◆ 1、ちび鬼神、こおる ◆
『死の探索』は、やめじゃ! 帰るぞ!
──と、見切りをつけた、ちび鬼神。
山を越えて、南へ戻る。
ところが、その山で、大失敗をしてしもうた。
「・・・雪カ」
山道に差しかったところで。
牡丹雪。
重たく冷たく、べちゃべちゃとぶち当たる雪が降り始めたのに・・・
「マ、エエカ。私ハ、寒サニハ、強イノダシ」
・・・引き返さんと、山に入ってしもうたんである。
これが、大失敗。
山を登るにつれて。
雪、深くなり、寒さ、きびしくなる。
雪に埋もれたちび鬼神。短足ゆえ、下半身埋まり、大変に、難儀。
『力』のルーン! わっさ! わっさ!
雪を蹴って、進んでいったのだが・・・。
「・・・アレ? ナンカ、身体ガ、重イゾ?」
なんか身体が重たいな? と感じた、次の瞬間。
ぼすっ。
ちび鬼神。
つんのめって、倒れた。
受け身も取れずに、バターンと。うつぶせになって、雪の中。
(あれ?)
顔を上げようとしたが、頭が動かぬ。
腕立て伏せで起きようとするが、手が動かぬ。
そればかりか。
(『力』のルーン! ・・・・・・・・・あ、あれ!?)
『力』のルーンも、はたらかぬ!
ごご、ご、ごご・・・。
ちび鬼神の身体。震動をしておる。
ごごご、と小さな小さな音を立てて、小刻みに揺れておる。
とても小さな地震みたいに。
それだけ。
動けぬ。声出ぬ。ルーンも使えぬ。
雪の中から、出ることができぬ!
(あれれ? これは、もしかして、)
鬼神。
意識を失う直前、こう考えた。
(私は、死ぬのか?)
◆ 2、ちび鬼神、はげまされる ◆
「・・・父上。父上!」
若い女の声。
「なにぶっ倒れておるのえ。起きなえ、父上!」
(む? ルシーナか)
ちび鬼神。
起きた。
・・・いや、起きれんかった。
目覚めたのは、意識だけ。身体は、動かぬ。声も、出ぬ。
びし! ばし!
娘、背中叩いておる。
「おっ父! 起きい! 起きんに!」
女の小さな手で、激しく、びし! ばし!
必死に、鬼神の背中を叩いておる。
(おいおい、ルシーナ。
そんなに叩かんでも、もう、起きとるわい)
鬼神。
そう言うたのだが。
やはり、声が出ぬ。
ごご、ごご、ごごごご・・・。とても小さな地震みたいに、身体が震動するだけ。
「お・・・おっ父?
ほんまに死んでしもうたんかに?
こな・・・小っちゃい、岩みたいになって!?
おっ父! おっ父!」
娘、泣き出した。
鬼神の冷たい身体に抱き着き、揺さぶり、ゴシゴシこすっておる。
少しでも温めようとしてくれておるらしい。
だが、無駄であった。
鬼神は動けず、声も出せぬ。『力』のルーンも、発動せぬ。
(泣くな。ルシーナ。私は起きとる。生きとるのだ)
ごご、ご、ごごご・・・。
(だめじゃ! なんも、できぬ!)
氷のごとく冷えきった、鬼神の身体。
巌(いわお)のごとく、まったく、動かせぬ!
ルシーナの声は、聞こえるのに。
「お、おっ父。ああ!」
ルシーナ、呼吸乱れ、喘ぎだした。
「だれか──だれか!
ははうえ! だれか!
助けてたもう! おっ父が。おっ父が・・・!」
(おお、ルシーナ)
鬼神も、苦しんだ。
可愛い娘が泣いとるのに、何もしてやれん!
(なんということじゃ!
死ぬとは、こういうことなのか?
娘が泣いておるのに、慰めることもできぬ。声すら、かけてやれぬ。
これが、死なのか? なんと恐ろしく、残酷なことよ!)
どのぐらい、そうしておったろうか。
突然。
ばっきぃーーーん!!!
オレンジの稲妻が、目の前に落ちてきた。
鮮やかに輝く、オレンジの光──剣の刃!
地面に突き立ち、なにもかもを、真っ二つにする!
バラバラバラ・・・。
お祈りの空間さえも! 真っ二つ!
鬼神、ルシーナの声から引き離され!
気が付いてみれば、冷たい冷たい、雪ん中!
そこに語りかける、女の声!
