もしもトレーナーがウマ娘になったら   作:ケンタ〜

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新しい体②

「――まさか、こんなことが起きるとは……こんなことは初めてです。ヒトが、まさかウマ娘になるとは…………」

 

 お医者さんが、口を覆いながら、座るわたしをまじまじと見た。

 

 ――あれから、色々と検査をした。頭のてっぺんからつま先まで。

 

 どこにも不備は見られなかった。

 

 わたしは、ごく一般の、定型で健康体の、ウマ娘(・・・)、だった。

 

 あれから何時間経っただろう。

 

 結局、わたしはチーム『ホトオリ』のみんなのレースを見ることはできなかった。かわりに友人根岸とタナベさんがうまくやってくれたことだろう。

 

 もう頭の混乱はほとんど収まっていた。目の前の主治医さんが、混乱するわたしをなだめるために、何時間もつきっきりで検査などをしてくれた。

 

 不思議なことに、頭の怪我も、筋肉痛も、体の節々の痛みも、綺麗さっぱり消え去っていた。

 

「とりあえず、今日の検査はひと通りコレで終わりです。今日のところは、良く寝て休んでください」

 

 お医者さんが気を使って言ってくれる。

 

「はい……ありがとうございました」

「気をつけてくださいね」

 

 その言葉を背に、わたしは診察室から出た。

 

「はぁ…………」

 

 まだ夢の中にいるような気分だ。

 

 とりあえず、ロビーの椅子に座った。

 

 もうほとんど誰もいない。座っているのはわたしのような、患者服を着た、診察をまっているようなひとばかり。

 

 そこにあった時計を見やると、時間は8時少し前を指し示していた。病院の受付時刻終了までもうまもなくだ。

 

 結局、レースはどうなったんだろう。

 

 うちの娘たちは、フジキセキに勝てたんだろうか……。

 

 ぼーっと、天井を見つめる。

 

「――理咲! りさっ!」

 

 ぴくり、と頭上の耳が勝手に動いた。

 

 誰かのわたしを呼ぶ声。

 

 耳が勝手に動き、その音の場所を捉えた。

 

 振り返る。

 

「えっ、安里ちゃん!?」

 

 思わず素の呼び方で呼んでしまった。

 

 トレーナーバッヂをつけた、いつものスーツ姿のまま。友人根岸が、そこにいた。

 

 直接こっちに来たのだろうか……?

 

「はあっ、はあっ、はあっ…………」

 

 わたしの側で足を止めて、膝に手をついて、激しく呼吸をする。

 

「はあ、はあ、心配で来ちゃった……ぎりぎり間に合った……はあ、良かった、ちょうどロビーにいて……」

 

 息も絶え絶えに、なんとかしゃべろうとする。

 

「ぜっ、はっ、はっ……」

 

「ええ……と、とりあえず、座って……」

 

「うん、ありがと……はあ、はあ……」

 

 息を整えながら、深く椅子に腰かける。

 

 はあ、と最後に深く息をついて、口を開いた。

 

「ああ、いや……とりあえず、無事でよかったよ。頭を打ったって聞いたときは、血の気が引いたけど」

 

 ふう、と友人は、片手に引っさげていたビニール袋から、一本ペットボトルを取り出した。

 

 パキパキと開けて、口をつける。

 

「んっ……くっ……ふぅ……はい」

 

 友人がそのビニール袋をわたしに向けてくる。

 

「えっ」

「晩御飯とか食べてないでしょ。いろいろ買ってきたから、ほら」

 

 受け取って覗いてみると、そこにはおにぎりやゼリーなど、おなかに優しくわたしにも食べられそうなものがたくさん入っていた。

 

「あ、ありがとう。こんなに、わざわざ……」

 

 はぁ、と息をつく。まだ呼吸が戻っていないらしかった。

 

「いいよ、そんなに。できればもっと早く来たかったんだけどね。いろいろあってさ……」

 

 たぶん、わたしが倒れたことに関するいろいろだろうか。ほかにも模擬レースの手続きもろもろもある。

 

「本当にありがとう、安里ちゃん」

「いいって」

 

 言うと、友人は片手を振った。

 

「それにしても、まさか、本当にウマ娘になってるとは……なんか体に変なところとかない?」

 

 そう言って、わたしの頭の上に目を向ける。

 

「うん、検査したんだけど、大丈夫みたい。心配してくれてあり――ぎゃっ!?」

 

 頭のてっぺんより先、かつて感覚がなかった場所が、ぎゅむ、とつかまれた。

 

 ぴんっ、と背筋が伸びた。

 

「ほー、ほんとにウマ娘になってる。感触といい、軟骨の具合といい……へー、ちゃんと髪の毛と同じ色……」

「ちょちょ、ちょっとやめてっ!」

 

