六腕三眼、鬼の神   作:min(みならい)

91 / 93
冥界の王(4) 鬼神、すみれと博士と、けんかする

◆ 18、お月さん、娘にあやまる ◆

 

「すまなんだ。ルシーナ」

 お月さん。長女ルシーナに、頭を下げる。

 2人とも、床の上。

 ふかふかのじゅうたん。長い毛に柔らかく足が沈むほどの。

 そのじゅうたんに、月の女神の御髪(みぐし)が、垂れる。

「・・・母上」

 ルシーナの後ろには、コボルドの侍女(仮)が。

 お月さんの後ろには、でっかいの(鬼神)が、それぞれ控えておる。

「お顔を上げてくだされ」

 月の女神。銀髪のハイエルフの美女っぽい御姿。娘を見る。

 ルシーナ。淡い金髪のハイエルフの美女っぽい姿。母を見る。

 まるで、鏡を覗き込んだよう。雰囲気そっくりの母娘であった。

「色々と言いたいことはございまする。が、」

 ルシーナ。低い声でしゃべる。

「私は、恨み言をぶつくさと並べ立てることを好みませぬ。

 父上ならば、ぶん殴って済ますのですが・・・」

 ジロリ。鬼神を見てきよる。鬼神、頭撫でる。そこに、たんこぶ1つあり。

「母上を殴るわけにもゆかず」

「お詫びの品・・・」

 お月さん、手を差し出す。

 絹で包まれた、小さな包み。ルシーナに手渡す。

 ルシーナ包みをひらく。白く透き通った、乳の色をした石。首飾りになっておる。

「月の深みの石やえ。

 私以外の誰にも取り出すことはできぬ。

 おおいにマナを貯えることができる。魔術・祝詞(のりと)の助けとなろう」

「ほう・・・」

「そして、私の所有する『眠り』のルーン。これを、そなたに教えよう。

 これは、安らかな眠りをもたらすルーン。

 老いや病に苦しむ者でも、ぐっすり眠れ、回復できる。

 いかなる敵も、この心地よい眠りには、逆らえぬ。

 怒れる獅子すら、コロリ転がり、いびきかく」

「面白そうだ」鬼神、興味を示す。「ちょっと、使ってみてくれんか」

「お黙り」

「はい」

 月の女神。

 あらためて、頭を下げた。

 目に見えぬルーンを差し出すように、手を前に出す。

「どうか、これらの品で、母を許してたもう」

「母上」ルシーナ。母の手を、包んだ。そのまま、身体を抱き寄せる。「お久しぶりですえ」

 

「さて、早速ですが、試しに」

 ルシーナ。

 鬼神をジロリと見る。

「待て。待てルシーナ。私もそなたに、話があr──」

 

「『眠り』のルーン!

 獅子のごとき父上を、御希望どおりに、コロリと寝かせ!」

 

 コロリ。鬼神転がる。

 ぐおー。ぐおー。いびきかいて、寝た。

 

「あなや」

「すごい効き目でございますね!」コボルドの侍女、耳ぴんと伸ばして、よろこぶ。

「うむ」ルシーナも、ニヤリとした。「そのうちルーンにかけてやろ。あやつ、寝不足で悩んでおるらしいからに」

 

◆ 19、お月さん、せつめいをする ◆

 

「いきなりルーン使いおって!」

「お互いさまですえ」

「『萎む』の宴のことでは、ここを一発殴ったじゃないか!」

 鬼神、たんこぶ示す。

 ルシーナ、つんとする。

「女に恥をかかせた。こぶしの一発で済むと思いな」

 けんかしつつ、食卓につく。

 若木のテーブルである。切り株そのまんま。

 とりあえず火で炙って虫除けはしときました! みたいな、ワイルドなテーブルである。

「野性的な食卓やに」月の女神さまも、そのような御感想のようである。

「しょうがないのだ」鬼神、弁明。「まだこっち来て日が浅いのだ」

 『伸びる』のルーンで、無理やり木は育てたものの。

 乾燥させる時間がなかったんである。

「これからですえ。これから」とルシーナ。

 コボルドの侍女が食事運んでくれた。

 メニューは冥界の川でとった魚(元は魚なんぞ居らなんだが、鬼神が「魚も居ってよし!」とした)。あと、『伸びる』のルーンで無理くりに伸ばした麦を引き割ってこねて焼いた薄いパンみたいなもの。

「粗食ですみませぬ」とルシーナ。

「かまわぬ」とお月さん。「みなが食べておるものでよい」

「それでこそ、お月さまじゃ」

 親子3人、ひさしぶりに食事をする。

「ま、そのうち豊かにするわい。いまは『伸びる』のルーンで強引にやっとるが──あ、そうじゃ、ルシーナ」

「なんですかに」

「おまえが眠らせてきよったので、うやむやになったが」

「試しにやってみただけですえ」

「人で試すんじゃないわ。動物で試さんか」

「動物は全然見かけませんに」

「動物も居ってよし!」

「記録」

「はい。──動物も、居って、よし」コボルドの侍女、記録を取る。

「で、なんですかに?」

「うむ。うやむやになったが、『伸びる』のルーンじゃ! 約束だったからな」

「ああ。そうでしたに」

「かしこいルシーナよ。私たちの可愛い長女よ。

 そなたに教えよう。『伸びる』のルーン。太陽の女神から教わったルーンじゃ」

 鬼神、目にも見えず手にも触れぬものを差し出す。

 ルシーナ、それを拝領する。「ありがとうございまする」

 

 鬼神はルシーナに、『伸びる』のルーンを教えた。

 

