◆ 8、鬼神、またしても、くじける ◆
「うーむ・・・。だめじゃ!」
鬼神。
持っとった筆を、放り出す。
「時間ばかりかかって、全然、まとまらぬ!」
手紙まみれの机を離れる。
水差しから、お水を汲んで、呑む。
はあ・・・。
ため息つく。
「これは、あれだな。
実力が足らんのだ。れんしゅうがだ。
それだから、なんぼ悩んでも、うまく行かんっちゅうわけだ」
ごくり。
水呑み、うむ! とうなずく。
「──これは、だめじゃ!」
鬼神、またしても、くじけた。
席にもどる。
筆取り直し、新しい紙を出す。
「レガーさんには『時間がかかりそうだ』っちゅう手紙を送っておこう」
そう。
鬼神、レガーさんとの約束を果たすため、手紙を書いておったのだ。
しかし、なかなか、まとまらぬ。
書いた直後は「できたぞ! 名作じゃ!」となるのだが。
しばらく経つと「なんじゃこれは? 訳がわからぬ。書いた奴は、ばかなのか?」となる。
そんなことの、くり返しであった。
「・・・私の、冒険の話なのだが。書いては、おるのですがね。
物を書くのが、へたなため。なかなか、まとまらんのだ。
気長に、お待ちあれ──と」
さらさら、さらり。
新たな手紙、書き終える。
「よし。できた。
こういう手紙は、すぐに書けるんだがのう」
鬼神、眺める。
ボツになった手紙の山を。
「他人の視点なぁ・・・」
お月さんの指摘、思い出し、しばし考えるのであった。
「わんわん。冥界神さま」コボルドの侍女(いまだ仮採用)がやって来た。
「おう。なんじゃ」
「お嬢さまが到着なさいました!」
◆ 9、お嬢さま、ごこうりん ◆
「どうも、父上」
光り輝くハイエルフっぽい美女。
ガンメタ鬼神台から降りてきた。
「おう、ルシーナ! 修行は、もう終わったのか?」
「いえ・・・」
ルシーナ、コボルドの侍女(仮)に手荷物を渡す。
かちゃかちゃ。剣帯(けんたい)が、音を立てる。
珍しいことに、ルシーナ。腰に長剣差しとるんである。
立派な長剣である。その拵え(こしらえ)。鬼神、見覚えがある。
「うん? もしや、グレイスさま?」
「はい」剣がしゃべった。「冥界王陛下。おひさしゅうございまする」
「よく来てくれた! あの雪山では、お世話になったのう。
ま、中へおいで。お茶でも呑もう」
鬼神が手紙書いとった部屋で、お茶。
月の女神もすぐやってきた。ルシーナを抱いて、背中ぽんぽんする。
グレイスさまは結婚のお祝いを述べ、天の女神さまからの贈物を紹介してくれた。
お月さんの侍女・アニマーリス、コボルドの侍女(仮)が、茶菓子を出す。ええ香り。
「アルスが、ばたばたしておりまして、」とルシーナ。「修行を中断し、もどってまいりました」
「ルーン司令官か。戦争か?」
「はい。内部分裂。私の見立てでは、滅亡もあるかと」
「ないぶぶんれつ」
「文官と武官が衝突しました。
ピンクの文官が『ルーン司令官が予算を着服した』と言い出した。
茶の武官がそれを斬り殺した。あとはもう、ぐちゃぐちゃ」
「ルーン司令官が、そんなことするかのう」
「いいえ。少なくとも、ルーン本人は潔白。
汚職もしておらず、文官殺害も命令しておりませぬ。
目の届かぬところで、下っ端が火をつけてしもうた」
「だいぶ前から、燻って(くすぶって)はおったのですが、」
グレイスさまがしゃべった。
「ルーンは、自分の領地──グレシアルース領に、派手に投資をいたしました。
しかし、その中に、行き先の不透明な金がかなりあった」
「あれは避難所の建設費用やに」
「そうやが。──文官どもは、その不透明な投資を突いたわけですえ」
「軍の投資先を透明にするなど、馬鹿のやることえ」
「やかましえ。わかっておるに。このグレイスに説教すな」
「わかったわかった」
鬼神、うなずく。
「うむ。イリスが言うたとおりになったのう」
「うん? 妹がなにを」
「ルシーナが欠けたのは、ルーンの痛手になる、とな」
「ふん」ルシーナにやける。「知った風なことを。イリス王妃、生意気なり」
「それで・・・」
鬼神、お茶を呑む。
「・・・助けに行くため、降りてきた、っちゅうわけだな」
「いえ」
「なんと?」
「手は出しませぬ」ルシーナ。首を振る。「勝っても、負けても」
お茶終えて、さんぽ。
ガンメタ鬼神台と壱号に来てもらい、みんなで分乗。
『鏡池(かがみいけ)』の礼拝所にて、ひと休みをした。
ぐえっ、ぐえっ。ぼーえ、ぼーえ。
かえるの鳴き声。今日も冥界に轟いて(とどろいて)おる。
「うるさっ」と、ルシーナ。
「かえるの女神さまが、がんばっておるのだ」
「がんばりすぎ」とお月さん。
「うむ・・・。だが、雨が降るようになって、果物は良くなったのだ。なあ?」
「ほう?」ルシーナ、興味示す。
「ざくろでございます」コボルドの侍女(仮)。赤い実を出す。
「ふむ」ルシーナ、実を割って、つぶつぶを食べる。「お。うまい。グレ姉は?」
「あとで頂くえ」
「うん? 食えるのか?」
