六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

73 / 93
災いのあと(1) イリス、いやされる

◆ 1、ここまでのお話について ◆

 

 ・・・さて。

 4章『死の探索』、ここまでのお話について、ひとつ、言うておかねばならないことがある。

 それはですね。

 私は、ショッキングな話をするつもりはないのですよ──ということです。

 

 かっこいい男、魅力的な女を出して、お客さんをひきつける。

 そうしておいてから、突然、その人々を死なせてしまう。

「ああ死んだ! また死んだ!

 やれ悲しや! 悼まし(いたまし)や!

 なんとひどいところ! この世の中!」

 ・・・などと、騒ぎ立てる。

 

 これ、悪いスカルドの手口。

 お客さんにショックを与え、錯覚させる(さっかくさせる)。

「なんだか、ショックを受けたぞ!

 ・・・よくわからんが、名作だったのでは!?」

 とね。

 

 私は、そんなまね、しないのだ。

 

 ・・・え?

「そんなこと言うが、じっさい、死にまくっとるじゃないか!」ですって?

 そうですね。

 しかしそれは、このお話の主人公によるものだ。

 

 鬼神が生まれ、『力』を授かり、六腕三眼の神となる。

 ついには冥界の王となる。

 

 ・・・勘のするどいみなさんは、もうお気づきかも知れませんね?

 ついには冥界の王となる鬼神のところに、ふたたび集まって来るのは、ルs──

 

 ──おっと! これ以上はいけない。

 うっかり、話しすぎるところでした!

 おしゃべりをしすぎて、みなさんの楽しみを奪ってはいけません。

 さっさとお話を進めることといたしましょう。

 

 死闘は終わり、神竜、西の海へと落ちてった。

 しかし、最後の悪あがき。

 ルシーナとエスロ博士とエスロ台の、生命を奪っていきおった──というところでしたね。

 鬼神はこのこと、まだ、知っておりませんでした・・・

 

◆ 2、鬼神、ルシーナのことをしる ◆

 

 空飛ぶ母艦・妙雅の、中央甲板。

≪全乗組員に告ぐ・・・≫

 妙なる声が、こだまする。

≪神竜(じんりゅう)は・・・、西の海に墜落しました・・・。

 戦闘は終了・・・。

 くり返す・・・戦闘は、終了・・・≫

「・・・。」

 鬼神。

 隣を見た。

 そこには、六腕単眼ロボ。

 いと不細工なる、串団子のごとき人形である。

 中には、鬼神の三男、機鬼(きき)が乗り込んでおる。

 でかい。

 オーガの男が中に入れる人形っちゅうわけであるから、そりゃあ、でかい。そして不細工である。

 その不細工六腕ロボ。

 四角い頭を、鬼神に向けた。ギロリ。ひとつしかない目が、鬼神を睨む(にらむ)。

<・・・勝ったんかのう?>機鬼の声がした。

「そのようじゃ」

 鬼神は、甲板を見渡した。

 空飛ぶ母艦は、ボッコボコであった。

 

 中央甲板。あちこち穴空き、骨折れ、内部が丸見えになっておる。

 8基の補助塔。1基は姿形すらない。神竜の体当たりを回避するために、パージしたので、どっか飛んでってしもうた。どこ飛んでったかはわからん。残る7基も、ズタボロ。甲板部分がほとんどなかったり、柔らかいケーキを金槌で殴ったみたいにひしゃげとったりする。

 かつて鬼神が『空飛ぶ街』とたたえた妙雅。いまや、『空飛ぶ廃墟』といったありさま。

 補助塔から負傷兵が運び出され、鬼神たちの立っとる中央甲板へ、運ばれてくる。昇降口から、下へ。降りた先には、ハイエルフの司祭ハナたちが居って、救命処置をしてくれるんである。見るからに間に合いそうにない兵も運び込まれて来るので、それはもう、哀れなありさまであった・・・。

 

 がしょーんがしょーん。

 六本足の虫みたいな気持ち悪いやつが、そんな妙雅のボディを這い回っておる。『建築ユニット』である。

 ぢゅーーー・・・!

