◆ 20、イリス閣下、りょうちをせいびする ◆
「『力』のルーン! よいしょー」
イリスの、明るい声がしたかと思うと。
ずごごご!
大木が、ぶっこ抜かれた!
ばらばら、どさどさ! 根っこについた土砂、ばらまきながら。
でっかい木が、ヒョイヒョイヒョイ・・・と、歩いてゆく。
──いや、歩いとるのはイリスであった。大木の根元のほう。太い幹、しっかり抱き締めるイリスの手が見えた。手だけ。
「倒すえー」声だけ聞こえた。
「おう」
鬼神、応える。
大木。ゆーっくりと、倒れてくる。倒れて・・・倒れて・・・静かに、横倒しになった。
地面に、安置。
「ぶん投げるんかと思うたわ」と鬼神。
「そなことしたら、だめになってしまうに」
ぱんぱん。
イリス、手袋の手をはたく。
『力』のルーンで、大木をぶっこ抜いたのだ。それを、わざわざ静かに置いたのは・・・
「だめになるとは」
「木材として、使いたいねん。うちの中継基地、第一号」
「ははあ」
鬼神はうなずいた。
「領主さまだものな。イリスは」
「うん」
そこは、イリス領。
丘の街からもろうた、ただただ深い、森林であった。
開墾(かいこん)はちょっと厳しいですね・・・となるぐらいの森である。
しかし、イリス──領主閣下は、やる気であった。
「ほな、次、あの木ぃ引っこ抜くえ」
「ちょっと待った」
「なにえ」
「ここは荷車が通る道になるわけだろう?」
「うん」
「ではちょいと整備してやろう」
鬼神。
でっかい身体を前屈み、地面に手つけて、
「領主閣下に、父からのプレゼントじゃ!
『力』のルーン。『圧縮する』! そーれ、地面よ。平らになーれ」
じゅわー・・・。
鬼神の向いとる方向にまっすぐ帯状に盛り上がり、それから、ぺちゃんこになる。
幅3間、荷車用の林道(りんどう)、誕生である!
「よっしゃ」鬼神、満足げ。「うまく行ったわ」
「ほんま、むちゃくちゃなルーンやに」
「おまえも木引っこ抜いたではないか」
「そやけど」
「・・・まあ、技術者が育たんわな。私らが全部やってしまうと」
「うん。でも、ありがとう、おっ父」
「いやいや、なーに」
父娘、湯気立つ道の脇を歩いて、先に進む。
そしてまた大木を引っこ抜き、『圧縮する』などして、林道を延長してゆくのであった。
大いなる災いから、だいぶ日が過ぎた。
世はすっかり、春。日差し、あたたか。
深い森にも、もうほとんど雪は残っておらぬ。
あの災いの日に、父たる鬼神から『力』のルーンを許されたイリス。もう、だいぶ使いこなしておる。
奥義までは、まだ身に着いておらんかったけれども。
「もうだいぶ進んだかな?」
一刻ほどして。
鬼神、振り向いてみた。
森の木々の向こうに、洞窟マンションのある山が見えた。
「・・・全然進んどらんわ!」
「ええのえ。木ぃ引っこ抜くだけでも、ごっつい楽になるに。あとは技術者にお金払ってやってもらう」
「了解じゃ。領主閣下」
「えへへー」
イリスにやける。にやけながら大木ぶっこ抜く。
ぶーん。はちが飛んで来た。
「はちのす!」
鬼神、警告。
抜いた大木に、はちの巣があったんである。イリスの不注意であった。
「うわー」
イリス、右手1本で木抱え、左手ではちを払いながら、逃げてゆく。
はち、鬼神にも向かってきた。
「む・・・!」
鬼神は目を閉じた。
ぷす、ぷす、ぷす。刺される。
鬼神、反撃はせず、がまんをした。
「この小さな虫どもも、家族を守っとるわけだ・・・」
考える。
「その気持ち、いまの私には、もう、嫌というほどわかる。
だからして・・・」
ぷす、ぷす。刺される。痛い。
「がまんしてやろう──などと思うたのだが!
刺しすぎじゃ! 痛いわ!」
怒った鬼神。
手を草むらに突っ込んで、『力』のルーン、『圧縮する』のわざ発動!
雑草ごと、地面圧縮! たちまち火のつく雑草! 煙! はち逃げた!
