◆ 15、ちび鬼神、であう ◆
『萎む(しぼむ)』のルーンで小さく萎んでしもうた鬼神。
ちび鬼神。背丈、人間の半分ぐらい。
弱い。
前回は、なんと! いのししごときに、突き飛ばされた。
「屈辱ジャ!」
甲高い声で怒るも、元に戻る方法がわからぬ。
「戻レンモノハ、ショウガナイ。
無理ハ、ヤメヨウ。安全第一デ、ユクゾ」
・・・と、方針を決めたのだが。
どうやら、そうは行かんようであった。
偶然なのか、運命なのか。
戦に、出会ってしもうたんである。
平原に、ヒューマンの街あり。
そこに攻め寄せたるは、前回、ちび鬼神を襲った人間種族。
鼻! ぶたのごとし!
牙! いのししのごとし!
巨体! 力士のごとし!
百人あまりの軍勢。その武装、木の槍、革盾、革かぶと。
街の門へと、押し寄せて来よる。
このとき、鬼神がどこに居ったかと言いますと。
「アリャ! 戦カ!」
その門の、すぐ内側に居ったのです。
ついさっき、入ったばかりであったのだ。
「今日ハ、ココデ、休モウト思ッタノニカラ!」
「敵だァ!」「敵襲!」「門に攻めて来るぞァ!」
街のヒューマンども、大騒ぎ。
ぱからぱから! ぱからぱから!
馬が、走って来た!
「オット!」
ちび鬼神、あわてて道端に避ける。
「デカイノウ」
その騎馬。じつに、でかい。
馬の肩の高さが、ちび鬼神の2倍はある。その上に、体格のよいヒューマンの騎士が乗っておる。
騎士はキラキラ輝くウロコみたいなヨロイを着ておる。青銅のウロコよろいか。立派で強そうである。
だが、乗っとる馬のほうが、もっと強そう。
尋常の馬ではない!
この騎馬、ツノがある! 牙がある! 足が、なんと、8本もある!
「オオウ! 怪物馬ジャ」
「みなのもの、剣を取れ!」怪物馬の騎士、叫ぶ。「槍をもて! 門を閉ざせ! 石を持って来い」
うわーーー!
ヒューマンがわあわあ騒ぎながら駆けつけてきた。こちらは、徒歩であった。
剣だの槍だの突き上げ、大きな袋を門の内側にごろっと投げ出す。石の入った袋か?
そうして、木の格子門を閉ざし、丸太の閂(かんぬき)を掛ける。
閉門完了!
「オウ」ちび鬼神、頭をかく。「出レンヨウニ、ナッテシモウタ」
「おい! そこの!」怪物馬の騎士。「そこの小さな、赤い、腕の多い者よ! おまえは何者だ」
「ウン? ・・・私ノコトカ?」
ちび鬼神、見上げる。
騎士の顔は、かぶとでわからぬ。だが本職の戦士なのであろう、迫力はたっぷりある。
とはいえ、そんなことでびびる鬼神ではない。甲高い声で、へんじ。
「私ハ、旅ノ者ジャ! コノ街デ休モウト思ウテ、入ッテ来タトコロジャ!」
「声の甲高いやつ。何を言うとるのかわからぬ」
「旅ノ者ジャト、言ウテオル!」
「敵か? 味方か?」
「ドッチデモ、ナイゾ!」
「ええい。もうよいわ。時間の無駄じゃ。
誰ぞ、このちびを、魔術師殿のところへ連れてゆけ!」
怪物馬の騎士、命ず。
そこらへんに居った荒くれヒューマン、3人がかりで、ちび鬼神を引っ掴む。ずるずる引きずり出した。
「ウワア! 何ヲスル!」
「騎士さまの命令だァ。魔術師さまのとこへ、行くぞ」「おとなしくしやがれ」「暴れたら、ぶちのめすぞァ」
「ナント、乱暴ナ!」
ちび鬼神。野良ねこがごとくぶら下げられ、引っ立てられたのであった。
ずるずるずる。街の中心まで、引っ張られてゆく。
3階建ての建物の中へ。
ちなみに、他の建物はほとんど平屋、ごく一部が2階建て。3階建ては、この建物だけであった。
ざわざわ。わいわい。
1階はホール。酒場であろうか? 人が大勢集まっておる。みな武装し、殺気立っておる。
