◆ 12、冥界とは、なにか ◆
「なあ、ルシーナよ」
「なんですかに」
鬼神と、ルシーナ。
暗~い洞窟をもぐりながら、話をする。
「冥界とは、いったい、なんじゃ?」
「さー?」
「ずっと、こんななのか?」
「いえ。こな洞窟は、通り道にすぎませぬ。先で、広うなっておりますえ」
「広いちゅうても、洞窟だろう? 結局のところは」
「いえ。ただの洞窟やないに。
めっ・・・・・・・・・ちゃ! 広うなっておりますのえ」
「ほー」
「人もそこそこ居りまして。
まず、『死者の国』と言うて、過言(かごん)ではありませぬ」
「へえ。そうなのか。
では、地上に出るわけか?」
「いえ。外には出ませぬ」
「なんか、ようわからんところだな」
「そやに」
「ただの洞窟と見えて、ちょびっと、この世ならぬところもある。
この小川とか」
足元流れる、小川。
ちょろちょろと流れ 登 っ て おる。
洞窟の奥(下)から、現世(上)へ。逆向きに流れる小川なのである。
「なんでこんなことが起きるのじゃ?
死者の国では、川が逆さに流れるのか?」
「さー? 私に訊かれましても。
そやに、神さまの世界。不思議なことも、ままあるかと(時々はあるかと)」
「神さまがいらっしゃるのか?」
「以前はいらっしゃったらしいですえ」
「ほう」
「冥界を統べる(すべる)王。冥界の神。
だーいぶ前に居らぬようになり、そのままとなっておりまする」
「なんで居らんようになったのだ?」
「信仰が途絶えた、との由(よし)」
「しんこうがとだえる」
「信者が居らぬようになった」
「すると、神も消えるのか」
「そらそうえ。
あ、いや、父上みたいなのは、わかりませぬが」
「私みたいなの」
「もとから形がある」
ぺちぺち。ルシーナ、鬼神の腕を叩く。
ぺちぺち。ぺちぺち。なにを気に入ったのか、しばらく叩きつづける。
「・・・人間は、死ぬと冥界へゆくと伝えられておりまする」
「らしいな」
「その後、信仰する神さまの元へゆく、とも」
「うむ」
「冥界には、神を信じておらぬ者が残ることになる」
「そうなるわな」
「そやに、冥界に神の居るはずなし」
「・・・は?」
「魔術と同じですえ」
ルシーナ。
かっこつけて、指を立てて、言い切った。
「『かくあれ』との意志と、現実が、マナによって飛躍的に結合した」
「?」鬼神わからん。
「マナあるものたち。
すなわち、生命あるもの、生命のごとく振る舞うもの。
その意志が飛躍的に現実となった世界。
それが冥界。
私はこう思いますに。父上はいかが?」
「え?
いや、え?
全然わからんのだが。
えーと、まずはだな・・・」
鬼神。
ちんぷんかんぷんとなり、質問をしようとしたが──
「む?