鬼神。「きゃー」と帰って来たイリスにも、煙を分けてやりながら。
「やれやれ。
領地整備も、楽じゃないわい」
◆ 21、ルーン司令官の、わざ ◆
区切りのええとこで、林道建設やめた父娘。
洞窟マンションへもどって、休む。
ルーン司令官と落ち合う約束になっとったからである。
約束どおりに、美しい司令官はやってきた。
イリスに割り当てられとる部屋に「おっす」と入ってくる。
「おっす、司令官」
「今日はこっち泊まるわ。領地、どないやった?」
「雪はもうだいぶ消えておったえ」
「もう工事入れそう?」
「うん。
うちの領地、私が木ぃ引っこ抜いて、おっ父が地面ぺたーんして、林道造ってきた」
「ふわー」ルーン司令官、口あんぐり開ける。「2人で林道建設て」
「はちが出て、えらい目に遭うたえ。そっちはどない?」
「こっちは特に。
ハル姉、もうすぐ上陸できるって。
マンションの移住はうまく行っとるみたいやし・・・。
あ、あれがあった」
「なに?」
「ほら、先日の、ハル姉の件」
「あー」
「お父ちゃんとも話したいし、下行こか」
下へ。
洞窟マンション、1階ホールへ。
1階には、共同のかまどがある。料理スペースである。かまどには火が入り、女どもが料理しておった。
「あ、司令官」「食べる?」「イリスさま、味見します?」などと、声がかかる。
「おいしそう。楽しみにしてますわ」とルーン。
「つまみ食いしたら司令官に怒られるに」とイリス。
「怒らへんっちゅうねん」
「ルーンちゃん、きのこ、差し入れ、ありがとう」
「いえいえ」
そこを過ぎると、入り口付近の防衛スペース。
乱杭の柵を並べたりして、マンションを防衛するための空間である。いまはただの空き地である。
そこに、鬼神。
ごろーんと、寝っ転がっておった。
でっかすぎてイリスの部屋には入れんし、立って歩くとみんなびびるので、しょうがないんである。
「ちちうえー、話あるに」
「おう」
六腕三眼、寝っ転がり神。起き上がって、2人についてゆく。
ダークエルフの美人司令官。赤い肌した背の高い鬼娘。そして鬼神。
すたすた歩いて、マンションの外へ。
夜の岩山、さんぽした。
さすがに冷える。岩山だし。
しかし、3人は大丈夫。司令官はフードつきマント着ておるし、後の2人は寒さに強いので。
「この前の話なんですけどね」
美しい司令官は振り向いて、腰に手当てた。絹ぐものマントが優しく輝く。
「おう。ルシーナは・・・蘇った(よみがえった)のか?」と、鬼神。
「・・・いえ。残念ながら」
「あのあと消えたらしいえ」と、イリス。
「そうか・・・。
・・・しょうがないか。
死者がそんな簡単に蘇れるんなら、世の中めっちゃくちゃになるしのう」
「『力』のルーンかてめっちゃくちゃやえ」
「ふっふっふ。まあ、そうだな」
「どうやら、うち、例のおっさんに、何かもろたらしいですわ」
「おっさんて誰?」とイリス。
「あ、イリスには言うてへんかったかな?
