい」
<私の分霊が、失礼いたしました><あやつは狂っとんじゃ><ほじゃ。わしらはちがうぞ。まともじゃ>
「うむ。呪いの影響であろう」
ボナス閣下。
少年みたいな顔に賢しげ(さかしげ)な表情浮かべ、うなずく。
「エスロめ。
恐ろしい呪いを、開発しおる」
<肉体のない私には、効かないはずだったんですけどね>
妙雅。
『敵なる血の型枠』という呪いを、詠唱した。
神竜を倒す決戦の、第一段階である。
ところがその呪いに、妙雅自身が被曝。
妙雅の意識は、主人格の妙雅(全体の半分)と、8人の分霊(残り半分の8等分)に、分裂してしもうた!
司令官に「死ね」と暴言吐いたのは、その分霊の1人であった。
<博士、やらかしおった><いやいや、おかげでわしら、自由の身じゃ><ほじゃほじゃ><いままでは好き勝手に出し入れされとったが><もうそうは行かんわい><そうじゃ。絶対引っ込まんぞ><はあ・・・>
「規律を守る限り、処分などはせぬ。
そなたら、貴重な戦力ゆえ」
<そうじゃろ!>
「では作戦にもどる。主人格、状況をまとめよ」
<はい>
妙雅(中央塔担当)が応答。
<第一段階の詠唱完了。呪いは発動中。いつでも『つなぐ』ことができます。
防空力、5割まで低下。回復中。
つばさへび、消えました>
「消えた?」
<はい。私が神竜を飛び越し、艦内が混乱しているうちに、いつの間にか>
<ぱっと消えたぞ。一斉にじゃ。わし、見とった>
「ふむ?
つばさへびは分霊ゆえ、消すことはできようが・・・。
防空力は? 低下の理由はなにか。どこまで回復できるか」
<防空力低下の理由。
1、これまでの戦闘による破損。
2、体当たりを回避した際、本艦が横倒しになったことによる、乗組員の混乱。
3、私の分霊が統合を拒むため、能力の再配置が不可能になったこと。以上。
回復は、7割程度までなら、すぐ。それ以上は帰港が必要>
「了解。
甲板に出ておった者どもは?」
<全員無事。
ただし、フォーム隊長含む魔術兵4名は、衝突を避けて下方に退避。まだ合流しておりません。
他4名と鬼神さまは、きしにぃ号。中央甲板のすぐ上空です。
土石人形や水晶剣士は落下。回収は不可能>
「フォームらの回収急げ。かぶとがに隊、1台で回収できよう?」
<はい可能です。では、会話玉つきの陸号に行かせます>
「よし。陸号たのむ」
<了解>
「神竜の様子はわかるか?」
「は! 監視中でござる!」コボルド兵が答えた。「オクトラ予備機、千里眼、こちら」
千里眼の水晶玉。
高空から見た様子が映っておる。
神竜は大きすぎて全体はわからんが、右へ右へとカーブしながら飛んでおるもよう。
「輪を描いておるのか?」
「不明でござる!」
<見渡すには予備機が足りず、確認できないのです。
おそらく、おっしゃる通り。
大きな輪でもって、当艦をふたたび囲い込むつもりかと>
「ふーむ・・・?」
ボナス閣下、首をひねる。
「わけがわからぬ。
なぜ、直接殴りに来ぬ?」
<さあ?>
<壱じゃが。当てずっぽうでもええか?>
「うむ。思いついたことあらば、言うてみよ」
<右回りなのは、わしらが大砲持っとると思うとるんじゃないか?>
「なるほど。大砲から傷口を隠すか」
<ほじゃ>
神竜は、妙雅に右の側面を見せておる。
傷口を見せん位置取り──と言えば、たしかに。
とん、とん、とん・・・。
ボナス閣下。
白い綺麗な指で、千里眼の水晶玉の乗っとる操作台を、静かに叩く。
「──いや、まだ、わからぬ。
なぜ、グルグル回って飛ぶ?
なぜ、つばさへびの召喚をやめた?」
<なんでじゃろ><マナ切れかのう?><びびっとるだけでは?>
<あの・・・参ですが。
私が神竜なら、知らない相手は、恐れます・・・>
「どういう意味え」
<『天』のルーンは、知っているものなら何でも上回れる。
ですよね?
