六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

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災いのあと(4) 鬼神、たつ

◆ 20、イリス閣下、りょうちをせいびする ◆

 

「『力』のルーン! よいしょー」

 イリスの、明るい声がしたかと思うと。

 

 ずごごご!

 

 大木が、ぶっこ抜かれた!

 ばらばら、どさどさ! 根っこについた土砂、ばらまきながら。

 でっかい木が、ヒョイヒョイヒョイ・・・と、歩いてゆく。

 ──いや、歩いとるのはイリスであった。大木の根元のほう。太い幹、しっかり抱き締めるイリスの手が見えた。手だけ。

「倒すえー」声だけ聞こえた。

「おう」

 鬼神、応える。

 大木。ゆーっくりと、倒れてくる。倒れて・・・倒れて・・・静かに、横倒しになった。

 地面に、安置。

「ぶん投げるんかと思うたわ」と鬼神。

「そなことしたら、だめになってしまうに」

 ぱんぱん。

 イリス、手袋の手をはたく。

 『力』のルーンで、大木をぶっこ抜いたのだ。それを、わざわざ静かに置いたのは・・・

「だめになるとは」

「木材として、使いたいねん。うちの中継基地、第一号」

「ははあ」

 鬼神はうなずいた。

「領主さまだものな。イリスは」

「うん」

 

 そこは、イリス領。

 丘の街からもろうた、ただただ深い、森林であった。

 開墾(かいこん)はちょっと厳しいですね・・・となるぐらいの森である。

 しかし、イリス──領主閣下は、やる気であった。

 

「ほな、次、あの木ぃ引っこ抜くえ」

「ちょっと待った」

「なにえ」

「ここは荷車が通る道になるわけだろう?」

「うん」

「ではちょいと整備してやろう」

 鬼神。

 でっかい身体を前屈み、地面に手つけて、

「領主閣下に、父からのプレゼントじゃ!

 『力』のルーン。『圧縮する』! そーれ、地面よ。平らになーれ」

 

 じゅわー・・・。

 

 鬼神の向いとる方向にまっすぐ帯状に盛り上がり、それから、ぺちゃんこになる。

 幅3間、荷車用の林道(りんどう)、誕生である!

 

「よっしゃ」鬼神、満足げ。「うまく行ったわ」

「ほんま、むちゃくちゃなルーンやに」

「おまえも木引っこ抜いたではないか」

「そやけど」

「・・・まあ、技術者が育たんわな。私らが全部やってしまうと」

「うん。でも、ありがとう、おっ父」

「いやいや、なーに」

 父娘、湯気立つ道の脇を歩いて、先に進む。

 そしてまた大木を引っこ抜き、『圧縮する』などして、林道を延長してゆくのであった。

 

 大いなる災いから、だいぶ日が過ぎた。

 世はすっかり、春。日差し、あたたか。

 深い森にも、もうほとんど雪は残っておらぬ。

 あの災いの日に、父たる鬼神から『力』のルーンを許されたイリス。もう、だいぶ使いこなしておる。

 奥義までは、まだ身に着いておらんかったけれども。

 

「もうだいぶ進んだかな?」

 一刻ほどして。

 鬼神、振り向いてみた。

 森の木々の向こうに、洞窟マンションのある山が見えた。

「・・・全然進んどらんわ!」

「ええのえ。木ぃ引っこ抜くだけでも、ごっつい楽になるに。あとは技術者にお金払ってやってもらう」

 

「了解じゃ。領主閣下」

「えへへー」

 イリスにやける。にやけながら大木ぶっこ抜く。

 ぶーん。はちが飛んで来た。

「はちのす!」

 鬼神、警告。

 抜いた大木に、はちの巣があったんである。イリスの不注意であった。

「うわー」

 イリス、右手1本で木抱え、左手ではちを払いながら、逃げてゆく。

 

 はち、鬼神にも向かってきた。

「む・・・!」

 鬼神は目を閉じた。

 ぷす、ぷす、ぷす。刺される。

 鬼神、反撃はせず、がまんをした。

「この小さな虫どもも、家族を守っとるわけだ・・・」

 考える。

「その気持ち、いまの私には、もう、嫌というほどわかる。

 だからして・・・」

 ぷす、ぷす。刺される。痛い。

「がまんしてやろう──などと思うたのだが!

 刺しすぎじゃ! 痛いわ!」

 怒った鬼神。

 手を草むらに突っ込んで、『力』のルーン、『圧縮する』のわざ発動!

