もしもトレーナーがウマ娘になったら   作:ケンタ〜

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第十三話 ウマ娘の食

「はぁ……つかれた」

「あ、おかえり、利根田トレーナー」

 

 トレーナー室に入ると、友人根岸が出迎えてくれた。

 

「遅かったね。もうすぐお昼だけど、どうする?」

「うん、一緒に食堂行ってたべよ……なんかやけにお腹空いてきちゃった……」

 

 珍しく、わたしのお腹は空腹感を訴えていた。

 理事長に長い間拘束されたせいだろうか。

 

「それより、わたしがいない間、いろいろ処理してくれてありがとう……」

 

 カタカタと、パソコンに手を走らせる友人根岸に向かって言う。

 

「いいよ、べつに。退院したばっかりなんだし、ウマ娘にもなったし。いろいろ慣れないことも多いでしょ」

「うん、ほんとうにありがとう」

 

 なんていい友達なんだ……。

 

「ちょっと、お昼までわたしもいろいろ書類消化するよ……」

 

 そういって、わたしはトレーナー室の自分の席に座った。友人根岸のちょうど対面だ。

 

 そこにおいてあるノートパソコンに手をかける。

 

 そういえば、あの時頭をうってそのまま病院に行ったから、これは置いたままだった。

 

 若干ほこりをかぶったその表面をかるくはらって、ひらく。

 

 起動のボタンを押すと、長い間寝ていたからか、すこしの時間をおいて画面に灯がともる。

 

 JRAの、緑色のウマ娘の横顔を模したマーク。その背景の前に、パスワードの入力をもとめるボックスが映った。

 

 パスワードは、「Umamusumeda1suk1」。たぶん、わたしのほかに一人二人は同じパスワードにしていると思う。

 

 それを入力しようと、シフトに左の小指を置いて、「U」を右手の人差し指を置いた。

 

 バキッ

 

「……へ?」

 

 いま、バキッて言わなかった……?

 

「ん? いまバキッて言わなかった?」

 

 友人根岸がパソコンの横から顔をのぞかせながら、まったくわたしの心中と同じことを聞いてきた。

 

 体の体温が一気に上昇する。

 

 おそるおそる、両手をキーボードから離す。

 

 ……やっちまった。

 

 Uとシフトのキーが、外れていた。

 

 いつの間に友人根岸が、わたしの隣にまで移動していた。

 

「……キーボードの爪、逝ったか……?」

「……全然力入れてなかったのに……なんで……」

 

 ごくふつうに、いつも通り押したはずだ。

 

 というか、わたしの力なら、少し力を入れても、キーボードのキーが外れることなんてないはずだ。

 

 いくらウマ娘として力が増したとしても、キーボードのキーを普通に押しただけで、こんなことになるものか……?

 

「ど、どうしよう……」

「どれどれ」

 

 友人が外れたキーをとり、裏返す。

 

「お、両方とも、キーの方の爪が取れただけみたいだな。本体の方は無事みたいだ。そんなに心配しなくていいって」

「よ、よかったぁ……」

 

 キーボード側の爪が取れていたら、直すのには修理に出さなければならなくなる。加えてキーボードそれ自体をまるごと取り換なきゃならない可能性もあった。

 

「ま、そんなに気にすることないよ。ちょっと早いけど、ご飯食べに行こうか」

 

 優しさが身に染みる……。

 

 

 

 今日来たのはトレーナー用の食堂。

 

 ウマ娘用食堂と比べて、規模もメニューの数も量も違うが、すこし大人っぽい、大人向けのメニューが出されている。

 

 コーヒーとか、サンドイッチとか、パスタとか。

 

 忙しい大人のための、サッと食べられる料理が多い。

 

「おばさん、カレーライスとコーヒーお願いします」

 

 友人根岸が、窓口の料理のおばさんに注文する。

 

「はーい。じゃ、利根田ちゃんは……あら?」

 

 気前のいいおばさんの顔が、驚いたものになる。

 

「利根田ちゃん……ウマ娘だったのかしら?」

 

 その目線は、わたしの頭の上に向けられていた。

 