「うむ。まあ、すでに、イリスには『伸びる』と『萎む』を教えたのだが」

 ルシーナ、片眉上げる。「・・・ほう?」

「そなたはなんか、教えたらばんばん使いそうなので、なんとなく、渋ったのだが。

 案の定、いきなり私に試しおったのう。わっはっは」

 ルシーナ、両眉下げる。「・・・。」

「なんじゃ? どうした」

「困った父上やに」月の女神、ため息。「ところで、私のことについて、説明しておかねばならぬことがある」

「なんですかに」「なんじゃ?」

「私の、この身体やが。

 以前のように、自由にどこでも動き回ることはできぬ。

 おそらく、この冥界を離れると、消えてまう」

「なんだと!」「どういうことですかに?」

「そなたらが知っておる、あの私。あれ、造るのに、とても手間をかけたのえ」

 月の女神、薄くて固い、麦の焼いたのをぱりぱりかじりながら、答える。

「たしか百年とかかけて、ああでもないこうでもないと、いじくり回した記憶がある。

 もう一度やれと言われても、自分でも、手順がわからぬ」

「そんな貴重な・・・もの? 身体か? を、どうしたのだ」

「そなたも見ておったやろ」

「え?」

「目の前で消したに」

「いつじゃ?」

「隕石止めにゆくとき! そなたの目の前で! 消えたに!」

「・・・ああ!」

 鬼神、そのときのことを思い出す。

 月の女神は、『いつか、また』などと不穏なことを言いながら、消えていったのであった。

「あれは、もう二度と造れぬ身体を消すと、そういう意味であったのか」

「そえ」

「巫女たちは、大丈夫だと言うてくれたのに!」

「巫女どもには『これは化身』と常々言うておったゆえ。

 また、そなたを慰めるためでもあったろう」

「そうか・・・」

「では、なんで出て来れたんですかに?」とルシーナ。「前と変わらぬように見えまする」

「父上とそなたと、『鏡池』のおかげ」

「あー、なるほど!」

「は?」と鬼神。

「「阿阿呆呆」」

「なんじゃ! 2人揃って! ケケケンベロスみたいに!」

「ルシーナに降霊で呼ばれて、私は、この冥界に降りてきた。

 そやに、化身がない。そなたらに見える姿を取ることができぬ。

 『困ったえ』と思いつつ、ルシーナの背中に乗っかっておったところ、池に映ってしもうた」

「あー・・・」鬼神やっとわかった。「それで、池に映ったから、その姿になれたのか!」

「そえ」

 月の女神、ほほえむ。

「『鏡池』に映れたのは、ルシーナが降霊をしてくれたおかげ。

 この姿を取れるようになったのは、父上が掟を変えてくれたおかげ」

「おお」

 鬼神、感動である。長~い腕伸ばし、お月さんを抱きしめた。

「冥界を征服して、良かったわい!」

 母娘、笑う。

「にしても、母上」

「なにえ」

「化身を造るとは、そな難しいもんですかに?」

「造るのは難しゅうない。同じものを造るのが、難しい」

「どれほど難しいんですかに?」

「ルシーナ。そなた、生まれてから今日この時までの人生、再演できるかに?」

「さて・・・」

「すべての行動。一歩一歩の足運び、目の動き、まばたき、呼吸まで、一分の狂いもあってはならぬ」

「できませぬ」

「そういうことえ」

 月の女神、食べ終え、口元を拭う。

「人間は、新たに1人造ることはできる。そやに、同じものを複製することは、できぬのえ」

 

◆ 20、レガーのまじゅつし、鬼神にいどむ ◆

 

 ごろごろ・・・。

 毛の長いじゅうたんの上。

 月の女神が、ごろごろと、転がっておる。

「うおっ。あぶない」

 部屋に入ってきた鬼神。踏んづけそうになり、あわてる。

「なにをしておる。そんな、ねこみたいな」

「いそうろう」月の女神、ごろごろする。

「うん? 居候?」

「そえ。初めて」

「そう言えば、そうか」

 鬼神、部屋に入れん。

 お月さんをまたぐわけにも行かんし。

 しょうがない。入り口に、あぐらかいて座る。

「月の宮殿では、私が居候だったものな。今回は、逆になったな」

「うむ」

 ごろごろ。

 月の女神、転がってきて、鬼神のふとももに頭を乗せる。

「憧れておった」

「なににじゃ」

「いそうろう」

「なんでじゃ」

「月の宮殿では、私は常に、主人。いそうろうになったことがない。詩人やというに」

「詩人だと。なんの関係が」

「芸術家は、他人に食わせてもらえるようになって、一人前」

「意味がわからぬ。

 ・・・まあ、自分が王さまとか女王さまだと、気は休まらんわな」

「そえ」

 月の女神。きらきら光る瞳で鬼神を見上げてきたかと思うと、

「『眠り』のルーン。私を眠らせよ」

 と唱えて、眠ってしもうた。

「おい。こらこら」

「くー・・・」

「本当に、ねこみたいなやつじゃ!」

 

 鬼神の知人が立て続けに訪れてきたのは、そんな日々のことであった。

 

「父上。私の、ルーン魔術の師匠を紹介したいのですが」

「おう! いま行く──と言いたいところなのだが」

 鬼神。座ったまま、へんじ。

 ふとももの上は、今日も、お月さんに占領されておる。

「枕でも噛まして放っておきなえ」

「それをやると、後でめっちゃ怒られるのだ」

「ただのわがままですに。適当に慰めなされ」

「そうは言うがのう」

「ええい、めんどうなり!

 もうよろしいえ!

