◆ 1、ここまでのお話について ◆
・・・さて。
4章『死の探索』、ここまでのお話について、ひとつ、言うておかねばならないことがある。
それはですね。
私は、ショッキングな話をするつもりはないのですよ──ということです。
かっこいい男、魅力的な女を出して、お客さんをひきつける。
そうしておいてから、突然、その人々を死なせてしまう。
「ああ死んだ! また死んだ!
やれ悲しや! 悼まし(いたまし)や!
なんとひどいところ! この世の中!」
・・・などと、騒ぎ立てる。
これ、悪いスカルドの手口。
お客さんにショックを与え、錯覚させる(さっかくさせる)。
「なんだか、ショックを受けたぞ!
・・・よくわからんが、名作だったのでは!?」
とね。
私は、そんなまね、しないのだ。
・・・え?
「そんなこと言うが、じっさい、死にまくっとるじゃないか!」ですって?
そうですね。
しかしそれは、このお話の主人公によるものだ。
鬼神が生まれ、『力』を授かり、六腕三眼の神となる。
ついには冥界の王となる。
・・・勘のするどいみなさんは、もうお気づきかも知れませんね?
ついには冥界の王となる鬼神のところに、ふたたび集まって来るのは、ルs──
──おっと! これ以上はいけない。
うっかり、話しすぎるところでした!
おしゃべりをしすぎて、みなさんの楽しみを奪ってはいけません。
さっさとお話を進めることといたしましょう。
死闘は終わり、神竜、西の海へと落ちてった。
しかし、最後の悪あがき。
ルシーナとエスロ博士とエスロ台の、生命を奪っていきおった──というところでしたね。
鬼神はこのこと、まだ、知っておりませんでした・・・
◆ 2、鬼神、ルシーナのことをしる ◆
空飛ぶ母艦・妙雅の、中央甲板。
≪全乗組員に告ぐ・・・≫
妙なる声が、こだまする。
≪神竜(じんりゅう)は・・・、西の海に墜落しました・・・。
戦闘は終了・・・。
くり返す・・・戦闘は、終了・・・≫
「・・・。」
鬼神。
隣を見た。
そこには、六腕単眼ロボ。
いと不細工なる、串団子のごとき人形である。
中には、鬼神の三男、機鬼(きき)が乗り込んでおる。
でかい。
オーガの男が中に入れる人形っちゅうわけであるから、そりゃあ、でかい。そして不細工である。
その不細工六腕ロボ。
四角い頭を、鬼神に向けた。ギロリ。ひとつしかない目が、鬼神を睨む(にらむ)。
<・・・勝ったんかのう?>機鬼の声がした。
「そのようじゃ」
鬼神は、甲板を見渡した。
空飛ぶ母艦は、ボッコボコであった。
中央甲板。あちこち穴空き、骨折れ、内部が丸見えになっておる。
8基の補助塔。1基は姿形すらない。神竜の体当たりを回避するために、パージしたので、どっか飛んでってしもうた。どこ飛んでったかはわからん。残る7基も、ズタボロ。甲板部分がほとんどなかったり、柔らかいケーキを金槌で殴ったみたいにひしゃげとったりする。
かつて鬼神が『空飛ぶ街』とたたえた妙雅。いまや、『空飛ぶ廃墟』といったありさま。
補助塔から負傷兵が運び出され、鬼神たちの立っとる中央甲板へ、運ばれてくる。昇降口から、下へ。降りた先には、ハイエルフの司祭ハナたちが居って、救命処置をしてくれるんである。見るからに間に合いそうにない兵も運び込まれて来るので、それはもう、哀れなありさまであった・・・。
がしょーんがしょーん。
六本足の虫みたいな気持ち悪いやつが、そんな妙雅のボディを這い回っておる。『建築ユニット』である。
ぢゅーーー・・・!