「鬼神さま。生きておられますかに?」
剣が、しゃべった!
◆ 3、ちび鬼神、すくわれる ◆
(グレイスさまか!)
ご、ご・・・。
鬼神、震動。声出したつもり。
「うん? もしや、口も利けぬ状態ですかに?」
剣がしゃべった。
「だいぶ深刻なようですに。いましばし、頑張りなされ。お気をたしかに」
硬く、よく響く女の声。
まちがいなく、グレイスであった。
太陽の女神の御剣。何年か前まで、地上にあった、しゃべる剣。
新生アルスのルーン司令官を助けておった、あのグレイスにちがいなかった。
「いま、母上を呼んでおりまする。
お身体、あたため、溶かして差し上げますゆえ、いましばらく、この世に留まりなされ」
(う、うむ。わかった)
ご、ご、ごごご・・・。
鬼神、なんも言えず、震動する。
(おお! それにしても、私はいったい、どうなったのであろうか?)
「はい? 御自分でわからんのですかに?」
(む?)
「鬼神さま、冷えすぎ、固くなり、地面にくっついておられまする」
(は?)
「ゆえに、断ち切ってしんぜました」
(・・・もしかして、私の声が聞こえておるのか?)
「はい」とグレイス。「私も、神の端くれですえ。これだけ近くに居って、見知った御霊であれば、そらわかりますえ」
(そういうもんなのか? いや、助かるが・・・。
私は、なんだって? 冷えて固まっておるとな?)
「そうですえ。
カチンコチンに、凍りついておられまする。
ふだんの鬼神さまを溶岩とするならば、いまや冷えきった黒曜石のごとし」
(なんと・・・それでよく、生きとるのう。我ながら・・・ごごご・・・)
「いえ、いまの鬼神さまは、生きものでは・・・」
(なに?)
「あ、いえ、なんでもありませぬ。
とにかく、そのまま。
そのまま、この世に留まられよ。
死んではなりませぬ。どっか行ってはいけませぬえ」
(どっかとは・・・ごご・・・)
「ルシーナが悲しみますえ?」
(ルシーナ! ごごご!)
・・・と、そんな感じで。
なんかようわからん、ピンチなのか間抜けなのか、自分でもわからん状態で。
神剣“グレイス”と会話しておると。
しばーらくして。
白い光が、天より、降りてきた。
牡丹雪いっぱいの、雪空から。
強烈なる白光、鬼神の上に、舞い降りる。
熱もつ光。
カアッ! ・・・と、背中を焼くがごとき、熱い輝きが、天から舞い降りてきたのであった。
それは、目にも眩い(まばゆい)光であった。
◆ 4、目にもまばゆいおかた ◆
「母上!」剣のグレイスが叫んだ。「ここですえ。早う! 早う!」
「なにえ。取り乱しおって」
ざっくり。雪を踏む音。
じゅわー・・・。雪が、溶ける音。
「グレイスともあろうものが、珍しいことやに」
「軽口叩いておる場合ではありませぬ。早う!」
「はいはい」
(ごごご! その、声は!)
舞い降りてきた、女の声。それは。
(お月!)
なんと!
お月さんの声であった!
「ほう。これはまた、見事に岩になってしもうておる」
お月さんの声。
鬼神を見下ろして、のんびり感心しておる。
なんか、面白がっておるようである。
「母上!」剣が怒った。
「やかましい。騒ぎな。いまあっためておるに」
じゅわー・・・。
鬼神の背に積もった雪、溶けてゆく。
じんじんじん・・・。
鬼神の背に、熱が染み渡る。
がりっ。
鬼神の指が。凍った地面を、ひっかいた!
(動く! 動くぞ! ずごご!)
ちび鬼神。
力を、振り絞った。
(ぬああああ! 『力』のルーン! 身体よ、動け!)
ず、ご、ご、ご、ご!
ちび鬼神の、身体!
岩と雪から剥がれるがごとくして、再起動!
それは──鬼神本人にはわからなんだが──ハイエルフの魔術人形、『土石人形』が、生まれるときのようであった!
そして! いったん動き出せば、『力』のルーン!
急速に、動けるようになる!
がっばあ!
勢い余って、飛び跳ねるがごとく、起き上がった!
「あなや。ばね人形のごとし」女おどろく。
「オ・・・オ月!!!」
ちび鬼神。
歓喜のあまり、叫ぶ!
お月さんに、飛びつこうとする!
「オ月ヨ! 生キテオッタノカ!」
ところが!
