六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

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冥界に、もぐる(3) 黄泉の軍団

◆ 12、冥界とは、なにか ◆

 

「なあ、ルシーナよ」

「なんですかに」

 鬼神と、ルシーナ。

 暗~い洞窟をもぐりながら、話をする。

「冥界とは、いったい、なんじゃ?」

「さー?」

「ずっと、こんななのか?」

「いえ。こな洞窟は、通り道にすぎませぬ。先で、広うなっておりますえ」

「広いちゅうても、洞窟だろう? 結局のところは」

「いえ。ただの洞窟やないに。

 めっ・・・・・・・・・ちゃ! 広うなっておりますのえ」

「ほー」

「人もそこそこ居りまして。

 まず、『死者の国』と言うて、過言(かごん)ではありませぬ」

「へえ。そうなのか。

 では、地上に出るわけか?」

「いえ。外には出ませぬ」

「なんか、ようわからんところだな」

「そやに」

「ただの洞窟と見えて、ちょびっと、この世ならぬところもある。

 この小川とか」

 足元流れる、小川。

 ちょろちょろと流れ 登 っ て おる。

 洞窟の奥(下)から、現世(上)へ。逆向きに流れる小川なのである。

「なんでこんなことが起きるのじゃ?

 死者の国では、川が逆さに流れるのか?」

「さー? 私に訊かれましても。

 そやに、神さまの世界。不思議なことも、ままあるかと(時々はあるかと)」

「神さまがいらっしゃるのか?」

「以前はいらっしゃったらしいですえ」

「ほう」

「冥界を統べる(すべる)王。冥界の神。

 だーいぶ前に居らぬようになり、そのままとなっておりまする」

「なんで居らんようになったのだ?」

「信仰が途絶えた、との由(よし)」

「しんこうがとだえる」

「信者が居らぬようになった」

「すると、神も消えるのか」

「そらそうえ。

 あ、いや、父上みたいなのは、わかりませぬが」

「私みたいなの」

「もとから形がある」

 ぺちぺち。ルシーナ、鬼神の腕を叩く。

 ぺちぺち。ぺちぺち。なにを気に入ったのか、しばらく叩きつづける。

「・・・人間は、死ぬと冥界へゆくと伝えられておりまする」

「らしいな」

「その後、信仰する神さまの元へゆく、とも」

「うむ」

「冥界には、神を信じておらぬ者が残ることになる」

「そうなるわな」

「そやに、冥界に神の居るはずなし」

「・・・は?」

「魔術と同じですえ」

 ルシーナ。

 かっこつけて、指を立てて、言い切った。

「『かくあれ』との意志と、現実が、マナによって飛躍的に結合した」

「?」鬼神わからん。

「マナあるものたち。

 すなわち、生命あるもの、生命のごとく振る舞うもの。

 その意志が飛躍的に現実となった世界。

 それが冥界。

 私はこう思いますに。父上はいかが?」

「え?

 いや、え?

 全然わからんのだが。

 えーと、まずはだな・・・」

 鬼神。

 ちんぷんかんぷんとなり、質問をしようとしたが──

 

「む?

 あれはなんじゃ」

 

 ──前方に、ずらりと並んだ兵士を発見。質問しとる場合では、なくなったのであった。

 

◆ 13、冥界の、しにんたち ◆

 

 ずらりと並んだ兵士。

 横に30人、縦に同じく30人・・・ほどであろうか。

 つごう900人。

 大部隊である。

 おおむね人間サイズだが、コボルドらしき小人の影も混ざっておる。

 これだけの大部隊が並んでおるからには、もちろん、洞窟も広くなっとるんである。

 上下左右に、一気に! 広くなって。

 天井も、壁も、その先はかすんで消えしまうほど。

 ルシーナが言うたとおり。

『地上とは別の世界に出た』という広さであった。

 それでも、地下世界ではあるらしい。暗さはそのままである。

 こんな暗闇に、900人以上の大部隊が整然と並んでおるのは、異様な光景であった。

 そして。

 もっと、異様な点があった。

 それは・・・。

 この兵士ども、見た目が・・・。

 あ、いや、装備は、ちゃんとしておるのですよ。

 青銅の穂先のついた木の槍に、革張りの大きめの盾。青銅のこて、胸当て、すね当てに、かぶと。

 おおむね、鬼神の知っとるハイエルフの正規軍の装備だ。ちゃんとしておる。装備は。

 だが、その兵士本人が、控えめに言うても・・・。

 

