六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

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死の探索(1) 狩人の村、みたび

◆ 1、鬼神、あるく ◆

 

 鬼神。ひとり、アルフェロン湖のほとりを歩く。

 手にはオレンジの剣、“優雅(ゆうが)”。他に、なんもなし。

 お伴なし。お金もなし。約束もなし。

 ひとり、歩く。

 湖は黒く、初夏の風に、さざ波立っておった。

 

「死とは、なんだ」

 つぶやく。

 砂浜を歩きながら。

 かつて相棒とやった、すもうのことを、思い出しながら。

 家出した鬼神を叱ってくれた、相棒の声。

 ぶわっさ! ──と、いまにも聞こえるようである。

「私は、こんなにもはっきりと、相棒のことを覚えておるのに。

 もう、あいつとすもうを取ることは、できぬのか。

 死とは、ざんこくなものだ・・・」

 

 歩いてゆくと、砂浜は終わり、小川で途切れてしもうた。

 鬼神は森に入って、歩きづらい、狭い空間を進む。

 すると。

 ちょっと森に入ったところで、1頭のいのししが、茂みの中から飛び出してきた。

「む?」

 フゴ!

 いのしし、うなり声を上げ、突進して来おる。

 鬼神のひざよりも低い姿勢で、ずどどどっ! と突進してきたかと思うと。

 鼻面突き上げ、牙でもって鬼神を突き刺そうとしてきた。

 その牙が、鬼神の太腿を突き上げる直前。

「『力』のルーン! おみやげになれ!」

 ごす! 鬼神の右下腕のこぶしが、いのししの頭を張り飛ばした。

 いのしし、即死である。

 鬼神、そいつを片手でぶら下げて、また歩きだした。

「これも、死にはちがいない」

 考えつつ。

「だが、私の探し求める『死』とは、ちがうような気がするのう・・・」

 つぶやきつつ。

 鬼神は、森の中を歩いていった。

 

◆ 2、英雄のいひん ◆

 

 いのししをぶら下げたまま、『湖の神殿』へ。

「あ、鬼神さまや」「こらどうも」「こんにちは」

 ダークエルフの兵士ども、フレンドリーに声かけてきよる。

「やあ。こんにちは、ダークエルフよ。

 そなたら、いのししの肉は食うか?」

「うおお」「ごっつい(すごい)いのししや」「どないしたんですか」「くれるんすか」

「おみやげじゃ。森を歩いとったら、突っかかって来てな」

 ダークエルフ兵、感心し、笑って、獲物を受け取った。

「鬼神さまに突っかかるとは、生命知らずのいのししやのう」「ホンマや。おまえみたいや」「なんでやねん」

 などと軽口叩き鬼神に頭下げる。

「夕食には間に合わしますわ。食べてってください」

「うむ。そうしよう」

 

 手を清めてから、月の巫女の長に会い、あいさつ。

 『死の探索』のこと、それから、イリスが預けた英雄の頭蓋骨のことを、話す。

 巫女長、預かったものを持ってきてくれた。

 英雄の頭蓋骨。ヘルメットつき。

 ロケット。これは小さな金属のお守りである。英雄が首から下げておった。妻子らしき絵が入っておる。

「そんな御方やったんですか・・・」

 巫女長は鬼神の話を聞き、感心する。

「神竜の体内に1人取り残されるやなんて、つらかったやろうにねえ」

「そうじゃ。あんまりじゃと思うて、頭だけでも連れ帰って来たわけだ」

 巫女長は、遺品を綺麗に包んでくれた。

 絹ぐものふろしき包みである。

 夕食にいのししの鍋を頂いて、その包みを首からぶら下げる。

「ところで、猊下(げいか)。

 お月さまのことだが」

「はい」

「お月に祈っても、まあるい月が浮かんでおるだけで、姿も声もないのだ。

 これは、いったい、どういうことであろうな?」

「そうですね・・・。

 姿を現わすことができへん理由が、おありなんでしょう。

 でも、鬼神さまの声は、聞いておられる。

 そやから、『聞こえてるよ』いうて、姿を見せてくださっとるんやないですか」

「なるほど・・・」

 