 雑草ごと、地面圧縮! たちまち火のつく雑草! 煙! はち逃げた!

 鬼神。「きゃー」と帰って来たイリスにも、煙を分けてやりながら。

「やれやれ。

 領地整備も、楽じゃないわい」

 

◆ 21、ルーン司令官の、わざ ◆

 

 区切りのええとこで、林道建設やめた父娘。

 洞窟マンションへもどって、休む。

 ルーン司令官と落ち合う約束になっとったからである。

 約束どおりに、美しい司令官はやってきた。

 イリスに割り当てられとる部屋に「おっす」と入ってくる。

「おっす、司令官」

「今日はこっち泊まるわ。領地、どないやった?」

 

「雪はもうだいぶ消えておったえ」

「もう工事入れそう?」

「うん。

 うちの領地、私が木ぃ引っこ抜いて、おっ父が地面ぺたーんして、林道造ってきた」

「ふわー」ルーン司令官、口あんぐり開ける。「2人で林道建設て」

「はちが出て、えらい目に遭うたえ。そっちはどない?」

「こっちは特に。

 ハル姉、もうすぐ上陸できるって。

 マンションの移住はうまく行っとるみたいやし・・・。

 あ、あれがあった」

「なに?」

「ほら、先日の、ハル姉の件」

「あー」

 

「お父ちゃんとも話したいし、下行こか」

 下へ。

 洞窟マンション、1階ホールへ。

 1階には、共同のかまどがある。料理スペースである。かまどには火が入り、女どもが料理しておった。

「あ、司令官」「食べる?」「イリスさま、味見します?」などと、声がかかる。

「おいしそう。楽しみにしてますわ」とルーン。

「つまみ食いしたら司令官に怒られるに」とイリス。

「怒らへんっちゅうねん」

「ルーンちゃん、きのこ、差し入れ、ありがとう」

「いえいえ」

 そこを過ぎると、入り口付近の防衛スペース。

 乱杭の柵を並べたりして、マンションを防衛するための空間である。いまはただの空き地である。

 そこに、鬼神。

 ごろーんと、寝っ転がっておった。

 でっかすぎてイリスの部屋には入れんし、立って歩くとみんなびびるので、しょうがないんである。

「ちちうえー、話あるに」

「おう」

 六腕三眼、寝っ転がり神。起き上がって、2人についてゆく。

 

 ダークエルフの美人司令官。赤い肌した背の高い鬼娘。そして鬼神。

 すたすた歩いて、マンションの外へ。

 夜の岩山、さんぽした。

 さすがに冷える。岩山だし。

 しかし、3人は大丈夫。司令官はフードつきマント着ておるし、後の2人は寒さに強いので。

 

「この前の話なんですけどね」

 美しい司令官は振り向いて、腰に手当てた。絹ぐものマントが優しく輝く。

「おう。ルシーナは・・・蘇った(よみがえった)のか?」と、鬼神。

「・・・いえ。残念ながら」

「あのあと消えたらしいえ」と、イリス。

「そうか・・・。

 ・・・しょうがないか。

 死者がそんな簡単に蘇れるんなら、世の中めっちゃくちゃになるしのう」

「『力』のルーンかてめっちゃくちゃやえ」

「ふっふっふ。まあ、そうだな」

「どうやら、うち、例のおっさんに、何かもろたらしいですわ」

「おっさんて誰?」とイリス。

「あ、イリスには言うてへんかったかな?

 出撃の日の朝にね。ルシーナとカバリオの。

 あの朝に、変なおっさんが来てん」

 

 このお話で言いますと、『大いなる災い(1) 巨人の王、しす』のところですね。

 