いかにも熱そうな音を立てて、腹から熱線を放ち、妙雅の骨や装甲パネルを溶かしておる。
「空中で溶接とはな」と鬼神。
<応急手当てじゃ>と六腕ロボの機鬼。
「おうきゅうてあて」
<めげたり(折れたり)、割れたりしとるとこを、そのままにしといたら、割れ目が広がるじゃろ?>
「そうだな」
<そのまま飛び続けたらば、どっかで突然、バラバラとなる>
「なるほど」
鬼神はしゃがみ込んで、傷だらけの甲板を撫でた。
「妙雅よ。今日は、苦労をしたな・・・」
そのとき。
目の前を、ダークエルフの隊長乗せた台が、通りがかった。
「む?」
鬼神。
その小柄なダークエルフの男、見覚えがあった。
「おまえさんは、ルシーナと一緒に志願した・・・。
たしか、カバリオ隊長だったか?」
そう。
運ばれておったのは、カバリオ隊長。
左足に重傷負い、出血で生命を落とし、もはや冷たくなった、亡骸(なきがら)であった。
「亡くなってしもうたのか・・・」
と、鬼神がつぶやくと。
「なくなってはござらん!」
付き添っとったコボルドが、噛みつくがごとくに、言い返してきた。
「死んだだけでござる! ダークエルフ殿は、なくなったりはなさらん!」
「は?」
鬼神、首ひねる。
カバリオ隊長を乗せた楕円型の空飛ぶ台。昇降口に乗って、下へ消えた。
「・・・なんのこっちゃ」
<コボルドは、独特じゃからな>
「どくとく」
<すぐ死ぬんじゃ。コボルドは。寿命短いし、あわてん坊じゃし、身体も小さいし。
それで、死ぬっちゅうことについて、独特の考えが育ったらしいんじゃ>
「ふーん」
そんな話をしておると。
ボナス閣下が、1人、空飛んでもどってきた。
少年みたいに若々しいその顔に、暗い疲れが影を作っておる。
鳥のごとく舞い降り、羽毛のごとくふわっと着地したボナス閣下。
鬼神に、こう言うた。
「鬼神さま。お話がございまする。
艦橋へ、おいでくだされ」
「・・・ルシーナだ!」
鬼神は、直観した。
ボナス閣下の表情と、『艦橋へ』の一言で。
「おお! 私の娘は、もう戻って来ないのだ・・・!」
「エスロ台が、神竜のしっぽに接触。
ルシーナお嬢様、エスロ博士、エスロ台の3名、行方不明となってございまする」
そう告げられて。
鬼神、フリーズした。
妙雅の艦橋。天井に、鬼神のツノ、こすれそうになっておる。
そんな巨体が、氷のように、止まった。
一緒に降りてきた六腕団子ロボも、立ちつくす。
ボナス閣下はしばらく鬼神を見つめたが、振り向いて、指示を出し始めた。
「──妙雅艦長。エスロ台と、通信はしてみたかに?」
<はい。応答なし>
「続けて呼びかけよ」
<はい、了解>
「かぶとがに隊を捜索に回したい。状態やいかに?」
<かぶとがに隊、6台の状態は以下の通り。
鬼神台・壱号・弐号・・・戦死。
肆号・伍号・・・健在。補助塔の負傷者を搬送中。
陸号・・・健在。いま追加の報告が入りました。
『武鬼(ぶっきー)閣下、キャッチせり。意識なし。コボルド随伴兵、1名死亡確認、1名行方不明』>
「よろしい。
では、肆・伍の2台は、ルシーナさまたちの捜索に回せ。
現場にフォーム隊長を残してある。あやつは捜索・救出の経験も豊富。指揮を任せよ」
<はい>
「武鬼閣下は急を要する──そやに、ここでは、風が冷たすぎる」
<はい。意識のない人間には、この高度は危険です>
「うむ。下降を急がねばなるまい。
──機鬼機関士長」
<は? お、おう>六腕団子ロボ、へんじ。
「武鬼兄者を収容するため、急いで低空へ降りねばならぬ。
妙雅艦長と相談し、可能な限り速やかに、移動をされたし」
<了解じゃ!>
しばらくして。
「・・・ルシーナは、もう、死んだのだな」
鬼神。
ぽつりとつぶやいた。
ボナス閣下。鬼神にまっすぐ向き合うて、巨体を見上げる。
「気休めは申しませぬ。そやに、捜索は本気でやりまする」
「・・・ありがとう。ボナス閣下」
