◆ 1、お月さん、あらわれず ◆
♪しろがねみぐしの しろきみて
いかにいまし? いましませ
ねつなきひかりの いしをわに
みゆき おむかえいたしまする
ルシーナの歌。
珍しいものを見てしもうた・・・という気分で、鬼神は眺めた。
淡い金色の髪と目が、冥界の暗闇に輝いておる。
「我が娘ながら、いつ見ても、神々しい子だのう」
鬼神、感心する。
どう見ても自分の子とは思えぬ──などとは、まさか言わんが。そのぐらい美しい子である。
父の鬼神は、『美しい』という言葉なんぞ、かすりもせん男だのに。
そのルシーナ。
いつもの顔に戻って、鬼神を見てきた。「ダメですえ」
「ダメか」
「どうも、丁重に辞退されておる・・・といった手応え」
「うーむ」
鬼神、首をひねる。
「お月のやつ。なんで、出て来てくれんのだろうかのう?」
ルシーナの、お月さん召喚の儀式。失敗したのであった。
そこは、冥界の、ちょっと小高い丘の上である。
このまえ黄泉の軍団とおおいくさした、あの平地、眼下に見下ろせる。
反対方向にも冥界の平地が広がっておる。黒々とした川が流れる、陰気な平地である。
で。
ルシーナの前には、段があった。
鬼神が『力』のルーンでそこらの石を圧縮、でっかい石板を造って、置いたもの。
祭壇である。
シンプルすぎるけれども、まあ、祭壇である。
その祭壇の上に、白い石ころが9つ、輪っかに並んでおる。
お月さんに『ここですよ』と示すための石であった。それを、ルシーナが回収する。
「月長石(げっちょうせき)の輪もあり。祝詞もあり。父上のマナもあり。
なにも間違うておらず・・・」
ルシーナ、首ひねる。
「母上が嫌がっておる、としか、思えませぬ」
「なにを嫌がるのだ?」
「わかりませぬ」
ルシーナ、鬼神をジロッと見る。
「・・・父上。なんかしたんとちがうかに?」
「なにをじゃ! なんかしようにも、あれ以来、会うてもおらんわ!」
「母上がすねるとしたら、原因、父上しかありませぬ」
「なんもしとらんっちゅうのに!」
「うるさい。怒りな」
「むう!」
「母上、私ら相手に、すねたりはいたしませぬ。我慢強い人やに」
「がまんづよい・・・」
「父上ぐらいですえ。すねて見せるのは」
「なんですねる。めんどくさい」
「あなや。母上ほどの御方が甘えておるに、めんどくさいとか。何様え」
「む?
あ、そうか。私だから、甘えておるわけか?
ふーん、そうか? ほーう」
鬼神、ちょっと、でれでれする。
で、少し真面目に考えた。
「・・・もしかして、私が巨人の国に帰ったので、機嫌を壊したんかのう」
「巨人の国に、救援で入ったのでしたかに?」
「うむ。神竜戦の後でな。
奥さんが死んだあと、イリスと一緒に入ったりもしたが。そっちは、怒ることでもあるまい」
「ふむ」
ルシーナうなずく。
「では、それは私が説明いたしまする。他に、何かありますかに?」
「うーん・・・私は、そんな、女といちゃいちゃするような人間ではないしのう・・・。
ダークエルフをいじめたりもしとらんし・・・。
あっ」
「なにえ」
「・・・孫に会うたわ」
「イリスの?」
「いや。すみれという、女魔術師と、私の孫」
「・・・。」ルシーナ、('A`)こんな顔する。「また奥さん生えてきたえ」
「いや奥さんではないのだ」
鬼神、すみれのことを説明した。
若いころ出会うた女魔術師。子供ができたのは知らず、再会もできなんだ・・・と。
「というか、なんだ。お月、そんなことまで見とるのか?」
「知りませぬ」
「私は、お月のこと、全然見えんのに!」
「知らんっちゅうねん」
ルシーナ、めんどくさそうにヒラヒラ手を振る。
「とにかく。私はここで、母上にお祈りいたしまする。
父上は、さんぽにでも行きなえ」
◆ 2、鬼神、かげとあう ◆
「ちぇっ。なんじゃ! ルシーナのやつ。人を邪魔者扱いしおって!」
娘に追い払われた鬼神。
ブツブツ言いながら、丘を下る。
黄泉の軍団と戦った方角ではなく、反対側。黒い川の流れる方へ。
そっちは影が濃い領域で、ルシーナもよく知らんということであったので。
「怪物なんかが居ったら、あぶないからな。調べておくとしよう」
そう、考えて。
鬼神、ちょっと、元気になる。
「出るなら出よ。怪物よ。この鬼神が叩きのめしてくれる。
闇のドラゴンとか、どうじゃ? 大歓迎だぞ。
冥界っぽくて、ええんではないか?」
──などと、無法な冒険者のようなことを言いつつ。
下った先で、見たものは。
小さな池のまわりに、ゆ~らゆら・・・とたゆたう、黒い影の、集団であった!
