研究所を出ると、夏の残り香を乗せた風が、さっきと同様に俺の頬を撫でる。さっきと違うのは、俺の肩に相棒であるヒノアラシが乗ってることだ。
心地いい風に目を細めつつ肩のヒノアラシに目をやると、ヒノアラシも同じように目を細めていて、何だか笑ってしまった。
「二人ともソックリだねー。いや、一人と一匹、かな?」
コトネが漫画ならニヤニヤという擬音がつくような笑みを浮かべながら、俺の顔を覗き込んだ。
「うるせーな……似てて悪いんですかー?」
「べっつにー? ほら、私のマリルも私に似て可愛いし?」
「……可愛い? 誰が」
「うわっ、サイテー」
真顔で言う俺に、信じられないといいたげな顔でため息混じりにコトネが言う。
何だかおかしくなって、二人で吹き出した。
「驚くほどいつも通りだね、私達」
「そうだなぁ……少し緊張してた俺がバカみたいだ」
家を出た時の緊張はどこに行ったんだか。
……でも、コトネがいなかったらここまで笑ってはいなかっただろう。一人で━━いや、独りでただ緊張を押し切り見知らぬ地に足を踏み入れ、乗り越えて行く。きっと俺独りじゃ、耐えられない。
こんなに口が悪い俺でもメンタルはなかなか弱いのだ。すぐに折れて、崩れてしまう。
でも二人なら━━きっと、なんとかなるだろう。
そう思わせてくれる心強さが、コトネにはあった。
■ ■ ■
研究所から西にしばらく歩くと29番道路に出た。草むらが生い茂り、周りには程々の自然。草と葉が風でこすれる音が響く、心地いい場所だ。
俺とコトネが小さい頃に遊んだ、馴染み深い場所。
「あ、そうだヒビキ」
揺れる草むらを眺めていると、言葉が投げかけられた。
「ん?」
「ヒビキさ、ポケモンの捕まえ方知らないでしょ」
と、何故かドヤ顔で言うコトネ。何かムカつく。
「確かに知らねーよ。なんならポケモンにちゃんと触れたのも、今日が初めてだしな」
「やっぱり? しょーがないなぁ。なら少し先輩の私が教えてあげよう」
うわぁ……ムカつく。でも教えてもらえれば助かるから何も言えねぇ。
赤い襟付きの長袖Tシャツの袖を
黙って見ていると、有る程度進んだところで振り返り、何やら俺に向けて手招き。
「……ああ、ついて来いってことか」
ヒノアラシに目をやり何となく頷くと、草むらに足を踏み入れた。
「ほら、ちゃんと見てなよー!」
コトネのそばに着いた頃には、コトネは鳥型のポケモンと向き合っていた。足元ではマリルが楽しそうな笑みを浮かべ、臨戦態勢に入っている。
確か鳥型のポケモンの名前は……『ポッポ』だっただろうか。
「行くよマリル━━『たいあたり』!!」
コトネが叫ぶとマリルは地面を蹴り、相手に向かって突っ込んで行く。
「……ああ、そうだ。ポケギア」
ポケットからポケギアを取り出し、二匹のポケモンに遠目からかざす。すると『マリル』と書かれたメーターと、『ポッポ』と書かれたメーターが画面に表示された。これが体力表示機能か。便利だな。
ポケギアから顔を上げると、ちょうどポッポの体にコトネのマリルの体が直撃し、ポッポの体が後ろに軽く吹っ飛んだところだった。
ポケギアに表示されたポッポの体力ゲージが、満タンから四分の一程減る。
「んー……まだ足りない、かな」
コトネも俺と同じようにポケギアを見つつ、何やらつぶやく。
吹っ飛んだポッポは自慢の羽で飛び状態を立て直し、風で砂をマリルの目を目掛けて飛ばす。
「マリル、『みずてっぽう』!!」
コトネの声を聞き、マリルが頷く。
腹を大きく膨らませ、砂ぼこりの向こうに飛んでいるポッポを見据え、勢い良く水を口から吹き出す。
それは砂ぼこりを巻き込みかき消し、ポッポの体に直撃。飛んでいたポッポは思わず地面に落下する。
