東方蟹異譚   作:蟹ノ鋏

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皆さん、お久しぶりです。
一ヶ月に一回は投稿すると述べておきながら誠に申し訳ありません。

こんな事ならばGW中にさっさと書き上げてしまえば良かったと非常に後悔しております。
五月ってGW明けてからが本番だということを身に持って実感したここ最近であります。


さて、今回の話で一応一区切り。チャプターの一つが終了します。
とは言っても大きな区切りはまだまだ先なのですが。……先が見えない。

いつになったら東方の可愛い少女たちを出せるのやら。
霊夢や魔理沙はずっとあとになるでしょうね。紅魔郷でマスタースパークに幾度となくお世話になっている私としては早い段階で出してあげたいところですが。

それと最近の話がシリアスシリアスし過ぎて単調な気もするので、暫くほのぼのを出していこうかと思います。この話のあとで、ですが。




六話 血は流れる

 その体は既に満身創痍であった。

 

 体に受けた銛の傷口は返しが付いていたにも拘わらず無理に抜き取ったせいか深く抉れており、滴(したた)るように血が流れ出している。左腕は特に損傷が酷く、肩口から先に力が入らずにダラリと垂れ下がったまま。銛の先端が刺さった右目は光を失い、一番軽傷であるわき腹も銛の破片が欠けて埋まっているため早めに適切な処置をしなければ肉が腐り落ちるだろう。何よりも背後から月夜見より放たれた神力の光線が胸元を貫き、穿たれた風穴よりどぶどぶと溢れ出る血の激しい勢いは、たとえ医学の知識がない素人が見たとしても間違いなく致命傷だとわかるほどの深手である。妖怪であっても、神であっても、生物であるならば心臓を撃ち抜かれた時点で死は免れない。もちろん、心臓を貫かれていても直ぐに倒れ伏し息絶えるわけではない。妖怪ならば特にしばしの間は体を動かすことも出来るだろう。ただ、この時点で最早助かる見込みはない。ありとあらゆる医者が手を尽くしたとしても手遅れであることは明白だ。黒星は死ぬだろう。

 

――そして、目の前の少女、八意永琳も同じく死ぬのだろう――

 

 永琳は黒星と共々月夜見の光線によりその身を穿たれた。永琳の小さな体躯に空いた拳二つ分ほどの大きな穴は黒星と同じく致命傷であり、流れる血の量からしても永琳は死ぬであろうと簡単に予測できた。断言できた。月の如く白い肌と白銀に煌めく髪を汚しながら血だまりに倒れ伏す少女の顔には既に生気はなく、青褪めて瞳孔が開き、体はピクリとも動かず活動を停止していた。即死ではない、その証拠にかろうじて掠れるような呼吸音が聞こえてくるがそれもそろそろ止まってしまうだろう。

 

 あの聡明で気遣いのできる可憐な少女は見る影もなかった。

 

 八意永琳は死ぬ。

 

 それは覆しようのない圧倒的な事実であった。

 

 

 

 

 ――黒星を除いては。

 

 黒星は永琳を死なせる気は毛頭なかった。

 自分が死のうと永琳は必ず助けるつもりでいた。

 友ゆえに。分かり合える仲間ゆえに。

 

 だから、あっさりと彼女を助けることを決断した。迷いも躊躇いもなくいとも容易く、しかし決して曲げること無き覚悟の下に彼は何が何でも彼女を助けることにした。

 

 動かすことのできる右手を使い懐に縫い付けて隠していた布袋を露わにし、歯を使って上手く剥ぎ取り、確認することなくその中身に入っている二つの丸薬を口の中で噛み潰す。倒れ伏せている永琳を仰向けにし、その頭を右手で静かに起こして支え、そしてそのまま――

 

 

 永琳の唇に黒星自身の唇を口づけた。

 

 そして止まることなく舌をねじ込むように口内へと入れて黒星の口の中で噛み砕いた丸薬を全て流し込む。

 もちろんのこと、永琳に嚥下する意識も力も残っていないが、奥へ奥へと黒星は丸薬を舌で押し込んだ。無意識に生理作用で吐き出そうとする動きを抑え更に舌で押し込む。すると、根負けした様に意識もない状態で永琳の体は丸薬を唾液共々喉を“ゴクリ”と鳴らしながら呑み込んだ。それを確認した黒星はつぃーと唾液の糸を引く唇を離し、そっと永琳の頭を降ろした。

 

 これでどうにかなるだろう。黒星は願望に近い確信を抱いた。

 

