もしもトレーナーがウマ娘になったら   作:ケンタ〜

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第十八話 ウマ娘の体で練習参加

「えーっ! 先生すごいすごいっ! 先生レース出るのてかでれるの!?」

「マジ!? ほんとに!? 先生と走れるの!? やったすごいじゃん」

「えーっ、先生走れるの!? はしろはしろ一緒に走ろ!」

「ちょっ、まっ、だから待ってちょっとまっ」

「よし、どさくさに紛れて太ももでも触るか」

「根岸毎度のこと何してんの!?」

 

 また、こうなってしまった!

 大丈夫かこのチーム!? 今まで二年くらいも見てきてないけどいろいろ不安になってきたよ!?

 

「ちょっ、みんな待っ」

「くぉら!!! もどらんかぁ!!!!」

「「「ぴいっ!?」」」

 

 一喝。タナベさんの声だった。

 それだけで、その場にいた全ウマ娘たちが飛び上がる。

 さすが、すごい迫力だ。

 わたしに飛びつこうとしていた子たちが、一斉にターフに戻っていく。

 ちなみにさすがにフジキセキだけはずっとターフにいた。逆にフジキセキまで私のところに来たら怖い。

 

 ところで、タナベさんの一喝で私の耳が無事なわけもなく、わたしはいつも通り側頭部(かつての耳の在処)を抑えたため頭上の耳を抑え損ねて頭をキーンと痛ませていた。

 メンコ(ウマ娘の耳栓みたいなもの)でもつけたほうがいんじゃないかと思えてきた。

 

「はあ……相変わらずじゃのう、このチームは……」

 

 タナベさんは自分の顔を抑えながらため息をついて呟いた。

 

「す、すみません……みんないい娘たちなんですけど」

「それはよく知っとる。ただみんないい娘過ぎることだけが難点じゃな。言う時は言ってやらんといかんぞ、利根田トレーナー」

「まあ、はい、それは……」

「いや、ずっと言っとるのか、そういえば」

「まあ、そうです、ほんとに……」

 

 しかしまあ、本気でみんなのことを注意したことはない。し、注意する必要性もない。みんななにかと話は聞いてくれるのだから……制御できない時がほんのちょっとあるだけで。

 まあ、最近は制御できない時が多すぎるんだけども。

 

「それにしても、これは……」

 

 タナベさんは、手にしていた一枚の書類を遠慮がちに眺めていた。

 

「出走登録書か……これはいったい、どこから出たんじゃ?」

「私の胸ポケットからです」

「あ、いや、そういうことじゃなくての」

「あ、はい……」

 

 素で間違えてしまった。

 

「理事長からもらったものです。まあ、その……本人も勢い余って出したとか、言ってるんですけども……」

「ああ、秋川理事長……なるほど……」

 

 まあ、ここまでくると、その名前だけでタナベさんにはわかるらしい……。

 

「見てると儂は頭痛がしてくるな、あの小さな理事長さんは。しかし時たま、いや結局やることはなぜか辻褄があってしまうんだから不思議なものじゃの……。いや、まあ、あの手綱を握るものがいればこその話じゃろうが」

 

 タナベさんは遠い目をしていた。

 タナベさんからすれば、秋川理事長は最近入った理事長という認識なのかもしれない。

 正直自分が入ってきたころにはすでに秋川理事長になっていたので、先代のことはよろしく存じ上げないのだが、現秋川理事長の母親が先代理事長の任をとっていたという話を聞いたことがある。秋川理事長の母のことはその業界では有名だ。この業界に身を置いていれば、必ずどこかでその名を目にする。

 

「最近はまた新しいレースを作るだとかなんだとか……ダート整備用トラクターを作ったとかなんとか……ロボット研究に融資だとか、畑に融資だとか、ぶいあーるがなんだとか……」

 

 タナベさんは顔を片手の平にうずめて呻いていた。

 どうやらベテランからしてもかなり頭が痛いらしい。

 

「ま、まあ……その、あんまり気にしなくてもいいですよ。出走登録書も、別に書くとは……」

 

 なんか『出走登録書』というたびに背中に十を超える視線が突き刺さるのが怖い。

 

「言って、ないですし……」

「まあ、当然じゃろう。少なくともトゥインクルシリーズにおいては難しいじゃろうな。まあ例外がないわけでもないが……」

 

 逆に例外があるのが少し驚きだ。ベテランのタナベさんのことだから、その道の知識もいろいろとあるのだろう。

 すると、顔に当てていたタナベさんの手が、顎に移った。

 今度は興味深そうに明後日の方向に目を向けながら、顎をさすって呟き始める。

 

「しかし……出走せぬとは言っても、走ってみる価値は大いにあるとは思うんじゃが、な」

「え……どういうことですか?」

「いや、なに。ごく単純なことじゃて」

 

 タナベさんは私に目を向けた。

 

