◆ 11、ちび鬼神、なんぎする ◆
月の女神のいたずらな置き土産、『萎む(しぼむ)』のルーン。
まんまと引っ掛かり、小さく萎んでしもうた、鬼神。
ちび鬼神。
旅は、じつに難儀であった。
「ア痛!」
どて。
ちび鬼神、こける。
小さな段差に、蹴つまづいてしもうたんである。
本当に、なんてことない地形である。岩山だが、そんな険しくない。
大きな頃の鬼神であれば、ヒョイヒョイと、踏破できた(とうはできた)。その程度。
だが身体萎み、足も短くなり、しょうもないとこで、蹴っつまづく。
「エエイ、クソッ! 歩キヅライワ!」
甲高い声で文句言うたり、
「・・・しかし、人間が歳をとるというのは、こういうことかも知れんのう。
身体萎み、足縮み、いままでできとったことが、できんようになるわけだ」
などと、考えたりしておると。
ばさばさばさっ!
つばさの音が、襲いかかってきた。
「ム!」
がし!
ちび鬼神、頭掴まれた!
ばっさばさばさ! つばさ、耳元で激しく打ち鳴らされる。
ふわり。
ちび鬼神。空中に浮き上がった。
「グゲー」
なんと乱暴な! 頭を引っ掴んで、持ち上げるとは!
頭に爪食い込み、痛い。首が引っこ抜けるように、痛い!
「ヤメンカ!」
六腕で相手の足を叩く。
爪が外れた。
落下する。
どしーん! 岩山に、叩きつけられた。
「グワア! 痛イ!」
固い岩肌にガッコガッコ叩きつけられながら転がり、ちび鬼神、あざだらけ。
空を見上げると、鳥。つばさ広げ、旋回しておる。
猛禽(もうきん)。でかい。そのつばさ、左右それぞれ、ちび鬼神が両手広げたよりも、でかい!
「ワシカ? タカカ? 怪物カ?
──何ニセヨ、」
ちび鬼神、ガッと足元に手突き立て、『力』のルーンで岩を割り、掴む。
「ソッチガ私ヲ喰ウ気ナラ、手加減センゾ! 戦闘開始ジャ!」
岩を投げんと、振りかぶる。
猛禽。素早く向き変え、ひらりひらりと舞い踊るように逃げてった。
「チッ」
とまあ、ちび鬼神の旅は難儀なものであった。
地形に苦労し、動物に襲われ・・・。
疲れ果てて昼寝をすれば、「きゃー!?」と叫ばれ──
「きゃー!?」
「ウン?」
見れば、竪琴抱えた鬼神の次女、ハルモニアーである。
恐怖におののき、こちらを見ておる。
「だ・・・誰ですかに!?」
「オオ、ハルカ! 私ジャ!」
「え?」ハルモニアー、首ひねる。
「オマエノ、父ダゾ!」
「え? え? 父上?」
「ソウジャ!」
「あなや。なんで・・・そんな、縮んでおられるのかに!?」
「母上ノ、セイジャ! 『萎ム』ノルーン!」
説明する、ちび鬼神。
甲高い声のため、とても聞き取りづらい。
だが、ハルモニアー。さすがはスカルド。巧みに質問挟みつつ、ちゃーんと理解する。
「そうでしたか・・・」
「ソウデシタノジャ!」
「ふーん・・・」
ハルモニアー。
じーっとちび鬼神を見下ろしてくる。
じーーー・・・っと、濃い金色の瞳で見下ろしてきよる。
「ナンジャ?」
「抱っこしていいですかに?」
「ハ?」
ハルモニアー、ほほえみ浮かべて、手伸ばしてきた。
ちび鬼神。捕まる。抱き上げられる。
「オワア」
「ふわー、可愛い!」
娘、大喜び。
ちび鬼神を胸に抱え上げ、「よしよし」と振り回して来よる。
「オ、オイ。コリャ。ハルモニアーヨ。ヤメンカ」
「んー?」
「私ハ、子供ジャナインダゾ!」
「そうですにー。よしよし」
娘、にこにこして、無視。
ちび鬼神、六腕ばたばたして身をよじる。「下ロセ!」
「ハァハァ。ヒドイ目ニ、合ウタワイ!」
やっとのことで、次女から逃れたちび鬼神。
「娘ニ抱ッコサレルトハ! 父ノ沽券(コケン)ニ、関ワルゾ! ハァハァ」
と、息切れしておると、
「あなや! 誰かに!?」
今度は、三女のイリス。
赤ん坊を左に抱え、すっかりお母ちゃんの顔となったイリスが・・・
興味津々(きょうみしんしん)。右手、伸ばしてきた。
