もしもトレーナーがウマ娘になったら   作:ケンタ〜

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娘と書いて、こ、と呼びます。


第二話 利根田という人の日常

――――さん。――さん。利根田さん!」

 

 わたしを呼ぶ声がする。

 

 なんだろう。ぼんやりとして聞こえない。

 

 この声は――――

 

「ああもう――――理咲!! 起きろぉ!!!!」

「うわああああ何!?」

 

 一気に意識が覚醒する。

 

 目の前が晴れ、明かりのついた天井が目に入る。

 

 そしてわたしを起こしたのは――――

 

「根岸トレーナー…………」

 

 肩にかかったロングヘアーの美人さんが、わたしの顔を覗き込んでいた。

 

「…………怒ってる?」

 

 少々寝ぼけた頭で聞くと、その顔がむっとした――元々ムッとしていたんだけれども。

 

「起こしに来てやってんでしょうが! 昼休みにご飯も食べず自分の机で寝てんじゃない!」

「あっそうか…………」

 

 とっさに周りを見回してみる。

 

 そこはオフィス室の中だった。机や椅子がズラッと並び、けれどもあまり誰も座っていない。

 

「ごめん、昨日の弥生賞が頭から離れなくって……」

「また、遅くまでトレーニングメニュー組んでたんでしょ?」

 

 友達はため息を付いた。いつものことのように。

 

「うん、当たり。それと、全身筋肉痛」

 

 頭を上げてみると、それだけでギシリ、と腹筋と首元が痛む。

 

「いててっ……!」

 

 友達は呆れたようにため息をついた。

 

「どうやったら弥生賞見て全身筋肉痛になるの?」

「いてもたってもいられなくて……走っちゃった」

「……自分の身体機能わかってる?」

「そりゃぁもう。生まれたときから嫌と言うほど」

 

 あしに力を入れる。

 

 …………立てない…………。

 

「…………? どうしたの?」

 

 友達は不思議そうにわたしを見る。

 

「ふっ…………」

 

 ……立てない。

 

「んぐっ……!」

 

 その時、大腿四頭筋(太ももの反対側)にひときわ大きな痛みが走った。

 

「………………」

 

 わたしは脚から力を抜いた。

 

「……?」

 

 ヘンな目で見られる。

 わたしは少し動かすのも辛い肩に渾身の力を入れて、友人に手を伸ばした。

 

「たすけてたてない…………」

「えぇ………………」

 

 親友は悲しい声を出して、わたしの手を握ってくれた。

 

 

 

 

「いだい……ああっ……いだぁい…………」

「大丈夫なの理咲? 車椅子持ってきたほうがいいんじゃないの?」

 

 腕を友人の肩にあずけ、廊下を歩いていく。

 

「情けなさすぎるからやだ……」

「そんなんで理咲教員免許どうやって取ったの?」

「わかんない…………」

 

 道行く生徒たちの視線が痛い……。

 

「ほら食堂ついたから……」

「ありがと…………」

 

 『食堂』と書かれた看板が下げられた部屋に入っていく。

 

 喧騒が耳に届いた。ちょうどお昼時。生徒もトレーナーも、ご飯のためにひしめき合っている。

 

「なんで学生食堂……?」

「外食べに行く体力ある?」

「ない…………」

 

 適当な席を見繕ってくれて、そこに座らせてくれる。

 

「介護されるってこんな気持なんだね…………いだっ!」

 

 とっさに頭を押さえる。

 

 デコピンされた。

 

 そして頭を押さえた勢いで全身が傷んだ。

 

「いだだだだだぁっ!?」

「あっごめん忘れてた!」

 

 ひとしきり痛み終わって、なんとか平静を取り戻す。

 

「じゃ、わたし取ってくるね。なにがいい?」

「なんも入らない……」

 

 机に伏せながら、わたしは力なく答えた。

 

「筋肉痛で筋肉作ってんだから肉食べなさい」

「入らないって……」

「なら自分で動いてみなさい」

「むり…………」

 

 友達は席から立って、そそくさと歩いて行った。

 

「はぁ…………」

 

 わたしはため息をついた。

 

 それだけでも肺周りの筋肉が痛む。

 

 食堂には、多くのウマ娘たちがひしめき合っていた。

 どの()もが、そのお皿に米やフライを盛り盛りにし、ガツガツと口に書き込んでいる。

 なんか、コロッケでエベレスト作り出してる娘がいるな…………なんだろあの娘。あ、以前地方から転校してきた娘か。

 

 もちろん、人間の体にそんな量は無理だ。加えてわたしは人並みの量も、お腹に入らない。

 この肢体をみればわかる。

 

 手脚は細く、首も細い。足首は走ったせいで関節が若干痛いし、ダンベルを持ち上げたら崩れ落ちる自信がある。そもそも持ち上げられるかも怪しい。

 