「──あのおっさんが『さあどうぞ』言うてきたんが、降霊のわざやと思うねん」

「こうれいのわざ」

「なにえ、それ」

「あの世にいらっしゃる御霊(みたま)を、この世に降ろすわざのこと」

 ルーン司令官、お月さまみたいな色した目で父娘を見る。

「じつは、ハナ司祭さまに相談したんよ。

 『降霊のわざとちがいますか?』てことやった」

「へー」

 イリス、ポケットからアルフェの実取り出し、ナイフで切り分け始めた。

「なんじゃ。腹減っとるのか?」

「ちゃう。ポタージュ用」

 ばさばさばさー。

 つばさの音がして、3人の真ん中にポタージュが下りてきた。

「おう。お嬢さん」

「みっつぁんねーん♪」

「縮まっとるがなw」鬼神笑う。

「はい、アルフェの実」

「アーーールフェ~♪」

「ポタ、この前んとき、あんたルシ姉見た?」

「んぐんぐ!」

 ポタージュ、食べながら、うなずく。

 ハルモニアーの危機に、彼女も現場に飛んでくれたのだ。

 タイミングが遅かったため、戦闘には参加せなんだが、海に落っこちた味方を『空間』のルーンで拾ってくれたという。

「いるけど、うっすらしてた」

「どういう意味かに?」

「そこにいるけど、」ポタージュ、つばさで人の形をえがく。「『空間』のルーンで見たら、うっすら」

「水鏡(みかがみ)ってこと?」

「ちゃう、ちゃう」

 ポタージュ、首を振る。

「水鏡、『空間』のルーンで見たら、いない。本人は、いる。

 この前は、ルシーナの水鏡、いない。本人は、うっすら」

「どういうことじゃ」鬼神わからん。

「『空間』のルーンで見たら、水鏡の幻は『中身がない』ってわかるん?」

「そー」

「それで、ふつうやったら本人の居る場所に『いる』ってなるけど。

 この前のルシ姉は、本人の居る場所が『うっすら』やったんかに?」

「そ-」

「ポタージュお嬢さんも、水鏡を見抜けるのか」鬼神が感心した。

「わかるよー」

「ふわー」と司令官。「ルシーナがあんた警戒したん、わかったわ」

「?」

「ポタ、お代わりいる?」

「いーりますーう♪」

 

「要するに・・・

 『空間』のルーンで見たら、ふつうの人間とはちがった、っちゅうことやね」

「そー、そー、そーいうこと~~~♪」

 ポタージュ。ハミングしながら、ばさばさばさ。飛び上がる。

「またねー、ポタージュ」

「まーたね~ イーリス、ルーン、みっつぁー♪」

「どんどん縮んでおるw」

「あらら。行ってもた」

「雲の子やからに」

「まあええわ。話もどすけど、」

 と美人司令官。

「いまの話は、ハル姉の話とも一致するわ。

 ハル姉、あのあと、こんな会話したらしいねん──」

 

『ルシ姉! 蘇ったんかに?』

『危ないところやったに、ハル。

 ・・・いや、私は蘇ったのではない。

 いまハルが見ておる私は、ここにあるのではない。ここにあるかのごとく振る舞うもの。

 それをなさしめたは、マナ。また降霊のわざなり』

『降霊のわざ・・・誰が?』

『我が巫女、ルーンと名乗る娘』

『司令官、ここに居らんに』

『そなたの祈りによる。

 ハル。そなた、死の歌をうたいながら、私のこと、考えたに?』

『うん。私もそっち行きますえ、て・・・』

『その祈りが、私に『ここ』を教えた。

 まこと、あぶないところやったえ』

 

「なんのこっちゃ」と鬼神。「あるかのごとくふるまうものだと。エスロ博士みたいな言い方じゃ」

「ルシ姉、ハイになっとったんちゃうかに」とイリス。「調子乗ったら話難しゅうなんねん。姉者」

「ほんで誤解されんねんな」司令官があいづち。

「そうそう!」

「そうか」鬼神なごむ。

 

「まあ、そういうわけで、」

 ルーン司令官。話をまとめる。

「うちが思うに。

 あの出来事は、こういうことやないかと思うてます。

 1、変なおっさんが、うちに降霊のわざをくれた。

 2、うちが降霊のわざで、ルシーナを呼んだ。

 3、ホンマやったらマナが足らんねんけど、鬼神さまのマナのおかげで、成功した。

 4、ハル姉が無意識に祈ったので、ルシーナはその場所目指して、降霊した」

「ははあ・・・」

「父上、マナあるん?」

「知らん」

「神さまにはめっちゃマナあるらしいですよ。これもハナ司祭さまのお言葉」

「呪文唱えれるんちゃうん」

「唱えれるんかのう?」

「イリスもマナあるかもわからんで」

「へー!」

 父娘、感心する。

「ほんで・・・、」とイリス。「いつでも呼べるん? いま呼べる?」

「うーん」

 美人司令官、悩む。

 

「気持ちはわかるけど・・・。

 まず、お祈りしてみたらどうかな?」

「お祈り・・・ルシ姉に?」

「うん」

「・・・。」イリス、眉しかめる。

「なにその顔」

「ピンと来えへん」

 

「私も祈ってみるかのう。

 ちょうど、お月さんも出ておることだ」

 鬼神。

 夜空に輝く、欠け始めた月を見て。

 冷たい岩山に、あぐらをかく。

 瞑目する(めいもくする)。

「・・・お月よ。ルシーナよ。

 元気にしておるか?