出撃の日の朝にね。ルシーナとカバリオの。
あの朝に、変なおっさんが来てん」
このお話で言いますと、『大いなる災い(1) 巨人の王、しす』のところですね。
「──あのおっさんが『さあどうぞ』言うてきたんが、降霊のわざやと思うねん」
「こうれいのわざ」
「なにえ、それ」
「あの世にいらっしゃる御霊(みたま)を、この世に降ろすわざのこと」
ルーン司令官、お月さまみたいな色した目で父娘を見る。
「じつは、ハナ司祭さまに相談したんよ。
『降霊のわざとちがいますか?』てことやった」
「へー」
イリス、ポケットからアルフェの実取り出し、ナイフで切り分け始めた。
「なんじゃ。腹減っとるのか?」
「ちゃう。ポタージュ用」
ばさばさばさー。
つばさの音がして、3人の真ん中にポタージュが下りてきた。
「おう。お嬢さん」
「みっつぁんねーん♪」
「縮まっとるがなw」鬼神笑う。
「はい、アルフェの実」
「アーーールフェ~♪」
「ポタ、この前んとき、あんたルシ姉見た?」
「んぐんぐ!」
ポタージュ、食べながら、うなずく。
ハルモニアーの危機に、彼女も現場に飛んでくれたのだ。
タイミングが遅かったため、戦闘には参加せなんだが、海に落っこちた味方を『空間』のルーンで拾ってくれたという。
「いるけど、うっすらしてた」
「どういう意味かに?」
「そこにいるけど、」ポタージュ、つばさで人の形をえがく。「『空間』のルーンで見たら、うっすら」
「水鏡(みかがみ)ってこと?」
「ちゃう、ちゃう」
ポタージュ、首を振る。
「水鏡、『空間』のルーンで見たら、いない。本人は、いる。
この前は、ルシーナの水鏡、いない。本人は、うっすら」
「どういうことじゃ」鬼神わからん。
「『空間』のルーンで見たら、水鏡の幻は『中身がない』ってわかるん?」
「そー」
「それで、ふつうやったら本人の居る場所に『いる』ってなるけど。
この前のルシ姉は、本人の居る場所が『うっすら』やったんかに?」
「そ-」
「ポタージュお嬢さんも、水鏡を見抜けるのか」鬼神が感心した。
「わかるよー」
「ふわー」と司令官。「ルシーナがあんた警戒したん、わかったわ」
「?」
「ポタ、お代わりいる?」
「いーりますーう♪」
「要するに・・・
『空間』のルーンで見たら、ふつうの人間とはちがった、っちゅうことやね」
「そー、そー、そーいうこと~~~♪」
ポタージュ。ハミングしながら、ばさばさばさ。飛び上がる。
「またねー、ポタージュ」
「まーたね~ イーリス、ルーン、みっつぁー♪」
「どんどん縮んでおるw」
「あらら。行ってもた」
「雲の子やからに」
「まあええわ。話もどすけど、」
と美人司令官。
「いまの話は、ハル姉の話とも一致するわ。
ハル姉、あのあと、こんな会話したらしいねん──」
『ルシ姉! 蘇ったんかに?』
『危ないところやったに、ハル。
・・・いや、私は蘇ったのではない。
いまハルが見ておる私は、ここにあるのではない。ここにあるかのごとく振る舞うもの。
それをなさしめたは、マナ。また降霊のわざなり』
『降霊のわざ・・・誰が?』
『我が巫女、ルーンと名乗る娘』
『司令官、ここに居らんに』
『そなたの祈りによる。
ハル。そなた、死の歌をうたいながら、私のこと、考えたに?』
『うん。私もそっち行きますえ、て・・・』
『その祈りが、私に『ここ』を教えた。
まこと、あぶないところやったえ』
「なんのこっちゃ」と鬼神。「あるかのごとくふるまうものだと。エスロ博士みたいな言い方じゃ」
「ルシ姉、ハイになっとったんちゃうかに」とイリス。「調子乗ったら話難しゅうなんねん。姉者」
「ほんで誤解されんねんな」司令官があいづち。
「そうそう!」
「そうか」鬼神なごむ。
「まあ、そういうわけで、」
ルーン司令官。話をまとめる。
「うちが思うに。
あの出来事は、こういうことやないかと思うてます。
1、変なおっさんが、うちに降霊のわざをくれた。
2、うちが降霊のわざで、ルシーナを呼んだ。
3、ホンマやったらマナが足らんねんけど、鬼神さまのマナのおかげで、成功した。
4、ハル姉が無意識に祈ったので、ルシーナはその場所目指して、降霊した」
「ははあ・・・」
「父上、マナあるん?」
「知らん」
「神さまにはめっちゃマナあるらしいですよ。これもハナ司祭さまのお言葉」
「呪文唱えれるんちゃうん」
「唱えれるんかのう?」
「イリスもマナあるかもわからんで」
「へー!」
父娘、感心する。
「ほんで・・・、」とイリス。「いつでも呼べるん? いま呼べる?」
「うーん」
美人司令官、悩む。
「気持ちはわかるけど・・・。
まず、お祈りしてみたらどうかな?」
「お祈り・・・ルシ姉に?」
「うん」
「・・・。」イリス、眉しかめる。
「なにその顔」
「ピンと来えへん」
「私も祈ってみるかのう。
ちょうど、お月さんも出ておることだ」
鬼神。
夜空に輝く、欠け始めた月を見て。
冷たい岩山に、あぐらをかく。
瞑目する(めいもくする)。
「・・・お月よ。ルシーナよ。
元気にしておるか?