「死体ではないか!」

 鬼神、見たまんまを、叫ぶ。

「おいルシーナ! 死体が武器持って立っておるぞ!」

「しーっ!」

 ルシーナ、綺麗な唇に指当てて、鬼神を止める。

「・・・言うてはなりませぬ。冥界の死人は、見た目のこと、とても気にするのですえ」

「だが、死体じゃ! 『さっき死にました』ぐらいのから、すっかり骨になっとるのまで!」

「・・・それを言うなと言うておるに! おっ父の阿呆」

 

 そう。

 冥界の洞窟に並ぶ、大部隊。

 その兵士。全員、見るからに──死体なのであった。

 それはもう、口にするのもあわれな光景だ。なので、口にはしないようにいたしましょう。

 

「どちらさんかな?」

 1人の戦士が、大部隊の先頭に、歩み出てきた。

 詳しくは口にいたしませんが、ま、『ほぼ骨』といった御方でした。

「見たところ、死人ではないようやが」

「うん?」鬼神が応える。「そう言う御身も、ただの兵ではないようじゃ」

「はい」

 歩み出た戦士。

 青銅のかぶとに、明るい黄色の羽根飾りをしておる。

 リーダーのマークか? 暗い冥界には似合わぬ、お日さま色の羽飾りであった。

「この軍団の、長をしておりまする」

「なるほどのう」

「大きな六腕の御方よ。

 見たところ、御身は、死人ではないようやが」

「うむ」

 鬼神は前に出て、ぐいーっと背中を伸ばした(ルシーナとしゃべるため、めっちゃ前屈みになっとったんである)。

 六腕ゆったり広げて、『敵意はありませんよ』のポーズをした。

 そうして、こう言うた。

「私は、鬼どもの神、鬼神と名乗る者。

 長女のルシーナが死んだため、こうして、面会しに来たのじゃ。

 見ての通り、可愛い娘と会うことができ、満足をしておる。

 ついでに、ちょっくら冥界を観光しようと思うてのう。ここまで降りてきたというわけじゃ」

「なんと」

 兵士の長、びっくり。

 後ろの兵士どもも、ひそひそ、こそこそ、ささやき出した。

「鬼神やと?」「神さまかァ?」「聞いたことあるで」「私もあるえ」「ないでござる」

「冥界観光とは・・・かかる目的、初めて聞きましたえ」

「そうか。とにかく、私のほうは、そういうことじゃ。

 して、」

 今度は鬼神が訊き返す。

「そなたらは、どちらの国の兵隊さんかな?」

「これは申し遅れましたに」

 軍団の長。

 もうだいぶ綺麗な骨であり、種族もわからんが、お国言葉からして、ハイエルフか。

 そのハイエルフ(?)の彼(?)が、おじぎ。

 こう、返事をした。

「我らは、黄泉の軍団。冥界を守る、守護兵ですえ」

 

◆ 14、黄泉の軍団 ◆

 

「なんと。黄泉の軍団とな」

「いかにも。ところで、鬼神さま」

「なんじゃ?」

「冥界の門番である、白骨の神さまは、いかがなさったのです?

 生きた者がここへもぐってくることのないよう、見張っておられたはず」

「うむ。見張っておられたぞ。

 『入ってよい』との、許可が出たので、入って来たのじゃ」

「はて? それは、掟破りですに」

「らしいのう。だが、そうなったことは、本当じゃ」

「そうですか。ところで、鬼神さま」

「なんじゃ?」

「冥界の番犬である、ケルベロスは、いかがなさったのです?

