六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

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大いなる災い(7) ルシーナ、しす

◆ 40、ルシーナ、もどる ◆

 

≪こちら艦橋・・・。全乗組員に告ぐ・・・。

 全員、妙雅艦内に入れ・・・。

 我々は、神竜を・・・誘導するため・・・暴風の中を、飛ぶ・・・。

 くり返す。全員、妙雅艦内に入れ・・・≫

 

 空飛ぶ台どもが、妙雅へもどってくる。

 8つの補助塔の甲板へ。また、塔の下部に口を開いたハッチへ。

 そして、鬼神の立つ中央塔の甲板へ。

 鬼神。飛び込んで来る台どもの邪魔にならんよう、膝をついて待つ。鬼神のそばには、ハイエルフの空飛ぶ魔術兵、フォーム隊長らも同様に片膝つけて姿勢を低くしておる。

 空。

 暗黒の空。

 迫り来るは、恐ろしい山脈の影。

 鬼神は、母親である『暗き霊峰の女神』を思い出した。母も巨体であったが、そんな母を視界いっぱいにずらっと並べ、空飛ばせ、うねうね踊らせ、雷の衣を纏わせ(まとわせ)、恨みの吠え声を轟かせれば──ちょうど、いまの空のような光景になるであろうか?

 

「おのれ。おのれ。殺す。殺す。

 鬼神は殺す。人間は殺す。

 つばさへび召喚。つばさへび召喚。つばさへび召喚・・・」

 

 神竜は、まだ死んでおらぬ。

 ──いや、死なせるという作戦ではないのだ。死ねば蘇ってくるのだから。

 

≪神竜は・・・堕ちる・・・。

 だが・・・、アルフェロンに落とすわけには・・・、ゆかぬ・・・!

 海へ・・・、誘導せねばならぬ・・・!

 我らの・・・同胞の未来を・・・、守らねばならぬ・・・!≫

 

 そう。

 妙雅を旗艦とする人類混成軍の、現在の目標。

 神竜を海に落とし、少しでも被害を抑える──そのためには、一目散に逃げるわけにはゆかぬのであった。

 神竜を振り切るのではなく、誘導せねばならぬ。

 そのことはつまり、神竜の攻撃範囲から完全に逃れることはできぬ、ということでもあった。

「殺す。つばさへび召喚。

 殺す。つばさへび召喚。

 殺す。つばさへび召喚・・・」

 傷ついた両眼からオレンジに燃える涙をこぼし、マグマの口から熱きよだれを垂らし、神竜は分霊をくり出してくる。

 さらに頭をもたげ、衝撃波をもたらす咆哮を放とうとする!

「列電魔弾、撃て!」

 武鬼(ぶっきー)が命じた。

 空飛ぶ赤いかぶとがに・壱号が『列電魔弾(れつでんまだん)』をぶっ放す。

 パッ! 夜空に白い稲妻が走る。

 どっがあああん! ・・・がああん・・・・・・ああん・・・・・・・・・。

 こだまする砲音に、神竜の苦悶の声が混じった。

 神竜の右眼から、また、燃えるヒイロガネがほとばしる。

 壱号に、武鬼に、神竜の怒りが集中する。

 つばさへび、殺到!

 壱号、装填しつつ下がる。だが、砲が重いのか? 速度が兄弟より遅い。追いつかれる。

「散弾、撃て!」

 壱号を護衛する肆・伍号兄弟が、散弾砲をぶっ放した。つばさへびが無惨に砕けて、死んでゆく。

 ドドッ! パァァァン・・・ァァン・・・・・・。

「ぐ、う、う、う、う・・・!」

 