 『眠り』のルーン。母上の眠り、気持ちよく、終われ」

「・・・。」

 月の女神、ぱちっと目を開いた。

「はて? 1刻(約2時間)眠るつもりやったに。なぜ、目が覚めたんかに?」

 立ち上がる。

 ルシーナを睨む。

「ルーンによって眠ったものが、かようにすっきりさっぱり、目が覚める。

 これ、同じルーンによって解除されたに相違なし」

「正解ですえ」

「ルシーナ!」

「私の、魔術の師匠がいらっしゃいましたに。母上も御存知の御方ゆえ、起こしました」

「私が知っておる魔術師?」

「はい」

 

 紹介されたのは、ハイエルフの男。

 黒い目をして、首元に黒い丸石の飾りをして、黒っぽいローブを着て。

 クリーム色の四角い台に乗って、空飛んでやって来た。

 

「博士! それに、エス子!」

「──いまさら、紹介するまでもありますまいが、」

 と、ルシーナ。

「エスロ博士。私の、ルーン魔術の師匠ですえ」

「いやはや! 信じる神さまのところへ行かれたとは聞いとったが。元気か!」

「はい。私は、まったくもって。それより──」

 エスロ博士。

 その場に土下座して、鬼神と月の女神に頭を下げた。

「父君。母君。ルシーナさまのこと、まことに、申し訳ございませぬ」

 ぶわっさ!

 エスロ台も隣に並んで、頭(?)を下げてきた。

「私こそ。レガーの魔術師殿」と月の女神。「戦闘が終わったと思い込み、いらぬことを話しかけた」

「いえ! 機長は私でしたに。全責任は、私にございまする」

「・・・。」

 鬼神はルシーナを見た。

 ルシーナは『もう話はついとる』との合図、うなずいて送ってきた。

 それはそうであろう。2人(とエス子)は一緒に冥界へ落ちた。それから、もう何年も経っておるのだからして。

「博士。頭を上げてくれ」

 鬼神がそう言うと、博士はやっと頭を上げた。

「私はな。

 戦において、なにをせねばならんか、なにをしてはならんか、わかっとるつもりじゃ。

 神竜を倒すために、ずーっと頑張ってきた博士を、私が責めると思うか?

 そんなこと、するはずがない。

 それどころか、『鬼神が博士を責めた』などと、うわさされるだけでも、不愉快じゃ!

 だから、さあ、立ってくれ」

「は・・・」

 エスロ博士は、立ち上がった。

 しかし、うつむいたままである。まだ、言いたいことがあるらしい。

「なんじゃ? 言うてみよ」

「では、言わせて頂きまする」

 エスロ博士。

 鬼神の顔を見上げてきた。

 そして、このように言うてきたんである。

「──鬼神さまは、巨人の王さまとは、けんかをなさったとか」

「む? 誰に聞いたのじゃ」

「とある者から聞きました」

 鬼神、後ろを見る。後ろに居るのは、お月さんと、ガンメタリックの巨体である。

 鬼神、睨む。ガンメタリックのでっかいやつ、目そらす。

「・・・おまえか!」内心で怒鳴りつつ。

 鬼神、ぐっと声を抑えて、博士に言うた。

「まあ、けんかはした。したが、それがなんじゃ?」

「神竜のことを秘密にした。

 鬼神さまをのけ者にした。

 ルシーナさまを巻き込んで死なせた。

 ──この3点について、巨人の王を批難(ひなん)なさったとか」

「そうじゃ。先に殴りかかってきたのは、あっちだがな」

「その3点。私にも、同じ責任がございまする」

「なんだと」

「私は、神竜戦を計画するにおいて、巨人の王と同格の権限を与えられておりました」

「だからなんじゃ」

「権限あるところに、責任あり。これ、我が師匠ボナス博士の教えなり。

 さ、私を批難なさいませ」

「・・・いや、もうええのだ。そのことは」

「良くありませぬ。弟子の手前で、責任逃れをする姿は見せられませぬ」

「それは・・・もっともなことだが。

 いやしかし。もう、巨人の王に、十分言うたことでもあるし」

「私なんぞ、苦情を言うほどの相手でなし──と、こういうことですかに?」

「なんじゃ? えらい突っかかってくるのう、博士」

「いまの私は、外人の魔術師エスロとはちがいまする。

 巨人の王と同格の作戦立案者、エスロですえ。

 権限を握り、それを振るった結果、お嬢さまを死なせてしもうた男ですに。

 なぜ、私を責めぬのです? 巨人の王を責め、我が師匠ボナスを責めた、鬼神さまが」

「なるほど」

 鬼神、うなずく。

「それならば、私の答えはこうじゃ。

 権限を持ちながら、それを適切に振るわんかった者には、責任がある。

 だが、権限を正しく振るった上で、それでも負けてしもうた者には、責任はないのだとな。

 エスロ博士。あんたは、権限を正しく振るった。ただ、神竜の最後の一手に負けただけじゃ」

「・・・。」

 エスロ博士、頭を下げた。

 そしてこう言うてきた。

「それでは、次のことについてはどうですかに?」

「まだあるのか」

 

「・・・なんか、あれだな。この博士は」

 鬼神。エスロ博士の顔を見ながら、こっそり考える。

「優男みたいな姿をして、ボナス閣下以上の難物(なんぶつ)だぞ!

 やれやれ! 博士が、巨人の王ぐらい頑丈だったら。

 『ごちゃごちゃうるさい』と言うて、一発ぶん殴って、黙らせるのだが」

 

「ルシーナさまのお葬式のあと、新生アルスのルーン司令官と、話をなさったとか」

「まあ、したが」

「ルシーナさまのことで、特にルーン司令官に非もないのに、怒鳴ったと」

 鬼神、またガンメタ鬼神台を睨む。

 ぶわっさぶわっさ!? 今度は『俺ちゃうで!?』ぐらいの反応である。

「・・・まあそうだわな。おまえ、あのときにはもう死んどったものな」と、内心で思いつつ。

 鬼神。博士に訊いた。

「誰に訊いたのじゃ?」

「誰でもよろしいですえ」

「よろしくないわ。告げ口だろうが」

「私ですえ」とルシーナ。

「なんだと」

「ルーンが私に告げ口をし、私がエスロ博士に告げ口をいたしました」

「おまえなぁ・・・」鬼神あきれる。

「女を怒鳴るは、その女の仲間全員を怒鳴ったも同然。ぶわーと広まるのは、当然の結果ですえ」

「ちっ」

「女は怒鳴れても、このエスロは怒鳴れぬということですかに?」

「ええい。うるさいわ! よってたかって!」

 鬼神。

 なんか、自分が責められる流れとなってしまい、機嫌をこわす。

「もうええわい。とにかく、私は博士を怒ったりはせぬ! 歓迎じゃ。歓迎!」

 と言うて、逃げようとした。

 ところがそこに──

 