「その気になれば」とグレイス。「準備が必要でして、いまはちょっと」
「そうか」
「すっぽんぽんになってまうのえ」とルシーナ。
「余計なことしゃべりな!」グレイス怒る。
「そ、そうか」
「ぶどうも取れるようになり、ダークエルフがワインに挑戦しております」アニマーリスが話題をもどす。
「ダークエルフが? 醸造所造るほど、増えたんですかに?」
「はい。御月(みつき)さまがいらっしゃるということで、『冥界に住みたい』という者が、ちらほら」
「信者、取られてしもうたえ」お月さん、鬼神をつつく。
「取っとらんわ」
鬼神笑う。
「行きたいところへ行ってよし。行きたくないところへは行かんでよし。これ、冥界の方針じゃ!」
ぐえっ、ぐえっ。ぼーえ、ぼーえ。
お月さんが手伸ばす。アニマーリスが竪琴差し出す。
ぽろん、ぽろん、ぽろりん・・・。弾くともなく弾かれる、風情ある(ふぜいある)調べ。
午後の冥界。現世と同じ、明るい光に照らされて。
その光が、かえるの女神さまのもたらす心地よい湿気に、やんわり、ふくらんで。
池のほとりは、なにもかもが、輝いておった。
「ここも、明るうなりましたに」とルシーナ。
「そなた、『暗くてさびしい』言うておったものに」とグレイス。
「・・・そなこと、言いましたかに」
「言うた」
「覚えがありませぬ」
「言うた。なんなら、泣いておった」
「泣いておりませぬ」
「しくしくと」
「泣いてはおりませぬ!」
「ルシーナ・・・」鬼神、心配しだす。
ルシーナそっぽ向く。耳赤い。
ぽろん、ぽろん、ぽろりん・・・。
「ルーンは、勝ちそうかに?」と、お月さん。
「・・・。」ルシーナは、首を振った。「ピンクは、外人傭兵を大量に出しておりまする」
「外人傭兵? そんな金、どっから出したのだ」
鬼神がちょっと国王らしい質問をした。
「いえ。土地」
「土地? 報酬にするような土地、アルスにはなかろう」
「私らの領地」
「は?」
「ルーン、私、イリスの領地を、勝手に報酬に設定した」
「なんだと」
「ピンクどもは『アルス共和国』の樹立を宣言したのですえ」
「きょうわこく」
「アルス共和国民は、等しく平民なり。
領主・地主はこれを認めず。すべての土地は解放され、政府に帰属する。
──っちゅう法律を、突然、発布した(はっぷした)」
「は?」
「つまるところ、『おまえらの領地、アルス共和国がもろたぞ』っちゅう宣言ですえ」
「むちゃくちゃではないか」
「ばかな文官は、『これが掟じゃ!』と言えば、世界がそうなると思い込むのですえ」
「う・・・うむ」
鬼神、ちょっとひるむ。
私は『これが掟じゃ!』を、乱発したかな? と、はんせいした。
無意識にお月さんを見る。お月さん、ほほえむ。
鬼神、安心。話をつづける。
「しかし、そんなもん、イリスだって黙ってはおるまい」
「イリス王妃殿下におかれましては、『うちピンク殴ってくる!』との仰せ」
「助けに行くのか」
「援軍申し出たのやが、ルーンに断わられた由(よし)」
「あのお嬢さんは・・・」鬼神、残念がる。「そんな何もかも抱えんでも、うちを頼ればよかろうに」
「私は、ルーンの判断に賛成ですえ」
「なんと」
「内憂(ないゆう)の対処と言うて、外患(がいかん)を引き込んでは、元も子もありませぬ。
ルーンが断ったのは、正しい政治家のセンスやと思いますえ」
「だがなあ。戦は、綺麗事じゃないぞ。負けたら・・・」
「・・・それは、わかっておりまする」
「本当は、行きたいんだろう?」
「行きませぬ」
ルシーナ、またしても、首を振る。
「ピンクごときに負けるなら、我が巫女失格。助ける価値、なし!」
「なんと・・・」
「と、ルーンに言うてしもうた」
「──と、私に泣きついてきたのですえ」とグレイス。
「泣きついておりませぬ!」ルシーナキレる。「なにえ。グレ姉を姉者と思うて、相談したに!」
「はいはい」
「そうか」鬼神。穏やかに輝く、鏡池を眺めた。「人間の世界は、大変だな・・・」
ぽろん、ぽろん、ぽろりん・・・。
ぐえっ、ぐえっ、ぼええ、ぼええ・・・。
それから、しばらく経った、ある日のこと。
「わんわん。冥界神さま」
コボルドの侍女がやって来た。
彼女もついに、正式採用。もはや(仮)はつかんのである。
「おう。なんじゃ」
「新生アルスの司令官閣下が、降りて参られました!」
冥界に、ルーン司令官が、降りてきたのであった。
◆ 10、ルーン、おりてくる ◆
「冥界神さま。おひさしぶりです」
茶のダークエルフの、女軍人。
中年の女である。
茶色の肌に、皺(しわ)がいっぱい。
つやを失った白い髪。
疲れのにじむ、淡い金色の目。
それでも、姿勢だけはカチッとしておる。
軍人としての年季を感じさせる、その動作。鬼神の前に、ひざまずく。
「生前は、お世話になりました」
「うむ」
鬼神。
彼女のくたびれた姿に、少し胸を痛めた。
「ひさしぶりだのう。ルーン司令官。
