六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

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死の探索(2) しぼむのルーン

◆ 7、鬼神、あるく ◆

 

 鬼神は西の地を歩いた。

 初夏が夏になり、夏が秋になるまで、ずーっと、歩いた。

 西の地は、まったくもって、あわれなありさまであった。

 滅びた都。土砂崩れで埋まった村。灰と炭になった森。

 人の姿は、まったく見えぬ。

 雑草だけが──虫と鳥だけが、元気であった。

「さびしいことだ」

 鬼神は首を振った。

「私の知り合いも、ひとりも居らぬ。

 『うわあ、怪物!』などと私にびっくりする人間も、ひとりも居らぬ。

 これでは生きとる甲斐がない」

 

 そしてまた、鬼神は南の地を歩いた。

 こちらは人間が残っておった。

 だが、幸せな光景というわけではない。

 鬼神が見たのは、とある畑で起きた、強盗殺人事件であった。

 それはこんな事件である。

 武器持ったヒューマンの群れが、フラフラと畑へ入ってゆく。

 収穫間近の野菜をむしり取り、その場で食い始める。

 野菜泥棒。

 気付いた畑の主が、武器を手に、仲間と共に、やって来た。

 泥棒、半分逃げたが、半分は畑の主に襲いかかった。

 泥棒が、強盗に転じたのである。

 やがて、強盗どもは全員倒された。

 だが畑の主の側も、息子らしき若者が倒れた。主は若者を抱き起こし、自分自身もポタリポタリと血を流しながら、引き揚げる。

 すると、逃げたはずの野菜泥棒がまたもどってきて、野菜をむさぼりだす。

 ──鬼神は、この一部始終を小山の上から見届けた。

 また、もっと大きな事件も目撃した。

 大きな村に強盗が押し寄せ、家々を襲ったのだ。

 村人は応戦するが、敗北。あるいは殺され、あるいは着の身着のまま逃げてゆく。

 村の住人は、そっくり強盗と入れ替わってしもうた。

 3日後。新たな強盗がやって来て、また住人が入れ替わる。

 10日後。家のひとつが火事を出し、村全体が燃え、灰となった。

 フラフラと逃げてゆく強盗。もうその手には、食うものも呑むものもない。

 ──鬼神は、これも一部始終を見届けた。

 10日間ずっと、眠りもせずに。

 巌(いわお)のように、じーっと突っ立ったままで。

「ひどいありさまじゃ」

 鬼神はため息をついた。

「あの村の、ひとつひとつの家。畑で育った、1本1本の野菜。

 みんな、誰かが頑張って造ったものだのに。

 すべて、この世から消え去ってしもうた」

 

 チラホラと、雪が降り始めた。

 鼻の先に冷たい雪がピトッとくっついて、ようやく鬼神は身じろぎした。

「もう、冬か」

 鬼神。静かに目を閉じた。

「これから、もっとたくさん、人が死ぬのだろうな・・・」

 

「ち・ち・う・え!!!」

 怒られた。

「うん? ・・・ああ、ハルモニアー」

「んもー!」

 竪琴抱えたおっとり美人。

 地団駄(じだんだ)踏んで、くやしがる。

「朝お祈りしても、昼お祈りしても、夜お祈りしても! なしなし梨の礫(なしのつぶて)なり!」

「すまんすまん」

「もー・・・」

 ハルモニアー、灰色の髪をかき上げて、父を見る。

「・・・また歩き通しておられたんですかに?」

「いや、今回は、立っとった」

 鬼神は自分が見届けたものを、さらっと次女に説明した。

「ひどいありさまじゃ。西も、南も」

「そうですか・・・」

「そちらはどうじゃ? 食いものに困ったりしとらんか?」

「はい。海を越えたこちらは、むしろ、豊かなぐらいですえ」

「そうか・・・」

「ただ、海賊は増えておるとか。

 そちらの海賊が海を渡り、こちらの沿岸を襲うといった状態ですえ」

「そうか。

 それは・・・帰りが心配だな。

 妙雅に頼んでみようか。いっそ、ポタージュお嬢さんに頼むか?」

「いいえ」

 ハルモニアーはきっぱり首を振った。

「これは新生アルスの事業ゆえ。

 よほどのことがない限り、我らの力で、やり遂げてみせまする」

「そうか」

 

「・・・ルシーナのようなことを言いおって」

 鬼神、目を覚ます。

 立ったままウトウトして、眠ってしもうたようであった。

「やれ。どの娘も立派になったもんじゃ。

 それにくらべて、私と来たら。

 今度から、昼寝はちゃんとしよ。

 よいしょ」

 鬼神は雑草に絡みつかれた足をぶちぶちと持ち上げ、歩きだした。

 そのときである!