 死んだ者がここから出てゆくことのないよう、見張っておったはず」

「そんなやつ、居ったかのう?」鬼神、首をひねる。

「でっかい、黒い、いぬですえ。首三つありまする」

「ああ。ケケケルルベベベロスのことかな」

 鬼神がそう言うと、黙っとったルシーナが吹き出した。「うぷ!」

「なんじゃ?」「なんでもないですえ!」

「お会いになられたのですに? いかがなさったのです?」

「うむ。あのぐうたらないぬならば、通路をふさいで、寝ておったぞ。

 『通るぞ。どけ』と言うて、どかせ、入って来たのじゃ」

「はてさて? あな魔犬、人の言うこと、聞かぬはずやに」

「そうかのう。だが、そうなったことは、本当じゃ」

「・・・あの、鬼神さま」

 軍団長。

 羽飾りのついたかぶとの角度を、手で直す。

 ぐっと深く、しっかりとかぶって、顎を引いた。

「もしや、御身。

 武力でもって、押し入っていらっしゃったのではありませんかに?」

「ふむ? 武力とな」

 鬼神、もったいぶる。

「さて。

 ま、このこぶしで、1発か2発、ちょいと殴るのを『武力』と言うならば。

 そういう意味での武力というもの、振るっておらんと言えば、嘘になるがのう」

「それは、ほんまの話ですかに?」

「本当じゃ」

 いや本当ではない。

 みなさん御存知の通り。

 白骨の神さんを、めっちゃ殴った。

 黒いいぬを、ブレーンバスターし、チョークスリーパーした。

 『ちょいと1発や2発』どころではない。ほんまの話、大暴れである!

 しかし鬼神。

 いま、外交モード。ひさしぶりの国王モード。義父の真似モード。

 このモード。自分の非を、そう簡単に認めるモードでない。

 言い逃れ、反論する。

「それについてじゃが、ちと、言わせてもらいたいことがある」

「なんですかに?」

「さっきも言うた通り、私の娘が、こうして冥界へ入り、ここで暮らしておる。

 そこに、父の私が会いに来たというわけじゃが」

「はい」

「白骨の神さまは、問答無用、私を追い返そうとなさった。

 これはどういうことじゃ?」

「掟ですえ。生者が、冥界に入ってはならぬというのは」

「こちらは『娘に会いに来た』と、ちゃんと説明をしたんじゃぞ」

「説明がなんであれ、生者は入れませんのえ」

「私の娘じゃと言うておる」

「続柄(ぞくがら)は関係ございませぬ」

「なんじゃと?

 ──この、分からず屋め。文官アタマの、ハイエルフめが!」

 鬼神、怒った。

「掟だと? ばかめ!

 娘に会いたいと思う、父の気持ちを、どんな掟が拒めるというのだ。

 そんな掟は、まともな掟じゃないわ。

 それは、『誘拐』とか『拉致(らち)』と言うのじゃ!」

「我々は、誰もさらってはおりませぬ」

 軍団長は言い返した。

「我ら黄泉の軍団を、人さらいなどと一緒になさるな。

 これは重大な侮辱ですえ。取り消して頂きたい。

 そうした上で、穏便に引き返して頂けますよう、要求いたしますえ」

「いいや、撤回はせぬ。謝罪もせぬ。

 そして引き返しもせぬ!」

 鬼神怒鳴った。

 空気がびりびりとし、地響きが洞窟を伝わって、高い高い天井までをも、ふるわせた。

「父と娘を引き裂いて、それが掟と抜かしおる。

 そんな世界、私は認めんぞ!

 この私、鬼どもの神、鬼神が、そんな掟は破り捨ててやるわ」

「掟は変えられませぬ。御身は、冥界の王ではないがゆえに」

「ならば、私が冥界の王になってやろう!」

「・・・それは、『侵略』ではないですかに?」

「いかにも!」

 鬼神。

 上の両腕、こぶしを合わせ。

 中の両腕、腕を組み。

 下の両腕、いまにもタックルせんがごとく、広げてかまえて。

 ずしん! 地面を踏みしめ、こう宣言した。

 

「この鬼神! 冥界を攻め落とし、王となってみせよう!」

 

◆ 15、冥界の、おおいくさ ◆

 

「てきしゅうーーー!!!」

 軍団長、叫んだ。

「眼前の大神(おおかみ)、『冥界を侵略する』との、宣戦布告をなさった!

 者ども、槍を取れ! 盾かまえよ!

 黄泉の軍団、ただいまより、冥界防衛のいくさに突入する!」

「おーーー!!!」

 士気高い軍団である。

 自分たちの何倍も身体のでかい鬼神に怒鳴られながら、びくともせず、武器をざざざっと、一斉に構えた。

「歩兵、突撃よーい!」

「歩兵、突撃よーい!」

「突撃!!!」

「わー!」「わー!」「わー!」

 黄泉の軍団!

 いま死んだばっかりみたいな兵!

 もうだいぶ前に死にまして・・・みたいな兵!

 みーんな揃って、元気に(?)槍と盾かまえ、わーわーわーと大声上げて、突撃してきた!