 鬼神。

 湖の神殿を後にして、夜の闇の中を歩く。多少暗かろうと、夜目利く鬼神にはなんてことはないのだ。

 夜空には、お月さん。

 こっちを見ておる。

「お月さんや」

 鬼神は語りかけた。

「私の声が聞こえておるのか? なら、こうして話すことにしよう。

 だから、さびしがったりすねたりせんでええぞ。

 そのうちきっと、元の姿に戻してやるからのう」

 ──と、声をかけながら、鬼神は夜の闇を歩いてゆくのであった。

 

◆ 3、狩人の村、みたび ◆

 

 夜が明けた。

 鬼神はまた森に入って、狭い空間を歩いておった。

「たしか、このあたりだったはずだが・・・」

 きょろきょろ。

 深い森を、見回す。

「最後にあの村へ行ったのは、湖ができる前だったものな」

 がさがさ。

 木の枝かきわけ、大きな身体で森の中にトンネル造るがごとくして、歩く。

 そりゃあ、こんな歩き方しておれば、けものもびびって突っかかって来るわい。

 ほれ見ろ、今度は、くまが出た。

「おっ! 今度は、くまか。しめしめ! みやげに、ちょうどええわい」

 鬼神、よろこぶ。

 くま、逃げる。

 くるり! 方向転換。茂みに飛び込み、消え去った。

「ありゃ」鬼神がっかり。「ちぇっ。しょうがない。へびかなんか、捕まえて行こう」

 

 昼ごろになって、やっと、鬼神は目的の村にたどり着いた。

 森の奥深く、ぽつんとひらけた狩人の村である。

 

「おーい。こちらは、灰沼の氏族の村で、合っておったかのう?」

「あなや。巨人」

 ハイエルフの狩人が3人、びっくりして出て来た。

「おお、誰かと思うたらば、鬼神さま!」「おひさしゅうございます」

「やあ! 灰沼の狩人たちよ。ひさしぶりだのう」

 

 そこは、『灰沼』というハイエルフ氏族の村であった。

 人口はごくわずか。ほんの数家族。草葺(くさぶき)の小屋で生きておる。

 鬼神が彼らと知り合うたのは、むかーし、まだ巨人の国の王さまやっとった時代である。

 

「そなたらは、無事であったか?」

「おかげさまで」「1人も欠けることなく、災いを乗り越えましたえ」「恐ろしい嵐でしたに・・・」

「うむ。良かった。なによりじゃ」

 鬼神は途中で捕まえた小さなへびを、みやげに渡した。

「くまに出会ったのだが、取り逃がしてしもうてのう。こんなもんしか、捕れなんだ」

「かたじけない」「くまですか」「最近増えましたに」

「ほう。くまが増えたか」

「はい。湖ができてより、けだもの全般、増えており」「ありがたくもあり、あぶなくもあり」

 しゃべりながら、村に入る。

 女子供は、いったんは逃げ散ったが、鬼神だとわかると戻ってきた。

 以前、つばさへびを捕まえてプレゼントしたことがあるので、鬼神の評判はなかなか良いのである。

「今日は、終わりへびは居らんかったわい」

「あの災いが終わって、とんと見んようになりましたに」「代わりに、くまが増えた」「うむ。少し、楽になった」

 

 ・・・あ、『終わりへび』とは、つばさへびのことですよ。

 灰沼の氏族は終わりへびと呼んでおるのです。世界が終わるときに現われるへび、とね。

 

「今日は、ちと訊きたいことがあってな。とある英雄のことで・・・」

 鬼神はそう伝え、古い話に詳しい者を集めてもろうた。

 したところ。

「神竜に挑んだ英雄ですか。存じておりまする」

「知っておるのか」

「はい」「知っておると言いますか・・・」「おそらく、我らの、ご先祖さま」

「なんと!」

 

 神竜の体内にて、朽ち果て、骸骨となっておった英雄。

 灰沼の氏族の、ご先祖さまだというのである。

 

◆ 4、名もなき英雄のはなし ◆

 

「そえ! 我が氏族の宝、お見せいたしましょう!」

 狩人、胸を張り、家の奥に引っ込んだ。

「・・・あれ。どこやったかに?」なんか探しておる。

「大切なものやに、なくすとは何事」他の狩人が手伝いに行く。

「なくしてはおらぬ! しまい込んでしもうただけやえ。そっち頼む」

 しばらくして。

「あった、あった。さ、さ、このロケット、ご覧あれ」

 出してきたロケット。

 鬼神が持ってきたのと、瓜二つではないか!