あれはなんじゃ」
──前方に、ずらりと並んだ兵士を発見。質問しとる場合では、なくなったのであった。
◆ 13、冥界の、しにんたち ◆
ずらりと並んだ兵士。
横に30人、縦に同じく30人・・・ほどであろうか。
つごう900人。
大部隊である。
おおむね人間サイズだが、コボルドらしき小人の影も混ざっておる。
これだけの大部隊が並んでおるからには、もちろん、洞窟も広くなっとるんである。
上下左右に、一気に! 広くなって。
天井も、壁も、その先はかすんで消えしまうほど。
ルシーナが言うたとおり。
『地上とは別の世界に出た』という広さであった。
それでも、地下世界ではあるらしい。暗さはそのままである。
こんな暗闇に、900人以上の大部隊が整然と並んでおるのは、異様な光景であった。
そして。
もっと、異様な点があった。
それは・・・。
この兵士ども、見た目が・・・。
あ、いや、装備は、ちゃんとしておるのですよ。
青銅の穂先のついた木の槍に、革張りの大きめの盾。青銅のこて、胸当て、すね当てに、かぶと。
おおむね、鬼神の知っとるハイエルフの正規軍の装備だ。ちゃんとしておる。装備は。
だが、その兵士本人が、控えめに言うても・・・。
「死体ではないか!」
鬼神、見たまんまを、叫ぶ。
「おいルシーナ! 死体が武器持って立っておるぞ!」
「しーっ!」
ルシーナ、綺麗な唇に指当てて、鬼神を止める。
「・・・言うてはなりませぬ。冥界の死人は、見た目のこと、とても気にするのですえ」
「だが、死体じゃ! 『さっき死にました』ぐらいのから、すっかり骨になっとるのまで!」
「・・・それを言うなと言うておるに! おっ父の阿呆」
そう。
冥界の洞窟に並ぶ、大部隊。
その兵士。全員、見るからに──死体なのであった。
それはもう、口にするのもあわれな光景だ。なので、口にはしないようにいたしましょう。
「どちらさんかな?」
1人の戦士が、大部隊の先頭に、歩み出てきた。
詳しくは口にいたしませんが、ま、『ほぼ骨』といった御方でした。
「見たところ、死人ではないようやが」
「うん?」鬼神が応える。「そう言う御身も、ただの兵ではないようじゃ」
「はい」
歩み出た戦士。
青銅のかぶとに、明るい黄色の羽根飾りをしておる。
リーダーのマークか? 暗い冥界には似合わぬ、お日さま色の羽飾りであった。
「この軍団の、長をしておりまする」
「なるほどのう」
「大きな六腕の御方よ。
見たところ、御身は、死人ではないようやが」
「うむ」
鬼神は前に出て、ぐいーっと背中を伸ばした(ルシーナとしゃべるため、めっちゃ前屈みになっとったんである)。
六腕ゆったり広げて、『敵意はありませんよ』のポーズをした。
そうして、こう言うた。
「私は、鬼どもの神、鬼神と名乗る者。
長女のルシーナが死んだため、こうして、面会しに来たのじゃ。
見ての通り、可愛い娘と会うことができ、満足をしておる。
ついでに、ちょっくら冥界を観光しようと思うてのう。ここまで降りてきたというわけじゃ」
「なんと」
兵士の長、びっくり。
後ろの兵士どもも、ひそひそ、こそこそ、ささやき出した。
「鬼神やと?」「神さまかァ?」「聞いたことあるで」「私もあるえ」「ないでござる」
「冥界観光とは・・・かかる目的、初めて聞きましたえ」
「そうか。とにかく、私のほうは、そういうことじゃ。
して、」
今度は鬼神が訊き返す。
「そなたらは、どちらの国の兵隊さんかな?」
「これは申し遅れましたに」
軍団の長。
もうだいぶ綺麗な骨であり、種族もわからんが、お国言葉からして、ハイエルフか。
そのハイエルフ(?)の彼(?)が、おじぎ。
こう、返事をした。
「我らは、黄泉の軍団。冥界を守る、守護兵ですえ」
◆ 14、黄泉の軍団 ◆
「なんと。黄泉の軍団とな」
「いかにも。ところで、鬼神さま」
「なんじゃ?」
「冥界の門番である、白骨の神さまは、いかがなさったのです?
生きた者がここへもぐってくることのないよう、見張っておられたはず」
「うむ。見張っておられたぞ。
『入ってよい』との、許可が出たので、入って来たのじゃ」
「はて? それは、掟破りですに」
「らしいのう。だが、そうなったことは、本当じゃ」
「そうですか。ところで、鬼神さま」
「なんじゃ?」
「冥界の番犬である、ケルベロスは、いかがなさったのです?
