星は別にメンヘラじゃない。
大切な人にいなくなられたのが初めてなだけ
「……ぅ………ん」
「………ぃ!おい!起きろ『開拓者』!朝だぞ!」
はぁ………朝からパムうるさいなぁ。もう少し寝かせてくれてもいいのに。
「はいはい。わかったからあっちいって」
「まったく!車掌をもっと敬う精神を持ったらどうだ!」
ピチピチピチ……と可愛らしい足音を立ててパムが部屋のドアの前から遠ざかっていく。
ぐっと背伸びをし、目を擦りながら部屋を見渡す。物々しい丹恒の部屋とも、人形や綺麗な装飾の施されたなのの自室とは違い、私の自室は特筆することもなく、つまらない部屋だ。床に落ちているものもなく、部屋は
あっ、そうだ。なのに早く謝らないと。酷いこと言っちゃったからね。
私は最低限の身だしなみを整えてから自室から出てなのの部屋へと向かう。
なんか、違和感…………何か大事なことを忘れているような、そんな気がする。
コンコンッ
「ねぇ、なの居る?昨日のことで謝りたくて」
「はいは〜い!どうしたの星?」ガチャッ
あぁ、よかった。あんまり怒ってないみたい。早く謝ろう。勇気を出して、なののことだから、すぐに許してくれる。
「その……昨日はごめん、いきなり酷いこと言って」
「………?」
「あ、あれ………えっと、昨日私、なのに酷いこと言ったよね?だから、謝りたくて、本当に………ごめ」
「星………?」
あれ、なの、どうしてそんな呆けた顔してるの?もしかして、本当はすごい怒ってる?なにか、良い言葉は……
「その…………
「……え?」
?????どういうこと?あれ、夢だったかな。でも、確かに昨日私はなのに酷いことを………そう。彼女のことで……………ホタルがいなくなった辛さをなのに押し付けてしまった。
「あれ?もしかしてアンタ、昨日の私のプリン食べた話してる?」
本当に…………わからないの?それとも、なかったことにしようとしてくれてる?というかプリンなんて、ピノコニーに来る前からずっと食べてないし………
「ほ、ほら。わたしがホタルの件でピリピリしちゃって………」
「え、ごめん……今なんて?」
「だからホタルの……あれ?ホタルの………ホタル?」
い、言えない!ホタルの名前が言えない!
「ぁ、あれ………なんで………なんでなんで?」
「ちょ、ちょっと星!顔色悪いよ?」
「どうして………?だってホタルは………」
なんで言葉が出ないの。絶対に、ホタルは偽物なんかじゃない。幻じゃない。
「ほら、部屋に戻ろう?さっきの話はまた休んでから………ね?」
「………うん」
また、気を使わせちゃったな。
なのは軽いパニックになった私を部屋まで介抱してから軽い朝食を持ってくると、「また後でくるから、もし落ち着いたらロビーに来てね」とだけ言って行ってしまった。
届けられたハンバーガーを袋から取りだし、袋を机の上に置く。
「………………?」
少し違和感がある。おかしい、この動作、少し前に………した気がする。
自分のいる部屋をぐるりと見渡す、やはり変哲のない簡素な部屋、特徴もあまりない。
感じた違和感は一旦置いておこう。私にはもっと大事なことがある。もう一度。言ってみよう。
「……………ホタル」
やっぱり、言えない。口は言葉を発していると言っているが、耳でその言葉を拾うことは出来ない。不可思議な感覚、思わず鳥肌が立つ。記憶のほとんどない私には色々なことが新しく見える。道端のゴミ箱、石ころ、緑色の木々、冷たそうな柵。
どれも私の琴線に触れる美しい知らないものたち。だけれど、この感覚は根本的にそれとは違う。私の知る五個の感覚とは違う外れた恐怖。
違和感を感じても、それもまた感覚には違いない。
ふと、先程机に置いた袋が床へと落ちる。面倒だけど、部屋が汚れるのは許せない。
腰を落として床に落ちた袋へと手を伸ばす。
「ん?」
一瞬、部屋の景色が変わった。記憶がフラッシュバックしたかのように部屋一面にゴミが散乱する光景が見える。これは………デジャブというやつか。
片付いた部屋、特に何も無い。だけども、それがとても引っかかる。この部屋………変だ。どうして部屋が片付いてるの?私の部屋は………もっと酷い状態になってたはず。
床にはピノコニーで心を満たそうと適当に買った食べ物の箱や袋が散乱して、一本の足場だけ確保して、後はベッドに寝転ぶだけ。そんな部屋だった。
そして、このベッドで私は…………薬を飲んで、全部……?……………そう、全部………諦め……た?
私は昨日………薬を飲んで、それで………死んだはずじゃ………あれ、これって、もしかして……!