 私は、そなたらが居らんので、さびしい思いをしておる。

 よければ、ちょっと、顔を見せてくれんか・・・」

 

「なにえ」顔見せてくれた。

「ルシーナ!」

 鬼神飛びつく。

 ぱっ! ルシーナ、粉々になって、消える。

「なんでじゃ!」

「そう来ると思いまして」

 水鏡の術であった。ルシーナ、ニヤニヤしておる。

「おまえ、そういうとこ、本当に母上に似とるのう・・・。

 というか、祈っとるときでも使えるのか」

「さて?

 私が使えるのか。

 あるいは父上が『ルシーナなら使うだろう』と思うておられるか」

「なんのこっちゃ」

 などと、しゃべっておると。

「姉者・・・」

 赤い肌したイリスが、お祈りの世界に入ってきた。

「なんと。初めてじゃ。2人同時にとは」鬼神びっくりである。

「姉者」抱き着くイリス。ルシーナ受け止める。「よしよし」

 2人の背後に、ルーン司令官も現われた。

「ルーン」

 手を伸ばされて、彼女も抱き着く。声を立てずに泣き出した。

 鬼神ちょっと横を向く。するとそこに、ハルモニアーが。

「おお、ハルも来たか」

「あなや。父上。姉者」

「ああ。これでお月が来れば、みんな揃うのにから・・・」

「見てはいらっしゃる思いますえ。ほら」

 

 お祈りの空間。空には、満ち足りた月が浮かんでおる。

 

「なんでしゃべってくれんのだろうのう」

「さあ・・・」

 

 どことも知れん、この世ならぬ空間にて。

 鬼神と娘たち、しばし、ともに過ごしたのであった。

 

◆ 22、父娘、巨人の国へゆく ◆

 

「今度は、巨人の国行きますえ」

 林道建設を終えたイリス。次の目的地を鬼神に告げる。

「領主閣下は、大忙しだのう」

「大忙しですえ」

 

 ルーン司令官は、翌日も昼過ぎまで洞窟マンションに滞在するという。

 鬼神たちとは、お別れとなった。

 

「それではな。司令官。また会おう」

「はい。鬼神さま。アルフェロンを守って頂き、ありがとうございました」

 

「なに。ルシーナが守ると決めた国じゃ」

 鬼神はそう答えてから、ふと思い出して、こう訊いた。

「なあ。司令官よ。

 『永遠の生命』というもの、御存知か?」

「えいえんのいのち?」

「うむ。ある人物に、そのことを考えるように言われてな。

 ──昨夜、あんなことがあっただろう?

 死者と語り合うというようなことだ」

「はい」

「あれは『永遠の生命』と言ってもよいのではないか? と、思うたのだが」

「なんで?」と荷物背負ったイリス。

「私たちがお祈りすれば、神や英霊(えいれい)としゃべれるわけだ。

 ということはだ。

 神や英霊は、永遠の生命を持っておることにならんか?

 いつだってお話ができて、歳も取らん、死ぬこともないわけだからして」

「うーん・・・」

 イリス、首をひねる。

「ちゃうんちゃうかに?」

「ちがうか? なんでじゃ」

「うちら永遠やないに」

「うん?」

「うちら、いつかこの世に居らんようになるに。

 誰もお祈りする人が居らんなったら、神さまも話し相手居らんようになるえ」

「むむ」

 

「祈る側も、永遠の生命持っとればええんでしょうけどね」と、ルーン。

「そうはいかんものな・・・。ありがとう。ではな」

 

 ・・・鬼神は、これを最後に、長いことルーン司令官とは会うことがありませんでした。

 2人がふたたび会うたのは、司令官が年老いて、もはや司令官でなくなった後のこと。

 それだから、『三日月の姫』とは、これでお別れであった。若く美しいルーンの姿、この世で見るのは、この日が最後であったのです。

 

 さて。

 父娘、すったらすったら走って、丘の街へ。

 イリスは街に入り、巨人の国の大使館へ。

 

 鬼神は?