私は、そなたらが居らんので、さびしい思いをしておる。
よければ、ちょっと、顔を見せてくれんか・・・」
「なにえ」顔見せてくれた。
「ルシーナ!」
鬼神飛びつく。
ぱっ! ルシーナ、粉々になって、消える。
「なんでじゃ!」
「そう来ると思いまして」
水鏡の術であった。ルシーナ、ニヤニヤしておる。
「おまえ、そういうとこ、本当に母上に似とるのう・・・。
というか、祈っとるときでも使えるのか」
「さて?
私が使えるのか。
あるいは父上が『ルシーナなら使うだろう』と思うておられるか」
「なんのこっちゃ」
などと、しゃべっておると。
「姉者・・・」
赤い肌したイリスが、お祈りの世界に入ってきた。
「なんと。初めてじゃ。2人同時にとは」鬼神びっくりである。
「姉者」抱き着くイリス。ルシーナ受け止める。「よしよし」
2人の背後に、ルーン司令官も現われた。
「ルーン」
手を伸ばされて、彼女も抱き着く。声を立てずに泣き出した。
鬼神ちょっと横を向く。するとそこに、ハルモニアーが。
「おお、ハルも来たか」
「あなや。父上。姉者」
「ああ。これでお月が来れば、みんな揃うのにから・・・」
「見てはいらっしゃる思いますえ。ほら」
お祈りの空間。空には、満ち足りた月が浮かんでおる。
「なんでしゃべってくれんのだろうのう」
「さあ・・・」
どことも知れん、この世ならぬ空間にて。
鬼神と娘たち、しばし、ともに過ごしたのであった。
◆ 22、父娘、巨人の国へゆく ◆
「今度は、巨人の国行きますえ」
林道建設を終えたイリス。次の目的地を鬼神に告げる。
「領主閣下は、大忙しだのう」
「大忙しですえ」
ルーン司令官は、翌日も昼過ぎまで洞窟マンションに滞在するという。
鬼神たちとは、お別れとなった。
「それではな。司令官。また会おう」
「はい。鬼神さま。アルフェロンを守って頂き、ありがとうございました」
「なに。ルシーナが守ると決めた国じゃ」
鬼神はそう答えてから、ふと思い出して、こう訊いた。
「なあ。司令官よ。
『永遠の生命』というもの、御存知か?」
「えいえんのいのち?」
「うむ。ある人物に、そのことを考えるように言われてな。
──昨夜、あんなことがあっただろう?
死者と語り合うというようなことだ」
「はい」
「あれは『永遠の生命』と言ってもよいのではないか? と、思うたのだが」
「なんで?」と荷物背負ったイリス。
「私たちがお祈りすれば、神や英霊(えいれい)としゃべれるわけだ。
ということはだ。
神や英霊は、永遠の生命を持っておることにならんか?
いつだってお話ができて、歳も取らん、死ぬこともないわけだからして」
「うーん・・・」
イリス、首をひねる。
「ちゃうんちゃうかに?」
「ちがうか? なんでじゃ」
「うちら永遠やないに」
「うん?」
「うちら、いつかこの世に居らんようになるに。
誰もお祈りする人が居らんなったら、神さまも話し相手居らんようになるえ」
「むむ」
「祈る側も、永遠の生命持っとればええんでしょうけどね」と、ルーン。
「そうはいかんものな・・・。ありがとう。ではな」
・・・鬼神は、これを最後に、長いことルーン司令官とは会うことがありませんでした。
2人がふたたび会うたのは、司令官が年老いて、もはや司令官でなくなった後のこと。
それだから、『三日月の姫』とは、これでお別れであった。若く美しいルーンの姿、この世で見るのは、この日が最後であったのです。
さて。
父娘、すったらすったら走って、丘の街へ。
イリスは街に入り、巨人の国の大使館へ。
鬼神は?
