「フォームのトレーニングは十分すぎるほどにやったし、いろんな矯正もした……あたらしい走り方に合わせたトレーニングもしたし、走りに合わせたフォームもやった……」
うーん、これ以上何をやることがあるだろうか……。
皐月賞まであと一か月と少し……トレーニングも、ここからすこしずつスパートをかけていく必要がある……。
これまでの、いつものトレーニングじゃいけないだろう。
「う~~~~~~ん……」
どうしたものか……。
フジキセキと渡り合える、じゅうぶんな素質は持っているはずだ。
アインラーベルちゃんと、アウレリアちゃん……。
同じクラシック級のウマ娘で、それぞれ年は同じ。
しかし、このままいけば、きっと勝てない。
何が、何が足りないんだろうか。
スピード、スタミナ、パワー、根性、賢さ……。あるいは、全部。
うーん、ピンとこない。
校舎の廊下を歩きながら、わたしは考えていた。
今は、次の授業へと向かう途中である。
以前にも言ったけど、わたしはトレーナーと教師を兼業している。
ふつう、この時間帯はトレーナーは、トレーナーとしての雑務を処理するか、ウマ娘のためのメニューを考えたり、いろいろとトレーニングのデータをまとめたり、出走登録なんやかんやをしたりするが、わたしはそうはいかない。
わたしは午後からある科目、レース座学というものを教えている。そのため午前はフリーでいろいろとできるが、午後からの二時間はいろいろ制限される。
いまも、そのために教室へと向かうところだ。
このレース座学というものは、文字通り、レースについてのことを教える授業だ。どれもウマ娘ならば知っていて当然の内容であり、知っていなければ苦労するどころの話ではない。レースウマ娘にとっての義務教育のようなものだ。
なので必然、低学年のウマ娘たちに教えることになる。
ほかにもスポーツ科学というものも教えているのだが、こちらも文字通りスポーツについていろいろと考える授業。どちらかというと大学の分野なのだが、アスリートたるウマ娘たちには必須の知識だ。
これからは、レース座学を教えに、教室へ向かう途中だった。
さーて、教室はどこかな、と。
……あれ?
周りの看板を見て、気づいた。
ここ、階違う……。
ウマ娘のことばかり考えすぎて間違えてしまった。
って、今時間は……
やばっ! あと三分しかない!
急げ!
えっと、ここは三階だから、二階に行かなきゃ。
さっきすれ違った娘と再びご対面する。
急げ急げ……。
「ぜっ、はっ、ぜっ、はっ……」
まあ、こうなるよね……。この体で走ったら。
早々に動けなくなって、階段にたどりついたところでスタミナが切れる。
「あ~~~~~~……」
なさけない声を出しながら、壁によりかかった。
そしてそのままずるずると地面にへたり込んでいってしまう。
まだ筋肉痛で節々が痛む体で、全力疾走なんかするから……。
これは授業には間に合わないな……。まず体力回復に三分以上かかる……。
うそでしょわたし、たぶん五〇メートルも走ってない……。
あのとき走ってから、逆に体力が落ちてるんじゃないかな……。筋肉痛で体は成長するって、学校で習ったはずなんだけど……。
「がんばれわたし……」
かべに手をつきながら、なんとか体を起こす。
いまわたしの体を擬音で表現するなら、『ギシギシ』が一番最適だと思う。
油をさしてない機械人形だ、これじゃ。
いっぽいっぽ、丁寧に階段を降りよう……。
こんな調子で大丈夫かな、わたし……幸先悪いな……。
「利根田トレーナー?」
「ん?」
下のほうから名前が呼ばれた。
意識を向けると、踊り場に、ひとりウマ娘が立っていた。
その
「フジキセキさん……」
すこし、心臓が高鳴った。
こんなところで出会えるとは。
そういえば、さっきわたしがいた階は、フジキセキの学年の階だったっけ……。
「こんにちは、利根田トレーナー……いえ、利根田先生」
軽い会釈とともに、フジキセキがあいさつをしてくれる。
緊張で、言葉が一瞬うまく出ない。
が、なんとか口を動かした。
「こ、こんにちは、フジキセキさん……」
「……?」
すると、フジキセキが、きょとんとして目でわたしをみてきた。
「……? 下りないんですか?」
わたしは、階段に一歩足を踏み出したところで、硬直していた。
そして、体が小刻みに震えていた。
「ごめん、ちょっとたすけて……」
――――フジキセキに片腕を預けながら、わたしはゆっくりと、廊下を歩いていた。
「ごめんなさい、フジキセキさん……動けなくなっちゃって……痛ッ!」
わたしがふらつくと、フジキセキは優しく体を支えようとしてくれる。
「だ、だいじょうぶですか? そんなにひどいなら、一回保健室に……」
わたしは頭を振った。
「いえ、だいじょうぶです。どうしても休めないので」
そういうと、フジキセキは心配そうな顔をしながらも、それ以上追及するのをやめてくれた。
「あ、つきましたね。ありがとうございます、フジキセキさん」
「いえいえ、これくらい、当然のことです」
わたしが自分の腕を戻すと、フジキセキは軽く手を振って踵を返した。
「では、わたしはこれで」
そして、たたたっとかろやかな足取りで廊下を走って行った。
腕時計をちらりと見ると、あと一分だった。間に合うだろうか。まあ、ウマ娘の身体能力なら、わけないだろう。なにせ、駆け足で車と同等の速度が出せるのだから。
ほら、みるみるうちに、もうどんどんと小さくなっていく。
わたしがどれだけ全力疾走しても、決して追いつけない。たったの少しの駆け足で。
わたしは教室の扉に手を伸ばした。