「マズイ!」ちび鬼神、逃げる。
「待ちなえ」
捕まった。
襟首捕まれ、子ねこがごとく、ぶらーん。持ち上げられた。
「コリャ! イリス! 父ヲ、ブラ下ゲルンジャナイ!」
「えー! 父上なん?」
「ソウダゾ!」
「あなや! 可愛いえ!」
左腕に赤ん坊。右腕に六腕三眼萎み神。抱えて、イリス、ご機嫌である。
「下ロセー!」
やっとのことで、三女から逃れたちび鬼神。
目を覚まし、いやな汗、拭う。
「・・・そう言えば、妙雅も、掴まれるの、嫌がっておったのう。
こういう気持ちだったんかも知れんわい」などと、考えるのであった。
ことほどかように、ちび鬼神は、難儀したんである。
それでも、以上の出来事なんぞは、全然、マシ。
生命に関わるピンチも、あったんであるからして。
◆ 12、ちび鬼神と、炎の生きもの ◆
「そっちだ!」「追え! 追え!」「小さな怪物、殺せ!」「殺せ! 殺せ!」
獰猛なる(どうもうなる)、声。
ちび鬼神を、追いかけてくる。
ずどどどど! 重々しい、足音。
ちび鬼神に、迫ってくる。
森の木々のまだらなる目隠しの背後に、狩人どもの姿。1、2、3・・・7人か? 8人か?
初めて見る人間種族である。
鼻! ぶたのごとし!
牙! いのししのごとし!
巨体! ちび鬼神の3倍はあるか? 筋肉と脂肪、でっぷり貯えた、力士の巨体!
かような生きものが、7・8人。木の槍持って追いかけてくる。
「クソッ! ナンジャ、オマエラ!」
ちび鬼神。
藪(やぶ)くぐり、木の根っこ飛び越え、ピョンコピョンコ跳ねるがごとくして、逃げ惑う。
森の中。小さいほうが、逃げるのには逃げやすい。だが、どうしても足が遅くなる。歩幅が狭い!
「私ハ、怪物デハナイゾ! ケモノデモ、ナイノダ! 言葉ダッテ、ワカルンダゾ!」
説得を試みるが、
「フゴオ!」「血祭りだ! 血祭りだ!」
無駄であった。
ちび鬼神。息切れ、動き鈍くなる。
あきらめて、立ち止まった。
「エエイ! カクナル上ハ、決戦ジャ!」
甲高い声でそう叫ぶと、地面に手をつき──
「『力』ノルーン! 『圧縮スル』!
地面ヨ、ヘッコメ! 落トシ穴ニナーレ!」
『力』のルーン、奥義!
『圧縮する』にて、地面を凹ませ、狩人どもを落とそうとする。
・・・ところが。
「アレッ?!」
凹んだのは、ちび鬼神の目の前だけ。その深さ、わずか、こぶし1つぶん。
先頭の狩人が、ちょっとよろめいただけ!
「アレレ!」
「死ね」「怪物め」
腕に。脇腹に。逃げようとしたら、今度は尻に。
ぶすぶすぶす! 木の槍、突き刺さる!
「オワア! 痛イ!」
木の槍とはいえ、その先端、焼き固められ、かなり鋭い。突かれると、痛い!
ちび鬼神。飛び上がり、スッ転んだ。
「ナ、ナンデジャ。『力』ノルーンノ、奥義ガ!」
訳がわからぬ。
地面をゴロゴロ転がって槍を避け、立ち上がって、逃走する。
「ヌウ!? 頑丈な奴!」狩人のほうも、びっくり。「仕留めたはずが!」「血の一滴も、流さぬとは!」
「ヒィヒィ」
ちび鬼神、逃げ惑う。
木を利用して右に左に身を隠し、『力』のルーンでピョーンとジャンプし(これは問題なくできた)、上下左右に槍をかわす。
それでも全部は避け切れぬ。ときどきブスリと、突っつかれる。
「痛イ! ヤメンカ!」
「槍が通じぬ!」「なんたる怪物!」
「エエイ、言葉ノ通ジヌ、野蛮人ドモメ! 一体、ナンチュウ種族ジャ!」
・・・鬼神には、相手がどういう人間種族なのか、さっぱりわからなんだ。
それを知るのは、そう遠くない未来のこと。このお話で言えば、まあ、次回か、その次かというところだ。
ですから、今回は謎の種族のまま、置いておきましょう。
「ハァ、ハァ」
へとへとになり、服をズタボロにされながら、逃げてった先で──
今度は、炎に、行く手を阻まれた(はばまれた)。
赤々と燃え上がる、ほのお!
