俺が目を覚ました時、ハンヴィーはもう既にアビドスの校舎まで戻って来ていた。
どうやら俺のバフ能力は俺が寝ていても問題なく発動するようで、ホシノ達は俺が寝たことにも気付かないまま、圧倒的な暴力でヘルメット団を壊滅させたらしい。
兵器の類も悉くを破壊して、当分の間は確実に再起不能だろう状態にさせたそうだ。
あまりにも容赦が無いなと思わないでもないが、しかしそれ以上に彼女達も今までずっと連中には苦しめられて、ストレスが溜まっていたのだろう。
ストレス発散はとても大事なことだ。それに関しては俺が今身を以て体感している。
ちなみにセリカだが、俺が目覚める少し前に倒れるようにして眠ってしまい、アヤネが直接家まで送って行ったそうだ。
睡眠を取れて頭も冷えたので、彼女と再び話をしたいと思っていたのだが……まぁ、仕方無い。
明日、話すか。そう思って、俺は眠りに就こうと寝袋に入った。
しっかりと睡眠を取らなければ、疲れは取れない。
今はほんの少しでも疲労を取る事が重要だ。さっさと寝なければ。
「………………」
そう思って目を閉じるが、しかしどうにも眠れる気がしない。
普段ならばすぐにでも睡魔が襲って来るのだが、今日に限って連中はやって来ない。
一体何故だと妙に冴えた頭で記憶を探ってみれば、そういえばつい先程まで車の中で爆睡していたと思い出す。
俺が寝たのが大体15時前後で、学校まで戻ってきたのが21時過ぎ辺り。
約6時間の長時間睡眠である。そりゃあ目も冴えるというものだ。
「…………チッ」
何とも思い通りになってくれない自分の体に苛立ちを滲ませつつ、ごそり、と体を起こし、シッテムの箱を起動させる。
スイスイと操作してストレージを呼び出し、そこから実体化させるのは、『睡眠薬』とラベルの貼られたボトル。
念の為にと取り寄せておいた、強力なものだ。
これを使えば、今の状態でもすぐに眠りに就ける。
副作用に関しても、用法、用量を間違えなければさして問題は無いはずだ。
かぽりと蓋を開け、2錠の薬を中から取り出す。
そうしてそれを口に運ぼうとして────
『どうしてこうなった?』
不意に、頭の中に声が響いた。
その声は俺の中の精神的な何かを非常に強く刺激したらしい。
体から力がふっと抜け、手の中にそれを握り込んだまま、俺はガクリと項垂れる。
そうして溢れ出すのは、まだ『先生』でなかった頃の俺の記憶。
『どうしてこうなった?』
そうだ。つい少し前まで、俺は普通で健全な男子高校生であったはずなのだ。
普通に学校へ行き、普通に勉強をして、普通に部活動で汗を流したら、普通に家に帰って寝る。
そんな生活を送っていたはずなのだ。少なくとも、こんな薬など、使うどころか手に入れようとする気すらなかった。俺にとっては無縁のものだと本気で信じていた。
『どうしてこうなった?』
それは化粧だってそうだし、このような力もそうだし、彼女達だってそうだ。
化粧なんて女がやるものだと思っていた。
不思議パワーなんて画面の向こう側にしか存在しないものだと思っていた。
二次元の上にだけ存在する架空の存在だと思っていた。
どれもこれも、俺とは全く無縁のもののはずだった。
『どうしてこうなった?』
それが今はどうだ?
睡眠薬で眠りに就き、化粧で顔色を誤魔化し、個性豊かな彼女達との交流に悩み、人の身に余るほどの強すぎる力を振るう日々。
『どうしてこうなった?』
意図的に考えないようにしていた疑問が、思考を塗りつぶしてゆく。
『どうしてこうなった?』
何で俺なんだ?
『どうしてこうなった?』『どうしてこうなった?』『どうしてこうなった?』
俺が何かしたのか?
『どうしてこうなった?』『どうしてこうなった?』『どうしてこうなった?』
『どうしてこうなった?』『どうしてこうなった?』『どうしてこうなった?』
俺が悪いのか?
