六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

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死の探索(3) ちび鬼神と、炎の生きもの

◆ 11、ちび鬼神、なんぎする ◆

 

 月の女神のいたずらな置き土産、『萎む(しぼむ)』のルーン。

 まんまと引っ掛かり、小さく萎んでしもうた、鬼神。

 ちび鬼神。

 旅は、じつに難儀であった。

 

「ア痛!」

 どて。

 ちび鬼神、こける。

 小さな段差に、蹴つまづいてしもうたんである。

 本当に、なんてことない地形である。岩山だが、そんな険しくない。

 大きな頃の鬼神であれば、ヒョイヒョイと、踏破できた(とうはできた)。その程度。

 だが身体萎み、足も短くなり、しょうもないとこで、蹴っつまづく。

「エエイ、クソッ! 歩キヅライワ!」

 甲高い声で文句言うたり、

「・・・しかし、人間が歳をとるというのは、こういうことかも知れんのう。

 身体萎み、足縮み、いままでできとったことが、できんようになるわけだ」

 などと、考えたりしておると。

 ばさばさばさっ!

 つばさの音が、襲いかかってきた。

「ム!」

 がし!

 ちび鬼神、頭掴まれた!

 ばっさばさばさ! つばさ、耳元で激しく打ち鳴らされる。

 ふわり。

 ちび鬼神。空中に浮き上がった。

「グゲー」

 なんと乱暴な! 頭を引っ掴んで、持ち上げるとは!

 頭に爪食い込み、痛い。首が引っこ抜けるように、痛い!

「ヤメンカ!」

 六腕で相手の足を叩く。

 爪が外れた。

 落下する。

 どしーん! 岩山に、叩きつけられた。

「グワア! 痛イ!」

 固い岩肌にガッコガッコ叩きつけられながら転がり、ちび鬼神、あざだらけ。

 空を見上げると、鳥。つばさ広げ、旋回しておる。

 猛禽(もうきん)。でかい。そのつばさ、左右それぞれ、ちび鬼神が両手広げたよりも、でかい!

「ワシカ? タカカ? 怪物カ?

 ──何ニセヨ、」

 ちび鬼神、ガッと足元に手突き立て、『力』のルーンで岩を割り、掴む。

「ソッチガ私ヲ喰ウ気ナラ、手加減センゾ! 戦闘開始ジャ!」

 岩を投げんと、振りかぶる。

 猛禽。素早く向き変え、ひらりひらりと舞い踊るように逃げてった。

「チッ」

 

 とまあ、ちび鬼神の旅は難儀なものであった。

 地形に苦労し、動物に襲われ・・・。

 疲れ果てて昼寝をすれば、「きゃー!?」と叫ばれ──

 

「きゃー!?」

「ウン?」

 見れば、竪琴抱えた鬼神の次女、ハルモニアーである。

 恐怖におののき、こちらを見ておる。

「だ・・・誰ですかに!?」

「オオ、ハルカ! 私ジャ!」

「え?」ハルモニアー、首ひねる。

「オマエノ、父ダゾ!」

「え? え? 父上?」

「ソウジャ!」

「あなや。なんで・・・そんな、縮んでおられるのかに!?」

「母上ノ、セイジャ! 『萎ム』ノルーン!」

 説明する、ちび鬼神。

 甲高い声のため、とても聞き取りづらい。

 だが、ハルモニアー。さすがはスカルド。巧みに質問挟みつつ、ちゃーんと理解する。

「そうでしたか・・・」

「ソウデシタノジャ!」

「ふーん・・・」

 ハルモニアー。

 じーっとちび鬼神を見下ろしてくる。

 じーーー・・・っと、濃い金色の瞳で見下ろしてきよる。

「ナンジャ?」

「抱っこしていいですかに?」

「ハ?」

 ハルモニアー、ほほえみ浮かべて、手伸ばしてきた。

 ちび鬼神。捕まる。抱き上げられる。

「オワア」

「ふわー、可愛い!」

 娘、大喜び。

 ちび鬼神を胸に抱え上げ、「よしよし」と振り回して来よる。

「オ、オイ。コリャ。ハルモニアーヨ。ヤメンカ」

「んー?」

「私ハ、子供ジャナインダゾ!」

「そうですにー。よしよし」

 娘、にこにこして、無視。

 ちび鬼神、六腕ばたばたして身をよじる。「下ロセ!」

 