 ばさっ! 背後に、何者かの羽音あり!

「なにやつ!」

「みっつー♪」

「そなたかw」

 青い鳥娘、ポタージュであった。

 綺麗な目ぱちくりして、鬼神にこう言うてくる。

「イリース~ けっこんしま~す♪」

 

◆ 8、イリス、よめいりす ◆

 

 イリス。嫁入りす。

 お相手は。

 巨人の国の国王陛下。鬼神の長男、元鬼(げんき)であった。

 

 ばさっ。

「イリス!」

 ポタージュお嬢さんの『空間』のルーンで、ひとっ飛び。

 鬼神は、巨人の国へ舞い戻った。

「おまえ、王妃殿下になるのか!」

「うん」

 イリスは引き締まった顔して、うなずいた。

 それから笑う。

「えへへ」

 

 大地の裂け目、『奈辺羅辺』にて。

 元鬼とイリスの結婚式、開催さる。

 外国の招待はなし。

 すでに冬に入っており、またあちこちで強盗・山賊事件が起こっておるため。

 ただし、例外もあった。

「イリスさま。おひさしぶりでございます」

「わあ! 犬の女神さま」

「我が子孫から、お祈りで聞きました。こちら、おめでとうの、お肉でございます」

 犬の女神、お伴のコボルド引き連れて、干し肉をいっぱい持ってきてくれた。

「女神さま。初めましてじゃ。娘のこと、本当にありがとう」

 鬼神も、イリスの腕を治してもろうたお礼をした。

 このとき、鬼神と犬の女神さまが、ルーンのわざを教え合った──という説もある。鬼神は『力』のルーンの『身体を強くする』、犬の女神は『生命』のルーンの『元気になる』を教えたそうな。

 イリスは犬の女神さまに、財宝やらアルフェ酒やらをいっぱい贈った。

 旦那さんとなった元鬼も、巨人軍のコボルド兵の装備を贈った。

 この贈り物のおかげで、犬の女神が率いる群れは飢えることなく、強盗に負けることもなく、元気に生き延びたという。

 結婚式は楽しいものであった。イリス王妃とポタージュは歌を披露し、鬼の兄弟はすもう大会をした。

 

「──ほんで、父上。またどっか行ってまうん?」

「うむ」

 と答えた鬼神であったが、すぐ付け加えた。

「何年かしたらな」

「うちが子供産むまでは居ってくれる?」

「そうだな。それと、結婚のお祝いに、ちと手助けをさせてもらおう」

 

「妙雅よ。奥義『圧縮する』で、穴堀りを手伝おうと思うのだが」

<はい>

 と、頭にタライみたいなもんかぶった建築ユニット。

 ヘルメットなのか? 『安全』を意味する巨人文字がおでこのあたりに書いてある。まあ建築ユニットにおでこはないが。

 6本鉤爪のこやつは、穴掘るのにも役に立つそうである。

<せっかくですからね。

 いちばん目立つところを。

 最下層の大通りを、造ってもらおうかと思います>

「ほほう。それは記念になりそうだ」

 鬼神。

 妙雅や機鬼(2人で地下都市の設計やっとった)と、綿密に打ち合わせをして、

 

「『力』のルーン! 『圧縮する』!

 岩盤よ凝縮せよ(ぎょうしゅくせよ)。ぎゅーっと縮んで、棒になーれ!」

 

 ず、ご、ご、ご、ご・・・。

 

 岩盤を、ずどーんと四角く、くり抜いた!

 鬼神本人が悠々通れるぐらいの、でっかい通路。何町もまっすぐ、岩盤を貫く。

 足元に1尺四方ほどの、カチンコチンに圧縮された岩盤を残して。

「あきれるわい」機鬼があきれる。「わしらの穴堀りの苦労は、なんなんじゃ」

「息子よ。この岩盤の棒、どうする?」

 カチンコチンの岩盤棒。黒曜石のごとし。

 かなり綺麗な四角柱。捨てるのも、もったいない。

「切って柱に使うわい。そのまま置いといてくれ」

 

 奈辺羅辺は、順調なスタートを切った。

 地表には農地。空飛ぶ台が犂(すき)を引っ張り、コボルド兵が種をまいた。

 農地を囲むのは城壁。鬼神が石を運び、妙雅が見張り塔を建設し、機鬼が水路を引いた。

 地下1階には、軍の基地。農地を守るコボルド兵が駐屯する。

 地下2階からは洞窟住居。

 その部屋数たるや、どんだけ子供が増えたって、いっぱいにはならんのじゃないか? というほど。ポタージュの家も、ちゃーんと用意されたそうですよ。

 空気を通す換気洞はもちろん、水を貯める貯水洞も完備。

 妙雅が着陸する『港』も地上と地下にそれぞれ造られたというから、その規模、想像するのも難しいほどだ。

 まさに、地底の都であった。

 イリスに長男が生まれたのは、この都の完成と、ほぼ同時期であった。

 父母によーく似た、赤い肌した男の子である。

 これで鬼神も、おじいちゃんである!