 妙雅へ下がりつつ、迎撃を続ける攻撃隊。

 この間に、妙雅にはエスロ班の空飛ぶ台どもが着艦した。

 鬼神の前にも、クリーム色の空飛ぶ台が滑り込んで、止まる。

「ルシーナ!」

 鬼神は、エスロ台ごと抱える勢いで、愛娘を抱いた。

「ようやった! 博士も、エス子もじゃ」

「はい」

 博士うなずく。

 ぶわっさ。エスロ台も、静かに応える。

 ルシーナは、ふらついた。鬼神の腕の中で倒れそうになる。

 輝くばかりの美貌が、いまは冷たく濡れて、震えておる。

「きしにぃの・・・おかげですえ」

「うむ」

 鬼神はルシーナを抱き締めた。

 エスロ博士たちは点呼をし、鬼神に黙礼。補助塔のほうへ飛び去った。補助塔の防衛に当たるようである。

「私も・・・中に入らねばなりませぬ」

 ルシーナ。

 ふらふらと昇降台に乗る。

「・・・あ、そうじゃ。母上から伝言じゃ」

「はい」ルシーナ振り向く。ふらつく。

 鬼神、そんな娘を支えつつ、「『万が一のときには、ルシーナに私を呼ばせよ』。以上じゃ」

「はい?」

「母上はな。神竜が、しんせきとか言うのを呼んだので、消えたのだ」

<隕石です>

 と、妙雅の声。いつの間にやら建築ユニット、鬼神の足元に。

<女神さまは、隕石を受け止めに行くと仰せになられ、姿を消されました>

「・・・ああ。わかりました。心得ましたえ」

 ルシーナ、わかったようである。

「娘よ・・・」

 鬼神。にわかに不安になる。

 義父上を失い、相棒を失った。イリスが落ち、勇敢なコボルド兵も次々に散っておる。

 ルシーナの、輝きの褪せた(あせた)美貌を見て、鬼神はとても不安になったのだ。

「はいッくしゅん!」ルシーナ、くしゃみ。「くちゅ! くしゃん!」

<まもなく暴風に突入します。人間は、私の中へ!>

≪くり返す。全員、妙雅艦内に入れ・・・≫

「くそ」鬼神は首を振った。「気をつけてな。ああそうだ、それと、これ!」

「まだ何か?」

「この剣、おまえが預かってくれ」

 鬼神はオレンジの剣をルシーナに渡した。

「なにえ、この剣。グレ姉に似ておる」

「亡き英雄の剣じゃ。神竜の体内で見つけた。

 グレイスさまにあやかり、『優雅』との仮名にした。おまえに預けよう」

「はっくしょ! うう。わかりました。

 この剣も、ヒイロガネ製ですかに?」

「ひいろがね?」

<神竜の体液です>と妙雅。<神竜の身体を離れると、金属となる。極めて優れた刀剣の材料になります>

「グレイスの姉者も、ヒイロガネ製らしいですえ」

「なんと」

「妙雅、かっ・・・くしゃん! カバリオ隊長は?」

<補助塔、砲室です。健在>

 ルシーナの脇を、傷を負ったコボルドどもがヨタヨタ走り抜ける。黙って昇降台に並ぶ。

 ここから降りたところ、妙雅中央昇降口基部に、ハナ司祭らがマナを集めて待機しておる。そこまでたどり着けば、たいていの怪我人は助かるのだ。

<下へ参ります>

「カバリオ隊長・・・あの、ダークエルフの隊長だな? イリスと仲がええとかという」

「仲は大したことなし」

 ルシーナ笑う。

 それで、ちょっと元気になったらしい。しゃきっとして、降りてゆく昇降台に飛び乗った。

「では!」ぴしっと敬礼。姿を消す。

 鬼神はその姿を見送った。

 そして。

「神竜の体液の剣か・・・」ふと、つぶやく。「うむむ? もしかして、あの剣が神竜によく効いたのは──」

 そのとき!

 妙雅が、警報を叫んだ。

<──神竜、咆哮!!>

 

◆ 41、兄弟、ちる ◆

 

「む!」

 鬼神。

 妙雅の叫びに、即応。振り向く時間も惜しいとばかり、神竜に背向けたまま、妙雅の甲板に手を当て、

「『三角州の受け』! 妙雅を守れ!」

 音が消えた。

 衝撃波。

 鬼神の受け。妙雅はノーダメージ。

 攻撃隊も、それぞれ『力』のルーンのわざ、『向きを変える』で受ける。

 だが何台か、衝撃波を受けれず、木っ端微塵となった。

 ほとんどは直前につばさへびに絡まれて『力』のルーンが封じられたコボルド台であったが──

 

 かぶとがに型の大型台も、2台、被害に含まれておった。

 

 壱号。国王陛下専用機。この戦いでは、列電魔弾の担当。

 暗黒の空走る稲妻、神竜の口に突き刺さした。

 攻撃が、ぴったり同時だったのだ──そのせいで、受けができなんだ。

 衝撃波を浴びた壱号。木っ端微塵に砕け散り、コボルド台の残骸に混じって、落ちる。

 弐号。攻撃隊長・武鬼専用機。

 白いつばさへびと格闘しておるところに、衝撃波を浴びた。

 神竜は、自分の両眼が見えんでも、つばさへびの眼でもって、戦場を見ておったようである。誰が攻撃隊のリーダーなのか、把握しておったらしいんである・・・。

 

 壱号弐号兄弟、散る。

 これで、鬼神台・壱号・弐号の3兄弟、全員が戦死となった。

 

「ぶっきー!!!」

 鬼神は、息子の名を叫ぶ。

 弐号に乗っておった、武鬼と随伴のコボルド兵、パッと空に飛ぶのが、見えたのだ。

<騒ぐんじゃないわ、父上!>

「なにっ!?」

<あの甲冑は、わしが造った! 衝撃波の一発や二発、耐えて見せるわい!>

「本当か、機鬼(きき)!」

 鬼神そっち見る。

 昇降台が上がって来る。

 そこに、威風堂々たる巨体あり!

 オレンジ色した六腕串団子ロボ! 不細工なる巨体、昇降台にあり!

 

◆ 42、六腕ロボふたたび ◆

 

 オレンジの金属でできた、大型の人形。

 ものすごい不細工な四角いツラに、ひとつしかない目。

 その胴体、大きな岩を三つ積んだがごとし。串に刺した団子のごとし。

 お団子胴体ひとつひとつに、ごっついオレンジの腕2本! それぞれ、筒を手に持って。

 合わせて6本、六腕ロボ! ふたたび中央甲板に立つの巻!

 

「本当に・・・大丈夫なのか?」

<たぶん大丈夫じゃ!>と機鬼。

<陸にぃ(りくにぃ)が行きます>と妙雅。

 衝撃波を受け切った、かぶとがに・陸号が、落ちてゆく武鬼とコボルドを追いかけて、眼下へ消えてった。

「そ、そうか!」

 鬼神、冷や汗拭う。

「・・・だが機鬼よ。おまえ、なんでまた上がって来たのだ」

<なんじゃ! その嫌そうな口ぶりは!

 わしゃ、ちゃあんと考えて来たんじゃぞ!

 見よ! 六腕はれつだまの筒!>

 六腕ロボ。

 全部の手に持った筒かざす。

 コボルド兵が使っとる、はれつだまの筒であった。

<こいつで、つばさへびをぶっ飛ばしてやるんじゃ!>

「振り回すな。あぶない」鬼神、嫌そうな顔する。「おまえ、戦いは苦手だのにから、まったく・・・」

 

 衝撃波を生き残った最後の空飛ぶ台が着艦してきた。

 何十台も居った空飛ぶ台、コボルドどもが、10台あまりにまで減っておる。

 壱号・弐号も失い、陸号も戦線離脱、攻撃隊長・武鬼は生死不明──惨憺たる(さんたんたる)ありさまである。

 コボルドども、空に混じり始めたみぞれに濡れ、ぶるぶる震え、耳垂らしておる。

 

「・・・よくやった! コボルドどもよ!」

 鬼神は、怒鳴った。

 コボルド兵、「え?」っちゅう感じで、顔上げる。

「ここは、この鬼神と息子に任せておけい!

 もうひと踏ん張りじゃ! 勝利は、近いぞ!」

「・・・わ、わん!」「わんわん!」「鬼神さま!」「ひと踏ん張りでござる!」

 コボルドども、疲労にしわがれた声で叫び出した。

 その小さな身体に並んで、ハイエルフの魔術兵たちも、昇降台に乗る。

「鬼神さま。我々もここまで! 甲板、お任せいたしまする」

 フォーム隊長が、鬼神に引き継ぎをする。

「うむ! こんなときの鬼神じゃ。任せよ! 妙雅を頼む」

「は!」

<下へ参ります>

 

<やれやれ。さすが父上じゃ! 士気アップじゃ>

 機鬼はそんなことを言うが、声は震えておる。

「うむ・・・」

<仇討ちじゃ! ええい、くそっ! くくく来るなら、は、早う来んか!>

 鬼神。

 暗黒の空を見る。

 その顔を、みぞれ、ひょう、雪が、叩く。妙雅が暴風に突入したのだ。

「ちっ。しょうがない。やるぞ、息子よ」

<舌打ちをやめよ!>

 鬼神と、機鬼の六腕ロボ(と、建築ユニット)。

 氷嵐の中、押し寄せるつばさへびに、囲まれた。

 そこで、妙雅のアナウンス。

<飛行台、出ます!>

 

 鬼神よりも先に、空飛ぶ台どもが迎撃を開始したのであった。

 

◆ 43、ぼうくうきょくせんろしゃげきゆにっと ◆

 

 迫り来るつばさへびに、丸いものが体当たり!