 同じ金属、同じデザイン。仕掛けから中に入っとる家族の絵までが、そっくり!

「おお・・・!」

「こなロケット、旦那さま、奥さま、息子さんで、3つ同じものを造ったとか。

 そのうち、奥さまのロケットが、我が氏族に伝わったのですえ」

「ここに来てみて、正解だったわい。

 そうするとじゃ。そなたら、この剣のことも知っておるのではないか?」

 鬼神。

 ふろしき包みから、剣を出した。

「失礼」

 狩人、剣を石の台座に乗せ、静かに鞘を払った。

 オレンジの輝きが、小さな草葺(くさぶき)の家、ほんのりと明るくする。

「おお・・・」「こな輝き。もしや、陽色金(ひいろがね)」「巨人の剣にやあらめ」

「巨人の剣とな?」

「はい。お話しいたしましょう・・・」

 

 狩人は、氏族が伝承しておる英雄の話を、鬼神に聞かせてくれた。

 

──

 『ハイエルフと巨人の剣』

 

 ハイエルフにまことの英雄あり。名はヘルド。

 剣よく修め(おさめ)、ルーン魔術も使いこなす。

 空飛ぶ剣士、伝承の大家、そして妻子を愛する父であった。

 

 ある朝ヘルドは空見上げ、群れなす白いへびを見る。

 其は(そは)、終わりへび。

 世界の終わりを告げる、空飛ぶ大蛇(おろち)。

 ヘルドは察した。世界の終わりが来たことを。

 

「戦士どもよ、剣をもて。かぶとをかぶれ。戦のときぞ。

 女子供を逃がす時、我らの生命で、かせぐのだ」

 そう呼びかけて、英雄ヘルド、みずから空へ飛び立った。

 

 しかし、戦いむなしく、ヘルドは破れる。

 大空制する災いの、あまりに巨大であったがため。

 魔弾を当てても、びくともせず。剣で斬っても、傷もつかぬ。

 巨大すぎる災いの竜。名は神竜。神なる竜。

 

 ヘルドは舞い降り、くちびる噛んで、こう言うた。

「これでは無駄死に。やむを得ぬ。

 せめて、国から引き離そう」

 

 女子供を逃がそうと、ヘルドと伴は空を飛ぶ。

 自分たちが囮となって、国から遠くへ、逃げてゆく。

 災いの竜は、暴風のごとく、吠え声上げつつヘルドを追った。

 吠え声だけで、伴はばたばた倒れてゆく。

 

 ヘルドは残る伴どもと、洞窟の中に飛び込んだ。

 踏みつぶされればおしまいだ、そう思いはしたけれど。

「もはや、空では勝ち目なし。ここに賭けるしかあるまい」と。

 

「誰じゃ。わしの穴蔵を侵す(おかす)のは!」

 洞窟の奥の奥底から、恐ろしい声が轟いた(とどろいた)。

「我が名はヘルド。ゆえあって、ここへ逃げ込んだ剣士なり」

 ヘルドは答えた。みじめな敗走も、包み隠さず答えたのだ。

 

「なるほど。そなたのその名前、わしの耳にも入っておる。

 まことの英雄、妻子を愛する良き父と。

 それならば、手助けしてやらねばなるまいて」

 

 闇の底から、にゅーっと伸び上がった声の主。

 なんと、それは、目がひとつしかない大巨人!

 でっかい指で、小さくつまんだ、剣出して。

「さあ、この剣を持ってゆけ」

 

 その剣は。

 陽色(ひいろ)に輝く、魔法の剣!