「ルシーナ。下がっとれ」

「了解。すでに隠れておりまする」

 ルシーナ。

「ご武運を」と言うて、ぱっと散って、消えた。

 とっくの昔に、『水鏡』の幻にすり替わっとったようである。

「相変わらず、巧みなやつ」

 鬼神は感心する。

 だが、ゆっくり感心しとる暇はない。

 黄泉の軍団の槍の穂先が、もう、目の前に迫っておる!

「わっはっは! あっぱれ! 勇敢な軍団じゃ! そーれ」鬼神、右腕ブン回す。

「わー!」「わー!」「うわあ!?」兵士3人、吹っ飛ぶ。

「その勇気に敬意を表して、お相手をしよう! ほーれ」鬼神、左腕ブン回す。

「なんの!」「こなくそ!」「わあ!?」次の兵士3人、吹っ飛ぶ。

 わーわー。うわー!

 突撃する兵士の鬨(とき)。吹っ飛ぶ兵士の悲鳴。交錯!

「軍団長! 敵、手強いですえ!」「怪力無双や!」「勝負にならねえぞァ!」「わんわん!」

「ならば、槍の間合いでもって、包囲せよ!

 たとえ歯が立たぬとも、一歩も下がってはならぬ! もちこたえよ!」

「は! 了解」

「黄泉の弓兵! 後列より射撃せよ。敵の目を潰せ!

 黄泉の魔術兵! 上空より『魔弾』を浴びせよ。相手のマナを散らし、弱体化せよ!」

「は! 了解。弓兵、横列に展開! 弓かまえ!」

 長弓持つ1隊、素早く後列に展開。

 流れるがごとく弓構え矢抜きつがえ、引き絞る。

「敵の目を狙って──撃て! 撃て!」

 ざあああ。

 どす黒い雨のごとく、矢が降り注ぐ。

「む!」

 鬼神、それに気付いて、

「『力』のルーン! 『三角州の受け』! 矢よ、散れ!」

 この世を満たす空気に『力』を加え、空気を通じて矢に『力』を及ぼし、その向きをそらす。

 そらした矢。ざあざあと音立てて、鬼神の周囲の地面に刺さった。

 『力』のルーンを極めた鬼神ならではの、偉大なる防御のわざであった!

「なんと! この数の矢を防ぐとは!」

 弓兵隊長、びっくりである。

「──そやに、我らは目潰し。当たらぬとも、敵の手数を奪えればよし!

 弓兵、軽くてかまわぬ、速射せよ! 各個早撃ちにて、撃て撃て撃て!」

「おー!」

 大粒の雨が細かくなってざーーーっと降るがごとく、軽く素早く放たれた矢が、鬼神に殺到する!

 鬼神は『三角州の受け』で受け流す。だが、数が多すぎ、切れ目がなさすぎる!

 さらに、空飛ぶ魔術兵が襲い来る!

「魔術兵前進。詠唱よーい・・・呪文は『魔弾』・・・・・・・・・撃て撃て!」

「魔弾!」「魔弾!」「魔弾!」「魔弾!」

 どんどかどんどん!

 紫に輝く、ルーン魔術の弾! 鬼神に、集中!

「これはいかん!」

 鬼神、さっと屈んで、地面に手をつく。

 ・・・『魔弾』を浴びれば、鬼神でもぶっ倒れる。死にはせんが、スキができる。喰らうわけにはいかんのである!

「『力』のルーン! 『赤き大地の盾』!

 冥界の岩よ、凝縮せよ。魔弾を防ぐ、盾となれ!」

 

 ごっ・・・ばああああ!

 鬼神の手が、地面を引っ剥がした(ひっぺがした)!

 冥界の洞窟の床を──すでに固い岩であったそれを、さらに凝縮!

 ガラスのごときカチンコチンの板となし、赤々と熱を帯びたそのままに、ガバアと持ち上げ、魔弾を防ぐ!

 ドガガガ、ガガガ!

 爆裂する魔弾! もうもうと立ち上る、眩い紫の煙!

「ぬうう!」

 煙をわずかに吸っただけで、鬼神の身体に疲労感!

 膝ちょっと、ガクッとなる!

「『大地の盾』で受けて、なお、ガクッとなる! 『魔弾』、恐るべし!」

 鬼神うめく。

「囲まれては、やられ放題! 打って出るべし!」

 そう判断するが早いか、突撃に出た!