 コボルド台! コボルドどもが乗っておった、楕円形した小型空飛ぶ台! コボルドを乗せず、無人での体当たり攻撃!

 そのおでこには、なんと! とさかのごとく、のこぎりがついておる!

<とさかカッターじゃ!>機鬼叫ぶ!

 とさかカッター! つばさへびを、切り裂く!

 周囲のつばさへび、首くねらせて台に群がる。台、包み込まれる。

「おい、やられるぞ」鬼神叫ぶ。

<大丈夫じゃ!>

 2台目のコボルド台! 素早く駆けつけたかと思うと、空中でんぐり返り!

 ぶおん! どがあ!

 なんかようわからんが、つばさへびを、どついた(強打した)らしい! つばさへび、凹んで、死んだ!

「しっぽになんかついておる! むちか? やりか? いや、ひもか?」

<しっぽボウラじゃ!>

 しっぽボウラ! しっぽの先に装着された、3本の鎖! そしてその先に、オレンジの金属玉!

 でんぐり返りすると、まるで鬼神がぶん投げる岩のごとく、猛烈な打撃でもって、敵を撃つ!

 横にグルグル回転すると、打撃の円盤となる! 広範囲攻撃! 仲間にも当たるが!

 ボウラ! 本来は投げて絡める武器であるが! ここでは投げずに近接攻撃!

 つばさへびはあきらめぬ。ぶちのめされながら、鎖にからみつく。押し寄せる。神竜も必死!

 とさかカッター台、しっぽボウラ台、共に絡まれた!

「やられるぞ!」

<大丈夫じゃ!>

 そこに駆けつけたは、肆号、伍号のかぶとがに兄弟!

 

 どおん! どおん! ぼっふぁあああああああん!!!

 

<けむりだまじゃ!>

「なんと! ここに来て、あの、けむりだまか!」

<ただのけむりだまじゃないぞ。死のけむりだまじゃ!>

 機鬼の言葉どおり!

 それは、ただ目つぶしをし、喉痛めるだけの、いつものけむりだまではなかった。

 つばさへび、のたうち回り、苦しみ、ぼろぼろと落ちてゆく!

「ぬう!」鬼神は厳しい顔をした。「あわれり、つばさへび!」

 つばさへびはあきらめぬ。落ちる仲間には目もくれず、四方八方から妙雅を襲う。

 補助塔の散弾砲が迎撃を開始した。八方から、どごごん、どおおんと、猛烈な砲撃音が轟く。

 空飛ぶ台は押され始める。もう10台そこらしか生き残っておらんのだ。押し寄せるつばさへびを、全部落とすことはできぬ。

 雪とみぞれが、空飛ぶ台とつばさへびに叩きつける。空飛ぶ台の表面が凍り始めた。つばさへびは──平気である。

<なんで平気なんじゃ! 奴ら!>氷の張った六腕ロボ、わめく。

「ルーンじゃないか?」氷の張った鬼神、平気でしゃべる。「『天』のルーンで、寒さを無効化しとるんだろう」

<いんちきじゃ!>

 空飛ぶ台、たまらず逃げて来た。

 妙雅の中央甲板を包む8本のアーチの骨組みをすり抜け、鬼神たちの後方へ逃げ込む。

 つばさへび追って来る。が、速度は空飛ぶ台のほうが上。逃げ切る。

<私の出番じゃな!>と妙雅。<防空曲線路射撃ユニット、発進じゃあ!>

 がああああ!

 中央甲板を包む8本のアーチ骨組みに、散弾砲台が駆け上がる!

 ぎーん、ぎーん! 正八角形した首めぐらせ、照準す!

<父の仇じゃ! 発砲!>

 ズッドドドンッ!!!

 つばさへびに近い3台のユニットが、一斉に左右の砲を放った!

 暗黒の空に火を噴いて、つばさへびを打ち砕く!

「なんたる、死の戦場じゃ」

 鬼神は首を振った。

「私はこの戦場、好きになれぬ」

<甘いこと言うとるんじゃないわ!>

 六腕団子ロボ。はれつだまの筒かまえ、鬼神の前に立つ。

<やるかやられるかじゃ!

 やられはせんぞ! 死んだ仲間のためにもじゃ! うおお!>

 はれつだま、一斉砲撃。

 弾は空へ飛び、それぞれつばさへびに当たって、そこで破裂。

 ドドドッドドドッパパパパ・・・ァァン・・・!!! 広範囲のつばさへびを、粉々にした。

<装填じゃ!>

<了解!>

 機鬼が筒下げる。建築ユニット、弾込め開始。足元の木の箱から、鉤爪で砲弾を取り出す。えらい器用にやりよると思うたら、砲弾に小さなみぞがついておる。鉤爪でも持てるように造られておる!

 装填中は空飛ぶ台どもが前に出て、またドッグファイトを開始する。

「なるほど。よく鍛えておるわい」

 鬼神は感心した。

 ──が。

 いかんせん、空飛ぶ台が、減りすぎた。

 つばさへびが、もれて来る。

 白い粘液が、指の隙間から、もれて来るように。

 迎撃をくぐり抜けたつばさへびが、鬼神に迫って来よる。

<父上、下がるんじゃ! 装填はすぐ済む!>

「いや。下がらぬ」

<ばかめ! 避けろ!

 あいつにさわったら、ルーンが使えんのじゃろ!?>

「いや、避けぬ」

<どうする気じゃ!?>

「こうするのだ──」

 

 鬼神。

 三眼うっすら見開いて、なんの表情も浮かべることなく、迫るつばさへびのただなかに、立ち尽くした。

 つばさへびが鬼神に触れる──瞬間。

 六腕すべてが、ぱっと、伸びた。

 

「──無心の掴み取り」

 鬼神の六腕は、きっちり6匹のつばさへびの喉元を、掴んでおった。

 絞め殺す。だがそこに、息もつかせず、つばさへび。

「そしてこうするのだ。

 『力』のルーン! へびよ、むちとなれ!」

 鬼神。

 唱えて、手を伸ばす。

 六腕、六方に伸び、掴まれた6匹のつばさへび、音よりも速く、伸び──

 

 ずばっしぃぃぃぃぃぃん!!!!!!