「ハァハァ。ヒドイ目ニ、合ウタワイ!」

 やっとのことで、次女から逃れたちび鬼神。

「娘ニ抱ッコサレルトハ! 父ノ沽券(コケン)ニ、関ワルゾ! ハァハァ」

 と、息切れしておると、

「あなや! 誰かに!?」

 今度は、三女のイリス。

 赤ん坊を左に抱え、すっかりお母ちゃんの顔となったイリスが・・・

 興味津々(きょうみしんしん)。右手、伸ばしてきた。

「マズイ!」ちび鬼神、逃げる。

「待ちなえ」

 捕まった。

 襟首捕まれ、子ねこがごとく、ぶらーん。持ち上げられた。

「コリャ! イリス! 父ヲ、ブラ下ゲルンジャナイ!」

「えー! 父上なん?」

「ソウダゾ!」

「あなや! 可愛いえ!」

 左腕に赤ん坊。右腕に六腕三眼萎み神。抱えて、イリス、ご機嫌である。

「下ロセー!」

 

 やっとのことで、三女から逃れたちび鬼神。

 目を覚まし、いやな汗、拭う。

「・・・そう言えば、妙雅も、掴まれるの、嫌がっておったのう。

 こういう気持ちだったんかも知れんわい」などと、考えるのであった。

 

 ことほどかように、ちび鬼神は、難儀したんである。

 それでも、以上の出来事なんぞは、全然、マシ。

 

 生命に関わるピンチも、あったんであるからして。

 

◆ 12、ちび鬼神と、炎の生きもの ◆

 

「そっちだ!」「追え! 追え!」「小さな怪物、殺せ!」「殺せ! 殺せ!」

 獰猛なる(どうもうなる)、声。

 ちび鬼神を、追いかけてくる。

 ずどどどど! 重々しい、足音。

 ちび鬼神に、迫ってくる。

 森の木々のまだらなる目隠しの背後に、狩人どもの姿。1、2、3・・・7人か? 8人か?

 初めて見る人間種族である。

 鼻! ぶたのごとし!

 牙! いのししのごとし!

 巨体! ちび鬼神の3倍はあるか? 筋肉と脂肪、でっぷり貯えた、力士の巨体!

 かような生きものが、7・8人。木の槍持って追いかけてくる。

「クソッ! ナンジャ、オマエラ!」

 ちび鬼神。 

 藪(やぶ)くぐり、木の根っこ飛び越え、ピョンコピョンコ跳ねるがごとくして、逃げ惑う。

 森の中。小さいほうが、逃げるのには逃げやすい。だが、どうしても足が遅くなる。歩幅が狭い!

「私ハ、怪物デハナイゾ! ケモノデモ、ナイノダ! 言葉ダッテ、ワカルンダゾ!」

 説得を試みるが、

「フゴオ!」「血祭りだ! 血祭りだ!」

 無駄であった。

 ちび鬼神。息切れ、動き鈍くなる。

 あきらめて、立ち止まった。

「エエイ! カクナル上ハ、決戦ジャ!」

 甲高い声でそう叫ぶと、地面に手をつき──

「『力』ノルーン! 『圧縮スル』!

 地面ヨ、ヘッコメ! 落トシ穴ニナーレ!」

 『力』のルーン、奥義!

 『圧縮する』にて、地面を凹ませ、狩人どもを落とそうとする。

 ・・・ところが。

「アレッ?!」

 凹んだのは、ちび鬼神の目の前だけ。その深さ、わずか、こぶし1つぶん。

 先頭の狩人が、ちょっとよろめいただけ!