 『赤き大地の盾』をかざして、突っ込む!

「うおお! けがしたくなければ、逃げ散るがよい!」

 でっかい鬼神。

 よりも、さらにひと回りでっかい、岩石の盾。

 それが、『力』のルーンのパワーでもって突進してくるんである!

 たまったもんではない!

 ドラゴンの突進より、鬼神の突進である!

「ひえー!」「うげー!」「うわあ!」「あなや!」「これはたまらぬ!」

 黄泉の軍団。

 吹っ飛ぶ!

 まるで、濡れ雑巾(ぞうきん)の、ほこりまみれの床を拭き取るがごとし!

 サーッと綺麗に、蹴散らされる!

 だが敵もさるもの!

 盾より上に飛んで逃げた魔術兵、すぐさま振り向いて──

「詠唱変更、呪文は『蛇魔弾(じゃまだん)』──撃て!」

「蛇魔弾!」「蛇魔弾!」「蛇魔弾!」

 新たな呪文を、追い撃ちした!

 しゅるしゅるしゅる・・・・・・・・・黒い蛇が、空駆ける!

 実体のない、魔術の蛇!

 うねくりながら、鬼神に追いすがる!

「む!」

 鬼神、立ち止まり、振り向き、そちらに『大地の盾』を向けるが・・・

 するり。

 黒い蛇が、その盾の中から顔を出して・・・

 ガブリ!

 噛みついてきた!

「ぐわあ! 盾を!」

 するり。するり。するり。盾を通り抜けた、黒い蛇が・・・

 ガブリ! ガブリ! ガブリ!

 次々に、噛みついてきた!

「ぐはあ! 痛い! こ、こやつ、盾が利かぬ!」

 

 ・・・そう。『蛇魔弾』。

 この呪文は、非実体の弾を撃ち出して、相手を追跡。追いついたところで実体となって、噛みつくというもの。

 まことに防ぎにくい、かわしにくい、防御の難しい呪文なんである。

 かつて、鬼神の相棒──鬼神台ですら、この呪文をかわしきれず、空中分解に追い込まれた。

 鬼神。『力』はあっても、足の速さでは、亡き相棒には敵わぬ。

 相棒ですら喰らったこの呪文。鬼神に、避けれる(よけれる)はずがなかったんである。

 ──『盗み』のわざがなければね。

 

「ま、まずい、このままでは──

 おっと、あぶない」

 ひょい。

「おっと、おっと、おっとっと、あぶないあぶない、あぶないわい」

 ひょいひょいひょい。

 鬼神。左右に素早く動き回り、黒い蛇の噛み付きを、避ける。

 素早すぎる回避! 分身するがごとし!  残像が生じるほどの、激しい回避!

「くそっ! 『盗み』のわざ、使ってしもうた!」

 鬼神悔しがる。

 『盗み』のわざは、封印するつもりだったのに。攻撃が激しすぎて、無意識にやってしもうたんである。

「意外と手強いのう。司祭さまが居らんのは、救いだが」

 『蛇魔弾』は恐ろしい呪文であった。

 もし、太陽の司祭が敵に居ったら、危ないところであった。司祭は『祈願』でマナを集める。そのマナで『蛇魔弾』を連発されたら、えらいことであった。

「司祭さまは、お日さんなり、お月さんなりの、信者だものな。

 当然、それぞれの神さまのところへ行くっちゅうわけだろう。

 だから、ここには居らんわけだ。助かったわい。 

 それに、隠れてしまえば、撃てんようだし・・・」

 その通り。

 鬼神が盾に身体を隠すと、敵の詠唱は途切れる。見えん敵には撃てんらしいのだ。

 それと、マナ切れ。『蛇魔弾』撃っとった魔術兵が、急に逃げてったかと思うと、「マナ切れ!」と報告して、休憩しておる。

 これらの要素により、でっかい盾に隠れた鬼神は、まだなんとか耐えておるわけである。

「とは言うても、一時しのぎじゃ。

 休憩でマナを回復されては、元に戻ってしまう。

 時間が経過する前に、魔術兵を仕留めねばならぬ!

 ・・・にしても、痛い呪文だのう。歯形がついてしもうた」

 歯形、くっきり。

 傷を調べた鬼神、びっくり。

 ま、鬼神だから歯形で済むのですがね。人間であったら、大出血だ。

 しかし、歯形だけでノーダメージ、というわけではない。

「ちょっとずつ、身体が重たくなってきておる」

 鬼神。

 『赤き大地の盾』を地面にズンと立て、ハァハァと息をする。

「ハァハァ。これは、あれじゃ。

 私も、マナ切れになっとるんじゃないか?