 

 猛烈な音立てて、迫るつばさへび、一気に吹き飛ばした!

「名付けて、六腕へびのむち」

 さらに鬼神。

 6匹のつばさへびの死体を束ね、ギリギリとよじり合わせた。

「『力』のルーン。へびよ固まれ。凝縮(ぎょうしゅく)せよ」

 ルーンの不思議なはたらきにより、ぎゅーーーっと縮まって、赤熱してゆく、へびの槍!

 かまえる。

「そーれ、へびの槍!」

 投げる。

 雪とみぞれの嵐を突いて、かすむ神竜の顔面に、槍、突き刺さる。

 神竜の大きさにくらべれば、つまようじほどもない槍である。うぶ毛ぐらいか。神竜には、うぶ毛はないが。

 その槍が。

「ぬ、が、あ、あ・・・!」効いとる。

「やはりな」

<何かわかったんか、父上>

「『天』のルーンだがな。

 自分を自分から守ることはできんのじゃないか?

 それだから・・・甘いわ!」

 鬼神。

 背後から舞い降りてきたつばさへび、掴み取って、絞めた。

「・・・それだから、ヒイロガネの剣は、神竜の身体をよく裂く。

 つばさへびも、神竜に刺さるっちゅうわけだ」

<あ、なるほど>と妙雅。<『私は私を上回る』では、循環(じゅんかん)命令になりますもんね>

「じゅんかん」鬼神わからん。

<ははあ>機鬼わかる。

「わかるのか、息子よ」

<要はアレじゃろ?

 『この世のすべてを上回る』などと言い出すやつは、自分を上回ることはできんちゅうことじゃ>

「それじゃ! 私の言いたいことは!」鬼神、うなずく。「──というわけで、こうだ!」

 鬼神は次々につばさへびを掴んでは絞め、掴んでは絞めて、また6匹のへびをぶら下げた。

「『力』のルーン! 凝縮せよ。

 六腕、つばさのつるぎ!」

 赤熱してぎゅーーーっと縮まるつばさへびの死体。細く長い、剣と槍の中間みたいな長剣となった。つばさであった部分、そのまま鍔(つば)として残っておる。たしかに、つばさの剣である。

「これでどうじゃ! そーれ、それ!」

 鬼神。

 この御方にはとても珍しいことに、剣を振るって戦った。

 六腕の剣を次々に突き出し、迫るつばさへびを仕留めてゆく。

 剣突き刺さり、抜けんようになっても、あわてない。

「『力』のルーン! 一緒くたになれ!」圧縮して、1振りの剣にしてしまう。

<むちゃくちゃじゃな。装填終わったぞ!>

「好きに撃てい!」

 六腕ロボ、ぶっ放す。

 撃ったあとは空飛ぶ台が出て、しばらく鬼神の負担を減らす。

「六腕神に、六腕人形! 空飛ぶ一族も加わって!

 名付けて『十二腕防空陣』じゃ!」

 

 中央甲板は、かくのごとく、鉄壁であった。

 だが、それがゆえに、かえって。

 補助塔の防衛は熾烈を極めることとなった。

 神竜が、中央甲板ではなく、補助塔の破壊を始めたからである。

 

 その手始めが、体当たりであった。

 

◆ 44、神竜、とつげきす ◆

 

「つばさへび召喚。つばさへび召喚・・・」

 神竜。

 分霊たるつばさへびを、際限なく生み出しつつ。

 見えぬ眼を怒りに燃やして、妙雅目掛けて突っ込んで来た。

 1回目。外れ。鬼神から見て左方向へそれてゆき、猛烈な乱流を巻き起こしただけ。乱流は鬼神が『三角州の受け』で防御。

 2回目。真下から突き上げ。妙雅避けるが、しっぽがかすった。弐ノ塔に被害。散弾砲が2門もぎとられ、担当しておったコボルド兵1名が戦死、2名が重傷を負った。

≪弐ノ塔乗組員・・・、参ノ塔へ移動せよ・・・! 弐ノ塔は、放棄する・・・!≫

 艦橋の配置命令が鳴り響く中。

 3回目の体当たり。

 妙雅の上空を取った神竜が、押しつぶすがごとく、落下してきた!

 巨大すぎるボディ・プレス! これは、避けれんか!?

<緊急回避! 回転機動を行います!>

 妙雅が叫ぶ。

<全乗組員、回転機動に備えよ!

 3、2、1──回転機動、開始!>

 

 ご、ご、ご、ぎ、ぎ、ぎ!

 妙雅の艦体が軋みを上げて、猛然と、回り始めた。

「うおっ」鬼神よろめく。

<うわー!>六腕団子ロボ、こける。

 甲板をゴロゴロ転げてゆく不細工ロボ。腕が甲板に当たり、跳ね上がり、ぽーんと弾んで空中へ。

「しっかりせんか! 息子よ!」

 鬼神はつばさへびを拾って、しっぽを掴み、頭の方を投げた。

 つばさへびの投げ縄! 六腕団子ロボの首に、絡みついた!

「『力』のルーン! 『向きを変える』! そーれ、戻って来い」

 ぐい~~~んと、鬼神は手元にロボを巻き取る。

 妙雅の回転はその間にも高速化。さらに、斜め下方向に猛烈な速度で移動! 最短距離で、神竜の身体の下から飛び出そうとする!

 神竜、逃げる妙雅に、手を伸ばす!

 爪で妙雅を叩──こうとしたが、手が、伸び切らぬ。

「手が・・・動かぬ・・・!

 傷が・・・痛む・・・!

 これは・・・なんだ・・・わからぬ・・・!」

「避けたか!」と鬼神。

<だめじゃ! つばさが!>

 神竜、つばさを広げて、妙雅に打ち下ろして来る! これは、広範囲!

「うおお! これは、避けれん!!!」

 さしもの鬼神も、破滅を覚悟した! そのとき!

<妙雅ァ! パージじゃ! 補助塔をパージせよ!>機鬼叫ぶ!

<その手が! 乗組員の退避──完了を確認! よし、弐ノ塔を切り離します!>

 

 ずどがん!

 中央甲板と補助塔を結ぶ通路のひとつが、爆発した!

 弐ノ塔が──すっ飛んでゆく! 切り離されて!

