もしもトレーナーがウマ娘になったら   作:ケンタ〜

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第六話 フジキセキ介抱

「フォームのトレーニングは十分すぎるほどにやったし、いろんな矯正もした……あたらしい走り方に合わせたトレーニングもしたし、走りに合わせたフォームもやった……」

 

 うーん、これ以上何をやることがあるだろうか……。

 

 皐月賞まであと一か月と少し……トレーニングも、ここからすこしずつスパートをかけていく必要がある……。

 

 これまでの、いつものトレーニングじゃいけないだろう。

 

「う~~~~~~ん……」

 

 どうしたものか……。

 

 フジキセキと渡り合える、じゅうぶんな素質は持っているはずだ。

 

 アインラーベルちゃんと、アウレリアちゃん……。

 

 同じクラシック級のウマ娘で、それぞれ年は同じ。

 

 しかし、このままいけば、きっと勝てない。

 

 何が、何が足りないんだろうか。

 

 スピード、スタミナ、パワー、根性、賢さ……。あるいは、全部。

 

 うーん、ピンとこない。

 

 校舎の廊下を歩きながら、わたしは考えていた。

 

 今は、次の授業へと向かう途中である。

 

 以前にも言ったけど、わたしはトレーナーと教師を兼業している。

 

 ふつう、この時間帯はトレーナーは、トレーナーとしての雑務を処理するか、ウマ娘のためのメニューを考えたり、いろいろとトレーニングのデータをまとめたり、出走登録なんやかんやをしたりするが、わたしはそうはいかない。

 

 わたしは午後からある科目、レース座学というものを教えている。そのため午前はフリーでいろいろとできるが、午後からの二時間はいろいろ制限される。

 

 いまも、そのために教室へと向かうところだ。

 

 このレース座学というものは、文字通り、レースについてのことを教える授業だ。どれもウマ娘ならば知っていて当然の内容であり、知っていなければ苦労するどころの話ではない。レースウマ娘にとっての義務教育のようなものだ。

 

 なので必然、低学年のウマ娘たちに教えることになる。

 

 ほかにもスポーツ科学というものも教えているのだが、こちらも文字通りスポーツについていろいろと考える授業。どちらかというと大学の分野なのだが、アスリートたるウマ娘たちには必須の知識だ。

 

 これからは、レース座学を教えに、教室へ向かう途中だった。

 

 さーて、教室はどこかな、と。

 

 ……あれ?

 

 周りの看板を見て、気づいた。

 

 ここ、階違う……。

 

 ウマ娘のことばかり考えすぎて間違えてしまった。

 

 って、今時間は……

 

 やばっ! あと三分しかない!

 

 急げ!

 

 えっと、ここは三階だから、二階に行かなきゃ。

 

 さっきすれ違った娘と再びご対面する。

 

 急げ急げ……。

 

「ぜっ、はっ、ぜっ、はっ……」

 

 まあ、こうなるよね……。この体で走ったら。

 

 早々に動けなくなって、階段にたどりついたところでスタミナが切れる。

 

「あ~~~~~~……」

 

 なさけない声を出しながら、壁によりかかった。

 

 そしてそのままずるずると地面にへたり込んでいってしまう。

 

 まだ筋肉痛で節々が痛む体で、全力疾走なんかするから……。

 

 これは授業には間に合わないな……。まず体力回復に三分以上かかる……。

 

 うそでしょわたし、たぶん五〇メートルも走ってない……。

 

 あのとき走ってから、逆に体力が落ちてるんじゃないかな……。筋肉痛で体は成長するって、学校で習ったはずなんだけど……。

 

「がんばれわたし……」

 

 かべに手をつきながら、なんとか体を起こす。

 

 いまわたしの体を擬音で表現するなら、『ギシギシ』が一番最適だと思う。

 

 油をさしてない機械人形だ、これじゃ。

 

 いっぽいっぽ、丁寧に階段を降りよう……。

 

 こんな調子で大丈夫かな、わたし……幸先悪いな……。

 

「利根田トレーナー?」

「ん?」

 