ポッポの体力ゲージが大幅に減り、緑色だったゲージが黄色に変わった。
「今っ!」
コトネがバックのポケットからモンスターボールを取り出し、落下したポッポ目掛けて投げる。
ボールはポッポに直撃すると、赤と白で半分に分かれ光を吐き出す。光はポッポを飲み込むと、ボールに吸い込まれた。
「おぉ……」
初めて見た光景に、思わず小さなため息をつく。
地面に落ちたボールは何度か揺れると、カチッと小気味のいい音が辺り一面に響いた。
「こんな感じ。わかった?」
「………」
なるほど、わからん。
■ ■ ■
「んまぁ見るだけじゃわかりづらいよねぇ……」
草むらを避けて歩きつつ、コトネが苦笑した。確かに見るだけじゃアレだな。考えるな、感じろっ! って言われてるようなもんだし。俺はそこまで武闘派じゃないのだ。
「簡単に言えば、ある程度相手のポケモンの体力を減らして、相手にボールを投げるんだよ」
「何かすげー簡単だな」
「聞くだけはね。でも感覚というかタイミングが難しいんだよねー……」
まぁ、聞くだけは簡単そうだがやってみないとわからないもんだからな。そういうのは。
一人で頷きつつ頭に教えてもらったことをまとめてみる。
1 体力を減らして
2 ボールを投げる
……おう、簡単そうだな。
「まぁでもさ。ボールがなきゃどーにもなんねぇよな」
ふと浮かんだ疑問を呟くと、コトネの顔がまってました、と言わんばかりに笑った。
「だよねー?わかってたわかってた。そんなヒビキに、私からボールを五つプレゼントしてあげるよ。私確か、誕生日プレゼントあげてなかったからね」
言いながら、バックのポケットからボールを五つ取り出し渡してくる。
……あ、誕生日プレゼントと言えば。
「誕生日プレゼントな。俺からも一応あるんだよ」
「え、えぇ?!」
俺からプレゼントという単語が出たのが意外なのか、コトネが軽く飛び跳ねた。
俺が昨日ではなく、今日旅に出た理由。それは意外にも簡単なものだ。
俺は昨日が誕生日だが、コトネの誕生日は今日なのだ。一緒に旅に出発したいとダダをこねるコトネの要望を聞いた結果こうなった、ということである。
まぁ跳ねたコトネは放っておいて、パーカーのポケットからプレゼントを取り出す。
白い花の着いたヘアピン(母ちゃんと選びました)だ。たぶんコトネに似合うと思う。
コトネからボールを受け取りヘアピンを渡すと、コトネは何故か俯いてしまった。
「……なんだよ?」
「い、いや……別に……」
俯いていて表情が読み取れない。プレゼントに気に入らないところでもあったのだろうか。
「よくわかんねぇなぁ……」
「ほ、ほら! ポケモン捕まえる練習しないと! ね!」
帽子越しに頭をかいているとコトネが俺の背中を押し、草むらの中に入って行く。
……一瞬コトネの顔が見えた。頬が少し紅く染まっていた気がしたが、気のせいだろう。
■ ■ ■
三匹。
……いったいなんの数字かと問われれば、俺が捕獲に失敗したポケモンの数である。
「……クッソ難しいんだけど」
「いや、ヒビキは加減を知らなさすぎ」
頬を引きつらせながら言うと、コトネも同じような顔をしつつ言った。ちなみにコトネの前髪には俺がさっきあげたヘアピンが顔を覗かせている。
一匹目は体力が多すぎてボールから飛び出し、二匹目は体力を減らしすぎて戦闘不能にさせてしまい、三匹目は二匹目と同様。
加減を知らない……言えて妙、かなぁ。
「……まっ、ポケモンを捕まえるのは、博士のおつかいが終わってからでも遅くないでしょ」
軽く落ち込む俺の肩を叩き、コトネが笑った。
「そう、だなぁ……」
とりあえずは、目の前の用事が先だろう。