「かー、かー! 鬼神さま、お取り込み中かー?」

 でっかいからすが飛んで来た。

「なんじゃ。やたどん。いらっしゃい。

 いらっしゃいだが、そのとおり。ちと、取り込み中なのだ。

 手紙なら、ルシーナに渡してくれ。明日までに、返事を書くから」

「手紙じゃないがー」

「ではなんじゃ」

「天から使節が到着したので、先触れに参ったがー」

「なんだと」

 

 ──来客が、重なってしもうたのであった。

 

「やたさま、油揚げはいかがですか」コボルドの侍女、皿持ってきた。

「頂くがー」

 ぶわっさっさ、ぶわさささ!

 巨大からす、三本足で着地したかと思うと、流れるような動作でもって油揚げを突っ付く。

「使節。なんの使節だ。

 いやそうか、手紙にあったわ。剣のお礼しに来る言うとったわ。今日来たのか。いつ到着するのだ」

「もう着いとるがー。待たせるかー?」

「いや、それはよろしゅうない。お日さんは、私の生命の恩人じゃ。どうぞ、来てもらってくれ」

「わかったがー。半刻(約1時間)かけて、下りてくるようにするがー」

 首を上向け、油揚げ呑み込んだ、やたどん。

「ところでだがー。

 そこにおわすは、もしかして・・・夜空の女王さまですかー?」

「いかにも」と月の女神。「つばさ広き賢者殿、おひさしぶり」

「御無事でいらっしゃったかー」

「生きておる。けがはない。そやに、万全でもない。

 詳細はいずれ、手紙にもし、殿にもお話をいたそう」

「姉君に、一言お伝えしてよろしいかー?」

「もちろん。『手紙の遅れること、許されたし。万全ではないが、心配はいりませぬ』と」

「わかりましたがー」

 やたどん。

 でっかいつばさ広げ、ぶわっさぶわっさと、舞い上がった。

「では、半刻後に、ここまで連れて来ますがー」

「おう!

 ──博士。悪いが、お預けじゃ。私に殴られても死なん自信があるんなら、いつでもかかってこい」

「かしこまりました」

「ルシーナ。出迎えたのむ。

 お月さん。準備を手伝うてくれんか」

「うむ。適任なり。姉上がなにしたら怒るか、私ほど詳しい者はこの世におらぬ」

「怒らせるんじゃないわ! 歓迎じゃ!」

 

 そして、半刻後。

 鬼神の前に現われたのは。

 

「天の女神さまより、使節を率いるよう仰せ付かり(おおせつかり)、団長をつとめて参りました。

 すみれと申します」

 

 すみれと名乗る、お婆ちゃんがリーダーの、一行であった。

 

◆ 21、鬼神、すみれとさいかいする ◆

 

「すみれだと・・・」

 鬼神。

 使節の先頭で頭を下げておる、小さなお婆ちゃんと、その後ろに立っとるでっかい赤鬼みたいな男を見る。

「もしや。その後ろの、赤い肌した大男は」

「私の息子でございます」と、すみれ。

「まさか、そなた。あの『猿の村』の──」

「はい、陛下」

 よぼよぼしたお婆ちゃんの声で、すみれが答えた。

「赤い肌をした大きな御方。

 当時は腕を2本しかお持ちでなかったように覚えておりますが。

 『なわばりのけもの』を、退治して頂いたとき、同行したのは、この私です」

「おお・・・!」

 鬼神。もっと彼女を見ようとする。

 だが、彼女が顔を伏せてしもうた。

 鬼神からは、彼女の頭頂部しか見えなんだ。薄くまばらな白い髪しか、見えんかったんである。

「父上」

 ルシーナが小さく手を挙げ、鬼神に意見する。

「使節の方々を、『鏡池』に御案内し、そこで食事などをしては、いかがでしょうかに?」

「うん?」

「本日は晴天なり。

 鏡池には、仮設ながら、やたさまの礼拝所もございまする。

 また、あの池には、神秘なる力もございますれば・・・」

「ふむ?」

 鬼神。

 このときは、ルシーナの意図、わからんかったのだが。

 なんか考えがあるみたいだな? こいつ、かしこいし、任してみるか? 程度の考えで、うなずいた。

「そうだな! そうしよう」

 

 太陽の女神からの使節は、10人の団体であった。

 ハイエルフが7人、コボルドが1人、そして、すみれと赤い肌した息子である。

 ハイエルフのうち1人は太陽の司祭のようである。ハイエルフ7人はこの司祭中心にまとまり、あまり口を開かなんだ。

 ルシーナが空飛ぶ台を招集。集まってくれた台に、この10人を乗せた。

 コボルド用の小型台に、それぞれ1人ずつ乗ってもらう形である。

 ただし、団長のすみれ婆さんだけは、特別。

 赤いかぶとがに・弐号である。ルシーナと侍女(仮)も同乗。

 鬼神はもちろん、ガンメタ鬼神台。

 お月さんは、居らん。歓迎の用意をして、ルシーナに助言をして、使節の前には姿を現わすことなく、お隠れになってしまわれた。いったん隠れれば、もはや誰にも見つけられん御方であるから、どこに居るかさっぱりわからぬ。

 

 で、鏡池についた。

 

「こな鏡池は、真実の姿、良き姿を映してくれる鏡ですえ」

 ルシーナが説明をする。

「みなさま、どうぞ覗いてみてくだされ。なにが見えますかに?」

「あなや」「わんわん! 子供のころの、拙者でござる!」「私の家族が見える・・・」「おお。若き日の私が映っておる」

「さらに。

 この池、つい最近、冥界王陛下によって、新たな力を授けられました。

 みなさま。どうぞ、池の中に映った御自分の姿に、なってみてくだされ!」

「映った姿になる・・・?」

 と、不思議がっておった、使節の10人。

 見る見るうちに、姿が変わってゆく!

