セリカちゃんが攫われた。
アヤネのその報告に、対策委員会のメンバーがドタバタと慌ただしく動き回る中、俺はその隣の教室で、重く響くような頭痛に頭に耐えながら、ウィンドウを操作していた。
泣きっ面に蜂だ。
踏んだり蹴ったりと言い換えても良い。
昨日の一件で休みの必要性を大いに感じ、ワカモに頼んでアビドス高校近くの空き家を一つ見繕ってもらい、そこで眠っていたら電話に叩き起こされて『助けて』である。
あまりにも酷い仕打ちだとは思わないだろうか。
いやまぁ、柴関ラーメンに行った直後にセリカが攫われる事をすっかりと忘れていた俺も俺であるのだが、しかしやはり辛いものは辛い。
中途半端に眠ってしまったことも、この辛さに拍車をかけている。
ただでさえ疲れるウィンドウの操作が、いつも以上にしんどい。
「……もうちょっと時間がかかりそうかな〜?」
「今何とかしようとしてる……! ちょっと待ってろ……!」
隣で俺が操作している様を覗いているホシノが、ひどく鬱陶しい。
そんなに見ていないでも、真面目にやっているに決まっているだろうが……!
と言うか、堂々と覗いてるんじゃねぇ! 連邦生徒会のセントラルネットワークだぞ! 機密情報の塊だぞ! それを何さも当然のように隣で見てるんだお前は!
と、湧き上がる怒りを払拭するが如く、俺はウィンドウの隅に出現した実行ボタンを殴り付けた。
「出た、ここだ」
ウィンドウに出現するのはアビドス周辺の地図情報と、その一点に突き立った一本のピン。
セリカのスマホの連絡が途絶える直前の位置情報だ。
見る限り、市街地の端の方らしい。そこが現在、砂漠化の影響を受けてどうなっているかは知らないが。
「ここは……うん、わかった。ありがとね、先生。早速部屋に戻って皆に報告しなきゃ」
「……おう」
ウィンドウを閉じ、ホシノの後に続いて対策委員会の部屋に戻る。
部屋で待っていた三人の視線が、扉が開いた瞬間に一斉にこちらへと向く。
「みんな、お待たせ〜」
「どうだった、先輩?」
「うん、先生のおかげでわかったよ〜。セリカちゃんの居場所は、この辺だってさ」
と、机の上に広げられた地図の一点をホシノは指す。
「ここは……砂漠化が進んでいる市街地の端の方ですね?」
「住民もいないし、廃墟になったエリア……治安が維持できなくて、チンピラばかりが集まってる場所だね」
「このエリア、以前危険要素の分析をした際に、カタカタヘルメット団の主力が集まっていると確認できた場所です……やはり、カタカタヘルメット団の仕業……!?」
主力が集まってるってわかってたんだったらもっと早く報告してくれよ、と文句が喉元まで出て来るが、何とか呑み込む。
ここに直接襲撃に来ていたヘルメット団のアジトは潰したし、ここから借金返済に全力で取り組もう、となった時に変な事を報告して、皆の気概を削ぐわけにもいかないと思ったのだろう。
……いやまぁ、と言うよりは多分ゲームのシナリオ上の都合なのだろうがな。
シナリオの進行のために登場人物のIQが下がることはよくある事だ。
一々気にしないようにしよう。
「なるほどねー、帰宅途中のセリカちゃんを拉致して、自分たちのアジトに連れて行ったってことかー」
「学校を襲うくらいじゃ物足りなくて、人質を取って脅迫しようってことかな」
「考えていても仕方ありません! 急いでセリカちゃんを助けに行きましょう!」
「うん、もちろん」
俺もノノミの意見に全面的に賛成だ。
もう考えることすら辛い。さっさと片付けて休みたい。
「よっしゃー、そんじゃ行ってみよー!」
あー……面倒くせー……
■
ブロロロロロ……と、駆動音と砂埃を立てて、ハンヴィーが砂漠を疾駆する。
助手席でシートベルトを締め、手摺りに掴まる俺の隣で、ハンドルを握るのはまさかのアヤネ。
「おまっ、こんなもん何処にあったんだ!? ってか運転はできるのか!?」
「学校の倉庫で埃を被っていたので、持って来ました! 運転に関しては免許を取っています!」
先程までは意気消沈していた俺だが、しかしこうもガックンガックンと揺れる車内が危険環境すぎるせいか、アドレナリンがかなり放出されているらしい。
なんか段々と元気が出て来た。