「することないし、寝るか」

 野原で寝っ転がった。

 うとうとしておると、夢にハルモニアーが現われ、うれしそうにする。鬼神ちょっとなごむ。

 起きる。イリス、まだ。暇。何の価値もないが罪もない雑草をぷちぷちむしる。

 そうしておると、やっとこさ、イリスが帰って来た。

 空飛ぶかぶとがに、陸号(りくごう)に乗って。

 

「おお、礼鬼(れいぎ)」

 鬼神起き上がる。

 着陸した陸号から、イリスと、鬼神の息子・赤鬼の礼鬼が下りてくる。

「父上。すっかり春ですな」

 

「おう。あったかくて、眠くなるわ。陸も元気にしとったか?」

 ぶわっさ! ぶ・・・わっさっさっさ! 陸号答え、スピンして見せる。

「わっはっは」

「早速ですが父上。イリスがうちに来るということで。父上も、一緒にどうです?」

「私もか」

 

「・・・みな、さびしいのだ。顔を見せてやってください」

「む! わかった。今日は、おまえの忠告に従おう」

「いますぐ出る?」とイリス。

「行くとなったからには」

「ほな、お土産買うて来なアカン!」

「いやいや」礼鬼が笑うた。「神さまと、領主閣下ですぞ。歓迎の段取りもあるし・・・」

「うむ?」

 鬼神、一瞬考える。

 歓迎? 式典でもやるんか? お山が崩れて大変なのに?

「いらん!」

「いりませぬ」イリスも手振った。

「似たもの親子! ・・・わかりました。戻って、妙雅に『いますぐ行く』と伝えましょう」

 

 実際には、『すぐ』というほどではなかった。

 イリスがあれやこれやと買い物をしたのでね。

 鬼神は待ちくたびれ、また昼寝をしてしもうた。

 ふたたび飛んで来た陸号。荷物、てんこ盛り。

「おい。陸。大丈夫なのか?」

 ぶわっ・・・さ・・・!

「しんどそうだぞ」

 と、鬼神が心配すると。

 ぶわっさっさ! 陸号、フットワークするがごとく、左右にジャンプして見せた。動き、軽やか。なんのことはない。重そうなフリしただけであった。

「なんじゃ。だまされたわ!」

「うちもだまされたえ」

 いたずら者の空飛ぶ台に乗って、父娘、巨人の国へ移動したのであった。

 

◆ 23、なへんらへん ◆

 

「おお、父上。よく来たな。イリス」

 国王陛下、元鬼(げんき)。

 コボルドの巣穴から這い出してきた。

「おい」鬼神びっくりする。「そんな狭いとこで暮らしておるのか」

「うむ。冬はとても温かくてな。助かったわ」

「なんと・・・」

 次に這い出して来たのは、近衛隊長、武鬼(ぶっきー)であった。

「お山がぶっ潰れたのだ。仕方がないわ!」

「おまえ、もうええのか」

「おう」

 神竜戦で衝撃波喰らって死にかけた武鬼だが、もうピンピンしておる。さすがは鬼神の息子である。

「『行く』と言うたその日に来るとはな! 父上らしいわ」

「かしこまってもしょうがない。

 さ! せっかく来たのだ。なんか手伝わせてくれ」

「まあまあ、父上」

 四男の書鬼が這い出してきた。

「コボルドどもが食事の用意をしてくれておるので、食べながら、話をしませんか」

 

 コボルドの料理っちゅうのは、本来、とても独特である。野ネズミの肉とかも食べたりする。

 しかし巨人の国のコボルドは、巨人風であった。

 鬼神のなじんだ味である。イリスも喜んで食べた。

 イリスが持ち込んだお土産は、鬼の兄弟だけでなく、コボルドの分もあった。コボルドども、大喜びである。

 