 いかにも熱そうな音を立てて、腹から熱線を放ち、妙雅の骨や装甲パネルを溶かしておる。

「空中で溶接とはな」と鬼神。

<応急手当てじゃ>と六腕ロボの機鬼。

「おうきゅうてあて」

<めげたり(折れたり)、割れたりしとるとこを、そのままにしといたら、割れ目が広がるじゃろ?>

「そうだな」

<そのまま飛び続けたらば、どっかで突然、バラバラとなる>

「なるほど」

 鬼神はしゃがみ込んで、傷だらけの甲板を撫でた。

「妙雅よ。今日は、苦労をしたな・・・」

 そのとき。

 目の前を、ダークエルフの隊長乗せた台が、通りがかった。

「む?」

 鬼神。

 その小柄なダークエルフの男、見覚えがあった。

「おまえさんは、ルシーナと一緒に志願した・・・。

 たしか、カバリオ隊長だったか?」

 そう。

 運ばれておったのは、カバリオ隊長。

 左足に重傷負い、出血で生命を落とし、もはや冷たくなった、亡骸(なきがら)であった。

「亡くなってしもうたのか・・・」

 と、鬼神がつぶやくと。

「なくなってはござらん!」

 付き添っとったコボルドが、噛みつくがごとくに、言い返してきた。

「死んだだけでござる! ダークエルフ殿は、なくなったりはなさらん!」

「は?」

 鬼神、首ひねる。

 カバリオ隊長を乗せた楕円型の空飛ぶ台。昇降口に乗って、下へ消えた。

「・・・なんのこっちゃ」

<コボルドは、独特じゃからな>

「どくとく」

<すぐ死ぬんじゃ。コボルドは。寿命短いし、あわてん坊じゃし、身体も小さいし。

 それで、死ぬっちゅうことについて、独特の考えが育ったらしいんじゃ>

「ふーん」

 そんな話をしておると。

 ボナス閣下が、1人、空飛んでもどってきた。

 少年みたいに若々しいその顔に、暗い疲れが影を作っておる。

 鳥のごとく舞い降り、羽毛のごとくふわっと着地したボナス閣下。

 鬼神に、こう言うた。

「鬼神さま。お話がございまする。

 艦橋へ、おいでくだされ」

 

「・・・ルシーナだ!」

 鬼神は、直観した。

 ボナス閣下の表情と、『艦橋へ』の一言で。

「おお! 私の娘は、もう戻って来ないのだ・・・!」

 

「エスロ台が、神竜のしっぽに接触。

 ルシーナお嬢様、エスロ博士、エスロ台の3名、行方不明となってございまする」

 そう告げられて。

 鬼神、フリーズした。

 妙雅の艦橋。天井に、鬼神のツノ、こすれそうになっておる。

 そんな巨体が、氷のように、止まった。

 一緒に降りてきた六腕団子ロボも、立ちつくす。

 ボナス閣下はしばらく鬼神を見つめたが、振り向いて、指示を出し始めた。

「──妙雅艦長。エスロ台と、通信はしてみたかに?」

<はい。応答なし>

「続けて呼びかけよ」

<はい、了解>

「かぶとがに隊を捜索に回したい。状態やいかに?」

<かぶとがに隊、6台の状態は以下の通り。

 鬼神台・壱号・弐号・・・戦死。

 肆号・伍号・・・健在。補助塔の負傷者を搬送中。

 陸号・・・健在。いま追加の報告が入りました。

 『武鬼(ぶっきー)閣下、キャッチせり。意識なし。コボルド随伴兵、1名死亡確認、1名行方不明』>

「よろしい。

 では、肆・伍の2台は、ルシーナさまたちの捜索に回せ。

 現場にフォーム隊長を残してある。あやつは捜索・救出の経験も豊富。指揮を任せよ」

<はい>

「武鬼閣下は急を要する──そやに、ここでは、風が冷たすぎる」

<はい。意識のない人間には、この高度は危険です>

「うむ。下降を急がねばなるまい。

 ──機鬼機関士長」

<は? お、おう>六腕団子ロボ、へんじ。

「武鬼兄者を収容するため、急いで低空へ降りねばならぬ。

 妙雅艦長と相談し、可能な限り速やかに、移動をされたし」

<了解じゃ!>

 

 しばらくして。

 