人間っぽい形の、黒い影!
小さな池のまわりに、集まっておる!
あるいは立ち、あるいはひざまずき、池のふちにて、ゆらゆらしておる!
顔もなければ、服もなし。目もなければ、耳もなし!
黒くぼやけたその姿!
不吉なり! 影の軍団!
「死霊か? ゆうれいか? はたまた、ルーン魔術の幻影か?」
鬼神。
気合い入れ、影の集団に近付いてゆく。
「なんであれ、負けんぞ! 私は、冥界の王なのだから!」
すると。
影どもも、こちらを振り向いてきた。
顔がないので、よくわからぬ。だが、そんな感じの動作であった。
「・・・うん? どなた?」
影。
ふつうに声出して、しゃべってきよった。
ゆ~らゆらゆら・・・と、集まってきおった。
「うわあ! でっか!」「なんやなんや?」「どないしたんや?」「うおっ! でっか!」
影ども、おおさわぎ。
「なんじゃ」鬼神、気抜ける。「怪物では、なかったか」
「怪物?」
黒い影ども。
お互いに、顔見合わせる(目がないのでよくわからんが、そういう動作)。
鬼神を見る。
自分たちを、指差す。「私らが? 怪物?」
「いや、すまぬ。見た目で、てっきり、亡霊かなんかかと」
「そらまあ、亡霊ですけども」
「やっぱり亡霊か!」
「そらそうですわ。冥界やねんから。みな亡霊や」
「あ、そうか」
なんか、見た目はこわいが、害はないようである。
鬼神、よっこいしょと座って、話をした。
「私は鬼どもの神、鬼神と名乗るもの」
「鬼神さま。こらどうも、初めまして。ごっつい身体してはりますなあ」
「光栄じゃ。
それでだが、私は、この冥界の王になった。今度から、よろしくな」
「なんと!」「冥界の王!」「それ、ほんまですか」
「ほんまじゃ。黄泉の軍団と戦って、勝った」
「あの軍団が負けたんか!」「こらびっくりやわー!」「近年稀に見るニュースやね」
「だいぶ苦労したが、ほんまだぞ」
「ははあ・・・。
私らは、その・・・前の冥界神の信徒なんですが・・・」
「ほう?」
「私ら、こんな見た目ですけれども、
もとは、ただの人間ですねん。
冥界神さまが居らぬようになって、私らもこないなってしもうたんです」
「うわさに聞いたことはあるが、どんな御方だったのじゃ? 冥界神さんは」
「色んな掟を定めて、冥界を支配しておられた神さまですわ。
死者は出てったらアカン! とか、生者は入って来たらアカン! とか。
こわーい神さまでした。敵にも味方にも厳しい御方でしたわ」
「その神さまが、なんで居らんようになったのだ?」
「きっかけは、神竜ですわ」
「またか!」鬼神は吐き捨てた。「また、神竜か」
「私らが地上で生きとって、冥界神さまを信仰しとったころは、神さまも、御健在でした。
それが、神竜のせいで私らの国が滅んで、みーんな死んでしもうて。
そしたら、冥界の神さまも消えてしもうたんです。
ほんで、私らもこんな、影みたいになってしもうた」
影ども。
互いの姿を見て(?)、ため息。
「顔もわからん」「名前も思い出せん」「物も持たれへんしな」「そや。これじゃ女も抱かれへん」
「なんと・・・」
鬼神、影どもに同情した。
「神竜ということは、千年前の『飛翔の年』ということかのう」
「はっきりは覚えてませんが、そのぐらいは過ぎましたねぇ・・・」
鬼神。「なんとかしてやりたいな」と思う。
だが、名前すら思い出せんのでは、どうしようもない。
「・・・あ、鬼神さま。
もしかして、『鏡池』見に来はったんですか?」
「かがみいけ」
「この池ですわ」
小さな池。
影どもは、この池の周囲に集まっておったんである。
波ひとつない、なめらかな池。まさに、鏡のごとき水たまりであった。
「この池はですね。自分のほんまの姿を見ることができるんです」
「ほんまのすがた」
「在りし日の、自分の姿をね。もう一度見せてくれる池なんですわ」
