もしもトレーナーがウマ娘になったら   作:ケンタ〜

7 / 28
第7話

 ――はぁっ、はぁっ、ふっ、ああっ――――

 

 どこか深いところから這い上るように意識が浮上してくる。

 

 それと同時に、熱いものが込みあがってくる。

 

 意識が覚醒を拒んでいる。

 

 起きれば、この痛みを直視しなければならないから。

 

「――ぐっ……あっ……!」

 

 今まで一度も痛んだことのない場所が痛み、わたしはたたき起こされた。

 

 まばゆい光が脳に飛び込み、ひらいた目がすぐに細くなる。

 

「はあっ、はあっ、はあっ……」

 

 幸いなことに、痛みのピークは起きたその時だけだった。

 

 引いていく波のように、わたしの体は沈静化した。

 

「ああ――――」

 

 ここ、どこ。

 

 ずいぶんと、ながく、気を失っていたような気がする。

 

 そう。段差を踏み外して、転んだんだ。

 

 まさかそれで気絶するとは思わなかったけれど。

 

 周りの子には迷惑をかけちゃったかな。

 

「ッ……!」

 

 体を起こそうとしたら、きゅうに右の側頭部がずきりと痛んだ。

 

 おもわずてを当てると、そこにはガーゼのようなものが貼られていた。

 

 ああ、ここをぶったのか。

 

 いくら私の体が弱いと言っても、頭蓋骨はしっかりと役目を果たしてくれたらしい。

 

 というか、わたしがいるのは、保健室のベッドの上かな。カーテンがひかれている。

 

 悲しいことに、ここのお世話になったのは一回だけじゃない。なんどか体調を崩したりして、寝こませてもらったことがある。

 

 でも、気絶したのは、さすがに今回が初めてだ。

 

 いま、何時だろうか。時計は――ついてない。

 

 服は――――あれっ?

 

 服、これ……。

 

 いつものスーツじゃない。トレーナーバッヂもついてない。

 

 病人用の服だ。

 

 着替えさせられた? でもいままで、こんなことは一度も――――?

 

 もしかして、かなり長い間気絶していたから、服を変えさせられたのかもしれない。

 

 だったら、なおさら、わたしはいつまで――――

 

 音がして、カーテンが開け放たれた。

 

「利根田さん、おきましたか――――おや?」

「……どなた、ですか?」

 

 見知らぬ顔だった。

 

 いつもの、保健室の先生じゃない。

 

 お年を召された、白衣の男性だった。

 

 そして、開け放たれた、カーテンの向こう側。

 

 そこから、向かいにあるベッドとカーテンが見えた。

 

「――――えっ?」

 

 ここ、保健室じゃない?

 

 じゃあ、一体――――。

 

 思わずベッドから、わたしは跳ね起きた。

 

「と、利根田さん!」

 

 男の人が驚くのをお構いなしに、わたしはベッドから離れた。

 

 そして右をみると――――そこには窓が。一面、ガラス張りの。

 

 とっさにそこへ駆け寄った。

 

 ――夜だった。そして、ここは保健室じゃない。

 

 だって、保健室が――――夜の東京を、こんな高いところから眺められるところに、あるわけないんだから。

 

「利根田さん、落ち着いてください!」

 

 うしろから声がして、わたしの肩に手が置かれる。

 

 わたしは振り返って、聞いた。

 

「こ、ここは、どこですか」

「ここは府中病院です。トレセンから気絶したあなたが運ばれて、ここで寝ていたんです」

 

 うそ……。

 

「いま、何時ですか?」

 

 するとの人が、時計を一瞥して答える。

 

「五時ちょうどです。だいたい、四時間近く寝ていました」

「うそ……!」

「あっ、利根田さん、どこへ……!」

 

 わたしはその人のそばを通り抜けて、病室から廊下に飛び出た。

 

 ダメだダメだダメだ。

 

 今日だけは、ぜったいにトレセンにいないと……!

 

「利根田さんっ、とまってくださいっ!」

 

 静止の声を聞かず、わたしは廊下を駆けていた。

 

 今日は、模擬レースの日だ。チーム『ホトオリ』全員でやる、模擬レースの日。

 

 月に一度あるかないか。出走ゲートを予約して行う、本格的な練習。

 

 そして、今回はフジキセキもいる。

 

 皐月賞本番前の、重要な練習日……!

 

 あっ、エレベーター……! ちょうど、行くところ……!

 

「すみませんっ、待ってください!」

 

 閉じかけた扉が再び開く。

 

「すみませんっ、乗せてください……!」

 

 驚く親子が乗るエレベーターの中に、わたしは滑り込んだ。

 

「ふうっ、ふうっ……すみません、すみません……」

 

 謝罪しながら、わたしは切れた息を整えた。

 

 ぽちっ、と一階に向かうボタンを押す。今いる階は、五階みたいだった。

 

 あっ、そういえば、服とかどうしよう……財布とかも持ってない……。

 

 いや、とりあえずどうでもいい。誰かに電話を貸してもらって、なんでもいいから、友人根岸にだけは連絡を入れないと……!

 

「おねーさん、だいじょうぶ?」

「えっ」

 

 小さい男の子が、わたしに聞いてくる。

 

「あたま、けがしてるの、だいじょうぶ?」

「あっ……これは、ちょっと打っちゃっただけで、大丈夫だよ」

「あっ、すみません、うちの子が」

 

 すると、隣のお母さんが申し訳なさそうに言う。

 

「でも、あたまのケガだよ? レースで転んだりしたのかな?」

 

 男の子が、わたしの頭を指指して言う。

 

「こーら、指ささないの。すみません、ご迷惑をおかけしまして……」

 

 そう言って、親子は止まったエレベーターから降りて行った。

 

 ……ん?

 

 ……え? レース……? って言った……?

 

 その時、ちら、と、目の端に、エレベーターの鏡が入った。

 

「――――え?」

 

 右側頭部に、ガーゼをつけたわたし。

 

 服は病院の服。

 

 でも、顔はわたし。

 

 この貧相な体もいつものわたしと変わらない。

 

 

 

 

 ただ――――あたまの上に、二つの耳が付いていること、以外は。

 

「ええええええええええーーーーーーーーーーーー!?」

 

 わたしの絶叫が、狭いエレベーターのなかに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

ウマ娘やトレーナーのステータス的なものは必要ですか?

  • いる
  • いらない
  • ごかってにどーぞ
  • そんなことより続き
  • そんなことよりプリン食べたい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。