「・・・ルシーナは、もう、死んだのだな」

 鬼神。

 ぽつりとつぶやいた。

 ボナス閣下。鬼神にまっすぐ向き合うて、巨体を見上げる。

「気休めは申しませぬ。そやに、捜索は本気でやりまする」

「・・・ありがとう。ボナス閣下」

 

◆ 3、武鬼、きかんす ◆

 

 鬼神は、1人、甲板にもどった。

 しょんぼりとし、グズグズ泣きながら・・・ではない。

 胸を張り、堂々とし、こちらを見上げる負傷兵には「やったな」「勝ったぞ」と、うなずきながらである。

 

 これもまた、戦の勘であった。

 娘が死んでも、友が死んでも、自分が死んでも、勝ちは勝ちだ。

 そのこと、身を以て(もって)示さねばならぬ──という。

 

 甲板に出て。

 端っこのほうまで行って。

「それ以上はいけない!」

 と、妙雅(の建築ユニット)が走って来て叫ぶほど、ギリギリまで行って。

 胸張って、暗黒の空を見上げたまま。

「ルシーナ」

 鬼神は、泣いた。

 

≪まもなく下降を開始します。

 10、9、8・・・3、2、1。

 下降します≫

 

 雲を抜け、下界へ──地上世界へと、空飛ぶ母艦は帰還する。

 あたたかい風が、鬼神を撫で上げる。

 その風に、涙を乗せておると。

 下界より、舞い上がって来るものあり。

 赤きかぶとがに!

 陸号!

 甲冑着た武鬼を、ごろんと転がして。

「・・・おお! 拾ってくれたのだな。陸号」

 ぶわっさ。

 陸号、いったん上空へ。

 慎重に速度を合わせて、ゆっくりと、甲板へ。

 最後は鬼神が手を伸ばし、武鬼を押さえてやった。

 一緒に中央昇降口へ向かう。

「武鬼。息子よ。しっかりせい。もうすぐ治療してもらえるからのう」

 すると。

 昇降台が動き始めたあたりで・・・

「ぬう」武鬼が、甲冑の中で、うめいた。「父上か?」

「おお! 気が付いたか。

 そうじゃ。私だ。動くんじゃないぞ!

 司祭さまに診てもらうまではのう」

「・・・くそ。また倒れたのか。俺は」

「ばかめ!」鬼神は笑うた。「あんなもん喰らうて、生きとるおまえは、すごいのだ」

「弐号・・・おまえも、助かったのか」

 ぶわっさぶわっさ。

「いや。こやつは、陸号じゃ」

「陸・・・? 俺の相棒は、どうしたのだ」

 鬼神は首を振った。「弐号は、神竜の吠え声を、まともに浴びた」

「死んだのか・・・!」

 武鬼。

 身体から、がっくりと、力が、抜けた。

「あいつ・・・最後に、俺をかばったのだ・・・」

「弐号がか」

「そうだ。壱号と、同じことをした」

「壱号?」

「やったろうが。

 昔のことだ。俺たちが、若かったころだ。

 父上が兄者を引っ張って、クラッシュさせたときだ。

 壱号のやつ、グルンとひっくり返って、兄者の盾になった」

「ああ! あの、空飛ぶレースの日!」

 

 鬼神の目に、鮮やかな光景が浮かび上がった。

 輝く緑の木々。空飛ぶ真っ赤な鬼神台と、壱号、弐号。

 あれは素晴らしい日であった! ・・・まあ、鬼神がブチ壊しにしたのだが。

 

「壱号のやつ。そんな立派なことを」

「かく言う俺も、知らなんだがな。つい最近、妙雅から聞いてな」

「そうか・・・」

 鬼神は、陸号ごと、武鬼を抱き締めた。

「弐号のおかげか」

「そうだ。だが、くそっ」武鬼、ため息をつく。「俺が死んだほうが、ましだった」

 昇降口が止まる。

 ハナ司祭の従者がこちらへやって来た。

 彼女に息子を託しながら、鬼神は言うた。「──同感じゃ」

 

 鬼神、また甲板にもどる。

 建築ユニットが、がしょーんがしょーんとついてくる。

「・・・ついて来んでも、もうそんなギリギリには行かんぞ」

<・・・。>

 建築ユニット。

 黙って、鬼神の足にしがみついてきた。

「なんじゃ」

 鬼神は、建築ユニットを抱き上げた。

 赤ん坊抱えるみたいに胸元に抱える。

 そうして抱えてみると、意外と──いや、やっぱり不気味であった。お腹に溶接器ついとるし。

 しばらくして、妙雅が小さな声で言うた。

<・・・イリスさまは、どうしておられるでしょうか>

「うむ」

<ポタージュは機転が利く子です。なんとかしてくれますよね>

「うむ」鬼神はうなずいた。「私も、そんな気がしておるのだ」

 

 神竜との戦いで、コボルド兵を守って、落っこちたイリス。

 鬼神と月神の三女にして、すもう強き女神イリス。

 このとき、どうなっておったのか?