いや、元司令官だな。もう、そなたの肩には、責任は乗っとらんのだから」
「・・・はい」
ルーン元司令官。ため息をつく。目尻の皺が下がった。
「ルーンおばちゃんとでも、お呼びください」
「はっはっは。そなたがおばちゃんなら、私は鬼神じいちゃんじゃ!」
鬼神。
手をぽんと叩く。
「さて! 長話はなしじゃ。ルシーナたちが、そなたを待っておるのだからな。
私からは、ひとつだけじゃ。『鏡池』は、ご存じかな?」
「はい」ルーンおばちゃん、うなずく。「ルシーナさまから、うかがいました」
「そうか。では、先に鏡池に寄るか?」
「いえ。私のことは、後回しで結構です」
「うん?」
「女神さまがふた柱もお待ちなわけやし。それに、」
ルーンおばちゃん。
にっこりと目尻に皺寄せて、こう言うた。
「いきなり若返ったら、絶ッ・・・対、ネタにされますもん」
ルシーナとグレイスさま。
かえるの鳴き声響く、池のほとりで、待っておった。
鬼神は、赤いかぶとがに台の長男・壱号を呼んで、ルーンおばちゃんを連れてった。
「・・・。」
「鬼神台に会いたいのだろう?」
「え。えーと・・・、はい」ルーン、照れる。「めっちゃ会いたいです」
「相棒は、ルシーナの頼みで、ちょっとな。半刻もすれば戻ってくるわい」
「ほんまですか」
うそである。ルシーナの配慮なのだ。ルーンが『鏡池』使うまで、隠れとけと。
壱号、池のほとりに、やんわりと着陸。こいつは離着陸がうまい。
ルーン。壱号から降りて、ひざまずく。
「グレイスさま。力を尽くしましたが、負けてしまいました」
「そのようやに」剣がしゃべった。「風呂にでも入って、食事をせよ。それから、私の手入れ。それから、戦の話」
「はい」
ルーン、続けてなんか言おうとする。
が、その声は喉に詰まった。
ルシーナが、すたすた歩いてルーンに近付いた。
ためらうルーンの手を取って、立ち上がらせる。
「おつかれ」
「ルシーナ。ごめん。女王にはなれんかったわ」
「うむ」
ルーン元司令官は。
結局のところ、敗北したのであった。
ピンクの文官との事件のあと、グレシアルース領へ逃げたルーン派であったが。
開発中の領地ゆえ、軍が入れるような砦はない。
お月さんの神殿に立て籠もる手もあったのだが・・・。
ルーンは、吹きさらしの丘に、わずかな仲間と共に陣を造り、運命を待った。
攻め手の指揮官は、フレイミニア司令官。ピンクのダークエルフの女軍人。
率いるは、ヒューマンの傭兵ども。戦力差は、圧倒的であった。
「『1日待つ。投降せよ』って言われてん。
襲いかかったら、すぐに皆殺しにできる状況やってんけどね」
「フレイミニアらしいえ」
「そやん。──で、私、自決したんよ」
ルーンおばちゃん。
喉元に指を当てる。特に、傷などは残っておらんのだが。
「みんなは投降してくれたと思うんやけど」
「うむ。乱暴などはされておらぬと、そなたの侍女からお祈りで聞いた」
「よかった」
「うむ」
「・・・イリス殿下に、打診もろうたんやけどね。援軍出す用意あるって」
「うむ」
「出す言うておるに! ってぐらい言われたんやけどね。
うちの領地の話でもあるに! ルーンの阿呆! ぐらいの勢いやったけどね」
「うん」
「うちが断ってん。『アルスのことは、アルスで決める』言うて」
ルーンおばちゃん。
疲れた金色の瞳で、ルシーナを見る。
ルシーナ。
同じ色した瞳で、ルーンを見る。
「・・・うち、間違っとったんかな。どっかで、もっと」
「わからぬ」
「そっか」
「──いまは、まだ」とルシーナ。「行く末を見守るべし」
「・・・。」
ルーンおばちゃん。ルシーナより背が高い。昔よりひと回りたくましくなっておる。戦士の身体。
その太くなった身体が、ふらっと揺れた。ルシーナが、抱き締める。「ようやった。おつかれ」
「うん・・・」
「今後は、私の世界で女王を目指せばよい」
「目指さへんけど・・・だいたい、うち、巫女失格なんやろ?」
「再挑戦を許す」
「おとんとおかん(おっ父とおっ母)居るとこ、行かなアカンし・・・」
「遊びに来ることを許す」
ルーンおばちゃん。ルシーナの肩から起こした。泣き笑い。「寛容な(かんような)女神さまやね」
「そやろ」
「そやけど、女神さまの世界のことやん? 決めるんは──」
「かまわぬ。私が許す」
「なんなん。偉そう」ルーン、また顔うずめる。「何さまよ」
「女神ルシーナさま」
「わらかすw」
◆ 11、アルス共和国の、まつろ ◆
ルーン元司令官を自決に追い込んだ、『アルス共和国』。
鬼神にとっては、もはや友邦でもなんでもないのだが。
ルシーナたちが関わったのだから、その行く末に、無関心ではおれなんだ。
それで、その行く末について、死者たちから話を聞くようにした。
ピンクの文官は、びびって逃げてしもうた。
無理に捕まえたりすると、守護神であるお月さんがキレる。なので、見逃さざるを得ぬ。
お月さんもそれはわかっておって、ときどき情報をくれた。