 雪山でぶっ倒れたときみたいに」

 

 ・・・そう。

 『萎む』のルーンで、ちび鬼神になって、雪山でぶっ倒れた。

 あの大ピンチ。あのときの感覚に、徐々に近付いてきておる。

 身体が重たい。ルーンがいまいち上手く使えない。そういう、ぼんやりとした感覚である。

 

 こうして考えるあいだにも、むろん、敵兵は迫ってくる。

 盾を回り込む兵を、鬼神は察知した。

「む! そっちか!」右にビシッと石を投げる。

「ぎゃあ! 痛ェ!」ヒューマン(?)の兵、悲鳴上げて逃げる。

「今度はそこか!」左にビシッ。

「やられたでござる!」コボルド(?)の兵、わんわん泣きながら逃げる。

「あれ?」鬼神、首をひねる。「なんか、敵の動きが、予想できる感じがするのだが・・・?」

 

 冥界の大洞窟。

 敵兵は、盾の向こうで様子をうかがっておる。

 無言で手を振る軍団長。その手の動きで、左右から歩兵が突撃して来るのだ。

 だが本気ではない。魔術兵は休憩中。弓兵も矢を温存しておる。

 それはなぜか?

 魔術兵のマナ回復を待つためであろう。

 

「・・・おいちょっと待て。これは私の考えではないぞ」

 鬼神、首ひねる。

「なんでこんな、敵の動き、意図が、すらすらとわかるのだ?

 これではまるで、魔術か、ルーン・・・あっ、そうか!

 『戦』のルーン! おまえのしわざか!」

 

 鬼神は思い出した。

 お日さんに言われて、『戦』のルーンを使ってみたときのこと。

 どこか真っ暗なところで、鬼神が1人、無数の兵士と戦っておる様子が、見えた──

 

「そうか! あの夢は、いま現在の、この戦いのこと。

 未来の戦いが読めるのであれば、ちょっと先の敵の動き、位置を、読むこともできる。

 『戦』のわざとは、そういうものか! なるほど!」

「なにブツブツ言うておられますのえ?」

 にゅー・・・。

 地面から、ルシーナの首が生えてきた。

「おわあ!」

 鬼神びびる。

 ああ、娘もやっぱり、死者なのだ!

 地面から出てくるなんて! と、直観した!

「『水鏡』ですえ」

「なんじゃ、そうか」直観、ハズレであった。

「苦戦しておられるようやに、様子を見に来ました」

 地面から頭半分出てきた娘。

 なんか、布団を口元まで上げてこっち見とるみたいになっておる。

 妙に可愛いルシーナであった。

「私の出番ですかに?」

「そなたの助けが欲しいところではある。

 しかしだ。『生命探索』されると、危ないんじゃないか?」

「ご明察ですえ。マナ見る目には、『水鏡』、役に立ちませぬ」

「だろう? じゃあ、だめじゃ!」

「親馬鹿なり」

「なんと言われようと、そなたは傷つけさせぬ。もう絶対にじゃ。

 だが、そなたの知恵は頼りにしておる。なんか、ないか?」

「敵の動きによりまする」

「それなら、わかるぞ──こんな風にじゃ!」

 飛び出して来る敵兵。石でビシッと撃退して。

「──『戦』のルーンでな」

 

 そうして。

 鬼神の声が、洞窟に響き渡るのであった。

 

「『戦』のルーン! 『敵の位置を知る』 !

 『力』のルーン! 『圧縮する』!

 『萎む』のルーン! 私の身体よ、小さくなーれ!

 そーれ、それデハ、チョックラ、驚カシテヤルト、スルカ!」

 

◆ 16、ルーンと知恵の、あわせわざ ◆

 

「わー!」「わー!」「わー!」「わー・・・?」

 『大地の盾』を回り込んできた、黄泉の軍団。

 きょろきょろする。

「あなや」「敵はいずこ?」

 

 鬼神が、居らんのである。

 

「服のみ、落ちておる」

 鬼神が居ったはずの場所には、鬼神の着ておった服が、落ちておるだけであった。

「なんで、服脱いだんだァ?」

「さっぱりわからぬ」

「つんつん」

 恐る恐る、槍でつつく兵士ども。

 すると。

「むむ? 地面に穴あり」

「服で穴ァ、隠してやがった」

 なんと。

 服の下に、穴があった。

 落とし穴・・・では、ないか。

「トンネルでござる!」

 コボルド(?)の兵が気付いて、飛び込んだ。

「盾をくぐる方向に、伸びておるでござる!