死んだ者がここから出てゆくことのないよう、見張っておったはず」
「そんなやつ、居ったかのう?」鬼神、首をひねる。
「でっかい、黒い、いぬですえ。首三つありまする」
「ああ。ケケケルルベベベロスのことかな」
鬼神がそう言うと、黙っとったルシーナが吹き出した。「うぷ!」
「なんじゃ?」「なんでもないですえ!」
「お会いになられたのですに? いかがなさったのです?」
「うむ。あのぐうたらないぬならば、通路をふさいで、寝ておったぞ。
『通るぞ。どけ』と言うて、どかせ、入って来たのじゃ」
「はてさて? あな魔犬、人の言うこと、聞かぬはずやに」
「そうかのう。だが、そうなったことは、本当じゃ」
「・・・あの、鬼神さま」
軍団長。
羽飾りのついたかぶとの角度を、手で直す。
ぐっと深く、しっかりとかぶって、顎を引いた。
「もしや、御身。
武力でもって、押し入っていらっしゃったのではありませんかに?」
「ふむ? 武力とな」
鬼神、もったいぶる。
「さて。
ま、このこぶしで、1発か2発、ちょいと殴るのを『武力』と言うならば。
そういう意味での武力というもの、振るっておらんと言えば、嘘になるがのう」
「それは、ほんまの話ですかに?」
「本当じゃ」
いや本当ではない。
みなさん御存知の通り。
白骨の神さんを、めっちゃ殴った。
黒いいぬを、ブレーンバスターし、チョークスリーパーした。
『ちょいと1発や2発』どころではない。ほんまの話、大暴れである!
しかし鬼神。
いま、外交モード。ひさしぶりの国王モード。義父の真似モード。
このモード。自分の非を、そう簡単に認めるモードでない。
言い逃れ、反論する。
「それについてじゃが、ちと、言わせてもらいたいことがある」
「なんですかに?」
「さっきも言うた通り、私の娘が、こうして冥界へ入り、ここで暮らしておる。
そこに、父の私が会いに来たというわけじゃが」
「はい」
「白骨の神さまは、問答無用、私を追い返そうとなさった。
これはどういうことじゃ?」
「掟ですえ。生者が、冥界に入ってはならぬというのは」
「こちらは『娘に会いに来た』と、ちゃんと説明をしたんじゃぞ」
「説明がなんであれ、生者は入れませんのえ」
「私の娘じゃと言うておる」
「続柄(ぞくがら)は関係ございませぬ」
「なんじゃと?
──この、分からず屋め。文官アタマの、ハイエルフめが!」
鬼神、怒った。
「掟だと? ばかめ!
娘に会いたいと思う、父の気持ちを、どんな掟が拒めるというのだ。
そんな掟は、まともな掟じゃないわ。
それは、『誘拐』とか『拉致(らち)』と言うのじゃ!」
「我々は、誰もさらってはおりませぬ」
軍団長は言い返した。
「我ら黄泉の軍団を、人さらいなどと一緒になさるな。
これは重大な侮辱ですえ。取り消して頂きたい。
そうした上で、穏便に引き返して頂けますよう、要求いたしますえ」
「いいや、撤回はせぬ。謝罪もせぬ。
そして引き返しもせぬ!」
鬼神怒鳴った。
空気がびりびりとし、地響きが洞窟を伝わって、高い高い天井までをも、ふるわせた。
「父と娘を引き裂いて、それが掟と抜かしおる。
そんな世界、私は認めんぞ!
この私、鬼どもの神、鬼神が、そんな掟は破り捨ててやるわ」
「掟は変えられませぬ。御身は、冥界の王ではないがゆえに」
「ならば、私が冥界の王になってやろう!」
「・・・それは、『侵略』ではないですかに?」
「いかにも!」
鬼神。
上の両腕、こぶしを合わせ。
中の両腕、腕を組み。
下の両腕、いまにもタックルせんがごとく、広げてかまえて。
ずしん! 地面を踏みしめ、こう宣言した。
「この鬼神! 冥界を攻め落とし、王となってみせよう!」
◆ 15、冥界の、おおいくさ ◆
「てきしゅうーーー!!!」
軍団長、叫んだ。
「眼前の大神(おおかみ)、『冥界を侵略する』との、宣戦布告をなさった!
者ども、槍を取れ! 盾かまえよ!
黄泉の軍団、ただいまより、冥界防衛のいくさに突入する!」
「おーーー!!!」
士気高い軍団である。
自分たちの何倍も身体のでかい鬼神に怒鳴られながら、びくともせず、武器をざざざっと、一斉に構えた。
「歩兵、突撃よーい!」
「歩兵、突撃よーい!」
「突撃!!!」
「わー!」「わー!」「わー!」
黄泉の軍団!
いま死んだばっかりみたいな兵!
もうだいぶ前に死にまして・・・みたいな兵!
みーんな揃って、元気に(?)槍と盾かまえ、わーわーわーと大声上げて、突撃してきた!
