夜の、レースが終わった競馬場。
そこに用意された特設のステージの上で、並び立つ数十名のウマ娘たち。
暗い舞台の上を、見つめながら。
何千人もの人が、それを前に、ただ静かに待っていた。
カンッ
スポットライトが、照らされた。
そこに立つすべてのウマ娘たちの姿を、聴衆全員が目にした。
そして音楽が流れ始める。
何度も聞いたことのあるゆっくりとした旋律。それと同時に、三人のウマ娘たちが、ゆったりと動きを始めた。
『響けファンファーレ――――届けとおくまで――――かがやく未来を、君と見たいから――――』
その瞬間、観客の歓声が響いた。
ゆっくりとした旋律は、途端にきらびやかなものに変わり、子気味良いスピードで音楽を奏で始める。
その瞬間に、オーディエンスは一斉に、ピンク色のペンライトを掲げた。
大きな声援と共に。
三人のウマ娘。
センターにはライラルウォーター。そして、その右隣に、アロマクロークス。左には、ロームファンタジアという鹿毛のウマ娘がいた。
ライラルウォーターがアロマクロークスへ、そしてもうロームファンタジアへ目をくばる。
そうしてから、三人で一緒に、センターの高いところから、短い階段を舞台へと駆け下りてくる。
『駆けだしたら、きっと、はじまるストーリー――――いーつでも、ちかくにあるから』
そうして、ライラルウォーターが歌い始めた。
彼女の表情に、あまり感情はうかがい知れない。
しかし、その声はしっかりと張っていて、耳によく響く声だった。
『手をのばせば、きっと、つかめるグロリー』
そうやって歌うのは、アロマクロークスだった。
『一番目指して、Let's challenge! かそくしてゆこう――――!』
それから、ロームファンタジアも歌い始める。
そしてまた、ライラルの低く通った声が響く番だった。
『しょうりーのめーがーみーも夢中に、させるーよ』
若干の伸びが足りない、しかしそれがまた耳に残るような声。
『『『スペーシャルな明日へ、つなーがる――――』』』
そうして、みんなのパートへ。
『『『
盛り上げるドラムがリズムを刻み、そうして、サビに入って行った。
その途端、ピンク色をしたペンライトが一斉に、鮮やかな空の色、そして青い芝の色へと変わった。
『『『響けファンファーレ! 届けとおくまでー!』
『輝くみらーいを、きみーとみたーいから――――』
全員が重なって、そしてまたライラルウォーターの声がやってくる。
『『『駆け抜けてゆこーうー、きみだけーのみーちーをー!』』』
そしてまた、声が重なる。
『もっと――――』
ライラルがクロークスを向き、クロークスは両手をかわいらしく広げる。
『はやく――――』
そして、今度は拳を突き上げるロームへ。
『『『
おおおおおおおおおお――――――――!!