「なんと!?」
「私ら、もうここでしか自分の姿見れませんねん」「名前も思い出せんのにな」「家族らしき者も映る」「そうそう」
「魔法の池か」
「さあ? 見てみたらわかりますわ。どうぞどうぞ」
「おお。ではひとつ」
鬼神。
『鏡池』を、覗いてみた。
波ひとつないなめらかな水面に、映ったのは・・・
赤い大地に、大小の岩が転がる風景であった。
◆ 3、かがみいけ ◆
「うーむ?」鬼神、首ひねる。「これは、故郷の風景か?」
「なにが見えました?」
「見ての通りじゃ」
「鏡池の映すものは、他人には見えませんねん」影、説明する。「それぞれに、ちがうもんが見えますねん」
「そうなのか。不思議な池だな。
いや、私の姿は映っとらんのだ。故郷・・・みたいな土地が見えるのだが、覚えのない場所じゃ」
「へえ!」「そんなパターン、初めてやね」「ふつうは自分が見えるんやけどねぇ」「神さまはちゃうんかねぇ」
「そうか」
鬼神は立ち上がった。
「いや、面白いものを見せてもろうた。前の冥界神さまの話も、参考になったわい。
娘を連れて来たいのだが、かまわんかな」
「どうぞどうぞ」
鬼神、さんぽは終わりにして、もどる。
ルシーナはとっくにお祈り終えて、ガンメタ鬼神台で空飛んでおった。
「おーい、娘や。なにをしとるのじゃ?」
「測量をしておりまする」
「そくりょう」
「こな丘、あたり一帯が見渡せ、近くに川もあり。都とするに良い土地と見ました。
そやに、軽く測量をしておこうかと」
「抜け目のないやつじゃ」
「母上ですが、例によって月が浮かんでおるだけで、顔は見せてくれませなんだ。
一応伝えておきましたが、反応はようわかりませぬ」
「そうか・・・」
鬼神、がっかりである。
ルシーナには期待しておったのだ。
それに、ルシーナ自身、一度は『顔も見たくない』と言うたのを取り下げて、やってくれたのだ。
出て来てほしかった・・・。
「・・・しょうがないのう。
ところで、こっちは、ちょっと面白いもんを見つけたぞ」
「なんですかに」
「『鏡池』と言うのだが」
「・・・黒い影の集まっておる、小さな池のことですかに?」
「なんじゃ。知っとったか」
「行ったことはありませぬ。不吉な感じゆえ、避けておりました」
「大丈夫じゃ。ふつうにしゃべれる人たちであったぞ」
鬼神、娘を連れて、ふたたび『鏡池』へ。
ガンメタ鬼神台に父娘で乗って、ひとっ飛び。
びびっとる影どもに、娘と相棒を紹介。ルシーナは、すぐ、打ち解けた。
「・・・こなふつうにしゃべれるのなら、もっと早う、あいさつしておくべきでした」
「・・・まあ、見た目はちょっと、恐いからな」
父娘。
空飛んどるガンメタ鬼神台を、見上げる。
ガンメタ鬼神台。影どもを乗せて、順番に遊覧飛行してやっとるんである。
影どもは、めっちゃはしゃいでおった。表情はわからんが、はしゃいどるのはわかる。きゃっきゃ言う声、よう聞こえておる。
「池、覗いてみますかに」
「うむ」
父娘揃って、鏡池、覗く。
鬼神には、赤い大地の光景が見えた。
やはり、見覚えはない。赤い土は故郷のものだが、岩がこんな転がっとる場所は記憶にないのだ。
「そっちはどうじゃ?」
「母上が見えまする。ほれ」
「なんだと!?」
鬼神あわてて覗き込む。
が、鬼神に見えるのは赤い大地と岩だけである。
「見えん・・・」
「ああ。自分にしか見えんのでしたかに?
ならば、こうしましょう──『水鏡』の術」
◆ 4、みかがみのつき ◆
ゆらゆらゆら・・・。
水面に、銀色の髪したハイエルフっぽい美女の姿、映し出される。
ルシーナの『水鏡』の術による、写し絵──水鏡の月。
「おお、お月!」鬼神、前のめりになる。「お月! 私じゃ! 聞こえるか?」
すると。
鏡池の中の、お月さん。
びっくりしてこっち見て──くるっと振り向き、逃げてった!