「することないし、寝るか」
野原で寝っ転がった。
うとうとしておると、夢にハルモニアーが現われ、うれしそうにする。鬼神ちょっとなごむ。
起きる。イリス、まだ。暇。何の価値もないが罪もない雑草をぷちぷちむしる。
そうしておると、やっとこさ、イリスが帰って来た。
空飛ぶかぶとがに、陸号(りくごう)に乗って。
「おお、礼鬼(れいぎ)」
鬼神起き上がる。
着陸した陸号から、イリスと、鬼神の息子・赤鬼の礼鬼が下りてくる。
「父上。すっかり春ですな」
「おう。あったかくて、眠くなるわ。陸も元気にしとったか?」
ぶわっさ! ぶ・・・わっさっさっさ! 陸号答え、スピンして見せる。
「わっはっは」
「早速ですが父上。イリスがうちに来るということで。父上も、一緒にどうです?」
「私もか」
「・・・みな、さびしいのだ。顔を見せてやってください」
「む! わかった。今日は、おまえの忠告に従おう」
「いますぐ出る?」とイリス。
「行くとなったからには」
「ほな、お土産買うて来なアカン!」
「いやいや」礼鬼が笑うた。「神さまと、領主閣下ですぞ。歓迎の段取りもあるし・・・」
「うむ?」
鬼神、一瞬考える。
歓迎? 式典でもやるんか? お山が崩れて大変なのに?
「いらん!」
「いりませぬ」イリスも手振った。
「似たもの親子! ・・・わかりました。戻って、妙雅に『いますぐ行く』と伝えましょう」
実際には、『すぐ』というほどではなかった。
イリスがあれやこれやと買い物をしたのでね。
鬼神は待ちくたびれ、また昼寝をしてしもうた。
ふたたび飛んで来た陸号。荷物、てんこ盛り。
「おい。陸。大丈夫なのか?」
ぶわっ・・・さ・・・!
「しんどそうだぞ」
と、鬼神が心配すると。
ぶわっさっさ! 陸号、フットワークするがごとく、左右にジャンプして見せた。動き、軽やか。なんのことはない。重そうなフリしただけであった。
「なんじゃ。だまされたわ!」
「うちもだまされたえ」
いたずら者の空飛ぶ台に乗って、父娘、巨人の国へ移動したのであった。
◆ 23、なへんらへん ◆
「おお、父上。よく来たな。イリス」
国王陛下、元鬼(げんき)。
コボルドの巣穴から這い出してきた。
「おい」鬼神びっくりする。「そんな狭いとこで暮らしておるのか」
「うむ。冬はとても温かくてな。助かったわ」
「なんと・・・」
次に這い出して来たのは、近衛隊長、武鬼(ぶっきー)であった。
「お山がぶっ潰れたのだ。仕方がないわ!」
「おまえ、もうええのか」
「おう」
神竜戦で衝撃波喰らって死にかけた武鬼だが、もうピンピンしておる。さすがは鬼神の息子である。
「『行く』と言うたその日に来るとはな! 父上らしいわ」
「かしこまってもしょうがない。
さ! せっかく来たのだ。なんか手伝わせてくれ」
「まあまあ、父上」
四男の書鬼が這い出してきた。
「コボルドどもが食事の用意をしてくれておるので、食べながら、話をしませんか」
コボルドの料理っちゅうのは、本来、とても独特である。野ネズミの肉とかも食べたりする。
しかし巨人の国のコボルドは、巨人風であった。
鬼神のなじんだ味である。イリスも喜んで食べた。
イリスが持ち込んだお土産は、鬼の兄弟だけでなく、コボルドの分もあった。コボルドども、大喜びである。
「わんわん。鬼神さま! 預かり物でござる」
赤いスカーフしたコボルドがやって来て、剣を差し出した。
「む、これは・・・?」
新品の鞘に、年季の入った柄。
鬼神、この柄を見た覚えがある。
「失礼」
ちょっと抜いてみる。オレンジに輝く剣が現われた。
「おお、やはり! 優雅ではないか!」
「ルシーナ参謀閣下からお預かりしたもの。先日はドタバタしており、お返しするのが遅れ申した」
「あ、」とイリス。「そう言えば、うちが預かった骸骨(がいこつ)。ロケットも。湖の神殿に預けっぱなしや」
「わかった。近く、訪問してみよう」
「なんじゃ。父上」
と言うたのは、三男にして機関士長、機鬼である。
彼はコボルドの家ではなく、妙雅艦内で生活しとるらしい。食事のときだけ下りてくるそうである。
「またどっか出て行くんか?」
「うむ」
「落ち着きのない男じゃのう・・・」
「移動すると言えばだが、」
国王の元鬼が口を開いた。
「工房のお山、建て直しは、あきらめようと思っておる」
「なんと・・・」