 毎朝毎昼毎晩、わたしたちの顔と声を見聞きしているおばさんは、ひとりひとりのトレーナーの細かいところまで覚えているのだろう。

 

 まあ、そうでなくとも、あるひいきなり頭の上に耳が生えれば、だれでも気づくか。

 

「あの、まあ、はい……諸事情ありまして、耳が生えまして……」

「あら、そうなの……ここにいると、不思議なことが多いわねぇ……」

 

 頬に手を当てながら、おばさんが感心したように言った。

 

 ……年の甲なのだろうか。もっと驚かれると思っていたのだが。

 

「それで、ご注文は?」

「あ、じゃあ、カレーライスとカフェラテで……」

「じゃ、いつものね。ウマ娘になったんだから、大盛にしなくちゃねぇ」

「あ、それは別に……」

「あ、あとデザートのいちごパフェも追加でおねがいします」

「はーい、ちょっとまってねぇ」

 

 友人根岸の言葉に、わたしの抗議は遮られた。

 

 そして、手際のいいおばさんと厨房のおばさん、おじさん衆によって、十数秒で、出来立てほやほやのカレーラース×2と、コーヒーとカフェラテ、そしていちごパフェ×2がそれぞれのお盆に乗せられた状態で出された。

 

 ……思ったより盛り盛りだった。友人根岸のものと比べて、三倍ぐらい盛りに盛られている。

 

 ……無理だ。こんなものおなかに入らない。どう頑張っても。

 

 というか、いつもは普通の量だけでも、おなかに入るか怪しいというのに。

 

 

「ありがとうございまーす」

「はぁい、ごゆっくりー」

「あっ、ちょま……」

 

 そそくさと言ってしまう友人根岸の背中を追う。

 

 なんだかお盆がいつもより軽い気がする。これもウマ娘になったせいだろうか。

 

 てきとうな席に着地して、友人根岸と手を合わせる。

 

「いただきまーす」

「いただきます」

 

 そんな感じで、すこし早めの昼食がはじまった。

 

「……」

 

 食べれるかな、これ……。

 

 ウマ娘だから大盛、とか言われても、べつにウマ娘のだれもかれもがたくさん食べるわけじゃない。

 そりゃ、アスリートだから、みんなふつうの人よりかはたくさん食べるだろうが、人並みにも食べない子だって普通にいる。

 

 ましてや、わたしはただのトレーナー兼教職員。

 

 併せて、虚弱体質と運動不足。

 

「……ねぇ、半分くらいもらってくれない……?」

「んー? やだ」

 

 カレーライスを口にしながら、友人根岸は軽い調子でことわった。

 

 そのとき、ぐぎゅるるる、とお腹の音が鳴る。

 

「ほら、怖気づいてないで、速く食べなよ」

「……うん、わかった」

 

 お腹がすく感覚は、いつぶりだろうか。いつも友人根岸に無理やり量を食べさせられているし。

 

 カレーとお米の境目らへんをスプーンですくって、口に入れる。

 

「……おいしい」

「でしょ?」

「あれ、でも、こんなにおいしかったっけ……?」

 

 なんだか、いつもより、味もにおいも、コクも深くなっているような気がする。

 

 ウマ娘になって、味覚までもが変わったのだろうか。

 

「……おいしい」

 

 そういいながら、わたしは二口目を口にした。

 

 この味なら、パクパクいけてしまう。

 

「んー、コーヒーと飲むと、やっぱりコクが増すなぁ」

 

 向かいの席で、カレーとコーヒーのコンビネーションに、友人根岸が舌鼓をうっている。

 

 自分の舌はコーヒーを受け付けないので、いつもカフェラテを頼んでいるのだが、これもカレーライスと味が合う。

 

 甘いカフェラテとスパイシーなカレーは味が合わないと思われがちがだが、わたしの舌にとってはスパイシーすぎる味をちょうどよく中和してくれていい感じの味にしてくれるのだ。

 

「うん、おいしい……」

 

 カレーをひとくちしてから、カフェラテを飲むと、おいしい。そして、やっぱり、いつもよりも。

 

「ほら、大盛でよかったでしょ」

「うん、意外と……」

 

 カツン、と音がした。

 

「あれ?」

 