「アレレ!」

「死ね」「怪物め」

 腕に。脇腹に。逃げようとしたら、今度は尻に。

 ぶすぶすぶす! 木の槍、突き刺さる!

「オワア! 痛イ!」

 木の槍とはいえ、その先端、焼き固められ、かなり鋭い。突かれると、痛い!

 ちび鬼神。飛び上がり、スッ転んだ。

「ナ、ナンデジャ。『力』ノルーンノ、奥義ガ!」

 訳がわからぬ。

 地面をゴロゴロ転がって槍を避け、立ち上がって、逃走する。

「ヌウ!? 頑丈な奴!」狩人のほうも、びっくり。「仕留めたはずが!」「血の一滴も、流さぬとは!」

「ヒィヒィ」

 ちび鬼神、逃げ惑う。

 木を利用して右に左に身を隠し、『力』のルーンでピョーンとジャンプし(これは問題なくできた)、上下左右に槍をかわす。

 それでも全部は避け切れぬ。ときどきブスリと、突っつかれる。

「痛イ! ヤメンカ!」

「槍が通じぬ!」「なんたる怪物!」

「エエイ、言葉ノ通ジヌ、野蛮人ドモメ! 一体、ナンチュウ種族ジャ!」

 

 ・・・鬼神には、相手がどういう人間種族なのか、さっぱりわからなんだ。

 それを知るのは、そう遠くない未来のこと。このお話で言えば、まあ、次回か、その次かというところだ。

 ですから、今回は謎の種族のまま、置いておきましょう。

 

「ハァ、ハァ」

 へとへとになり、服をズタボロにされながら、逃げてった先で──

 今度は、炎に、行く手を阻まれた(はばまれた)。

 

 赤々と燃え上がる、ほのお!

 森の中の、ちょっとした広場に、そびえ立つ!

 

「ナ、ナンジャ?」

 ちび鬼神、思わず、立ち止まる。

 なんとでっかい火であろうか。まるで、小山のごとし。

 しかも──

「山火事カ? イヤ、動物カ? 四ツ足デ、地面ニ、立ッテオル!」

 どうも、この炎。

 生きものの形をしておる。

 四つ足の、けもの。筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)たる、野生のけもの。そんな形である。

 その頭らしき部分に、目のごとき、煌き(きらめき)がある。

 その煌き、こっちを見ておる。

「ムムム!」

 ちび鬼神、好奇心を刺激された。

 じーっと観察する。

 そうして立ち止まったせいで、ズドドドド! 狩人どもが、追いついてきおった。

 前には炎。後ろには狩人!

「アチャー!」ちび鬼神、額を打つ。「逃ゲル所ガ、ナクナッテシモウタ!」

 ところがである。

「え・・・えんちょ?」「えんちょ」「えんちょ!」

 狩人ども、突然、ひれ伏した。

 木の槍を投げ出し、這いつくばり、「えんちょ」「えんちょ」と、わめき出す。

「ナンジャ? 気デモ、違ッタカ?」

 すると。

 フゴォ、フゴォ・・・。

 小山のような火が、声を上げた。

 それは、たしかに声であった。火が燃える音とかではない。意志ある、力強い、声であった。

「おお!」「えんちょ」「えんちょ!」

 狩人ども、ひれ伏したまま、ズルズルと後ろへ下がってゆく。

 元来た森の中まで後退。そこで這いつくばって、もう攻撃の様子なし。

「ナンナノダ」

 ちび鬼神。

 狩人と炎を交互に見て、はてな? となる。

「炎ヨ。私ヲ、助ケテクレタノカ?

