【君の子】   作:密室

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可愛い子

 星野スピカはママ(アイ)によく似ている。

 三つ編みにした黒髪は、ほどいたら夜空のようだろう。

 これほど美しいバイオレットがほかにあるだろうかと思わせる紫色の大きい双眸。

 血管を乳と蜜が流れているような白い透明な肌。

 みんなが手にしたくなる、特別な宝石のような子であった。

 スピカがまだ三歳であることなど、彼女の魅力の前ではなにほどのこともない。

 

 それらは全部、スピカがママ(アイ)からそっくり受け継いだ美貌なのだ。

 しかしスピカは三歳。自分のとびきりの愛らしさを自覚する前の年頃である。

 星野スピカ。漢字で書けば星野珠光輝。

 お名前は? と訊かれたら、すぴかだよ、と答えられるけれど、自分の名前はまだひらがなでだって書けないのだ。

 

 そんな幼いスピカでも、いや、幼いからこそ、誰しもが持つルッキズムは露骨なのだ。

 有り体にいえば、スピカは実のママに照れてしまうのである。

 ママ(アイ)がとんでもなく美人で、可愛くて、魅力的なためであった。

 

「ママぁ、きょうね、あのねえ、よーちえんでねえ」

「うんうん、幼稚園で何があったのかなー?」

 

 ママ(アイ)。星野アイはあちこちのメディアで引っ張りだこの人気アイドルである。

 毎日仕事で忙しいので、一日のうち、我が子たちと触れ合える時間は長くはない。

 芸能と育児を並行して行うのは常人には難しい。19歳という若すぎる年齢を考えると、まだ遊びたい盛りでもあるはずだ。

 が、そこは若さとレッスンで鍛えた体力でカバー。加えてアイは恋愛事に興味を持たない。日々のストレスを飲酒や喫煙で発散する習慣も持たないので、スキャンダルも特になし。

 

 まあ、恋愛事以前に、アイは16歳、未婚、未成年、アイドルの身分で、世間から隠して子供を産んだという特大のスキャンダルを抱えているのだが。

 

 子供を愛そうという気はあるので、アイは我が子との交流は毎日欠かさずしている。

 繰り返し対象に接することで愛着が湧く現象を指した、心理学の言葉――ザイオンス効果を彼女が知っていて、かつ試している……とは言い難い。

 アイはちょっとだけお馬鹿なのだ。

 でなければ、我が子(三つ子)に、アクアマリン、ルビー、スピカなどとは名付けないであろう。

「せんせが言ってたんだけど、自然妊娠で三つ子って、すっごく珍しいんだって! 生まれる前から特別なんて、さすが私の子じゃない? 私はりきって名前考えたんだ☆」

 とのことである。

 

 まあしかし、とにかく彼女なりに子供を愛そうとしているのは嘘ではなかった。

 我が子とできるだけ一緒にいようとするのも、母は子供のそばに居るもの、というふんわりと彼女の中にある常識に倣ってのことだろう。

 普通は、母は子を愛するものだから。やり方がわからないのなら、普通を真似てみればいいのだ。

 

「……」

「んー?」

 

 風呂あがり、暗闇で光るプリキュアのパジャマはスピカのお気に入りだ。

 お気に入りに身を包まれたスピカは、アイの前ではにかんでいる。

 同じく風呂あがり、スキンケアとストレッチを終えたアイはハーゲンダッツをぱくつき、スプーンで掬ったのを時々スピカの口元に運んでやりながら、次の言葉を待っていた。ストロベリー味。

 ちなみにスピカはトマトが好きなので、苺の赤をトマト味の赤だと思って食べ、がっかりするのを繰り返している。

 可愛い可愛いママ(アイ)が相手だから、トマトがいいとわがままを言うことはないけれど。

 

「よーちえんでねえ、むすんだの」

「むすんだ? おにぎり?」

「ちょうちょ……」

「ちょうちょ? うーん、羽根が折れちゃわない?」

 

 若すぎる母と幼い子の会話が大いに噛み合わぬ中。

 部屋の隅では幼い男の子――アクアが、女の子を押さえている。

 