「ルーンが悪いと言うて、はばからぬ者も居る。
一方、無実の罪、でっち上げやと、告白した者も居ったえ」
「陰謀仲間のくせに、素直に認めたっちゅうわけか」
「文官がみな悪人ではない。むしろ悪人は少数。
多数を占めるのは、いつの世も、意気地なしやえ」
「いくじなし」
「不正を見て見ぬふりする、弱虫。自分が豊かになればよろこび、同胞が豊かになるとねたむ、小物」
お月さん、優しい表情でそう言うた。
「そういう人間が集まって、悪人の生きやすい国ができる」
しかし、逃げずに話をしてくれる者も居ったのだ。
「アルス共和国、はや、風前の灯火(ふうぜんのともしび)。
3周年、迎えれそうにありませんわ・・・」
ピンクのダークエルフの、女軍人。
おばちゃん軍人。
冥界へ来ると、鬼神の前で話をしてくれた。
「増税があきませんでした(良くありませんでした)。
アルスの民は食い詰めて死んだり、売春をしたり、夜逃げしたり・・・。
招聘された外国のダークエルフも、手仕舞して(てじまいして)、国外へ。
ハルモニアーさまが招聘してくださったのに・・・。
経済もガタガタになって。
『丘の街』に、フローリア評議長が脅されて・・・」
「そやに、言うたに?」
ルシーナが応じる。
「丘の街は、アルスを分断にかかると」
「ルシーナ参謀。おっしゃる通りでしたわ・・・」
「フレイミニア司令官閣下。そなたには期待しておったに」
「御期待に添えず・・・」
ピンクのおばちゃん。
フレイミニア司令官──ルーンを包囲し、自決に追い込んだ指揮官であった。
単純に考えれば、ルーンの敵である。だが、逃げずに話に応じてくれたのである。
「それで、どうなったのだ? また汚職でもしたのか」
鬼神が訊くと、フレイミニア司令官は。
「いえ。『アルスは、山賊を子飼いにするんかに!』て言われたんです」
「山賊?」
「ヒューマン傭兵が、悪さをした──っちゅうことやろ?」とルシーナ。
「はい。
グレシアルース領は、入植させたヒューマン傭兵に、のっとられてしもうて。
税も払わんようになって。徴税官が取り立てに行ったら、行方不明に・・・」
「こっち来とったえ」とルシーナ。「ヒューマンに殺された! 言うておった」
「やっぱり・・・」
「で、調子に乗って、ハイエルフに手ぇ出したと」
「らしいですわ。洞窟マンションに来てくれとった行商人を、ヒューマンの山賊が襲ったと」
「それを、『偶然にも』丘の街の偵察兵が見ておった・・・とか?」
「まさにそうです」
「山賊を討伐せんのなら、敵意があるとみなす!
同盟は解消、戦となるが、返答やいかに! ・・・こんな感じかに?」
「御明察」
「びびったフローリア、あわてて、そなたに討伐を命令」
「その通り」
「そなたはボロ負け。アルス共和国、軍をなくして、丘の街の言いなりに」
「・・・。」
「けらけら」ルシーナ、笑う。「悔しいか?」
「くっ・・・!」フレイミニアおばちゃん、ルシーナを睨む。「そらもう・・・」
「なかなかどうして・・・、」
2人のやりとりを見ておった鬼神。
心の中で、彼女を褒めた。
「肝が据わった(きもがすわった)女じゃ!」
しかし。
この場でいちばん肝が据わっとるのは、このお嬢さんだったかも知れぬ。
「ま、反省会は、後にしましょ!」
いままで黙っておった、そのお嬢さん。明るい声で、そう言うと。
敗軍の将に、手を伸ばした。
「おつかれさま。フレイミニア閣下。さ、いつまでも膝ついとらんと」
「ルーン・・・閣下」
「ルーンでええよ」
そう。
ルーン元司令官こそ、肝の据わった女であった。
自分を自決に追い込んだ相手に、手を伸ばすんであるから。
「ほら」すべっすべの手、差し伸べる。
「・・・グレシアルース領を包囲したのは、私ですよ」
「知っとるわ」
ルーン。このときだけ、表情が軍人のものになった。
「自決する時間くれたん、閣下の独断やろ?」
「・・・。」
「評議会には、なんて命令されたん?」
「・・・『委細問わぬ。ルーンの首を持って帰れ』と」
「やろうね」
うなずいて、手、さらに伸ばす。
「ほら。だいぶ無理したんちゃう?」
「そら・・・もう、歳ですから・・・」
フレイミニアおばちゃん。
ルーンお嬢さんの手を取って、「よっこらせ」言うて、立ち上がって・・・
「あのー・・・」
「ん? なに? なんか気になる?」
ルーンお嬢さん。
白い髪。自分でさらっと、輝かして見せる。
肌、すべすべ。髪も、つやつやである。
「・・・えらい、若返ってません?」
「ふっふっふ」笑う。「まーね! グレイスさまに会うたころの私やからね!」
ルーンも、『鏡池』で若返ったんである。
鬼神が初めて見た日の──いや、あれよりも、もっと綺麗な姿になったのだ。
まさに『ルーンお嬢さん』。ぴっちぴちであった。
「え・・・なんで・・・? う、うらやましいんですけど・・・」
「閣下も、どう? 鏡池」
「かがみいけ?」
「あれー? 知らんの? 冥界の名所やのに」