まぁこの元気が終わったら結構な反動が来るんだろうが、しかし現状としてはありがたい。
これである程度はまともな指揮ができる。
「おい! 誰も振り落とされて無いな!?」
『うん、こっちは大丈夫』
ちなみに、残りの生徒三人はハンヴィーの屋根の上に乗っている。
あまりにも揺れるので振り落とされていないか心配になったが、思ったよりも余裕らしい。
『あ! 見えて来ました! 前方にトラックと……その周囲に戦車が数台! あそこです! きっとあそこにセリカちゃんがいます!』
聞こえて来た報告に、ガクガクと揺れる視界の中で前方を注視する。
すると、確かに前方にもうもうと立つ砂埃の中があり、その中にトラックと戦車の影が見えた。
「アヤネ!」
「はい!」
アヤネがアクセルを更に深く押し込み、ハンヴィーはより凄まじい速度で砂漠を駆ける。
ぐんぐんと、見る見るうちにトラックとの距離が縮まって行く。
近づいてみると、だんだんと状況が見えて来る。どうやら、トラックを囲むように戦車を配置しているらしい。
となれば、まずは……
「総員! トラックのタイヤを潰せ! 先に進ませるな! 戦車はその後で処理する!」
『了解です〜!』
『うへ〜……それだったらおじさんにできる事はあんまりなさそうかな〜……?』
「そうだな。取り敢えず盾だけ構えておけ」
奴らが守っているのはあくまでもあのトラックだ。
あのトラックが停まれば周りの戦車も停まらざるを得なくなるし、何よりトラックには連中のお仲間と
そうなれば、恐らく連中は戦車を降りて銃撃戦に持ち込んでくるので、その前にセリカを救出。
そこからは殲滅戦に移行する。これで問題なく勝利を────
「……うおっ、うるっせぇ!?」
通信機のスイッチを離した直後、車内を凄まじいまでの騒音が満たす。
音の質から判断するに、どうやら火薬の爆ぜる音と排出された空薬莢が屋根に落ちる音が幾重にも重なって、とんでもない大騒音を生み出しているようだ。
いや、マジでうるさい。折角痛くなくなった頭がまた痛むようだ。
「────ッ、皆さん、しっかり捕まっていてください!」
「ッ!?」
と、俺が頭痛と格闘していると、不意にガクンと体が揺れた。
隣を見てみれば、どうにもアヤネがハンドルを大きく切っている。
一体何事だ、と思った瞬間、凄まじい轟音と共に車体が宙を飛ぶ。
ぐぐ、と。飛行機が離陸する時のようなGを感じたのも束の間、今度はふわりと体が浮くような感覚を覚え、その直後にドン、と車が落ちた。
「ぐうっ!?」
背中と尻、そして首に食らった衝撃と、内臓を掻き乱されたかの如く不快感に苦悶の声を上げつつ、状況を確認する。
どうにも、戦車砲に撃たれたらしい。
直撃こそ間一髪で回避できたものの、しかし爆風は受けてしまい、吹き飛んだようだ。
……シートベルトを締めていて良かった。そうでもなければ、フロントガラスから投げ出されていたかも知れない。
「くっ……!」
「おいおい……ッ!」
と、俺が一安心していたところに、再び轟音と共に車がフワリと浮いた。
歯を食い縛り、衝撃に耐える。
「……ノノミ! 戦車の数は減らせるか!?」
『お任せ下さい! すでに1台は破壊しておきました! 残りもお掃除しちゃいます!』
『ん、私は引き続きトラックを狙う』
「おう、頼ん……ッ、ええい、畜生!」
指示を出した直後にまた感じた浮遊感と衝撃に、通信を切ってから悪態をつく。
その直後、再びあの大騒音と共に、こちらに砲身を向けていた戦車の一つが『ひしゃげた』。
「…………はァッ!?」
「え、えぇぇぇえッ!?」
言葉の通り、ベコベコと装甲が凹み、そのまま段ボールの箱を押し潰したような形に変えてしまったのだ。
あまりに有り得ないその光景に、俺は思わず目を見開いて叫んでしまう。
そしてそれは、隣でハンドルを握っていたアヤネも同じであったらしい。
「なっ、何ですか、あの威力!? 戦車ってあんな風になるものじゃないですよ!?」
「知らん! 分からん! 俺に聞くな!」
這々の体でヘルメット団員が這い出して来たところを見るに、中に居たヘルメット団員は無事のようだが、そのヘルメット団員も何が起こっているのか分からず、混乱している様子だ。
「……何が、どうなってやがる……!?」