「ルシーナ。下がっとれ」
「了解。すでに隠れておりまする」
ルシーナ。
「ご武運を」と言うて、ぱっと散って、消えた。
とっくの昔に、『水鏡』の幻にすり替わっとったようである。
「相変わらず、巧みなやつ」
鬼神は感心する。
だが、ゆっくり感心しとる暇はない。
黄泉の軍団の槍の穂先が、もう、目の前に迫っておる!
「わっはっは! あっぱれ! 勇敢な軍団じゃ! そーれ」鬼神、右腕ブン回す。
「わー!」「わー!」「うわあ!?」兵士3人、吹っ飛ぶ。
「その勇気に敬意を表して、お相手をしよう! ほーれ」鬼神、左腕ブン回す。
「なんの!」「こなくそ!」「わあ!?」次の兵士3人、吹っ飛ぶ。
わーわー。うわー!
突撃する兵士の鬨(とき)。吹っ飛ぶ兵士の悲鳴。交錯!
「軍団長! 敵、手強いですえ!」「怪力無双や!」「勝負にならねえぞァ!」「わんわん!」
「ならば、槍の間合いでもって、包囲せよ!
たとえ歯が立たぬとも、一歩も下がってはならぬ! もちこたえよ!」
「は! 了解」
「黄泉の弓兵! 後列より射撃せよ。敵の目を潰せ!
黄泉の魔術兵! 上空より『魔弾』を浴びせよ。相手のマナを散らし、弱体化せよ!」
「は! 了解。弓兵、横列に展開! 弓かまえ!」
長弓持つ1隊、素早く後列に展開。
流れるがごとく弓構え矢抜きつがえ、引き絞る。
「敵の目を狙って──撃て! 撃て!」
ざあああ。
どす黒い雨のごとく、矢が降り注ぐ。
「む!」
鬼神、それに気付いて、
「『力』のルーン! 『三角州の受け』! 矢よ、散れ!」
この世を満たす空気に『力』を加え、空気を通じて矢に『力』を及ぼし、その向きをそらす。
そらした矢。ざあざあと音立てて、鬼神の周囲の地面に刺さった。
『力』のルーンを極めた鬼神ならではの、偉大なる防御のわざであった!
「なんと! この数の矢を防ぐとは!」
弓兵隊長、びっくりである。
「──そやに、我らは目潰し。当たらぬとも、敵の手数を奪えればよし!
弓兵、軽くてかまわぬ、速射せよ! 各個早撃ちにて、撃て撃て撃て!」
「おー!」
大粒の雨が細かくなってざーーーっと降るがごとく、軽く素早く放たれた矢が、鬼神に殺到する!
鬼神は『三角州の受け』で受け流す。だが、数が多すぎ、切れ目がなさすぎる!
さらに、空飛ぶ魔術兵が襲い来る!
「魔術兵前進。詠唱よーい・・・呪文は『魔弾』・・・・・・・・・撃て撃て!」
「魔弾!」「魔弾!」「魔弾!」「魔弾!」
どんどかどんどん!
紫に輝く、ルーン魔術の弾! 鬼神に、集中!
「これはいかん!」
鬼神、さっと屈んで、地面に手をつく。
・・・『魔弾』を浴びれば、鬼神でもぶっ倒れる。死にはせんが、スキができる。喰らうわけにはいかんのである!
「『力』のルーン! 『赤き大地の盾』!
冥界の岩よ、凝縮せよ。魔弾を防ぐ、盾となれ!」
ごっ・・・ばああああ!
鬼神の手が、地面を引っ剥がした(ひっぺがした)!
冥界の洞窟の床を──すでに固い岩であったそれを、さらに凝縮!
ガラスのごときカチンコチンの板となし、赤々と熱を帯びたそのままに、ガバアと持ち上げ、魔弾を防ぐ!
ドガガガ、ガガガ!
爆裂する魔弾! もうもうと立ち上る、眩い紫の煙!
「ぬうう!」
煙をわずかに吸っただけで、鬼神の身体に疲労感!
膝ちょっと、ガクッとなる!
「『大地の盾』で受けて、なお、ガクッとなる! 『魔弾』、恐るべし!」
鬼神うめく。
「囲まれては、やられ放題! 打って出るべし!」
そう判断するが早いか、突撃に出た!