ルーンお嬢さん、フレイミニアおばちゃんの肩に手回す。
以心伝心。ガンメタ鬼神台が、すっと2人の前に滑り込む。
「あ、どうも。ええと、鬼神台さま?」
ぶわっさ。
「紹介しますわ」ルーン、満面の笑みとなる。「うちの旦那」
「は?」
「うちら、結婚してん。冥界でね!」
しゃべりながら、乗って。
さーっと、飛び去ってゆく。
「・・・。」ルシーナ、置いてきぼりである。
「・・・。」グレイスさまも、置いてきぼりである。
ふた柱、憤慨(ふんがい)す。
「我が巫女のくせして、この扱い!」「司祭見習いに、格下げ!」
「・・・ルシーナのやったことは、無駄だったんかのう?」
その夜。
鬼神は、お月さんに訊いてみた。
ルシーナたちはフレイミニアを囲んで宴会をするというので、ここには居らぬ。
お月さんと、お月さんの侍女であるアニマーリスだけである。
「なんで、無駄やと思うんかに?」
「いやだって、アルスは滅ぶのだろう? 頑張った甲斐がないではないか」
「戦に負けて国が滅んだら、それでみんなおしまいになるんかに?」
「・・・。」
鬼神、考える。
『緑の魔術の国』のこと。
部族連合国家だったのを、鬼神がバラバラにしたのだ。
それで。
その国の英雄──
たとえば、ボナス閣下。彼がやってきたことは、すべて無駄になったのであろうか?
「・・・そうか。そうだな」
鬼神、うなずく。
「ルーンお嬢さんがやったこと、うちの娘どもがやったこと。
その希望。受け継ぐ者が居るのなら。
まったくの無駄とは、ならんのだ」
「あの子らが仲良くしておるのも、そういうことやと思うえ」
女神さま。ワインを呑む。ちょっと眉寄せる。
「未熟でしたか」とアニマーリス。
「うむ。まだまだ、これからやに」
それから、また何年かして。
ダークエルフのおっちゃんが、鬼神にこんな話をしてくれた。
「鬼神さま。アルスのお話を求めていらっしゃるとかで。
私の経験した話を、お聞かせしようかと」
「うむ。ありがたい。
ところで、そなた、会うたことがあるのう?」
鬼神。
おっちゃんの顔見て、思い出す。
「ルシーナの国葬のときじゃ。家族で洞窟マンションに引っ越すと言うておった」
「そうです! うわー、光栄ですわ。1回お会いしただけやのに」
ダークエルフのおっちゃん。うれしそうにする。
「あれから、色々・・・妻子は生き延びさせたんですが、私は病気してしまいまして」
「アルスは大変だったものな」
「いやもう・・・我が国ながら、ほんま・・・。
『共和国』とか言い出したあたりから、税がほんまに・・・。
うちの一家も、グレシアルース領へ夜逃げしまして」
「また引っ越したのか」
「はい。残りの金がゼロになる前に、なんとかせな! 思うてね。
グレシアルース領には、ルーン司令官の建てた神殿があるっちゅうて」
「お月さんの神殿だな」
「はい。そこにね・・・あ、これ、ごっつい秘密なんで、女神さま以外には秘密にお願いします」
「わかった。約束じゃ」
「女神さまの神殿に逃げ込んだらね、『隠し洞窟がある』いうんですわ!」
「なんと」
「万が一のときは逃げ込めいうて、ルーン司令官が用意なさったそうで」
「それはすごいな! 先見の明(せんけんのめい)じゃ」
「いや、それがですね。ほんまにすごいんは、鬼神さまの御子息なんです」
「なんだと?」
「巨人の国王夫妻が、予言をしてくれたそうなんですわ。
グレシアルース領は、戦に巻き込まれる。
避難所があれば、難をまぬがれる──っちゅう予言ですわ!」
「・・・ははあ。なるほど。元鬼(げんき)だな」
鬼神、思い当たった。
長男の元鬼──巨人の国王陛下には、『戦』のルーンを教えた。
いつか起こる戦を、夢のように見ることができるというルーンである。
「かしこい息子め! 立派に使いこなしおって!」
「おかげさんで、うちの妻も子供も、生き延びれました。
みなさんには感謝してもしきれません」
「私の子供がお役に立ったようで、何よりじゃ!」
鬼神は、心からそう言うたのであった。
◆ 12、赤い大地の弟ども ◆
それから、またしばらくして。
「わんわん! 冥界神さま」
「なんじゃ」
「赤くて大きな猿のような2人組が、騒いでおりまする!」
「なんと?」
「『いちばん大きな兄者は居るか?』『居ったら会わせろ』と騒ぎ、帰れと言うても、帰りませぬ」
「兄者!」「兄者!」
赤くて大きな、猿のような、男ども。
2人。叫びながら、突進してきた。
「おお!」
鬼神、六腕いっぱいに広げる。
「弟どもよ! ようやっと、ここに来てくれたか!」
「やっぱりそうか!」「冥界神、いちばん大きな兄者であったか!」
なんと。
その2人。鬼神の弟どもであった!
ずーっと昔に、父たる赤い大地の神に殺されてしもうた、あの2人である!
「弟どもよ! あの水の洞窟では、ありがとう!」
「なあに!」「お礼は冥界──」
「お礼はこれじゃ!」
どっかん! ぼっかん!
