◆ 1、鬼神、くじける ◆
「むう! だめじゃ」
鬼神、くじける。
手に持っとった筆を、投げ出した。
「どないしたのえ」
ごろごろしとった月の女神。起き上がり、様子見に来る。
「いや、手紙を書いてみたのだがな」
鬼神。
手紙を見せる。
「自分で読んでも、つまらんのだ」
「なんの手紙え?」
「レガーさんへの手紙じゃ」
「私が見てもええんかに?」
「うむ。冒険の話だから、問題はない」
「なにえ。冒険」
「約束なのだ。私が王になったら、冒険の話を聞かせると約束したのだ」
「ふむ?」
月の女神、手紙をさーっと見る。
2枚目。3枚目。4枚目。
白き御手(みて)にて、手紙をめくる。
「ふむ」
「どうじゃ?」
「つまらぬ」
「だろう?」
「出来事の羅列(られつ)。淡々としすぎな文」
「・・・うむ」
「かと思えば、突然自分の言いたいことを、だらだらと」
「わかった。もうええぞ」
「典型的、素人仕事」
「もうええっちゅうのに!」
鬼神、手紙を取り返す。
机に置いて、×つける。
ボツ原稿、いっちょ上がりである。
「私には、お話を書く才能はないようじゃ」
「才能の問題やないに。足らんのは、工夫と技術と経験と省略と・・・」
「足らんもんだらけではないか!」
「なにより足らぬのは、他人の視点」
お月さんの講義に、鬼神が「むむ・・・」と、難しい顔をしておると。
コボルドの娘が、ノックして入ってきた。
ルシーナの侍女(まだ仮)である。
「わんわん。冥界神さま。知り合いの方がお見えです」
「誰じゃ?」
「みずうみの神殿の、先代巫女長さまでございまする」
◆ 2、先代巫女長、じじょとなる ◆
「おひさしぶりです、鬼神さま」
ダークエルフの美女。
鬼神の前に正座して、頭を下げる。たぷん。乳揺れる。
「おお。これは、猊下(げいか)!」
『湖の神殿』の、先代巫女長。
鬼神とは古い知り合いである。
初めて月の女神と契った(ちぎった)夜に、世話をしてもろうた。それ以来のお付き合い。
三女のイリスも、神竜にやられたとき、看病してもろうた恩がある。
「よく来たのう! と、言いたいところだが。冥界に来たということは・・・」
「そうなんですー。あはは」
先代巫女長、笑う。
「風邪引いたのに、無理して。コロッと死んでもうたんです」
「わろとる場合じゃないがな」
「人間の世界、日に日に荒れてまして・・・なかなか、ゆっくりできへんかったんです」
「そうか。まあ、とにかく、お茶でもいかがかな」
鬼神、彼女を立たせ、お茶に誘った。
「猊下。じつはな、うれしいお知らせがあるのだ」
「え、なんです?」
「それはだな、お月──」
鬼神が言いかけたところで、入り口に、ふわーっと輝くものが現われた。
「それは、私から話そう」
「・・・女神さま!」
月の女神が、姿を現わしたのであった。
「そうでしたか・・・化身の再現が・・・」
「アニマーリス。そなたには、心配をさせたに」
「いえいえ」
先代巫女長。アニマーリス。
お月さんの話を聞いて、にっこり笑うた。
「女神さまは、きっと御無事でいらっしゃる──て、みんなには言うとったんですけど。
実際にこうして御姿を見れて、ほんまに良かったです」
「猊下のおっしゃったとおりだったな」と鬼神。「さすがじゃ」
「いえいえ」
アニマーリスと、鬼と、月。しばし茶を呑む。
「それで、猊下。やっぱり、お月さんの世界へ行かれるのか?」
「それは・・・」
「ふつうはそうなるに」
お月さん、流し目でアニマーリスを見る。
「いまやこの月も、いそうろうの身。派手な暮らしはできぬ。
とは言え、侍女のひとりは欲しいところ・・・」
「先ほどのお嬢さんは」とアニマーリス。
「あれは、娘の侍女」
「ルシーナさまの」
「うむ」
「御本人は」
「太陽にて、修行中」
「では、御身には」
「誰もなし」
「私で良ければ、ぜひ!」
「採用」
「話の早いことじゃ」鬼神は笑った。