 ぱちん、と手を振り払う。

 

「いってっ! うわ、力も強い……!」

「あっ、ごめん……」

「へー、やっぱり同じ感覚でも、力強くなるんだ……」

 

 友人の目の奥底が、キラキラと輝いていた。

 

「……まさか、わたしを心配しに来たんじゃなくて、ただ珍しさに見に来ただけ……?」

「いや、心配だったのは事実だよ。でも、思った200%元気になってて安心したよ。よーし、じゃ、次はトモの張りを……」

「へ?」

 

 わたしが反応するよりも早く、流れるような動作で、友人がわたしの側にかがみこみ、すー、と右足のズボンの襟をめくった。

 

「ひっ」

 

 ぞわわっ、となんとも言えない感覚が、わたしの背筋をなぞった。

 

「ちょっ、なっ……」

 

 お構いなく、友人がわたしのふくらはぎに手を添えた。

 

「ふーむ、すごいな、もとの理沙とは比べ物にならないくらいの張り――――」

「いやぁあああっ!」

 

 わたしの左足が閃いた。

 

「ぐはっ!!」

 

 次の瞬間、確かな脚ごたえとともに、友人がびっくりするくらい綺麗な弧を描いて、ロビーの向こうに背中から着地した。

 

 ――――あっ、やっば……!

 

「あっ、安里っ、ごめんっ!」

 

 倒れる彼女の近くに駆け寄る。

 

 見ると、目を閉じて、鼻からは鮮やかな赤色の血が流れていた。

 

「あ、安里!? ごめん、大丈夫!?」

 

 なんだなんだ、と周りが騒がしくなる。

 

 やばいやばい、一人患者を増やし――――

 

「良いよ理沙ッ!」

「きゃあああっ!?」

 

 急に友人が立ち上がり、わたしは奇声を上げた。

 

「ねっ、理沙っ、体重どんくらいだった? スリーサイズ変わってない? 心拍数は? 発汗は?」

 

 ゆっ、友人が見たことのない目つきをしている……!

 

 あとなにか危ない手つきをしている……!!

 

「ちょっ、待って、わたし、そんな趣味は……!」

 

 このままじゃ貞操が……!

 

 ピリリリリリリッ

 

「あ、電話だ」

 

 ぴたり、と友人の侵攻が止まって、ポケットに手を伸ばす。

 

 よ、よかった、助かった……。貞操は守られた。

 

 友人が急にスイッチを切り替えて、電話に出た。

 

 トレーナーモードだ。

 

「もしもし。あー、はい。もう大丈夫ですか。はい。こっちもです。利根田トレーナーも、無事のようです。ええ……はい。こちらもまもなく時間なので。はい。では、戻ったらまた今後の話を……はい。どうも。ありがとうございます。失礼します」

 

 ピッ、と携帯電話を切った。

 

 ポケットにしまって、わたしに目を向ける。

 

「タナベさんからだったよ。わたしがこっちに来る間、タナベさんが向こうでいろいろやってくれてた」

「タナベさんにも迷惑かけちゃったな……。思ったより大事になっちゃって……」

「まあ、今日はいろいろあったけど、何とかなりそうだよ。まあ、まさか、ウマ娘になるとは思わなかったけどね」

 

 友人はふふっ、と笑った。

 

「そりゃわたしも思わなかったよ……」

 

 わたしは頬を掻いた。

 

「じゃ、もう時間だし、私は行くね」

 

 時計はすでに八時過ぎを指示していた。受付時間や面会時間はもう終わりだし、あと一時間で、病院は消灯時間になる。

 

「うん、今日はわざわざありがとう、安里ちゃん」

「いいって。じゃ、また明日」

 

 そういって、友人は踵を返して歩いて行った。

 

「よし……と……」

 

 椅子に置いたままになっている、友人からもらったビニール袋を手にする。

 

「うわっ」

 

 思ったより持ち上がってしまった。

 

 友人根岸が言った通り、力も本当に強くなっている。

 

「ふう……」

 

 頭の上の、慣れない感覚に手を伸ばす。

 

 確かに、ある。皮膚に覆われた軟骨の感触の耳が。

 

 どう幻想のように思っても、これは現実らしい。

 

 これから本当に、どうなるのだろうか。

 

「あ」

 

 そういえば、模擬レースのこと、聞き忘れてたな……。

 

 まあ、今はいいだろう。

 

 とりあえず病室に戻って、もらったものをおなかに入れよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




利根田さんがなぜかなり長い付き合いであろう根岸トレーナーのことを心中では『友人根岸』と呼ぶのかは、丘よりも低く水たまりより浅い理由があります。作者がそうやって呼ばせるのがしっくり来たからです。

ウマ娘やトレーナーのステータス的なものは必要ですか?

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