 服を脱げば肋骨が浮かび上がっているし、小さい頃から母親から『あんた本当にわたしの遺伝子継承してる?』と言われる始末。

 

 だからこそ、かもしれない。

 

 ウマ娘に、その走る姿に、惚れてしまった。

 

 小さい頃――ほんとうに小さい頃、レース名も覚えていないくらいの、たぶん、なんでもない、GやJpとかですらないレースで。

 

 わたしは目を閉じる。

 

 レース名も、登場ウマ娘の名前も覚えていないのに。

 

 あのときの光景は、ハッキリと、思い出せる。

 

 歓声はほとんどなかったと思う。人もあまりいなかった。少なくはなかったけど、トップのレースとは比べ物にはならない程度の人数だった。

 

 わたしは最前列で、柵をぎゅっと握りしめていた。

 

 ああそうだ、寒い冬の日だった。

 

 わたしは厚いコートを着込んで、鼻をすすりながら、そのレースを見つめていた。

 

 ――――最後の直線。

 

 わたしの目の前を、八人のウマ娘が通り過ぎた。

 

 ゴッ、という音がしたのを覚えている。

 

 風圧によって生み出された音か、一瞬の足音か。

 

 ただ、わたしはその時、頭をガツンと殴られたような衝撃に見舞われた。

 

 一瞬、視覚以外の全てがそのとき消えていた。

 

 まるで全てが止まったような。

 

 走るウマ娘のすべてが見えた。

 

 気づけばすべてが終わっていた。

 

 ウマ娘たちがゴールをし、実況からその着順が伝えられる。

 何人かの大人たちが声を上げて喜び、幾人かの人々が小さな声で勝ちを祝福した。

 

 わたしは柵をにぎったまま、立ち尽くしていた。

 

 寒さを自覚してぶるりと震え、鼻水が顎まで垂れていたことに気づいた。

 

 ただ握った柵だけがじんわりと暖かくて、手を離せないでいた。

 

 それが、わたしの人生はじめてのレースだった。

 

 その走りに、魅せられてしまった。

 

 その一瞬に。

 

 走ることただそれだけに全てを賭けた、彼女たちの姿に。まるで走るためだけに生まれたかのような、その存在に。

 

 あのときから、ウマ娘のレースがわたしのすべての中心だった。

 

 そしてもちろん、それは今も。

 

「はい、取って来たよ」

 

 親友の声でわたしは現実に引き戻される。

 

 コトリ、と耳元で皿が置かれる音がした。

 

「またぼーっとして……レースのこと思い出してた?」

 

 親友はわたしのことを的確に言い当てた。

 

 痛む全身に喝を入れて、なんとか体を起こす。

 

 さいわい指は痛くない。皿に添えられた箸を手に取り――盆の上にのった料理を見て、顔をしかめた。

 

「重っ…………」

 

 生姜焼き定食。今日の日替わりランチか。

 それに唐揚げが追加で添えられ、お盆の箸の野菜も盛りに盛られていた。

 

 顔を上げて、親友に抗議をしようとする。

 ――あ、ダメだ。いつもの、有無を言わさぬ顔だ。

 

「食べなさい」

「ハイ…………」

 

 手を合わせる。

 

「いただきます」

「先食べといて、わたしは自分の取ってくるから」

「ありがとう……」

 

 なんていい友達なんだ…………。

 

 箸を伸ばし、野菜からまずは手を付ける。

 

 筋肉は柔いが臓器はまだマシらしい(健康診断結果)わたしだけれども、一応食べる順番は気を使っている。

 野菜から食べたほうが血糖値が上がりにくい。

 

 運動をほとんどしないために、上がった血糖値を発散させる方法がないので。

 まあ気を使うに越したことはないだろう。

 

 そして魔の生姜焼きに手を付けた。

 

 箸で豚肉を食べやすい大きさにさいて、口の中に入れる。

 

 おいしい。

 

 まあ、美味しくないわけがない。ウマ娘のために、あらゆる趣向を凝らされたメニューなのだから。

 

 全部入るかどうかは別だけども。

 

 そして友人が対面席に戻ってきた。わたしとほとんど同じメニューだ。

 

「おいしいけど、多くない?」

「理咲はちゃんと食べないと人としてやばいからね。わたしがトレーナーみたいに調整してあげるから」

「それは嬉しいけど…………」

 

「あっ、理咲先生じゃないですか。根岸トレーナーさんも」

 

 呼ぶ声の方に顔を向ける。

 

 そこには、芦毛のウマ娘がいた。

 

「ラーベルちゃん」

 

 名前を呼ぶ。

 人懐っこい瞳で、わたしを見つめてくる。

 

「今日はなんで学生食堂に? 検察ですか?」

「ああいや、ちょっとね」

 