 鬼神さまの匂いもするでござる!」

「城壁崩しの穴ちゃうか?」

 ダークエルフ(?)の兵がつぶやく。

 城壁を崩すための、坑道戦術。

 城壁の下に伸びる坑道を掘って、城壁を崩したり、あるいは城内への侵入を試みるという、危険で大がかりな戦術である。

 こうした地下戦術、コボルドやダークエルフの得意とするところである。

「しかし、鬼神さまて、こない小っちゃい穴、入られへんやろ」

「だなァ。こんな穴に入れるとは思えねえ」

「匂いはするでござる!」

「とにかく、軍団長に報告を──」

 黄泉の兵士どもが話し合っておった、そのとき。

 

「『力』ノルーン! 大地ヨ、噴キ上ガレ!」

 甲高い声が、トンネルの奥から聞こえてきたかと思うと・・・

 

 どっ・・・がああああん!!!

 

 もんのすごい地響きがして。

『大地の盾』の向こう側に、土砂の柱が、噴き上がった。

 岩と、土と、土煙と。

 どおーん!!! ・・・と、暗闇高く、立ちのぼる。

「うわあ!」「あなや!」「痛い」「げほげほ」「腕が折れた」「足が折れた」

 吹っ飛ばされた兵士。

 落ちてくる土砂に巻き込まれた兵士。

 悲鳴を上げて、地面に転がる!

「魔術兵やられました!」「敵はいずこ!?」「地面に注意せよ!」

 

「ワッハッハ! キーッキッキッキ!」

 戦場に、金切り笑い声、響き渡る!

「見タカ! コレゾ、我ガルーン、我ガ愛娘ノ知恵、合ワセ技ジャ!」

 

 兵士どもが、見たものは。

 地面に開いた、大穴と。

 飛び散った土砂と、全滅した魔術兵と。

「あなや」「コボルドかァ?」「ちがうでござる!」「ハダカ小鬼やな」

 

 素っ裸で大笑いする、小さな小さな、六腕小鬼の、姿であった!

 いったい、どういうことなのか!?

 

 ・・・それは、こういうわけです。

 鬼神とルシーナ。休憩中の魔術兵を優先して倒すべしと、判断した。

 しかし、走って行ったのでは、空中へ逃げられる。不意討ちをしたい。

 それで、こうした。

 『戦』のルーンで、敵の位置を把握。

 『力』で、地下トンネルを堀る。

 『萎む』で小さくなって、そのトンネルに、もぐる。

 魔術兵の真下に到達。

 そして、最後にふたたび『力』のルーン。土砂を真上に打ち上げた。

 ──というわけであったのです。

 

 ちなみに『萎む』を使うたのは、ルシーナの強い意向によるもの。

「そのほうが足音も小さく、『生命探索』もされづらいですえ。ぜひとも」

 ・・・との説明であった。

 しかし、ちび鬼神を見るルシーナの目はキラキラしておったので、本音は「見てみたいだけ」であったのかも知れぬ。

 

「まさか・・・まさかまさか、鬼神さま!?」

「まさか。小さすぎるえ」

「ソノ、マサカジャ!」

 ちび鬼神。

 元気に応えて言うよう、

「『伸ビル』ノルーン! 我ガ身体ヨ、元通リニナーレ!

 ウッキッキッキ! ビックりしたかな?」

「うわあ!」「でけェ!」「いきなり伸びよった!」「わんわんわん!」

 フルチン小鬼が!

 フルチン鬼神に、スケールアップ!