そんな光景に俺がドン引きしている間にも、戦車がどんどん潰されてゆく。
あっという間に、トラックの周囲を護衛していた戦車は悉くスクラップと化した。
『先生! これで良いですか!?』
「いや良いが! 良いがお前、その銃の威力はどうなってるんだ!? 明らかに可笑しいだろう!?」
『あれ? 先生が何かしたんじゃないの?』
『私も、てっきり先生のお力だと思っていたのですが……』
「それは……まぁ、そうなんだが……」
実際、俺の力ではあるっぽいんだよなぁ、コレ……
……もういいや。どうせ神秘関連の何かだろ。こう言うのは考えるだけ無駄なのだ。
何にせよ、好都合っちゃあ好都合に変わりは無いし、使えるなら使う。
そう言う認識でいこう。そっちの方が楽だ。
「……とにかく! おかげで戦車は片付いた! 今度こそトラックを潰せ!」
『了解!』
応答と共に、次々とトラックへ撃ち込まれる銃弾の数々。
もはや行手を阻むものは無いそれらは、真っ直ぐにタイヤへと殺到して行き、数十秒とせず後方右側についていたタイヤ二輪を脱輪させた。
少しして、支えるものがなくなり、バランスを崩したトラックが横転する。
「アヤネ!」
「はい!」
アヤネがハンドルを切り、砂を巻き上げながらの激しいドリフトでトラック近くにハンヴィーを寄せる。
『いくよ、シロコちゃん』
『今助ける……!』
車がブレーキをかけ始めるや否や、車を降りてトラックの方へと駆けるシロコとホシノ。
ホシノが盾を構える後ろで、シロコがコンテナの扉を開こうとする。
しかし、トラックが横転しているため、だいぶ扉を開けるのに苦戦しているようだ。
『……仕方ない、吹き飛ばす』
応援に行くか、と思ったところで、シロコが懐から手榴弾を取り出し、流れるようにピンを抜いた。
そして、レバーの部分を錠の部分に差し込み、少し離れると────ボンッ、と言う音と共に、扉は破壊された。
『……ん、見つけた! 半泣きのセリカ!』
『なにぃー!? うちの可愛いセリカちゃんが泣いてただとー!? そんなに寂しかったの? ママが悪かったわ、ごめんねー!!』
『うわぁあああ!? う、うるさいっ! な、泣いてなんか!!』
よし、OK。このムカつく声は間違いなくセリカだな。
『嘘! この目でしっかり見た!』
『泣かないでください、セリカちゃん! 私達が、その涙を拭いて差し上げますから!』
『あーもう、うるさいってば! 違うったら違うのっ! 黙れーっ!!』
「よーし、無事みたいだな。良かった良かった。んじゃあシロコ。セリカをこっちまで連れて来てくれ」
今のセリカは銃も持っていないはず。
流石にそんな状況で戦場に出す事はできない。
当人はやり返したい気持ちでいっぱいだろうが、ハンヴィーの中で大人しくしていてもらう。
『な、何で先生まで!?』
「こんなんでも先生だからな。助けられる生徒は助ける。そう言うもんだ」
『〜〜ッ、な、何よ! そんな大人ヅラして!』
『セリカちゃん、あんまり喧嘩しないの。ここは戦場なんだから、まずは安全な先生のところへ行って、ね? お話はそれからいくらでも出来るから』
『わ、わかったわよ……』
シロコに手を引かれて、セリカがトラックから出て来る。
……うん、パッと見、目立つ外傷のようなものは無いようだ。良かった良かった。
「さ、乗って」
「……うう……って、アヤネちゃん!?」
ガチャリ、と後部座席の扉が開いて、セリカがハンヴィーに乗り込む。
そして、そこで初めてアヤネの存在に気付いたようだ。
「ああ、よかった……セリカちゃん……私、セリカちゃんに何かあったんじゃないかって……」
「アヤネちゃん……」
と、互いに見つめあっていい雰囲気になっている二人をよそに、俺は通信機を握る。
「……さて、諸君。これより殲滅戦に入るわけだが……異存は?」
『無い。徹底的に潰す』
『ん〜……ま、そうだね。こんな事になるくらいだったら、ここで全部ぶっ潰しちゃおっか』
「成程、それじゃあ朗報だ。正面方向から目的地で待機していたであろう敵さん方が、大挙して襲い掛かってくるから。残り弾数にだけ気をつけて殲滅してくれ」
『了解しました〜♧』
……まぁ、残り弾数といっても、ノノミのガトリング以外には特に心配もしていないのだが。