 コボルドは、小さなコボルドに!

 ハイエルフの7人は──あんま変わらんが、表情の明るい、子供っぽい感じに!

 でっかい赤鬼みたいな男は、よりたくましく若い赤鬼に!

 そして。

 

「すみれ・・・」

 

 すみれ婆さんは、たしかに。

 鬼神の記憶の中にある、あの、女魔術師すみれの姿に、なったのであった。

 

「父上、ちょい待ち」

 ルシーナが鬼神を止める。

 して、八咫烏(やたがらす)さまの礼拝所──の隣の、小さなテントを示した。

「あなテントに、化粧品、および、鏡など、揃えておきました。

 まこと粗末でお恥ずかしいのですが、どうぞご利用くだされ。

 お化粧の必要ない方は、こちらに酒などがありますゆえ、軽く一杯・・・」

 

 女ども、テントの中へ。

 男ども、酒のほうへ。

 池の周りで、軽く宴会が始まった。

 でっかい赤鬼が、黙ーって、手酌をしようとする。その酒を、ルシーナが先に取った。

「お名前をうかがっておりませんでしたに」

「これは失礼。私は、ロッキーと申します」

 そこに鬼神もやって来る。

「なあ。そこの若者よ」

「冥界王陛下」ロッキー、あわてて頭を下げる。「ご機嫌うるわしゅう」

「うむ。丁寧なことじゃ。乾杯」

 3人、乾杯する。

「ロッキーというのか。そなた、もしかして、息子が居るか?」

「はい」

「赤猿という名の、魔術師ではないか?」

「はい。まさに、その通りの名をつけました」

「そうか」

 鬼神。にっこり笑うた。

「そして、そなたは。

 もし、私が『リッキーじゃ』と名乗ったらば。

 『すみれと再会したときのことを聞かせてくれ』と、かまをかけてくるのではないか?」

「・・・なんと!」

 ロッキー。

 酒でさらに赤くなった顔を、鬼神に向けた。

 彼の身体は、元鬼(げんき)どもとくらべると、ちょっと小さい。

 だが、ごつごつした身体つき、顔つき。

 そして小さな目。額にちょっと突き出したツノっぽい突起。

「うむ!」

 鬼神。

 満面の笑みで、ロッキーの肩をばしばし叩いた。

「もう、間違いない! そなたは──」

 そこに、女どもが化粧を終えて出てくる。

「お待たせしました」

 代表して一言述べてきたのは、すみれである。

 鬼神。彼女に近付いた。

 彼女がなんか言う前に、抱きしめた。

「すみれ。ロッキー。そなたらは、私の家族じゃ!」

 

 若き日の、思い出の相手。

 生まれたことすら知らず、現世では会うこともできなんだ、息子。

 太陽の女神さまのはからいによって、鬼神はこうして対面させてもらえたのであった。

 もっとも、そんなに甘い再会でもなかったのだが・・・。

 

 夜。

 鬼神は、自分の部屋に、すみれ母子を招いた。

 ルシーナと侍女、ガンメタ鬼神台、それにエスロ博士とエスロ台も一緒である。

 エスロ博士は、鬼神が巨人の国でどんなことをしてきたのか、話してくれた。

 なんせ博士、ルシーナやガンメタ鬼神台が生まれるよりも前に、巨人の国に入った御方である。その話には、ルシーナやガンメタ鬼神台も楽しい思いをした。

 途中でエスロ博士がロッキーを誘って魔術談義を始め、ルシーナも魔術を学ぶとか言うてそっちに加わった。

 鬼神とすみれ。そしてガンメタ鬼神台とエスロ台だけが、部屋に残される。

「すみれ」

「あの『鏡池』ってのは、いいねえ!」

 すみれは、ふっくらした自分の頬、つやつやになった髪を撫でながら、笑った。

 もう『すみれ婆さん』の影はない。どう見ても、若き日のすみれである。

「あれが知られたらさ、ヒューマンはみんな鬼神さまに宗旨替えするね。特に、女は」

「それは・・・お日さまに怒られそうだな」

「怒られるだろうねえ」

「じゃあ、秘密にしよう」

「もう無理だねえ。私らに見せちゃったし」

「ありゃ。じゃあ、冥界に来た者は、神さまのとこへ行く前に『鏡池』に行ってええことにするか」

「それがいいかもねえ。

 八咫烏さまとルシーナさまの神殿でも建てたらいいんじゃないかな。

 そしたら、どっちの顔も立つだろ?」

「ええ案じゃ。そうさせてもらおう」

「じゃあ、明日公式に提案させてもらうよ」

 2人は酒をひと口呑んだ。

「すみれ。本当にすまんかった。猿の村を、探しはしたのだが・・・」

「それはもういい。

 私は魔術師だ。金に困るってほど苦しい生活じゃなかった。

 息子も育ったし、孫も生き延びた。私は、母として結果を残したんだ。

 それにね、」

 すみれ。

 優しい表情で、鬼神を見つめて、こう言うた。

「私が助けを必要としたとき、あんたは近くにいなかった。

 それがすべてだ」

「・・・。」

 鬼神うつむく。

 すみれ、鬼神の肩を叩く。ニヤリと笑うて、こう励ました。

「いい子種をくれたこと、感謝してるよ。あはは!」

 

◆ 22、鬼神、博士とけんかをする ◆

 

「魔弾! 蛇魔弾! ぬかるめ!」

 エスロ博士が、立て続けに呪文を詠唱する。

 紫の魔弾が飛ぶ。鬼神にぶち当たる。「あいた」

 影の蛇のごとき、非実体の弾が飛ぶ。鬼神はやむを得ず、左上腕で受ける。ガブリ。「痛っ!」

 足が止まったところ、地面がぬかるみ、鬼神の足が沈む。

「なんの。『力』のルーン! 『圧縮する』!