森の中の、ちょっとした広場に、そびえ立つ!
「ナ、ナンジャ?」
ちび鬼神、思わず、立ち止まる。
なんとでっかい火であろうか。まるで、小山のごとし。
しかも──
「山火事カ? イヤ、動物カ? 四ツ足デ、地面ニ、立ッテオル!」
どうも、この炎。
生きものの形をしておる。
四つ足の、けもの。筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)たる、野生のけもの。そんな形である。
その頭らしき部分に、目のごとき、煌き(きらめき)がある。
その煌き、こっちを見ておる。
「ムムム!」
ちび鬼神、好奇心を刺激された。
じーっと観察する。
そうして立ち止まったせいで、ズドドドド! 狩人どもが、追いついてきおった。
前には炎。後ろには狩人!
「アチャー!」ちび鬼神、額を打つ。「逃ゲル所ガ、ナクナッテシモウタ!」
ところがである。
「え・・・えんちょ?」「えんちょ」「えんちょ!」
狩人ども、突然、ひれ伏した。
木の槍を投げ出し、這いつくばり、「えんちょ」「えんちょ」と、わめき出す。
「ナンジャ? 気デモ、違ッタカ?」
すると。
フゴォ、フゴォ・・・。
小山のような火が、声を上げた。
それは、たしかに声であった。火が燃える音とかではない。意志ある、力強い、声であった。
「おお!」「えんちょ」「えんちょ!」
狩人ども、ひれ伏したまま、ズルズルと後ろへ下がってゆく。
元来た森の中まで後退。そこで這いつくばって、もう攻撃の様子なし。
「ナンナノダ」
ちび鬼神。
狩人と炎を交互に見て、はてな? となる。
「炎ヨ。私ヲ、助ケテクレタノカ?
ソレトモ、オマエガ、私ヲ喰ウツモリカ?」
ちび鬼神。六腕手のひら合わせ、相手を見上げる。
「言ウテオクガナ。私ハ、『死ノ探索』ノ、途中ナノダ。
オマエノ、ゴ飯ニ、ナルツモリハ、ナイゾ!」
すると。
炎の生きもの。
フゴフゴ。と、首を振って、
ブヒ・・・。と、横にどいた。
なんと、横にステップして、道を空けてくれたんである。
「オオ。『行ケ』ト、言ウノカ?」
ブヒ・・・。
「アリガトウ。名モ知レヌ、炎ノ生キモノヨ!」
ちび鬼神は礼を言うて、広場を抜けた。
別れ際に、自分の名を名乗る。
「我ガ名ハ、鬼神! 鬼ドモノ神。
イツカマタ会ウタラバ、礼ヲスルゾ! デハナ!」
ブヒ・・・!
ふたたび森に入り、スタスタ歩くちび鬼神。
あれは一体、なんだったのだろう? あの炎の生きものは?
デブの狩人ども、ずいぶん恐れ入っておったが・・・もしかして、神かなんかか?
神さまだったのなら、会話をすればよかったかのう?
『死』とか、『永遠の生命』とかについて、訊いてみたらよかった・・・。
などと、ついつい、考え込んでしまい、
どっすん!!!
脇腹に、突撃を喰らってしもうた。
「グヘエ!」
それは、野生のいのしし。
藪の中から、飛び出してきた!
鬼神まともに喰らって、萎んだ身体、高々と宙に吹っ飛ばされた!
「ウワアー!」
くるくる回って空を飛び、どてっと地面に転がった、その地面、ほとんど垂直な、下り坂!
ゴンロゴンロと、転がり落ちてゆく!
「オワー! 目ガ回ル。ホワアアア」
ゴンロゴンロ、ゴロロロロ!
と、転がった先で。
ばっ。
開ける視界。
「アレエ!」
なんもない、空!
ちび鬼神、崖から空へと、飛び出してしもうたんである!
そのまま落下!
