もしもトレーナーがウマ娘になったら   作:ケンタ〜

3 / 28
第三話 トレーニング風景

「はーい、しっかりしっかり! そこ、甘くなってるよ! しっかり背筋伸ばして骨盤に乗せるように意識して!」

「は~い」

「はいそこ! ルボちゃん! 地面しっかり蹴って! 最後までふんばりきれてないよ!」

「はぁぁ~い……」

「はいそこそこ! アウちゃん膝意識して膝! 体に負担かかっちゃってるよ!」

「はい! わかりました!」

 

 太陽が傾いた午後の練習場。

 

 たくさんのウマ娘たちが、ターフの上で走りの練習をしていた。

 

 これはいつも最初のほうにやる、フォームの矯正だ。どんなにまじめな子でも、フォームは直さなければ、少しずつズレてしまう。

 

 フォームは走るうちでも最も大事な要素の一つだ。

 

 走りの質に直結し、そしてなにより、体の負荷に大きくかかわってくる。

 

 ウマ娘は走るとき、人間とは比べ物にならないほどの負荷がかかっている。

 

 いくらウマ娘が走るための体を持っているとはいえ。そこには限界がある。

 

 車にたとえてみればいい。最高で百二十キロを出せるように設計されている一般車でも、実際にその速度を出し続けたらどうなるか。

 

 もっとわかりやすく言えば、人間もそうだ。日常の中で、人間は全力で走ることなんてほとんどないだろう。

 

 実際にそう走れるように設計されていたとしても、それがデフォルトというわけではない。つまり、本気で走るという事は、限界ギリギリを出しているという事。

 

 常に限界ギリギリで加速しているF1レースを見てみればわかるだろう。タイヤはたったの一レースの中ですら摩耗して、取り換える必要がある。

 

 なにより、車はいくらでも替えが聞くが、ウマ娘はそうではない。彼女たちの体は既製品ではなく、いつだってそれひとつしかない。

 

 だから練習を始める前に、まずはフォームの矯正から入る。不調があればすぐにそれを見つけ、そうでなければ緩んでいるネジを見つけ、しめる。足りない部品(ところ)があればそれはその後で、練習で付け足す。

 

 たっぷり三十分かけて、それをやる。

 

 なぜそれだけの時間をかけるかというと、疲れてから初めて発覚することもあるからだ。

 疲れて程よく力が抜けてきてから、見えることもある。

 

「はーい終わり! 三十分、おつかれさま!」

「おわったぁ〜〜〜!!!」

「やったぁ〜〜!」

「今日もやりきった〜〜〜〜!!」

 

 その言葉に地面にへたり込もうとするウマ娘たち。

 

「ハイストップストップ! 急に止まらない! 心臓がびっくりするよ!」

「うぇ〜〜」

「つらい〜〜〜〜」

「やだ〜〜〜〜」

 

 そういいながら、みんなへろへろと、ターフの上を歩き始める。

 

 三分間のウォーキングが終わると、ちょうどわたしの後ろで音がした。

 

 がしゃり、と重い音が。

 

 ちらりとそれを顔だけ向けて確認して、わたしは声を上げ――――ようとしたところで、筋肉痛であることを思い出して、少し加減をして声を出した。

 

「はーい! きゅうけーーーい! お水取りに来て〜〜〜!」

 

 わー、はやくよこせー! あっちょわたしがさきーーー!!

 

 というふうに、ウマ娘たちが駆け寄ってくる。

 

 ターフからあがり、コンクリートの上に置かれたクーラーボックスのなかに入っているスポーツドリンクやお茶を、素早い手つきで取っていく。

 

 パキッ ぷしゅっ ごくごくぷはー!

 

「あんまり急に飲むとお腹壊すよ〜〜〜!」

「だっであづいんだも〜〜〜ん!!」

 

 一人のウマ娘がしゃがれた声を上げる。

 

「毎回三十分のランニングはきついですって〜〜!」

 

 また別のウマ娘が抗議する。

 

「でも、最初と比べたら楽になったでしょ?」

「きついです〜〜〜!」

 

 そんな感じに弱音を言うウマ娘たち。

 

 それを横目にわたしは抱えていたボードに目を移した。

 そこに挟まれている紙には、ウマ娘たちの、ランニングのラップタイムがずらりと書かれてあった。

 

「おつかれ、利根田トレーナー」

 

 ポン、とわたしの肩に手が置かれる。

 その手は少しひんやりとしていた。

 

「うん、ありがとう」

 

 振り返ると、友人根岸の顔がそこにはあった。

 

 飲料水を用意してくれた手はちょっぴり濡れていて、重いものを持ったからか、少し息が切れていた。

 

「どうだ、この子たちのタイムは」

 

 自分の疲労はお構いなく、わたしの手の中のボードを覗き込む。

 

 わたしはうなずいて答えた。

 

「順調すぎるほどだよ。どんどん速くなってる。三十分で走れる距離がものすごく伸びてる」 

「ふむ、フォームの矯正を徹底的にやった甲斐があったな。体力面の向上によるものも大きいだろうが、どうだろう?」

「うん、フォームに違和感はないよ。びっくりするほど順調に距離が伸びてる。ほかのチームのデータとも比較してみたんだけど、やっぱりフォームを改善するのとそうでないのとだと、走力の伸びがぜんぜん違う」

「個人差があるが、十二人もいるとなると、このデータは正しいと思ってよさそうだな」

「そうだね。貴重なデータが取れた」

 

 わたしは、紙の端に今日の日付と時間と、『収集継続』の文字を書いた。あとでこの紙はファイリングして、貴重な情報源として保存する。

 