大きな歓声が上がった。
皆、一斉にペンライトを上へ振りかざす。
『Make dabut』、その名の通りウマ娘がそのメイクデビュレースの後に披露する、ウィニングライブだった。
そして、ライブは続いて行く。
わたしはそれをペンライトを突き上げて振りながら、ぼんやりとした思いで見つめていた。
基本的に、単独で声を出せるのは、三着以内のウマ娘だけだった。
それでもそれはごくわずかで、基本的にはみんなで歌う部分。
しかしそれでも、よく聞けば、ひとりひとりの個性ある声が聞き分けられる。
ライラルウォーター。感情があまりこもっていない、低くよく通った声。しかし、そのダンスの動きからは、彼女がダンスの練習をしっかりしてきたことがわかった。
アロマクロークスもそうだ。二位のポジションで、彼女はしっかりとその役割を務めている。
皆、誰が一位になるかわからない。
どのポジションになるかも、本人たちは知らない。
だから、全員が全員、十何通りのダンスの振り付けを覚えて、このレースに挑むのだ。
この舞台の上で、それをないがしろにしたものだけは、一人もいなかった。
それは、みんながみんな、本気でこのレースに挑んだということの裏付けだ。
レースそのものだけでなくて、そのあとに待つ、観客を楽しませるためのライブの練習に至るまで。
それでもみんな、一番頑張って覚えてきたのは一着の振り付けなのだろう。トレーナーとしても、一番最初に教えるのはそこからだ。
当たり前だ。みんな、負けることを前提として練習するひとなんていないのだ。
それが、建前だとしても。
そうだとしても、みんな、全力で臨むのだ。
舞台の上で、みんなが軽やかに跳ね、向こうを向く。
そしてかわいらしい表情をつくり、こちらを振り向いてくれる。
そして、みんなが軽やかに腕を空に踊らせて、ライブのクライマックスがやってきた。
『『『I believe―――――夢の、さきまーで――――――!!』』』
ドラムの音が響いて、ライブの音楽を締めくくった。
その時、拍手喝さいが起こる。
無論歓声が巻き起こり、青色のペンライトが皆の頭上で乱舞する。
これで、ライブが終わった。長く続いたレース、その計画から練習、そしてレース本番、さらにこのライブに至るまでの長い道のりが、いまこの瞬間、一旦ではあるが締めくくられた。
これから、各ウマ娘は各々の道に進んでいくことだろう。
一人を除いては、これから、みんなが今度は未勝利戦へと脚を踏み入れていくはずだ。
そしてまたそこで一着を取ったウマ娘はまた上へと進み、また新しいものが生まれていくのだろう。
憂鬱な未来が待っているかもしれない。一つのレースで勝てるウマ娘はたった一人なのだから、そちらの可能性の方が高いだろう。
しかし、未来は決まったものではない。
ウマ娘のレースに、絶対はないのだ。
ウマ娘の未来のレースの結果は、誰にもわからない。
たとえ圧倒的な実力を手にした強者ですら、どう勝てるかは、わからないのである。
数ある何百人ものウマ娘たちの中で、何が関係しあい、どのようになっていくか。
それが、誰かに理解などできようか。
パチパチと、嵐のような拍手が沸き起こる。
そのうちの一つに、わたしは加わった。
舞台のウマ娘のみんなが礼をして、さらに拍手は大きくなる。
そうして、みんなが舞台から退場した。
これから、またいくつかのライブがある。まだこのライブは始まったばかりなのだ。
もう帰ってしまうお客さんもいるだろうが、多くはここに残るだろう。メインレースのライブが終わるまでは。
しかし、ここで帰ってしまうということは、そのライブのウマ娘だけを目的にここへきていたということ。ウマ娘本人たちにとっては、喜ばしい事実でもある。
そしてわたしは、そのうちの一人だった。
「よし、行くぞ」
マルヤ婆さんが先導して、わたしは片手にしていたケーキの箱を持ち上げて、マルヤ婆さんについて行った。
「はいっ」
人々の群れの中を、わたしとマルヤ婆さんでかき分けていく。
向かう先は、スタジアムの方。
その端の方にある、出走者控室だった。
そこまでくると、その前に立っていた職員の方に呼び止められた。
「あ、あの、許可証の方は?」
『関係者以外立ち入り禁止』と書いてある扉の前だ。それも当然のことだろう。
「アロマクロークスの婆さんだがね」
と、許可証を掲げるマルヤ婆さん。
「ちゅ、中央のトレーナーですっ」
と、わたしは自分の胸を指さした。
「自分のツレだが。通らせてくれ」
「は、はい許可証を確認しましたので……」
「ありがとうございます!」
わたしは頭を下げて、マルヤ婆さんと一緒にその扉をくぐった。
少し広めの廊下に、右手にずらりと扉が並んでいる。それがウマ娘たちの控室だ。
「どこにいるんですか、クロークスちゃんは」
「たしかこっちだが」
マルヤ婆さんの行く方へ歩いて行くと、すぐにそれが見つかった。
『アロマクロークス 様 控室』
と、そこには書いてあった。
その扉に、マルヤ婆さんは手をかけた。
「準備はええか?」
「はっ、はいっ!」
そして、ぐっと力を入れた。
ガチャリ!