こうして、アニマーリスが、冥界の仲間に加わったのであった。
で、まずは鬼神とコボルドの侍女(仮)が、冥界案内をしたのだが。
そのときに、鬼神はちょっと、彼女に訊いてみた。
「猊下。私が口出しすることではないが、良かったのか?」
「アニマーリスとお呼びください。良かったとは?」
「お月さんの世界に行きたかったんではないか?」
「ええんです。私も、月の巫女ですから」
「しかし、そなたの御両親は、お月さんの世界にいらっしゃるわけだろう?」
「・・・あー、そういえば、鬼神さまには、自己紹介してませんでしたわ!」
アニマーリス、手を叩き、ほほえむ。
「私、親のわからへん娘やったんです」
「なんと」
「月のお宮には、私みたいな子が、優先して修行に行けます。
私らが『月の巫女』言う場合、そういう意味のこともありますねん」
「ああ。それで、お月さんもそなたを引き留めたのか」
鬼神、納得した。
「・・・ここだけの話なんですけど」とアニマーリス。
「なんじゃ?」
「うち、子供のころは、女神さまがお母ちゃんやと思うてました」
「なんと」
「僭越(せんえつ)なことに」
「いやいや」
「そやから、むしろ、『月行け』言われたらどないしよ・・・て思うてたんです」
「そうか。ならよかった」
鬼神。確認を終えて。
「じつはな。猊下。いや、アニマーリスよ。ひとつ、相談があるのだが」
「なんです?」
「じつはその・・・。
お月さんに、正式に、結婚を申し込みたいのだが。
どうしたらええかのう?」
◆ 3、鬼神、きゅうこんす ◆
お月さんに、求婚したい。
鬼神が、そう持ちかけたところ。
「・・・。」侍女アニマーリス。半目となった。「まだ?」
「うん?」
「まだ、申し込んでへんかったんですか?」
「うむ。忙しくてな」
「忙しいっちゅうて、毎日お顔は合わせとったんですよね?」
「う、うむ」
「忙しかったら後回しになる程度の女・・・っちゅうことですか?」
「いやちがう! ちがうちがう、ちがうぞ」
鬼神あわてる。
お月さんとの付き合いで、こういう流れは、まずい流れじゃ! と、学習しておる。
「後回しなんちゅうことはない。いちばん大切な女じゃ」
「ほな、なんでそんな、後回しになったんです?」
「それはあれじゃ。ほら。
長~いこと、姿が見えんかっただろう?
それで、姿を見れた。もうそれだけで、ホッとしてしもうてな。
それとあれじゃ。
お月さんが、いそうろうを楽しんどるのでな。もうちょっと、待ったほうがええかな? とな」
「居候をたのしむ」
「うむ」
「御月(みつき)さまが」
「うむ。じゅうたんの上で、ごろごろして」
「ごろごろして!」
「なんじゃ」
「・・・いえ、べつに」
侍女アニマーリス。なんか噛みしめるようにしてから、うなずいた。
ギロリ。鬼神を睨んでくる。
「その言葉、偽りありませんね?」
「どの言葉じゃ? ──あ、いや。ない。ないぞ。ないです。いちばん大切な女じゃ」
「よろしい。ほな、お手伝いいたします」
それからが、ちと、大変であった。
まずは2人にお似合いの服が必要だ! となり、服を作れる人間が必要となる。
しかし素材がない。ダークエルフ流の絹ぐもの糸は、絹ぐもの養殖所がないので確保できぬ。
ルシーナが試験的に植えた綿を代わりに、となる。綿の扱いに長けた人間が必要となる。
しかし道具がない。これまた、作れる人間が必要となる・・・。
服だけで、これ。
さらに、求婚するにふさわしい場所は? とか、結婚後のお月さんの待遇はどうする? とか・・・。
鬼神、正直ちょっと、うんざりした。
しかし、お月さんの機嫌が見る見るうちに良くなっていったので。
「やっぱり、アニマーリスに相談して良かったわい」と、なったのであった。
そして。
『鏡池(かがみいけ)』のほとりに建てられた、小綺麗な(こぎれいな)東屋(あずまや)。
めかし込んだ鬼神。お月さんを誘って、2人きり。
デートである。
なんと、鬼神。花束を持っておる!
