もしもトレーナーがウマ娘になったら   作:ケンタ〜

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第二十七話 帰路

「今日は本当に、ありがとうございました。マルヤ婆さん、アロマクロークスちゃん」

 

 もうすっかり暗くなった空の下で、わたしはぺこりと頭を下げた。

 

「気にするな。またなんかあったら来やぁ」

「うん、また来てね、とねちゃん!」

 

 もう競バ場の前は、すっかり誰もいなくなっていた。

 お客さんはもう全員帰った後だ。人っ子一人、あたりにはいなかった。

 

「それじゃあ、また」

「おう。またな」

「じゃーねー! とねちゃーーーん! トレセンでねーーー!」

 

 クロークスちゃんがぶんぶんと大きく手を振ってくれる。

 思わず頬が緩んでしまった。

 元気なクロークスちゃんに小さく手を振って、わたしは踵を返した。

 

 とても静かな道だった。

 四月の涼しげな春風が、ときおり優しく吹き込んで、あたりの木々を小さくざわめかせる。

 

 とても心地が良かった。

 息を吸い込むと、ひんやりとした空気がとてもすがすがしかった。

 

 とても、いい一日だった。

 マルヤ婆さんと、出会えてよかった。

 そして、アロマクロークス。

 彼女のレースを、見ることができて良かった。

 彼女というウマ娘に、出会うことができて。

 

 彼女たちにあえて、いろんなことが知れた。

 

 わたしの脚は、駅へと向かっていた。

 もうかなり遅い時間だ。

 はやく戻って、明日の準備をしなければ。

 戻ったら、安里はきっと怒るだろうな。

 みんなもきっと、心配するんだろう。

 フジキセキ……彼女を放って出てしまったことも、すこし後悔してる。

 

 でも、怖くなかった。帰ることへの恐怖はなくて、脚はとても軽やかだった。

 

 帰ってまた、立て直そう。やってしまったことを取り戻そう。遅れてしまったことをやりなおそう……。

 

 そう考えていると、心がとても、暖かくなった。

 

「おい」

「んっ!」

 

 ぴんっ、と尻尾が天を突いた。

 耳が一斉にそちらへ向く。

 体の関節がぴんと張って、道の中で硬直した。

 

 曲がり角。その向こうから、声が聞こえていた。

 

 コツ、コツ。

 

 アスファルトを歩く革靴の声。

 

 角から出てきたその正体に、わたしはこぶしをきゅっと握った。

 

「あ、安里…………」

「よう。ずいぶんとご無沙汰だな」

 

 なんでここに……。と聞くのは、もはや無粋だろう。

 

「よっ、ようこそ、愛知に…………」

「ひっぱたくぞ」

 

 険しい顔つきをしていた。

 眉を寄せて、ポケットに手を入れて、重心は片足にのせられていた。

 友人根岸がする、機嫌の悪い時のアピールポーズだった。

 そんな険しい口元を、彼女は大きく開いた。

 

「何時から出てた?」

「あっ、朝の八時です」

「いつから計画してた?」

「えっと、出発の一時間ほど前です」

「ラーベルが来たのは?」

「は、八時のちょっとまえです」

「チケットいつとったんだ」

「えっとその場で自由席のを。あとはSUIKAで」

「…………」

 

 それきり、友人根岸は黙り込んでしまった。

 静かな時間がその場に流れた。

 根岸は何も言わない。

 わたしは、口を開いた。

 

「あのっ。ご、ごめん」

 

 そして、頭を深く下げた。

 わざわざ、東京から来てくれたのだろう。

 そして、こんな時間であるということは、彼女はきっと、チームホトオリのみんなのトレーニングや、ほかの業務を終わらせて、それからやっと来たのだろう。

 それでも、来てくれたのだ。

 

「きゅ、急に抜け出して……迷惑かけちゃって、ごめん」

 

 言い訳はできない。

 今朝の自分の精神状態は忘れてはいない。『今考えるとなんでこんなことをしたのか分からない』、なんてことはない。全部わかって、わたしがしたことだ。

 だから、何も言い訳はない。

 ただ、目の前の友人に頭を下げた。

 

 ふう、と。

 

 友人がため息をついた。

 びくっ、と体が震えてしまった。

 

「…………」

 

 根岸が、なんどか口を開きかける音が聞こえた。

 ほんのかすかな音で、けれどもわたしの耳は、それをしっかりととらえてくれていた。

 何度か息を肺に吸い込み、そしてためらって飲み込む音。

 

 そして、根岸が喉を動かす音が聞こえた。

 

 わたしはふと顔を上げた。

 

「…………!」

 

 友人はかたく唇を結んでいた。

 眉にたくわえた皺は相変わらず深く、歯はぎゅっとかみしめられている。

 ただ、彼女の体がかすかに震え、その目が緩み、熱いものが漏れ出していること以外は、すべて同じだった。

 

「っごめんっ!」

 

 わたしは思わず駆けていた。

 そして抱き着いた。

 友人の体を、根岸の背を、ぎゅっと握り締めた。

 

「ごめんっ! 勝手に抜け出してごめん! 勝手に出てっちゃってごめん! 何も言わずこんなところきちゃってごめんっ! 突き放すみたいなことしちゃってごめんっ!」

 

 根岸のからだは拒絶しなかった。ただこわばっていた。

 わたしは腕にいっぱいの力を込めて、すべてを吐き出した。

 

「みんなを任せちゃってごめんっ、全部負担かけちゃってごめんっ、フジキセキのことも、みんなのことも、ぜんぶ安里一人にまかせちゃって、放り出しちゃって逃げちゃってごめんっ……!」

 

 ううっ、と彼女の口から声が漏れた。

 わたしはなおさら、腕に力が入るのを感じた。

 

「ごめん、ごめん、ごめん、ごめんっ……! っ、ほんとに、ごめん……! 安里……!」

 

 ばしんっ、と背中に走るものがあった。

 

 それは友人の手だった。

 

 ぎゅっ、と力のこもった腕が、わたしの体を抱きしめた。

 

「勝手に行くなよっ……!」

 

 震えた声だった。

 

「勝手にいくなよぉっ……! ビビるだろ、勝手にどっかいったら……! なんで私になんもいわないんだよっ、なんで相談してくれないんだよ……! 言ってくれよ、わたしに……!」

「っ、ほんとに……! うんっ、今度から、ちゃんと言うから……!」

「ばかぁ……!」

 

 ぎゅうっ、とわたしの体は抱きしめられた。

 ぽたぽたと、わたしの方にしたたるものが暖かかった。

 

「ごめんっ……!」

 

 わたしも泣いていた。

 勝手に涙が出てきた。

 一日も分かれていたわけじゃなかったのに、とんでもなく長い間離れていたみたいだった。

 ようやく会えた友人に、心の底から安堵した。

 

 ずっと不安だった。そのことに、今初めて気が付いた。

 彼女がいなくて怖かったことに、どれだけ不安だったのか。この一日、ずっと心細かったのが。

 今ようやく、わたしはわかった。

 

「ごめんっ……帰ろ、安里……! ごめんね、もう勝手にいなくならないから……! 一緒に、帰ろ……!」

 

 ぎゅっ、と返答があった。

 

「うんっ……! 帰ろう……!」

 

 友人の声は、聴いたこともないくらいに上擦っていた。

 友人のこんな姿を、わたしは生まれて初めて見た。

 そんな彼女のか細い様子が、彼女の弱い部分を見て、わたしは抱擁をとくことができなかった。

 

 そのままわたしたちは、しばらく長いあいだ、ずっと抱き合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウマ娘やトレーナーのステータス的なものは必要ですか?

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