 

「うおお!」

 鬼神、六腕団子ロボ抱えて、伏せる!

 暴風に巻かれた通路パーツがぶっ飛んできたため!

 高速で乱れ飛ぶパネル、骨組み、ワイヤー、チェイン! 当たったら、鬼神だって痛い! 機鬼は死にかねん!

 パーツはつばさへびをぶちのめし、妙雅自身をもむち打ちながら、一瞬で暗黒の空へ吹っ飛んでゆく!

<ぬああああ! 回避じゃあああ!>

 弐ノ塔を切り離したその瞬間、妙雅がスピードアップ! だが姿勢乱れる! 回転軸がおかしくなる!

 鬼神は補助したいが、できん! 妙雅のあちこちにつばさへびが絡みつき、『力』のルーンが作用しなくしておる!

<おああああ!><参来い! こっち来い!><壱姉ぇぇぇ><寄せるぞ捌ィ!><痛たたたた>

 妙雅、分霊と一緒に大騒ぎしながら、姿勢を直す!

 そこに神竜のつばさがヒット! 翼端が、補助塔のひとつを、叩いた!

 妙雅はとっさに最善の対応をした。ヒットされた補助塔を一気に降下させ、被害を最小限にしたんである!

 これにより、補助塔の大破は回避! 甲板をぶち抜かれただけで済んだ!

 だがそのために、妙雅の艦体はほとんど横倒しとなってしもうた!

 艦内で悲鳴! クラッシュ音! 艦体が破断する音!

 鬼神はやむを得ず、つばさへびの剣を妙雅の甲板に突き刺し、内部の骨組を引っ掴んで、耐えた。

 妙雅、このままひっくり返るか!?

<なんのこれしき・・・おじちゃんにくらべれば!>

 あにはからんや!

 妙雅! 鬼神と兄妹けんかしたときの経験! ここで、生かした!

 ぐるりんこ! 大回転してから、艦を水平に戻した!

「おい・・・」

 ぶおんぶおん振り回された鬼神。

 目を回し、<ぐええ>と呻いとる六腕団子ロボを抱えたまま、ぼやいた。

「私はここまでやっとらんぞ」

 

 神竜は、なおも浮かび上がってくる。

 4回目か? ・・・いや。

 

「おお。目が見えぬ。頭が痛む。胸が痛む」

 神竜。

 うめく。

「おお、つばさが重い。呼吸が苦しい。

 これはなんだ。わからぬ。

 身体が動かぬ。なぜだ。わからぬ。

 なにをした。私に何をした。わからぬ。

 おお・・・おお・・・!」

 神竜。

 『敵なる血の型枠』に、蝕まれ(むしばまれ)。

 もはや、体当たりをするほどの速度、出すことができぬようになっておった。

 力を失い、亡霊のごとく、妙雅を追って来る。

 鬼神は、甲板に立ち上がって、その姿をじっと見た。

 そしてつぶやく。

「あわれなり、神竜。知恵なき大蛇。

 だが許さぬ。

 おまえの理屈。おまえのルーン。この世には、いらぬのだ」

<うう。父上。どうなったんじゃ?>

「まだ生きとる。まだ飛んどるぞ」

<そりゃ良かったわい>

「そして、まだ神竜はつばさへびを呼んでおる」

<・・・まだ戦わにゃならんのか>

「そういうわけじゃ。さあ、装填をせよ」

 

◆ 45、カバリオ隊長、しす ◆

 

「装填完了!」

「よっしゃ! もう次持って来といてくれ!」

「怪我はいいのでござるか!」

「ああン!?」

 カバリオ隊長。

 補助塔、砲門を担当し、コボルド兵と怒鳴り合っておった。

 怪我はええんかと訊かれ、初めて自分が怪我をしとることに気付く。

 足。

 太腿に、切り傷。出血中。

 

 神竜の体当たり攻撃、3回目。

 甲板をぶち抜かれたのは、カバリオ隊長らの補助塔であった。

 天井から色んなもんが突き抜けてきて、あっちこっちで負傷者続出。

 カバリオ隊長も、どうやらその負傷者の1人であった。

 

「かまへんかまへん! こんなもん!

 外側ちょっと切れただけや。後で司祭さまに頼んだら治る治る!」

「了解でござる! 砲の加熱に御注意あれ!」

「そんなん言うとる場合やないやろ! どっか穴開いとんちゃうんか!」

 怒鳴り返して、把手についとるレバーを、左右同時に、ガチャガチャッ! 握り締める。

 ドドッ!!! パァァァン!!!

 轟音!

 覗き窓の向こうで、つばさへびが散る! けむりがもうもうと上がるが、即座に吹き飛ばされる!

「くそ。クッソ寒いなここ。手ェ痺れてきたわ」

 カバリオ、ぼやく。

 凍えるような風が吹き込んできよる。かなり大きな穴が開いたのであろう。

 手がどんどん冷たくなってゆく。

「手を離してくだされ!」

「わかっとんねんけど、手が開かんのや! 寒うて!」

 カバリオ隊長。がちがち歯を鳴らし、震える。

 コボルド兵が穴からにゅーっと出て来て、カバリオ隊長の指を引っ剥がしてくれた。その手で、カバリオは反対の手を引き剥がす。

 コボルド兵、装填にもどる。

「おまえさんは、ええのう! 毛が、あったかそうで!」

「拙者は動いておりますゆえ! ハァハァ!」

 舌だらんとしながら、コボルド兵は駆けずり回って装填をする。

「装填完了!」

「おっしゃ下がれ!」

 ドドッ!!! パァァァン!!!

 轟音!

「──装填完了!」

「キリがないのう!」

 ドドッ!!! パァァァン!!!

「なんでもいつかは終わるでござる! ──装填完了!」

「ごもっとも!」

 ドドッ!!! パァァァン!!!