 地面よ固まれ! ついでにエスロ博士の足場よ、へっこめ!」

 ずごごご!

 地面、赤熱し、蒸気噴き、見る見る固く乾いてゆく。

 あとついでにエスロ博士の足元が、1尋ほども激しく、へっこむ!

 だが博士、落下せぬ。立っておった場所に、そのまんま浮いておる。

「ぬう!」

「攻めが甘い」

 博士、笑い飛ばす。

「『飛翔』『生命探索』は、緑の魔術師の基本なり。

 ──立身せよ、土石人形! 腕の6本ある男を攻撃せよ」

 身の丈10尺、土石人形!

 冥界の岩と土とが立ち上がり、不屈の守護神となって、鬼神に向かってくる。

「くそっ、また土石人形か!」

 土石人形のパンチ! 鬼神、チョップで腕を砕く!

 土石人形のパンチ! 鬼神、肘打ちを合わせて腕を砕く!

 土石人形のパンチ!

「きりがないわ! 壊れとるんだから、止まらんか!」

「土石人形は止まりませぬ。これを唱えぬ限りは──人形爆破!」

 

 どっごおおおおん!

 鬼神と殴り合っとる最中の土石人形、大爆発。

 鬼神吹っ飛ぶ。仰向けに倒れ、倒れたまんま、博士に怒鳴る。

 

「ボナス閣下、直伝(じきでん)というわけか!」

「よくご存じですに」博士、鬼神を見下ろして笑う。

「クリスタル博士から聞いたわ!」

「なるほど。人形博士。

 じつは、人形爆破は対人禁止の呪文なのですえ」

「なら使うな!」

「はっはっは。

 そして、次に使いまするも、同じく対人禁止の呪文なり。

 天の女神の御胸(みむね)の『火』、レガーの恵み、いま、ここへ。──『レガーの火』!」

 

 真っ白な火柱が、鬼神を包み込んだ。

 鬼神の姿が見えんようになるほどの、でっかい火柱である。

 

「え・・・」 

 ルシーナつぶやく。

 離れたところで観戦しておったのだが、さすがにこれは・・・

「博士、やりすぎでは?」

「・・・。」

 エスロ博士。うっすら笑いながら、なぜか地中を見ておる。

 その地中から。

 鬼神の声が、轟いた(とどろいた)。

<やってくれるわ! エスロ博士!

 禁じ手を使ってまで、勝ちたいと見える!>

「やるからには勝つ。当然なり。──人形創造。

 禁じ手は、勝てるなら控えてやるということに過ぎませぬ」

<つまり、負けを認めたわけだ! そーれ、力のルーン!>

 

 地面が爆発。エスロ博士ごと、天高く吹っ飛んだ・・・と、思いきや。

 なんと。エスロ博士の、姿が。

 ぱっと散って、消えてしもうた!

 ゆらゆらゆら・・・全然別な場所に、現われる!

 

<ばかな! 『水鏡』の術だと?>

「お嬢さまに教えて頂きまして」

<だが、『力』のルーンで、確認したのに! 地面を踏みしめる力を・・・>

 エスロ博士。

 無言で空を見る。

 空中。

 天高く、ワラ人形がくるくると舞っておった。

「身代わりに『人形創造』をしておりました。私は浮いておると、先ほど申し上げたはず」

<くそっ! では今度は、風の力を──あ、いや、『結ぶ』のルーン!>

「今度はありませぬ」

 エスロ博士、地中に手を向ける。

「岩石、破断、爆破──砕け散れ! 『岩魔弾(がんまだん)』!」

 

 ずごおおおん!!!

 地面が揺れた!

 なにがあったんかわからぬ!

 だが、地面が揺れるほどのなにかが、地中で発生した!

 そして!

<ぐわーーー>

 鬼神の絶叫が、響いてきた!

<ま・・・まさか・・・。

 地中を、呪文で、攻撃とは・・・>

 

「え、ちょ、父上」

 ルシーナが立ち上がる。

 その肩を、ガンメタリックの巨体が押さえた。

 ぶわっさぶわっさ。

「え? しかし・・・」

 ぶわっさ。

 

 エスロ博士。油断なく地中を見て、ゆっくりと移動しておる。

 歩いておるのではない。地面スレスレを、すいー・・・と、スライド移動しとるんである。

「鬼神さま。私の勝ちということで、よろしいか?」

 返事はない。

「10数えて返事がなければ、私の勝ちということで、救出を始めまする。

 1。2。3。4・・・」

 返事はない。

「7、8、9、じゅ」

 返事はなかった。

 ただ、博士の足元が、突然、盛り上がった!

 おおよそ3尋四方──つまり、博士の身長3人ぶんぐらいの広さが──上方へと、せり上がる!

「うっ!?」

 博士、突然上昇した地面で足くじき、膝ぶつけ、べちゃっとうつ伏せに、こっぴどく身体ぶつける。そして、吹っ飛ばされた!

 

 ガラガラガラ・・・!