「考えてもみろ。このトレセンにおいては、ほとんどのトレーナーがヒトじゃ。もちろんウマ娘のトレーナーも多くいる。しかし、ヒトのトレーナーは往々にして、ウマ娘という存在そのものの感覚を知らん。どれだけ優秀だろうが、どれだけ長く勤めようが、どれだけウマ娘とともにいようが、彼女らの認識する世界の真の姿を知ることはない。というか、どう頑張っても知ることなぞ絶対にできん。それこそ肉体を乗り換えでもしない限り。しかし、利根田トレーナー」

 

 タナベさんは、しっかりと私の目を見据える。

 

「お前さんは違う。正直、うらやましいくらいじゃ。お前さんは、ウマ娘になっとる。知らないはずのその存在、そのものじゃ。であれば……おこがましいかもしれんが、試さぬ手はないとはおもわんか?」

 

 ……た、確かに。

 私がウマ娘になった。

 それは彼女らの世界を知れる、ということ。

 考えなかったわけじゃもちろんないけど、結局言い出せなかったし、踏ん切りもつかなかった。

 そもそもこのターフは生徒たちのもので、わたしが踏み入れてもいいものかと。

 でも、タナベさんが言うのならば。やってみてもいいということか。

 

 生徒たちのほうを、振り返る。

 

 一斉に、みんなが顔を向こうに向けた。

 ずっと、こっち見てたんだな。

 みんな、いい娘だ。

 はずかしいけど、おこがましいけど、みんな、わたしのことを好きでいてくれている。

 ならば、ずっと我慢させるのも悪いかな。

 すこしくらい……一緒に走ってあげても、いいの、かな。

 

「ならば、まずは、一緒のトレーニングに参加してみたらどうじゃ?」

 

 タナベさんが私の背中に話しかけてくる。

 

「踏ん切りがつかんのならば……まずは、彼女たちがどんな練習をこなしているのか、身をもって体験するチャンスじゃろう。どうじゃ、利根田トレーナー?」

 

 にやり、とその口元が笑った。

 

 確かに、その通りだ。

 

「ありがとうございます、タナベさん」

 

 わたしは、友人根岸のほうに顔を戻す。

 

「ねえ、安里、いいよね」

「いいとおもうぞ、私は」

 

 そして、チームのみんなのほうに顔を向けた。

 

「ねえ、みんな……」

 

 すこし、不安、だけど。

 

「いいかな?」

 

「「「――――いいよおおおおおおおおおおお!!!!」」」

 

 待ってましたとばかりに、巨大な爆竹のような音が、わたしの耳をつんざいた。

 

 

 

「っ――ぐっ――はぁっ――!?」

 

 きつっ……!? きっ……つ……!?

 

「脚、下がってるよ利根田トレーナー。もっとしっかり太もも上げて、おなかの上まで意識して!」

「っ、わ、かっ……てるっ……! ぐっ!?」

 

 ラダーっ、てっ、こんな長かったっけっ!?

 ちょっ、まっ、えっ、待ってっ。

 まだこれメニュー三個目!? え、あといくつあるの!?

 てか、これまだウォーミングアップメニューだよね!? 本番どうなんの!?

 

「ああっ!?」

 

 ガッ!

 

 足が芝の上に引っかかる。

 

「ぐえっ!?」

 

 ドサッ!

 

 わたしの体が、見事に芝の上に受け止められた。

 

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……!?」

 

 動きを止めた瞬間、肺がここぞとばかりに酸素を要求してくる。

 

 ど、どうなってるの……!?

 わたし、ウマ娘になったんじゃなかったの……!? けっこう体力とか人間以上になってるんじゃなかったの……!? え、もしかしてわたしもう人間じゃない!? 戻った!?

 

 いや……みみ、ついてる……しっぽ、ついてる……よね?

 

 え、いや、でも……さすがに、おかし……!?

 

「先生、大丈夫?」

 

 メンバーの一人、アインちゃんが声をかけてくれる。

 目を上げると、彼女が手を差し伸べてくれた。

 

「あ、ありが、ありがと、ありがとう」

 

 たちあがれっ……る……!

 よかっ、た……!

 

「あ、あついっ……!」

 

 服は、あのスーツ型勝負服(理事長謹製)を汚すわけにはいかなかったので、急遽トレーナー室においてある予備に着替えていた。

 その長袖の上着のジッパーを一気に開き、脱ぎ捨てる。

 

 涼しい……! 春の前の涼しい風が体中を駆け巡ってくれる……!

 ていうか、汗がやばい……。どうなってんのわたしこれ。人生で一番水を体外に出したような気がする。

 

「せ、先生……?」

「あ、ごめん……」

 

 わたしはアインちゃんの手を強く握りしめていたことに気が付いて、離した。

 

「で、どうです、利根田トレーナー?」

 

 トレーナーモードの友人根岸が、近寄って聞いてくる。

 

「いや、もう、ほんと……きつい、っていうか……やばいっていうか……」

 

 はあ、はあ、はあ、と大きな呼吸をはさむ。じゃないと話せない。

 

「すごい、ね、みんな……はあ……」

「先生、これ、どうぞ」

 

 と、視界の端から、タオルが差し出された。

 目を向けると……フジキセキだった。

 

「あ、ありがとうごまします」

 