どぼーーーん!
川に落ちた!
急流! 流される!
「ゴボゴボゴボ!」
目回し、水呑んで、苦しみもがく、ちび鬼神!
必死に泳ぐが、水面に出れぬ!
『力』のルーンを使おうにも、足が川底に届きゃせぬ!
ああ! 身体のサイズさえ、元のままであったなら。こんな川ごとき、なんでもないのに!
『萎む』のルーンのせいで、一世一代の、大ピンチ!
ザンブザンブと流されて、ザバアと放り出されたその先は──またしても、空!
ちび鬼神、急流から滝へと、飛び出してしもうた!
当然、落下!
どぼーーーん!
滝壺に落ち、強く頭を打った鬼神。
とうとう気を失って、ズンドコズンドコ、流されてゆくのであった。
◆ 13、ちび鬼神、やみにまよう ◆
「兄者」「兄者」
「・・・ウウウ」
「兄者、起きろ」「いますぐ起きろ」
「ウム? ソノ声ハ」
ちび鬼神、起き上がる。
見れば、赤く大きな猿のごとき男が2人、こちらを見下ろしておる。
「──弟ドモヨ!」
それは、鬼神の弟ども!
ずーっと昔に死んで、この世を去った2人の弟ども。
鬼神に手を貸してくれて以来、何十年ぶりかの登場であった!
「さあ起きろ」片方が急かす。
「兄者www」片方は爆笑した。「ちんちくりんなwwwww」
「笑ウナ!」
「すまぬwww」
「こいつは放っておけ。兄者。早く起きろ! 生命をなくすぞ」
「ドウイウコトジャ?」
鬼神わからぬ。
「セッカク会エタノニ、ソナイニ急カサンデモ、ヨカロウニ」
「説明しとる時間はない!」「そうだ、そうだ」
「シカシダナ。説明サレネバ、ワカランゾ」
「ええい、兄者は!」「話が、長い!」
弟ども。
うむ! と、うなずき合ったかと思うと。
「目を覚ませ!」
ちび鬼神を、ぶん殴ってきよった。
「グワア!」
鬼神、目を覚ます。
ばっしゃん! 水の音。
ザーザーゴーゴー・・・ゴポゴポゴポ・・・と、耳鳴りがする。
水が冷たい。どうやら、いまだに、流されておるらしい。
「エエイ。イキナリ、殴リオッテカラニ!」
ばちゃばちゃもがき、起き上がる。
幸い、足がついた。浅瀬のようである。
──が。
目が見えぬ。
「ナンジャ? 真ッ暗ダゾ!」
フラフラしつつ、『力』のルーンを足の裏に張って、流されたりこけたりせんようにする。
しばらく突っ立って、呼吸を整える。
あらためて、周囲を見回す。
しかし。
「ナンモ、見エヌ・・・」
闇!
周囲は、全き(まったき)闇であった。
それはもう、自分が目を閉じたんかと思うほど──いやいや、それより、もっと暗い。
鬼神の超常の『夜目』をもってしても、指先も見えぬ。自分の鼻先すら見えぬ。
異常なまでの、闇であった!