 鬼神は孫を抱っこし、六腕でもって子守りをし、たいそう可愛がったという。

 

 ちなみに、奈辺羅辺の完成のあと、子供の問題も解消された。

 イリスが『新生アルス』のダークエルフの娘たちを招待したのである。

 奈辺羅辺を見たダークエルフの娘ども。

「こんな立派な家があるなら!」と、嫁入りを決意してくれた。

 次男以下の兄弟にも、嫁が見つかったんである。

 地底の都に、子供のキャッキャいう声が響くようになったのであった。

「ルーン司令官にも、お礼を言わんとのう」

「手紙は出したえ。いまめっちゃ忙しゅうて、会うの難しいて言うとった」

「そうか」

「ルシ姉死んで、文官が言うこと聞かんようになって、大変らしい」

「そうか・・・」

「あ、ほんで、うちらの領地の名前、決まったえ」

「ほう?」

「うちの領地は、小馬領」

「こうまりょう」

「カバリオ隊長にちなんだ名前やえ。お世話になったに」

「なるほど」

「ルン姉の領地は、グレシアルース領」

「なんじゃそれは」

「グレ姉とルシ姉」

「ああ、グレイス・ルシーナか」

「じつは取り合いになってん。小馬。

 『イリスずるい。うちが付けよう思うとったのに』て言うから、

 『ルン姉は、姉者の名前入れな、また嫉妬されるえ?』て言うたったら、『むう』って言うとった」

「わっはっは」

 

 そうして。

 

「さて。それでは、私はゆくぞ」

 鬼神はふたたび探索に出たのであった。

 

◆ 9、鬼神、東をゆく ◆

 

 お祝いのつづく奈辺羅辺を後にして。

 鬼神は東の地を歩いた。

 こちらは、神竜の災いとはほぼ無縁で、大地は傷ついておらぬ。

 だが・・・。

「寒いのう」

 冷たい風の中を、鬼神は歩く。

 大いなる災いの日から、気候が変わってしもうたのである。

 すでに何年も前のことになるのだが、天気は元に戻るどころか、だんだんひどくなる。

 夏に長い雨が降り、冬は凍てつくほど寒くて、作物がちっとも育たんのである。

 結果。

 アルフェロン湖のある大陸では、どこもかも飢饉(ききん)に見舞われた。

 となれば、世はますます荒れ果ててゆく。

 鬼神が出くわしたのは、ハイエルフの都の防衛戦であった。

 白い石で造られた綺麗な城壁に、ヒューマンの軍勢が挑んでおる。

 弩砲(どほう)がうなりを立てて城壁を撃ち、がらがらと石材が崩れ落ちる。 

 防衛側も弩砲を放ち、群がるヒューマンに残酷な末路をもたらす。

 ヒューマンが、崩れた城壁を乗り越えようとする。

 ハイエルフが、弓撃ち、『魔弾』を放って、迎撃する。

 『丘の街』が経験したのと、似たような争いである。

 ──鬼神はこれも、巌となって見届けた。

 ただし今回は、毎日ちゃんと昼寝をした。

「ぐう」

 