ちび鬼神が引きずり込まれるのと入れ代わりに、武器持った一団が走って出てった。
「魔術師さま! 怪物を連れて来ましたぞ」と、荒くれヒューマン3人。
ホールの中央に1つだけ置かれたテーブル。
ローブ着た男が、そこに座っておった。
「怪物とな?」
「怪物ジャナイワ! 放サンカ!」
「ふむ」
ローブ着た男。立ち上がる。
でかい! 他のヒューマンより、頭ひとつ分ぐらい、でっかい。
魔術師と呼ばれておるが、戦士みたいな体格である。
筋骨たくましく、肌は赤みを帯び、顔もゴツゴツしておる。
だが、ちび鬼神を見てくる目は、冷静で、かしこそう。
娘のイリスを思い出すような雰囲気であった。
「むむ? 腕が6本、額に第三の眼だと?」
「騎士さまが、連れて行けっておっしゃったんでさァ」「生意気なちびですぜ」「ぶん殴っちまおうかァ」
「そうか。殴るのは、ちょっと待ってくれ。
──六腕の小さな御方よ。あんた、誰じゃ? 何をしに来たのだ?」
「何ヲシニ来タンデモナイゾ! タダノ、通リガカリジャ!」
「きーきー言うんじゃねえ」ヒューマンども、ちび鬼神を小突く。「イライラする声だ」「殴っちまいましょうや」
「ヤメンカ!」
「通りがかりか。それは、本当か?」
「本当ジャ!」
「うそをつけ!」「怪物がァ」「敵に決まってらァ」ヒューマンども、ちび鬼神をゴツゴツと蹴ってきよる。
「オイ! エエ加減ニセント、コッチモ、ヤリ返スゾ!」
「まあまあ。私が相手をするから、手出しは控えてくだされ」
「はァ。まァ、あんたがそう言うなら・・・」
魔術師が言うと、荒くれも引き下がった。
なんせこの魔術師、偉丈夫(いじょうふ)。迫力がある。周囲の人間、素直に言うことを聞きよる。
「六腕の小さな御方よ。御名前をうかがおう」
「名前カ? 名前ハ・・・」
鬼神、ちょっと、考えた──
『鬼神』と名乗って、べつに悪いことはない。
しかし。
いま、この、萎んだ姿で、「鬼神じゃ」と名乗った場合。
「なんと! 鬼とは、こんな小っちゃい種族なのか」となり、
「神さまがこれなら、鬼なんて、大したことはないな」と見下され、
「よし、攻め滅ぼすぞ」・・・などとなってしまうんじゃないか?
ということを、鬼神は心配したんである。
攻められたからといって、息子の元鬼、娘のイリスが、負けるとは思わぬ。
だがヒューマンどもは、みじめに死ぬことになる。
「ここは、仮名を名乗っておこう。ダークエルフ流じゃ!」
──といったことを、鬼神は考えたのであった。
「・・・なんか適当な名前はないかのう?
ああそうだ! あれがあった!」
「我ガ名ハ、リッキー!」
「リッキー・・・!」
「ソウジャ! 今ノトコロハ、リッキート、名乗ル者ジャ!」
「なにがいまのところはだ」「こいつ、嘘ついてらァ」「本当のことを言え、こらァ」
即座にばれた。
「・・・嘘は困りますぞ」
「ウ、嘘デハ、ナイゾ」鬼神、うろたえる。「我ガ人生デ、最初ニ、モロウタ名ナノダカラ!」
まあ、本当である。
鬼神の名をもらうより先に、旅先で出会うた女魔術師のすみれが、リッキーと呼んでくれたのだから。
ちょうどええ仮名だわい! と、思ったのだが・・・ヒューマンどもには、疑われてしもうた。
「本当のお名前は、なんとおっしゃるのだ?」
「ソレハ、言エヌ」
「なんで言えんのだ?」
「ナンデトイッテ、今ノ私ハ、本来ノ私デハナイ! 仮ノ姿ジャ! ユエニ、仮ノ名ヲ名乗ルノガ、適当トイウワケジャ」
「こいつァ、どろぼうの類だァ」「信じちゃ、いけませんぜ」「やっぱり、ぶん殴ろう」
荒くれ者ども、ちび鬼神をぶん殴ろうとする。
イラッと来た鬼神。額に生えとるツノで、こぶしを受け止めた。
ざくり!
