もしもトレーナーがウマ娘になったら   作:ケンタ〜

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贈呈ッ! 秋川理事長の贈り物っ!

「ど、どうでしょうか?」

「すばらしいっ、すばらしいぞっ! 利根田トレーナー!」

 

 毎度のごとく、理事長室に響きわたった。

 

「やはり職人に無理を言って新調してもらった甲斐があった! 素晴らしく似合っているぞっ! 利根田トレーナーっ!!」

 

 キーン、と耳に響き渡る。

 でも、この素晴らしい理事長の笑顔を前にしては、耳をふさぐことなどできなかった。

 

「どうだどうだっ! 着心地はっ!?」

 

 ブンブンと、両腕を振って、理事長さんは聞いてくる。

 

「そうですね、昨日もらったものよりも、ものすごく肌触りがよくて、動きやすいですね…………」

 

 肘や膝を曲げてみても、全く皮膚につっかかる感じがしない。

 これはすごい。ウマ娘用というだけある。体を動かすときに、ほとんどストレスや違和感なく動くことができるだろう。

 

「だろうっ!? やはり職人に無理を言って仕立ててもらった甲斐があったっ!!」

 

 理事長がまた同じことを繰り返した。

 

 そこまで大急ぎで作ってもらったということだろう。昨日言って、今日手元に来る、なんて、普通できるものじゃない。

 

「それに、なんというか……不思議と、元気になってくるような、力が出てくるような……」

 

 なんとも言い表せない、暖かいような、湧き出るような、そんな感じの感覚が、体全体を包んでいるような……。

 

「だろうだろうっ!?」

 

 理事長が大興奮だった。

 

「デザインも細部までこだわっていてなぁっ! 袖は動くときにじゃまにならないようにちょうど良くひろくっ! 下半身も同様、股下は動きやすくゆとりがある構造に、尻尾穴も余裕のある絶妙な広さに、そして首元は苦しくないように、しかししっかりとして見えるような、絶妙な広さに!!」

 

 最後の方になると、理事長が両手を挙げて、その嬉しさを天井にぶちまけていた。

 

「あ、ありがとうございます、こんなものをいただいてしまって…………!」

 

 わたしの身に余るようなレベルの品だ、これは。

 それこそ、ウマ娘の勝負服のような。

 勝負服を身に着けたことはなかったが、それにはこのスーツのように、職人の工夫が細部までこだわってなされているのだろう。

 

「利根田トレーナー!! それを着て、ぜひとも今後とも、励んでくれたまえっ!!」

「は、はいっ! ありがとうございますっ!」

 

 こんなものをもらってしまっては、より身が引き締まるというものだ。いままであまり秋川理事長は遠くから眺めるような存在だったけれども、ここまでウマ娘やトレーナーに親身になってくれる存在だったとは。

 

「それでそれでっ、初出走戦はどうするっ!?」

「えっ!?」

「はっ!? あっ!? しまったっ!?」

 

 えっ、何、今、なんて…………?

 

「えっと……初、出走戦…………?」

「あっ! いやっ! そのっ! あっ、なんでもっ、ないぃっ!!」

 

 わたわたと、理事長が両手をぴーんと伸ばして、手をブンブンと振っていた。

 

「えっ……でも……」

 

 確かに、そういったはずだ。

 

 ちら、とたづなさんの方を見ると、目があった瞬間、そそ〜と目を泳がせていた。

 

「え……?」

 

 さっきまで、最高潮まで上がっていた理事長のテンションに満たされていた部屋の空気が、一気に絶対零度まで冷え込んだ。

 

「あの、デビュー戦、って……おっしゃいましたよね…………?」

「えっと……その…………」

 

 視界の端で、さっきまで微笑ましく笑っていた友人根岸が、やれやれ、と顔に手を当ててため息をついていた。

 

「っ……て、ことは、もしかして、この服って…………!?」

 

 勝負、服……!?