 あかるく、闇を払いのけ、ヘルドの顔をやわらげる。

 

「こな剣(つるぎ)、いかなる神剣でありましょう?」

「この金属は、ヒイロガネ。

 神竜の身内に流れる金。この世のはじまりにあった火じゃ。

 わしが造った剣なれば、『巨人の剣』と呼んでおる」

 

 巨人の剣を預かって。ヘルドはひとり、飛び立った。

「剣はひと振り。私がゆこう。

 我が伴よ、そなたらは、妻子と共に生き延びよ」

 

 ヘルドは空飛び、神竜の鼻の穴から、体内へ。

 それが、ヘルドの伴が伝えた最期。

 以来、ヘルドはこの世になし。

 巨人の剣も、この世になし。

 

──

 

「義父上・・・」

 聞き終えた鬼神、しんみりしつつ、ちょっと笑うた。

「巨人が造ったから『巨人の剣』だと。ふっふっふ。名付けのセンスは、変わらんな」

「ご先祖さまは、戻れませなんだ。

 そやに、妻子は生き延び、3つの氏族の祖となった。

 ご先祖さまのおかげをもって、我らはこの世に居りますのえ」

「そうであったか」

 鬼神、納得。

「よし! では、これはぜーんぶ、この村にお返ししよう」

 頭蓋骨も、ロケットも、剣も。

 全部、彼らに渡そうとした。

 ところが、灰沼の狩人ども。首ぶんぶん振って、「剣は!」と言う。

「なんでじゃ?」

「ヒイロガネの剣など、恐ろしゅうて、預かれませぬ」

「あぶないのか?」

「ちがいますに」「とても貴重なのですえ」「名の知られたものは、ふた振りしかありませぬ」

「なんと? この世に、ふた振りだけなのか?」

「天の御剣。巨人の剣。ヒイロガネの剣は、このふた振りしか知られておりませぬ」

「てんのみつるぎ」

「真っ二つの女神さまですえ」「恐ろしい剣の女神さま」「ちゃうえ。慈悲の女神さま」「真っ二つのお慈悲さま」

「まっぷたつのめがみ」

「天の女神さまの、御剣ですえ」「最近、地上にいらっしゃったとのうわさ」「ダークエルフの三日月の姫のとこに」

「ああ、グレイスさまのことか!」

 鬼神。

 うなずく。

「なるほどのう。これですべてわかったわい。

 あの英雄が、どんな御方であったのか。この剣の由来。ロケットの妻子のことも」

「はい」狩人もほほえむ。「ご先祖さまを連れ帰って頂き、ありがとうございまする」

「うむ。良かったのう。

 ──で、剣は、やっぱりだめか」

「余人ならば、我らも覚悟を決めて預かりもしましょうが・・・。

 ほかならぬ鬼神さまならば、巨人の鍛冶師さまにお返ししたも同然」

「義父上はどう言うかのう・・・」

「はい?」

「いやいや。あいわかった。この剣は、私が預かろう。

 だがしかし。

 ロケットと頭蓋骨は、置いてゆくぞ。そのロケットと、一緒にしてやってくれい」

 

 鬼神は食事に誘われたが、先を急ぐと言うて断わり、村を出た。

 狩人どもが見送りをしてくれる。女子供も、村の出口までは見送ってくれた。

 

「若いほうの母親、あれ、以前鬼神さまと一緒に飯食った娘ですえ」

「なんと?」

 鬼神、振り向く。

 正直、年齢の見分けはつかんのだが・・・そう言われると、なんか見たことある気がする。

「肉食べて『うまいに』っちゅうとった娘か?」

「そうですえ。あのときは、ちびでした」

「もう子を産む歳になったのか」

「はい」狩人ども、うれしそうである。「我が氏族、まだしばらくは、生き延びれるようですえ」

「そうか・・・」

 

◆ 5、鬼神、西へゆく ◆

 

 灰沼の氏族と別れた鬼神。

 荷物はふたたび、オレンジの剣“優雅(ゆうが)”──巨人の剣、ひと振りのみ。

 