 代わりに友人根岸(ねぎし)トレーナーが答える。

 

「わたしが全身筋肉痛でうごけなくて……」

 

 が、友達のフォローをガン無視してわたしは正直に告白した。

 嘘はつきたくない性分なのだ。

 

「えっ、大丈夫ですか!? あっ、だから今日の国語の授業、ちょっとヘンだったんですね! 教室入って登壇するのに五分かかってましたし!」

「恥ずかしいこと言わないでよ……それが午後から悪化しちゃって……」

「じゃあ、今日のトレーナー業は大丈夫なんですか?」

「もちろん、しっかりやるよ」

 

 わたしは、トレーナー業と教師業を兼業していた。

 こうすることでちょっともらえるお金が増えるのだ。

 まあそれはついでで、実際は大学生時代に教員免許をとって大学院でトレーナー免許をとったので、兼業できることがわかったので兼業しているだけ。もちろん、それなりに忙しくなるのだけれども。

 

「まあ、わたしはサブトレーナーだし、根岸ちゃ……トレーナーもいるし、わたしがいなかったとしても大丈夫でしょ」

「そんなことはないですよ、先生がいなかったらトレーニング全然楽しくないです!」

 

 そこまで行ったところで、ラーベルちゃんははっとした顔をした。

 

「あっ、ごめんなさいトレーナー! トレーナーのトレーニングが楽しくないとかそういうことじゃなくて、その、先生がいたほうがもっと楽しくなるってことで、それに比べたらいないときは――ああでもそれだとまた同じことに」

 

 めちゃくちゃ早口でまくし立てて、弁解をするラーベルちゃん。いい()、ものすごくいい娘。

 

「いいよ、わたしは気にしてない。君は利根田先生を励まそうとしただけだ。そうだろ?」

「はっはい、ごめんなさいっ!」

 

 ……友人根岸、教え子を前にすると、急にイケメンになる。

 

 わたしのまえではそれなりに気を抜いているってことなのだろうか。それともただテキトーなだけなんだろうか。

 

「ま、ラーベル、心配しなくてもいいよ。この利根田先生は、動けなくなっても這いずり回ってでもトレーナー業をしにいくだろうから」

 

 それはそうかも知れない。

 

「そ、それは休んでほしいんですけど……!」

「今回の場合は彼女の運動不足と急な運動が招いた結果だ。大丈夫、それほど気にしなくていい」

 

 まあ、それはそうなんだけども。

 

「それより、もうご飯は食べ終わったのか? お昼休みはもうあと三十分しかないぞ」

「あっ、ホントだ! すみません、じゃあお邪魔しました!」

 

 ぺこり、と頭を下げて、ラーベルちゃんはてててーと走っていく。

 

「やはりいい娘だな、ラーベルは」

「………………わたしに厳しくない?」

「わたしのフォローを思いっきりないがしろにしただろう」

「……それはまあ、そう。ごめん」

「もう仕返しはすんだからいいよ、別に」

 

 友人がトレーナーモードから友人モードに戻った。

 

 本人は自覚しているんだろうか。

 

「ていうか、早く食べないと時間来るよ。あと三十分。食べ切れる?」

「盛ったのそっちじゃん」

「こうでもしないとちゃんと食べないでしょ。昨日の夜、晩御飯ちゃんと食べた?」

「うっ…………」

「朝も職員室でゼリー飲んでたけど?」

「ぐっ…………」

「で、結局私が渡したおにぎり食べたでしょ」

「むぐっ…………」

「ただでさえ兼業で忙しいんだから、ちゃんと食べないと」

「これでもデジタル化推進させて業務楽にしてるもん……!」

「なってないじゃん」

「ぐぐっ…………」

 

 か、敵わない……。

 

「いいよね有能で……!」

 

 わたしは悔しさにテーブルを叩いた。筋肉痛とパワー不足でびくともしない。

 

「そっちも。でも私生活をちゃんとしてるかしてないかだけ。それだけでも大きくコンディションは変わるよ。わかるでしょ。トレーニングをいつもちゃんとこなせて、しっかりとした技能を身に着けた娘でも、私生活がちゃんとしてないと、レースに大きな影響を与えてしまう」

「その通りっ……!」

 

 ぐうの音も出なかった。

 

「でも限界がある……!」

 

 わたしは顔に悔しさをにじませる。

 

「だから私がサポートしてるんでしょ」

「いつもありがとう……!」

「いいから、とりあえず食べなさい」

「うん……」

 

 とことんいい友達……。

 

 とりあえず、ご飯はしっかり食べないと。




タイトル通りになるまで、もう少しかかります。

ウマ娘やトレーナーのステータス的なものは必要ですか?

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  • ごかってにどーぞ
  • そんなことより続き
  • そんなことよりプリン食べたい
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