◆ 3、武鬼、きかんす ◆
鬼神は、1人、甲板にもどった。
しょんぼりとし、グズグズ泣きながら・・・ではない。
胸を張り、堂々とし、こちらを見上げる負傷兵には「やったな」「勝ったぞ」と、うなずきながらである。
これもまた、戦の勘であった。
娘が死んでも、友が死んでも、自分が死んでも、勝ちは勝ちだ。
そのこと、身を以て(もって)示さねばならぬ──という。
甲板に出て。
端っこのほうまで行って。
「それ以上はいけない!」
と、妙雅(の建築ユニット)が走って来て叫ぶほど、ギリギリまで行って。
胸張って、暗黒の空を見上げたまま。
「ルシーナ」
鬼神は、泣いた。
≪まもなく下降を開始します。
10、9、8・・・3、2、1。
下降します≫
雲を抜け、下界へ──地上世界へと、空飛ぶ母艦は帰還する。
あたたかい風が、鬼神を撫で上げる。
その風に、涙を乗せておると。
下界より、舞い上がって来るものあり。
赤きかぶとがに!
陸号!
甲冑着た武鬼を、ごろんと転がして。
「・・・おお! 拾ってくれたのだな。陸号」
ぶわっさ。
陸号、いったん上空へ。
慎重に速度を合わせて、ゆっくりと、甲板へ。
最後は鬼神が手を伸ばし、武鬼を押さえてやった。
一緒に中央昇降口へ向かう。
「武鬼。息子よ。しっかりせい。もうすぐ治療してもらえるからのう」
すると。
昇降台が動き始めたあたりで・・・
「ぬう」武鬼が、甲冑の中で、うめいた。「父上か?」
「おお! 気が付いたか。
そうじゃ。私だ。動くんじゃないぞ!
司祭さまに診てもらうまではのう」
「・・・くそ。また倒れたのか。俺は」
「ばかめ!」鬼神は笑うた。「あんなもん喰らうて、生きとるおまえは、すごいのだ」
「弐号・・・おまえも、助かったのか」
ぶわっさぶわっさ。
「いや。こやつは、陸号じゃ」
「陸・・・? 俺の相棒は、どうしたのだ」
鬼神は首を振った。「弐号は、神竜の吠え声を、まともに浴びた」
「死んだのか・・・!」
武鬼。
身体から、がっくりと、力が、抜けた。
「あいつ・・・最後に、俺をかばったのだ・・・」
「弐号がか」
「そうだ。壱号と、同じことをした」
「壱号?」
「やったろうが。
昔のことだ。俺たちが、若かったころだ。
父上が兄者を引っ張って、クラッシュさせたときだ。
壱号のやつ、グルンとひっくり返って、兄者の盾になった」
「ああ! あの、空飛ぶレースの日!」
鬼神の目に、鮮やかな光景が浮かび上がった。
輝く緑の木々。空飛ぶ真っ赤な鬼神台と、壱号、弐号。
あれは素晴らしい日であった! ・・・まあ、鬼神がブチ壊しにしたのだが。
「壱号のやつ。そんな立派なことを」
「かく言う俺も、知らなんだがな。つい最近、妙雅から聞いてな」
「そうか・・・」
鬼神は、陸号ごと、武鬼を抱き締めた。
「弐号のおかげか」
「そうだ。だが、くそっ」武鬼、ため息をつく。「俺が死んだほうが、ましだった」
昇降口が止まる。
ハナ司祭の従者がこちらへやって来た。
彼女に息子を託しながら、鬼神は言うた。「──同感じゃ」
鬼神、また甲板にもどる。
建築ユニットが、がしょーんがしょーんとついてくる。
「・・・ついて来んでも、もうそんなギリギリには行かんぞ」
<・・・。>
建築ユニット。
黙って、鬼神の足にしがみついてきた。
「なんじゃ」
鬼神は、建築ユニットを抱き上げた。
赤ん坊抱えるみたいに胸元に抱える。
そうして抱えてみると、意外と──いや、やっぱり不気味であった。お腹に溶接器ついとるし。
しばらくして、妙雅が小さな声で言うた。
<・・・イリスさまは、どうしておられるでしょうか>
「うむ」
<ポタージュは機転が利く子です。なんとかしてくれますよね>
「うむ」鬼神はうなずいた。「私も、そんな気がしておるのだ」
神竜との戦いで、コボルド兵を守って、落っこちたイリス。
鬼神と月神の三女にして、すもう強き女神イリス。
このとき、どうなっておったのか?