「コノ闇、マルデ・・・」
ちび鬼神。思い出す。
「エスロ博士ノ、『闇』ノルーンノヨウダノウ!」
この推測。
当たりであった。
超自然なる闇の正体は、『闇』のルーンだったんである。
と言っても、それがわかったのは、だいぶ後になってのこと。
『闇』のルーンの関係者と話をして、初めて確信が持てたのですがね。
その関係者の話とは、こんなものでした──
──
『闇のルーンのゆくえについての推測』
・・・そうですに。
事の発端は、『闇』のルーンの所有者が、殺されたことですえ。
他ならぬ、エスロのことですが。
ルーンの所有者が殺されますと、ルーンは相手に奪われまする。
神竜がエスロを殺したわけですから、『闇』のルーンは、神竜のものとなる。
ふつうならば、そうです。
ところが、そうはならなんだ。
原因は恐らく、『敵なる血の呪い』。
呪いによって全身が麻痺した神竜は、頭がうまく働かなんだ。
ルーンを認識することができず、取り逃がしたのでありましょう。
それで、『闇』のルーンは所有者の居らぬルーンとなった。
所有者の居らぬルーンは、あっちこっちウロウロと、この世を彷徨う(さまよう)。
そうして、ルーンの性質に沿った場所に落ち着くのだそうです。
『光』のルーンは、明るいところに。『闇』のルーンは、暗いところに・・・という具合。
鬼神さまは、たまたまそういう場所へ流れ着いた。
あるいは──鬼神さま御本人が、『闇』の性質をお持ちなのかも知れませぬ。
なにしろ、鬼神さまの母上は『暗い霊峰の女神』ですからに・・・。
──
──ま、つまり、完全な闇で、全然なんも見えんかったというわけだ。
右も左もわからぬ。手元も足元も見えぬ。
まったくの盲目といった状態。
「ウーム。コレハ、マズイゾ」
ちび鬼神。
立ち止まったまま、考える。
「ドウシタモノカ・・・」
腕組み、沈黙し、瞑目し(めいもくし)・・・深く考えて、
「グウ」
立ったまま、寝てしもうた。
「あ、父上」
「オオ。ハル」
鬼神の夢の中。お祈り空間。
次女ハルモニアー、ふたたび登場である。
「びしょびしょですに。海にでも飛び込まれたのですかに?」
「ウム。ソレガナ、コウイウ訳ナノダ」
ちび鬼神説明。ハルモニアーびっくり。「危機一髪やに」
「マサニトイウコトジャ」
「ああ、私がそこに居ったならば。『闇の目』で、見てあげれたものを・・・」
ハルモニアー。
母なる月の女神から、『闇の目』という知覚能力を授かっておる。
『闇』のルーンの暗闇の中であっても、周囲の状況がわかるんである。
「ポタージュに頼んで、助けに行きましょうか」
「イヤ。周囲ノ状況ガ、ワカラヌ。可愛イオマエヤ、ポタージュオ嬢サンニ、万ガ一ガアッテハ、困ル」
「むう」
かしこいハルモニアー。考える。
「まず、父上。一歩も動いてはなりませぬ」
「ナント?」
「やたらに歩き回ったり、大声を上げたり、ものを投げたりしてはなりませぬ」
「ナンデジャ?」
「穴があったり、崖崩れが起きたり、けものが居ったりしたら、一巻の終わりとなりかねませぬ」
「ナルホド」
「静かに周囲を探り、慎重の上にも慎重に、脱出をはかるべきですえ」
「ソウダナ! ヤッテミルワイ!」
目が覚めた。
水が冷たい。
まあ、冷たい水のごとき、鬼神には脅威ではないのだ。
問題は闇である。
ちび鬼神、腰に手をやってみた。
「優雅ハ・・・ヨシヨシ、アルナ」
巨人の剣、名付けて“優雅”。
いまだ、鬼神の腰にある。
ジャリン・・・。
ちょっと抜いてみた。
見えぬ。
「ダメカ」
優雅は、神剣“グレイス”と同じ、ヒイロガネ製の剣である。
グレイスは、『闇』のルーンの中でもオレンジに輝いて、はっきり見えた。
あわよくば優雅も・・・と思ったのであるが、残念。ダメであった。
「起コシテ、スマナンダノウ。優雅ヨ。オ休ミ」
ンリャジ・・・。
鞘に戻した。
「ハテサテ、ドウシタモノカ」
ちび鬼神。
突っ立ったまま、困り果てる。
困り果てて──笑いだした。
「フフフ・・・フハハ・・・」
なんで笑うたのか?
闇に恐怖して、頭がおかしくなったのか?
いいや。そうではなかった。
「フハハ。実ニ、楽シイゾ。
久シブリに、『生キトル』トイウ、実感ガアルワイ」
それは、『生』のよろこび!
自分はまだ生きておる。その実感! 生命のよろこびの笑いであった!
「マッタク、私ハ、乱暴者ジャ!
生キルカ死ヌカノ、瀬戸際ヲ、『楽シイ』ト感ジルノダカラ!
サテ・・・。
何ガデキルカ、自分ノ力ヲ試ストシヨウ」
◆ 14、ちび鬼神、力をかんじる ◆
ちび鬼神、この危地を脱すべく、考える。
動くのは最後の手段だ。一歩先が、文字通り闇なのだから。
まずは、動かずにできることを考えねばならぬ。
最初にすべきは、周辺の地形の探索であろう。
そういうルーンを持っておればよいのだが。
周囲の状態を探るルーンなど、ひとつも持っては・・・
・・・いや待てよ?