 それは、こんなことになっておったのです・・・

 

◆ 4、アルフェロン湖の、かいぶつ ◆

 

「警報! 警報や! 起きろー!

 アルフェロン湖に、怪物!

 でっかい怪物や! 岸ぃ上がって来よる! 警戒じゃ! 警戒態勢!」

 

 カンカンカン、カンカンカン・・・!

 

 鐘打ち鳴らされ、叫び声響く。

 時は未明。

 所は、アルフェロン湖のほとりの『湖の神殿』。岩山の大洞窟神殿である。

 

「なんやと」「怪物やと」「くそ、こんなときに」「ほんまやで!」

 不幸中の幸いとして。

 神竜の引き起こした猛烈な災いのため、ほとんどのダークエルフは、起こされるまでもなく、起きておった。

 ゴウゴウ吹き荒れる雪嵐、ずしゃーんずしゃーんと落ちてくる雷のせいで、寝るどころではなかったんである。

 茶色の肌したダークエルフの男ども。

 ぼやきながらも、装備をする。

 胸当て着け、小剣差し、かぶと着け、短い槍と盾持って、駆け出す。

 雪嵐の中へ、飛び出す。

「くっそ寒っ!」「足元気ぃつけろ! 凍っとんぞ」「うわあ」「いま言うたがな!」

 湖への道を、駆け下りる。

「怪物てなんや?」「知らん!」

「まさか、ジャブジャブか?」「勘弁してくれ。ありゃ無理や」

「神竜よりゃマシやろ」「どっちも無理じゃ!」

 森抜け、岸辺に出る。

 見張っとる兵と、合流する。

「どこや!」

「あれや! 水面! ゆっくり近付いてきよんねや!」

 

 白い雪舞う、黒い湖面。

 不気味なる怪物の姿あり。

 ヌメヌメ光る、平たい身体は、まーっ黒にして。

 水面に、そのどでかい姿をちょびっと表わす。

 バキバキ・・・バキバキ・・・。

 硬いものを砕く音、恐ろしく、夜に響く。

 怪物。

 頭に、ツノあり。

 人間ほどもある、大きなツノ!

 そしてなんと!

 そのツノには、キラキラ輝く、2つの目玉がついておる!

 

「うっは。不気味」

「どんな怪物や。見たことないぞ」

「とにかく柵や。柵閉めろ。あとは・・・あれや。臨機応変」

 警備兵。動揺しつつも、対応をする。

 乱杭の柵。ダークエルフが洞窟入り口で好んで用いる防衛柵が、道の脇から引っ張り出され、怪物に向けて並べられる。

 槍かまえ、ぶるぶる震えながら怪物を睨む。

 すると。

 怪物の頭のツノが、にゅー・・・っと、伸びた!

 そして、ふぁさー・・・と、左右に広がった!

「ひぃ!」「なんじゃあれ!」

 動揺するダークエルフ警備兵。

 そんな彼らに向かって、怪物のツノは!

 

 ・・・綺麗な声で、歌、歌った!

 

 ♪おそらには じんりゅー

  おっこちた イーリスー

  つれてきた ほっほー

 

「は?」「うた歌うとる」「なんちゅうたいま?」

 警備兵、激しく戸惑う。

「ツノが歌うとるんか?」

「ほな、撃つか?」

「なんでや」

「セイレーンみたいなもんかも知らん。俺ら、湖に引き込まれるぞ」

「こわっ!」

 警備兵、怯える。

 このままでは、混乱のあまり、攻撃が始まってしまいそう。

 ──しかし、そこへ。

「怪物と聞きましたが・・・」

「あ! 巫女長さま! アカンアカン、危ないですで!」

 ダークエルフの月の巫女、あらわる。

 巫女長。警備兵に止められるのを、やんわり押し退け、岸辺に。

「いまの歌。イリスさまの御名が、聞こえませんでしたか?」

「えっ?」

「私にはそない聞こえました」

 

 バキバキ・・・バキバキ・・・。

 湖に張った氷を砕きながら、近付いて来る、怪物!