「もともと、暮らしやすくはなかったのだ」と、武鬼。「巨人サイズだからな。俺らには、大きすぎた」
<掃除もロクにできませんからね。あのサイズでは>と、鬼神の後頭部にしがみついた建築ユニット。
「おい妙雅」
<はいなんです?>
「降りろ」
<私の復讐は、まだ始まったばかりだ>
「なんじゃまったく! ・・・で、おまえは直ったのか?」
<はい。直りました。いま改装中>
「どんな改装じゃ? 見せてくれ」
「まだだめじゃ」と機鬼。「まだ秘密じゃ。みんなをびっくりさせるんじゃ」
「なんじゃ。いちいち秘密て。義父上か。まあ、直ったんならええが」
「引っ越しするんなら、手伝うえ」イリスが申し出た。
「イリスは『力』のルーンを許されとるんだったな」元鬼がほほえむ。「ありがたい。ぜひ頼む」
<寝るときは私のところへどうぞ、イリスさま>
「はーい。やった、妙雅乗れるえ」
<そう言えば、イリスさまは初めてでしたね>
「うん」
「それで、どこへ引っ越すのだ?」
「奈辺羅辺」と元鬼。
「なへんらへん? どこじゃ」
「明日、案内しよう」
翌日。
生き残りの空飛ぶ台に乗って、『奈辺羅辺』まで、ひとっ飛び。
それは。
巨大な裂け目であった。
「おいちょっと待て」鬼神、手を挙げる。「おい元鬼。私は、ここを知っておるぞ」
「だろうな」
大地が真っ二つに裂けてできた、深い深い、縦穴。
不自然なまでにまっすぐ地中へと続いてゆく、このとんでもなくでっかい割れ目は・・・
「義父上が、私を殴ったときのやつではないか!」
「いかにも」
なんと!
あの、若き日。
独身で、名もなく、腕も2本しかなかったころ。
初めて巨人の王と出会い、けんかした──というか一方的に殴った──あの若き日!
巨人の王のこぶしで、ハンマーのごとく脳天をぶっ叩かれ、地面にめり込んだ。めっちゃめり込んだ。
あの若き日の、裂け目であった!
「これはまた、なつかしくも恥ずかしいところだ!」
鬼神、ちょっと興奮した。
覗き込む。裂け目の底はキラキラと輝いておった。
「おお! 水が貯まっておる。
初めはな、水なんぞ一滴もなかったのだ。
私は、あの底にぶっ倒れてな!」
「ここでけんかしたんや」
イリスも覗き込む。乗り出しすぎ。危なっかしい。鬼神がベルト掴む。
「それで、奈辺羅辺ってどういう意味なんかに?」
「巨人言葉で『どこらへん?』『あそこらへん』というような意味だ。
言葉遊びだな。若いころ、巨人言葉が好きでな」
「兄者はそうだったのう」武鬼がうなずく。「何訊いても一言だ。へんじが」
「然様(さよう)。昔の事。現在は現在也。──と、こんな具合だ」
「へー!」
「息子よ。おまえたち全員、ここに住むのか? 落っこちそうだが」
「抜かりはない。すでに、オクトラで調査はしてもらった」
<はい。横穴を掘れば快適に暮らせるはずです。
外敵を防ぐにもいい。空飛ぶ台が一方的に有利になります>
「外敵か」
「アルフェロンは、大いなる災いをまぬがれた」と元鬼。「だが、他の地域はそうではない──飢饉(ききん)の時代が来る」
「なるほど。お山では、もう、襲撃が防げんか・・・」
◆ 24、イリスと無限のつぼ ◆
鬼神とイリスは、引っ越しを手伝った。
お山から掘り出せるものを掘り出し、それを『奈辺羅辺』へ運ぶという作業である。
鬼神が掘り出し、かぶとがに兄弟に積み込む。かぶとがに兄弟は妙雅へ飛ぶ。イリスが妙雅へ積み込む──という具合である。
まあ、ごっつい量の荷物を、黙々と運び出したのだ。
なんせ巨人の王が、次から次に新しいものを造り出す御方である。しかも、千年以上、現役だったのだからして。
まあとんでもない荷物の量、値打ち、そして、珍しさよ。
それだから、こんなことも起こったのだ。
「なんじゃ、このツボは」
でっかいつぼを掘り出した鬼神。
首ひねる。
「空っぽのようだが?」
手突っ込み、中に入った土を掻き出してみる。
やはり空っぽである。
「なんか入っとらんかのう?」
すると。
<あっ!!!>建築ユニットが飛び上がった。<だめじゃ! そのつぼに手を入れては!!!>
「え? なんでじゃ」
<国王陛下ぁーーー!!! おじちゃんが、『無限のつぼ』に、手を!>
「な、なんじゃ」
血相変えた元鬼がすっ飛んできて、鬼神がつぼに手を突っ込んどるのを見ると、「父上、離れよ!」と叫んだ。
そうして、つぼに飛びつき、「イリス!」と叫び、引っ張り出す。
すると、なんとしたことか!