 ソレトモ、オマエガ、私ヲ喰ウツモリカ?」

 ちび鬼神。六腕手のひら合わせ、相手を見上げる。

「言ウテオクガナ。私ハ、『死ノ探索』ノ、途中ナノダ。

 オマエノ、ゴ飯ニ、ナルツモリハ、ナイゾ!」

 すると。

 炎の生きもの。

 フゴフゴ。と、首を振って、

 ブヒ・・・。と、横にどいた。

 なんと、横にステップして、道を空けてくれたんである。

「オオ。『行ケ』ト、言ウノカ?」

 ブヒ・・・。

「アリガトウ。名モ知レヌ、炎ノ生キモノヨ!」

 ちび鬼神は礼を言うて、広場を抜けた。

 別れ際に、自分の名を名乗る。

「我ガ名ハ、鬼神! 鬼ドモノ神。

 イツカマタ会ウタラバ、礼ヲスルゾ! デハナ!」

 ブヒ・・・!

 

 ふたたび森に入り、スタスタ歩くちび鬼神。

 あれは一体、なんだったのだろう? あの炎の生きものは?

 デブの狩人ども、ずいぶん恐れ入っておったが・・・もしかして、神かなんかか?

 神さまだったのなら、会話をすればよかったかのう?

 『死』とか、『永遠の生命』とかについて、訊いてみたらよかった・・・。

 などと、ついつい、考え込んでしまい、

 

 どっすん!!!

 

 脇腹に、突撃を喰らってしもうた。

「グヘエ!」

 それは、野生のいのしし。

 藪の中から、飛び出してきた!

 鬼神まともに喰らって、萎んだ身体、高々と宙に吹っ飛ばされた!

「ウワアー!」

 くるくる回って空を飛び、どてっと地面に転がった、その地面、ほとんど垂直な、下り坂!

 ゴンロゴンロと、転がり落ちてゆく!

「オワー! 目ガ回ル。ホワアアア」

 ゴンロゴンロ、ゴロロロロ!

 と、転がった先で。

 ばっ。

 開ける視界。

「アレエ!」

 なんもない、空!

 ちび鬼神、崖から空へと、飛び出してしもうたんである!

 そのまま落下!

 

 どぼーーーん!

 

 川に落ちた!

 急流! 流される!

「ゴボゴボゴボ!」

 目回し、水呑んで、苦しみもがく、ちび鬼神!

 必死に泳ぐが、水面に出れぬ!

 『力』のルーンを使おうにも、足が川底に届きゃせぬ!

 ああ! 身体のサイズさえ、元のままであったなら。こんな川ごとき、なんでもないのに!

 『萎む』のルーンのせいで、一世一代の、大ピンチ!

 ザンブザンブと流されて、ザバアと放り出されたその先は──またしても、空!

 ちび鬼神、急流から滝へと、飛び出してしもうた!

 当然、落下!

 

 どぼーーーん!

 

 滝壺に落ち、強く頭を打った鬼神。

 とうとう気を失って、ズンドコズンドコ、流されてゆくのであった。

 

◆ 13、ちび鬼神、やみにまよう ◆

 

「兄者」「兄者」

「・・・ウウウ」

「兄者、起きろ」「いますぐ起きろ」

「ウム? ソノ声ハ」

 ちび鬼神、起き上がる。

 見れば、赤く大きな猿のごとき男が2人、こちらを見下ろしておる。

「──弟ドモヨ!」

 

 それは、鬼神の弟ども!

 ずーっと昔に死んで、この世を去った2人の弟ども。

 鬼神に手を貸してくれて以来、何十年ぶりかの登場であった!

 

「さあ起きろ」片方が急かす。

「兄者www」片方は爆笑した。「ちんちくりんなwwwww」

「笑ウナ!」

「すまぬwww」

「こいつは放っておけ。兄者。早く起きろ! 生命をなくすぞ」

「ドウイウコトジャ?」

 鬼神わからぬ。

「セッカク会エタノニ、ソナイニ急カサンデモ、ヨカロウニ」

「説明しとる時間はない!」「そうだ、そうだ」

「シカシダナ。説明サレネバ、ワカランゾ」

「ええい、兄者は!」「話が、長い!」

 弟ども。

 うむ! と、うなずき合ったかと思うと。

「目を覚ませ!」

 ちび鬼神を、ぶん殴ってきよった。

 