カッ!
目にも眩い光! 脳天に、突き刺さった!
「ヌワア! 目ガ」
ちび鬼神、すっ転んだ。
目押さえ、ゴロゴロ転がって、苦しむ。
「目ガー。目ガ潰レルウ」
「・・・何をふざけておる」
女。あきれて、ため息をついたらしい。そういう気配がした。
しかし、さっぱり、見えぬ!
眩い光に、完全に包まれておる!
顔もわからぬ! 背丈もわからぬ! ポーズもちっともわからぬ!
なんという、眩しい光であろうか。
その輝き。もはや『白光』を通り越して、『光色の光』とでも言うよりほか、表現のしようがなし。
眩しい(まぶしい)! そっちを見るのも、つらい!
突き刺さるがごとき、圧倒的な光!
熱もつ光!
まこと、眩いこと、このうえなしという具合であった。
「フ・・・フザケテナド、オランワ!」
ちび鬼神。
手をかざし、なんとか光をやり過ごす。
お月さんの姿を見ようとするのだが、光が目に刺さるばかり。ちっとも、見れん。
「フザケトルノハ、オマエノホウジャ! ナンジャ、コノ光! 眩シスギルワ! 邪魔ジャ!」
「・・・なんやと?」
女。
冷たい声で、言い返してきた。
「おまえやと? 何様え。
他ならぬこの私の光を、邪魔やと?
あなや。口に気をつけよ。さもなくば、死なすえ」
「ハ?」
あれ?
なんか、様子がおかしいですぞ?
「この私に、助けられておきながら。
なにえ。その態度。
痴れ者(しれもの)。粗忽者(そこつもの)。無礼者めが。
いますぐここで、真っ二つにぶった斬ってやろうか?」
「・・・オ月ジャ、ナイノカ?」
「見ればわかるに」
「見エンワ!」
「ふん」女、不機嫌。鼻鳴らす。
「オ月デ、ナイナラ、一体、誰ジャ?」
「ひとに『名乗れ』言う前に、礼ぐらい言うたらどうなんかに!」
「チッ! 感ジノ悪イ、女ダナ!」
ちび鬼神、イラッとする。
しかし、ぐっとこらえた。助けてもろうたらしいことは、鬼神にもわかっておる。
内心「ぶん殴ってやろうか」とは思いつつ、ちゃんと頭を下げた。
「・・・助ケテクレテ、アリガトウ。礼ヲ言ウゾ。
アリガトウ──言ウタカラナ!」
「ふん」
「ソシテ、名乗レト言ウンナラ、名乗ッテモヤロウ! 我ガ名ハ、鬼神!」
「は? なんと?」
女、耳に手やって、『聞こえなんだ』の素振りをした。
・・・と言うても、眩い光のせいで、全然見えんのですがね。そういう気配がしたということだ。
「なんと言うた? 声がきーきーと甲高うて、なに言うとるのやら、わからぬ」
「鬼神ジャ!」
「は?」
「キ・シ・ン!」
「鬼神とな?」
「ソウジャ!」
「ははは」
女、笑った。
もんのすごく、この上ないほどに、馬鹿にした笑いであった。
「あはははは。阿呆!」
「ナヌ!」
「そなたのごとき、矮小なる(わいしょうなる)、雪に負けるほどに脆弱なる(ぜいじゃくなる)、ちびすけが!
鬼神やと? それは、『私は神です』という意味かに?
あははのは! けらけらら!」
「ヌウ・・・!!!」
さんざんに笑い飛ばしたのち。
女。ひんやりした声で、ぼそっとこう締めくくった。
「あさましえ。身の程、わきまえよ」
「ナ・・・ナンダト・・・!」
ちび鬼神、気押される。
まるで強烈な光にどーんと突き押されたがごとく、一歩下がった。
「オ月ノ声シテ、人ヲ人トモ思ワヌ、冷タスギル、態度・・・!」
それは、声のせいであった。
お月さんの声で、ボロクソに罵られた。
再会できた! と喜んだ直後だけに、ショックが大きすぎた。
「グ、グ・・・」
「・・・母上、」剣がしゃべった。「おふざけが過ぎますえ。仮にも、義理の弟──」
「お黙りグレイス」
「・・・。」
雪山に、冷たい風が、吹きすさぶ。
「そこな、ちびすけ。『我は鬼神』などと、大法螺吹く(おおぼらふく)のは、ためにならぬえ?」
「ホ・・・ホラジャナイワ・・・」
「はん。身の証のひとつもないくせに」
「身ノ証・・・ダト・・・?」
ちび鬼神。
そう言われて、ちょっと頭が回りだした。
「身の証・・・」と、思い出す。「そう言えば! お月にもろうた、あれがあったわい」
「ハア、身ノ証カ! 身ノ証ナ!」
「なにえ。急に元気になりよって」
「イヤイヤ、ゴモットモジャ! モチロン、チャーント、アルゾ!」
「ほう。なにえ」
「神ノ威光ジャ」
「神の威光やと?」
「イカニモ!」
「神の威光! あはは! これは傑作(けっさく)! あははのは!」
「チッ!」
鬼神イラッとする。
笑い方がお月さんに似とるのが、めっちゃイラつく!