冥界で育てた花を、花束にしてもろうたんである。
鬼神。めっちゃ緊張した。なんせ、ちょっとでも力入れすぎたら、へし折ってしまう。そんな、か弱い物体である。
なんとか無事に手渡し、ホッとする。
アニマーリスとコボルドの侍女(仮)の2人に世話してもらい、お茶をする。
それから、池の遊覧へ。
池に浮かんだボート。
・・・ボート?
なんか、巨大な、ガンメタリック色した・・・舟?
そのガンメタ遊覧舟に、2人きり。
ゆらゆらと、池に遊ぶ。
頃合いを見て。
小さな宝箱を、お月さんに差し出した。
「なにえ?」
「お月さんや。この私と、結婚してくれ」
「なにえ」お月さん、ニヤニヤする。「なにえ、いまさら」
「うむ。すっかり後先になってしもうたこと、本当に、すまなんだ。
真剣な気持ちじゃ。どうか、受け取ってほしい」
「開けてもよろしいかに?」
お月さん、宝箱、開ける。
中に入っとったのは、腕輪である。
赤みを帯びた透明な石。銀の台座に当てはめて、上品でシンプルな環としたもの。
「紅玉(こうぎょく)かに?」
「うむ。私が造った」
「そなたが?」
「『力』のルーンと、炎猪どんの『結ぶ』のルーンでな。
2つの珍しい石、珍しい金属を、ぴったりとくっつけて、ひとつにした」
「ふーん」月の女神、ニヤニヤする。「そなたにしては、上品な口説き文句やに」
鬼神、腕輪を取る。
着けるか? と、目で問う。
お月さん。優雅極まりないしぐさで、白き御手、差し伸べる。
「いそうろうは、今日までやに」
◆ 4、鬼神、くにをやって、かへいをもらう ◆
鬼神。ようやっと、お月さんと正式に夫婦となった。
その後は、やらねばならんことを、どんどん進めていった。
ある日。鬼神は、巨人の王を訪れた。
ガンメタ鬼神台に乗って、びゅーんとひとっ飛び。
「なんじゃ! 冥界神め! なにをしに来た」
巨人の王。
ハンマーを杖のごとくして、突っ立っておる。かなーり、戦闘態勢。
その頭の横には、赤いかぶとがに台が浮かんでおる。壱号である。
「壱から聞いとるくせに!」鬼神、ぼやく。
「なんじゃ。なんか文句があるなら、言うてみよ!」
「いや別に」
鬼神、その壱号と同じ高さに、ガンメタ鬼神台をつけた。
「今日は、けんかをしに来たんじゃないのだ。
約束を、果たしにきた」
「約束じゃと」
「うむ。『国をやる』と約束したろう」
鬼神。
丈夫な紙に直筆した書類を、2枚、巨人の王に見せた。
『冥界に、巨人の国の建国を認める。
王さまは、巨人の王とする。
土地は、このへんから、このへんまで』
──というような文書である。
最後に、サインするところがある。2人分。
「これで良ければ、両方に署名をしてくだされ」
「ふむ。・・・ふむ。よかろう」
「ちがうわ! そこは私が書くところじゃ!」
「なんじゃと」
「自分の名前だけ2行書いてどうする。1行ずつじゃ。私の名と御身の名を、並べて書くのだ」
「最初に言わんか。まったく」
「署名の仕方も知らんのか。野蛮巨人めが」
「野蛮巨人じゃと!」
ぶわっさぶわっさ!