「……え?」
「あ、鍵かかっとるがね」
「ええっ!?」
「おーい、アロマ、あけとくれー。婆さんだがね」
「えっ、サプライズって話じゃなかったんですか!?」
し、しまらなさすぎる。
せっかくちょっと遠くのケーキ屋さんからケーキ持ってきて、サプライズで渡そうとしていたのに。ていうか言い出しっぺはマルヤ婆さんなのに!
と、どたどたっ、というおとが扉の向こうから聞こえた。
『えっ、おばあちゃん!?』
すこしくぐもった声。
そういえば、歌声以外で彼女の声を聴いたのは、これが初めてだった。
そしてドアノブがガチャリとひねられ、その姿があらわになった。
淡い栗毛の、おでこの中心あたりにまんまるの白いお餅がついた、かわいらしい顔をしたウマ娘。まちがいない。アロマクロークスちゃんだ。
「お、おばあちゃん、なんでここに……!」
「孫の初陣見に来るっていっとったがや」
「いや、それは知ってたけど……! なんで控室にいるの!?」
「孫の一仕事の後に見に来たら悪いか?」
「い、いやっ、そんなことはないけど……いや、ちょっと今、汗だらけで……まだシャワーとかあびてなくてこれから……」
「身内だがや。関係あれせんわ。ほら、まず入れろ。お客もおる」
「お客……?」
ぴっ、とマルヤ婆さんが親指でわたしを指さす。
その指が指示した方向に、アロマクロークスちゃんの目線は、顔ごとゆっくりと動いた。
そして、ようやっと、わたしの顔を捉えた。
きょとん、とした顔だった。
そんな顔が、コンマ一秒の待機時間を経てから崩壊した。
「えっえええええええええええええええええええええ!?!?」
「うわっ!?」
ばちんっ!
またもや手のひらが側頭部を叩いた。
痛い。毎度のことだけどウマ娘パワーで側頭部を叩くとずっと痛い。
加えて今回は左腕がケーキの箱によって防がれていたので、どのみち成功しても無理だった。
み、耳が痛い……。そろそろ本格的にメンコ買おうかな……。
「だっ、誰ですかっ!?」
「い、いま気づいたんですか……」
「い、いやっ、すみませんっ! あのっ、おばあちゃんの親戚とかですか!?」
「いや、そういうのじゃなくて……昔馴染みというか……」
クロークスちゃんの目が、ずっとわたしの体をきょろきょろ眺めてくる。
こうされるとなんだか落ち着かない。すこしこそばゆくなる。
その目が、ある一点でぴたりと止まった。わたしの胸だった。
正確には、そこに着けているもの。
「えっええええええええええええええええ!?!?」
「うわっ!?」
「と、トレセンの人なんですか――――――!?」
「ごめんちょっと声抑えてくれないかなぁ!?」
「あっすっすみませんっ!?」
クロークスちゃんが、びっと頭を斜め四十五度に下げる。
い、痛い……耳が過去一番くらいにいたい……。
そろそろ耳鼻科を受診しようか……。もし私が政治家になったらウマ娘への騒音問題を全力で取り組む決意をしそうだ。
「そっ、それでっ、どなたなんですかっ!?」
あ、それは聞くんだ……。
なんかマルヤ婆さんに似てるな我が強いとこ……。
「む、昔馴染みというか……。わたしが小さいころに名古屋競馬場にいた時に、いろいろお世話になってたというか……」
「とねちゃんだがね。覚えとるが、アロマ?」
「えっ?」
マルヤ婆さんがとなりから口を滑り込ませてきて、少し動揺してしまった。
クロークスも頭の上にはてなをうかべている様子だった。
そして、ゆっくりとわたしの顔を見る。
「とねちゃん、って……?」
「おまえも小さいころ競馬場いっとったがや。覚えとらんか? 何回かお世話になっとったがや」
「あっ……!」
ぴんっ、とクロークスちゃんのしっぽと耳が跳ね上がった。
「と、とねちゃん……!? あの、ドジで体弱くて少し走ったら息切れしてた……!?」
「えっ……!?」
し、辛辣……!?