それをなんとかこらえて、ニカッ! と、作り笑い。
明るい声で、こう言うた。
「本当サ! タッタ今、オ見セシヨウ! ヨーク、御覧アレ!」
「どれどれ?」
女が、覗き込んだところで。
サッ。
ちび鬼神。懐から、あるアイテムを、取り出した。
それは、手鏡。
美しく優美なる、銀の手鏡。
月の女神がくれた、この世にひとつしかない、女神の宝物。
それを、目にも眩い御方に、突き出してやったのだ。
カッ!
目にも眩い光! 反射!
「あなや! 目が」
女、叫ぶ。
「目がー。目が潰れるう」
「ヌハハハハ! ヤーイ、引ッ掛カリオッテ!」
ちび鬼神、大笑いである。
「ワハハノハー! エエ気味ジャ! ヤーイ、ヤーイ」
「この、いたずら者め」
「ホーレ、神ノ威光ダゾ。ホーレ、ホレ!」
「きゃ! やめ! 眩しい!
やめ、赤子が、赤子が落ちる・・・!」
「エッ」
調子に乗っとった、ちび鬼神。
あわてて、鏡を下ろす。
「赤子ダト?」
きゃっ、きゃっ。
赤ん坊の声が、鬼神に応えた。
「ナント!」
ちび鬼神。土下座した。
「アイスマヌ。赤子ガ居ルトハ、露知ラズ(つゆしらず)。
危ナイ事ヲシテ、スマナンダ」
「・・・うむ」
ちび鬼神、すっかり我に返って、手鏡をしまおうとする。
したところ、目にも眩い御方が「待ちなえ」と言うてきた。
「ウン?」
「その手鏡、見せてたもう」
「ハア」
「・・・なるほど。なるほど」
「ナンジャ? 知ッテオルノカ、コノ鏡ヲ」
「もちろん。よーく知っておる。・・・というかそなた、気付いておらんのかに?」
「何ガジャ?」
「阿呆。
・・・まあよい。気付いておらんのなら、名乗ってやろう」
お月さんそっくりの声で。
目にも眩い御方は、こう名乗った。
「私は太陽。月の姉」
◆ 5、『伸びる』のルーン ◆
「タイヨウ」
「いかにも。私は太陽。月の姉。ハイエルフの、生みの神」
なんと。
目にも眩い御方。
太陽の女神だと、おっしゃった!
「ナナ、ナント!」鬼神びっくりである。「イヤ、ソウカ! オ月ハ、コレヲ見越シテ──ハッ!? ソレナラ、訊キタイ事ガアルゾ! オ月ノ──」
「待て待て。待て。待ちゃれ」
「ナンジャ」
「そない、きーきーきーきーと、早口で言われても。
何を言うとるのやら、わからぬ。もっとゆっくりしゃべりなえ」
「ト言ワレテモノウ!」
「そもそも、なんでそない小さぁなっておるのえ?
鬼神言うたら、でかい神やろ? 何があったのえ?」
「『萎ム』ノルーンヲ使ッタラ、小サクナッタノダ!」
「『萎む』のルーンと言うたか?」
「ウム」
「ああ・・・お月やに?」
「ソウジャ! 戻シ方ガ、ワカランデ、ズーット、小ッチャイマンマデ居ルノダ!」
「戻し方? ・・・いや、あのルーンに、戻し方なんぞ、ないえ」
「ハ?」
「『萎む』は、萎むだけ。戻す事はできぬ」
「ナンダト・・・」
「しかし案ずることはない。他ならぬ、この私が居るのやから。
いますぐ、元に戻してしんぜよう」
「ナンダト!?」
「元に戻すえ。心の準備はええか?」
「ハ、ハア? マア、戻ッテ困ルモンデモ、ナイシ・・・」
「ではやるえ」
「『伸びる』のルーン!」
目にも眩い御方。ルーンを、唱えた。
「萎んだ鬼神を、元のサイズまで、伸ばせ!」
にょろにょろにょろ・・・!