「・・・そうですか。あっちでもこっちでも、戦争ですに」

 竪琴ぽろんぽろんと鳴らしながら、ハルモニアー。

 鬼神うなずく。

「飢えて死にそうな者どもがフラフラと争うのは、見ておれんわい」

「そうですに」

 鬼神とハルモニアーは、毎日こうして情報を交換した。

 ハルモニアーは話すのも上手だし、聞くのも上手である。とても話しやすい。

 鬼神はいまごろになってこの次女を見直したのであった。

「それにしてもじゃ。

 世の中がいくら暗くとも、子供はやっぱり、可愛いのう」

「私も抱いてあげたかったに」

「ずいぶん長い遠征だものな。さびしかろう。

 私が高い高いしてやろうか?」

「いじわる!」

「はっはっは」

「──あ、子供といえば、父上。

 私も、結婚を考えておりまする」

「なんと!」

 鬼神びっくりである。

 ハルモニアーは半眼になった。「・・・私が結婚したら、おかしいですかに?」

「いやいや。そんなことないわい。

 びっくりして、ちょっと、さびしいなと思うただけじゃ」

「ふーん」

「おまえはいい嫁さんになりそうじゃ。かしこいし。

 話すのもだが、聞くのがうまいのも、一緒に暮らす男にはうれしかろう」

「そうですかに?」

「そうじゃ。で、どんな男なのだ? 相手は」

「ハイエルフの殿で、知恵のはたらく面白い御方ですえ。

 こちらの国で『竜の牙』というものを育て、何十人もの手勢を率いておられまする」

「竜の牙だと。なんじゃそれは」

「秘密ですえ。知りたくば、こちらにいらっしゃいませ」

「むむ!」

 

 ・・・ハルモニアーの旦那さんは、このお話には登場しません。

 名前はセレトという。しかし登場しないわけだから、覚えて頂く必要もないわけです。

 

「結婚か・・・」

 鬼神は目を開け、ため息をついた。

「結婚し、子が生まれる。親は年老い、やがて死ぬ・・・」

 がくがく震えだす。

「おお! いやじゃ!

 ハルモニアーやイリスまで、死んでしもうたら! 私はもう、生きてはおれぬ!」

 

 鬼神はそう言うて恐れると同時に、自分の探索に疑問を感じ始めた。

「私は、まちがったことをしておるのであろうか・・・。

 『死』を探し出し、殴り飛ばすなどと。

 こんな馬鹿げた探索は、時間の無駄でしかないのでは?」

 

◆ 10、しぼむのルーン ◆

 

 ・・・そもそもにしてだ。

 『死』を見つけて、ぶん殴るなんちゅうこと。

 土台、無理。不可能。おかしな話。

 できるはずもない。

 

 鬼神にも、それはわかっておった。

 それでも『死』というものをなんとかして捉え、克服してみせる!

 そういうつもりだったのだ。

 だが・・・

 

「私は、間違っておったのであろうか」

 鬼神。

 自分に、疑問を抱く。

「ルシーナたちの死を乗り越える。

 そのために必要なのは、探索ではなかったのか。

 イリスやハルモニアーのように、日々の生活を頑張ることのほうが、大切だったのであろうか」

 ぶつぶつぶつ・・・。

 つぶやきながら、歩く。

 行く手には、白く雪をかぶった、山。

 季節は、まだ、秋である。だが山には雪がやって来ておるようである。

 山道は険しい。

 鬼神の心に、その険しさが重くのしかかる。

 本来ならなんともないのだ。鬼神には『力』のルーンがあるのだから。

 だがいまは。

 鬼神は、ただ険しいだけの自然の山道に、苦しみを感じでおった。

 

 峠に差しかかる。

 崖沿いの道を曲がったところで、鬼神は死者に出くわした。

 道に倒れた、ヒューマンらしき群れである。何十人か、あちらに1人、こちらに2人といった感じで、まばらに倒れておる。

 みな死んでおるのは明らかである。そのぐらい、かわいそうな姿になっておる。

 鬼神は手を合わせ、『力』のルーンで崖に穴を掘ってやり、そこへ遺体を集めてやった。

 抱き合って死んどるのは、決して引き剥がさぬよう、地面を『圧縮する』の奥義で板となし、持ち上げて運んでやった。

 最後に崖の穴に大きな岩をかぶせてフタとし、その岩に墓碑を刻んでやった。

『大いなる災いのあと、峠にて倒れた者どもの墓』と。

 そうして。

 見ず知らずの死者を弔ってやった、鬼神は──

 

「歩いても、歩いても、死、死、死。

 どちらを向いても、死ばかりだ。

 ああ。もう、歩くのもいやだ。目を開くのも、いやになった・・・」

 

 ──その場にうずくまり、目を閉じて、泣きだした。

 

 ああ!

 なんとしたことか!

 あの、鬼神が。

 『力』のルーンもて、どんな強敵にもひるまず、ぶん殴って、なんとかしてきた鬼神が!

 子供のようにうずくまり、目も耳も閉ざして、メソメソ泣きだしてしまうとは!