『どうしてこうなった?』『どうしてこうなった?』『どうしてこうなった?』
『どうしてこうなった?』『どうしてこうなった?』『どうしてこうなった?』
『どうしてこうなった?』『どうしてこうなった?』『どうしてこうなった?』
どうして?
『どうしてこうなった?』
思考の濁流から顔を出す。
そしてふと、手に持ったボトルに気がついた。
『睡眠薬』とラベルが貼られている。念の為にと取り寄せた、強力なものだ。
使えば、すぐにでも眠りにつく事ができる。
副作用に関しては、用法、用量をきちんと"守れば"問題は無い。
「……………………」
ジャラジャラジャラ、と。手に錠剤が山と盛られる。
問題ない。どうせ遅かれ早かれみんな死ぬ。ただそれが少し早まるだけだ。
だから何も問題は無い。俺が死んでも、きっと誰も悲しまない。
「……あ?」
そう思った途端、何故だかワカモの顔が脳裏に浮かんだ。
涙に溺れ、顔をぐちゃぐちゃに歪めた彼女の顔だ。
「……ッ!?」
瞬間、俺は正気を取り戻した。
「だあああああああああッ!!?」
手を振り払う。バラバラバラ、と錠剤が床へ散らばる。
「ふー……ッ! ふー……ッ!!」
あ、危なかった、危なかった! 危なかった!!
完全に冷静な判断を失っていた。自分が死ぬ事以外の全ての考えが頭の中から消し飛んでいた。
死ぬ以外の全ての選択肢に気づけない。死ぬ事だけが脳を支配する。成程、いつまで経っても日本から自殺者が居なくならないわけだ。これはキツい。
しかし、本当にワカモを手に入れておいて良かった。アイツが居なければ今頃は、今頃、は……
「……あ?」
ワカモの居るであろう外の方を向き、そして俺は外で何かが起きている事に気づいた。
見てみれば、何やら数台の車が止まっており、その周囲には数人の人影がある。
「……何だ、こりゃあ……?」
少なくとも、原作には無かったはずの展開だ。
となれば、俺がいることで引き起こされたイレギュラーと判断すべきだろう。
この場で早急に対処しなければならない。
そう思い、俺がワカモと通信を取ろうとした瞬間。
「ッ……!」
ガシャーン、と派手な音を立てて窓ガラスが割られ、そこから顔を隠した複数の生徒達が飛び込んで来る。
ヘイローの形を見るに、無名のモブ生徒のようだ。しかし、その正体がどうにも掴めない。
ヘルメットをつけていないところを見れば、ヘルメット団では無い。そして不良にしては装備が整っているし、何より統率が取れている。
どこぞの学校の自治組織が俺の身柄を求めてやってきたのか?
「目標を発見。確保する」
「チッ、こりゃマズイな」
思考の海に浸かる俺をよそに、捕獲用であろう道具を手にこちらへ向かって来る生徒達。
流石にまずいと判断した俺は即座に彼女達に背を向けて逃走を開始する。
「逃げたぞ、追え!」
「足の速さじゃこっちに分があるが……おい!」
相手の目標はどうにも俺の身柄らしいが、ここで捕まってやるわけにはいかない。
通信機を起動し、ワカモに救助を命令する。
『あなた様、どうか大人しく彼女達に捕縛されてください』
「………………はッ!?」
すると、返ってきたのは斜め上の指示だった。
「おまっ、まさか……ッ!?」
裏切り。
そんな言葉が頭を過り、すぐに俺の頭の冷静な部分が否定する。
彼女に限ってそんな事をするはずがないからだ。
彼女を手に入れてから数日間で、言い方はちょっと最悪だが彼女のことはきちんと
それに、彼女が俺に嫌われ、拒絶されるような真似を出来るわけがない。
となれば、何か事情があるはずだ。
「……どう言うつもりだ?」
『……ッ、じ、事情は後で説明いたします……! ですので、ですのでどうか、今は一刻も早く彼女達に捕まり、その場から離れてください……!』
通信越しに俺に懇願する彼女の声色に含まれるのは、強い焦燥と若干の恐怖。
それだけで、彼女が裏切っていない事の証左にはなる。
「…………しかし、なぁ……」
あまり原作から離れるような真似はしたくない。
便利屋関連のイベントがいつ始まるかわからない以上、出来る限り対策委員会から離れたくないのだが……
『これはあなた様のためなのです! 時間がありません、後で私のことはいくら罰していただいても構いませんので、ですからどうか……!』
