もしもトレーナーがウマ娘になったら   作:ケンタ〜

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第五話 実力の差

「おーい、ゼウ! 体の向きが内ラチ側に縒れとる! もっと重心をしっかり意識するんじゃ!」

「はっ、はいっ!!」

 

 フジキセキとタナベトレーナーを交えたトレーニングがはじまった。

 

 いつもと同じ、フォーム矯正の三十分ランニングだ。

 

「さすがタナベトレーナー。あれだけ離れたところからでも、しっかり見定めて指導をしている」

「うん、すごいよね。わたしたちじゃ、足元にも及ばない」

 

「アウ! 走りやすいバ場をしっかり見極めるんじゃ! ずっしりした走りができるのはいいことじゃが、無理に走るでない!!」

「はいっ、わかりましたっ!」

 

「あれだけしっかりと、目ざとく指導されると、やることがなくなるな」

「うん。チーム設立当時に戻ったみたいだね」

 

 仮設ゴールの前を、ウマ娘たちがびゅんびゅんと通っていく。

 

 その時間を、ゴール横のタイマーを見てボードに書き込んでいく。

 

 うちに所属しているウマ娘の数は十二人。その子たちが絶え間なく、ゴールを通過していく。

 

 一瞬でも目を離せない。この三十分は、ウマ娘たちだけではなく、わたしにとっても気を使う時間だ。

 

 ウマ娘は、そのかるいランニングでも、一般道で走っている乗用車を超える。文字通り、風を切って走っていく。

 

 ゴールを通過するのはほんの一瞬。その時間を、一秒単位で記入する。

 

 ――――今。

 

 今通ったのはルボちゃんか。また少し早くなったな――――と考えつつ、すぐに書き込む。

 

 そして顔を上げれば、またすぐに別の娘が。

 

 休みがない。腕の中のボードと、ターフの向こう側のタイマーを絶え間なく交互に見るから、眼球運動にはいいかもしれない。

 

 ちら、とボードの一番下側を見る。

 

 そこには、タイムが段違いのウマ娘がいた。

 

 一人だけ、ものすごく抜きん出ている。冗談のように。

 

 言っておくと、これは、ウォーミングアップとフォームチェックを兼ねた、ランニングだ。

 

 みんなのタイムが伸びている、というのも、わたしが意識してやらせているわけではない。いつものトレーニングによって結果的に、伸びているだけ。

 

 しかし、これではまるで……。

 

 そこにある名前は、『フジキセキ』

 

「おさきに失礼するよ」

「っ――――はやっ、フジ先輩――!」

 

 うちのウマ娘の隣を、颯爽と通り抜けていった。

 

 倍、とまではいわない。しかし、1.5倍くらいはあるかもしれない。

 

 すこし全力を出している、などというわけではないのはわかる。

 

 なぜならば、その速度で、ランニングのフォームを崩していないからだ。そして、それでいて、周りの娘よりも、涼し気な顔で走って見せている。

 

 ――次元が違う。

 

 うちにも皐月賞に出場できるような子はいるのに、こうもレベルが違うのか。

 

「――タナベトレーナーも人が悪い。ただでフジキセキとトレーニングできるなんて、甘い話はないみたいだな」

 

 友人根岸が、後ろで愚痴るように言った。

 

「うん……ランニングフォームも、完璧に近い。そりゃ、長い間タナベさんの下で走ってきたんだから、こうもなるよね」

「私たちも、まだまだ未熟だな。何が天才女性トレーナーだ。周りの評価なんて、そんなものだな」

 

 トレーナーになってたった数年で、このチーム『ホトオリ』を立ち上げた天才トレーナー。それが友人、根岸の評価だった。

 わたしも、彼女を天才だと思っている。

 

 だが、決して驕ることはない。

 

 一度、わたしたちは、タナベさんのもとで、トレーナーとしての研修を受けたことがあった。

 

 ――あれをひとたび受ければ、二度と、自分が『天才』だとか、『優秀』だとか、言うことはできない。結局、その二つの誉め言葉は、相対的なものに過ぎない。それがよくわかる。

 

 そのタナベさんの教え子、フジキセキを久しぶりに見て、再び実感する。

 

「……たぶん、欄がたりない」

 

 腕の上のボードの紙には、上からずらっ、とウマ娘たちのタイムが書いてある。

 

 周りがまだ空欄のところを、フジキセキのタイムだけが、一列だけ飛び出るように書かれてあった。

 

「……あと残り時間どれくらい?」

 

 友人はターフの向こうのタイマーをちらと見た。

 

「十分か……微妙なところだな」

「まあ、足りなくなったら余白に書くよ。それにしても、ここまでとは……」

「ああ……こんなことは言いたくないが……次の皐月賞――――どうなるか……」

 

 いっしゅん、友人が、このチームのトレーナーとして言ってはいけないことを言いそうになった。

 

 わかる。気持ちはものすごくよくわかる。

 

 だが、絶対に口に出してはいけない。

 