ガンメタ鬼神台と壱号に諫められ(いさめられ)、共同署名した2人。
「よし。こういうわけだから、ここに書いてある土地、御身に任せましたぞ」
「うむ」
『国をやる』の話、以上である。
「・・・巨人はやっぱり、話がしやすいわい」鬼神。心の中で、そう思うのであった。
そのあと、鬼神はお月さんと結婚したことを、報告した。
「ふん」巨人の王、そっぽ向く。「わしの知ったことじゃないわい」
「ああそうか。では以上じゃ!」
鬼神、帰ろうとする。
が、ガンメタ鬼神台が動こうとせぬ。
「・・・なんじゃ?」
ぶわっさ。
言われて、見てみると。
巨人の王の背後で、巨人のお弟子さんたちが、ウロウロしておる。
ひとつしかない目でこっちを見て、『話があるのに、帰るのか』っちゅう表情しておる。
「おや。お弟子さんたちではないか。元気かな」
「なにをしに来たのじゃ!」巨人の王、またこれである。
「冥界王陛下に、贈答」「謹製献上」
「贈答じゃと! そんなもん、こいつにくれてやる必要ないわい」
巨人の王は怒鳴ったが、お弟子さん、引き下がらぬ。
「外交」「返礼」「相応の品」「冥界発展に寄与」・・・などと、口々に申し立てよる。
「ほほう。返礼の品とな。それならば、無視して帰っては失礼になるのう」
「ちっ!」巨人の王、舌打ちである。
お弟子さんたちが出してきたのは、でーっかい、宝箱であった。
「なんじゃこれは。やたらにでかいな。ここで開けてもかまわんか?」
「無論」「推奨」「是非参照」
「そうか。では」
がちゃり。鬼神、宝箱を開ける。
しゅぱっ・・・。空気の音がした。さすがは、巨人製。完璧な密封である。
そして、ひとたび開けば、その重いふたが、一切の抵抗なしに開いてゆく。
中には。
オレンジに輝く、コインが、どっさり!
もんのすごい量の、コイン! それも、ちゃあんと、人間サイズの!
「これは・・・!」
「貨幣」とお弟子さん。
「かへいだと」
「給料支払予定との噂」
「うむ。たしかに、白骨の神さまに、給料を払うと、約束した。ケケどんにもじゃ。よくわかったな」
「外交の成果」お弟子さん、胸を張る。
「そうか。給料を払うのに、コインが必要になるだろうと。それで、こんなにたくさん」
「神竜溶鉱貨」
「じんりゅうようこうか?」
「神竜の唾液」「我の死因」「我も」「死亡時、獲得」「掴んで死亡」
「なんと!」
なんともはや。
そのコインの原材料。
あの神竜の、よだれ!
口の中に貯まっておった、あのマグマみたいな唾液だというんである。
「死ぬときに、かき集め、持ってきてやった──っちゅうわけか」
「如何然様」
「ただでは死なん奴らめ!」
鬼神、感動である。
「ありがとう。お弟子さんたち。
それにしても、綺麗なコインじゃ!
・・・ところでこの、このカクカクした模様は、なんだ? 岩かな?」
「御身の横顔」
「・・・・・・・・・私か! な、なるほど!」
というわけで。
鬼神は巨人たちに国をやり、お返しに、貨幣を造ってもろうた。
これによって、白骨の神さまやケルベロスには、給料が払われるようになった。
また、都の建設やっとる者たちも、給料もらえるようになったんである。
◆ 5、鬼神、ちょっくら、げんせいへ ◆
また、ある日のこと。
鬼神は、ガンメタ鬼神台に乗って、冥界の入り口へ飛んだ。お月さんも一緒である。
ケルベロスはぐうぐう寝とった。「給料減らしとこ」と鬼神は思うた。
入り口にて、いったん着地。
白骨の神さまのすぐそばである。
「これは、陛下。お月さま。どないしはったんです?」
「ちょっくら、現世へ行ってくるのだ」
「はあ? なんでまた」
「こっちへ来たきり、息子どもに便りをしとらんのでな。
手紙出すより行った方が早い。それに、手紙の届かん相手も居るのだ」
「はあ・・・」
白骨の神さま、納得半分、心配半分という表情(まあ、骨だけですがね。そういう雰囲気ということだ)。
「そやけど、新婚早々やないですか。単身赴任て、ねぇ」
「そんなおおげさなもんじゃないわ。すぐもどるつもりじゃ」
「すぐて、何日です?」
「決めとらん」
「決めなはれ!」