 そこには、もうカレーはなくなっていた。

 

 キレイさっぱり。あとはわずかなコメとルーが残っているだけ。

 

「……え?」

 

 いつの間に。まだ食べ始めて、少ししかたっていないはずだ。

 

「ほら、デザートのパフェもいっちゃいなよ」

「う、うん」

 

 友人にすすめられるままにスプーンを手にして、クリームとイチゴが盛られているパフェに手を付ける。

 

 ほとんど手ごたえがない生クリームをスプーンで少しすくい、奥の方にあるアイスクリームも一緒にとって、口へと運ぶ。

 

「……おいしい」

「でしょ?」

 

 いつもはデザートなんて食べる余裕はなかった。人並みの量だけでも、限界だったから。甘味を食べるのは、当分補給のための三時のおやつ時に、プリンを食べるかゼリーを飲むかくらいだった。それが、食後にパフェを食べられるとは。

 

「パフェ、初めて食べたけど、おいし

 

 カツン

 

「……あれ?」

「すごい食べるじゃん。そんなにおいしかった?」

 

 ……あれ? 手を付け始めたばっかりのはずなんだけど……。

 

 パフェが、またもカレーとおなじように、キレイさっぱりと消え去っていた。

 

「それじゃ、わたしもパフェを食べるとしますか」

 

 遅れてカレーを食べ終わった友人根岸が、パフェに手を付ける。

 

「んー、甘い。やっぱいここのパフェはいいね。しかもデザートは追加料金すこし払えば済むし」

 

 トレーナー用の食堂では、基本的な一日三回の食事は無料だ。しかし、デザートなどは別料金となり、すこしまた追加で払わなければならない。

 

 しかし、その料金も、外で食べるのと比べれば、ものすごくお得だ。

 

「……どうしたの、そんなにじーっとこっち見て」

「……えっ? あっ? えっ?」

「そんなにパフェ食べたかった?」

「え、そんなに見てた……?」

 

 ぱたり。

 

 わたしの手に、何かが落ちた。

 

「……あえ?」

 

 何か、水のようなものが落ちていた。

 

 そして、わたしの口端からも、何かがつたう感覚がある。

 手の甲でそれをぬぐってみる。

 

 ……よだれだ。

 

「食い意地はっちゃって。そんなに食べたければ、追加で注文してくれば?」

 

 ……うそでしょ。

 

 わたしが、他人の食べるところをじーっと見て、無神経によだれまで垂らすなんて。

 

「ほら、おかわりして来たら? そろそろ時間になって、ほかのトレーナーたちが食べにくるよ? そしたら、パフェとか売り切れになって、食べられなくなるかも――――」

 

 ガタッ

 

 わたしの脚が、勝手に立っていた。

 

「……ほら、もうお昼のチャイムが鳴っちゃうよ。そろそろ――――」

 

 タッ

 

 わたしの脚が、意識と離れたように、勝手に窓口の方へ駆け出していく。

 

 そして。

 

「おばさんっ、カレーライス大盛、あとパフェ追加でお願いします!!」

 

 口が、勝手に動いていた。

 

「はぁい、じゃあ、ちょっと待ってねぇ」

 

 そっ、と肩に、後ろから手が添えられる。

 

「カレーだけでいいのか……?」

 

 悪魔のささやきだった。

 

 いや、その時のわたしの体からすれば、天使のささやきだったかもしれない。

 

「もしそれを食べ終わっても、おなかがいっぱいになっていないかもしれない……自分の体がどこまで食べられるかを試すという意味でも、もっとたくさん注文しておくべきでは……?」

 

 その次の瞬間。

 

 わたしは、追加の三品を、窓口のおばさんに向けて、絶叫していた。

 

 もはや、何を言っているのかすら、覚えていなかった。口が勝手に動いていたのだから。

 

 それから先の記憶は、あいまいだった。

 

 ただ、気づいたときには、体を包む多幸感と、口の中に残るほのかな甘みを感じながら、わたしはテーブルの上に、両腕をほうり出して伏していた……。




悪魔(天使)、友人根岸

ウマ娘やトレーナーのステータス的なものは必要ですか?

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  • そんなことよりプリン食べたい
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