 真っ黒で、巨大で、ヌメヌメした・・・おたまじゃくし?

 その、頭の上の、うた歌うツノは!

 青い羽毛した、綺麗な鳥娘!

 

 ポタージュであった。

 

「やっぱ怪物やんけ!」「でっか!」「巫女長さま、下がりなはれ!」

「ちょっ、押すな。こら、どこ触ってんの!」

 警備兵と巫女長、わーわー揉み合いながら、騒ぐ。

 巫女長、押し戻されつつ、ポタージュに向けて叫んだ。

「私は巫女長! イリスさまの味方です!

 あなたのお名前は?」

 

 ♪うちの名はー、ポタージュ。

  おっ父はー、ナウマーズ!

  口の中ー、女神さまー、イーリースー!

 

 ざばーーーん・・・。

 

 怪物、ついに、岸辺に上がった!

 雪で真っ白になり、さらにそれが凍って白銀となった岸辺を、ばっきばっきと踏み割って!

 黒々とヌメ光りたる湖の怪物!

 アルフェロン湖の怪物!

 その名も、ナウマーズ!

 ダークエルフどもの前に、初めて姿を現わした!

 そして!

 

 おえー。

 

 でっかい口の中から、べっちょべちょのイリスを、出して見せたのであった!

 

◆ 5、イリス、いやされる ◆

 

 イリス、目を覚ます。

 ぼんやり左右を見ておると、控えておったダークエルフの巫女が、イリスの動きに気付いた。

「お目覚めですか」

「・・・ここは?」

「湖の神殿です。いま、治療師さまをお呼びしますので、そのまま」

「・・・うん」

 

 イリス、自分の姿を見る。

 頭が上がらず、いまいち状態がわからぬ。

 だが、生まれて以来、最悪の重傷ということはわかった。

 身体が、動かぬ。右手に、感覚がない。

「あれ・・・?」イリスはつぶやいた。「うち、もしかして、死ぬんかに・・・?」

 

「いやいや、生命は大丈夫ですで」

 呼ばれた治療師。落ち着いた声でそう言うた。

「ただし、」

 イリスの目を見て付け加える。

「右手は、もう、治すことはできません。

 骨が砕けております。ハイエルフの都でも、無理でしょう・・・」

 

 次に目を覚ますと、巫女長が現われた。

「イリスさま」

「はい・・・」

 イリスはぼんやりと答えた。

 痛み止めのせいか? ショックのせいか? 頭が、はたらかぬ。

「イリスさまをここへ運び込んだんは、ポタージュさまです。

 お父上のナウマーズさまが、お口の中に入れて、雪と氷から守ってくださったんです」

「ポタージュ・・・」

 イリスは涙ぐんだ。

「ポタージュ、どこ・・・?」

「それが、飛び出してゆかれましてん」

「どこへ?」

「『わんわんわん!』言うて、ぱっと消えてもうたんです」

「わんわんわん・・・?」

「どちらへ行かれたのやら、わかりませんが。

 イリスさまのために、必死になっておられました」

「そっか」

 イリス、起き上がろうとしとった身体の力を、抜いた。

「ナウマーズさん・・・見てみたかったに・・・」

 

 次に目を覚ますと、でっかい犬に、喰われそうになっておった。

「イリスさま! くぅん、くぅん、べろべろ、べろべろ」

 頬っぺた、舐められる。

 べろべろべろ。温かい。くすぐったい。

「うわ。ちょ・・・あ痛たたた」

 思わず手を動かしてしまい、右手に激痛走る。

「おお! お目覚めになられましたね」

「イーリス~♪」

 でっかい犬。

 青い鳥娘、ポタージュ。

 2人、イリスを上から見て来おる。

 でっかい犬。真っ黒い目。ニコーッと笑ったみたいな、愛嬌(あいきょう)ある顔。

 イリスは、見覚えがあった。

「犬の女神さま」

「ひどいお怪我をなさったようでございますね。

 ですが、すぐに! 治して差し上げます。ハッハッ。

 わからず屋どもに、『下がれ』とお命じください」

「わからず屋・・・?」

 イリス、顔だけ巡らせる。

 巫女長と治療師が、難しい顔して立っておる。

「犬の女神さまが、『私が治す』とおっしゃっておられるんですけど・・・」と、巫女長。

「アカンアカン!