 

 と、くり返したところで。

 

「敵侵入! 敵侵入!」

 伝声管から、声がした。

「つばさへび侵入! 総員、白兵戦用意! 白兵戦用意! ハッチ前に集まれ!」

「ゆくでござる!」

 かぱ。コボルド兵、伝声管のフタ閉め、駆け出そうとする。

「待て相棒! ベルト外してくれ!」

「自分でやらんかでござる!」

「だから、手がかじかんどんねや!」

「面倒な生きものでござるな!」

「じゃかましゃ! 手伝え!」

 2人、怒鳴り合いながらベルトと格闘。カバリオ自由になる。

 コボルド兵、壁から槍を取る。

「槍でござる!」

「ほい来た!」

 カバリオ、投げ渡された槍キャッチ。砲室を出て、ハッチへ駆けつける。

「・・・あれ?」

 途中で、カバリオ。

 自分の足が遅くなっとることに気付く。

 太腿を見る。出血、まだ続いておる。

「しもたな。こら、止血しとくべきやったか」

 だがもう時間がない。ハッチへ走る。

 ハッチ周辺は、大乱戦であった。

「扉、あらへんがな」

「吹っ飛ばされたようでござるな!」

 閉じておるはずのハッチが、ない。

 ぽっかりと口が開き、そこからつばさへびが突っ込んで来ておる。

 コボルド兵とエスロ博士は列を組んで、その侵入を食い止めようと頑張っておる。

「位置保て! 前進するな、ライン保て!」エスロ博士が叫ぶ。「『銀貨の盾』!」

 コボルド兵、つばさへびと格闘する。

 ある者は槍で突き、別な者は小剣で切りつけ、別な者は絡みつかれてくたばりかけておる。

 エスロ博士とエスロ台の2人は、呪文の詠唱。『銀貨の盾』を、コボルドどもに配っておる。

 浮遊する盾がコボルドを守る。だが劣勢! 大蛇にコボルドは、いかにも劣勢!

「2名加わるでござる!」

「右翼を助けよ!」とエスロ博士。

 カバリオ隊長とコボルド兵、右翼へ。

「がるるる!」コボルド兵が2人、へびにからまれ、死闘中である。

「俺がやる!」

 カバリオ隊長は槍をその場に落とし、腰の小剣抜いて、つばさへびの背中に飛びついた。

 コボルドを噛み砕こうとする上顎を左手でガッと掴み、口の中に小剣ねじ込む。

 つばさへびが猛然と首を振る。カバリオ隊長、床に叩きつけられる。だが両足でしっかり敵を挟み込み、しがみつく。つばさへび、のたうつ。だが暴れた弾みで小剣が深々と突き刺さり、やっとこさ、死んだ。

 カバリオ隊長、すぐに次のつばさへびに襲われる。どうやらマークされたらしい。

 なにしろ、つばさへび。すべて、神竜の分霊。戦術情報、即座に共有してしまうのだ。

 カバリオ隊長は、それを直観で感じ取った。

「こいつ、手強いぞ!」

「いかにも」とエスロ博士。

「魔弾かなんかで、どうにかできへんのか! 博士!」

「魔弾は効きませぬ。『天』のルーンで、遥か昔に。『銀貨の盾』!」

「そら難儀な(面倒な)こっちゃ。お、ありがとう」

 カバリオ隊長、銀貨の盾をもらい、礼。

 左手に小剣、右手に槍拾い、右翼の列に入る。

≪こちら艦橋。捌ノ塔、エスロ、どうか≫

「こちらエスロ! ハッチ全損、塔内つばさへび10以上、乱戦中! 魔1祝1求む!」

≪艦橋了解≫

<──妙雅より捌ノ塔。ルシーナさま、建築ユニット4、そちらへ移動中>

「了解!

 ──者ども! 盾終わったら、一気に押し返しますえ。あと7枚!

 『銀貨の盾』、あと4、『銀貨の盾』──いまやえ! 押し返せ!」

「がるるる!」「出て行けでござる!」「わんわんわん!」

「うおおお! アルス! アルス!」

 カバリオ隊長。

 コボルドどもと一緒になって、槍で突き、小剣で斬り、最後はすもう取るがごとくしがみついて、戦った。

 がくん!

 その格闘の最中に、左足に、重い衝撃。

 見れば、つばさへびの顔。がっぷりと、左の太腿に、牙、喰い込んでおる。

「あ、こらアカン。やられた」

 言いながら、カバリオ隊長は槍を手放した。敵が近すぎ、槍は無意味。

 小剣両手で逆さに持って、突き下ろす。つばさへびの脳天を、ひと刺しにした。

 つばさへび、のたうち、脱力。仕留めたようである。

「押し出せ! 押し出せ!」コボルドどもが叫んでおる。「あとちょっとでござる!」

 ずるり、ずるり。つばさへびが、ハッチの外へ滑り落ちてゆく。

 カバリオ隊長に、噛みついたまま。

 カバリオ隊長。

 いつの間にか、転倒しておった。

 視界がひっくり返っておる。そして、暗い。やけに暗い。

 ずるり、ずるり。カバリオ隊長。ハッチの外へひきずられてゆく。

「ぬ・・・?」

 見れば。

 カバリオ隊長に噛みついたまま絶命した、つばさへび。その胴体が、ハッチの外へ落ちてゆくところであった。

「おい、嘘やろ。放せコラ。われ(おまえ)ぇ・・・」

 ずるり、ずるり。

 周りのコボルド、こちらの危機に気付かぬ。そこら中、死体と負傷者だらけ。へびもコボルドも一緒くたに落ちて行っとるような惨状である。しかも雪とみぞれが舞い込み、視界も極端に悪い。声を上げても、風の轟音でかき消される。

 あかんな、これ。こらあかんわ。・・・と思ったところで、

「カバリオ殿!」

 相棒のコボルド兵が、カバリオの足に飛びついて来た。

 牙、抜こうとする! ──抜けぬ!

 へび、死んどるくせに、その顎の力、おとろえぬ! しかもカバリオ隊長の傷口が締まっとるせいで、牙そのものが、抜けにくい!

「相棒。放せ。おまえの力じゃ無理や」

「コボルド30年! 『行ってきますは、さようなら』でござる!」

「訳わからん。離れろっちゅうんじゃ・・・!」

「がるるる!」

 コボルドはあきらめぬ。自分が落っこちそうになりつつ、奮闘しておる。

 ずるり!

 とうとう、2人とも、ハッチから投げ出されてしもうた。

 暗黒の空へ。天も見えず地も見えぬ、冥界のごとき、暗黒の中へ。

 そのとき!