『赤き大地の盾』をかざして、突っ込む!
「うおお! けがしたくなければ、逃げ散るがよい!」
でっかい鬼神。
よりも、さらにひと回りでっかい、岩石の盾。
それが、『力』のルーンのパワーでもって突進してくるんである!
たまったもんではない!
ドラゴンの突進より、鬼神の突進である!
「ひえー!」「うげー!」「うわあ!」「あなや!」「これはたまらぬ!」
黄泉の軍団。
吹っ飛ぶ!
まるで、濡れ雑巾(ぞうきん)の、ほこりまみれの床を拭き取るがごとし!
サーッと綺麗に、蹴散らされる!
だが敵もさるもの!
盾より上に飛んで逃げた魔術兵、すぐさま振り向いて──
「詠唱変更、呪文は『蛇魔弾(じゃまだん)』──撃て!」
「蛇魔弾!」「蛇魔弾!」「蛇魔弾!」
新たな呪文を、追い撃ちした!
しゅるしゅるしゅる・・・・・・・・・黒い蛇が、空駆ける!
実体のない、魔術の蛇!
うねくりながら、鬼神に追いすがる!
「む!」
鬼神、立ち止まり、振り向き、そちらに『大地の盾』を向けるが・・・
するり。
黒い蛇が、その盾の中から顔を出して・・・
ガブリ!
噛みついてきた!
「ぐわあ! 盾を!」
するり。するり。するり。盾を通り抜けた、黒い蛇が・・・
ガブリ! ガブリ! ガブリ!
次々に、噛みついてきた!
「ぐはあ! 痛い! こ、こやつ、盾が利かぬ!」
・・・そう。『蛇魔弾』。
この呪文は、非実体の弾を撃ち出して、相手を追跡。追いついたところで実体となって、噛みつくというもの。
まことに防ぎにくい、かわしにくい、防御の難しい呪文なんである。
かつて、鬼神の相棒──鬼神台ですら、この呪文をかわしきれず、空中分解に追い込まれた。
鬼神。『力』はあっても、足の速さでは、亡き相棒には敵わぬ。
相棒ですら喰らったこの呪文。鬼神に、避けれる(よけれる)はずがなかったんである。
──『盗み』のわざがなければね。
「ま、まずい、このままでは──
おっと、あぶない」
ひょい。
「おっと、おっと、おっとっと、あぶないあぶない、あぶないわい」
ひょいひょいひょい。
鬼神。左右に素早く動き回り、黒い蛇の噛み付きを、避ける。
素早すぎる回避! 分身するがごとし! 残像が生じるほどの、激しい回避!
「くそっ! 『盗み』のわざ、使ってしもうた!」
鬼神悔しがる。
『盗み』のわざは、封印するつもりだったのに。攻撃が激しすぎて、無意識にやってしもうたんである。
「意外と手強いのう。司祭さまが居らんのは、救いだが」
『蛇魔弾』は恐ろしい呪文であった。
もし、太陽の司祭が敵に居ったら、危ないところであった。司祭は『祈願』でマナを集める。そのマナで『蛇魔弾』を連発されたら、えらいことであった。
「司祭さまは、お日さんなり、お月さんなりの、信者だものな。
当然、それぞれの神さまのところへ行くっちゅうわけだろう。
だから、ここには居らんわけだ。助かったわい。
それに、隠れてしまえば、撃てんようだし・・・」
その通り。
鬼神が盾に身体を隠すと、敵の詠唱は途切れる。見えん敵には撃てんらしいのだ。
それと、マナ切れ。『蛇魔弾』撃っとった魔術兵が、急に逃げてったかと思うと、「マナ切れ!」と報告して、休憩しておる。
これらの要素により、でっかい盾に隠れた鬼神は、まだなんとか耐えておるわけである。
「とは言うても、一時しのぎじゃ。
休憩でマナを回復されては、元に戻ってしまう。
時間が経過する前に、魔術兵を仕留めねばならぬ!