「せんせー、休憩時間あとどれくらいすか?」

 

 新し紙をボードにセットしていると、一人のウマ娘が聞いてくる。

 

「あと十分だよ」

「うぇ~、きっつ~!」

 

 そう言って、その子がペットボトルに口をつける。

 

「しかし気になるな、この子たちの疲労状態は大丈夫だろうか。普段の休息では取れない疲労がたまっている可能性もある」

 

 友人根岸が顎をさすりながら、そう考える。

 

 トレーナーモードの彼女の顔は、真剣だった。

 

「一回触診をしてみてもいいかもしれないね」

 

 しゃべりながら、わたしは新しくセットした紙に、今日の日付など、必要な情報を書いていく。

 

「そうだな。マッサージはいつもやっているが、触診となるとまた違う事が得られるかもしれない」

 

 友人はしゃがみ込んで、クーラーボックスからお茶を取り出した。

 

「ほら、飲んで」

「あ、ありがとう。でも、汗かいてないから大丈夫」

「乾燥してるから、飲んで」

 

 パキパキ、と蓋を開け始める。

 

「ほら、利根田トレーナー」

 

 トレーナーモードの彼女は、わたしのことをそうやって呼んでくる。

 

「わかったよ。ありがとう」

 

 受け取って、ひとくち口にする。

 意外と喉が渇いていたのか、かなりごくごく飲めた。

 

「ふうっ」

 

 飲み終わってそれをコンクリートの上に置く。

 

 わたしは再びボードの紙に書き込みを始めた。

 

「よしっ」

 

 情報を一通り書き終わる。

 

 次は――――

 

「おぉ、もう練習始まっとるのか」

 

 後ろから、男性の声がした。

 

 振り返ると、そこにはレザーの上着に身を包んだ、チョビ髭長白髪サングラスの、巨漢の人がいた。

 

 その上着の左胸に、古く変色したトレーナーバッヂがついている。

 

 この人は――――

 

「タナベさん」

 

 わたしはその名前を呼んだ。

 すると、その人は片手でひらひらと手を振る。

 

「じゃまするぞ、利根田トレーナー」

 

 わたしはとっさに頭を下げた。

 

「お疲れ様ですっ、タナベさん」

「いい、いい。頭を上げてくれ。それなりの付き合いじゃろ」

「たっ、タナベさん!?」

 

 友人根岸が、驚いてその人を見ていた。

 

「どっ、どうしてここに!?」

「なに、ちょっと訪ねてみようと思っただけじゃ。自分が設立に携わったチームの様子をな。どうじゃ、最近は?」

「そっ、それは、おかげさまで順調に……!」

「どうやらそのようじゃな。さっきの走りも遠目にみさせてもらったが、去年と見違えるようじゃの」

「た、タナベさんにそう言ってもらえるなんて、光栄です……!」

 

 ぺこぺこと頭を下げる彼女の様子を見て、タナベさんが軽く笑う。

 

 友人根岸が、これほどまでに緊張する相手なんて、この人か、理事長くらいしかいない。

 

 この人は、それだけすごい人なのだ。

 

 タナベトレーナー、といえば、ここでは知らない人はいない。

 

 ベテランもベテラン、超ベテランのトレーナー。

 

 その貫禄や、使い古したトレーナーバッヂからもわかる。

 

 そしてこの人は――――

 

「フジキセキのレースが終わって、久々に暇ができたもんでな」

 

 あのフジキセキを育てた、トレーナーでもある。

 

 四戦四勝、二冠目前の、今最も来ているウマ娘。彼女を育てたその人が、ここに来ていた。

 

「先日のレース、わたし、現地で拝見させていただきました」

「ほう、わざわざ千葉まで行ったのか」

 

 フジキセキが優勝した弥生賞は、中山競馬場において開催された。そして、その中山競馬場は千葉にある。

 

「はい。これは見なければいけないものだと」

「ほう、それで、利根田トレーナーの目からみてどうだった?」

「――圧倒的、の一言でした。それは、強さもそうですが、精神的な面で、特に」

「ほう!」

 

 タナベさんが、驚きに目を見開いた。

 

「ウチのフジキセキの強みを分かってくれるのか。あの最後の直線の中で、フジキセキだけが、周りと自分の走りとを、冷静に見とった。そして、一気に場を支配して、一気にさらっていきおった。あれはもう、最高の走りとしか言いようがない。そうは思わんかの、利根田トレーナー」

「はい、まさに、その通りです。あの冷静さと場の支配力は、まさに彼女の抜きん出て並ぶものがない、素晴らしい武器だと思います」

「ほほう、いい目をしとるな、利根田トレーナー」

 

 くしゃり、とタナベさんは顔をゆがませた。

 タナベさんが、どれほどフジキセキが好きで、彼女に愛情を注ぎ、育て上げたのかがわかる。

 

 そしてそのタナベさんの愛情が、昨日のレースに如実に表れているのだ。

 

「それでな、そんな利根田トレーナーに頼みがあるんじゃ」

「はい、なんでしょう?」

 

 笑顔のまま、タナベトレーナーはわたしに言ってくる。

 

 この人の頼みなら、断れるわけがない。というか、どんな頼みでも断るつもりはない。

 

「うちのフジキセキを、このチームで見てくれんか?」

「へっ……?」

 

 わたしの顎が落ちた。

ウマ娘やトレーナーのステータス的なものは必要ですか?

  • いる
  • いらない
  • ごかってにどーぞ
  • そんなことより続き
  • そんなことよりプリン食べたい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。