「カバリオ!」

 鋭い女の声。ひらめくオレンジの剣。

 ずしん。衝撃がして、カバリオの傷口に痛みが走った。

「ぐわー!」

 痛みに叫ぶカバリオに、温かい身体が抱き着いてきた。

 ルシーナであった。

「あほな」カバリオ、うめく。「イリスに殺される・・・」

「このルシーナを舐めるな!」ルシーナ叫ぶ。「『浮遊』!」

 ふっと、身体が軽くなる。

 どて。背中に硬いもんが当たった。

「もどるえ」

 ルシーナと、クリーム色の空飛ぶ台を、カバリオは見た。

 ルシーナの手には、オレンジの剣があった。それで、つばさへびの首を断ってくれたようである。

 コボルドの顔を、カバリオは見た。最後まで頑張って、とうとうへびの牙を抜いてくれたようである。

「ありがとう」カバリオは喘いだ。「そやけど・・・申し訳ない。ちと前から、出血しとって・・・無駄足になりそうや」

「民を守るは、政府のつとめ。当然のこと!」

 ルシーナ。

 カバリオの足を縛り、月の祝詞を唱える。

 傷はふさがった。

 だが、カバリオの体温は急激に下がってゆく。血を、失いすぎたのだ。

「必ず、そなたを帰す。

 アルスに。そなたの祖国に。必ず」

「アルスに・・・」

 カバリオ隊長。

 アルスを見た。

 暗闇の中に、ダークエルフの愛する洞窟の光景を見た。

「アルスに帰るのえ。ルーンも待っておるに」

「おお・・・そやな・・・」

 やがてきたる、新生アルスの光景。

 温かいキノコ畑。キャッキャ言うて走り回る子供。

 ルーン隊長、笑ってガッツポーズ。仲間みんな、戦死した2人、ルシーナたち女神姉妹も、楽しそう。

 カバリオの見たものは、それが最後であった。

 

 エスロ台、ハッチから飛び込む。

 ルシーナとコボルド兵。横になったカバリオ隊長を支えておる。

「無事かに!?」エスロ博士、駆けつける。

 ルシーナは、首を振った。

 カバリオ隊長、戦死である。

 

◆ 46、妙雅、あらしをぬける ◆

 

 妙雅、艦橋。

<・・・捌ノ塔、防衛に成功。塔隊長、アルスのカバリオ隊長、コボルド兵7名、戦死。負傷者多数>

「捌には、土石3回せ。エスロが使うやろ」

<了解。土石人形3体分の土石、エスロ博士のところへ運びます。

 月の巫女サステリアより、ルシーナさまにつかせてくれとの要請>

「却下。捌はエスロとルシーナさまで十分。負傷兵の手当てを続けよ」

<了解──咆哮!>

 もんのすごい轟音が妙雅を包み込んだ。

<神竜の咆哮。鬼神さまが相殺。被害なし>

「うむ、幸い。あとどのくらいかに?」

<わかりません。風は弱まりつつありますが──あ、いま抜けました!

 嵐を抜けました!>

 

 びょおおおお・・・風の音が鳴り響く。

 みぞれとひょうと雪の嵐がぱたりと消え失せ、冷たい風だけが吹きすさぶ!

 

「・・・抜けたか」

 鬼神。

 全身真っ白。

 凍ったまんま、平気でしゃべる。口からぶはーっと白い息が出る。

 いまだ、中央甲板。

 鬼神、健在なり。

 空飛ぶ台も、健在なり。

<父上! 助けてくれ! 動けん!>

 六腕団子ロボ、凍結中。

 真っ白な雪玉になってしもうておる。

「なにをやっとる」

<氷を割ってくれ! どうにもならんのじゃ! 息ができん!>

「なんだと! わかった、いま助ける!」

 鬼神は甲板に落ちとるつばさへびの死体を拾い上げて、

「『力』のルーン! 凝縮せよ! こてとなれ!」

 ぎゅーーーっと縮めて赤熱させ、鏝(こて)造る。

 その灼熱の鏝でもって、冷やさずそのまま、じゅーっとプレス。

 氷溶け、ひび割れ、ばりばり剥がれる。

 ぎぎぎ。ばきばきばき。

 六腕団子ロボ、なんとか動き出した。

<ひいひい! く、苦しい。どういう状況じゃ?>

「嵐は抜けた」

 鬼神は周囲を見回した。

 甲板の上。つばさへびの死骸だらけ。

 暗黒の空。

 恐ろしくも雄大な神竜の巨体。

 

 ・・・神竜は、闇の中で、苦悶し、のたうっておった。

 

◆ 47、ルシーナ、しす ◆

 

「お、お、お、お、お・・・」

 神竜、のたうつ。

 あまりに大きなその身体。のたうつだけで、新たな嵐が発生する。風が渦巻き、雷が乱れ飛ぶ。

 飛ぶというより、地面を転がるがごとし。

 巡行しておるだけの妙雅に、ついて来ることもできぬ。

「お、お、お・・・。

 つばさが動かぬ。手が動かぬ。足が動かぬ。首も・・・動かぬ・・・口も・・・動かぬ・・・!

 私には、何もわからぬ・・・!」

 

 そして。

 神竜の巨体は、初めはゆっくり、やがて加速しながら、落ちていった。

 

「・・・おい」

<落ちていきよるのう>

「これは・・・まずいんじゃないか?」

<うむ。地上に落ちたら・・・>

 鬼神と、六腕団子ロボ。

 飛び上がった。

<えらいことじゃ!>

「そ──そうだ! 『力』のルーン! 神竜が死んだのなら、『力』のルーンで」

 と鬼神が言うと、

<だめです!>凍りついた建築ユニットが叫んだ。<神竜は死にません!>

「なに?」

<生かしたまま落とす。そういう作戦です!>

「だが、このままでは」

 もう神竜の姿は、妙雅の甲板より下に潜ってしまっておる。

 いましも、嵐の雲を突き抜けて、見えなくなってしまいそうである──見えなくなった!

「そ、そうじゃ! お月! お月の伝言じゃ。妙雅、ルシーナを呼べ!」

<はい。──つなぎました>

<・・・はい>暗い声のルシーナ。

「ルシーナ。神竜が落ちる。地上に落ちてしまうのだ!

 母上を呼んでくれ! お月の力に頼るときじゃ!」

 

 クリーム色の空飛ぶ台が、妙雅の下から飛び出した。

 乗っておるのは、エスロ博士と、ルシーナである。

 西へ飛ぶ。

 神竜を追うのではなく、海の方向へ、飛ぶ。

 そして。

 エスロ博士に支えられたルシーナが、ぱっと手を広げ、何かを唱えた。

 するとその身体が、優しくも輝かしい光を放った!

 とても明るい、淡い淡い、金色の光!

 優しく熱なき光、夜空を照らし、死の暗黒を、祓った(はらった)!