・・・にしても、痛い呪文だのう。歯形がついてしもうた」
歯形、くっきり。
傷を調べた鬼神、びっくり。
ま、鬼神だから歯形で済むのですがね。人間であったら、大出血だ。
しかし、歯形だけでノーダメージ、というわけではない。
「ちょっとずつ、身体が重たくなってきておる」
鬼神。
『赤き大地の盾』を地面にズンと立て、ハァハァと息をする。
「ハァハァ。これは、あれじゃ。
私も、マナ切れになっとるんじゃないか?
雪山でぶっ倒れたときみたいに」
・・・そう。
『萎む』のルーンで、ちび鬼神になって、雪山でぶっ倒れた。
あの大ピンチ。あのときの感覚に、徐々に近付いてきておる。
身体が重たい。ルーンがいまいち上手く使えない。そういう、ぼんやりとした感覚である。
こうして考えるあいだにも、むろん、敵兵は迫ってくる。
盾を回り込む兵を、鬼神は察知した。
「む! そっちか!」右にビシッと石を投げる。
「ぎゃあ! 痛ェ!」ヒューマン(?)の兵、悲鳴上げて逃げる。
「今度はそこか!」左にビシッ。
「やられたでござる!」コボルド(?)の兵、わんわん泣きながら逃げる。
「あれ?」鬼神、首をひねる。「なんか、敵の動きが、予想できる感じがするのだが・・・?」
冥界の大洞窟。
敵兵は、盾の向こうで様子をうかがっておる。
無言で手を振る軍団長。その手の動きで、左右から歩兵が突撃して来るのだ。
だが本気ではない。魔術兵は休憩中。弓兵も矢を温存しておる。
それはなぜか?
魔術兵のマナ回復を待つためであろう。
「・・・おいちょっと待て。これは私の考えではないぞ」
鬼神、首ひねる。
「なんでこんな、敵の動き、意図が、すらすらとわかるのだ?
これではまるで、魔術か、ルーン・・・あっ、そうか!
『戦』のルーン! おまえのしわざか!」
鬼神は思い出した。
お日さんに言われて、『戦』のルーンを使ってみたときのこと。
どこか真っ暗なところで、鬼神が1人、無数の兵士と戦っておる様子が、見えた──
「そうか! あの夢は、いま現在の、この戦いのこと。
未来の戦いが読めるのであれば、ちょっと先の敵の動き、位置を、読むこともできる。
『戦』のわざとは、そういうものか! なるほど!」
「なにブツブツ言うておられますのえ?」
にゅー・・・。
地面から、ルシーナの首が生えてきた。
「おわあ!」
鬼神びびる。
ああ、娘もやっぱり、死者なのだ!
地面から出てくるなんて! と、直観した!
「『水鏡』ですえ」
「なんじゃ、そうか」直観、ハズレであった。
「苦戦しておられるようやに、様子を見に来ました」
地面から頭半分出てきた娘。
なんか、布団を口元まで上げてこっち見とるみたいになっておる。
妙に可愛いルシーナであった。
「私の出番ですかに?」
「そなたの助けが欲しいところではある。
しかしだ。『生命探索』されると、危ないんじゃないか?」
「ご明察ですえ。マナ見る目には、『水鏡』、役に立ちませぬ」
「だろう? じゃあ、だめじゃ!」
「親馬鹿なり」
「なんと言われようと、そなたは傷つけさせぬ。もう絶対にじゃ。
だが、そなたの知恵は頼りにしておる。なんか、ないか?」
「敵の動きによりまする」
「それなら、わかるぞ──こんな風にじゃ!」
飛び出して来る敵兵。石でビシッと撃退して。
「──『戦』のルーンでな」
そうして。
鬼神の声が、洞窟に響き渡るのであった。
「『戦』のルーン! 『敵の位置を知る』 !
『力』のルーン! 『圧縮する』!
『萎む』のルーン! 私の身体よ、小さくなーれ!
そーれ、それデハ、チョックラ、驚カシテヤルト、スルカ!」
◆ 16、ルーンと知恵の、あわせわざ ◆
「わー!」「わー!」「わー!」「わー・・・?」
『大地の盾』を回り込んできた、黄泉の軍団。
きょろきょろする。
「あなや」「敵はいずこ?」
鬼神が、居らんのである。
「服のみ、落ちておる」
鬼神が居ったはずの場所には、鬼神の着ておった服が、落ちておるだけであった。
「なんで、服脱いだんだァ?」
「さっぱりわからぬ」
「つんつん」
恐る恐る、槍でつつく兵士ども。
すると。
「むむ? 地面に穴あり」
「服で穴ァ、隠してやがった」
なんと。
服の下に、穴があった。
落とし穴・・・では、ないか。
「トンネルでござる!」
コボルド(?)の兵が気付いて、飛び込んだ。
「盾をくぐる方向に、伸びておるでござる!