「グワア!」

 鬼神、目を覚ます。

 ばっしゃん! 水の音。

 ザーザーゴーゴー・・・ゴポゴポゴポ・・・と、耳鳴りがする。

 水が冷たい。どうやら、いまだに、流されておるらしい。

「エエイ。イキナリ、殴リオッテカラニ!」

 ばちゃばちゃもがき、起き上がる。

 幸い、足がついた。浅瀬のようである。

 ──が。

 目が見えぬ。

「ナンジャ? 真ッ暗ダゾ!」

 フラフラしつつ、『力』のルーンを足の裏に張って、流されたりこけたりせんようにする。

 しばらく突っ立って、呼吸を整える。

 あらためて、周囲を見回す。

 しかし。

「ナンモ、見エヌ・・・」

 

 闇!

 周囲は、全き(まったき)闇であった。

 それはもう、自分が目を閉じたんかと思うほど──いやいや、それより、もっと暗い。

 鬼神の超常の『夜目』をもってしても、指先も見えぬ。自分の鼻先すら見えぬ。

 異常なまでの、闇であった!

 

「コノ闇、マルデ・・・」

 ちび鬼神。思い出す。

「エスロ博士ノ、『闇』ノルーンノヨウダノウ!」

 

 この推測。

 当たりであった。

 超自然なる闇の正体は、『闇』のルーンだったんである。

 と言っても、それがわかったのは、だいぶ後になってのこと。

 『闇』のルーンの関係者と話をして、初めて確信が持てたのですがね。

 その関係者の話とは、こんなものでした──

 

──

 『闇のルーンのゆくえについての推測』

 

 ・・・そうですに。

 事の発端は、『闇』のルーンの所有者が、殺されたことですえ。

 他ならぬ、エスロのことですが。

 

 ルーンの所有者が殺されますと、ルーンは相手に奪われまする。

 神竜がエスロを殺したわけですから、『闇』のルーンは、神竜のものとなる。

 ふつうならば、そうです。

 ところが、そうはならなんだ。

 

 原因は恐らく、『敵なる血の呪い』。

 呪いによって全身が麻痺した神竜は、頭がうまく働かなんだ。

 ルーンを認識することができず、取り逃がしたのでありましょう。

 

 それで、『闇』のルーンは所有者の居らぬルーンとなった。

 所有者の居らぬルーンは、あっちこっちウロウロと、この世を彷徨う(さまよう)。

 そうして、ルーンの性質に沿った場所に落ち着くのだそうです。

 『光』のルーンは、明るいところに。『闇』のルーンは、暗いところに・・・という具合。

 

 鬼神さまは、たまたまそういう場所へ流れ着いた。

 あるいは──鬼神さま御本人が、『闇』の性質をお持ちなのかも知れませぬ。

 なにしろ、鬼神さまの母上は『暗い霊峰の女神』ですからに・・・。

 

──

 

 ──ま、つまり、完全な闇で、全然なんも見えんかったというわけだ。

 右も左もわからぬ。手元も足元も見えぬ。

 まったくの盲目といった状態。

「ウーム。コレハ、マズイゾ」

 ちび鬼神。

 立ち止まったまま、考える。

「ドウシタモノカ・・・」

 腕組み、沈黙し、瞑目し(めいもくし)・・・深く考えて、

「グウ」

 立ったまま、寝てしもうた。

 

「あ、父上」

「オオ。ハル」

 鬼神の夢の中。お祈り空間。

 次女ハルモニアー、ふたたび登場である。

「びしょびしょですに。海にでも飛び込まれたのですかに?」

「ウム。ソレガナ、コウイウ訳ナノダ」

 ちび鬼神説明。ハルモニアーびっくり。「危機一髪やに」

「マサニトイウコトジャ」

「ああ、私がそこに居ったならば。『闇の目』で、見てあげれたものを・・・」

 