それは、こんなことになっておったのです・・・
◆ 4、アルフェロン湖の、かいぶつ ◆
「警報! 警報や! 起きろー!
アルフェロン湖に、怪物!
でっかい怪物や! 岸ぃ上がって来よる! 警戒じゃ! 警戒態勢!」
カンカンカン、カンカンカン・・・!
鐘打ち鳴らされ、叫び声響く。
時は未明。
所は、アルフェロン湖のほとりの『湖の神殿』。岩山の大洞窟神殿である。
「なんやと」「怪物やと」「くそ、こんなときに」「ほんまやで!」
不幸中の幸いとして。
神竜の引き起こした猛烈な災いのため、ほとんどのダークエルフは、起こされるまでもなく、起きておった。
ゴウゴウ吹き荒れる雪嵐、ずしゃーんずしゃーんと落ちてくる雷のせいで、寝るどころではなかったんである。
茶色の肌したダークエルフの男ども。
ぼやきながらも、装備をする。
胸当て着け、小剣差し、かぶと着け、短い槍と盾持って、駆け出す。
雪嵐の中へ、飛び出す。
「くっそ寒っ!」「足元気ぃつけろ! 凍っとんぞ」「うわあ」「いま言うたがな!」
湖への道を、駆け下りる。
「怪物てなんや?」「知らん!」
「まさか、ジャブジャブか?」「勘弁してくれ。ありゃ無理や」
「神竜よりゃマシやろ」「どっちも無理じゃ!」
森抜け、岸辺に出る。
見張っとる兵と、合流する。
「どこや!」
「あれや! 水面! ゆっくり近付いてきよんねや!」
白い雪舞う、黒い湖面。
不気味なる怪物の姿あり。
ヌメヌメ光る、平たい身体は、まーっ黒にして。
水面に、そのどでかい姿をちょびっと表わす。
バキバキ・・・バキバキ・・・。
硬いものを砕く音、恐ろしく、夜に響く。
怪物。
頭に、ツノあり。
人間ほどもある、大きなツノ!
そしてなんと!
そのツノには、キラキラ輝く、2つの目玉がついておる!
「うっは。不気味」
「どんな怪物や。見たことないぞ」
「とにかく柵や。柵閉めろ。あとは・・・あれや。臨機応変」
警備兵。動揺しつつも、対応をする。
乱杭の柵。ダークエルフが洞窟入り口で好んで用いる防衛柵が、道の脇から引っ張り出され、怪物に向けて並べられる。
槍かまえ、ぶるぶる震えながら怪物を睨む。
すると。
怪物の頭のツノが、にゅー・・・っと、伸びた!
そして、ふぁさー・・・と、左右に広がった!
「ひぃ!」「なんじゃあれ!」
動揺するダークエルフ警備兵。
そんな彼らに向かって、怪物のツノは!
・・・綺麗な声で、歌、歌った!
♪おそらには じんりゅー
おっこちた イーリスー
つれてきた ほっほー
「は?」「うた歌うとる」「なんちゅうたいま?」
警備兵、激しく戸惑う。
「ツノが歌うとるんか?」
「ほな、撃つか?」
「なんでや」
「セイレーンみたいなもんかも知らん。俺ら、湖に引き込まれるぞ」
「こわっ!」
警備兵、怯える。
このままでは、混乱のあまり、攻撃が始まってしまいそう。
──しかし、そこへ。
「怪物と聞きましたが・・・」
「あ! 巫女長さま! アカンアカン、危ないですで!」
ダークエルフの月の巫女、あらわる。
巫女長。警備兵に止められるのを、やんわり押し退け、岸辺に。
「いまの歌。イリスさまの御名が、聞こえませんでしたか?」
「えっ?」
「私にはそない聞こえました」
バキバキ・・・バキバキ・・・。
湖に張った氷を砕きながら、近付いて来る、怪物!
