【君の子】   作:密室

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転生者じゃない

 星野スピカは転生者ではない。

 自宅の居間に敷かれたカラフルなジョイントマットの上で、スピカはプラレールを走らせて遊んでいた。

 男の子趣味が前面に出たおもちゃは、アイが所属する芸能プロダクションの社長、斉藤がアクアに与えたものであった。

 もらったアクアがまったく遊ばないので、今ではスピカのものになっている。

 というか、この家では、だいたいのおもちゃと絵本がスピカのものである。

 母親から、そして周囲の大人から、スピカのみが偏愛されているわけではない。アクアもルビーも幼児向けおもちゃで本気で遊ぶことはないので、買い与えられても義理程度に触れると、さっさとスピカに譲ってしまうのだ。

 

 兄妹間にありがちなおもちゃの取り合いが、この家では起こらないのだった。

 スピカがねだっても絶対に手に入らない兄姉のものといったら、アイのグッズくらいなものだ。

 

 見守りも兼ねて、スピカの横ではアクアが腹ばいになって本を読んでいる。

 タイトルは『二人の小さな野蛮人』。かの昆虫学者シートンが執筆した小説である。前世の子供の頃に夢中で読んだ本は、今世で読んでもやはり面白いのだ。

 

 通りかかったルビーがアクアの背中にそっとシルバニアファミリーの子リスを置き、テーブルに置かれたテレビのリモコンに直行した。

 

「おにいちゃん、どーぞ」

「はぁい、あむあむ……」

 

 アクアは良い兄であるので、スピカから渡されたプラスチックのピーマンを食べるふりをすると、スピカはにっこりしてフォークも渡した。

 それも食べるふりをして、案の定喉に詰まって苦しむふり。スピカは声をあげて笑った。三歳の子の笑いは単純で楽である。

 

「あっ、始まったよ! ダマされた大賞!」

 

 テレビをつけたルビーがはずんだ声をあげる。

 アイが出演するドッキリ番組だ。ドッキリは仕掛けられる側である。

 お目当てのアイの出番はまだ先なのだが、元々ルビーはテレビっ子。アイを撮ったというだけで番組そのものがさらに面白く見えてくる。

 

「ふーん、もうそんな時間か」

「なによ、興味無いふりして!」

「そんなことねえよ」

 

 やいやい言い合いながらテレビの前に座る二人だが、アイがひとたび映れば食い入るように映像を見つめるのだ。

 アイ。星野アイ。

 人を惹き付ける求心力。「この子は特別に可愛い」という説得力を帯びたアイドル。

 特別なアイドル……が、液晶の向こうでは、テレビ局のエレベーターに乗った瞬間落とし穴に落下、追撃にパイを頭から浴びて驚愕、そしてドッキリ大成功!のプラカードを認めて笑っている。

 

「ママー! ナイスリアクションだよー!! 最強! 可愛い!」

 

 歓声をあげるルビー。

 あぐらをかいて腕組みをしているアクアも、うんうんと満足気に頷いている。

 気持ちとしては、祝!バラエティ進出! のプラカードを掲げたいくらいだ。

 

「ほらぁ、すーちゃん、ママだよ! ママが出てるよ!」

「……」

 

 しきりに画面を指さすルビーを見て、スピカはにっこりした。

「ママ!」と復唱したものの、視線はすぐにプラレールに戻る。

 今の兄姉のそばに寄れば、何くれと話しかけてくれても、一緒に遊んではくれないことを知っているのだ。

 やがてスピカはとてとてとキッチンで夕飯の後片付けをしているミヤコに近づき、シルバニアファミリーのうさぎを渡そうとし始める。一緒におままごとをやれの意である。

 

「みやこさん、どーぞ」

「はいはい、もうちょっと待ってね。……まだベビーサークル必要かしら……」

「はいは一回よぉ」

 

 斉藤ミヤコ。アイの所属する芸能プロダクションの社長夫人であり、アイのマネージャーである。

 元港区女子というだけあって、ビジュアルは中々のもの。

 アイが仕事で不在の間は彼女がアイの隠し子たちの面倒を見ているのだ。

 

「悪いなミヤコさん、そのままスピカを風呂に入れて歯磨いてやって絵本読んでやってついでに寝かしつけておいてくれ。そういえば外遊びであせもができてたから、まだ痕が残ってたら薬も塗ってやって」

「スピカはお弁当箱まだ出してなかったと思うから帰る前にそれも洗ってね。明日の幼稚園の準備もよろしくー、私たちはママ見てるから」

「小さいパパママなんですか?」

 

 ママは小学4年生、ならぬ、ママとパパは人生3年生。

 しかも趣味に没頭する時は人に世話を丸投げする、ダメな部類の父母。

 ミヤコは言葉を飲み込んだ。

 