ちび鬼神の身体、伸び始めた!
「ムムム! 身体ガ、伸ビハじめたぞ!」
なんと!
見る見るうちに、鬼神の身体!
もとのサイズに、戻ったではないか!
「おお! ひさしぶりに、でっかくなったわい!」
赤く大きな猿のごとき、巨体!
六腕三眼、鬼の神! 完全復活である!
「いやあ、ありがとう! お日さまよ!」
鬼神よろこぶ!
太陽の女神、顔背ける(気配)!
「・・・服着なえ」
「え?」
鬼神、自分を見る。
全裸であった。服、脱げてしもうておる。
「あいすまぬ。・・・着ましたぞ」
「こほん」
「やれ! やっぱり、元の身体は、落ち着くわ。
それに・・・なんか、寒さにも強くなった気がするのう」
「そやろに。
萎めば、寒さには弱ぁなる。生きものとしても、神としても」
「うむ。・・・うむ? 神としても?」
「小さな神は、マナも小さい。
纏う(まとう)マナも、引き出せるマナも。
ゆえに、しょうもないことで、ぽっくり死んでまうのえ」
「なんと」
鬼神。
自分の本来の姿を、眺めた。
鬼神の目には、いつもと同じ赤い肌しか見えんのだが・・・。
「マナが小さくなったので、凍え死んだっちゅうわけか?」
「いや・・・」
目にも眩い御方、赤子をあやしつつ(気配)、答える。
きゃっきゃっ。赤子はうれしそうである。
「よしよし。
いや、そなたの場合、『固体になった』っちゅう感じやったえ」
「こたいになった?」
「うむ。水が凍るがごとくして」
「???」
「そなたは、大地の神々の血筋。
岩に戻ってしもうた──っちゅうとこやないかに?」
「はあ・・・」
「あの、母上」剣がしゃべった。「私も、凍ってしまいそうなのですが」
オレンジの剣。
神剣“グレイス”。
ここまでずーっと、雪の中に刺さったまんま、我慢しとったんである。
「すまぬ。気が付かなんだ」
「え・・・」グレイスひるむ。「・・・ひどないですかに?」
「そなた、地球に突き刺さるのが好きやに。好きで刺さっておるのかと思うておった」
「・・・。」
「なにを意地悪しておる。抜くぞ?」
「あ、どうも」
鬼神がグレイスを引き抜いてやった。
「グレイスさんよ。ルシーナに頼まれて、駆けつけてくれたのだろう? ありがとう」
「いえいえ。必死に頼まれまして」
刀身。雪が凍ってくっついておる。鬼神はそれを払ってやり、眩い光に照らして、乾かした。
「こりゃ。私を焚き火あつかいすな」
「まあまあ。せっかくこんなに、あったかいのだから。
グレイスさまには、娘がずいぶんお世話になった。
お日さまは、手元に剣がなくて、困ったかも知れんが。はい」
「困りはせぬ」
お日さん、剣を受け取る。
鞘に収めず、手に持ったようである。焚き火あつかいすなと言うたのに、自分で焚き火あつかいしておる。
「娘だけでなく、私もこうして助けてもろうた。
お二人には、大きな借りができたわい」
「いえいえ」「倍にして返しやれ」
「なんじゃ。強突く張り(ごうつくばり)な。
・・・あ、そうじゃ。話は変わるのだが。
お二方、この剣は見たことあるか?」
鬼神。
ずーっと腰に差して旅しとる剣を、見せた。
巨人の剣。鬼神名付けて、“優雅”。
グレイスと同じ、ヒイロガネ製の剣である。こっちはしゃべらんが、その輝きはじつによく似ておる。
「──私の義父が打った剣だそうだが」
「話は聞いたことがある」とお日さん。
「直接見るのは初めてですえ」とグレイス。「英雄ヘルドの剣とか」
「そうらしいな。あんたにちなんで、優雅と名付けたのだ」
「ええ名ですに」とグレイス。
「そうかに?」とお日さん。
「なんじゃ、いちいち。イラつく女だな」
「なんやと?」
「とにかく!」グレイス、またけんかしそうな2人に割り込む。「御無事でよろしゅうございました。御光臨の目となった甲斐がありますえ」
「ごこうりんのめ?」
「母上の降霊のため、先にこちらへ降りて、周囲を見回したのですえ」