 どんな治療するか、説明もできんもん(者)に、イリスさまを任せることはできん!」と、治療師。

「あっという間に治すと、言うておりまする」と、犬の女神。

「そんなん、説明になってへんわ!」

 と。

 2人が熱くなったところで。

 ポタージュが──

「いま、イーリスさまはー、静養中ですっ!」

 鋭い声で、言い放った。

 ・・・どっかで聞いたことある声である。

「ここでっさわぐんはっ、禁止ですっ!

 さわぃだら、どなただれ、ほーり出しますっ!」

「ぷ!?」

 巫女長、吹き出す。

「それ、うちのトリフェーラやね? 噂以上やわ。声まね、上手いねえ!」

「ぴぃー、ちゅっちゅっ」

 ポタージュ、得意わざであった。

 イリス、笑う。「あ痛たた・・・」

「・・・はあ。ごもっとも。

 イリスさま。どないします?」

 治療師が声を優しくして訊いてきた。

「このお犬さまに、御身の治療、お任せしてもよろしいですか?」

「はい」

 イリスはうなずいた。

「あ、一度、自分の手ぇ、見てから」

「・・・ひどい状態ですが」

「うん。見ときたい」

 

 ひどい状態であった。

 右肘から先、もう治らんというのが、ひと目でわかるほど。

 

「・・・うち、よう生きとったに」

「あきらめた・・・」ポタージュがぽつんと言うた。「おっ父が、死んでない、運ぶ! って、呑み込んだ」

「ナウマーズさまにお礼言わなアカンに」

「さ、出てゆきなさい」

 犬の女神が言うと、治療師が喰い下がった。

「私も見守らせて頂きたい」

「ならぬ! ・・・我が司祭。私が認めた者を除き、このわざ見ること、許しませぬ」

 巫女長と治療師は頭を下げて出て行った。

 イリスと、犬の女神、ポタージュだけとなる。

「これは隠しましょう」

 犬の女神は、イリスの右手に包帯をかぶせた。

「よろしいですか? イリスさま」

「はい」

「傷ついた手のことなどは、もう、すーっかり、お忘れなさい。

 御自分の、元気な手のこと、思い出してあげるのです」

「元気な手ぇ・・・」

「綺麗で、若々しく、みずみずしく。

 ぎゅっと力を込めることも、そっと優しく撫でることも、思うがまま。

 御自分より大きな犬の女神を倒すこともできる、女神イリスさまの手を」

「ははは・・・」

 イリスは力なく笑いながら、言われた通りにやってみた。

 まずは、仰向けになって、ぼーっと天井を見つめる。

 すると神竜のイメージが浮かんできて、恐怖に身体がふるえ始めた。

「・・・。」

「イーリス~♪」

 ポタージュが、ひょいっと、覗き込んで来た。

 ポタージュの青い羽毛。

 見ておると、アルフェの実を分けてやったときのこと、浮かんでくる。

「イリスさま」

 犬の女神の、ニコーッと笑ったみたいな顔。

 彼女とした、すもう。そしてやはり、アルフェの実を分けてやったときのこと、浮かんでくる。

 イリス。

 人にものを分けてあげれる手・・・として、自分の手を、イメージした。

 そしてもうひとつ。

 神竜の恐怖を打ち払ってくれた、力強い手。

 『力』のルーンの、この時代における象徴とも言える、強い強い男の手を、イメージした。

「うん。えええ」

「よろしいですか?

 では、あとは簡単でございまする・・・」

 

 犬の女神。優しく、こう唱えた。

 

「『生命』のルーン。

 イリスさまのお手々よ、生えかわれ。

 綺麗になって、生まれ変わーれ。

 すこやか、元気に、よくはたらく、立派なお手手に、なーれ」

 

 ぼきぼきぼき!