鬼神。駆け寄ってきた2人を、ぶん殴った。
「ぐわあー!」弟ども、吹っ飛んだ。
水の洞窟っちゅうのは、あれである。
鬼神が『死の探索』で彷徨って(さまよって)おったとき、川に落っこちて、死にかけたやつ。
『萎む』のルーンで小さくなっとったせいで、溺れた。
あわや、地底湖に呑み込まれるか──というところで、夢枕(ゆめまくら)に立った弟どもに、ぶん殴られたのだ。
目覚めた鬼神。ハルモニアーの助言もあって、一命を取り留めたのだが・・・
「な、なにをするのだ、兄者!」
「おまえら! 『萎む』のルーンで小さくなっとる私を、思いっきりぶん殴りおって!
めっちゃ痛かったのだ。いまでも思い出すわ。その、お返しじゃ!」
・・・鬼神。殴られたこと、根に持っとったんである。
まあ、負けず嫌いな男ですからね。
「兄者! あいさつに来てやったのに、殴る奴があるか!」「そうじゃそうじゃ!」
「こっちのセリフじゃ! 人を起こすのに、殴る奴があるか!」
兄弟げんか始まる。
この兄弟、けんかとなれば──
「すもうじゃ!」「すもうだ!」「すもうで決着じゃ!」
「くそっ。なんぼやっても、勝てぬ!」「いんちきじゃ! ルーン詐欺(さぎ)ずもう!」
「ぬわっはっは!」
冥界の、丘の上。
かえるの鳴き声を背景に。
土まみれの弟どもと、無傷の鬼神であった。
「人生経験の、差じゃ!」
「じんせいけいけんだと!」二の弟、くやしがる。「俺だって、経験したかったわ!」
「む」鬼神ひるむ。
「そうじゃそうじゃ!」三の弟、地面をたたく。「俺だって、嫁さんが欲しかった! 女というもの、抱いてみたかった!」
「むむ」
鬼神。自分の言葉を、後悔した。
そして、ついうっかり、こう言うてしもうたんである。
「あいわかった。おまえら2人、この冥界神が、現世に戻してやろう」
鬼神の弟どもは、現世にもどった。
二の弟は、望みどおりに、王さまになった。ずーっと東の土地には、いまでもその国が残っておるそうな。
三の弟は、あっちこっちで女に手を出し、たくさん子孫を残し、最後は捨てた女に刺されて、冥界へ戻って来おった。
「ばかめ。やたらに手を出すからだ」と鬼神は言うたが、
「兄者。俺の子孫も、オーガと呼ばれておるぞ!」と、本人は満足そうであった。
「わやくちゃなことしな!」
この経緯を聞いたルシーナは、キレた。
「そな理由でいちいち蘇らせておっては、世の中ぐちゃぐちゃになりますに!」
「むむむ」
「・・・これは、法を定める必要がありますに。文官を養成せねば」
「文官か」鬼神、いやな顔をする。
「なにえ」
「私は文官、好かんのだ」
「どうでもよろしいえ。好みで統治されてはたまりませぬ」
「くそ。まあ、おっしゃる通りだが」
などと、父娘で話し合っておると。
「わんわん! 冥界神さま」
「なんじゃ」
「四男の書鬼(しょっきー)さまが、降りて参られました」
四男、書鬼。巨人の国で法務大臣やっとった息子である。
6人の息子の中で、彼がいちばん若死にをして、最初に冥界に来たんである。
「書鬼。ちと早かったのう」
「いやあ・・・」やせ細った書鬼。薄くなった頭をかく。「戦、戦で、内務も大変で・・・妻を泣かせてしまいました」
「そうか」
「まあ、死んだからには、こちらでできることをやろうかと。
なにかお手伝いすることはありませんか?」
「まさに」ルシーナが手を叩いた。「ぜひとも、書鬼兄者の経験を頼りたい仕事が」
「おお。私にできることなら、喜んで相談に乗りますよ」
というわけで、蘇生に関する法が定められのだ。
「ひとつ。蘇生術師が、冥界の入り口まで自分で来ること」
書鬼が読み上げる。
鬼神が首ひねる。「そせいじゅつし?」
「蘇生を術として行なう魔術師ですえ」とルシーナ。
「そんな術、あるんか?」
「作りまする。そのうち」
「はあ」
「ふたつ。蘇生される死者が、同意をすること」
「これは冥界の基本方針なり」とルシーナ。「行きたくないところへは、行かんでよし」
「うむ。その通りじゃ」
「みっつ。1人の蘇生術師が蘇らせてよいのは、月が1巡するあいだに、1人だけ。
──以上です。冥界神さま」
「よろしければ、お認めくだされ」
「よろしい!」
・・・のちに、ルシーナは蘇生術を現世に伝えた。
蘇生術だけでない。
治癒、マナ招集、降霊術、攻撃──そういった術をまとめた、新たな流派。
いまの世に『月霊術(げつれいじゅつ)』と呼ばれる魔術の流派。
アルスのダークエルフと、巨人の国の鬼どもに、伝授したのだ。
『いつか魔術の流派を起こしたら、巨人の国にも伝授する』
──礼鬼(れいぎ)兄者との約束を、ルシーナはついに果たしたんである。
この蘇生術にも、いろんな問題はあったのですがね。
しかしそれは、鬼神のお話の範囲を超えたことだ。
鬼神のお話は、次の出来事を紹介して、おしまいといたしましょう。
「わんわん!」
「なんじゃ」
「御息女(ごそくじょ)、降りて参られました!」
◆ 13、イリス、おりてくる ◆
「父上!」
鬼神の前に現われたのは。
イリス!