「こうれい・・・神竜が、つばさへび呼ぶ、ああいうやつか?」
「あな阿呆へびと一緒にすな」太陽怒る。
「はいはい」鬼神受け流す。「そのために、わざわざ飛び降りてくれたのか。あんたは優しい剣だのう」
「それほどでもありませぬ」剣が威張った。「ま、従妹にあれほど泣かれては」
「ああ。ルシーナには、かわいそうなことをしたわい・・・」
・・・と、しゃべっておって。
鬼神、気が付いた。
「・・・待てよ? ということは、お日さんよ」
「なにえ」
「あんた、最初からわかっとったな?」
「なにがえ」
「あんた、私が鬼神だと知っとったくせに、『おまえは誰じゃ』などと言うたのだな!」
「言うておらぬ」
「言うたわ!」
「言うておらぬ。『ひとに名乗れ言う前に、礼ぐらい言え』とは言うたが」
「ぬ。そうだったかのう」
「そえ」
「・・・いや、だが! 私が『鬼神だ』と名乗っとるのに、うそつけみたいなことを言うただろうが!」
「言うておらぬ」
「言うt」
「言うておらぬ。『あさましい。身の程わきまえよ』と言うたまで」
「くそっ! いちいち揚げ足取るんじゃないわ!」
「揚げ足ではない。事実」
「うるさい! つまるところだ! あんた、私を、からかったんだろうが!」
「ほほほ。とんでもない」
「いまごろ気付k──」グレイスがしゃべろうとしたところ、ちゃきーん! 剣が鞘に突っ込まれる音がした。「あ痛っ!」
「いたずら女神めが・・・。
なるほど、あんたはお月さんの姉だわい」
◆ 6、鬼神、お月さんのゆくえをきく ◆
「ところでだ。お日さまよ。まじめな話なのだが・・・」
「なにえ」
「お月さんは、いったい、どうしとるのだ?」
鬼神が訊くと。
太陽の女神。黙ーって、グレイスで天を指した(気配)。
「・・・いや、そっちのお月さんではなく。
エルフっぽい、歩き回っとったほうの」
「私と同じやないかに?」
「なにがじゃ」
「目がないところには、出て来れぬ」
「そうなのか?
じゃあ、目があれば、また会えるのか?」
「おそらくは」
「よーし、ならば、私が目になろう! どうすればええのだ? 教えてくれい!」
「無理やえ。そなたのごとき、粗忽者(そこつもの)には」
「は?」
「巫女の素質がいりますに」剣がしゃべった。「加えて、お月さまのお許しが。できるとするならば、ルシーナ?」
「ルシーナか・・・」
「なにえ」と、お日さん。
「いや・・・いくらなんでも、ルシーナがかわいそうだろう、それは」
「ま、とにかく、お月は生きておる。出て来れんだけやえ」
「会えるんなら、すぐにでも会いたいのだが・・・」
鬼神、肩を落とす。
それから、はっと気付いて顔を上げた。
「そうじゃ! 月の宮殿なら、出て来れるんじゃないのか? あそこなら──」
「アカンえ」
「なんでじゃ?」
「空気がない。
阿呆へびの隕石のせいで、お月の宮殿、しっちゃかめっちゃかになっておる。
いま行ったら、死ぬるえ。そなたも。お月が出て来ても」
「お月さんも死ぬのか?」
「そなたの言うておる、人の形のほうは。本体は死なんが」
「ようわからぬ・・・」
「ようわからぬのならば、試してはならぬ。
宇宙では、人も神も、簡単に取り返しのつかぬことになるえ」
「そうか・・・」
「さて、」
目にも眩い御方。
ここで、話を打ち切った。
「自己紹介も済んだことやし。いつまでも立ち話するわけにもゆかぬ」
「おお、そうだな。赤子が居るのだったな」
「うむ。もともと、この子を神殿に預ける予定やった」
「そうなのか」
「そえ。そなたが阿呆なことをしたせいで、私の予定、しっちゃかめっちゃか」
「あいすまぬ」
「いまから、預けにゆく」
「そうか。良ければ、ご一緒いたそう」
「来な。誤解されるに」
「まあそう言うな。お月さんのお姉さんよ」
「姉などと呼ぶな。ぶった斬るえ」
「はいはい」
太陽の女神と、鬼どもの神。
こうして、しばし共に旅をすることと、あいなったのである。