 下のほうから名前が呼ばれた。

 

 意識を向けると、踊り場に、ひとりウマ娘が立っていた。

 

 その()は……

 

「フジキセキさん……」

 

 すこし、心臓が高鳴った。

 

 こんなところで出会えるとは。

 

 そういえば、さっきわたしがいた階は、フジキセキの学年の階だったっけ……。

 

「こんにちは、利根田トレーナー……いえ、利根田先生」

 

 軽い会釈とともに、フジキセキがあいさつをしてくれる。

 

 緊張で、言葉が一瞬うまく出ない。

 

 が、なんとか口を動かした。

 

「こ、こんにちは、フジキセキさん……」

 

「……?」

 

 すると、フジキセキが、きょとんとして目でわたしをみてきた。

 

「……? 下りないんですか?」

 

 わたしは、階段に一歩足を踏み出したところで、硬直していた。

 

 そして、体が小刻みに震えていた。

 

「ごめん、ちょっとたすけて……」

 

 

 

 ――――フジキセキに片腕を預けながら、わたしはゆっくりと、廊下を歩いていた。

 

「ごめんなさい、フジキセキさん……動けなくなっちゃって……痛ッ!」

 

 わたしがふらつくと、フジキセキは優しく体を支えようとしてくれる。

 

「だ、だいじょうぶですか? そんなにひどいなら、一回保健室に……」

 

 わたしは頭を振った。

 

「いえ、だいじょうぶです。どうしても休めないので」

 

 そういうと、フジキセキは心配そうな顔をしながらも、それ以上追及するのをやめてくれた。

 

「あ、つきましたね。ありがとうございます、フジキセキさん」

「いえいえ、これくらい、当然のことです」

 

 わたしが自分の腕を戻すと、フジキセキは軽く手を振って踵を返した。

 

「では、わたしはこれで」

 

 そして、たたたっとかろやかな足取りで廊下を走って行った。

 

 腕時計をちらりと見ると、あと一分だった。間に合うだろうか。まあ、ウマ娘の身体能力なら、わけないだろう。なにせ、駆け足で車と同等の速度が出せるのだから。

 

 ほら、みるみるうちに、もうどんどんと小さくなっていく。

 

 わたしがどれだけ全力疾走しても、決して追いつけない。たったの少しの駆け足で。

 

 わたしは教室の扉に手を伸ばした。

 

 たったそれだけの動作でも、手が震えて、筋肉痛に腕がギシギシと痛む。

 

 再び廊下に視線を向けると、フジキセキの姿はすでになくなっていた。

 

「ふんっ……」

 

 うでに力を入れて、ガラリ、と扉をあけ放つ。

 

 するとちょうどよく、チャイムが天井から鳴った。

 

 教室の中で思い思いにたむろしていたウマ娘たちが、私の姿を認めて、自分のしかるべき席へともどって行く。

 

 それを見ながら、わたしは軋む体にむちをうち、なんとか教壇へとたどり着く。

 

「ふぬっ……!」

 

 教団に足をかけ、黒板と教卓に手をつきながら、なんとか体を教壇にあげた。

 

 いまのでまた大きく体力を使ってしまった。

 

 あとは足を引きずるようにして、教卓に立った。

 

「……先生、だいじょうぶですか? 生まれたての小鹿みたいな動きをしてましたけど……」

 

 一人の、栗毛ロングのウマ娘が声をかけてきた。

 

「だいじょうぶ……じゃないです」

 

 震える手で出席簿に手を伸ばしながらこたえる。

 

「気にしないでください……ちょっと走って筋肉痛になっただけなので……」

「ちょっと走っただけではそうはならないんじゃないですか……?」

「まあ……」

 

 それはそう。

 

 ウマ娘はもちろん、普通の人間でもこうはなるまい。

 

「とりあえず、号令おねがいします」

 

 きりーつ、きおつけー、れーい。

 

 おねがいしまーす。

 

「それじゃ、教科書をひらいて、十三ページから……」

 

 黒板に振り替えるのも一苦労……。

 