私は勢いよく部屋から飛び出て、ロビーへと走った。勢い余って壁にぶつかり、肩がジンジンと痛む。でも、そんなことより、今、今は………
「あら?星、なのかから具合が悪いって……」
「姫子!今ってどこに停車してる!?」
「どこって………羅浮だけれど?ちょうど今から出発するんじゃない………ってちょっと?どうしたのよ頭を抱えて………」
あぁ、そうか。ヴェルトに貸してもらった本にこんなものがあった。年老いた主人公は三人の妻と、たくさんの子供たちに囲まれて息を引き取った。それはまさに大往生と言えるもので、傍から見れば最高の人生のように映ったことだろう。だが、本人からしてみれば、後悔と、無念の重なった人生だった。あの時こうしてれば、ああだったかもしれない。積年の想いが何に働いたのか、主人公は青年時代へと
私も、そうなってしまったんだ。そうと考えればこの理解の難しい状況も少しは説明できる。
なのの不可解な反応。綺麗に片付いた部屋。そして今、こんなにも冷静に、物事を考えられている私自身。私の心はこんなにも余裕があっただろうか?胸に手を当てる。未だに、私は心臓にぽっかりと穴が空いている感覚がある。心はそのままでも、身体が違うから?心の辛さは、時に身体にまで苦しみを伝染させてくることがある。一度身体に移された苦しみが、巻き戻ったことで消えてしまったのか。
何も確定はしていないから詳しいことは分からない。でも、ひとまずしっかりと自分の足で立てるようになったのは良かった。
「…………星?」
「あっ………ごめん姫子、大丈夫」
「そろそろ跳躍の時間よ?羅浮の知り合いには挨拶した?」
「うん……たぶん?」
「?まぁ、皆が揃ったら出発するわよ」
「了解」
列車のロビーに備え付けられたソファに座り、他の乗員達を待つ。頭上からはパムの発車を知らせる号令が聞こえる。
丹恒、なの、そしてヴェルト。次々にロビーへとやってきた。
「なのかから体調がすぐれないと聞いたが、もう平気なのか?」
「あっそうそう!心配だったんだから!」
ヴェルトそして遠くにいるなのが遠くから声を上げて心配してくれた。二人は私が………あんなことをした前も気にかけてくれていた。大丈夫だよ、もう私は。
「うん、ちょっと調子が悪くって、取り乱しちゃっただけ」
「ふむ、それならいいが。君は体内に星核を飼っている。その影響の可能性もなくはない。それに加えて今から向かうピノコニーでは憶質という特殊な物質もある。何か違和感があれば言ってくれ」
星核………確かに、この不可解な現象は星核、それこそ星神ぐらいの力が働いていないと説明がつかない。
「ねぇヴェルト、前に時間を遡る題材の本を貸してくれたことがあったよね」
「あぁ。別に無くしても構わないが」
「え、違う違うそうじゃなくて、そういうことができる星神とかっているのかなって」
「そういうこと………つまりタイムリープのことか」
顎に手を当てて考えるヴェルト。そうだな……と小さな呟きが聞こえてくる。
「数ある星神の中に、『終焉』の星神であるテルミヌスがいる。テルミヌスは情報が少なく、姿形もはっきりとは分かってはいない。ただ、噂では「未来に起こる事象の預言」「時間の逆行」を行える力があると聞く」
「『終焉』ね………随分大層な名前をしたやつだね」
「確かな情報とは言えないがな………まだ聞くか?」
「うん、お願い」
「先程テルミヌスは預言を行うと言ったが、星々のどこかには厄災前衛というテルミヌスに与えられた預言を読み解こうとする集団があるという。その集団と星核ハンター、この二つの集団には類似性を感じている。奴らは『脚本』という文言を随所で零している。それはまさに未来を知っていると言っているかのようなものだ。彼らの行動には一貫性が見えないが、彼らとの少しの会話で俺は何か一つのゴールへ向かおうとする気概を感じた。勝手な推論だが、彼らのリーダーはかなりの頭脳派だろう…………おっと、少し話が逸れてしまったか」
いつの間にか大層な星神の話から星核ハンターの話に移り変わっていた。ヴェルトのように博識だと色々な知っている情報同士を結びつけてしまうのだろう。
「いや、ヴェルトは星核ハンターについて詳しいんだね」
「星核ハンターは君を宇宙ステーションに連れてきておきながら身勝手にも置いていった連中だ。君のことを疑うわけじゃないが、これから仲間になる者の出自ぐらいは調べておこうと思ってな、これは恐らく姫子も同じだろう」
星核ハンター………私の目覚めに立ち会っていたのは彼らだった。そして何故か、記憶はほとんど何も無いにも関わらず、カフカという人物のことは覚えていた。羅浮でカフカは言った。私はある日エリオ………星核ハンターのボスが連れてきた、私とカフカはお互いの運命なんだと。それに加えて、刃はカフカの傍に常に私がいたと言う。ならば私は、ヘルタに来る前、星核ハンターとずっと共にいたのだろうか。それとも、牢にでも入れられていて道具のような扱いだったのだろうか。今度、星核ハンターに会ったら聞いてみようかな。
「ところで………いきなりどうしてこのようなことを?」
………ヴェルトなら、いいアドバイスをくれるかもしれない。なにか今みたいに有益な情報をくれるかもしれないし。そもそも、仲間に隠すようなことじゃなかった。どうして秘密にしなくちゃいけないものと思っていたんだろう。
「実は………私の時間が巻き戻ったんだ」
「……ん、実は?」
「えっ…………あー」
そっか、これも伝えられないんだ。
「別に、実は結構気に入ったんだよ。あの小説」
「………そうか、ならいいんだが」
多分、ヴェルトは私が動揺していることを勘づいてるとは思う。でも、完全に気づくことはない。だって、肝心な部分を言おうとすると、喉が鳴らない。言っている感覚はあるのに、世界にそれが反映されてない。
『乗客の諸君!これより星穹列車はピノコニーへと跳躍する!跳躍に備えよ』
『3!』
私は、一人で背負うしかないんだ。
『2!』
座っていたソファに腰をさらに深く据えて衝撃を待つ。あと少し、あとすぐでピノコニーだ。
『1!』
とそこで、視界が反転する。数々の映像が、声が流れ込んでくる。そして、視界は赤に染まり……紫色の長髪を持った秀麗な女性が目前に現れた。
そういえば、先にここで黄泉と出会うんだった。
「私たちは、どこかで会ったことがあるか?」
ホタル次回登場