「離してお兄ちゃん! 私も、私もっ、ママに甘えるんだから!!」

「落ち着けルビー、お前の方が中身は年上なんだ、妹に譲る気はないのか」

「ツバメの子は口を大きく開けてる子ほど餌をたくさん貰えるんだよ!?」

 

 主張が強い燕の雛ほど、親鳥から多く給餌され、強く逞しく育っていく。

 卵の殻を破った瞬間から始まる生存競争。

 強い子はより強く、弱い子はより弱く。

 厳しい自然界のルールに不平を唱える生き物はいない。

 太古の昔から不変の理なのだ。

 

 つまり、いつでもママ(アイ)の愛情welcome。むしろこちらからgetしにいく。

 そんな気概の己こそよりママ(アイ)に構われてしかるべき――。

 

「理性があるのが人間だろ」

 

 妹に容赦ないルビーの脳天にアクアの手刀が落ちる。

 三歳児の羽二重餅のように柔らかい手であるので、ちっとも痛くはないのだが。

 

「今日は七夕だったから」と、アクアが助け舟を出す。

 

「願い事を書いた短冊を笹に結びつけたんだよ。スピカが言ってるのは多分そのこと」

 

 思い出すのは幼稚園での行事である。年少と年長がペアを組み、年長の園児が、リボンの蝶蝶結びができない年長の分の短冊も結んでやるのである。

 アクアはもちろん自分で結べる。ルビーは……、少々手つきが怪しかったが、形にはなった。スピカはもちろん結べない。

 

「へえー! スピカは何をお願いしたの?」

「ママかわいい、ってね、かいたの」

「そうなの? ママうれし~」

 

 スピカの、というか、彼女の年代の子にとっての「書いた」とは、紙面にでたらめな線を引くことだ。

 故に、だからこそ、スピカの字はその時々によって、スピカの意思一つで意味を変えるのだ。

 アクアが幼稚園で聞いたことには「チョコ食べたい」と書いたらしかったのだが。

 今は「ママかわいい」と書いたということになっている。

 もはや願い事ではない。ただの感想。そして事実である。

 

「んー、よしよし、うちの子は今日も可愛かったんだね!」

 

 スピカを抱きしめるアイは美しい。

 前世から強火のアイ推しであるアクアが何らかの宗教画だと見紛うほどに。

 365日24時間いつでも可愛く美しい、千年に一度の美少女。

 人を惹きつける天性の才能を宿いたアイドル。

 それが星野アイなのだ。

 

 アクアの手を逃れたルビーが、アイに突撃する。

 

「ママーッ! 私は全人類がママ(星野アイ)を崇め奉りますようにって書いたからね! 私もよしよししてー!!」

「そこまでは願わなくていいけど、ルビーもよしよーし」

 

 ところで、アクアとルビー、スピカは三つ子である。

 同じ日に生まれた二人と一人には、喋り方、語彙に明確な差がある。

 アクアとルビーに比べたら、スピカの発達に遅れがあるのではないかと思うほどである。

 

 いや、スピカにはなんの問題もない。

 数十分の差で先に生まれた二人が特殊なのだ。

 

 星野愛久愛海(アクアマリン)、転生者。前世は雨宮吾郎。産婦人科医。

 星野瑠美衣(ルビー)、転生者。前世は天童寺さりな。闘病の末亡くなった少女。

 

 追記事項としては、両者とも前世からのアイのファンである事か。

 

 二人の転生者の下に生まれた星野珠光輝(スピカ)は、前世の記憶もなにもない、ただの幼児である。

 ママ(アイ)に似て可愛すぎるというだけの、身も心も真新しい子供。

 アクアとルビーにとっては純然な「推しの子」というわけだ。

 

「さっ、すーちゃん、寝る前に歯磨きしよっか。お姉ちゃんが仕上げ磨きしてあげる」

「めろんのがいい」

「はいはい、歯磨き粉はメロン味ね、つけてあげるよ! まったくすーちゃんはお姉ちゃんに何でもやらせるんだからー!」

 

 幼い――同じ歳であるがこう称するしかない――妹への嫉妬心をむき出しにしたルビーであるが、普段の関係は良好である。

 と、ルビーの名誉のためにも、ここに記しておこう。

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