ていうかわたしまだ思い出してないんですけど……!?
「そうそう。あのとねちゃんだが。何回かお世話になったこと覚えとるがや?」
「う、うん!」
クロークスちゃんがマルヤ婆さんを向いた。
「一回わたしが迷子になって、一緒に探してくれたけど、途中で自分が逆に体力切れて倒れそうになって最後はおばあちゃんが助けに来てくれた時のこと覚えてる……!」
「それだがね」
「あっ………!?」
お、思い出した……!
さ、最悪の思いだし方だ……そういえば、記憶の片隅に、このクロークスちゃんとそっくりな額のお餅の模様を持っている娘いたな……。たぶんこの娘だ……。
で、できればこんな思い出し方したくなかった……。
あの時、ウマ娘を相手に道案内してたから、すぐに向こうの体力についていけなくなって死にかけたんだった……。あの時確かわたし十四歳くらいだったはずなんだけど、その時の体力はもちろんウマ娘どころか十歳下の女の子にすら勝てるか怪しいものだったし……。
「と、トレーナーになってたんだ……! それも中央の! すごい、あのとねちゃんが……!」
『あの』ってなんですかあのって……。
とても腑に落ちない何かを感じる……。わたしだって必死こいて生きてるんですよ、あの利根田だって……。
「ま、とりあえず中いれてくれ」
「あっ、うん!」
とりあえず室内に入ることになった。
控室はほかの競バ場とあまり変わらない。中京競馬場のには来たことがなかったが、ほかのとは大差なかった。
部屋の中心にある机の椅子を、マルヤ婆さんは引いた。
「よっこらせっと」
ふう、と彼女はため息をついた。
「ようやっと座れたわ」
そういえば、今日はほとんど歩き詰めだった。
一日でいろんなところを見て回っていた。
わたしは不思議と大丈夫だった。人間の体だったことは、これだけ一日中歩き回るなんて、考えもできないことだった。
「どうぞどうぞ、座ってください」
「あ、どうも」
クロークスちゃんに勧められた席に、わたしは腰を下ろした。
「そんで、アロマ」
ふと、おもむろにマルヤ婆さんがクロークスちゃんに呼び掛けた。
「ん? なに?」
「今日はよう頑張ったな」
「うん、ありがと!」
にっこり、とかわいらしい笑顔を浮かべて、クロークスちゃんは返事をした。
「最後の追い上げ、どえらい脚だったがね。びっくりしたわ」
「でしょでしょ? 頑張ったんだぁ! 練習でも意識してたんだ。先生には、お前の末脚は大きな武器だからって、言われてたんだよ!」
「そうかそうか。本当に、よう頑張ったな。ま、婆さんは自分みたいな逃げ馬になってほしかったけど」
「考えてはみたんだけどね、でも、まだ一回目だし、いろいろ試してみてもいいかなって!」
底抜けに明るい性格のようだった。
やはり、マルヤ婆さんのそれと通じるところがある。
この二人の付き合いことが見て取れる。今や東京では珍しくなってしまった光景だ。
クロークスちゃんはマルヤ婆さんに対しての遠慮が全くなかった。屈託のない様子で、マルヤ婆さんに話しかけていた。やはりクロークスちゃんが小さいころから、二人は一緒なのだろう。
「そんで、今日はそんな頑張ったアロマにご褒美がある。とねちゃん、例の」