 

 持ち上がった地面が、崩れてゆく。

 土煙が舞い上がり、それが、薄れてゆく。

 そこに立っておったのは。

 なにやら、にぶく輝く金属の板を持ち上げた、六腕三眼、鬼どもの神の姿であった。

 

「なかなか使えるルーンだわい。『結ぶ』のルーンとやら」

 鬼神。

 ずごおおおん!! と地響き立てて、謎の鉄板を地面に突き刺した。

 3尋×3尋。

 部屋の間取りか? っちゅうぐらい巨大な鉄板も、鬼神が持つとふつうの盾みたいになる。

 じっさい、鬼神はこれを、盾として使うたのだ。

 

 エスロ博士が、地中に向けて『岩魔弾』を撃つ、直前。

 鬼神は『結ぶ』のルーンと『力』のルーンを使うて、岩を結合。分厚い盾を地中に造り出したのだ。

 それで、エスロ博士の呪文を、完全にブロックしたっちゅうわけである。

<ぐわーーー>なんぞというのは、ただの演技であった。

 

「父上!」

 ルシーナが駆け寄ってきた。

「おお。ルシーナ。どうじゃ。勝ったぞ!」

 鬼神、ルシーナを抱き寄せようとする。

 べし! 頭はたかれた。

「あいた」

「力入れすぎですえ! 師匠を掘り出してくだされ!」

 

「あちこち骨が折れておったようですに。はっはっは」

 エスロ博士。

 岩と土に埋もれておったのを掘り出され、ルシーナに治癒(ちゆ)の術もらい、息を吹き返した。

「これほどの、けが。生まれて初めて。死ぬるかと思いましたえ」

「とっくに」とルシーナ。

「やっぱり死ぬんじゃないか」

 と鬼神。べし! 頭はたかれる。

「加減しなされ! 私の師匠ですえ!」

「手加減が難しいぐらい強かったのだ」

「・・・にしても、師匠。なんであんな、へたくそな演技で、騙されたんですかに?」

 自分も騙されとったくせに、ルシーナそんなことを言う。

「『生命探索』に反応がなかったのえ。死んだかと」

「『萎む』で、板の下に隠れたのじゃ」

「死んだと思うたのに、10も数えたんかに!」

 

 エスロ博士と、鬼神のけんか。

 太陽の使節が1日だけ休みをとった、その日に行なわれた。

 『死なん自信があるなら、かかってこい』と鬼神が言うたのを、博士は、忘れんかったのである。

 

「まったくもって・・・」

 ぱらぱら。ルシーナ、種をまく。

「『伸びる』のルーン! 草木よ伸びよ、幹太れ。根張れ、葉茂れ。木立となれ」

 

 にょろにょろ。にょろにょろ。

 見る見るうちに草木伸び、花咲き、ほっそりと美しい白樺(しらかば)の木立ができあがった。

 

「『伸びる』のルーン、土壌の問題などはないんかに?」とエスロ博士。

「ございませぬ」とルシーナ。「強いて(しいて)言えば・・・」

「連作の問題。伸びる途中で立ち枯れやすい問題。などはございまする」とコボルドの侍女。

「マナかも?」ルシーナ、母のお守り見せる。「これもろうてから、失敗しにくうなりましたえ」

「ほほう」

「さ、お茶でございまする」

 戦い済んで、お茶一服である。

「──ところで博士。相談があるのだが」と、鬼神。

「なんですかに?」

「ルシーナに、わざを授けたいのだ。

 グレイスさまの『恩寵(おんちょう)』がよいのではと思うのだが・・・」

「なんで急に?」とルシーナ。

「急じゃないわ。言うたがな。『伸びる』はイリスにも教えたと」

「・・・『追加もある』という意味やったんかに?」

「そうだが?」

「ルシーナさまを、お諫め(おいさめ)になられたとばかり」と、コボルドの侍女。

「ちがうわ!」

「お言葉が足りませぬ! わんわん!」

「む!」

 ・・・沈黙。

 エスロ博士が話をもどす。「では、『見守る』のわざなど、いかがですかに?」

「どんなわざじゃ」

「見えておる相手に、自分の選んだ恩恵を与えるというわざですえ。たとえば・・・」

 博士、立ち上がる。

「鬼神さま。『見守る』で、私に『力を強くする』をつけてみてくだされ」

「ふむ」

 鬼神も立ち上がる。

「『恩寵』のルーン! 『見守る』。

 『力』のルーン、『力を強くする』を、博士に与える」

「はい。では・・・」

 エスロ博士。

 先ほど、鬼神が造った3尋四方の鉄板に近付いて・・・。

 ひょいと、持ち上げた!

「このようなわけでして──」ごき。ぼき! 博士の肩とひざ、ものすごい音立てる。「ぐ」

「おいおい」鬼神が助けた。

 博士、またルシーナに治癒もらう。「『力』は・・・制御の難しいルーンですに」

「見えとる者だけか? 近くに居らんと、だめなのか?」

「あ、いえ。『見えておる』と申しましたは、魔術師ことば。

 『生命探索』でもよし。あるいは、お祈りの空間でもかけれるはずですえ」

「ならばよし」

 

 鬼神は『恩寵』のルーンのわざ、『見守る』を、ルシーナに教えた。

 

 この日以来、女神ルシーナさまにお祈りをする信者は、不眠に悩まされることがなくなったという。

 なんでといって・・・

 

「ルシーナさま。ルシーナさま」

「なにえ。パジャマで布団入って、お祈りとは」

「えへへ。ごめん。でも、あれやってもろたら、すぐ眠ぅなんねん」

「しゃあないに。明かりは消したか? 鍵はかけたか?」

「子供やないねんからw」

「ではやるえ。

 『恩寵』のルーン、『見守る』。

 『眠り』のルーン、『ぐっすり眠る』を、我が巫女ルーンに与える」

「ありがとー。おやすみ・・・ぐう」

 

 ・・・と、いうわけなのです。

 

◆ 23、ルシーナ、天へゆく ◆

 

 太陽の使節は、数日冥界にとどまった。

 ルシーナの案内で、あっちこちを見て回り、質問をし、メモを取る。

 ──鬼神がどんな風に冥界を変えていくのか? それを、調べて回ったんである。

 