「いてぇ!」「手が切れた!」荒くれ者ども、悲鳴を上げる。「くそっ、こいつ!」
「よし。わかった! ここは、すもうで決めよう」
魔術師が大きな声を出した。
「六腕の小さな御方よ。あなたが我らの敵でないというなら、3人とすもうをせよ」
「スモウダト?」
「そうだ。すもうだ。
3人が勝ったら、あんたには出て行ってもらう。
だが、あんたが勝ったら、私はあんたに謝り、お客さんとして歓迎しよう」
「望ムトコロジャ!」
表へ出て、大通りで、すもう。
1人目。
「おらァ! 吹っ飛べやァ」突っ込んでくる。
ちび鬼神、素早く考える。
「・・・まともに取っ組み合っては、不利!
とはいえ、『力』のルーンで吹っ飛ばすのも、ひどすぎる。
ここは、足元に潜り込むべし!」
ちび鬼神。
六腕、がばっと、つばさのごとく広げ、低い低い姿勢となった。
カササ! 素早いタックル! ごきぶりのごとし!
1人目の前足、毛脛(けずね)がっしと掴み、すっ転ばせた!
「ぐわあ!」
ちび鬼神の勝利である!
2人目。
「意外にやるじゃねえかァ」
警戒して、ぐるぐる回る。姿勢も低く、鬼神のタックルを切る構えである。
「スモウハ、大ノ、得意デナ!」
ちび鬼神は額のツノを見せつけるようにし、相手が手を出しにくいよう、威圧した。
そして、頭から突っ込む! ・・・と見せかけて! ガードしようとした相手の手を、掴んだ!
そのまま引きずり落とす! ・・・と見せかけて! 踏ん張る足を、蹴り飛ばす!
ぐるんと回転! 相手、地面にずでーん!
「おげえ!」
ちび鬼神の勝利である!
3人目。
「お、おまえ、小っちゃいくせに、強ェなァ?」
びびって腰が引けておる。
しかし。
「降参スルナラ、許シテヤルゾ!」
鬼神が挑発すると。
「んなこたァ、できるわけねーだろァ!」かっとなって、飛び掛かってきた。
「ソリャ!」
ちび鬼神! ダイナミック!
突っ込んで来た相手の腕に飛びつき、六腕両足の8肢でもって、抱き着いた!
抱っこちゃん鬼神! そこから、外ねじりに、腕をひねりにゆく!
「痛てててて!」
関節痛め、身体が外に流れる相手! ちび鬼神、すかさず相手の太腿をキック! 相手こける! 鬼神飛びのく!
「痛ってえ! 肘痛ェ!」
「オマエハ、ヤタラニ殴ッテキヨッタノデナ! 少々、痛クシテオイタゾ!」
ちび鬼神の勝利である!
「ヤレ。手足ガ短イト、苦労スルワイ!」
ちび鬼神。
見事、3人の荒くれ者を地面に転がした。
「参った」「参った」「いてえ。参った」・・・と、3人に負けを認めさせたのであった。
「これで、あんたは私のお客さんだ」
建物の中に戻った魔術師。
「リッキー殿。無礼をお詫びいたす。
おーい、おやじ。エールを一杯」
「はいよ」
やはりこの建物、酒場にして宿屋だったようである。
こんな非常時だというのに、魔術師が頼むと当たり前のようにジョッキが出て来た。
大きなジョッキに、茶色いエール(麦酒)がたっぷり。
ごくごく。ごくり。
ちび鬼神、呑み干した。ぬるい、甘い、弱い炭酸酒。けんかのあとには、なかなかうまい。
「ヤレヤレ。最初カラ、敵デハナイト、言ウテオルノニ」
「まあ、こんなときですからな」
2人が会話を始めたところで。
うわあああ! おおおおお! ・・・と、門のほうから戦のどよめきが聞こえてきた。
「始まったようですな。よっこいしょ」
魔術師は立ち上がった。ぶっとい木の杖を手に取る。
「ドウスルノジャ?」
「私はこの街の魔術師です。街を守らねばならぬ」
「ナラバ、私モ行クゾ!」
「リッキー殿は、お客さんですぞ。ここで飯でも食っておればよろしい」
「イヤ。私モ、門ノ外ノ奴ラニハ、イジメラレタ! チョックラ、ヤリ返シテヤルワイ!」
◆ 16、ちび鬼神、いくさをする ◆
「うわー!」「うおお!」「オークめ!」「くたばれ」
門では、戦闘が始まっておった。
外から押し寄せてくる、いのししみたいな身体した戦士ども。
「フゴフゴッ!」「グオオ!」いのししのごとく吠え猛り、どおーんと体当たり! 門を破ろうとする!