「優雅よ。おまえ、えらい剣だったのだな」

 ぽんぽん。鬼神、優雅の柄を叩く。

「神竜を斬るために世に出づる(いづる)とは。

 しかも生みの親が義父上ときたら、まるで妙雅ではないか。

 “優雅”との名は、言い得て妙じゃ。ふっふっふ。我ながら、よい名付けであった」

 などと自画自賛したかと思うと。

 ふと真面目になって、こんなことを考える。

「しかし・・・子孫か」

 黒い湖のほとりを歩きながら。

「同じ『死』であってもだ。

 ただ1人ぼっちでさびしく死ぬのと。

 子孫は生き延びてくれるだろう──との、希望があるのと。

 全然、ちがうわけだ・・・」

 空を見上げる。

 そろそろ夕方だが、お月さんはまだ、出て来ておらぬ。

「お月さんよ。そなたは、娘が生まれたころ、本当にうれしそうだったのう。

 あれは、こういうことだったのか?」

 

 鬼神は、西へ向かった。

 なんで西か?

 海のある方向だからである。

 長女・ルシーナが戦死した、あの冷たい夜空が、西の海の上に広がっておるからである。

 

 西の海へゆくのは、これが初めてであった。

 ボナス閣下らの捜索に、鬼神は一度も参加せんかったのである。

 妙雅たちから『見に行きますか』と訊かれたこともあったのだが、断ったのだ。

 

「すまんな。ルシーナ。

 どうも・・・取り乱しそうだったのでな」

 鬼神、謝った。

「おまえが、エスロ博士やエス子が、誰にも見つけてもらえず海に落ちたなどと。

 そんな現場、私は到底、見る気になれなんだのだ」

 鬼神。

 ひとり、亡き長女と語らいながら、歩く。

「だが、今日はゆくぞ。1人で行って、おまえのいなくなった海を見よう」

 

 西へ、西へ。日の沈む方向へ。

 山を越えると、荒野である。

 ──いや、荒野というより、『破滅の大地』とでも言うたほうがふさわしい。

 ひどいありさまであった。

 大地はめくれ、割れ、何もかもがグチャグチャになっておる。

 森の木々は引っこ抜け、あっちゃこっちゃに倒れ、土に埋もれて、腐っておる。

 あちらに見える瓦礫の山は、都か。それとも岩山が粉々に砕けたものか。

 そこに埋まっておる白い骨は、人間か、はたまた、けだものか・・・。

「神竜めが」

 それは、神竜の爪痕(つめあと)。

 神竜の衝撃波が、地上にもたらした惨状であった。

「恐ろしいことだ」

 鬼神は手を合わせ、もはや名もわからぬ人々のため、滅びた都のために、祈った。

「考えてみれば。

 私も、人間の1人1人の生き死にのことを、なんとも思っておらなんだ。

 だが、これからはちがうぞ。『死』に引き裂かれるということ、私も、理解したのだから」

 

 鬼神は、死の大地を歩いた。

 眠らず、食わず、何日も歩き続けた。こんな土地で眠る気にならなんだからである。

 こんなことは、若き日の初めての旅以来のことであった。

 鬼神の肉体は、若き日とまったく同じようで、徹夜しようが絶食しようが、なんともなかった。

 

 やがて、鬼神は、海に出た。

 

◆ 6、鬼神、ハルモニアーとしゃべる ◆

 

「ああ。やっと、『死』の見えぬところに来た」

 ちょうど夕陽が沈みゆくころ。

 広い広い海、ヒイロガネの剣のごとく、オレンジに輝いておる。

 海は、広く、美しかった。災いの爪痕は、大海原のどこにも残ってはおらぬ。

 鬼神は、ほっとした。

「やれ。災いの痕が見えなくなっただけで、こんなにほっとしてしまうとは。

 どうやら、かなり疲れておるようだぞ、私は」

 

 鬼神は海辺の松の林の中にあぐらをかいて座り、祈った。

 ルシーナに。また、エスロ博士に。エス子に。

 ダークエルフのカバリオ隊長や、コボルドどものために、お祈りをした。

 

「ルシーナが出て来てくれるかと思ったのだが、だめか・・・」

 鬼神。

 祈りを終えて、首を振る。

「この前の夜は、なんであんなことができたんだろうのう?

