「――――利根田さんっ、ダメじゃないですか、抜け出そうとしちゃ! はやく病室に戻ってください!」
病院の一階のロビーで、わたしのもとにやってきたお医者さんが、あわてふためいた様子で詰めてくる。
でも、それどころじゃなかった。わたしはただ、棒立ちしていた。
遅れて声に反応して、違和感を覚えた。
さっ、と自分の耳に手を伸ばす――――が、そこにあるべき人間の耳は、存在しなかった。
とっても変な感覚だった。本来あるべき場所に、それがない。普段無意識に感じている、ある、という感覚も、集中してみれば、存在しなかった。そこに空洞ができてしまったような。
代わりに、頭の上から、音が入ってくる感覚がした。
そして、ひときわ大きく聞こえてくる。スマホの音量を全開にしたように、ガンガンと、あたまの中の中で音が響いてくる。
そして、また特異な感覚があった。
耳が、動かせる。
ぴこぴこと。
伏せたり。戻したり。ぴん、と上に立てたり。はたまた後ろや横に向けて動かしてみたり。
まるで指を動かしているみたいに。頭の上で、それが動いている。
生まれて初めての感覚。耳を動かすことができて、加えてその向きによって入ってくる音が変わる。
「――利根田さんっ、聞いていますか!?」
ひときわ大きく、近くで爆音がさく裂した。
「いやぁああっ!」
わたしは側頭部――――かつて耳があった場所をおさえ、後ろに下がった。
その途中で躓き、後ろ向きに転んでしまう。
「とっ、利根田さんっ!?」
何が、何が起きているのか。
わたしは夢でも見ているんだろうか?
それにしては、おしりと背中の痛みがリアルに感じられる。
――いや、弱い?
いつものわたしならば、これで動けないくらいの痛みがあるはずなのに……ただ単に、痛いだけ。
ならば、やはりこれは夢なのだろうか。
「だっ、大丈夫ですか!」
がつん、とまた頭が殴られたような感覚がする。
まるで目の前で爆竹が鳴ったかのように、わたしは思わず目を閉じた。
「やめてっ!」
床にうずくまって側頭部を抑えながら、わたしは懇願した。
「えっ、えぇっ!?」
お医者さんが素っ頓狂な声を上げる。
「やめてぇっ! 大きい音、ださないでっ!」
そういう自分の声もが、頭の中に響いてくる。
その音で、わたしはパニックになっていた。
何が、一体何が。
ぐるぐると渦巻く頭の中で、わたしは思考した。
頭の上に耳がある。
そして、音がひときわ大きく聞こえる。
そして――――
太ももの間に、なにかを感じた。
ふと目を小さく開けて見ると、そこには――ふとももの間からはみ出す、黒色の、髪の毛のようなものがあった。
それを自覚した瞬間、わたしはおしりの上の部分にある違和感を感じた。
そこが、何もなかったはずのそこに、何かがくっついていて、そこから伸びているような感覚が。
――尻尾だ。
くっ、とおしりの上あたりに力を込めてみると、何かが動いた。
さっ、とわたしのふとももからはみ出していた毛が抜け出し、さらりと床を撫でる。
――――ああ。
もう、疑いようもない。
頭の上にある耳。すこしの音でも、爆竹のように聞こえる聴覚。
おしりの上あたりから伸びる、自由に動かせるこの感覚。
耳と、そして尻尾。
「とっ、利根田さん……!」
お医者さんが、すこし声を抑えて、わたしに話しかけてくる。
「大丈夫ですから……! 大きい声を出してしまってごめんなさい……! まずは起きて……!」
そのお医者さんが、わたしの手を取る。
ぐいっ、と引っ張られて、わたしは上半身を起こした。
そして、そこでまた自覚した。
腕が痛くない。
他人に腕を引っ張られているというのに。友人根岸に引っ張ってもらうときも、痛んでいたのに。
まったく、びくともしない。あの、棒きれのように貧弱だったわたしの腕が。
立ち上がるのにも、まったく力はいなかった。まるで鉛筆を持ち上げるかのような力で。
「利根田さん、いったい……」
お医者さんが、立ち上がったわたしの頭と目を、交互に見ていた。
「その耳は、まるで……」
ああ、わたしの幻覚じゃなかったらしい。
「……ウマ娘、みたいですよね……」
きゅうに冷静さを取り戻した頭で、わたしはうつろにささやいた。
おまたせしました。なんとかタイトル回収できました。ようやくです。オマタセシマシタ。
きゅうに、ウマ娘の体に人間がなったら、こんなふうになるだろうなーという感じで実験するような感覚で書いてます。
ここからもちろん、また続いて行きます。が、行き当たりばったりで、趣味と趣味と趣味で書いているので、登校頻度はモチベーションに全依存しています。
なので、良ければ評価や感想などいただければ、作者は泣いて喜んで続きを書きます。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
よろしければ、また次回もお願いします。
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