「ええ? うーむ・・・じゃあ、3日じゃ」
「3日ですな。わかりました。ほな、お戻りにならへんかったら、捜索出しますわね」
「いや、捜索なんぞ・・・」
「大騒ぎして、冥界総出で捜索しますわね」
「やめんか」
「嫌なら3日で戻りなはれ」
「はい」鬼神負ける。お月さんを振り向く。「では、すまんな。行ってくる」
「うむ」紅玉の腕輪したお月さん。うなずく。「私は、空から見ておる」
「分霊(わけみたま)できるものな」
「イリスには、『心配すな』と言うておくれ」
「わかった。そうしよう」
鬼神、ガンメタ鬼神台に乗る。
ぐるり。相棒、ロール。
ずでんどう! 鬼神、地面に落ちる。
「おい! なにをするのじゃ。相棒」
ぶわっさぶわっさ。相棒、首を振る。
鼻面でもって、鬼神を入り口のほうへ押す。
ぶわっさ。相棒、お月さんのかたわらへ。
「・・・うん? 留守番に回ると言うのか?」
ぶわっさ。
「なんでじゃ! おまえが来てくれたら、便利なのに・・・」
鬼神。
ちょっと怒りかけたが。
じーっとこっちを見つめてくる、ガンメタリックの巨体に。
『今回は、帰って来いよ?』──とのメッセージ、ひしひしと、感じ取った。
「・・・そうか。そうだな。うむ。3日で帰ってくる」
鬼神が、そう言うと。
お月さんの肩から、ふっと、力が抜けたようであった。
とは言え。
「くそっ! 飛ぶつもりで、3日なら余裕じゃと思うたのにから!」
予定、狂いまくりである。
鬼神走る。
まずは、奈辺羅辺(なへんらへん)まで、突っ走った。
「鬼神さま!」「わんわん!」「鬼神さま、御帰還でござる!」「ナンダト!?」
地上見張りのコボルドども。
田畑で作業しとったコボルドども。それと・・・小鬼? ども。大騒ぎである。
「なんじゃ。あの小さい赤い、萎んだ(しぼんだ)鬼みたいのは」
鬼神、戸惑う。
小鬼。
なんかごっつい小さい鬼どもである。
顔面は、鬼神の息子どものごとし。赤いツラして、ツノ生えておる。
しかし身体が、めっちゃ小っちゃい!
鬼神がそうして戸惑っておると。
「父上。今日ハ、ドウシタノダ?」小鬼の1人が、訊いてきた。
「は? 父上だと?」鬼神おどろく。「誰じゃ! おまえは」
「ワカランカ」
「わからんわ! 誰じゃ」
「私ハ、元鬼(げんき)。ソッチノハ、喚鬼(かんき)、ソッチガ、礼鬼(れいぎ)ダゾ」
「なんだと!?」
なんと!
その小っちゃい鬼。
鬼神の長男・五男・六男であった!
「おまえたち!? こんなに萎んでしもうて! いったい、なにがあった?」
「イリスニ、萎マサレタノダ」と元鬼。
「王妃殿下ガ、『萎ム』ノルーンノ日ヲ、オ定メニナリマシテ」と、五男の喚鬼。
「今日ハ、我ラノ番ト、イウワケデスゾ。ハッハッハ!」と、六男の礼鬼。
「イリスのやつ! ちょっと、叱ってくるわい」
と、鬼神が怒って中へ入ろうとすると。
萎んだ元鬼ども。あわてて、鬼神にしがみついてきた。
「待テ! 父上!」「勘違イシテハ、イケマセヌ!」「話ヲ、聞イテクダサレ!」
「ええい、放せ。放さんか。踏んづけてしまいそうで、あぶないわ!」
「話セバワカル!」
話によれば。
元鬼が、次に起こる戦を予知したらしい。鬼神が教えた『戦』のルーンのはたらきである。
「ハイエルフと、大きな、長い戦になる」
そんな光景を、見たのだとか。
「それで、なんで『萎む』ということになるのだ」
「演習ノ一環ダ」と元鬼。
「食料ノ、タメデスゾ」と喚鬼。
「食料のため?」
「節約ノ、訓練ナノダ」と礼鬼。
「節約だと・・・」
まあ、たしかに。
『萎む』のルーンで萎むと、体力も落ちるが、食う量も減るんである。
とは言え、一度も萎んだことがないと、面食らう。事前に演習しておこう──ということらしい。
「なるほど」
鬼神、納得する。
「すると、あっちの3人は、武鬼(ぶっきー)たちか」
「イヤ」「チガイマスゾ」
「なんじゃ。では、誰なのだ?」
「アレハ、子供デスゾ」
「なに?」
「オーイ、息子ドモ。ジジ上ダゾ。挨拶ヲセヨ!」
「ハイ!」
駆け寄ってきた、小鬼ども。
小っちゃい! コボルドよりも、小っちゃいかもわからん!