真っ黒で、巨大で、ヌメヌメした・・・おたまじゃくし?
その、頭の上の、うた歌うツノは!
青い羽毛した、綺麗な鳥娘!
ポタージュであった。
「やっぱ怪物やんけ!」「でっか!」「巫女長さま、下がりなはれ!」
「ちょっ、押すな。こら、どこ触ってんの!」
警備兵と巫女長、わーわー揉み合いながら、騒ぐ。
巫女長、押し戻されつつ、ポタージュに向けて叫んだ。
「私は巫女長! イリスさまの味方です!
あなたのお名前は?」
♪うちの名はー、ポタージュ。
おっ父はー、ナウマーズ!
口の中ー、女神さまー、イーリースー!
ざばーーーん・・・。
怪物、ついに、岸辺に上がった!
雪で真っ白になり、さらにそれが凍って白銀となった岸辺を、ばっきばっきと踏み割って!
黒々とヌメ光りたる湖の怪物!
アルフェロン湖の怪物!
その名も、ナウマーズ!
ダークエルフどもの前に、初めて姿を現わした!
そして!
おえー。
でっかい口の中から、べっちょべちょのイリスを、出して見せたのであった!
◆ 5、イリス、いやされる ◆
イリス、目を覚ます。
ぼんやり左右を見ておると、控えておったダークエルフの巫女が、イリスの動きに気付いた。
「お目覚めですか」
「・・・ここは?」
「湖の神殿です。いま、治療師さまをお呼びしますので、そのまま」
「・・・うん」
イリス、自分の姿を見る。
頭が上がらず、いまいち状態がわからぬ。
だが、生まれて以来、最悪の重傷ということはわかった。
身体が、動かぬ。右手に、感覚がない。
「あれ・・・?」イリスはつぶやいた。「うち、もしかして、死ぬんかに・・・?」
「いやいや、生命は大丈夫ですで」
呼ばれた治療師。落ち着いた声でそう言うた。
「ただし、」
イリスの目を見て付け加える。
「右手は、もう、治すことはできません。
骨が砕けております。ハイエルフの都でも、無理でしょう・・・」
次に目を覚ますと、巫女長が現われた。
「イリスさま」
「はい・・・」
イリスはぼんやりと答えた。
痛み止めのせいか? ショックのせいか? 頭が、はたらかぬ。
「イリスさまをここへ運び込んだんは、ポタージュさまです。
お父上のナウマーズさまが、お口の中に入れて、雪と氷から守ってくださったんです」
「ポタージュ・・・」
イリスは涙ぐんだ。
「ポタージュ、どこ・・・?」
「それが、飛び出してゆかれましてん」
「どこへ?」
「『わんわんわん!』言うて、ぱっと消えてもうたんです」
「わんわんわん・・・?」
「どちらへ行かれたのやら、わかりませんが。
イリスさまのために、必死になっておられました」
「そっか」
イリス、起き上がろうとしとった身体の力を、抜いた。
「ナウマーズさん・・・見てみたかったに・・・」
次に目を覚ますと、でっかい犬に、喰われそうになっておった。
「イリスさま! くぅん、くぅん、べろべろ、べろべろ」
頬っぺた、舐められる。
べろべろべろ。温かい。くすぐったい。
「うわ。ちょ・・・あ痛たたた」
思わず手を動かしてしまい、右手に激痛走る。
「おお! お目覚めになられましたね」
「イーリス~♪」
でっかい犬。
青い鳥娘、ポタージュ。
2人、イリスを上から見て来おる。
でっかい犬。真っ黒い目。ニコーッと笑ったみたいな、愛嬌(あいきょう)ある顔。
イリスは、見覚えがあった。
「犬の女神さま」
「ひどいお怪我をなさったようでございますね。
ですが、すぐに! 治して差し上げます。ハッハッ。
わからず屋どもに、『下がれ』とお命じください」
「わからず屋・・・?」
イリス、顔だけ巡らせる。
巫女長と治療師が、難しい顔して立っておる。
「犬の女神さまが、『私が治す』とおっしゃっておられるんですけど・・・」と、巫女長。
「アカンアカン!