鬼神さまの匂いもするでござる!」
「城壁崩しの穴ちゃうか?」
ダークエルフ(?)の兵がつぶやく。
城壁を崩すための、坑道戦術。
城壁の下に伸びる坑道を掘って、城壁を崩したり、あるいは城内への侵入を試みるという、危険で大がかりな戦術である。
こうした地下戦術、コボルドやダークエルフの得意とするところである。
「しかし、鬼神さまて、こない小っちゃい穴、入られへんやろ」
「だなァ。こんな穴に入れるとは思えねえ」
「匂いはするでござる!」
「とにかく、軍団長に報告を──」
黄泉の兵士どもが話し合っておった、そのとき。
「『力』ノルーン! 大地ヨ、噴キ上ガレ!」
甲高い声が、トンネルの奥から聞こえてきたかと思うと・・・
どっ・・・がああああん!!!
もんのすごい地響きがして。
『大地の盾』の向こう側に、土砂の柱が、噴き上がった。
岩と、土と、土煙と。
どおーん!!! ・・・と、暗闇高く、立ちのぼる。
「うわあ!」「あなや!」「痛い」「げほげほ」「腕が折れた」「足が折れた」
吹っ飛ばされた兵士。
落ちてくる土砂に巻き込まれた兵士。
悲鳴を上げて、地面に転がる!
「魔術兵やられました!」「敵はいずこ!?」「地面に注意せよ!」
「ワッハッハ! キーッキッキッキ!」
戦場に、金切り笑い声、響き渡る!
「見タカ! コレゾ、我ガルーン、我ガ愛娘ノ知恵、合ワセ技ジャ!」
兵士どもが、見たものは。
地面に開いた、大穴と。
飛び散った土砂と、全滅した魔術兵と。
「あなや」「コボルドかァ?」「ちがうでござる!」「ハダカ小鬼やな」
素っ裸で大笑いする、小さな小さな、六腕小鬼の、姿であった!
いったい、どういうことなのか!?
・・・それは、こういうわけです。
鬼神とルシーナ。休憩中の魔術兵を優先して倒すべしと、判断した。
しかし、走って行ったのでは、空中へ逃げられる。不意討ちをしたい。
それで、こうした。
『戦』のルーンで、敵の位置を把握。
『力』で、地下トンネルを堀る。
『萎む』で小さくなって、そのトンネルに、もぐる。
魔術兵の真下に到達。
そして、最後にふたたび『力』のルーン。土砂を真上に打ち上げた。
──というわけであったのです。
ちなみに『萎む』を使うたのは、ルシーナの強い意向によるもの。
「そのほうが足音も小さく、『生命探索』もされづらいですえ。ぜひとも」
・・・との説明であった。
しかし、ちび鬼神を見るルシーナの目はキラキラしておったので、本音は「見てみたいだけ」であったのかも知れぬ。
「まさか・・・まさかまさか、鬼神さま!?」
「まさか。小さすぎるえ」
「ソノ、マサカジャ!」
ちび鬼神。
元気に応えて言うよう、
「『伸ビル』ノルーン! 我ガ身体ヨ、元通リニナーレ!
ウッキッキッキ! ビックりしたかな?」
「うわあ!」「でけェ!」「いきなり伸びよった!」「わんわんわん!」
フルチン小鬼が!
フルチン鬼神に、スケールアップ!