つぼの中から、イリスが引きずり出されたではないか!
「あれ?」イリス、きょとんとしておる。
「なんじゃ。おまえ。妙雅に乗っとったんじゃないのか」
「乗っておったえ」
<おおお・・・!>妙雅の建築ユニットが悲鳴を上げて、イリスにしがみついた。<おお、イリスさま・・・>
「な、なんじゃ」
「このつぼはですな、父上。『無限のつぼ』という秘宝(ひほう)なのだ」
元鬼が脂汗(あぶらあせ)を拭いながら説明した。
冷静沈着なる彼が、なんと、声震わせておる。
「ひとのために手を入れたときには、ひとつ良いものを取り出すことができる。
だが、そうでなく手を入れた場合には、大切なものをひとつ、失うことになるのだ」
「なに?」
「父上は、いま、イリスを失ったのだ」
「・・・。」
鬼神。
イリスと顔を見合わせる。
<陛下は、あなたのために手を突っ込んだのです。それだから、イリスさまを取り戻すことができた>
「なんと・・・」
鬼神。
元鬼に負けぬ勢いで、ダラダラと脂汗をかいた。
「なんという、恐ろしいつぼじゃ!
義父上め!
あぶないなら『あぶない』と書いて、貼っておけ! まったくもう!」
「はー、びっくりした」イリスはけろっとしておった。
どたばたしつつも、引っ越しは終わった。
<それじゃ、おじちゃん。妙雅・改、ご招待いたしましょう>
「おお!」
まだ『無限のつぼ』のショックを引きずっておった鬼神。
ちょっと元気になった。
「どこじゃ? どこに居るのじゃ」
<上空でーす!>
◆ 25、空飛ぶ街 ◆
『極秘』とか言うて、見せてくれんかった妙雅の新しい姿。
ついに、お披露目(おひろめ)の日がやって来た。
地上で待つ鬼神。
工房のお山跡地が、背後にある。
青空から、黒い塔の連なりが降りてくる。
中央に巨大な塔。
周囲に補助塔。正八角形。ただし、1基だけ塔ではないものが混ざっておる。
それは、かぶとがに。
大きなかぶとがにを2匹、お腹同士くっつけて、横倒しにしたみたいな形のものが、塔の代わりに1つだけ挟まっておる。
形状は、ほぼ、かぶとがに兄弟。おでこに大砲がついとる。ただし、一回りでっかいけれども。
「おお・・・」鬼神は言葉をなくした。「その色は」
かぶとがに。一方は、淡い金色をしておる。
そしてもう一方は。
ガンメタリック。
渋い砲金色が陽光に輝き、鬼神の目を眩しく潤ませた。
<主砲ユニットです>と、妙雅。<失った塔の代わりに、私を守ってくれる、完全な攻撃型のユニットを生み出しました>
<わしのアイディアじゃ>と、別な妙雅。
「だれじゃ」
<わしじゃ。捌ノ塔の妙雅じゃ。分霊の8番目じゃ>
「ああ。なんか呪いのせいで分裂したまんまとかいう」
<ほじゃ。もう戻らんぞ>
さらに高度が下がると、妙雅の甲板が見えて来た。
おお、なんと。妙雅の甲板。
花が咲き乱れておる!
7基の補助塔の甲板が、春の花に包まれておるではないか。
そしてまた、なんと。その花畑の中に。
小さな家が建ち並んでおる!
<妙雅・改。名付けて『空飛ぶ街』です>
鬼神の頭にへばりついた、小っちゃい妙雅みたいなやつ(オクトラです!)。得意げ。
「街か・・・」
<おじちゃんが言ったじゃないですか。
私が初めて飛んだ日に。『空飛ぶ街』とね>
「そうだったのう。これはまた。女らしくなったな。妙雅」
<そうでしょうそうでしょう!