どんな治療するか、説明もできんもん(者)に、イリスさまを任せることはできん!」と、治療師。
「あっという間に治すと、言うておりまする」と、犬の女神。
「そんなん、説明になってへんわ!」
と。
2人が熱くなったところで。
ポタージュが──
「いま、イーリスさまはー、静養中ですっ!」
鋭い声で、言い放った。
・・・どっかで聞いたことある声である。
「ここでっさわぐんはっ、禁止ですっ!
さわぃだら、どなただれ、ほーり出しますっ!」
「ぷ!?」
巫女長、吹き出す。
「それ、うちのトリフェーラやね? 噂以上やわ。声まね、上手いねえ!」
「ぴぃー、ちゅっちゅっ」
ポタージュ、得意わざであった。
イリス、笑う。「あ痛たた・・・」
「・・・はあ。ごもっとも。
イリスさま。どないします?」
治療師が声を優しくして訊いてきた。
「このお犬さまに、御身の治療、お任せしてもよろしいですか?」
「はい」
イリスはうなずいた。
「あ、一度、自分の手ぇ、見てから」
「・・・ひどい状態ですが」
「うん。見ときたい」
ひどい状態であった。
右肘から先、もう治らんというのが、ひと目でわかるほど。
「・・・うち、よう生きとったに」
「あきらめた・・・」ポタージュがぽつんと言うた。「おっ父が、死んでない、運ぶ! って、呑み込んだ」
「ナウマーズさまにお礼言わなアカンに」
「さ、出てゆきなさい」
犬の女神が言うと、治療師が喰い下がった。
「私も見守らせて頂きたい」
「ならぬ! ・・・我が司祭。私が認めた者を除き、このわざ見ること、許しませぬ」
巫女長と治療師は頭を下げて出て行った。
イリスと、犬の女神、ポタージュだけとなる。
「これは隠しましょう」
犬の女神は、イリスの右手に包帯をかぶせた。
「よろしいですか? イリスさま」
「はい」
「傷ついた手のことなどは、もう、すーっかり、お忘れなさい。
御自分の、元気な手のこと、思い出してあげるのです」
「元気な手ぇ・・・」
「綺麗で、若々しく、みずみずしく。
ぎゅっと力を込めることも、そっと優しく撫でることも、思うがまま。
御自分より大きな犬の女神を倒すこともできる、女神イリスさまの手を」
「ははは・・・」
イリスは力なく笑いながら、言われた通りにやってみた。
まずは、仰向けになって、ぼーっと天井を見つめる。
すると神竜のイメージが浮かんできて、恐怖に身体がふるえ始めた。
「・・・。」
「イーリス~♪」
ポタージュが、ひょいっと、覗き込んで来た。
ポタージュの青い羽毛。
見ておると、アルフェの実を分けてやったときのこと、浮かんでくる。
「イリスさま」
犬の女神の、ニコーッと笑ったみたいな顔。
彼女とした、すもう。そしてやはり、アルフェの実を分けてやったときのこと、浮かんでくる。
イリス。
人にものを分けてあげれる手・・・として、自分の手を、イメージした。
そしてもうひとつ。
神竜の恐怖を打ち払ってくれた、力強い手。
『力』のルーンの、この時代における象徴とも言える、強い強い男の手を、イメージした。
「うん。えええ」
「よろしいですか?
では、あとは簡単でございまする・・・」
犬の女神。優しく、こう唱えた。
「『生命』のルーン。
イリスさまのお手々よ、生えかわれ。
綺麗になって、生まれ変わーれ。
すこやか、元気に、よくはたらく、立派なお手手に、なーれ」
ぼきぼきぼき!