「あ、はいっ」
「えっ、なになに!?」
うきうきと、クロークスちゃんの尻尾が揺れていた。
かわいいな。
二着であることを、彼女は暮らしがるどころか、誇りにすら思っているのかもしれない。
ウマ娘にはいろいろなタイプがある。悔しがるか、負けをバネにするか、それを負けとすら思わないか。ウマ娘ごとに、受け止め方は色が違う。
「これ、です」
わたしは手にしていたケーキの箱を、机の上にどんっと置いた。
その瞬間、クロークスは目をカッと見開いた。
「えっ!? もしかして、け、ケーキっ!?」
「そうだ。頑張ったアロマのプレゼントだ」
その瞬間、クロークスちゃんの尻尾の揺れがぶんぶんと加速した。
「すっ、すごいすごい!! えっ、しかもあのフォーティワンのアイスクリームケーキ!? ほ、ほんものなの!?」
「本物に決まっとるがや。ほら、開けてみや」
「うっ、うんっ!」
ばばっ、と素早い手つきでクロークスちゃんは箱を開封した。
まずは一段目に保冷材で固められた小さな箱が出てくる。
そしてそれを開けると、ケーキ本体が姿を現した。
鮮やかな緑色をした、チョコミントのアイスケーキだった。
ケーキの上にはチョコレートやアイスクリームでトッピングがなされていて、甘い匂いがすぐにでも鼻孔に届いた。
そういえば、夜になってからまだ何も食べていないのを思い出した。
その時、ぐぎゅるるる、と音が鳴る。
一瞬、自分の腹の音かと思った。
でも違った。
どうやら、それは対面のクロークスちゃんのものだったらしい。
マルヤ婆さんが、豪快に高笑いをした。
「はっはっは! はよたべやぁ! 誰も取らんがや。ぜんぶアロマのもんだがね」
そういいながら、マルヤ婆さんは自分が持参していたポーチのようなものを手にした。
「うっ、うんっ!」
そういうクロークスちゃんの口からは、ぽたぽたとよだれが垂れていた。
どれだけおなかが減っていたんだ……。やはり、あれだけ走ったら相当おなかが減るものなんだろうか。
その間に、マルヤ婆さんはポーチから紙のお皿を取り出していた。最初から入れていたんだろうか。準備がとてもいい。
「ほいや」
「ありがとっ!」
クロークスちゃんはマルヤ婆さんが放ったそれを手にすると、箱の中に入れられていたプラスチックのナイフを手にして、ケーキを切る作業に取り掛かっていた。
ナイフを中止に添えると、すっ、とそれが沈み込む。
素早く上下させながらナイフを引いていくと、ケーキにとてもきれいな切り込みが入った。
どこか手慣れた手つきだった。
それを、クロークスちゃんは三回繰り返した。
そして、三等分に切られたケーキを、いつの間にマルヤ婆さんが用意していた残り二つの紙皿、計三つのお皿に、器用な手つきで移動させていった。
かなり巨大な一切れだった。さすがウマ娘スケール。
っていうか。
「えっ、わたしも食べていいの……?」
「えっ?」
逆にクロークスちゃんがきょとんとした。
「食べないの?」
「えっ、いや……その、わたし、部外者だし……」
「……? でも、食べるでしょ?」
あ、あれ? なんかわたしが間違ってる……?
「えっ……いや、まあ……ぐえっ!?」
痛っ!?
わ、脇腹痛っ!?