 ハルモニアー。

 母なる月の女神から、『闇の目』という知覚能力を授かっておる。

 『闇』のルーンの暗闇の中であっても、周囲の状況がわかるんである。

 

「ポタージュに頼んで、助けに行きましょうか」

「イヤ。周囲ノ状況ガ、ワカラヌ。可愛イオマエヤ、ポタージュオ嬢サンニ、万ガ一ガアッテハ、困ル」

「むう」

 かしこいハルモニアー。考える。

「まず、父上。一歩も動いてはなりませぬ」

「ナント?」

「やたらに歩き回ったり、大声を上げたり、ものを投げたりしてはなりませぬ」

「ナンデジャ?」

「穴があったり、崖崩れが起きたり、けものが居ったりしたら、一巻の終わりとなりかねませぬ」

「ナルホド」

「静かに周囲を探り、慎重の上にも慎重に、脱出をはかるべきですえ」

「ソウダナ! ヤッテミルワイ!」

 

 目が覚めた。

 水が冷たい。

 まあ、冷たい水のごとき、鬼神には脅威ではないのだ。

 問題は闇である。

 ちび鬼神、腰に手をやってみた。

「優雅ハ・・・ヨシヨシ、アルナ」

 巨人の剣、名付けて“優雅”。

 いまだ、鬼神の腰にある。

 ジャリン・・・。

 ちょっと抜いてみた。

 見えぬ。

「ダメカ」

 優雅は、神剣“グレイス”と同じ、ヒイロガネ製の剣である。

 グレイスは、『闇』のルーンの中でもオレンジに輝いて、はっきり見えた。

 あわよくば優雅も・・・と思ったのであるが、残念。ダメであった。

「起コシテ、スマナンダノウ。優雅ヨ。オ休ミ」

 ンリャジ・・・。

 鞘に戻した。

「ハテサテ、ドウシタモノカ」

 ちび鬼神。

 突っ立ったまま、困り果てる。

 困り果てて──笑いだした。

「フフフ・・・フハハ・・・」

 

 なんで笑うたのか?

 闇に恐怖して、頭がおかしくなったのか?

 いいや。そうではなかった。

 

「フハハ。実ニ、楽シイゾ。

 久シブリに、『生キトル』トイウ、実感ガアルワイ」

 

 それは、『生』のよろこび!

 自分はまだ生きておる。その実感! 生命のよろこびの笑いであった!

 

「マッタク、私ハ、乱暴者ジャ!

 生キルカ死ヌカノ、瀬戸際ヲ、『楽シイ』ト感ジルノダカラ!

 サテ・・・。

 何ガデキルカ、自分ノ力ヲ試ストシヨウ」

 

◆ 14、ちび鬼神、力をかんじる ◆

 

 ちび鬼神、この危地を脱すべく、考える。

 

 動くのは最後の手段だ。一歩先が、文字通り闇なのだから。

 まずは、動かずにできることを考えねばならぬ。

 最初にすべきは、周辺の地形の探索であろう。

 そういうルーンを持っておればよいのだが。

 周囲の状態を探るルーンなど、ひとつも持っては・・・

 

 ・・・いや待てよ?

 

「『力』ノルーン・・・」

 ちび鬼神は、静かに唱えた。

 この人生。ずーっとお付き合いしてきた、ルーンの名を。

「・・・奥義、『力ヲ感ジル』。

 我ガ伴ナル『力』ノルーンヨ。水ノ力ヲ、私ニ伝エテクレイ」

 手を、そっと水につける。

 目を閉じ、集中する。

 すると。

(・・・よし! 見えるぞ。

 水の流れが──水の『力』の流れが、見える!)

 それは。

 『三角州の受け』に開眼した、災いの日のごとし。

 風の『力』を見たのと同じように、水の『力』も、見えたのであった!

(ふむふむ。

 上流はあちら。流れはゆるやか。

 これはまあ、肌でもわかっておったことだが。

 ・・・しかし、なんか、範囲が狭いぞ?