「『力』ノルーン・・・」
ちび鬼神は、静かに唱えた。
この人生。ずーっとお付き合いしてきた、ルーンの名を。
「・・・奥義、『力ヲ感ジル』。
我ガ伴ナル『力』ノルーンヨ。水ノ力ヲ、私ニ伝エテクレイ」
手を、そっと水につける。
目を閉じ、集中する。
すると。
(・・・よし! 見えるぞ。
水の流れが──水の『力』の流れが、見える!)
それは。
『三角州の受け』に開眼した、災いの日のごとし。
風の『力』を見たのと同じように、水の『力』も、見えたのであった!
(ふむふむ。
上流はあちら。流れはゆるやか。
これはまあ、肌でもわかっておったことだが。
・・・しかし、なんか、範囲が狭いぞ?
『三角州の受け』のときは、もっと広く見えたはずだが・・・。
身体が萎んだせいか?
そう言えば、さっき地面を凹ましたときも、範囲が狭かったのう・・・)
鬼神。
目を閉じ、黙ったまんま、あれこれと考える。
(で、下流は・・・うおお! なんとしたことじゃ!)
なんと。
下流方面。
徐々に急な下り坂となり、大きな水のかたまりに合流しておるではないか!
(これは・・・地底湖か?
いや、水中洞窟!
完全に水没した洞窟だ!
洞窟の中をぐるぐると水が回り、上も下もわからぬほどじゃ!
おお! こんなところへ吸い込まれておったなら、まさに生命はなかったであろう!)
なんとなんと。
あとほんのちょっと、ひと呼吸かそこら下流まで流されておったならば。
鬼神は、真っ暗闇の水中洞窟(?)に、吸い込まれるところだったんである!
(弟よ。感謝するぞ。
また会うたら、『ありがとう』のパンチをくれてやるわ!)
『力』の探査を終えた、鬼神。
ゆーっくり、四つん這い(手足全部で8本なので、八つん這いか?)となる。
顔が濡れるが、しょうがない。安全のためである。
万が一にも足をすべらせ、下流へ呑み込まれたら、それこそ『死』なんであるから。
そろーり。
そろり。
手1本、足の1本を、順番に動かす。
動かしては、探査する。
「『力』ノルーン、『力ヲ感ジル』」
探査しては、動かす。
「『力』ノルーン、『力ヲ感ジル』」
動かしては、探査する・・・
どれだけの時間、そうして這い進んだであろうか。
突然、視界が明るくなった。
『闇』を、抜けたのだ。
それは、朝焼けの谷間の光景。
昇り来たるお日さまが、美しくも峻険な(しゅんけんな)谷間を、くっきりと照らしておった。
「オオ!
目ニ見エル、コノ世ノ、美シイコトヨ!」
ちび鬼神。
六腕を天に差し上げて、よろこんだ。
明けの空には、お月さん。
鬼神を見下ろしておる。
「・・・オイ。オ月。
オマエノ、イタズラノセイデ、死ニカケタゾ! ワッハッハ!」
後ろを振り向く。
下流は、完全なる闇。
恐らく洞窟なのだろうが、なんも見えん。なんもわからぬ。
「『闇』ノルーンカ・・・」
ちび鬼神。
ちょっとその場で、考えた。
『闇』のルーンが、ここにあるのなら。
もしかして、エスロ博士の遺体も、ここにあるのでは?
そして、博士の遺体があるのなら──
結論から言えば、これは間違いなのだ。
ここにあったのは、『闇』のルーンだけ。ルーンだけが彷徨って、ここにやって来ただけだ。
だが、鬼神にはそれがわからんかったので。
しばらくのあいだ、悩んだ。
それはもう、あとちょっとで闇の中に飛び込んでしまいそうなぐらい、真剣に悩んだのだ。
──ルシーナの遺体も、ここにあるのでは? と。
結局。
鬼神は、正しい判断をした。
「・・・娘ヨ。博士ヨ。エスロ台ヨ。
モシモ、ソコニ居ルナラバ。
私ヲ、許シテクレイ。
『闇ノ目』ヲ持タヌ私ニ、ソコハ、危険スギルノダ」
見通しの利かぬ闇に、背中を向けて。
無理な探索は、やめにして。
「ダカラ、モウ、ユクゾ。
ソナタラノコトハ、必ズ、決着ヲ、ツケルカラナ・・・」
鬼神は、太陽の光に照らされた道を、歩いてゆくのであった。