 娘たちに、ルーン司令官に、お月さんまで出て来てくれたのに。

 うーむ。わからぬ。私には。お祈りのことは。

 はあ。

 ・・・寝よ」

 

 鬼神、寝た。

 

「父上! また私のこと忘れておったに!」

 いきなり怒られた。

 目を覚ます。

「なんじゃ? 誰じゃ?」

 もやーっと輝く美女が、鬼神を睨んでおる。

 美女。おっとりした感じの。胸に竪琴抱いとる。

「・・・あ、ハルか」

「ああ、ハルか。──やないですえ!」

 それは、次女・ハルモニアーであった。

 お祈りをしておったのであろう。

 鬼神が寝たので、こうして聞こえたっちゅうわけである。

「もう、父上・・・。

 何日も何日も、何をしておられたんかに?」

「ああ。そうか。

 あいすまぬ。ちょっと、眠らずに歩いとったのだ」

「え?」ハルモニアー。途端に心配そうな顔する。「・・・何日も?」

「うむ」

「そな無理してはいけませぬ。いますぐ寝てください。さあ、さあ」

「わっはっは。大丈夫じゃ!

 私は、眠らず、食わずでも、死んだりはせんのだ。

 それに、ほら、いまはこうして、お祈り聞いとるわけだからして。

 つまり、いまは、寝とるのだ。だから大丈夫じゃ。

 優しいハルモニアーよ。そなたの話を聞かせてくれ」

「・・・船到着、外交開始、万事順調なり。以上。

 今日のお話は終わりですえ。さ、お休みください」

「おいおい。そんな怒らんでくれ」

「怒っておりませぬ! 心配をしておりまする!」

 ハルモニアー、怒る。

 なんとも柔らかい怒り方である。姉のルシーナにくらべれば。

「・・・父上のほうこそ、何をしておられたんですかに?」

「そうだな。では、そなたに聞いてもらおうか」

 

 鬼神、ここ数日のこと、考えたことを、ハルモニアーに話す。

 話しながら「これも子孫に伝えるということかのう?」などと、考えた。

 

「そうでしたか・・・」

「うむ。それで、ここ数日は眠る気になれんかったのだ。

 そなたの声が聞けて、ほっとしたわい」

「そうかに?」

「本当じゃ。よい声じゃ。心が安らぐ。よいスカルドの声だわい」

「そうかに・・・」

 ハルモニアー、髪いじって首かしげる。

「あ、そえ」手ぽんと叩く。「ほな、子守歌歌うてあげますに。横になって、お休みください」

「寝てお祈り聞いとるのに、子守歌聞いて寝るだと?」

 鬼神、ちょっと訳がわからんようになる。

「二重に眠って、起きれんようになったりせんかのう?」

「知りませぬ!」

 ハルモニアー、ぷーっとふくれてから、笑うた。

「ふふふっ。じつは、こっちに来て。大きな都ですに、子供の相手をすることもあり。

 子守歌、こちらの地方のを、新たに覚えたのですえ。

 父上かイリスに、聞いてもらいたいと思うておりました」

「そうか。そういうことなら、そなたの歌を楽しむとするか」

 鬼神。夢の中で、横になる。

「寝れるんかいな・・・?」

「さあさ おやすみ 横になって♪」

 ハルモニアー、竪琴をねむた~く弾きながら歌いだす。

 

 ♪眠ぅのうても(眠くなくても) かまへんからね

  お布団ほかほか 気持ちええね

  おやすみなさい お月さん

  おやすみなさい お星さん

  風もやわらか きもちええね・・・

 

「ぐう」

 鬼神。寝た。ぐっすりと。

「おやすみなさい。父上」

 ハルモニアー、夢の中の鬼神に、毛布かける。

「探索、うまく行くといいですに」

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