 もし、完全に死に絶えてしまっていたのならば黒星がいくら尽力したところで蘇生することはできない。生き物が死ねば生き返らない。これは世の中を覆う覆せない真理である。死者は如何なる介入を受けたところで蘇ることはできない。例外はあるが、当然黒星にはできないことだ。しかし、今にも息絶えようとしているものを救う術はないかと言われればそうでもない。

 言ってしまえば生きようとする力さえ持てばどんな生命でも生き残ることができる。たとえ心臓を破壊されようとたとえ脳を破壊されようと命尽きる前に再生できれば生き残ることは可能ではあるはずだ。

 つまり、消えた生命力を元に戻すのではなく、消える寸前に生命力を継ぎ足して増加させてしまえばいい。

 

 黒星が行ったことは薬による生命力の増加である。

 その薬も本来人に処方するものではなく妖に使用するもので、劇薬ともいえるほど効能を発揮するため調合した黒星自身使用を禁じていた代物である。過去二回、猛禽の類に襲われ死にかけていた蟒蛇(うわばみ)と伝染病を患い湖の畔に流れ着いた牡鹿に投与したことがあったがどちらもあまりにも効きすぎてしまい、蟒蛇は巨木の如き大きな蛇へ、牡鹿は余りにも急激な生命力の上昇により力を持ち妖怪へと変化した。どちらもその命を救えたのだから後悔はないのだがむやみやたらに使うことは憚られた。旅の途中で会った霊魂の管理者に二度と使うなと釘をさされたことは余談である。

 

 少なくとも、目の前の少女を救うことはできるだろう。彼女が望む望まないを関係なしに生かすことはできる。しかし、そのあと永琳がどのような変貌を遂げるかは黒星には分からないことであった。

 無責任ともいえるだろう。それでも、どのような姿に変わることになろうとも黒星は永琳を死なせるわけにはいかなかった。たとえ彼女が妖怪へと変化しても彼は失いたくなかったのである。

 

 身勝手で自分勝手な行動ではあるが黒星はそれほどまでに永琳を失うことを、友が死ぬことを恐れたのだ。

 

 それが果たして、玄仙が死んでしまったことから起因するものかは黒星にもわからなかった。薬が完成したのも玄仙が死んだ後のことである。玄仙が死ぬ以前に薬ができていたとしても使ったかどうか。友を失いたくないと思うようになったのは旅を始めてからのことでもある。自ら使用を禁じていた薬を所持していたのも捨てられなかったのもあの二体の友の身を案じるゆえである。

 

 彼はあの友を助けに行かなけらばならない。

 

 彼らの身にも危険は生じているのだ。

 

 だが、永琳をこのまま置いていくわけにはいかない。

 

 月夜見の下に永琳を戻すわけにはいかなかった。

 

 ――さしあたって、するべきことは一つ。

 

「――随分としぶといですね。確実に心臓を貫いたはずですがまだ動けますか」

 

「…………。」

 

「貴方が何を行っていたのかは皆目見当もつきませんが、何をしたところで八意永琳は死にますよ。彼女は人間ですから、そこまでの大怪我を負って生きることなどできません。私の庇護下にいるので多少寿命が長くなってはいますが所詮は人間ですから」

 

「――月夜見よ、貴殿は私の力が分かるか?」

 

 微動だにせずに月夜見に背中を向けたまま立ち尽くしていた黒星は唐突に呟いた。

 その声は感情が篭っておらず平淡で聞き流されてしまいそうである。

 

「私の能力は実のところそこまで素晴らしい能力でもない。こと戦闘においては使い道に乏しい。とてもとても友を守れるような能力ではない。それに私が能力に気が付いてから気が遠くなるような時間が経ったが未だに全てを把握できていない、掌握できていないのだ。どうやら私には能力を使いこなすだけの才が無いようで、精々先ほどの小細工が精一杯なのだ。だが、これは恐らく私の性格に起因するのだろうが私の能力は大事を成すことは割と容易い。扱いづらいことこの上ないのだが、大雑把ではあるのだが、効能とでも言っておこうか、莫大な影響を与えることができる。あまり繊細なことはできないのだが、そうだな、神の一柱程度ならば問題なく効能を発揮できる」

 

 気が付けば、いや、月夜見自身黒星の動きを見逃してはおらず警戒心を張って一挙一動を観察していたのだが、先ほど使われた黒星が小細工だと言い捨てた能力をほぼ全く理解できていない月夜見は警戒を高めていたのだが、それでも黒星は月夜見が反応することも出来ないままに目の前に現れ、怪我のない右手を蟹の鋏に変えて月夜見の首をはさみ、持ち上げていた。瞬間的に移動したのでも、幻術のようなものを使用したのでもなく、黒星が呟きながら月夜見へと歩いてくるのを見ていながらもまるで反応ができなかったのである。警戒心が少しも黒星を危険だと察知しなかったのだ。黒星が何か特別な行為を行ったわけでもない。ただただ、月夜見は見ているだけだった。