婆ちゃん!
皺くちゃの婆さんとなった、イリスであった!
「おお、イリス・・・」
鬼神。言葉をなくした。
お祈りの空間で、イリスとはときどき顔を合わせておるので、年老いたことは知っておった。
ただ、こうして面と向かってみると・・・
娘の歩んできた年月を、その深い皺によって、目の当たりにすると・・・
──ところがである。
イリス婆ちゃん。
足、いまだ速し。鬼神に駆け寄ってきた。
声、いまだでかし。鬼神に向かって、こう怒鳴ってきた!
「父上のあほう! ヱダ、手に負えんようになってしもたに!」
「は?」
「父上のせいやえ! めったやたら、祝福するから!」
「なんのこっちゃ」
「小天の! もじゃもじゃの青い髪の! 小娘!」とイリス。
「・・・もしかして、エルダのことか?」
それは、太陽の女神が抱いておった赤子、エルダのことであった。
「巨人の国では『恵まれた蛇』と書いて、ヱダと呼んでおります」
書鬼が説明してくれた。
「面倒な女武将でしてね。我らが受けた被害、アロウ殿に匹敵するのだ」
「アロウもか!」鬼神、悔しがる。「あいつ、またしても!」
「なんであんなん祝福したんかに!」イリス婆ちゃん、怒っておる。「うちら、祝福してもろたことないに!」
「いや、そう言われてもな。
お日さんに生命を救われたところだったしな。
そのときは、別段、敵対もしとらんかったし・・・」
「父上は後先考えんから、ゴホゴホ! アカンのえ! ゲホゲホ」
「イリス」
ルシーナが現われた。
「先に『鏡池』行ってはどうかに? そのほうが元気になり、父上のこと、より一層、罵れる(ののしれる)え」
「ゲホゲホ、そうする。ハァハァ」
イリス婆ちゃん。
胸押さえ、咳しつつ、ガンメタ鬼神台に乗って鏡池へ飛ぶ。
鬼神。('A`)こーんな顔となって、ルシーナを見る。
「より一層罵れるて、おまえなぁ・・・」
「まあまあ」ルシーナ笑う。「池にルーンが居りますに。イリスも落ち着くはずですえ」
ルシーナの言葉どおり。
ルーンと一緒に戻ってきた、イリス。
つやっつやの若い姿を取り戻して、にこにこしておった。
「父上ごめん」若いときそのまま、可愛らしい、上機嫌な声で謝る。「言いすぎたえ」
「いやいや。イリス」鬼神、イリスを抱き締める。「長いこと、ようがんばった! よしよし」
「うん」
「それで、エルダにやられたのか」
「やられてへん。負けたけど」イリス、ちょっと目そらす。「落っこちただけ」
「なに?」
「毎回毎回、恵蛇に出し抜かれて、イライラしとったのえ。
ほんで、着陸する前に飛び降りようとしたら、足引っ掛かって、こけて。
崖の向こう側に、転がり落ちてしもた」
「・・・。」
あほか。と思うた鬼神であったが、それは言わずにおいた。
「母上は?」
「ルシーナが呼びに行っておる」
「ん?」
「母上は、月の宮殿の再建に取りかかっておってな。
化身をこっちに出すときは、ルシーナが呼ばんといかんのじゃ」
「へー!」
イリス。次は、ルーンを見る。
「きしにぃ、どう?」
「かっこええよ」ルーン、のろける。「うちの旦那、最高」
「あれ?」
「なによ」
「きしにぃのほうがメロメロなんかと思うておった」
「うちの旦那、クールなんよ」ルーン、ちょっと不満そうにする。
「でも妙雅言うておったに。きしにぃメロメロて」
「待て。妙雅はまだ生きとるだろう?」と鬼神。
「うん。ルシ姉の月霊術で話できるようになったらしいえ」
「なんだと・・・」
「めっちゃ嫁自慢してきて、のろけ話ばっかりするて」
「えへへw」
「調子乗って妙雅に『おまえも結婚しろ』言うらしいえ。
妙雅、『きしにぃウザい!』『冥界行ったらぼこぼこにする』言うておった」
「アカンて!」
「みなさま、お茶でもいかがです?」
お月さんの侍女、アニマーリスから、茶菓子の声。
「もらうー! ありがとう、巫女長さま」
コボルドの侍女、手伝う。
ルーンも手伝う。ルシーナの巫女なので、侍女がなんかするときはだいたい手伝うんである。
「イリス。ほらこれ。きのこ。うちが育てたん」とルーン。「食べてみて」
「わあ!」
イリスがいただきまーすした、ちょうどのそのタイミングで、月の女神とルシーナが現われた。
女神さまは、とてもうれしそうにした。
「わんわん!」
「今日は多いな。今度は誰じゃ」
「御息女ハルモニアーさま、御訪問にござりまする!」
◆ 14、ハルモニアー、やってくる ◆
「はぁはぁ。父上!」
「な・・・なんと、ハル!」
現われたハルモニアー。
その姿は、若いときと、ちっとも変わらぬ。
ハルモニアーは歳を取らんようで、老いの影がないのである。
しかし、その荷物がすごい。
自分の身体よりでっかいぐらいのリュック。
ズボンの裾は脚絆(きゃはん)で締め、革のブーツもなじんでおる。
汗とほこりにまみれた、その出で立ち!