 『三角州の受け』のときは、もっと広く見えたはずだが・・・。

 身体が萎んだせいか?

 そう言えば、さっき地面を凹ましたときも、範囲が狭かったのう・・・)

 鬼神。

 目を閉じ、黙ったまんま、あれこれと考える。

(で、下流は・・・うおお! なんとしたことじゃ!)

 なんと。

 下流方面。

 徐々に急な下り坂となり、大きな水のかたまりに合流しておるではないか!

(これは・・・地底湖か?

 いや、水中洞窟!

 完全に水没した洞窟だ!

 洞窟の中をぐるぐると水が回り、上も下もわからぬほどじゃ!

 おお! こんなところへ吸い込まれておったなら、まさに生命はなかったであろう!)

 

 なんとなんと。

 あとほんのちょっと、ひと呼吸かそこら下流まで流されておったならば。

 鬼神は、真っ暗闇の水中洞窟(?)に、吸い込まれるところだったんである!

 

(弟よ。感謝するぞ。

 また会うたら、『ありがとう』のパンチをくれてやるわ!)

 

 『力』の探査を終えた、鬼神。

 ゆーっくり、四つん這い(手足全部で8本なので、八つん這いか?)となる。

 顔が濡れるが、しょうがない。安全のためである。

 万が一にも足をすべらせ、下流へ呑み込まれたら、それこそ『死』なんであるから。

 そろーり。

 そろり。

 手1本、足の1本を、順番に動かす。

 動かしては、探査する。

「『力』ノルーン、『力ヲ感ジル』」

 探査しては、動かす。

「『力』ノルーン、『力ヲ感ジル』」

 動かしては、探査する・・・

 

 どれだけの時間、そうして這い進んだであろうか。

 

 突然、視界が明るくなった。

 『闇』を、抜けたのだ。

 

 それは、朝焼けの谷間の光景。

 昇り来たるお日さまが、美しくも峻険な(しゅんけんな)谷間を、くっきりと照らしておった。

「オオ!

 目ニ見エル、コノ世ノ、美シイコトヨ!」

 ちび鬼神。

 六腕を天に差し上げて、よろこんだ。

 明けの空には、お月さん。

 鬼神を見下ろしておる。

「・・・オイ。オ月。

 オマエノ、イタズラノセイデ、死ニカケタゾ! ワッハッハ!」

 後ろを振り向く。

 下流は、完全なる闇。

 恐らく洞窟なのだろうが、なんも見えん。なんもわからぬ。

「『闇』ノルーンカ・・・」

 ちび鬼神。

 ちょっとその場で、考えた。

 

 『闇』のルーンが、ここにあるのなら。

 もしかして、エスロ博士の遺体も、ここにあるのでは?

 そして、博士の遺体があるのなら──

 

 結論から言えば、これは間違いなのだ。

 ここにあったのは、『闇』のルーンだけ。ルーンだけが彷徨って、ここにやって来ただけだ。

 だが、鬼神にはそれがわからんかったので。

 しばらくのあいだ、悩んだ。

 それはもう、あとちょっとで闇の中に飛び込んでしまいそうなぐらい、真剣に悩んだのだ。

 

 ──ルシーナの遺体も、ここにあるのでは? と。

 

 結局。

 鬼神は、正しい判断をした。

「・・・娘ヨ。博士ヨ。エスロ台ヨ。

 モシモ、ソコニ居ルナラバ。

 私ヲ、許シテクレイ。

 『闇ノ目』ヲ持タヌ私ニ、ソコハ、危険スギルノダ」

 

 見通しの利かぬ闇に、背中を向けて。

 無理な探索は、やめにして。

 

「ダカラ、モウ、ユクゾ。

 ソナタラノコトハ、必ズ、決着ヲ、ツケルカラナ・・・」

 

 鬼神は、太陽の光に照らされた道を、歩いてゆくのであった。

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