「ジジ上!」「オ初ニ、オ目ニカカリマス!」「ウキー」
「おお、よしよし。おじいちゃんだぞ」
鬼神。
孫どもを、抱き上げてやりながら。
「・・・声が甲高すぎて、なに言うとるのやら、全然わからぬ!」内心、そうつぶやくのであった。
ちなみに、この小鬼ども。
いまの世に『ゴブリン』と呼ばれる種族の、始まりであったという。
・・・え? 『萎む』のルーンで萎んだだけじゃないか、ですって?
はい。初めはそうだったのですが。
世代を重ねるうちに、オーガからゴブリンが生まれてくるようになったそうだ。
特に、食料に困っておる時代には、ゴブリンが生まれやすくなるのだといいます。
で。
国王の元鬼や、王妃のイリスは、戦の備えで忙しく、ゆっくりしゃべることができなんだ。
代わりに話し相手になってくれたのは、妙雅(みょうが)と、三男の機鬼(きき)である。
妙雅は、自分を分割できるので、32分の1ぐらいの意識で鬼神の相手ができる。
機鬼は、妙雅の機関士長なので、聞きたくなくても話が聞こえるあたりに居る。というわけである。
「・・・ま、そんな感じでな。
冥界は、まあまあ、楽しいところだぞ」
<へー>
六本足の建築ユニット。ギョロリ。ひとつしかない目で、鬼神を見上げる。
<それなら、私も楽しみにしてられますねえ>
「なんじゃ。お婆ちゃんみたいなことを」
<お婆ちゃんですよ。もう>
「妙雅も結構ガタが来とるからのう」と、機鬼。
「なんだと。まさか、もうあぶないのか」
「あっちこっち、疲労が溜まっとるんじゃ。いつそっち行くことになるか、わからんわい」
「そうか・・・」
「秘密じゃぞ、父上」
「うん?」
「妙雅がヘタっとるっちゅうのは、秘密じゃ。誰にも言うんじゃないぞ」
「元鬼にもか?」
「兄者やイリスは当然知っとるがな。口には出すな」
「ああ、そうか。ハイエルフの密偵とか、そういうのか」
「ほじゃ」
「・・・むむ」
鬼神、ちょっと複雑な気分になる。
秘密にするな! ──と、巨人の王を怒鳴ったのは、ついこの前のことなのだ。
「わかった」それでも、うなずいた。「秘密にしよう」
◆ 6、かえるのめがみ ◆
奈辺羅辺に一晩だけ泊まった鬼神。
夜明けに、出立(しゅったつ)。走る。
ハイエルフの英雄ヘルド殿が教えてくれた、とある沼地へ。
「はぁはぁ。ここだな」
鬼神、汗拭う。
ずーっと走って、もう夕暮れ。
目の前には、沼がある。
「たしかに『灰沼』じゃ」
のぺーっと広がった、灰色の沼である。
波ひとつ、なし。
葦(あし)の茂みあるのみ。
じつに静かな見た目──なのだが。
げろげろげろ。げーこ。げーこ。
ぐおっ。ぐおっ。ぼえっ。ぼえっ。
「うるさっ」
かえるの鳴き声。
もんのすごく、うるさい。
「まるで、けものの吠え声じゃ」
ぼやきつつ。
鬼神、沼地のほとりを歩く。
足がヌッチャヌッチャと沈むのを、『力』のルーンで制御しながらである。
だが、人っ子ひとり、見当たらぬ。集落の痕も、見つからぬ。
ただただ、かえるがうるさい。
「時間もないし。ルーンに頼るか」
「『光』のルーン、『見出だす』。
かえるの女神さま! いらっしゃるのなら、お会いできんかのう?」
すると。
沼地のほとり、ぼうぼうたる、葦の茂みの中に。
石を積み上げた小さな塔が、ちらっと見えた。
それは、小さな祠(ほこら)。
人間ぐらいの大きさの、記念碑のごとき、石積みであった。
苔がびっしりと生え、かえるがへばりついておる。
「かえるの女神さまかな?」
鬼神は、ちょっと葦の茂みを払ってやった。
それから、手を合わせ、あいさつをした。
「お初にお目にかかる。
私は、鬼神。鬼どもの神にして、冥界の神じゃ。
『灰沼』のハイエルフどもとは、古い知り合い。
ヘルド殿に、ここを聞いて、あいさつにうかがった」
すると。
「ぐぇ・・・」
祠の後ろから、なにかが這い上がって、こちらを見てきた。
「げろ・・・げろ・・・鬼神さま・・・?」
「うおっ」
それは、べっとりと泥に包まれた、人間のごときもの!