「わんわん。鬼神さま! 預かり物でござる」

 赤いスカーフしたコボルドがやって来て、剣を差し出した。

「む、これは・・・?」

 新品の鞘に、年季の入った柄。

 鬼神、この柄を見た覚えがある。

「失礼」

 ちょっと抜いてみる。オレンジに輝く剣が現われた。

「おお、やはり! 優雅ではないか!」

「ルシーナ参謀閣下からお預かりしたもの。先日はドタバタしており、お返しするのが遅れ申した」

「あ、」とイリス。「そう言えば、うちが預かった骸骨(がいこつ)。ロケットも。湖の神殿に預けっぱなしや」

「わかった。近く、訪問してみよう」

「なんじゃ。父上」

 と言うたのは、三男にして機関士長、機鬼である。

 彼はコボルドの家ではなく、妙雅艦内で生活しとるらしい。食事のときだけ下りてくるそうである。

「またどっか出て行くんか?」

「うむ」

「落ち着きのない男じゃのう・・・」

「移動すると言えばだが、」

 国王の元鬼が口を開いた。

「工房のお山、建て直しは、あきらめようと思っておる」

「なんと・・・」

「もともと、暮らしやすくはなかったのだ」と、武鬼。「巨人サイズだからな。俺らには、大きすぎた」

<掃除もロクにできませんからね。あのサイズでは>と、鬼神の後頭部にしがみついた建築ユニット。

「おい妙雅」

<はいなんです?>

「降りろ」

<私の復讐は、まだ始まったばかりだ>

「なんじゃまったく! ・・・で、おまえは直ったのか?」

<はい。直りました。いま改装中>

「どんな改装じゃ? 見せてくれ」

「まだだめじゃ」と機鬼。「まだ秘密じゃ。みんなをびっくりさせるんじゃ」

「なんじゃ。いちいち秘密て。義父上か。まあ、直ったんならええが」

「引っ越しするんなら、手伝うえ」イリスが申し出た。

「イリスは『力』のルーンを許されとるんだったな」元鬼がほほえむ。「ありがたい。ぜひ頼む」

<寝るときは私のところへどうぞ、イリスさま>

「はーい。やった、妙雅乗れるえ」

<そう言えば、イリスさまは初めてでしたね>

「うん」

「それで、どこへ引っ越すのだ?」

「奈辺羅辺」と元鬼。

「なへんらへん? どこじゃ」

「明日、案内しよう」

 

 翌日。

 生き残りの空飛ぶ台に乗って、『奈辺羅辺』まで、ひとっ飛び。

 それは。

 巨大な裂け目であった。

「おいちょっと待て」鬼神、手を挙げる。「おい元鬼。私は、ここを知っておるぞ」

「だろうな」

 大地が真っ二つに裂けてできた、深い深い、縦穴。

 不自然なまでにまっすぐ地中へと続いてゆく、このとんでもなくでっかい割れ目は・・・

 

「義父上が、私を殴ったときのやつではないか!」

「いかにも」

 

 なんと!

 あの、若き日。

 独身で、名もなく、腕も2本しかなかったころ。

 初めて巨人の王と出会い、けんかした──というか一方的に殴った──あの若き日!

 巨人の王のこぶしで、ハンマーのごとく脳天をぶっ叩かれ、地面にめり込んだ。めっちゃめり込んだ。

 あの若き日の、裂け目であった!

 

「これはまた、なつかしくも恥ずかしいところだ!」

 鬼神、ちょっと興奮した。

 覗き込む。裂け目の底はキラキラと輝いておった。

「おお! 水が貯まっておる。

 初めはな、水なんぞ一滴もなかったのだ。

 私は、あの底にぶっ倒れてな!」

「ここでけんかしたんや」

 イリスも覗き込む。乗り出しすぎ。危なっかしい。鬼神がベルト掴む。

 

「それで、奈辺羅辺ってどういう意味なんかに?」

「巨人言葉で『どこらへん?』『あそこらへん』というような意味だ。

 言葉遊びだな。若いころ、巨人言葉が好きでな」

「兄者はそうだったのう」武鬼がうなずく。「何訊いても一言だ。へんじが」

「然様(さよう)。昔の事。現在は現在也。──と、こんな具合だ」

「へー!」

「息子よ。おまえたち全員、ここに住むのか? 落っこちそうだが」

「抜かりはない。すでに、オクトラで調査はしてもらった」

<はい。横穴を掘れば快適に暮らせるはずです。

 外敵を防ぐにもいい。空飛ぶ台が一方的に有利になります>

「外敵か」

「アルフェロンは、大いなる災いをまぬがれた」と元鬼。「だが、他の地域はそうではない──飢饉(ききん)の時代が来る」

「なるほど。お山では、もう、襲撃が防げんか・・・」

 

◆ 24、イリスと無限のつぼ ◆

 

 鬼神とイリスは、引っ越しを手伝った。

 お山から掘り出せるものを掘り出し、それを『奈辺羅辺』へ運ぶという作業である。

 鬼神が掘り出し、かぶとがに兄弟に積み込む。かぶとがに兄弟は妙雅へ飛ぶ。イリスが妙雅へ積み込む──という具合である。

 まあ、ごっつい量の荷物を、黙々と運び出したのだ。

 なんせ巨人の王が、次から次に新しいものを造り出す御方である。しかも、千年以上、現役だったのだからして。

 まあとんでもない荷物の量、値打ち、そして、珍しさよ。

 それだから、こんなことも起こったのだ。

 