 まあ、授業はやらなければなるまい。

 

 チョークに手を伸ばして、黒板に今日教える内容を書き連ねていく。

 

 今日教える内容は、クラシック三冠についてだ。

 

 一か月後に迫った皐月賞。そこから始まる、一生に一度の、伝説に名を連ねるチャンス。

 

 四月中旬、皐月賞。2000メートル、中山レース場。

 

 五月後半、東京優駿・日本ダービー。2400メートル、東京レース場。

 

 十月後半、菊花賞。3000メートル、京都レース場。

 

 この三つをクラシック三冠レースと呼び、これらを制したウマ娘を『三冠ウマ娘』と呼ぶ。

 

 まあ、ここまでは、だれもが知っている。ウマ娘でなくとも、この国に住んでいる人ならば、この文字通り国民的レースのことを知らない人などいないだろう。

 

 とは言っても、この教室の中に、このどれかに出られるウマ娘はほとんどいないだろう。どれも、たった二十にも満たない出走権。それに出るための前哨戦にて、志を同じくするウマ娘たちと戦い、競り合い、優秀な成績を残し、そしてようやく出走できる、たった三つのレース。

 

 三つのレースに出られるウマ娘は、三十程度。おなじウマ娘が次のレースにでることも考えると、もっと少ないかもしれない。

 

「はい、先生」

 

 ひとりのウマ娘が手を上げる。

 

 わたしはチョークでそのこを指した。

 

「なんでしょう」

「先生の一番楽しみなレースって、なんですか?」

 

 いたずらっぽく、その()が聞いた。

 

 わたしの体は硬直する。

 

 そりゃあ、まあ。

 

「全部です」

 

 これ以外にない。

 

 ウマ娘のトレーナーが、どれか一つしか見ない、なんてことはないだろう。

 

 まあ、いっしゅん、考えてしまったのだけれども。

 

 皐月賞が、怖いと。

 

 つい二年前まで、そこら辺の大学生だったわたしにとって、トゥインクルシリーズが手に届くものだと考えたことなんて一度もなかった。

 

 それが、今では自分の育てたウマ娘が、クラシック三冠の道を踏もうとしている。

 

 だが、その前に立ちはだかるのは、今季最高傑作と揶揄されるウマ娘、フジキセキ。

 

 わたしは、わたしたちのウマ娘は、彼女に勝てるのだろうか。

 

 わたしは次に、クラシックレースそれぞれの、トライアルレースの解説を始めた。トライアルレースとは、そのレースにでるための前哨戦のことだ。それにおいて、一定以上のゆうしゅうな成績を収めたウマ娘が、該当するレースにおいて優先出走権を得られる。

 

 たとえば、皐月賞なら、以前フジキセキが走った弥生賞、芝2000メートル。そしてラーベルちゃんが走ったわかばステークス、おなじく芝2000メートル。アウちゃんが走ったスプリングステークス、芝1800メートル。

 

 どれもGⅡやリステッドの格付けがなされているレベルの高い競争。

 

 弥生賞ならば三着以内、わかばステークスなら二着以内、スプリングステークスなら三着以内の()に、皐月賞の優先出走権が与えられる。

 

 このようなレースでの実績を持たないウマ娘でも、相応の実績や実力があれば、クラシック三冠のレースでの出走ができる場合もある。

 

「――というわけで、今日の授業はここまでです。しっかりとノートをまとめて、覚えるようにしてください」

「はーーい」

 

 きりーつ、きおつけー、れーい。ありがとうございましたー!

 

 ふう、終わった……。

 

 すこし筋肉痛も収まってきた。

 

 チャイムが鳴り、教卓からおりようとする。

 

「あっ」

 

 教壇から降りようとしたところで、浮遊感を覚えた。

 

 同時に視界が回転したことで、状況を察した。

 

 段差、踏み外した――――

 

 

 

 

 

 

 

 

ウマ娘やトレーナーのステータス的なものは必要ですか?

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  • いらない
  • ごかってにどーぞ
  • そんなことより続き
  • そんなことよりプリン食べたい
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