と言うか、多分ホシノさえ弾が残ってたら最終的に何とかなる。
何なら、ホシノだけでどうにかならなくても、俺たちが撤退した後に『偶然』襲撃に来たワカモがどうにかする。
だから全く問題はない。
「……さて、と」
そんな楽観的なことを考えつつ、俺は後ろを振り返る。
実に気まずそうな顔をしたセリカが、ちょこんと座っていた。
「改めて言わせてもらおう、セリカ。お前が無事で良かった」
「……………………」
「せ、セリカちゃん……」
「………………………………」
俺のその言葉に、セリカは目を逸らしてひたすらに黙り込む。
アヤネが恐る恐るといった風に声をかけるが、やはりセリカは黙りこくったままだ。
…………はぁ、まぁいい。
「……今回のような件があった以上、また同じような事件が発生しないとも限らない。今回は俺がいたからお前の位置を把握できたが────」
「────うるさい……!」
「…………あ?」
セリカが俺の言葉を遮る。
「……うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ! うるさいっ!! まるで自分のおかげみたいな口を聞かないで! あんたみたいなの、先輩たちがいなきゃ、何も出来てないくせに!!」
「…………………は?」
何だと? コイツ、今、何と言った?
何も出来ていない? 俺が?
ここまでわざわざ弾薬と物資を届けに来て、ヘルメット団のアジトを潰し、お前の攫われた場所を特定してやった俺が、何も出来ていない?
寝言は寝て言えよ。
俺がいなかったら、今頃お前らどうなってたと思ってるんだ?
感謝こそされど、厭われる謂れなんて無いはずだぞ。なぜコイツはそんな事も理解できない?
無知。痴呆。間抜け。脳足らず。恥知らず。
何たる厚顔無恥。何たる傍若無人。
そんなに自分のプライドが大事か。そんなに感謝をするのが嫌か。
自分を守るために周りを傷つけて、己の内面ばかりを気にして周囲には一切の気遣いをしない。
典型的な『自己中』と言うやつだな。最悪だ。
………………………ああ、クソ。
こんな事になるのだったら、こんな気分になるのだったら、こんなやつ…………────
「────…………せ、先生?」
ハッと、アヤネの声に意識が戻る。
遠くの方から響く銃声と爆発音が、段々と聞こえるようになってきて、赤く染まるようだった視界は鮮明になってゆく。
その視界の先に見えたのは、顔を青くしてこちらを見るセリカ。
「……ッ!」
それを見て、先程までの自分の思考を思い出す。
……ああ、なんて事だ。怒りに支配されてしまうとは。
本当に自分が情けない。ストレスが原因とはいえ、こうも感情のコントロールが上手くいかないなんて。
やはり俺はきっと、『先生』にはなれないのだ。
……………ああ、クソ。畜生。
「………………せ、先生……?」
「……すまん。少し、冷静じゃなかった……」
「……え、えと……もしかして、お疲れなんじゃあ……」
「…………そうだな。うん。そうだ、疲れている……」
気分が沈む。気持ちが悪い。頭が痛い。辛い。
「……ああ、クソ。駄目だ。本当に駄目だ。俺は、俺は『先生』でなければ、『先生』として生徒達の味方となる、頼れる存在でなければ……そう在らなければならないと言うのに……」
「「…………ッ!」」
どうしようもなく辛い。心が今にもポッキリと折れそうだ。
逃げ出したい。今すぐにでもここから消え去ってしまいたい。
…………しかし、それはできない。
「…………………………すまん。少し、寝る……通信が来たら叩き起こしてくれ……」
「……あ、あ……はい……」
助手席に座り直し、腕を組んで、目を瞑る。
するとすぐに睡魔が俺を迎えに来るので、俺はそのまま意識を深く落とした。
辛い? 逃げ出したい?
良いと思うぞ、お前の人生なんだし、お前が勝手に決めて。
……ただお前、FGOの2部6章って知ってるか? 責任を放棄した奴のせいで全部めちゃくちゃになった、この世の肥溜めみたいな世界の話なんだが……
……あ、やっぱり逃げない? そうかそうか。そりゃあ良い事だ。
じゃあ、頑張ってくれよ。
明日から合宿です。頑張ってきます。