「なんじゃ、このツボは」

 でっかいつぼを掘り出した鬼神。

 首ひねる。

「空っぽのようだが?」

 手突っ込み、中に入った土を掻き出してみる。

 やはり空っぽである。

「なんか入っとらんかのう?」

 すると。

<あっ!!!>建築ユニットが飛び上がった。<だめじゃ! そのつぼに手を入れては!!!>

「え? なんでじゃ」

<国王陛下ぁーーー!!! おじちゃんが、『無限のつぼ』に、手を!>

「な、なんじゃ」

 血相変えた元鬼がすっ飛んできて、鬼神がつぼに手を突っ込んどるのを見ると、「父上、離れよ!」と叫んだ。

 

 そうして、つぼに飛びつき、「イリス!」と叫び、引っ張り出す。

 すると、なんとしたことか!

 

 つぼの中から、イリスが引きずり出されたではないか!

 

「あれ?」イリス、きょとんとしておる。

「なんじゃ。おまえ。妙雅に乗っとったんじゃないのか」

「乗っておったえ」

<おおお・・・!>妙雅の建築ユニットが悲鳴を上げて、イリスにしがみついた。<おお、イリスさま・・・>

「な、なんじゃ」

「このつぼはですな、父上。『無限のつぼ』という秘宝(ひほう)なのだ」

 元鬼が脂汗(あぶらあせ)を拭いながら説明した。

 冷静沈着なる彼が、なんと、声震わせておる。

 

「ひとのために手を入れたときには、ひとつ良いものを取り出すことができる。

 だが、そうでなく手を入れた場合には、大切なものをひとつ、失うことになるのだ」

「なに?」

「父上は、いま、イリスを失ったのだ」

「・・・。」

 鬼神。

 イリスと顔を見合わせる。

<陛下は、あなたのために手を突っ込んだのです。それだから、イリスさまを取り戻すことができた>

「なんと・・・」

 鬼神。

 元鬼に負けぬ勢いで、ダラダラと脂汗をかいた。

「なんという、恐ろしいつぼじゃ!

 義父上め!

 あぶないなら『あぶない』と書いて、貼っておけ! まったくもう!」

 

「はー、びっくりした」イリスはけろっとしておった。

 

 どたばたしつつも、引っ越しは終わった。

<それじゃ、おじちゃん。妙雅・改、ご招待いたしましょう>

「おお!」

 まだ『無限のつぼ』のショックを引きずっておった鬼神。

 ちょっと元気になった。

「どこじゃ? どこに居るのじゃ」

<上空でーす!>

 

◆ 25、空飛ぶ街 ◆

 

 『極秘』とか言うて、見せてくれんかった妙雅の新しい姿。

 ついに、お披露目(おひろめ)の日がやって来た。

 

 地上で待つ鬼神。

 工房のお山跡地が、背後にある。

 青空から、黒い塔の連なりが降りてくる。

 

 中央に巨大な塔。

 周囲に補助塔。正八角形。ただし、1基だけ塔ではないものが混ざっておる。

 それは、かぶとがに。

 大きなかぶとがにを2匹、お腹同士くっつけて、横倒しにしたみたいな形のものが、塔の代わりに1つだけ挟まっておる。

 形状は、ほぼ、かぶとがに兄弟。おでこに大砲がついとる。ただし、一回りでっかいけれども。

 

「おお・・・」鬼神は言葉をなくした。「その色は」

 

 かぶとがに。一方は、淡い金色をしておる。

 そしてもう一方は。

 ガンメタリック。

 渋い砲金色が陽光に輝き、鬼神の目を眩しく潤ませた。

 

<主砲ユニットです>と、妙雅。<失った塔の代わりに、私を守ってくれる、完全な攻撃型のユニットを生み出しました>

<わしのアイディアじゃ>と、別な妙雅。

「だれじゃ」

<わしじゃ。捌ノ塔の妙雅じゃ。分霊の8番目じゃ>

「ああ。なんか呪いのせいで分裂したまんまとかいう」

<ほじゃ。もう戻らんぞ>

 

 さらに高度が下がると、妙雅の甲板が見えて来た。

 おお、なんと。妙雅の甲板。

 花が咲き乱れておる!

 7基の補助塔の甲板が、春の花に包まれておるではないか。

 そしてまた、なんと。その花畑の中に。

 小さな家が建ち並んでおる!

 

<妙雅・改。名付けて『空飛ぶ街』です>

 鬼神の頭にへばりついた、小っちゃい妙雅みたいなやつ(オクトラです!)。得意げ。

「街か・・・」

<おじちゃんが言ったじゃないですか。

 私が初めて飛んだ日に。『空飛ぶ街』とね>

「そうだったのう。これはまた。女らしくなったな。妙雅」

<そうでしょうそうでしょう!