どおーん! ごっつい体当たりである。門が、閂が、みっしみっし! ときしみ、たわんでおる。
これに対して。
中から反撃する、ヒューマンの男ども。
「突け」「突き殺せ」槍で突く! 敵を追い払わんとす!
──そんな戦場に、ちび鬼神たち、駆けつけた。
筋骨たくましい魔術師。ちび鬼神。あと、すもうで負けた3人。
門のそばまで来て、まずは様子を見る。
「いいぞ! 突っ付いて、追い払え!」
指揮するのは、さっきの騎士。8本足の怪物馬の騎士である。
「オークどもに話は通じぬ。遠慮はいらぬ! 突き殺せ!」
「オークト言ウノカ? アイツラハ」
「そうですぞ、リッキー殿。最近このあたりに進出してきた、オークの部族だ」
「人殺しのブタどもだァ」「殺して奪うことしか、頭にねえ」「話の通じねえ奴らだァ」
オーク。
この種族も、最近ではあちこちの物語に登場をしますね。ですが、例によって。
この世界のオークは、いのししの子孫です。
鼻、ぶたのごとし。
牙、いのししのごとし。
燃えるいのししの神、『炎猪(えんちょ)』を信仰する。
・・・あれ? つい最近、ちび鬼神が、炎の生きものと出会いましたね?
で。
オークは、とてもでかい。男は最大で7尺(2.1m)にもなる。でっぷり太って筋肉たっぷり。
勇猛果敢(ゆうもうかかん)。戦好き。『話し合い』とか『停戦』とかは、大嫌い。
そんな獰猛(どうもう)なる人間種族です。
「オークカ・・・」鬼神納得。ついでに質問する「アノ8本足ノ馬ハ、何ジャ?」
「閣下の乗っておられる馬は、『牙馬(きば)』といいます」
魔術師が教えてくれた。
「東方に産する、とても優れた軍馬。いや、神馬(しんば)だ。
このあたりでは、大変珍しいものですぞ」
「ホーウ」
「うん? そいつ」その『牙馬』の騎士、足元の鬼神に気付く。「魔術師殿。どうなさるおつもりか?」
「この小さな六腕の御方は、リッキー殿。私の客人としました。すもうの達人、古強者(ふるつわもの)でいらっしゃる」
「リッキーだと?」
「ソウジャ!」
「客人とな?」
「はい。お人柄は、私が保証いたします」
「すもうの達人と申したか?」
「強いんでさァ」「俺ら3人、手も足も出ねえで」「頭は固いわ、身は軽いわで、もうハァ」
「・・・そうか。わかった。
リッキー殿。ここは危険ゆえ、宿にでも避難されよ」
「私モ、手伝ウゾ!」
「リッキー殿も、オークに恨みがあるようでしてな」
「ほう? しかし、あんたみたいなちびに、何ができるのだ?」
「マア、任セテオケ! 勝手ニ、ヒト働キ、サセテモラウワイ!」
ちび鬼神。
そう宣言するや、
「ソーレ! 『力』ノルーン!」
ピョーン。
ひとっ飛び。門の上に、跳び上がった。
「なんと身軽!」「怪鳥(けちょう)のごとし!」「すげぇ奴だなァ」ヒューマンども、見上げる。
「ワッハッハ」
ちび鬼神、まずは、戦場を確認である(背が低いせいで、門の向こうが全然見えなんだのだ)。
オークども。
門の前にひしめいて、どおーん、どおーんと、突撃をくり返しておる。
その人数は、10人程度。残る90人あまりは、後ろに控えておる。
10人が体当たり。門の内側から反撃を受けて傷つくと、後ろへ下がる。
入れ替わりに次の10人が体当たり・・・という具合で、ローテーションしておる。
下がった10人はどうするんかっちゅうと。
後ろのほうで、ひざまずいておる。
輪になってひざまずく、オークの男ども。その輪の中心には、オークの女が居った。
オークの女。どうやら、身分が高い。ジャラジャラした飾りつきの服を着て、ふんぞり返っておる。
このジャラジャラした女が手をかざし、祝詞を唱える。
──すると、男どもの傷が治ってしまうのだ!