 諸事情あり、ミヤコはルビーとアクアを天照(アマテラス)の遣いと信じている。

 あれは数年前、アイドル(未成年)の隠し子の面倒を見ろという闇深案件、加えて育児のストレスに爆発しかけた頃。ミヤコはアイを文春に売ろうとしていた。

 そんな中、目を離した隙に、テーブルの上に鎮座していたルビーとアクア。

 ミヤコは確かな自我が宿った、しかし静かな赤ん坊の視線に薄気味悪いものを感じた。

 怪訝な感情を隠しつつ、赤ん坊を抱き下ろそうとジェルネイルで彩られた指先を伸ばし――、

 

『慎め』

 

 その手を叩き落とし、生後数ヶ月のはずのルビーが告げたのだ。

 

『我はアマテラスの化身。貴様らの言う神なるぞ』

 

 ミヤコはあの時の衝撃を忘れないだろう。

 

 それからミヤコは天啓という名の脅しをルビーとアクアから受け、アイを売り出したい二人の協力者になった。

 ご褒美はイケメン俳優との再婚である。

 もちろんルビーの出まかせだが、すべてはイケメン俳優と再婚するため、ミヤコは夜職時代より大幅に下がった収入と生活水準に甘んじているのだった。ホスクラ通いも控えた。

 

『じゃああの子も何かすごい神様……ツクヨミとかの化身だったりします!?』

『いやスピカはただの赤ん坊じゃ』

『なーんだ……』

『だからといって世話をおろそかにすると死ぬぞ!』

『いやぁ!』

 

 という脅迫も同時に行われたのは、三人のみぞ知ることだ。

 

 

 

◾︎

 

 

 

「とはいえ、現状は問題だよね」

 

 スピカと深夜に帰宅したアイが寝静まった深夜。

 別室に移動したルビーとアクアは、年齢上どうしても落ちてくる目蓋を擦りこすり、会議を始めた。

 

「何が?」と、アクアが訊いた。

 

「スピカがママのファンにならない事だよ! どうしてなの!?」

「家だとべったりなんだし、別にアイを嫌ってるわけではない……と、思うが」

 

「ままかわいい♡かわいいね♡」とアイにしっとりとくっついているスピカを思い出し、アクアは顎に手をあてる。

 アイは幼子さえ魅了してしまう最強無敵のアイドルなのだ。

 ちょっと心配になる懐き方をしているが、アイは嬉しそう……いや、「依存体質になったら困るなー……」と最近はぼやいていた気がする。

 

「テレビで見るB小町の星野アイと、家にいるママ(アイ)が同一人物だと理解できる年齢でもないんだろう」

「えー! もったいない! ママの子になるなんて、こんなに贅沢な状況ってないよ!?」

「そう認識できるのも俺達が転生者だからだ」

 

「ママのライブを生で見せられたらなあ」とぼやくルビーも、前世――さりなの時は、B小町は液晶越しでしか見た事がなかった。

 幼い頃に重い病に罹患したさりなは、短い人生のほとんどを病棟で過ごした。

 自分を生かそうと尽力する者たちがいたことは知っている。しかし医者と看護師は家族でも友人でもない。埋めきれない孤独はあった。

 

 視野の限り、景色は常に青褪めているように、さりなには映った。

 だからこそだろう。映像で見たB小町は、とりわけアイは、発光していた。

 ようやく会えたね、と突き出した指先が発した閃光に、さりなは貫かれた。

 

 大病で体を動かすこともままならなかったさりなと異なり、スピカは健康体だ。アイに救われなくても、日々は楽しく、きちんと色をもって視野に映るのだろう。

 

 それは元闘病児として、そして姉として喜ばしいことなのだが。

 それはそれ。これはこれ。

 ルビーは決意した。必ずスピカを星野アイのファンにしてみせる、と。

 

「あーあ、せめてあのミニライブをすーちゃんが見てたらなぁ!」

「ますます見てわかる歳じゃねえよ」

 

 ミヤコに無理を言って見に連れて行かせた販促イベントのミニライブ。

 こっそり眺めるつもりが、本能でオタ芸を披露したアクアとルビーの様子は撮られ、その動画はバズりにバズった。

 数年たった今でも、YouTubeで「赤ちゃん おもしろ動画」と検索すれば必ず上位でヒットする程だ。きっと十年経っても残っているのだろう。

 将来の顔つきが予想しにくい赤子だったのが幸いしたというべきか。承認欲求が満たされまくる快感と同時に、ネットの恐ろしさをルビーとアクアは実感したのだった。

 

「あの時はすーちゃんが直前にグズりだしちゃったんだっけ」

「で、結局終わるまでスタッフに外であやされてたんだよな」

 

「そうだ」とルビーの脳内でピコンと電球が点る。「ママの仕事現場を見せるっていうのは? 五反田監督の時みたいにさ」

 

「もっとダメだ。逆に聞くが、ルビー、お前、スピカが人前でアイをママ呼びしないと思うか?」

「うーん、ちゃんと言い聞かせれば?」

「無理に決まってるだろ」

 

 お気楽なルビーを半目で見やり、アクアは部屋の電気スタンドを消した。

 この家で、大人ではないということ、転生者ではないということ。

 まっさらで愛らしいが、気苦労のもとでもある末妹を思い、アクアはため息を吐いた。

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