「なにするんですかマルヤ婆さん!?」
「ここは東京
「あっ、はい……でも痛いですよ……九十歳のパワーじゃ」
「ん?」
ぎろりと音がした。
「……すみませんなんでもないです」
「ならええ」
怖すぎるこのお婆さん……。
「そんじゃ、ロウソクも立てるか」
「えっ、ついて来てたんですか」
わたしは痛む脇腹をさすりながら聞いた。
「ケーキにゃロウソクたてなきゃケーキじゃねぁがや」
するとクロークスちゃんが机に乗り出した。
「あっ、わたしに立てさせてっ!」
「ほいよ」
と、箱に張り付けられていたロウソクはクロークスちゃんに強奪された。
ついてきたロウソクは十三本で、プラスチックの袋に包装されていた。
あ、そういえばケーキ屋さんで、マルヤ婆さんが『お孫さんはおいくつですか?』って聞かれたな……。マルヤ婆さん適当に『十三』って答えてたけど、あれ完全に誕生日ケーキって思われてたな……。
とりあえず、ロウソクがケーキに立った。
それに、マルヤ婆さんがライターで火をつける。
なぜか、全部クロークスちゃんのケーキに立っていた。
「どう、おばあちゃん!?」
満面の笑みで、クロークスは十三本の密集したロウソクを自慢していた。
「ええかんじだがや」
対するマルヤ婆さんも満面の笑みだった。
孫にはほんとに甘いなこの人……。
「よし、じゃ電気消すか」
「えっ、そこまでやるんですか」
「ケーキ買ってロウソクまで火付けたのに、なんで電気消さんがや?」
何言っとんの? っていう顔で見られた。
クロークスの方を見る。
すると、彼女もきょとんとした顔でわたしを見ていた。
「あ、はい……。もう、好きにしてください……」
ダメだ。マルヤ婆さんだけならまだしも、同じ性質のがもう一人いるから勝てる気がしない。
あきらめよう。
マルヤ婆さんが電気を消し、席へ戻ってくる。
ロウソク(十三本)に照らされ、やけに明るく光っているクロークスの顔だけが闇の中ではっきり見えた。
「よし、歌うか」
「うんっ!」
二度目のクロークスの満面の笑みが、明るいロウソクの明かりに照らしだされていた。
「えっ、何を歌うんですか?」
「誕生日の歌だがや」
「そうだよ、バースデーソングだよ、とねちゃん」
今度はクロークスちゃんも賛同してきた。
また、『何言ってるの?』という顔で見てくる御仁。
「え、今日誕生日なんですか?」
「違うよ?」
「違うな」
「はっ……?」
……駄目だ。
嫌な予感がする。
「ケーキ買ってロウソク立てて、電気しめてやることと言ったら、誕生日の歌だがや」
「そうだよとねちゃん。べつに誕生日じゃなくても歌うでしょ?」
「へっ……?」
そ、そうなの……?
そういうものなの……?
わたしが間違ってるのこれ……?
「よーし、じゃあ、歌うよおばあちゃん!」
「おう、歌えや」
「よしっ、せーのっ! はっぴばーすでーとぅーゆー、はっぴばーすでーとぅーゆー!」
……バースデーソングが、歌われ始めた。
……駄目だ。どうしようもできない。
今日一日、いろいろ物事が起こりすぎてる……。
何に巻き込まれてるんだわたしは……。なんかの面白びっくりショーにでも巻き込まれてるんだろうか……。
……ああ、ものすごくトレセンが恋しくなってきた……。
素直なみんなが待ってるトレセンに帰りたい……。なんだかんだ趣味の合う根岸と会いたい……。
勝手に抜けだしたこと土下座するから帰りたい……。
きつい……。完全に異国の地に来た気分だ……地元なのに……。
「「――――はっぴばーずでーとぅーあろまくろーくすーーーー!!」」
「おめでとー!」
「ありがとーーーーーー!!」
……ぜんっぜん
「よーし! じゃあ、おいのりします! すぐに未勝利戦勝てますように!」
「よしっ、その意気だがね!」
しかも口に出して言うんだ……。
「ふーっ!」
あっ、ロウソク消えた……。
そしてすぐに明るくなった。マルヤ婆さんが明かりをつけた。