 それを言ってしまえば、トレーナーではない。すくなくとも、このチームのトレーナーでは。

 

「ふーむ、みんな完成度がたかいのぉ」

 

 タナベさんが、高い位置であるこちらへとやってきた。

 

「タナベさん」

「利根田トレーナー、やはりこのチームは完成度が高い。うちのフジキセキにとっても、やはりいい練習相手になるじゃろう」

 

 ――――純粋な賞賛だろうが、幾分か心に突き刺さる。

 

 タナベさんは、間違っても、嫌味を言うようなことはしない。

 

 褒められるのなら光栄だ。

 

「いえ、フジキセキ相手には、やっぱりかないません」

「そう謙遜するな。まだこのチームでできてから一年も経っとらん。これからじゃ。すぐに花咲くウマ娘の方が少ない」

 

 ――――謙遜なんてしていない。全力で、対抗しているつもりだ。

 

 確かに、設立一年でこれだけのウマ娘を、と、賞賛されたことは何度もある。わたしだって自慢したい。

 でも、こんなものを前にしてしまっては。

 

「まだまだ未熟です」

 

 どうしようもない。

 こればっかりは。

 

 日々、ただただ研鑽を積んで、上を目指すほかない。

 

 タナベさんやフジキセキとともにトレーニングを行えるというのは、今できる最高の近道。タナベさんもそれを分かって、提案してくれたのだろう。

 

 再びフジキセキがゴールを通過する。

 

 どれだけ見ても、やはり崩れない、きれいな姿勢だ。

 

 長距離でなく、マイルの適正ウマ娘だというのに、この長い時間で、この安定感。

 

 あのレースで見せた支配力は、この安定感から来ているのだろう。

 

 これを目指さなければ、勝てない。

 

 次の皐月賞、フジキセキは必ず一番人気をとり、最高の仕上げでのぞんでくることだろう。

 

 それを相手に、わたしたちは勝たなければならない。

 

 すくなくとも、この練習で上回らなければ。

 

 でなければ――負け戦だ。

 

 

 

 

 

 練習後、トレーナー室において。

 

 

 机に広げたA3の紙に、わたしはペンで線と文字を書き込んでいく。

 

 そこに書くのは二人の名前。今回皐月賞に出れる二人、ラーベルちゃんとアウちゃん。

 

 ふたりをそれぞれ左右に書き、それぞれの適性や長所、課題を書き込んでいく。

 

 そこに、友人根岸がのぞき込んでくる。

 

「もしかして、皐月賞の対策?」

「そう」

 

 お構いなく、わたしは紙に書き続けた。

 

 ラーベルちゃん、フルネームはアインラーベル。距離適性は皐月賞の2000メートルちょうどの中距離。今まで出走してきたレースもほとんど2000メートル。

 

 対してアウちゃん、フルネーム:アウレリアは、距離適性は厳密には1800メートルのマイラーだ。皐月賞トライアルのスプリングステークス(1800メートル)こそ勝てたけれども、皐月賞2000メートルを走るにおいてはやはり不安がある。

 

「皐月賞対策のミーティングはもうしたよね?」

 

 紙に書き続ける私の隣に、友人根岸は座った。

 

「うん。でもうかうかしてられない。このままじゃ――――無理だ」

 

 断言する。

 

 心臓がおおきくどくんとはねたけれども、そんなこと気にしてられない。事実なのだから。

 

「フジキセキもアウちゃんもラーベルちゃんも……同じクラシックウマ娘……」

 

 体格も、三人はあまり変わらない。本格化(レースウマ娘としての成長期)のタイミングはそれぞれだろうが、それは言い訳にはならない。

 

 これは、ウマ娘としての差ではなく、トレーナーとしての差。

 

 フジキセキを見てようやくわかった。ひさしぶりに見て、差を実感させられた。

 

「ここでちゃんとできなきゃ、この先に大きくかかわってくる。勝てなきゃ、その先で――――」

 

 皐月賞の先。

 

 全ウマ娘の夢。全トレーナーの夢。

 

 全てのレースの中で、特別なもの。

 

 そして……タナベさんでも、未だたどり着けていない場所。

 

 日本ダービー。

 

 クラシック級のウマ娘のみが出走できる、一生に一度の大舞台。

 

 全てのウマ娘とその関係者にとって、最高の栄誉。

 

 皐月賞で優秀な成績(五位以内)を収めれば、その日本ダービーにおいて優先出走権が得られる。

 

 そして、フジキセキならば、かならずそこへとたどり着くだろう。

 

 だが、打ち破らねば。

 

 日本ダービーに出るということは、フジキセキを打ち倒すこと。

 

 そうでなければ戦えない。皐月賞で五位以内にはいれれば、なんて妥協は存在しない。そこで勝たなければ、ダービーで勝つことなんてできない。

 

 三週間後の皐月賞で、示さなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウマ娘やトレーナーのステータス的なものは必要ですか?

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