女。どうやら、癒やし手のようである!
さらに3人の女が、癒やし手の周囲を固めておる。
この3人は、ずーっと祝詞を唱え、キラキラした光を集めておる──マナ招集であった!
「フム? 3人デマナヲ集メ、1人ガ治療ヲスル──ハイエルフト、同ジダナ!」
鬼神。
すぐに見抜いた。
ハイエルフの『丘の街』の戦いを隠れて見ておったからである。
「アノ女ヲ抑エンコトニハ、戦闘ガ、終ワラヌ!
デハ、ユクゾ! ソーレ、『力』ノルーン!」
ちび鬼神。
大空へ、跳び上がった。
『力』のルーンを駆使しての、大ジャンプである!
それはまるで、投石器で発射された岩のごとし!
六腕三眼、萎み神! 放物線を描いて、敵陣を飛び越えた!
「ヌウ!?」「何か、飛んだぞ!」オークども、空を見上げて大騒ぎ。「鳥だ」「むささびだ」「怪物だ」
「ワッハッハ! 『力』ノ空中戦法ジャ!」
六腕広げて空飛んだ鬼神。
はるばるオークの陣を飛び越えて、女オークの頭上へ。
「えっ?」と、びっくりしとる女オークに、手を伸ばした。
「ソリャ! 『力』ノルーン!」
自分よりずっと大きな女の身体を、ヒョイとばかりに、担ぎ上げる。
「きゃあ!?」
なんか可愛い叫び声上げる女を軽々と担いで、スタタタタと走って逃げる。
「分火(わけび)さまが、さらわれた!」「追え!」「殺せ!」
オークども、追いかけてくる。
鬼神、『力』のルーンでヒョイヒョイ逃げる。
小さい身体にも、だいぶ慣れてきた。森の中では槍で突っつかれまくったが、今回は頭上に女を抱えておる。やはり身分が高いらしく、オークの男どもは遠慮して槍を控えておる。ならば、逃げるのは簡単であった。
追いかけっこ。
逃げる最中、鬼神、大八車を発見した。
森の入り口に、隠すようにして、大八車が5台並べてある。
空荷の車が3つ。食料やテントを満載しとる車が2つ。
「オ前タチノ、車カ?」
「そうだ!」と女オーク。「手を出したら、承知せんぞ!」
「ハイハイ」鬼神はそこへ駆け寄った。「モラッテユクゾ!」
まずは、女を放り投げる。
どて! 「痛い!」女、荷物満載の大八車の上に落ちる。
ついで、空っぽの大八車をヒョイと担ぐ。
「ホーレ、『力』ノルーン!」ぶん投げた。
大八車、空をすっ飛び、追いかけてきたオークどもにぶち当たる。
「ぐわあ」オークまとめてすっ転ぶ。
「大八車投ゲジャ! ワハハハ」
空荷の大八車3台を、ぜーんぶ放り投げ、オークをなぎ倒した鬼神。
今度は、荷物と女が乗っとる大八車を──
「『力』ノルーン! 親亀子亀ノ術!」
ヒョイ。ドスン!
別な大八車の上に、積み上げた!
2台まどめて、持ち上げる!
「ひいい!」女悲鳴!
「帰ルゾ!」鬼神は、逃げ出した!