祠を掴む手に、水かきがある!
大きな目で、じーっとこちらを見ておる!
「なにやつ! あやしげなる、泥々おんな!」
「かえるの女神ですけろ・・・」
「なんと」
泥々おんな! かえるの女神さまであった!
「えーと、なんじゃ。その、」鬼神戸惑う。「御姿が、よく見えんのだが。泥で」
「そうかも知れませんけろ・・・」
「その泥は、必要なのか? 御身には」
「いえ・・・気持ち悪いですけぇ・・・」
「洗い流してやろうか?」
「ぜひ・・・」
ヌチャ、グチャ、ビチャリ、ビチャリ。
泥まみれの女神さま。鬼神の足元に、這いずってくる。
「・・・気持ち悪っ!」と鬼神は思うたが、もちろん、口には出さぬ。
代わりにこう言うた。「水をかければよいか? 手で払ってもよいのかな?」
「触わらぬほうがよろしいですけぇ・・・かぶれるかも・・・」
「では、水か」
鬼神、周囲を見回す。
祠の足元に、大きな水瓶(みずがめ)がある。しかし。
「水がないな」
「このあたりは、ちょっと雨降ると、すぐ、ぐちゃぐちゃになりますけぇ・・・
清水(しみず)は、あちらに、あるんですけろ」
「では行こう」
「私は、この祠を離れられませんけぇ・・・」
「では汲んで来てやろう」
ひょい。鬼神、水瓶持ち上げる。
ばきっ! 把手折れる。「ありゃ」
「何十年も、日に晒されておりましたけぇ・・・」
「なーに、直してみせますぞ。『結ぶ』のルーン!」
鬼神、『結ぶ』のルーンにて、把手をくっつける。
清水に走って、水を汲み、もどって女神にかけてやる。
「うふふ。うふふ。けろけろ。けろけろ」女神さま、うれしそうである。
かえるの女神。
泥を流して、見てみれば、
まあるい顔した、小さな女の子であった。
目がでかく、口はとても横に広く、耳がない。
ニンマリしたような表情しておるが、これは綺麗にしてもらってうれしいのかも知れん。
服はなんだかようわからん、泥の色したローブみたいなもの。べとーっと濡れて、垂れ下がっておる。
「さっぱりしたぁ。けろけろっ」
「良かったのう。祠にもかけるか?」
「かけてけろ」
ざばー。鬼神、祠も水で流してやる。
「助かりましたけぇ。
ヘルド殿も洗うてくれたんですけろ、そのあと嵐が来て、すぐに、どろどろに」
「そうであったか」
「けろけろ。信者も私も、お世話になりました」
「なーに。灰沼の氏族には、私も仲良くしてもろうたのでな」
ぱちくり。
かえるの女神、大きな目をぱちくりする。
「ついてって、御礼をしたいのですけろ・・・」
「冥界にか?」
「はい」
「住み慣れた沼なのでは?」
「そうですけろ・・・誰も居らぬ沼の女神しても、なんの役にも立ちませぬけぇ・・・」
「そうか。
灰沼の氏族のことは、どうする? もしかして、ここに戻って来たら」
「そのときは、分霊で対応しますけぇ」
「なるほど。そういうことなら、こちらはかまわんぞ」
「では、」かえるの女神、祠に抱き着く。「うんしょ。うんしょ」
「・・・持って行きたいのか?」
「信者が造ってくれた祠ですけぇ・・・うーんしょ、うーんしょ!」祠、びくともせぬ。
「私に任せよ。よいしょ」
ずぼぁ!