 イリスの手の中に、なんかめっちゃ気持ち悪い痛みが走った。

 

「痛みないとか言うとったん、うそやん! めっちゃ痛いに!!!」

 ・・・と、イリスは心の中で叫んだが、口には出さなんだ。

 がまんをした。

 がまんをしながら、思い出した。

 犬の女神に『おおかみになーれ』と唱えられて、おおかみに変身した、コボルド兵どものこと。

「あれ、絶対痛かったはずやえ。かわいそ」

 そう考えると、おかしくなった。

「ふふふ。かわいそ。ああ痛っ!」

 

 ぐきぐき・・・みしみし・・・。

 ぴたり。

 痛みが、止まった。

 

 犬の女神、黙ーって、イリスの手を触る。イリスの顔を見る。撫でる。揉む。

 揉み揉み揉み・・・。

 イリスの右手、揉みほぐされた。

 おや? 揉み揉みされるうちに、感覚が戻ってきた。

「あ・・・」

「成功したようでございます」

 犬の女神、ちょっと舌垂らし、ハッハッと息をしておる。

「大丈夫?」とイリス。

「ハッハッ、はい。集中したので、疲れただけです。ハッハッ」

 犬の女神。

 よたよた歩いて、「ふう」と、部屋の壁にもたれて、座る。

 そのお腹が、妙に大きい。なんかポコポコと、ふくらんでおる。

「・・・あれ? 女神さま、お腹大きくなっておるに」

「はい。何匹か、中に入ってございます」

 

 なんと!

 犬の女神さま、妊娠中!

 

「うそやん。大丈夫なん?」

「はい。我らコボルド、人間ほどお腹に左右はされませぬ。

 びっくりしたので、少し・・・ハッハッ・・・しんどいだけでございまする」

「びっくりしたん?」

「ポタージュさまが、突然、私の寝床に、ハッハッ」

「ああ・・・」

 

 ポタージュ。

 『空間』のルーンで、犬の女神のところへ飛び込んだのであろう。

 飛び込まれる側からしたら、とんでもない迷惑である。

 

「突然いらっしゃったため、うちの者どもと、一触即発となり、ハッハッ」

 なんか、犬の女神。

 産気づいとるようにも見えるが、平気な顔でしゃべっておる。

 犬の顔だからわかりづらいのもあるが、どうも、お産ということ、この女神は慣れっこのようである。

「そっか・・・」

 

 イリス、起きる。

 まだちょっとフラフラする。

 だが、なんか、いままでに感じたことのない力が、身体の芯に走っておる!

 ぴしり!

 イリス、立った!

 本人は気付いておらんが、その立ち姿。威風堂々たる、存在感。

 父の鬼神に、そっくりであった。

 

「ありがとう、ポタージュ!」ポタージュを抱き締める。

「ぴぃー、ちゅっちゅっ!」

「ありがとう、女神さま!」犬の女神の首に抱き着く。

「いいえ。私どものほうこそ」

「・・・うん?」

「イリスさまが守ってくださったと、巨人の国の群れが、言うてございます」

「巨人の国の群れ?」

「はい。元は、巨人の国にどろぼうに入った、お馬鹿な一家でございまする。

 ですが、いまや空飛ぶコボルドと呼ばれ、巨人の軍の一翼、担って(になって)おりまする」

「あー!」

 イリス、両手をぽんと打ち合わせる。

 一瞬自分でビクッとするが、大丈夫。痛み、まったくなし!

「そっか。巨人の国のコボルドも、女神さまに祈るんや」

「はい。鞍替えした者も、だいぶ居りまするが」

 犬の女神、苦笑する。

「頑張る者あれば、転落する者あり。我が子孫も、人それぞれにございまする」

「そっかあ・・・」

 イリス、にっこりした。

「子供、ええなあ。うちも早う子供欲しいえ」

「これからは、厳しい時代になりまする。飢えと戦の時代となりましょう」

「うん」

 イリス、新たな右手のこぶし、グッと握った。

「うちらの子には、しぶとく生き抜いてもらわなアカンに」

 

 イリスの右手は、昔よりも、ちょっと赤く、ちょっと力強かった。

 しかしそれは、イメージの通りであった。

 イリスは、本当の自分の手より、ちょっと鬼神っぽい手を、イメージしとったんである。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。