 

 そもそもスーツを職人が仕立てる、ってことに違和感を感じた。

 今日び、そんなところはほとんどないはずだ。オーダーメイドにしても、業者によって調整された既製品が出てくるはず。

 しかも、そもそも、どんな企業でも、頼んで一日ででてくるスーツなんて作れるはずがない。

 

 そもそも、これは素材からしてスーツじゃないし。

 

 この学園で、理事長が手が届きさらに一言でこんなものを仕立て上げさせられるところといえば、一つしかない。

 

 学園のサポート学部の、勝負服制作科に頼んだのだろう。

 でなければ、こんなことはできない。

 

「理事長、さんっ……!」

 

 ずいっ、とわたしは理事長先生に歩み寄った。

 

「ひぃっ、と、利根田トレーナーっ……!」

 

 ばっ、とみをまもるように、理事長が身を逸らす。

 

「すっ、ふまないっ……! 謝罪っ……! 陳謝っ……! 謝辞っ……!」

 

 そんな噛んでも、熟語を並び立てられても、意味はない。

 

「なんで、また……!」

「また騙すような真似をしてしまって悪かった……!! しかし、今回は……! 今回ばかりは違うのだっ……!」

「何が違うんですかっ!?」

「利根田トレーナーをレースに出す予定は最初からなかった! 今回はただ、わたしが勢いと感情あまって、そう言ってしまっただけなんだっ! 利根田トレーナーっ、きみをレースに出させるかは、こっちの裁量にはなかったんだっ!」

 

 なんだか引っかかる言い方だ。

 

「もっとくわしく説明してくださいっ!」

「きみを、少し走る気にさせられれば、それで良かったんだっ……!!」

「走らせようとしてるじゃないですかっ……!」

「ひいっ! ごもっともっ!」

 

 ふたたびずいっと歩み寄ると、理事長も一歩合わせるように下がった。

 

「なんで最初から言ってくれないんですかっ! 言ってくれれば、協力したのにっ!」

 

 昨日の『ウマ娘に少しずつ勝負服着させてやる気出させてレースに出走させよう作戦』然り、最初からわたしに言ってくれれば、それを断るつもりなんて毛頭ない。

 なのに、なんで、騙すようなことをするのか。

 

 っていうか、それはそれとして、理事長口滑らしすぎでしょ。

 

「それについてはっ……! 昨日、一応言った……!」

「……え?」

「べ、弁解ッ! 昨日の、生徒に少しずつ勝負服着させてやるき出させてレースに出走させよう作戦! あの一環なんだっ! ウマ娘に服を着せて、その気にさせるという……!」

「えっ……それで、この服を……!?」

 

 こくこく、と理事長が素早く首を縦に振った。

 

「それで、勝負服としてスーツを仕立てて、着てもらうことにしたんだっ! 初めから言ってしまえば、実験として効果がないと思って……!」

 

 目をつむりながら、理事長はそれを言った。

 すると、隣から、たづなさんが口をはさんだ。

 

「あ、あの、利根田トレーナーさん、わたしからも謝りますっ……! ですので、どうぞ、落ち着いてくださいっ……!」

「あっ……」

 

 そこで、自分がものすごく、熱くなってしまっていることに気がついた。

 

「す、すみませんっ……大声を出してしまって……!」

 

 思わずこちらが謝っていた。

 いつもの自分とは思えないほどに、わたしは怒っていた。

 

 いや、わたしは怒っていたのか。怒るなんて、いつぶりのことだろう。

 

「利根田トレーナーさん、おすわりになってください……! お飲み物を用意しますので……」

「あ……はい……すみません……」

 

 そう言われて、わたしはおずおずと、客席のソファに腰を掛けた。

 

 

 

「あの……秋川理事長……ほんとうに、すみません……。あんなに声を荒らげてしまって…………」

「陳謝ッ……! こちらこそ、すまない……! また二度も、きみをこのように傷つけてしまい……!」

 

 別に、傷ついてはいない。

 

「大丈夫です……ただ、なんというか……」

 

 なんというのだろう。自分でも良く分からない。

 怒っていた……客観的に見れば、怒っていたのだろう。

 でも、あのその時の気分はといえば、怒っているような感覚はなかった。

 