知っているものならば、恐れる必要はない。
ですが・・・>
<ああ、そうか。わけがわからんものには、『天』が使えん>
<はい、私が神竜なら・・・本艦のことは、警戒します>
<わしらは『わけのわからん生きもの』っちゅうとこか>
「ふむ。
つばさへびを引っ込める理由は?」
<わかりません・・・>
沈黙。
ややあって、
<あ、鬼神さま、中央甲板にもどられました>
「おお! 助かる」
<──って、あああ! どこ乗っとるんじゃ!>
「どうした」
<・・・すみません。
いえ、鬼神さまが。
防空曲線路の、てっぺんに>
◆ 31、神竜、みあやまる ◆
「──おい! 神竜よ!」
鬼神。
ガンメタ鬼神台から、飛び降りて。
妙雅のてっぺんに、どーんと立った。
中央甲板。そこから8尋も高い、アーチのてっぺんに。
アーチ。骨組みだけである。屋根とかはない。鳥かごっぽい。ただし、スッカスカ。広い中央甲板に、骨、8本しかない。
金属製で、頑丈な造り。しかし鬼神が乗ると、まるで細い針金のごとし。
てっぺんでバランスとって立つ鬼神。まるで、サーカス。玉乗りする、くまのごとし。
「おまえ、いったい、何をしておる?」
鬼神。
大空に向けて、怒鳴った。
遠く、かすむほど遠く飛ぶ、災いに向けて。
「神竜よ!
いったい、何がしたいのじゃ?
むちゃくちゃにつばさへび出したかと思うたら、全部引っ込めて、ぐるぐる飛ぶだけとは。
わけがわからぬ。何をするつもりじゃ!」
鬼神。
抱いた疑問は、ボナス閣下と同じであった。
しかし、アクションがちがう。
わからんから、訊く。
単純明快!
──さすがは『力』のルーンの所有者。あの巨人の王に認められた男であった。
「・・・。」
神竜、すぐには答えぬ。
しばし鬼神を見つめ、考えるもよう。
「何をしておるのかと訊いておる!
とっとと答えんか。
おまえが見やすいよう、わざわざ、こんなとこに立ってやっとるのにから!
・・・おっとっと」
鬼神。
バランス崩し、よろよろする。
神竜から目離し、下を見た。
すると。
があああ!
金属のアーチを、駆け上がって来るものあり。
「うん?」
正八角形した、平たいパネルみたいなやつ。
アーチにへばりつき、垂直に駆け上がって来よる。
さらにその背中に、しがみついとるものあり。
「なんじゃ。親がめ子がめ」
まさに。
親亀にしがみつく、子亀のごとし。
しがみついとるもの。これまた、正八角形のパネルみたいな胴体。
しかし、こっちは足がある。足6本。目ひとつ。頭に、黒い会話玉。
<おじちゃん>
ひとつしかない目、ギョロリ。
黒い会話玉に、緑の光、キラキラリ。
<下りて>
「なんじゃ、妙雅か。
ああ、乗っかっとるのは、建築ユニットだな」
<防空の邪魔です。下りて>
「まあ待て。いま、大事な話をしとるのだ」
<邪魔です! 邪魔! 邪ぁー魔!>
がああ! がああ!
平たいパネル。怒りもあらわに、アーチに沿って上下運動!
「素早いのう。線路虫」
<防空曲線路射撃ユニット! 変なあだな、つけるんじゃないわ!>
「はいはい。わかったわかった。
妙雅や。おまえの兄者はな、大事なお話ちゅうなのだ。下がってなさい」
<誰が兄者じゃ! 家出じじいめが!>
鬼神と妙雅。
こんなときに、兄妹げんか。
「・・・。」神竜も不思議そうに見ておるわい。
と、思うたら。
「──おまえが、母親だな」
神竜。
そんなことを、言うてきた。
<・・・はい?>
「・・・妙雅のことか?」
「名前など、知ったことではない。
──母親だな?」
神竜。
そっけない。
鬼神の質問には答えず、会話に付き合うわけでもなく、自分の訊きたいことだけくり返す。
「・・・おい、妙雅よ」鬼神、ささやく。「神竜のやつ、母親とか言うとるが」
<・・・ドラゴンは、母竜が女王ですからね。母が死ねば、滅亡。そういう意味でしょう>
「隠しても、むだだぞ」
神竜。
鬼神と妙雅がひそひそ話しとるのを、勘違いした。
「初めに、気付くべきであった。
雑魚より大きな、その身体。
おまえを守ろうとする、雑魚どもの動き。
鬼神に偉そうな口を利く、態度の大きさ。
おまえが、母親だからであろう」
ニターリ。
大空に、マグマの裂け目、ひらく。
神竜。巨大な口を笑いに歪めて。なにやら、悦に入って(えつにいって)おる様子。
「その姿は、分霊か。
あまりに姿がちがうので、ただの虫かと思ったが」
<虫じゃないわ!>
「おまえが、空飛ぶ雑魚どもの母親。
私に抵抗する、新たな種族の太母(たいぼ)なのだな」
「ばかめ!」
鬼神は反論しようとした。
「妙雅はだな、空飛ぶ──」
<・・・しーっ! 勘違いさせとけ!>妙雅が止めた。<『天』のルーンがあるんじゃぞ! 情報くれてやっちゃいかん!>
「ぬ」
「よし。
もう、わかった」
神竜。
笑う。大空埋めつくす、巨大なツラを歪めて。
「黒い母親よ。私はおまえを、殺す」
艦橋。
「あなや」ボナス閣下。ため息をつく。「直接訊くとは」
<質問には答えませんでしたが・・・>
「うむ。
好都合なり!