「なんと」「ハダカ鬼やな」「見苦しいでござる」
「おっと、失礼」
鬼神、地面をちょっと剥ぎとって『圧縮』。お盆のごとくして、股間を隠した。
「仕方がないのだ。小さくなると、脱げ落ちてしまうのでな」
「こちらに」兵士、回収しとった服、差し出す。
「あいすまぬ」
鬼神、服着直す。
「よし。もうええぞ。再開じゃ。かかってこい!」
「わー!」「わー!」「わー!」「うわあ!」「ふげえ!」「やっぱり敵わねえぞァ!」
◆ 17、鬼神、相棒をよぶ ◆
「はぁ、はぁ・・・くそっ、キリがない!」
鬼神。
ルーンの合わせ技で、一発逆転──したはずであったが。
あにはからんや。
そのまま勝利とは、ならなんだ。
「なんでじゃ! 魔術兵は、全員倒したはずなのに・・・」
するり。黒い蛇、『大地の盾』越しに顔を出し・・・
ガブリ!
「ぐわあ! またこいつか!」
反射的に手で払うが、そのときにはもう黒い蛇は消え去っておる。
『蛇魔弾』には、受けもリポスト(突き返し)も通じぬ。まこと、一方的。
「さっき倒したはずだのに! なんでまた、魔術兵が復活しとるのだ!?」
すると。
にゅー・・・。地面から、ルシーナ。
「黄泉の軍団、蘇っておりまする」
「よみがえる?」
「はい。坂の上の方から、ぞくぞくと戻って来ておりまする」
「魔術兵がか!」
「魔術兵も、弓兵も、歩兵も。倒れた兵がみーんな、坂の上から、戻って来ておりまする」
「なんだと・・・!?」
鬼神、困惑する。
「それでは、勝ちようがないではないか」
「見に行ってもよいのですが、時間がかかりますに」
「やめておけ。どうせ、あの黒いいぬに止められるんだろう?」
「はい。恐らくは」
「ならば、側に居って知恵を貸してくれ。そのほうが、助かる」
「了解。何か気付いたら、また」
ルシーナの首、ぱっと散って、消える。
鬼神。
ぴょーんとジャンプして『赤き大地の盾』から顔を出し、坂の方を見る。
「むむ! たしかに! うじゃうじゃと戻って来ておる!
『戦』では、わからんかったが・・・坂のところまでは、届かんかったのか?
それとも、倒れた兵が走って戻ってくるなんぞは、尋常な『戦』ではないっちゅうことか。
ま、なんにせよ、『戦』のルーンも、万能ではないというわけだな」
「蛇魔弾!」
ガブリ。
「あいた!」
顔出したせいで呪文喰らうた。もう、全身、歯形だらけである。
「ハァハァ。
どうも・・・あれだ。
私は、けがをすると、マナが散るみたいだぞ。
どかーんと喰らって倒れて、しばらくすると戻る・・・というの、人生で何回かあったが。
あれも、マナが戻ってきたので、私の意識も戻った・・・ということだったんかのう?」
鬼神。
汗拭い、考える。
「つまりじゃ。
このままでは、私の、負けじゃ。
傷は喰らっとらんように見えてもだ」
『力』のルーンを使い、『大地の盾』を3枚張った鬼神。
コの字に並べて、篭城(ろうじょう)。守りを固めた。
これに対し、敵は包囲戦に切り替えたようである。
不規則に魔術兵が飛んで来ては、『蛇魔弾』。
鬼神が反応すると、さーっと逃げる。
かと思うと、地上から弓兵。歩兵。
地上に気を取られると、空から魔術兵。
──これを、何回も何回も、くり返して来よるんである。
「ハァハァ・・・亡者ならではの、粘り強さか」
鬼神。
ドスン。こぶしで、地面を叩く。
「奴らが蘇ってくるからくりを、調べねば。
だが、走ってゆくのは、危険。トンネルも、さっき見せてしもうた・・・」
敵もさるもの。
魔術兵のうち数人が、常に『生命探索』などの探査系の呪文を使うようになっておる。
鬼神がトンネルにもぐるのを警戒しておるのだ──と、『戦』の勘が言うておる。
トンネルを使えば、袋叩きにされる可能性、大である。
「ああ! 空が飛べたなら!」
鬼神は、嘆いた。
真っ暗な洞窟を、振り仰いで。
ここに居らぬ友の名を呼んで、嘆いた。
「相棒!
我が生涯の友よ!
おまえが、いま、ここに居ってくれたなら!」
・・・すると。
ぶわっさ?
ガンメタリックの、かぶとがにが。
鬼神の頭上に、舞い降りて来たのであった。