「よしっ、いただきまーす!」
「いただきます」
まったくついていけてないうちに、こんどは食事の時間がはじまった……。
「うーんっ! おいしーーーい! つめたくてとってもおいしいっ!」
「そりゃよかったわ。どんどん食え」
「うんっ、ありがとおばあちゃんっ!」
……とりあえず、わたしも食べるか……。
「……はむっ」
……おいしい。ちゃんとおいしい。
あまくて、つめたくて、それでいてチョコミントのさわやかな味と爽快感が、口を満たしてくれる。
「んんーっ、ふぉんとうにおいひいー!」
クロークスちゃんのかわいらしい声が、部屋の中に響き渡る。
……かわいらしい。本当にかわいらしい。
まだ中等部、トレセンにも入って長くはない。
こんなに若いのに、トップアスリートである、トレセンに合格して。
そしてこうやってレースに出て、勝てはしなかったけど、立派に二位に入着して……。
負けた、なんて感覚も微塵も感じさせない。
……とっても、いい娘なんだろうな。
少し変わってはいるけれども、それでも、そんなことはトレセンでは問題にはならない。
考えてみれば、彼女はトレセンにはぴったりの存在、なのかもしれない。
「はーっ! おいしかったーっ!」
いつのまにか、すべて食べ終わったクロークスちゃんが、椅子に大きくもたれかかっていた。
「おっ、速いなアロマ。そしたら、婆ちゃんのも食べるか?」
「えっ、いいのっ!?」
きらきらと、クロークスちゃんの目が輝く。
「もちろん。かわいい孫だがや」
そうして、ほとんど手の付けられていないケーキの皿を、マルヤ婆さんは孫にあげた。
それにさっそく手を付けるクロークスちゃん。
「おいしいーーーっ……!」
満面の、屈託のない、喜びの顔。
……負けたことなど、一ミリも。意にも介していないような。そんな笑顔。
あれだけ熱い顔をしていたレースの顔とは、全く似ていない。
……わたしは、重く考えすぎているのかもしれない。
すこし、そう思った。
わたしのチームは、みんなわたしを慕ってくれている。
でも、わたしは、そんな彼女たちの感情を奪ってしまっていたりはしないだろうか……。
わたしが落ち込みすぎていたのだとしたら、彼女たちにもそれが影響してしまっていたりしないだろうか。
こんな、アロマクロークスみたいに……。明るい娘、みたいに。
勝ち負けを重く受け止めることは大事だけど、でも……思いつめすぎも、悪手なんだろうな。
負けた時のことを、少しでもいいから、明るく考えられればいいのかも、しれない。
「あっ」
かつんっ、とプラスチックのスプーンが、皿の底をついた。
いつのまにか、食べ終わっていた。
「おっ、食べ終わるのはやいがね。そんなに大食いだったか?」
「あ、いや、ウマ娘になってから……」
「とねちゃんっ、おいしかった?」
クロークスちゃんが、机から大きく身を乗り出していた。
そのきらきらとした目は、わたしの両目を、まっすぐと見つめていた。
「……うん。とっても、おいしかったよ」
「ほんと!? とねちゃんもチョコミント好きなの!?」
「うん、好き。ありがとう、本当に」
「うんっ!」
……本当に、気持ちのいい娘だ。
こんな娘みたいに、笑顔になれたら。
何かが、あったとしても。
マルヤ婆さんみたいに、何があっても引っ張ってくれるような。
さわがしくたって、時にたのもしく、心の支えになるような。
「でも、あれ? とねちゃんって、昔、串のおにく一本食べるだけで、気持ち悪そうにしてたような……」
「あ゛っ……」
……やっぱり、ちょっと毒舌かなぁ、
話が続くごとに、マルヤ婆さんの名古屋弁のクオリティが上がって行っているような気がします。
ウマ娘やトレーナーのステータス的なものは必要ですか?
-
いる
-
いらない
-
ごかってにどーぞ
-
そんなことより続き
-
そんなことよりプリン食べたい