 

「『引力』のルーン!」

 

 鬼神には、そう唱えるルシーナの声が聞こえた。

 ルシーナの声。だが、月の女神そっくりの声が。

 

「神竜、おまえは、ここへ来よ(こよ)!」

 

 ごおおおお・・・。

 風が唸りを上げ、ルシーナの方向へ流れ始めた。それから、その流れは乱れ、嵐の雲を巻き込んで、グルグル回る竜巻となった。

「ぬ! 『三角州の受け』!」

 鬼神は難なくその竜巻から妙雅を守る。

 だが、エスロ台はそうはいかぬ。距離が遠い。乱流に巻き込まれ、激しく揺さぶられておる。

「妙雅。何とかならんか? エス子が危なそうじゃ」

<はい。いまそちらに、ボナス閣下が>

 昇降台が上がって来た。

 ボナス閣下と、ハイエルフの魔術師たちが乗っておる。ダークエルフの巫女サステリアも乗っておった。

 甲板につくよりも早く、フォーム隊長が飛ぶ。エスロ台に向かった。

 そして、ボナス閣下がこう唱えた。

「『風』のルーン!

 風よ、神竜から手を離せ。

 おまえたちを悩ませた、災いの竜に、最後の道を開けてやるがよい!」

 すると。

 乱流は和らぎ、ごおごお吠える音も低くなったではないか。

「どういうことじゃ? 閣下」

「はい」

 ボナス閣下。うっすら隈の浮いた顔を、こちらに向けた。

「神竜が、御令嬢のところへ、引き寄せられておるのですえ。

 いまの風は、その前触れ」

「・・・なんだと」

「足元、来ますえ」

 直後。

 中央甲板の下から、神竜の巨体が現われた。

 

 それはもはや、大地。

 地球が浮かび上がってくるようだ──と、宇宙に出たことのある鬼神は、そう感じた。

 白い山脈のごとき背。波うつ大海のごときウロコ。暗黒の空を、地上の掟に逆らって、斜め上へと、引き揚げられてゆく。

 エスロ台の方向へ。

 ルシーナのところへ。

 刻一刻と、速度を増して。

 エスロ台は逃げ始めた。

 西へ。海の方向へ。全速力で逃げ始めた。

 だが神竜のほうが速い──しかも、加速し続けておる!

 

「いかん」ボナス閣下が言うた。「艦長。私はエスロ台を支援しにゆく。指揮権は、一時、そなたに讓る!」

<は・・・はい! 了解>

 ボナス閣下。

 甲板を蹴って、舞い上がった。エスロ台を追って飛ぶ。

「『風』のルーン、『荒風』!

 遠慮はいらぬ、私を飛ばせ、夜明けの息子、東風よ!」

 ごうっ!

 音を立てて、ボナス閣下も、西へ飛ぶ。見る見るうちに神竜を追い越し、エスロ台に追いつき、そこでまた詠唱。

 エスロ台、フォーム隊長、ボナス閣下の3者が『風』のルーンに吹き飛ばされ、一気に加速する。

 だが、それでも。

 加速し続ける神竜より、速く飛び続けることはできなんだ。

 もうあとちょっとで海──というところで、ボナス閣下が何かを命令。フォーム隊長が上空へ逃れた。

 エスロ台とボナス閣下は、下方へ、斜め下に飛び始めた。それでいくらか加速する。だが、やはり神竜よりは、遅い。距離が、詰まってゆく。

 やがて神竜の巨体がすべてを覆い尽くし、鬼神は、エスロ台を見失った。

「ルシーナ・・・」

 

「神竜、おまえはここへ来よ、来よ、来よ・・・」

 ルシーナの唇が、唱え続ける。

「限界ですえ、ルシーナさま!」ボナス閣下が叫ぶ。「離脱を! 離脱をしなされ!」

 ルシーナはちらっと目を開き、ボナス閣下を睨んだ。

「そなたの命令は受けぬ。下がっておれ」

「私が下がれば、『風』も引きまする! すぐにでも衝突してしまいますえ!」

「衝突はせぬ」とルシーナ。「そやに、そなたまで救う余裕はなし。離れよ。邪魔やえ」

「ぬ!」

「もう言わぬ。この子とそなたなら、私は迷わずこの子を取る」

「女神さまか!」ボナス閣下は合点して、うなずいた。「では離れまする。『風』切れるまで、3、2、1、さらば!」

 ボナス閣下が離脱した。

 直後。

 どっごおおおお!!!

 風の塊が、エスロ台を叩いた。

 エスロ博士が吹っ飛ばされそうになり、必死で手すりにしがみつく。その手すりもギシギシ軋むが、その派手な音すら聞こえぬほど。風にルシーナの髪が巻かれ、明るい金色のむちとなって荒れ狂う。

 ぎりぎりまで神竜を引き寄せ、眼下をちらっと見て、海に出たことを確認すると、ぺたっと伏せる。

「よし。

 『引力』のルーン、終わり!

 台よ、上へ逃げてたもう!」

 ルシーナ(?)。

 そう命じてから、こう唱えた。

「『引力』のルーン。我々の体重を、和らげよ」

 すると。

 エスロ台の上昇する速度が、目に見えて速くなった。

 いまにも衝突するかと思われた神竜の頭部を飛び越え、上空へと逃れる。

 して、ルシーナ(?)、淡い金色の瞳で、エスロ博士をジロッと睨む。

「なぜ、この台に? 言うては何やが、鬼神台殿に鬼神のほうが良かったのやないかに?」

「鬼神台は、討ち死にいたしました」

「・・・あなや」

「そのこと、お訊きになられるということは、ルシーナさまではありませんに?」

「うむ。この子の母やえ」

「かしこまりました、女神さま。

 鬼神台殿は、神竜の左目と引き換えに──」

 エスロ博士。

 そこまで言うて、息を呑んだ。

「いかん! 奴──見えておる!」

 神竜が。

 真下を飛び越し、海へと落ちてゆく、神竜の。

 左の眼が。

 ギロリと、こちらを睨んでいった!

「エス子、避け──」

 振り向いたエスロ博士の、視界。

 神竜のしっぽ。

 

 それは神竜の、復讐の一撃であった。

 『敵なる血』の呪いに蝕まれ(むしばまれ)、傷口から徐々に全身の動きを失っていった神竜。

 呪いが届くのが一番遅かった、しっぽで、エスロ台を狙ったのである。

 

 エスロ博士、エスロ台、ルシーナ、戦死である。

 

 この復讐を最期に、神竜は西の海へと落ちていった。

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