「いやじゃ。

 いやじゃ。

 なんで、『死』なんてもんが、この世にあるのだ。

 わからぬ。

 まったくもって、わからぬ・・・」

 

 夜。

 泣くだけ泣いた鬼神は、仰向けに、大の字に、冷たい地面に転がっておった。

 もう、歩くのはやめよう。このまま、ここで寝たまんま、岩にでもなってしまおう・・・そんな、やけっぱちの気持ちであった。

 死んだようになって時を過ごす鬼神。

 その頬を、優しい光が、撫でた。

「・・・お月」

 目を開く。

 夜空には、お月さん。

 鬼神のこと、見下ろしておる。

「そう言えば・・・。

 おまえがくれた贈り物、まだ使うとらんかったのう」

 鬼神。

 弱々しく笑って、起き上がる。

「せっかくの贈り物を、開けてみもせずに、死んだりしたらば。

 これは、怒られるわな。

 ふっふっふ。

 一度ぐらい、使っておかねばなるまい・・・」

 

 それで、鬼神はあのルーンの名を唱えてみることにした。

 神竜と戦った、あの夜。ルシーナを失うた、あの夜。

 月の女神が、教えてくれたルーンの名を。

 

「『萎む』のルーン!」

 

 ・・・しかし。

 よく考えてみれば、このルーンの使い方、鬼神にはまったくわからぬ。

 もらうだけもろたが、使い方は聞いとらんのである。

 

「あれ? ええと。なんじゃ?

 どうやって使うのだ? このルーン。

 ・・・ええい、もう、どうでもええわ!

 『萎む』のルーンよ、おまえに任せる! やってくれい!」

 

 すると。

 

 しゅるしゅるしゅる。

 世界が、上へ伸びてった。

 ばさばさばさ。

 着ていた服が、どんどん大きくなってった。

 もごもご。

 鬼神、着とった服に、埋もれてしもうた。

 

「ハ?」

 もぞもぞ。

 服をかき分け、外に出る。

「ナンジャ、コレハ?」

 なんか、変である。

 世界がでかい。

 崖が、えらい高くなっておる。

 服がでかい。

 自分の背丈の何倍も、大きな服になっておる。

「声モ、変ダゾ!」

 えらい甲高い声に、なっておる。

 鬼神。

 自分の身体を見下ろした。

 服が脱げてしもうて、丸裸。

 六腕こそ、そのままであるが・・・。

「ウワア!」

 なんとしたことか!

 

「私ノ身体ガ、小ッチャクナッテオル!」

 

 鬼神!

 すっかり萎んで(しぼんで)しまっておる!

 人間の3倍はあった、背丈が!

 いまや人間の半分もない!

 わなわなわな。

 小っちゃくなった鬼神。震える。

 そして、ぴーんと来た。

「──オ月! オマエ!」

 鬼神!

 お月さんを、睨んだ!

「オマエ! コノ、イタズラ者メ! コウナルコトガ、ワカッテオッタナ!!!」

 

 なんと!

 『萎む』のルーン!

 それは、お月さんのいたずら!

 その効果! 身体が小っちゃく、萎むだけ!

 まさかまさか。

 神竜の災いの真っ最中、あんな真剣な状況で。

 こんなふざけたルーンを伝授すると、いったい、誰が予想しよう?

 鬼神、まんまと、引っ掛かってしもうたわ!

 

「クソッ! クソッ!

 完全ニ、シテヤラレタ! ナントイウ、悪質ナル、イタズラジャ!」

 素っ裸で地団駄ふむ鬼神。

 しばらく、地面を蹴ったり、殴ったり、月に向かって怒鳴ったりした。

 したのち。

「フ・・・フハハハハハ!」

 笑いだした。

「ワッハッハ! マッタク! オマエニハ、敵ワンワイ!

 本当ニ、賢イ女神サマジャ! 私ノ大好キナ、オ月サンヨ!

 ワッハッハ!!!」

 

 そういえば、『身も心も軽くしてくれるルーンやえ』などと、うまいこと言うておったわ!

 などと思い出しながら、鬼神は笑うた。

 笑いと、お月さんの思い出によって、鬼神の心はあたたまった。

「サテト・・・。

 ソレデ、元ニ戻スニハ、ドウスルンジャ?

 『萎ム』ノルーン! 元ニ戻レ! ──戻ランワ!!! ドウスルンジャ、コレ!!!」

 

「クソッ! 戻シ方ガ、ワカラヌ! モウ、エエワ!」

 萎んでしもうた鬼神。

 大きな服を身に纏い──もはや全然合わんので、みのむしがごとくグルグル巻き付け、帯で縛って──

 準備万端。

「コノマンマ、ユクゾ!」

 甲高い声で。

「『死』トイウモノヲ、見極メルマデ、アキラメンゾ!」

 改めて、自分に誓って。

 

 ちび鬼神。

 スタスタスタと、元気に峠をゆくのであった。

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