 うわめっちゃ噛んだ。すっごい噛み方した。

 なんだごましますって。

 

「ありがとうございます」

「大丈夫ですよ、気にしないでください」

 

 にこり、とフジキセキは微笑んでくれる。

 そんな彼女の顔には、疲れた表情などまったく、つゆほども浮かんでいなかった。

 それどころか、汗もほとんど見受けられない。さわやかな汗が一筋、頬を垂れていく程度だった。

 一方わたしは、汗だくだった。それに人生初めての経験だった。これだけ長く運動するとは。

 

「ねえ、根岸、いま何時?」

「開始から四十五分です」

 

 休憩時間を抜いたら、四十分弱くらいだろう。

 いつも何時間も練習しているこの娘たち。しかし私はこれで限界だ。

 自分が育てている娘たちのすごさが、本当に今、身に染みてわかった。

 

 ぐるりとみんなの顔を見回してみる。

 

 みんな、涼しげな顔をしていた。

 その中でたぶん私は、ひときわみじめに見えるだろう。

 

 私の鍛えた娘たち、すごっ……

 

「みんな、本当にすごいね……先生、もう駄目だ……」

「でしょ、わたしたちすごいでしょ?」

 

 と、一人の娘、エアロちゃんが、胸を張って見せた。

 

「だからさ、ちょっと休憩時間延ばしたりとかしてよ!」

「そ、そうだね」

 

 ここまで疲れて、検討しないわけにはいかない。

 

「十分ぐらい、従来の時間から延ばし」

「何企ててるのかなー?」

「きゃっ!?」

 

 目を向けた先には、顔にすさまじいほどの笑顔を浮かべた友人根岸がいた。ものすごい圧力を持った顔だった。

 エアロちゃんが飛び上がって、私の後ろに隠れる。たばかろうとした相手の後ろに隠れるっていいのかそれで。

 

「まあでも、先生はやすんだほうがいいですよ。それにほら、この前退院したばっかりじゃないですか」

 

 アインちゃん、いい娘。ものすごくいい娘。

 

「ありがとう、そうするね」

 

 わたしは彼女たちに手を振って、ターフを後にする。

 

「えー、もうちょっと一緒にやりたかったのに……」

「うん、運動してる美人ってなんであんなにかっこいんだろうね」

「先生の真剣な顔よかったよねー。なんで年の差の恋愛禁止ってあるんだろ」

 

 そんな感じで、いろいろと惜しむ声も聞こえた。なんか最後不穏だったけど。

 

 どさっ、とわたしは観客席のコンクリートの上に座り込む。

 

「で、どうだった、利根田トレーナー」

 

 そう聞いてきたのは、友人根岸だった。

 

「いや、もう、ほんと。すごい、みんな。ウマ娘って……そのなかでもアスリートって、ほんとにすごいね……」

 

 正直、ウマ娘になったからって心躍っていたけど。実際は、普通のウマ娘になっただけだ。

 上には上。それも、このトレセンには頂点の数千人が集まっている。勝てるわけがない。

 

「で、楽しかった?」

 

 急にトレーナーモードから友人モードに切り替えて、そんなことを聞いてきた。

 予想外の質問に、一瞬硬直してしまう。

 しかし、すぐに口を開いて、答えた。

 

「うん、楽しかったよ」

 

 そして、付け加えると。

 

「めっちゃ」

 

 にやり、と友人根岸は笑った。

 

「だよね」

 

 これで、得るものは想像以上にあった。

 彼女たちがすごい、というだけじゃない。

 体にかかる負荷とかももちろんそうだけど。それに。私にとっては、人生で初めての、まともな運動だった。それがうれしかったこともある。

 でも、一番は。

 

 みんなが楽しく練習できている。それを確認できた。それが、一番の収穫だった。

 今まで練習に混ざったことはなかった。けれど今回初めて、やる側の視点にたてた。

 データをとるだけじゃない、中から見なければわからないこともある。

 それを知れたことが、大きな収穫だ。

 

 練習もちゃんと飽きないように組んでいた甲斐があった。練習もずっと同じことをしていては飽きがくる。そんな仮説を立てて組んだトレーニングメニュー、それは無駄ではなかった。

 

 すごい。得られたことが予想以上にある。本当にたくさんある。

 女神さまのいたずらか、それとももしかしたらまだ夢の中にいるのかもしれないけど。

 しかし目が覚めた時、これはきっと、わたしを大きく成長させてくれている。

 そうに違いない、と確信できた。

 

 わたしは近くにおいてあったクーラーボックスからペットボトルを取り出して、ふたを開け、飲もう――としたところで、止めた。

 

「あれ、飲まないの?」

「うん、やめとく」

 

 まだ、みんなが練習している。

 そんな中で、私だけが一足先に休憩してしまうのは駄目だ。

 彼女たちも頑張っている。まずはそれを、しっかりと見届けないと。

 

 

 

 

 









久しぶりの投稿です。はじめましての方はお読みいただきありがとうございます。続きの読者様に置かれましてはまた続きを書く予定ですので良ければまた。

ウマ娘やトレーナーのステータス的なものは必要ですか?

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