たったそれだけの動作でも、手が震えて、筋肉痛に腕がギシギシと痛む。
再び廊下に視線を向けると、フジキセキの姿はすでになくなっていた。
「ふんっ……」
うでに力を入れて、ガラリ、と扉をあけ放つ。
するとちょうどよく、チャイムが天井から鳴った。
教室の中で思い思いにたむろしていたウマ娘たちが、私の姿を認めて、自分のしかるべき席へともどって行く。
それを見ながら、わたしは軋む体にむちをうち、なんとか教壇へとたどり着く。
「ふぬっ……!」
教団に足をかけ、黒板と教卓に手をつきながら、なんとか体を教壇にあげた。
いまのでまた大きく体力を使ってしまった。
あとは足を引きずるようにして、教卓に立った。
「……先生、だいじょうぶですか? 生まれたての小鹿みたいな動きをしてましたけど……」
一人の、栗毛ロングのウマ娘が声をかけてきた。
「だいじょうぶ……じゃないです」
震える手で出席簿に手を伸ばしながらこたえる。
「気にしないでください……ちょっと走って筋肉痛になっただけなので……」
「ちょっと走っただけではそうはならないんじゃないですか……?」
「まあ……」
それはそう。
ウマ娘はもちろん、普通の人間でもこうはなるまい。
「とりあえず、号令おねがいします」
きりーつ、きおつけー、れーい。
おねがいしまーす。
「それじゃ、教科書をひらいて、十三ページから……」
黒板に振り替えるのも一苦労……。
まあ、授業はやらなければなるまい。
チョークに手を伸ばして、黒板に今日教える内容を書き連ねていく。
今日教える内容は、クラシック三冠についてだ。
一か月後に迫った皐月賞。そこから始まる、一生に一度の、伝説に名を連ねるチャンス。
四月中旬、皐月賞。2000メートル、中山レース場。
五月後半、東京優駿・日本ダービー。2400メートル、東京レース場。
十月後半、菊花賞。3000メートル、京都レース場。
この三つをクラシック三冠レースと呼び、これらを制したウマ娘を『三冠ウマ娘』と呼ぶ。
まあ、ここまでは、だれもが知っている。ウマ娘でなくとも、この国に住んでいる人ならば、この文字通り国民的レースのことを知らない人などいないだろう。
とは言っても、この教室の中に、このどれかに出られるウマ娘はほとんどいないだろう。どれも、たった二十にも満たない出走権。それに出るための前哨戦にて、志を同じくするウマ娘たちと戦い、競り合い、優秀な成績を残し、そしてようやく出走できる、たった三つのレース。
三つのレースに出られるウマ娘は、三十程度。おなじウマ娘が次のレースにでることも考えると、もっと少ないかもしれない。
「はい、先生」
ひとりのウマ娘が手を上げる。
わたしはチョークでそのこを指した。
「なんでしょう」
「先生の一番楽しみなレースって、なんですか?」
いたずらっぽく、その
わたしの体は硬直する。
そりゃあ、まあ。
「全部です」
これ以外にない。
ウマ娘のトレーナーが、どれか一つしか見ない、なんてことはないだろう。
まあ、いっしゅん、考えてしまったのだけれども。
皐月賞が、怖いと。
つい二年前まで、そこら辺の大学生だったわたしにとって、トゥインクルシリーズが手に届くものだと考えたことなんて一度もなかった。
それが、今では自分の育てたウマ娘が、クラシック三冠の道を踏もうとしている。
だが、その前に立ちはだかるのは、今季最高傑作と揶揄されるウマ娘、フジキセキ。
わたしは、わたしたちのウマ娘は、彼女に勝てるのだろうか。
わたしは次に、クラシックレースそれぞれの、トライアルレースの解説を始めた。トライアルレースとは、そのレースにでるための前哨戦のことだ。それにおいて、一定以上のゆうしゅうな成績を収めたウマ娘が、該当するレースにおいて優先出走権を得られる。
たとえば、皐月賞なら、以前フジキセキが走った弥生賞、芝2000メートル。そしてラーベルちゃんが走ったわかばステークス、おなじく芝2000メートル。アウちゃんが走ったスプリングステークス、芝1800メートル。
どれもGⅡやリステッドの格付けがなされているレベルの高い競争。
弥生賞ならば三着以内、わかばステークスなら二着以内、スプリングステークスなら三着以内の
このようなレースでの実績を持たないウマ娘でも、相応の実績や実力があれば、クラシック三冠のレースでの出走ができる場合もある。
「――というわけで、今日の授業はここまでです。しっかりとノートをまとめて、覚えるようにしてください」
「はーーい」
きりーつ、きおつけー、れーい。ありがとうございましたー!
ふう、終わった……。
すこし筋肉痛も収まってきた。
チャイムが鳴り、教卓からおりようとする。
「あっ」
教壇から降りようとしたところで、浮遊感を覚えた。
同時に視界が回転したことで、状況を察した。
段差、踏み外した――――
ウマ娘やトレーナーのステータス的なものは必要ですか?
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いる
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いらない
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ごかってにどーぞ
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そんなことより続き
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そんなことよりプリン食べたい