「なんと」「ハダカ鬼やな」「見苦しいでござる」

「おっと、失礼」

 鬼神、地面をちょっと剥ぎとって『圧縮』。お盆のごとくして、股間を隠した。

「仕方がないのだ。小さくなると、脱げ落ちてしまうのでな」

「こちらに」兵士、回収しとった服、差し出す。

「あいすまぬ」

 鬼神、服着直す。

「よし。もうええぞ。再開じゃ。かかってこい!」

「わー!」「わー!」「わー!」「うわあ!」「ふげえ!」「やっぱり敵わねえぞァ!」

 

◆ 17、鬼神、相棒をよぶ ◆

 

「はぁ、はぁ・・・くそっ、キリがない!」

 鬼神。

 ルーンの合わせ技で、一発逆転──したはずであったが。

 あにはからんや。

 そのまま勝利とは、ならなんだ。

 

「なんでじゃ! 魔術兵は、全員倒したはずなのに・・・」

 するり。黒い蛇、『大地の盾』越しに顔を出し・・・

 ガブリ!

「ぐわあ! またこいつか!」

 反射的に手で払うが、そのときにはもう黒い蛇は消え去っておる。

 『蛇魔弾』には、受けもリポスト(突き返し)も通じぬ。まこと、一方的。

「さっき倒したはずだのに! なんでまた、魔術兵が復活しとるのだ!?」

 すると。

 にゅー・・・。地面から、ルシーナ。

「黄泉の軍団、蘇っておりまする」

「よみがえる?」

「はい。坂の上の方から、ぞくぞくと戻って来ておりまする」

「魔術兵がか!」

「魔術兵も、弓兵も、歩兵も。倒れた兵がみーんな、坂の上から、戻って来ておりまする」

「なんだと・・・!?」

 鬼神、困惑する。

「それでは、勝ちようがないではないか」

「見に行ってもよいのですが、時間がかかりますに」

「やめておけ。どうせ、あの黒いいぬに止められるんだろう?」

「はい。恐らくは」

「ならば、側に居って知恵を貸してくれ。そのほうが、助かる」

「了解。何か気付いたら、また」

 ルシーナの首、ぱっと散って、消える。

 鬼神。

 ぴょーんとジャンプして『赤き大地の盾』から顔を出し、坂の方を見る。

「むむ! たしかに! うじゃうじゃと戻って来ておる!

 『戦』では、わからんかったが・・・坂のところまでは、届かんかったのか?

 それとも、倒れた兵が走って戻ってくるなんぞは、尋常な『戦』ではないっちゅうことか。

 ま、なんにせよ、『戦』のルーンも、万能ではないというわけだな」

「蛇魔弾!」

 ガブリ。

「あいた!」

 顔出したせいで呪文喰らうた。もう、全身、歯形だらけである。

「ハァハァ。

 どうも・・・あれだ。

 私は、けがをすると、マナが散るみたいだぞ。

 どかーんと喰らって倒れて、しばらくすると戻る・・・というの、人生で何回かあったが。

 あれも、マナが戻ってきたので、私の意識も戻った・・・ということだったんかのう?」

 鬼神。

 汗拭い、考える。

「つまりじゃ。

 このままでは、私の、負けじゃ。

 傷は喰らっとらんように見えてもだ」

 

 『力』のルーンを使い、『大地の盾』を3枚張った鬼神。

 コの字に並べて、篭城(ろうじょう)。守りを固めた。

 これに対し、敵は包囲戦に切り替えたようである。

 不規則に魔術兵が飛んで来ては、『蛇魔弾』。

 鬼神が反応すると、さーっと逃げる。

 かと思うと、地上から弓兵。歩兵。

 地上に気を取られると、空から魔術兵。

 ──これを、何回も何回も、くり返して来よるんである。

 

「ハァハァ・・・亡者ならではの、粘り強さか」

 鬼神。

 ドスン。こぶしで、地面を叩く。

「奴らが蘇ってくるからくりを、調べねば。

 だが、走ってゆくのは、危険。トンネルも、さっき見せてしもうた・・・」

 敵もさるもの。

 魔術兵のうち数人が、常に『生命探索』などの探査系の呪文を使うようになっておる。

 鬼神がトンネルにもぐるのを警戒しておるのだ──と、『戦』の勘が言うておる。

 トンネルを使えば、袋叩きにされる可能性、大である。

「ああ! 空が飛べたなら!」

 鬼神は、嘆いた。

 真っ暗な洞窟を、振り仰いで。

 ここに居らぬ友の名を呼んで、嘆いた。

「相棒!

 我が生涯の友よ!

 おまえが、いま、ここに居ってくれたなら!」

 

 ・・・すると。

 

 ぶわっさ?

 

 ガンメタリックの、かぶとがにが。

 鬼神の頭上に、舞い降りて来たのであった。

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