「…………はァ……わかった」
彼女のことだ。これは本当に俺のための事なのだろう。
どうせ捕まるのも時間の問題。むしろ逃げ続ける事でじきに来るであろうホシノ以下アビドスメンバーに俺とワカモのラインがバレる方がまずい。
ピタ、と。足を止める。すると、後ろからバタバタバタと例の生徒達が追ってきた。
「ぜぇ……はぁ……は、速すぎ……」
「いやすまん。俺ってばスポーツができる系男子なもんで」
「どうでもいいよそんな事! とっ、とにかく、目標確保!」
と、そう言って俺にロープを巻きつけ、頭に袋を被せる彼女達。
しかし締め付ける力は抜けようと思えば抜けられる程度には緩いし、手際は非常に丁寧だ。
恐らく俺を丁重に扱うようにとでもワカモに言い含められているのだろう。
そうして見かけばかりの拘束が完了すると、彼女達は俺をよいしょと持ち上げる。
「おっ、重いぃ……」
すまんなムキムキマッチョで。最近痩せてきちゃったけど。
などとどうでもいい事を思いつつ、ゆったりと脱力して彼女達に運ばれていると、何やら車に乗せられた。それもトランクに突っ込まれたとかそう言うのではなく、普通に扉を開けて普通に乗せられたのだ。
「ご苦労様でした。後はあなた達は後ろから着いてきなさい」
「「了解しました!」」
どうやら隣にはワカモが居るらしい。
何やら彼女達に指示を出している。
「申し訳ございませんあなた様。このような差し出がましい真似を……」
そしてパタパタと足音が離れて行くと、麻袋が取られ、視界が開放される。
どうやら俺は助手席に座らされていたらしい。すぐ隣では運転席に座ったワカモが俺のロープを解いていた。正体がバレないよう、きちんと変装している。
「いや、いい。そんな事よりも、事情とやらの説明を貰いたいんだが?」
「申し訳ございません。運転しながらでよろしいでしょうか?」
「構わん」
「恐れ入ります」
俺がそう答えるとワカモはアクセルを踏んで車を発進させた。
「で?」
シートベルトを締めつつ、彼女に問いかける。
「あなた様にお休み頂くためです」
「……やっぱりお前の目から見ても限界だったか?」
「…………はい。あまりにも痛々しいお姿に、食事が喉を通らない程度には」
重々しく頷いたワカモに、俺はハァと息を吐いて背もたれを倒す。
何とまぁ不甲斐ない男だろうか。自分の管理ができないのみならず、そのせいで部下にすら心労を与えてしまうとは。
「……で? 今の俺はどんな感じだ?」
「そう、でございますね……『風前の灯』がまさに最適かと」
「そうか……」
歯を食いしばりながらそう答えたワカモに、実に的確な表現だと、ついつい感心してしまうと同時に、つい先程の事は、ワカモには絶対に黙っておくことを心に決めた。
いやまぁ元より伝える気なんて微塵もなかったわけだが。
と言うかコイツがあの場面を見ていなくて本当に良かった。見てたらマジで切腹してたんじゃねぇか?
「…………」
涙やら鼻水やらでぐっちゃぐちゃになったワカモが、銃剣を握りしめて浅い息を繰り返している様が容易に想像できてしまい、俺はこめかみを抑えた。
そして、嫌な想像から離れるべく、再びワカモに話を振る。
「…………で、休むっつっても、どうするつもりだ? 正直俺はあんまりこの近くから離れたくないんだが」
これに関しては本当に死活問題だ。
原作崩壊は何としてでも防がねばならない事態の一つ。
メインストーリーは原作沿いに進めなければならない。
「はい、あなた様ならばそう仰るだろうと思っておりました。ご安心くださいませ。アビドス自治区……いえ、正確に言えば『旧』アビドス自治区内から出るつもりはございません。丁度良いビルを一つ見繕いましたので、そこの虜囚と言う体で……」
「……なら、良い」
ワカモがそう言ったのを聞いて、俺は安心して目を閉じる。
しっかり『旧』と言っているところから、きちんと下調べもしているらしい。
気掛かりなのは便利屋の動向とアビドスの面々の事だが……まぁ、便利屋に関してはワカモに何とかさせれば良いし、アビドスの方もホシノが俺の現状を把握していれば十分か。
さて、暫しの休息だ。
仕事ともほんの少しの間は離れて、体力を回復させることに専念する。
頼むから、何も起きてくれるなよ……?