「なんで逃げる? 待て。待ってくれ! 話があるのだ」
・・・映像消える。
赤い大地の光景がもどってきた。
「なんでじゃ・・・」
「これはどうも、重症のようですに」
父娘。
鏡池の前で、うんうんうなって、考える。
「父上。なんか、使えるルーンとか、ないですかに?」
「うーむ。そうだな。いま私が持っとるのは・・・
『力』のルーン。レガーさんから授かった。
『盗み』のルーンのわざ、『避ける』など。レガーさんにこっそり教え込まれた。
『戦』のルーン。父たる赤き大地の神からぶんどった。
『萎む』のルーン。月の女神から教わった。
『伸びる』のルーン。太陽の女神から教わった。
『恩寵』のルーン。神剣“グレイス”から教わった。
『結ぶ』のルーン。炎猪どんから教わった。
『光』のルーンのわざ、『見出だす』。太陽の女神から教わった。
・・・っちゅうところだな」
「『結ぶ』とはなんですかに?」
「金属をくっつけるとか言うておったが、使うたことはないな。
──いや待てよ。
そう言えば、『人間の結束を高めるのにも使える』とか聞いたぞ」
「ふむ」
「よし、やってみるか!」
「やめておいたほうがよろしいですえ」
「なんでじゃ」
「母上がその気になっておらぬときに、ルーンで無理やり考えを変える。
かかることをしたならば、余計にすねてまう恐れあり」
「なるほど。それもそうじゃ」
「・・・はあ」ルシーナ、ため息。「めんどくさい御方ですに」
「まったくじゃ」
・・・などと、話し合っておると。
ガンメタ鬼神台がやって来て、ぶわっさぶわっさ言い出した。
「なんじゃ?」
ぶわっさ!
ガンメタ鬼神台、鼻面でもって、ピコーンピコーンと、空の一点を指す。
そちらを見ると。
飛来する、赤きかぶとがにの姿、2つあり!
左はおでこに『壱』の文字。右は『弐』の文字、輝いておる!
◆ 5、壱弐ふたたび ◆
「壱号! 弐号!」
鬼神飛び上がる。
ふおぉん・・・・・・・・・ぶわっさ、ぶわっさ。
壱号、弐号! 鬼神の前に、降り立った!
鬼神、六腕広げて、彼ら2台を抱擁(ほうよう)。大歓迎である!
「おお! おお!
鬼神台に、壱号、弐号!
三兄弟、ふたたび揃うことができたのだな!」
ぶぶぶわわわっっっさささ!!!
三兄弟、ぴったり合わせて、へんじした。
彼ら、空飛ぶ台の第二世代。同時に生まれ、神竜戦にて共に生命を落とした3台が!
ここに、ふたたびである!
「うむ! うむ!」
鬼神、壱号弐号を抱きしめる。
「おまえたちがこの姿になってから、あんまり会うとらんかったものな!
乗せてもらうのは、陸ばっかりで。
2人とも、ようやった。弐号、よくぞ武鬼を守ってくれたな」
ぶわっさぶわっさ! 弐号ジャンプジャンプ。
「やれ、うれしや!」
鬼神は満面の笑顔である。
「しかし、こうなると欲が出るな。他の台どもは、どうしとるのだ?」
「コボルドとコボルド台は、他の神のとこへ行った者もあり、この冥界に残った者もあり」
ルシーナが答える。
「呼べば来ると思いますえ」
ぶわっさ。壱号うなずく。
「いや。そのうち、こっちから会いにゆくとしよう」
「そですに。
エスロ台は、博士と一緒に、博士の信仰しておられる神さまのところに居りまする」
「そうか・・・!」
鬼神。
大きく、息を吐く。
あの神竜戦の日から、ずーっと胸につかえておった、苦しい気持ち。
それが、いま、軽くなったようであった。
「博士は、お日さんのところへゆかれたか・・・」
「いえ」ルシーナ、ニヤリとする。「お日さまのところではありませぬ」
「なんと? では、どこに居られるのじゃ?」
「御本人にお訊きになればよろしいえ」
「訊けるのか?」
「たまーに、こっちいらっしゃいますのえ」
「おお! そうか! それは楽しみじゃ!」
鬼神、壱号弐号の肩(?)に手を回して、にこにこした。
「なあ。ルシーナよ」
「なんですかに?」
「冥界といって、そう悪いところでも、ないようだな」
「そですに」