 

 黒星が何をしたのかはやはり月夜見には分からなかった。

 そして今から黒星が何をするのかも月夜見には分からない。

 

 分からないまま、何も為せないまま――正確には今の月夜見は実のところ黒星に負けず劣らず満身創痍であり、かろうじて神力の残りで無理矢理体を動かしているにすぎない状態で、その決して軽くはない体躯を持ち上げられていた。

 

「貴殿の思惑と永琳の鎖を今ここで裁たせてもらおう」

 

 黒星の姿は人型であった。にも拘らず月夜見が目にしたのは巨大な蟹の姿である。

 その全貌は山と見間違えるほど、視界に収めきることは不可能。

 この蟹の姿こそ幻でも蜃気楼でもなく本来の黒星の姿なのだと月夜見は直感した。

 膨大で、豪壮な、神すらも超越しかねない。

 容赦もなく黒星の右腕の鋏が月夜見の首を締め上げていく。

 純粋で圧巻される『力』に月夜見は生物の本能に従い恐怖した――在りもしない死に慄(おのの)いた。

 神にはあり得ない死への恐怖、しかしどうしようもなく生物であり命のある者には逃れられない死の恐怖。

 感じたことの無い強烈な刺激に対し即座に月夜見の体は反応して、襤褸切れのような状態から急激に神力が籠められる。

 

 死の瀬戸際の黒星と動くことすら儘ならない月夜見。

 

 故に、

 

――ジョキン。

 

 黒星の鋏が裁ち切るのと、

 

「止めろっ、妖!!」

 

 月夜見が光線を放つのはほぼ同時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 グシャリ、と受け身も取らぬまま血溜まりの中に倒れ伏していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議な静寂が場を支配し、雲の隙間より覗く月と月光に負けず劣らず光を放つ星々が両者を照らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私は、生きているのか?」

 

 首に手を当ててただただ茫然と立ち尽くしているのは月夜見の方だった。

 

 倒れ伏した黒星は微動だにしない。

 

 二度三度、月夜見は自身の首を触ってはその首が繋がっていることを確認し、漸く事態を掴めた。

 

「この妖は殺さねばならない。神力を使い果たすことになろうとも、今ここで!!」

 

 満身創痍であり、生命力と同等である神力がほぼ枯渇しているにもかかわらず月夜見は持てる神力を振り絞り目の前に倒れ息すらもしていない黒星を殺すために、殺しきるために再び光線を放とうとした。

 

 

 しかし、結果を言えば月夜見は黒星を殺すことはできなかった。

 

 何が原因かと問われれば、果たして何であったのかは分からない。

 

 それは必然とも言えれば偶然とも取れる。

 

 決して有り得ないことではなかったが、奇跡的ともいえる。

 

 強いて言えば月夜見には運がなかった。

 

 雨によって増水した河川の水、何時間も前に雨は上がっているとはいえ水嵩はいつもの数倍。黒星と月夜見の激しい戦いは大地を揺らし、その振動が上流を落石によって少しの間だけせき止めたのだ。黒星と月夜見が戦っている間だけ。そして持ちこたえることが出来なくなり、決壊し、強烈な鉄砲水となり、丁度黒星の倒れ伏す周辺を、月夜見の目の前から掻っ攫うようにして、血も肉体も争いの後も全て綺麗さっぱり流していったのである。

 

 

 まるで何者かが黒星を生かすためだけに起こした奇跡は、しかし、黒星も当然月夜見も他の誰の意図も介入していない。

 自然の摂理に従って上から下へと流れは続くのみである。

 

 既に闇夜の濁流に流されて見えなくなった黒星を月夜見はただただ見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 神も人も妖も自然の理に流れていく。

 

 段々と雲に覆われ、月も星々も闇に呑み込まれていくばかりである。




月夜見のことに関して幾つかの補足。

・男です。
・神ですが生物なので死ぬときは死にます。復活もしますが。
・古事記とか神話関係には基本ノータッチで。
・神力を使えますが霊力も使えないことはありません。
・神力は妖怪に対して効果抜群です。
・生物と違って回復・再生には神力が必要となります。
・趣味は天体観測です。あと占いも。
・この日を境に蟹を嫌いになったのは余談ですね。

(月夜見の出番がこの後ほぼなさそうだから補足したかったというのは内緒)
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