■
「はぁ……」
鞄を肩にかけて登校する黒見セリカの足取りは、実に重かった。
その理由は非常に明白であり、先日の一件に他ならない。
攫われた己を助けに来た先生に対して吐いてしまった、あまりにも酷すぎる暴言だ。
セリカはあまり自分は賢い方の人間ではないと自覚しており、そしてそれはマルチ商法に簡単に引っかかっている事からも窺える通り、全くその通りであるが、しかし彼女の自己評価ほど彼女は愚かではない。
元より、先生が只人でないことなど彼女は分かりきっていた。
実質的に無限にモノを持ち運べる能力に、優れた指揮能力。そして生徒の能力を飛躍的に上昇させる能力。
彼女が今までに彼から受けた恩恵はその程度のものであるが、どれも明らかに尋常ではない。
彼一人の存在で、キヴォトスのパワーバランスがひっくり返るレベルであり、彼一人がアビドスにもたらす利は、計り知れないものだ。
それを、彼女は攫われる前の段階からすでに理解していた。
しかし、彼女が先生が対策委員会の顧問として就任する事について猛反発したのは、『今まで自分たちの力だけでやってきた』と言う事実への固執と、外部の力を借りることに伴って認めなくてはならない『自分達の力不足』と言う事実への忌避感。
即ち、彼女自身のプライドによるものであった。
彼女にとってプライドは、何物にも代え難い、何よりも重い意味を持つものだった。
そのプライドこそが、今までの十五年間を生きてきた『黒見セリカ』そのものであり、今まで大人達に騙され、奪われ続けて来た彼女が唯一絶対に奪われることのない、最後の砦だからだ。
プライドがある限り、黒見セリカは『黒見セリカ』であり続けることができる。
プライドさえあれば、自分は『黒見セリカ』足り得る。
彼女にとってプライドとは、自分が自分であるために絶対に守り通さねばならないものなのだ。
当然、その比重は『先生の対策委員会顧問就任』よりも圧倒的に重い。
故に彼女は全力で先生を拒絶し続けたのである。
例えそれが決定事項であったとしても、すでに彼が就任した後であったとしても、彼を否定し続ける限り、彼女のプライドは保たれるのだから。
しかし、やはり彼女とて愚かではない。
彼女以外にとって、彼女のプライドなど一銭の価値にもならないモノである、なんて現実にはとっくのとうに気付いている。
彼女のプライドが、皆にとって不都合であると言うことも。
そう気づいていて尚、彼女はプライドを張り続ける。
そうでないと、黒見セリカは黒見セリカでなくなるのだから。
『…ああ、クソ。駄目だ。本当に駄目だ……』
「……ッ……!」
ただ、彼女は一つ失念していたのである。
自身のプライドが、他人の心を酷く傷つけていると言う事実を。
『俺は、俺は『先生』でなければ……そう在らなければならないと言うのに……』
憔悴しきった先生の顔が何度もフラッシュバックする。
『セリカちゃん!!』
焦燥と怒りの籠ったアヤネの声を何度も木霊する。
「…………」
彼女は理解した。理解せざるを得なかった。
彼女のプライドは、恩人であるはずの人間の心を酷く追い込んでいたのである。
元来、人一倍責任感が強く、そして優しい心の持ち主であるセリカは、その事実に強く打ちのめされた。
「………………………謝ら、なきゃ………………」
彼女は重い足取りで学校へ向かう。
そうして彼女はようやくと言った思いで学校に辿り着き、そして知った。
先生の誘拐を。
世の中は皆の我慢で成り立ってる。
お前だけが我慢してるわけじゃない。
勘違いするな。
お待たせ!!
あぁ^〜ようやくテストが終わったんじゃぁ〜……
いやまだ大会の方はあるんだけどさぁ……何なら明日なんだけどさぁ……
まぁ、うん。頑張って来ます。