「戻ッタゾ!」
ピョーン。
鬼神、ふたたび『力』のルーンを使い、大八車ごと門を飛び越した。
女オークが悲鳴を上げるのも知らん顔で、街の中に着地。
荷物満載の大八車を下ろし、2台を並べる。腰を抜かした女オークを、引っ掴んで、地面に押さえ込む。
「リッキー殿! その女は?」
「奴ラノ、癒ヤシ手ジャ!」
「わ、私を殺したり、穢したり(けがしたり)したらば、炎猪のたたりがあるぞ!」女オーク、わめく。
「ハイハイ。
ソレデ、ソッチノ車ハ、食料ト、テントノヨウジャ!
コレデ、奴ラ、長続キハスマイ!」
「なんと戦略的!」
牙馬の騎士はよろこんだ。
「よーし、腕に覚えのあるものは、我に続け! 裏門から出て突撃をする!」
「俺らも、行って来まさァ」「リッキー、てめえは、そこで見てやがれ」「手柄の一人占めはさせねえぞァ」
荒くれ者どもを率いて。
牙馬の騎士、別な門へと走っていった。
「魔術師殿、この門は任せましたぞ!」
「承知」
牙馬の騎士、荒くれヒューマンども、叫び声を上げて突撃。
門の内側からは、槍、投石、そして魔術師の「魔弾!」ルーン魔術。
ヒューマンども。オークをさんざんにやっつけた。
街の防衛に、成功したのであった。
◆ 17、ちび鬼神、孫にあう ◆
夜。
ちび鬼神、宿の1階酒場にて、祝勝会に参加。
酒場は、ヒューマンで満員であった。さっきは片づけられとった丸テーブルがホールに出されて、いくつも円卓ができておる。
鬼神のテーブルは、主賓(しゅひん)。牙馬の騎士、魔術師、無事に戻ってきた荒くれ3人と、鬼神が座っておる。
「防衛の成功を祝って!」騎士が叫んだ。
「かんぱーい」
周囲のテーブルから歓声が上がる。
ちび鬼神、「小さいくせに強ェなァ」と揉みくちゃにされ、ずいぶん酒を呑まされた。
犠牲皆無というわけではない。死んだ奴も居った。そいつのかぶとが空席に置いてあったりもする。そんな宴であった。
一段落。
ちび鬼神は魔術師の家に招かれ、改めて晩飯をごちそうになった。
椅子の上に伸び上がって飯を食うちび鬼神。
テーブルにかがみ込むようにして食う魔術師。
魔術師には家族は居らんらしい。父母が死んで、1人暮らしということである。
この席で、魔術師が重要なことを言い出した。
「じつはですな。リッキー殿。私は、あなたのお噂を聞いたことがあるのです」
「ホホウ? ドンナノジャ」
「ひとつは、あなたの姿形のうわさです。
六腕三眼、鬼どもの神。『力』のルーン持つ無双の戦士。
息子は6人、娘は3人、みな英雄にして、神のごとし」
「ナント。ズイブン、立派ナ噂ダノウ」
「もうひとつ」
「マダアルノカ? ドンナノジャ」
「それは、リッキーという名のうわさです。
赤く大きな猿のごとき若者。いまだ名もなく、世をさすらう。
とある山中にて『猿の村』を助け、リッキーと呼ばれる」
「・・・ナント!?」
鬼神。
思わず食事の手を止めて、相手をまじまじと見た。
もしかして、こいつ・・・。
ヒューマンにしては、妙にでかいし、肌も赤いし、ゴツゴツしとると思うておったが・・・。
でっかい魔術師。ちび鬼神をじっと見て、こんなことを言うてきた。
「あなたがリッキー殿ならば。
すみれという魔術師を御存知のはず」
「知ッテオルゾ!」
「でしたら、すみれと再会したときのこと、聞かせて頂けませんか?」
「・・・ウン?」
ちび鬼神、首ひねる。
「すみれト、再会? イヤ・・・残念ナガラ、すみれトハ、アレッキリダガ・・・」
すみれ。
『猿の村』の女魔術師。
鬼神は若きころ、まだ名もないころに、彼女と出会うた。
(このお話で言えば、1章の『知恵なき怪物』のころですね。)
一緒に『なわばりのけもの』を退治。その日のうちに、別れたのだ。
戦いのあと、情交した(じょうこうした)ので、子供はできたかも知れんが・・・。
というようなことを、鬼神は説明した。
「ドウヤラ、人違イノヨウダナ」
鬼神。がっかりである。
もしかしたらと、ドキドキしたのに。
ところが。
「おお! ・・・おお!」
魔術師は、逆に、興奮しだした。
「やはり! やはり、あなたは──ご先祖さま!」
「ナニ?」
「あいすみませぬ。じつは、あなたを試したのです」
「試シタ?」
「はい。これは、祖母の知恵でしてな」
鬼神という神さまがいるだろう?