「ハイエルフらしいやり方じゃ!」

 鬼神、ちょっと、憮然とする(ぶぜんとする)。

「礼儀正しく、口で『友好』と唱えながら、きっちり偵察をし、戦の準備もしよる」

「なにを怒っておる」とお月さん。

「怒ってはおらぬ」

「すみれに振られて、怒っておるのやろ」

「謝ろうとしたら、はねつけられただけじゃ。口説いたりはしとらん」

「目ぇ覚ましなえ。あの女は姉上の手先やえ。甘い夢見ておったら、つけ込まれるえ」

「ちがうっちゅうのにから・・・。

 それより、お月さんや。この数日、どこに居ったのじゃ」

「隠れておった」

「わかっとるわ!」

「いま、そなたが言うたに。

 奴らは外交使節であると同時に、偵察員でもある。

 見せるべきものは見せ、隠すべきものは隠さねばならぬ。

 見せるのは、ルシーナがやった。隠すのは、私がやったわけやえ」

「・・・私は何をしたのじゃ」

「かかし」

「おい!」

「やーい、六腕かかし、べろべろばー」

「また変なあだなを!」

「私の前で、別な女口説くからやえー」

「・・・もしかして、あの部屋に居ったのか?」

「そんなことは言うておらぬ」

「居ったのだな」

「なにえ。ひとを覗きみたいに。証拠あるなら、あげてみよ」

「ない!」

「♪証拠もなしに わるく言う 親が居るなら 見てみたい

  やーれ見たい それ見たい おーやの顔をば 見てみたい」

「おまえのごとき、隠れんぼの天才。しっぽなんぞ、掴めるか!」

 などと、じゃれておると。

「父上、母上」ルシーナが入ってきた。「そろそろ、出発いたしまする」

「おお」鬼神立ち上がる。「では行こうか」

「しっかり学んでくるがよい」お月さんは、消えた。「姉上は、まこと油断ならぬ御方やえ・・・」

「心して参りまする」

 

「自分の流派を立てる。それが目標だそうだな」

「そですえ」

「立派な目標じゃ」

「やり遂げますえ」

 鬼神とルシーナ。

 使節のところまで一緒に歩きながら、話をする。

「しかしだな」

「なんですかに?」

「また、会えんようになるのだな・・・」

「子離れしなされ」

「しとるわ!」

「くすくす」ルシーナ笑う。「ま、手紙は書きますえ。届けて頂ければですが」

「うむ」

「お祈りもしますえ。六腕三眼、冥界神さま」

 

 ルシーナ。

 使節団の帰路に、同行した。

 すみれの隣を一緒に歩いて、冥界を出て行ったのだ。

 天の女神──お日さんのところで、じっくりと、修行に取り組んだのである。

 

「はあ・・・」

「ため息つきすぎやに」月の女神。しょんぼりしておる鬼神をからかう。「子離れしなえ」

「ルシーナとおんなじこと言いおってからに」

 

 冥界征服からこっち、とにかく忙しかった。騒がしかったのだ。

 それが、ルシーナが天へゆくと共に、急に静かになった。

 いや、都の建設はつづいておるのだが。

 ・・・どうしても、さみしいのだ。

 

「あ、いなくなると言えばじゃ。エスロ博士も、今日、神さまのとこへ帰るのであった。来るか?」

「うむ。博士ならば、隠れる必要もあるまい」

 

◆ 24、レガーさまのせかい ◆

 

 鬼神と、お月さん、ガンメタ鬼神台。

 空を飛んでの、お見送り。

 博士はもちろん、エスロ台と一緒である。

 

「恐縮ですえ。大神ふた柱に、お見送りをして頂けるとは」

「その大神にけんか売っといてよく言うわい」

「ははは!」

「ときに、博士」とお月さん。

「はい。熱なき光の女神さま」

「レガーさまの世界とは、どんなところなんかに?」

「そうですに。正直、私には、現世との区別がつきませぬ」

「現世そのままなんかに?」

「2点、ちがいはありまする。

 1つ。住民は、すべて死者。

 2つ。みな旅人のごとく、あちこち行き来しており、人口が把握できぬ」

「ふむ」

「その他は、あたかも現世のごとし。

 山あり谷あり、街あり村あり、雨も降れば風も吹き、天の女神さまらしきもの、空にあり・・・」

「私もかに?」

「はい。恐れながら。満ち欠けまで正確に」

「なるほど。見破れるもんなら、見破ってみろ──というわけやに?」

「まさに。我々、みな、そう考え、日夜挑んでおりまする」

「ちょっと待て」

 鬼神、手を上げる。

「博士。あんた、レガーさんと、なんか関係があるのか?」

「はい」

 エスロ博士、うなずく。

「私は、先祖代々、『闇』のルーンを受け継いでおりました」

「うむ。それは聞いた」

「私が死んだため、『闇』のルーンは継承できず、現世に落っこちてしまいましたが」

「うむ。おかげで死にかけた」

「あいすみませぬ。

 で、『闇』のルーンを授けてくださったのは、神さまでして。

 我が氏族、その神さまのこと、篤く(あつく)信仰しておりまする」

「恩人だものな」

「まさに。

 ただ・・・その神さま、ハイエルフの女神さまと、折り合いが悪く。

 『緑の魔術の国』では、公に(おおやけに)できず、黙っておりました」

「レガーさんか」

「はい」

「博士。レガーさんの信者だったのか」

「はい」

「ばかな・・・!」

 鬼神。

 あっけに取られる。

「それを、ずーーーっと、私に隠しておったのか」

 鬼神キレる。

「おい、エスロ! おまえ、ひどいではないか。なあ、おい」

「はっはっは。レガーさまの言葉に、こういうのがありますえ」

「なんじゃ」

「気付かぬほうが、まぬけ!」

 

 エスロ博士。

 そう言うと、さっさと逃げてったのでありました。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。