イリスの手の中に、なんかめっちゃ気持ち悪い痛みが走った。
「痛みないとか言うとったん、うそやん! めっちゃ痛いに!!!」
・・・と、イリスは心の中で叫んだが、口には出さなんだ。
がまんをした。
がまんをしながら、思い出した。
犬の女神に『おおかみになーれ』と唱えられて、おおかみに変身した、コボルド兵どものこと。
「あれ、絶対痛かったはずやえ。かわいそ」
そう考えると、おかしくなった。
「ふふふ。かわいそ。ああ痛っ!」
ぐきぐき・・・みしみし・・・。
ぴたり。
痛みが、止まった。
犬の女神、黙ーって、イリスの手を触る。イリスの顔を見る。撫でる。揉む。
揉み揉み揉み・・・。
イリスの右手、揉みほぐされた。
おや? 揉み揉みされるうちに、感覚が戻ってきた。
「あ・・・」
「成功したようでございます」
犬の女神、ちょっと舌垂らし、ハッハッと息をしておる。
「大丈夫?」とイリス。
「ハッハッ、はい。集中したので、疲れただけです。ハッハッ」
犬の女神。
よたよた歩いて、「ふう」と、部屋の壁にもたれて、座る。
そのお腹が、妙に大きい。なんかポコポコと、ふくらんでおる。
「・・・あれ? 女神さま、お腹大きくなっておるに」
「はい。何匹か、中に入ってございます」
なんと!
犬の女神さま、妊娠中!
「うそやん。大丈夫なん?」
「はい。我らコボルド、人間ほどお腹に左右はされませぬ。
びっくりしたので、少し・・・ハッハッ・・・しんどいだけでございまする」
「びっくりしたん?」
「ポタージュさまが、突然、私の寝床に、ハッハッ」
「ああ・・・」
ポタージュ。
『空間』のルーンで、犬の女神のところへ飛び込んだのであろう。
飛び込まれる側からしたら、とんでもない迷惑である。
「突然いらっしゃったため、うちの者どもと、一触即発となり、ハッハッ」
なんか、犬の女神。
産気づいとるようにも見えるが、平気な顔でしゃべっておる。
犬の顔だからわかりづらいのもあるが、どうも、お産ということ、この女神は慣れっこのようである。
「そっか・・・」
イリス、起きる。
まだちょっとフラフラする。
だが、なんか、いままでに感じたことのない力が、身体の芯に走っておる!
ぴしり!
イリス、立った!
本人は気付いておらんが、その立ち姿。威風堂々たる、存在感。
父の鬼神に、そっくりであった。
「ありがとう、ポタージュ!」ポタージュを抱き締める。
「ぴぃー、ちゅっちゅっ!」
「ありがとう、女神さま!」犬の女神の首に抱き着く。
「いいえ。私どものほうこそ」
「・・・うん?」
「イリスさまが守ってくださったと、巨人の国の群れが、言うてございます」
「巨人の国の群れ?」
「はい。元は、巨人の国にどろぼうに入った、お馬鹿な一家でございまする。
ですが、いまや空飛ぶコボルドと呼ばれ、巨人の軍の一翼、担って(になって)おりまする」
「あー!」
イリス、両手をぽんと打ち合わせる。
一瞬自分でビクッとするが、大丈夫。痛み、まったくなし!
「そっか。巨人の国のコボルドも、女神さまに祈るんや」
「はい。鞍替えした者も、だいぶ居りまするが」
犬の女神、苦笑する。
「頑張る者あれば、転落する者あり。我が子孫も、人それぞれにございまする」
「そっかあ・・・」
イリス、にっこりした。
「子供、ええなあ。うちも早う子供欲しいえ」
「これからは、厳しい時代になりまする。飢えと戦の時代となりましょう」
「うん」
イリス、新たな右手のこぶし、グッと握った。
「うちらの子には、しぶとく生き抜いてもらわなアカンに」
イリスの右手は、昔よりも、ちょっと赤く、ちょっと力強かった。
しかしそれは、イメージの通りであった。
イリスは、本当の自分の手より、ちょっと鬼神っぽい手を、イメージしとったんである。