どうも、私が昔に会ったリッキーと、同じ男のようなんだ。
お会いすることがあったら、訊いてみるといい。
人違いしちゃだめだよ! はっきりしないときは、かまをかけるんだ──
「──すみれと再会したときの話を聞かせてほしい。そう言えと。
そう言えば、本物のリッキー殿なら『再会はしとらん』と言うはずだと」
「ナルホド」
ちび鬼神。完全に食事をストップ。
ごっつい魔術師を、じーっと眺めた。
「スルト、ソナタハ」
「はい」
魔術師。ごっつい顔で、にっこりと笑うた。
自分の由来を、解き明かす。
「私の名は、赤猿(あかざる)。すみれ婆さんの孫。
リッキー殿。あなたの血を分けてもろうた、孫というわけです」
なんと!
赤っぽい肌した、ごっついたくましい魔術師!
鬼神とすみれの、孫なのだという!
「父は、私よりもでっかい、真っ赤な肌をした大男でしてな。
子供の頃は『赤猿』と呼ばれておったそうです。
それを、そのまんま、私の名にしよったのだ」
「すみれハ・・・?」
鬼神が恐る恐る訊くと、魔術師は首を振った。
「老いと病で亡くなりました。私が魔術師になる前のことです」
「ソウカ・・・」
「その後、私が魔術師になり、父と私の魔術師2人体制となった。
これなら平原にも出れるぞと、そういう話になったのですが・・・」
「ソレガ、コノ街カ」
「いいえ。私たちの造ろうとした街は、もうこの世にありませぬ。
あの、大いなる災いのせいで」
「神竜ノ嵐カ!」
「若者が平原へ出て、家を建てた。父は若者を守っておりました。
その若者も、父も、母も、みんな死んでしもうた・・・」
「ソウデアッタカ・・・」
鬼神は、思い出話をした。
すみれと出会ったときのこと。その後どんな人生を歩んだか。なんでこんな、萎んでしもうたのか。
孫の『赤猿』も、自分の話をした。
鬼神よりはずっと人生の短い彼であったが、その話、鬼神にはとても面白かった。なんといっても、赤猿の父は、鬼神の息子なわけである。顔を見ることすらなかった息子。こうして話をしなければ、その存在すら知らんまんまであったろう・・・。
ちび鬼神。
この街にて、楽しく感慨深く(かんがいぶかく)、数日を過ごしたのであった。
◆ 18、ちび鬼神、みきりをつける ◆
「名残リ惜シイガ、ソロソロ、ユクゾ・・・」
「はい。じじ上。本当に、よく来てくださいました」
「イヤイヤ。私ガ、山ノ場所ヲ、覚エテオッタナラ・・・。
マア、モウ、言ウマイ。過ギタ事ジャ。
オ前ガ生キテオッテ、本当ニ良カッタゾ!」
「できれば、萎んでおらん姿も見てみたかったですな」
「ワッハッハ! ソウダナ!」
・・・と、別れの段になって。
鬼神は、孫に質問をしてみた。
「赤猿ヨ。
『死』トハ、何デアロウカ?