泥の中にずっぽりと埋まっておった祠を、鬼神、引き抜く。
かえるの女神さま、くっついたまんま、軽々と持ち上げられる。「さすがですけぇ・・・」
「悪いが、ちと急ぐのだ。祠にくっついとってくれ」
「けろけろ」
◆ 7、冥界、うるさくなる ◆
かえるの女神さまの祠に、かえるの女神さま、くっつけて。
鬼神、一直線に、冥界へ走る。
夜になり、月昇る。「もうすぐ帰るからな」と、鬼神はお月さんに報告した。
「灰沼の氏族のとこに、顔を出すか?」
「いえ」
「ええのか? ちょっとぐらいなら、時間はあるが」
「行ってやれば、よろこぶかも知れませんけろ・・・甘やかすのは、ためになりませんけぇ」
「たしかに」鬼神はうなずいた。「甘やかすばかりでは、強くなれんものな」
「──よし! 間に合うたわい」
鬼神。例の谷間に到着である。
「どこですけろり・・・?」
「ふつうには見えんようになっとるのだ。
『光』のルーン、『見出だす』!」
冥界の入り口。
鬼神の目に、見えるようになった。
白骨の神さまが、面白がるような表情で(雰囲気)、こっち見ておる。
「ほら、すぐそこじゃ」
「見えませんけろ・・・?」
「あ、そうか。すまんすまん。
『恩寵』のルーン、『見守る』。
『光』のルーン、『見出だす』を、かえるの女神さまに与える」
「けろけろっ! 洞窟が出てきましたけぇ!」
「うむ。入るぞ」
中に入る。
「陛下。お帰りなさいませ」と、白骨の神さま。「そろそろ、捜索隊組織せなアカンかなー? 思うてたとこですわ」
「心配かけたな。約束どおり、ちゃんと戻ったぞ」
鬼神、坂道を駆け下りる。ケルベロスはまた寝とった。「給料減らしとこ」鬼神はまた思うた。
冥界の大洞窟に出る。
ずーっと向こうのほう、地平線(?)のあたりに、都が見える。
そのいちばん高い建物から、ガンメタリックの巨大なものが、ふわっ・・・と、飛び立った。
こっちに向かって、飛んでくる。
「ひぃ! ふくろう・・・!」かえるの女神、祠に隠れる。
「大丈夫じゃ。ふくろうじゃないぞ。私の相棒なのだ」
ガンメタ鬼神台!
あっちゅう間に地平線からやって来て、ピタリと鬼神の足元へ。
鬼神、乗る。もちろん、今度は落っことされたりはせぬ。
いつもよりずっと優しい離陸。飛行。
かえるの女神さまごと、冥界の夜空へ。
「どこか気に入った場所があれば、言うてくれい」
「けろけろ・・・」
「あそこなんか、どうじゃ? 鏡池というのだが」
「綺麗ですけろ・・・なにものかの力を、感じますけぇ・・・」
かえるの女神さま。
ぐりぐりと目を動かして、下流を指差した。
「あのへんに、池、造っても、よろしいですけろり・・・?」
「ええぞ」
『鏡池』から流れ出ておる小川の、下流。
ガンメタ鬼神台が、着陸。
祠が安置されると・・・
「『湿気る(しっける)』のルーン。
ちょうどよい湿り気ろ、このあたりに、あーれ。けろけろっ」
かえるの女神さまが、ルーンを唱えた。
すると。
さあさあ・・・。ほとんど音もせんような、小さな小さな、雨。
あたり一帯に、降り始めたのであった。
「そう言えば、冥界には、雨っちゅうもんがなかったのう」
ぶわっさ。
相棒、くるくる回転。雨浴びて、気持ち良さそう。ほこりを落としとるらしい。
ガンメタリックのボディ、見る見るうちに、輝きを取り戻した。
地面もすっかり湿気て、ネチョネチョしてきた。鬼神、足が汚れんように、相棒に乗った。
「では、私はゆくぞ」
「けろけろ。湿り気が必要なときは・・・いつでも、お手伝いしますけぇ」
「──今回は、約束を守ったぞ。相棒」
ぶわっさ。
お月さんの待つ住居までは、わずかな距離しかない。
しかしそのわずかな距離を、鬼神は気持ちよく飛んだのであった。
「レガーさんとの約束も、ちゃんと果たさんとな」
ぶわっさ。
ちなみに、その後。
げろげろげろ。げーこ。げーこ。
ぐおっ。ぐおっ。ぼえっ。ぼえっ。
「・・・にぎやかになったな」
「冥界、うるさなってしもたえ」
冥界。また一段と、にぎやかになったのであった。