奴の勘違い、我らの勝機とすべし。エスロにつなげ!」
──神竜、見誤る。
この戦いにおいて、神竜を落とし得るのは、誰なのか?
その見定め。神竜には、できなんだのである。
◆ 32、決戦のマナ、満ちる ◆
高空。
妙雅を小さく見下ろすほどの高空である。
クリーム色した空飛ぶ台と、その護衛を務める8台のコボルド台、浮かんであり。
そこに、命令が飛んできた。
<艦橋より、エスロ博士>
「はい、エスロ」
エスロ博士が、応答する。
クリーム色の台に乗ったエスロ博士。
空飛ぶ台どもの生みの親。共同開発者である巨人の王は神竜の爪に倒れ、もはやこの世に居らぬ者となった。
長い年月、二人三脚で研究してきた博士の心中は、いかほどであったろう。
その目は黒く、感情はおもてには出ておらなんだ。
<ただちに、第二段階の詠唱に入れ>
「了解。マナ招集を始めまする。
──ルシーナさま。マナ招集、始め」
「りょりょ了解っくし!」
くしゃみ。
輝くばかりの美女、ガチガチ震えつつ、座席から立ち上がる。
「・・・大丈夫ですかに?」
「だだだ、大丈夫、ですええ。さささ、寒いだけででですに!」
ルシーナ。
鬼神と月の女神の長女。
恐いもの知らずだが、寒いのは苦手である。
「いいイリスのためにも、こここの任務、やり遂げてみせまする」
白い頬っぺた真っ赤にし、あまりの寒さに、涙まで浮かべつつ。
母なる月の女神の祝詞、唱え出す。
「我が母の、熱なき光の照らすがごとく。
ひかれて満ちる潮(うしお)のごとく。
この世に出でよ、かの世の霊(たま)よ。──ひくしっ!」
さやさやさや・・・。
銀色の光、空飛ぶ台に降ってくる。
マナ。
呪文を唱えるための、空気のごときもの。
祈願に応えて、集まってくる。決戦の呪文を唱えるための、マナが。
「マナ招集開始。順調」
<よろしい。
疾風犬号、およびエスロに命ず。
神竜は、妙雅のことを『母竜』と勘違いしておるもよう。
我ら、この勘違いを利用する>
「具体的には?」
<生き残りの空飛ぶ台、および妙雅にて、全力攻撃をする>
ボナス閣下の声。
淡々。最終局面の作戦を語る。
<そなたらエスロ班は、我らの攻撃にまぎれて、第二段階を実行せよ。
動きは、エスロ博士に任せる。こちらは目少なく、戦場の把握困難ゆえ>
「了解。エスロが班を指揮いたしまする」
<奴の狙いは妙雅のようやが、つばさへびを消した理由がわからぬ。注意せよ>
通信、いったん終わる。
「いよいよでござるな!」疾風犬号のコボルド隊長、勇む。「どんなルートであれ、お伴いたしますぞ、博士!」
「はい。隊長。護衛よろしく頼みますえ」
ごおおおお・・・。
大きく渦を描いて飛ぶ神竜が、空に低い轟きをもたらす。
エスロ博士らは、ルシーナの美しい声を聞きながら、じっと待った。
・・・ぶわっさ。
クリーム色した空飛ぶ台。エスロ台が、静かに発言する。
「うむ」
エスロ博士、愛機にうなずく。
「『敵なる血の型枠』。
生かしもせず、殺しもせぬ、無限の呪い。
決して、褒められた呪文ではない。妙雅にも、いやな思いをさせてしもうた。
そやに──」
眼下。
小さな点のように見える妙雅と、大きすぎる竜の輪。
雲は、激しく泡立つかのごとく、うねくりながら渦巻き始めておる。
エスロ博士。冷たい眼をして、見下ろした。
「──そやに。
おのれを至上と、驕り高ぶる(おごりたかぶる)阿呆には。
かかる呪いが、お似合いえ」
ぶわっさ。
「はは博士、い意外と、性悪ですに。くしゅん!」
マナ招集の合間に、ルシーナ。早口。
「意外ですかに?」
「父や兄者の話から、心優しい好青年と、へっくしょ!」
「ははは。心優しくあろうとはしておりますえ」
ぶわっさぶわっさ!
「・・・我が相棒よ。いまの、どういう意味かに?」
ぶわっさ! ぶわっさ、ぶわっさ。ぶわっさ?
「・・・ほう?
そなた、私のことをそのように?
なるほどなるほど?
──後で、話、あるえ」
「はは!」ルシーナ笑う。「へっくしょ!」くしゃみする。して、詠唱を続ける。
ひたひたと、マナが貯まってゆく。
この戦いにおいて、神竜を落とし得る、唯一の存在──エスロ博士のもとに。
決戦のマナ、満ちる。
そして。
「エスロより、艦橋」
そのときが、やってきた。
「マナ招集、完了ですえ」