『永遠ノ生命』トハ、何デアロウカ?」
「ふむ・・・」
魔術師の赤猿。ごっつい腕を組んで、考えた。
「『死』とは、本の終わりの次のページ・・・ではないでしょうか」
「本ノ終ワリ?」
「最後のページの、さらに1ページ先です」
「ソンナモン、アルノカ?」
「ありませぬ。
生命という本の終わりの、1ページ先。存在せぬページ。
それが『死』ではないかと」
「ムム・・・」
「もっとも、司祭に訊けば、違う答えが返ってくるでしょう。
人間は、死ぬと冥界へゆく。そこから信じておる神さまのところへゆくのだ。
それが『死』の後に起こることである──とかね」
「ホウ」
「『永遠の生命』については・・・」
赤猿、首をひねる。
「そんなもの、あるのですか?」
「私ニモ、ワカラヌ」
「思うに、『死』というものがあるから、『生命とはなんぞや?』が、明らかになるのでは?
永遠の生命、死のない人生などというものは──『生命』とは言えないのでは?」
「ムム・・・?」
「永遠の生命とは、永遠につづく本ということでしょう?
そんなもの、読んでられませんぞ。ただの、ゴミでは?」
「ワッハッハ!」
鬼神は笑うた。
「『永遠ノ生命』ハ、ゴミカ! サスガハ、我ガ孫ジャ! 思イ切ッタ事ヲ言ウ!」
「はっはっは。
いやあ、じじ上。じつは、これは、嫉妬もありましてな」
「シット」
「私も、ハイエルフの都で魔術を学びましたのでね。
ハイエルフをいっぱい見てきたのだ。永遠の若さを楽しんでおる、うらやましい人々を」
「奴ラ、寿命ガ、ナイカラノウ」
「そうなのだ。
それがなんとも・・・うらやましくもあり、しんどそうでもあり」
「シンドイトナ?」
「我々ヒューマンならば、ま、どうせあと何十年かすれば人生終わるし・・・という、あきらめがある。
そのあきらめがあるから、生きとるうちにと、必死にもなる。
ハイエルフには、それがない。うらやましいが、『のんびり者め!』と腹も立つ」
「ナルホド、嫉妬ダナ!」
わっはっは。
じじ上と孫。笑う。
「ま、『永遠の生命』というものは、存在するものではなく、憧れるものでしょう」
「アコガレ」
「永遠を夢見て、希望を持つ。永遠なれとの、願いを抱く。
それが、永遠ならざる人生の救いになる──そういうもんではないですかね」
などと、かしこい会話をして。
鬼神は孫と別れたのであった。
・・・ちなみに、孫の赤猿。のちに嫁をもらい、ちゃんと子孫を遺したということですよ。
いまでも北方にその血を引く一族が残っておるそうな。
肌はもう赤くないが、身体はヒューマンよりひと回りでっかい。すもうも魔術もよくする、優れた一族なのだそうです。
スタスタスタ。
孫と別れたちび鬼神。山を、歩く。
『猿の村』の場所を教えてもろうたのだ。
いまはもう、廃村。誰も住んではおらぬ。
「すみれヨ。人間ハ、儚イ(はかない)モノダナ」
ちび鬼神。
すみれの墓があったという場所へ行って、祈った。
「アンナニ若ク、綺麗デアッタ、ソナタガ。
『すみれ婆サン』トナリ、土ノ下デ、眠ル身トナル・・・。
頭デ、理解シテモ、心ガ、受ケ付ケンワイ・・・」
はあ。
ため息をつく。
「ソナタモ、冥界ニ行ッタノカノウ?
ダッタラ、私モ、冥界ニ行ッテミタイモンダノウ・・・」
祈り終えて、山を降り。
日の当たる平原に出て。
「ヨシ! 『死ノ探索』ハ、イッタン、ヤメジャ!」
ちび鬼神は、そう決めて。
「奈辺羅辺(なへんらへん)ヘ、帰ルゾ! 子供タチヲ、可愛ガルノジャ!」
元来た道を、スタスタと歩いてゆくのであった。
こうして、鬼神は『死の探索』に見切りをつけた。
『死』を殴ることもできず、『永遠の生命』のなぞを解くこともできぬまま。
だが。
一見失敗したこの探索の帰り道。
鬼神は、思いもよらぬ御方から、貴重な成果を得ることとなる。
それは、炎の生きもの。そして、目にも眩い御方。
この2柱が、もたらしてくださった、恩恵。
いったい、どんな風にして?
そのお話は、また次回。