「なんというか……興奮していた……というか…………」

 

 自分の側頭部を押さえながら、わたしはそういった。

 

 興奮よりも正しい言葉があるのかもしれないけれど、今は、それしか、一番近い言葉が出てこなかった。

 

「でも、すみません、あんなに問い詰めてしまったあとに言うのもなんですが…………理事長さんに対して、その……傷ついたというか、そういうのじゃなかったんです。個人的に怒っているとか、そういうのじゃなくて……」

「……それは……つまり……?」

 

 目を上げると、しょんぼりしていた理事長が、少し顔を上げて興味深そうに、わたしの目を見ていた。

 

「なんでしょうか……その……」

 

 探しても、うまい言葉が出てこなかった。

 

 なんだろう、この感覚。

 

 今でも、体全体を、薄く広がるように覆っているような。

 

 この、『勝負服』、のせいか。それとも、わたし自身のせいによるものなのだろうか。

 

「…………」

 

 そのまま、わたしは黙りこくってしまった。

 

 なんだろう……。本当に分からない。

 でも……なんだか、初めての感覚ではない。

 

 この感覚……何処かで…………。

 

 興奮のような……ぼんやりと熱いような、コレ(・・)は。

 

「……利根田トレーナー」

 

 友人根岸が、後ろから話しかけてきた。

 

「……? なに?」

 

 その顔を、首を上げて覗き込む。

 

「貧乏ゆすり、すごいことになってるぞ」

「……え?」

 

 自分の足に目を向ける。

 

 カタカタと、動いていた。

 

 意識を向けた今はもうあまり動かなくなっていたが。

 

 そういえば、さっきまで、カタカタと、前後に、動いていた。

 

 ものすごく。

 

 それも、前後に。

 

「ご、ごめんなさい、秋川理事長……」

「些細。大丈夫だ」

 

 理事長が首をふる。

 

 そして興味深げな表情で、理事長がわたしのことを見ていた。

 

「それにしても、本当になんで――――」

 

 その時、チャイムが鳴った。

 

「ああ、もうこんな時間か」

 

 友人根岸が、そうつぶやく。

 

 始業のチャイムだ。

 

 学生にとっては、学校への到着を求めるチャイムでもある。

 

 そして同時に、起床の遅い学生にとっては、スタートのファンファーレでもあった。

 

 足音が聞こえる。

 

 理事長室の扉の向こう側から、学生たちの走る音が。

 

 窓の向こうから、まだ校舎に入ってすらいない、学生たちの足音が。

 

 軽く、しかし一歩一歩が重い、ウマ娘の、足音が――――――

 

「――――あ」

 

 

 

 

 

 ――――フジキセキ先頭! フジキセキ先頭!!

 

 ――――フジキセキ強い! フジキセキ強い!!

 

 ――――圧倒的に後続を振り払って! 今! ゴーーーールイン!!!

 

 

 

 

 

「あの、感覚だ」

 

 わたしは、ほとんど無意識に、そうつぶやいていた。

 

 そしていつの間にか。ソファーから、立っていた。

 

 カタカタと、足が震える。

 

 この感覚は。あの、レースを観たあとにも。

 

 弥生賞2000メートル、あのレースを観たあとにも、感じていた。

 

 体を、芯の奥底から、突き上げるような。

 

 あの、感覚だ。

 

「――――理事長っ!」

 

 わたしは彼女に顔を向けた。

 ビクッ、と一瞬揺れたが、しっかりとわたしの目を見ていた。

 

「なっ、なんだ!?」

「作戦、大成功です」

「むっ!? そ、それは……!?」

「わたし、今……」

 

 すうっ、とわたしは息を吸い込んだ。

 

「ものすごく、走りたいです!!」

 

 理事長室に、わたしの大きな声が、きれいにこだました。

ウマ娘やトレーナーのステータス的なものは必要ですか?

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  • そんなことより続き
  • そんなことよりプリン食べたい
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