繊細で、びびり屋であった次女が! なんとたくましくなったことか!
「イリスくたばったて聞いて、急いで来ましたえ! はぁはぁ」
「ハル姉~!」イリス、抱き着く。「・・・汗くさっ」
「なにえ! イリスの阿呆。お姉ちゃん必死で走って来たに」
「走って来ただと?」
「そですえ。はぁはぁ。谷見つけ、やった! 思うて、気が急いて(せいて)」
「ちょっと待て。ハル。おまえ、死んだんではないのか?」
「死んでおりませぬ! あ、ありがとう、ルン姉」
ハルモニアー。
ルーンに汗拭いてもらいつつ。
にっこり笑うて、こう言うた。
「歩いて来ました」
なんと、ハルモニアー!
鬼神と同じように、歩いて冥界にやって来たと言うんである!
「旦那もトリも息子も娘も、みんな死んで。
さびしなった思うておったら、イリスまで。
たまらんなって、走って来ましたのえ!」
「だが、ハルよ。入り口は、どうやって見つけたのじゃ? ふつうには見えんはずだが」
「はい。ルシ姉の月霊術で」
「うむ」とルシーナ。「早速ものにしたか。さすが、我が妹」
「うちなんか、全然やのにな」とルーン。
「きのこにかまけておるからやえ」
「なんとまあ」
鬼神、感心する。
「だが、ハルよ。白骨の神さまはどうしたのじゃ? 入り口を守っとるはずだが」
「はい。私が、『力ずくでも通りまする!』と、構えましたところ──」
ハルモニアー。繊細な手で、こぶし握る。
「『そんな優しい手ェで、ものなぐったらアカン』言うて、どいてくれました」
「なんと。白骨どんめ。骨のある男と、見込んでおったのに」
鬼神、あきれる。
「だが、ハルよ。ケケどんはどうしたのじゃ? 途中の洞窟をふさいでおったはずだが」
「はい。ケルベロスさまのことは、ルシ姉に聞いて知っておりましたに、」
ハルモニアー、水鉢で手を洗い、顔拭き、上着脱ぐ。
リュックから、大きな革袋を取り出す。
その革袋を開けて、竪琴を出す。
月の女神の竪琴である。ずーっと、大切にしてきた宝である。
ぽろろろん、ぽろりろりん・・・。爽やかな音色が流れ出す。
「──若いころの武勇について、歌を差し上げましたところ。
たいそうお喜びになられ、盛り上がりまして、」
「はあ」
「持参したお酒を、お酌しましたところ、
がぶがぶお呑みになられ、できあがってしまわれ、」
「はあ」
「子守歌をうたって差し上げましたらば、ぐっすり!」
「ようやった」月の女神が拍手する。「さすがは、我が娘」
「なんと。ケケどんめ。・・・まあ、あいつはそういう奴だが」
鬼神、あきらめる。
「それにしても、ハル。そなた、たくましくなったのう」
「母はたくましいもんですえ!」
ハルモニアー、元気である。
「あ、そえ。旦那に会えますかに?」
「旦那さんは、誰の信者なのだ?」
「天の女神さま。私のためにと言うて、母上にも入信してくれました」
「手紙ならば、よろこんで預かろう」
お月さん、ハルモニアーの肩を抱く。
「そやに、直接会うのは、許可できぬ。姉上が怒るゆえ。その時が来るまで、我慢しなえ」
「・・・わかりました」
ハルモニアー、引き下がる。
「ほな、父上。手紙書くのに、机お借りしてもよろしいですかに?」
「あっ!」鬼神飛び上がった。
「ひっ」ハルモニアー、びびる。
「いかん! 手紙! すっかり忘れておった!」
「手紙が・・・なにか?」
「レガーさんへの手紙じゃ!
『ちょっと待ってくれ』との手紙をしたきり、ずーっと放ったらかしじゃ!」
「「「阿阿阿呆呆呆」」」お月さんとルシーナとイリス、ハモる。
「うるさいわ!」
「私が時系列で整理いたしましたに、」とルシーナ。「あれどないしたのえ?」
「・・・大切に保管しておる」
「使っとらんのかに!」
「──なるほど。父上の人生の、冒険譚(ぼうけんたん)」
ハルモニアー。
うなずいて、こう提案してきた。
「じつは父上。私も、父上の叙事詩を作ろうとしておりまして」
「じょじし」
「はい。それと父上のお話、照らし合わせてみたいのですが」
「おお・・・合作か!」
「はい」
「題名は? 私は『力のルーンと巨人とお月さんと災いの竜』としたのだが」
「長すぎやえ」とお月さん。
「まあな。自分でも、ちょっと思うたのだが」
「思うたら直しなえ」
「うるさいわい」
「私の考えました題名は、」
ハルモニアー。竪琴鳴らして、答えるには。
「六腕三眼、鬼の神」
◆ 15、レガーさんへの手紙 ◆
長い長いその手紙。
ついに、完成するときがやってきた。
届いた手紙、レガーはとても楽しんだ。自分の信者にも、語って聞かせたほどなのだ。
信者はこれを歌にして、あっちこっちで歌って回った。
その歌を、どっかの誰かが本にした。その話がこれである。
『六腕三眼、鬼の神』 完