さ、さ、どうぞ。今夜は、空飛ぶ街でお休みください>
「おう」
鬼神は、咲き乱れる花の中の通路を歩いた。
<壱ノ塔に、おじちゃん用の大きめの家がありますのでね。そちらへどうぞ>
「ほほう」
<・・・今夜は、空に上がりましょう。お月さまもよく見えそうですし>
鬼神は黙ってオクトラを撫でた。
◆ 26、鬼神、たつ ◆
「いやあ、機鬼よ。妙雅、乗り心地良くなったのう」
「そうじゃろ」
三男にして機関士長。ぐでーんとソファに伸びたまま、応える。
「なんじゃ。ぐでーんとしてからに」
「改装が大変だったんじゃ」
「綺麗な花畑だもののう」
「いや、あれは、鉢や花壇をそのままポンと積んだだけじゃからな。
まあ妙雅がうるさかったんで、何度も置き直したが。
骨組みをいじるのが、まあ大変でな・・・」
「そうか、そうか」
鬼神は窓の外を見た。
窓の外は、夜空。
綺麗なお月さんが、静かに夜空に浮かんでおる。
また、『主砲ユニット』の姿も窓から見えた。ちょうど壱ノ塔の隣に、ガンメタリックのボディが来とるんである。
「・・・おまえたちの苦労のおかげで、じつにいい思いをさせてもろうたわ。静かだし、速いし」
「そうじゃろ? 補助塔の連結とかにも、だいぶ手ぇ入れたからのう」
「これならぐっすり眠れそうじゃ」
「そうじゃな。ふわー、眠い」
「寝るか」
鬼神、でっかいベットにごろんと転がる。
機鬼、「ほじゃ、わしゃ自分のベットにもどるわい」と、立ち上がる。
「・・・それで父上、やっぱり、出て行くんか?」
「うむ」鬼神は目を閉じながら答えた。「探索の旅にな」
春の日々は過ぎ去り、日差しがだんだん厳しくなってきた。
「いったん領地に戻るえ」とイリスが言い出した、その日。
鬼神は、子供たちに別れを告げた。
「息子ども。そしてイリスよ。
私は、今日、発つ(たつ)ことにする」
「え? おっ父、どこ行くん?」
「『死』というものを、倒しにゆく」
「え・・・?」
「私は、わからんのだ。
『死』とは、なんだ?
なぜ、私が愛する者を、奪ってゆくのだ?
なぜ、こんなむちゃくちゃなものが、この世に存在しておる?
私には、わからぬ・・・」
鬼神。
力なく、こぶしをにぎった。
「私は。
強い者が居れば誰であろうと戦い、勝って、相手のものを奪い取ってきた。
──だが、死に勝つことはできなんだ。
弱い者が居れば誰であろうと声を掛け、欲しがるものをくれてやった。
──だが、生命をくれてやることはできなんだ」
「ちょっと、おっ父。おかしなったん?」
イリスは心配し、はげました。
「元気出して。うちらが居るに。これから、孫も産まれてくるに」
「うむ。それは楽しみじゃ。ときどき、顔を出すようにする。
だがイリスよ。止めてくれるな。私はゆくぞ。
おかしくなったんでもない。私は正気じゃ」
「しかし、馬鹿な話じゃぞ」
機鬼が指摘した。
「死に勝つなんっちゅうのは、たわけた話じゃ。
『力』のルーンがあったって、殴って倒せる相手じゃないんじゃぞ」
「うむ。それはわかっておる。
だが、どんな奴であろうとだ。
私の娘、私の妻を奪われて、そのままにはできん。
必ず、取り戻す。
たとえ相手が『死』であってもだ」
「どうやって戦うのだ?」
武鬼が訊いた。
「そもそも、どうすれば勝ったことになるのだ?
戦いにすらならんのではないか?
死なんぞ、捉えどころもないのだぞ」
「わからぬ。
だからこそ、私はゆくのだ。
『死』というものをとらえ、打ち倒すためにな」
「果てのない旅になりそうだが・・・」
元鬼が言うた。
「それでも、ゆくのだな」
「そうだ。
私はゆくのだ。死の探索にな」
こうして、鬼神は発った。
『死の探索』は、このとき、はじまったのである。