 さ、さ、どうぞ。今夜は、空飛ぶ街でお休みください>

「おう」

 鬼神は、咲き乱れる花の中の通路を歩いた。

<壱ノ塔に、おじちゃん用の大きめの家がありますのでね。そちらへどうぞ>

「ほほう」

<・・・今夜は、空に上がりましょう。お月さまもよく見えそうですし>

 鬼神は黙ってオクトラを撫でた。

 

◆ 26、鬼神、たつ ◆

 

「いやあ、機鬼よ。妙雅、乗り心地良くなったのう」

「そうじゃろ」

 三男にして機関士長。ぐでーんとソファに伸びたまま、応える。

「なんじゃ。ぐでーんとしてからに」

「改装が大変だったんじゃ」

「綺麗な花畑だもののう」

「いや、あれは、鉢や花壇をそのままポンと積んだだけじゃからな。

 まあ妙雅がうるさかったんで、何度も置き直したが。

 骨組みをいじるのが、まあ大変でな・・・」

「そうか、そうか」

 鬼神は窓の外を見た。

 窓の外は、夜空。

 

 綺麗なお月さんが、静かに夜空に浮かんでおる。

 また、『主砲ユニット』の姿も窓から見えた。ちょうど壱ノ塔の隣に、ガンメタリックのボディが来とるんである。

「・・・おまえたちの苦労のおかげで、じつにいい思いをさせてもろうたわ。静かだし、速いし」

「そうじゃろ? 補助塔の連結とかにも、だいぶ手ぇ入れたからのう」

「これならぐっすり眠れそうじゃ」

「そうじゃな。ふわー、眠い」

「寝るか」

 鬼神、でっかいベットにごろんと転がる。

 機鬼、「ほじゃ、わしゃ自分のベットにもどるわい」と、立ち上がる。

「・・・それで父上、やっぱり、出て行くんか?」

「うむ」鬼神は目を閉じながら答えた。「探索の旅にな」

 

 春の日々は過ぎ去り、日差しがだんだん厳しくなってきた。

「いったん領地に戻るえ」とイリスが言い出した、その日。

 

 鬼神は、子供たちに別れを告げた。

 

「息子ども。そしてイリスよ。

 私は、今日、発つ(たつ)ことにする」

「え? おっ父、どこ行くん?」

「『死』というものを、倒しにゆく」

「え・・・?」

「私は、わからんのだ。

 『死』とは、なんだ?

 なぜ、私が愛する者を、奪ってゆくのだ?

 なぜ、こんなむちゃくちゃなものが、この世に存在しておる?

 私には、わからぬ・・・」

 鬼神。

 力なく、こぶしをにぎった。

「私は。

 強い者が居れば誰であろうと戦い、勝って、相手のものを奪い取ってきた。

 ──だが、死に勝つことはできなんだ。

 弱い者が居れば誰であろうと声を掛け、欲しがるものをくれてやった。

 ──だが、生命をくれてやることはできなんだ」

 

「ちょっと、おっ父。おかしなったん?」

 イリスは心配し、はげました。

「元気出して。うちらが居るに。これから、孫も産まれてくるに」

「うむ。それは楽しみじゃ。ときどき、顔を出すようにする。

 だがイリスよ。止めてくれるな。私はゆくぞ。

 おかしくなったんでもない。私は正気じゃ」

 

「しかし、馬鹿な話じゃぞ」

 機鬼が指摘した。

「死に勝つなんっちゅうのは、たわけた話じゃ。

 『力』のルーンがあったって、殴って倒せる相手じゃないんじゃぞ」

「うむ。それはわかっておる。

 だが、どんな奴であろうとだ。

 私の娘、私の妻を奪われて、そのままにはできん。

 必ず、取り戻す。

 たとえ相手が『死』であってもだ」

「どうやって戦うのだ?」

 武鬼が訊いた。

「そもそも、どうすれば勝ったことになるのだ?

 戦いにすらならんのではないか?

 死なんぞ、捉えどころもないのだぞ」

「わからぬ。

 だからこそ、私はゆくのだ。

 『死』というものをとらえ、打ち倒すためにな」

「果てのない旅になりそうだが・・・」

 元鬼が言うた。

「それでも、ゆくのだな」

「そうだ。

 私はゆくのだ。死の探索にな」

 

 こうして、鬼神は発った。

 『死の探索』は、このとき、はじまったのである。

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