東方蟹異譚   作:蟹ノ鋏

12 / 20
 前回の投稿時では暑い夜をタオル一枚を被り寝るような季節でしたが、すっかり秋も深まり朝と夜の冷え込みから毛布を離せないようになってきました。特に最近は毛布に魔力が宿り起きるのが酷く億劫に感じます。ぬくぬくもふもふ。……はっ!!

 というわけでお久しぶりです。蟹ノ鋏です。

 二ヶ月、三カ月ぶりぐらいでしょうか?

 皆さんはいかがお過ごしでしょう?

 私はやることとやらなきゃいけないこととやるべきこととやりたいことに追われて忙しいです。最近のアニメ面白すぎますね。全く作業が進まない。
 
 それはともかく、今回は新キャラの話。
 前回では名前は出さなかったですが、感想の方では既にバレバレでしたね。

 まあ、特に隠していたわけでもないのですが。

 それに感想に於いて黒星の能力や何者かについて考察をしてくださっている方もいました。

 能力の方は一応明確な程度の能力を設定しています。
 ただ、黒星はモデルにした妖怪はいますけれど特に正式な妖怪というわけではありません。オリジナルです。
 もっと言えばいいとこどりですね。

 ベースは蟹です。蟹の妖怪は種類が少ないので別の妖怪要素も入れようかと考えましたがやめました。基本蟹です。蟹です。喰いづらい蟹ですね。蟹食べたい。


 というわけで、久々の更新ですがあまり話は進みません。
 次話かさらに次の話ぐらいから急展開ですかね。まあ、『予定は未定』ですが。

 次回の更新ですが、取りあえず今年中に八話は投稿する予定です。

 もしかしたら、間に挿話を入れる可能性もありますが。

 そしたら、多分来年は直ぐには更新できないと思います。

 三月とか、その辺りになるかもしれません。
 遅筆、稚拙で申し訳ないです。


七話 太陽

 妖が生まれたのは果たして何時からだろうか?

 明確な記録など何一つとして残ってはいない。

 それは暗に人が生まれるずっと前から生き残ってきた種族であり、また自身の生きた証を残さない種族でもあることを表している。

 何故妖は記録を残さないのか。理由の一つとしては彼らが群れを作らず、一個体が一種族であることが強いのかもしれない。妖は二つ以上同じ種族がいないと云われているほどその個体数が少ない。つまり、妖が死んだときに他の者が記録するということは基本的にできない。

 たとえ記録する者がいないとしても文献はともかく他の形として痕跡を残すことすら妖はしないのだ。

 まるで元からそこに居なかったかのように妖は自然に消えていく。

 それを唯一観測し記録できるのは地球上に生きる生き物では精々人間くらいの物だろう。

 だが、人も何代も時が過ぎていけば伝承にされていても忘れていく。

 妖は辻褄合わせの様になかったことにされる。

 

 彼らが本来そこに存在しなかったかのように世界は回って行ってしまう。

 

 それは彼ら妖が残すものではなく残されるものだからに過ぎないのだ。

 

 実のところ妖は死ぬことはない。

 

 明確な始まりはある。もちろん妖自身その始まりを覚えているわけではない。ただ、漠然と生まれたこと妖は実感している。

 

 しかしながら、妖には死というものがない。

 少なくとも人間の記録には妖が死んだという記載は一つとして残っていないのである。

 妖は痕跡を残さない。そこにいないかのようにそこで生きている。

 

 妖の寿命はほぼ無限に近い。

 

 妖とその他の生き物の絶対的な差異は断じて見た目や強力な力や妖術や価値観ではない。

 寿命、もっと言えば生命力である。

 

 妖は死なない。もとより死ぬことが終わりではない。通常の生命とは違い妖は死ぬために生きているわけではないのだ。

 だからこそなのかもしれないが、総じて妖は繁殖力が低い。次の代へと引き継ぐことをしない。

 自ら種を増やさない。

 生命として異端であり、異常。

 

 では妖は何故生きているのか?

 生命としての目的は何なのか?

 どうしてそのような生き物が誕生したのか?

 

 

 理由は誰も知らない。

 

 あの博識である黒星もその師である玄仙も知り得なかったことである。

 

 ただ一つ言えるのは、妖は生き残るために生きているのである。

 まさしく時代を超えて残る石碑や文献などの記録の様に。

 

 世界を記録する媒体の様に――

 

 

 妖は永遠の生き証人なのである。

 

 

 ★ ★ ★

 

 

「――永琳」

 

 黒星が目を覚ましたときに初めて目にしたのは湿った洞窟の天井ではなく、水面が揺れる川の中でもなく、此方を覗き込んでくる双眸であった。

 

 本来ならばここが拠点にしていた洞窟でもなく、また流れ着いた川辺や川の中でもない場所であり、永琳でもない女性が此方を覗いてくることから、黒星を運び何処かにある住処へと連れてきて寝かされたのだと、黒星は気が付くことができるのだが、未だにはっきりと覚醒しない意識では靄がかかったような思考しかできず、視界に広がる女性の顔すらもぼんやりとしか認識できていない。

 

「あら、目を覚ましたのね。でも、まだ寝ていなきゃ駄目よ。貴方の体は死にかけた上に妖力のほとんどを失っているのだから」

 

 無理して妖術でも使ったのかしら?と、目を逸らすことをせずにずうっと見つめる女性が呟いたのを黒星は脳内で理解することも無くただただ漠然と聞いていた。

 

 まるで太陽の如しだな、と黒星は女性の姿を見て思った。

 

 そう表現するしか目の前の女性を表すことができなかったのである。

 

 そこにいる女性はとても眩い輝きを放つ美貌を持つ女性だった。整った顔つき、キメ細やかな肌、新緑を思わせる緑の艶やかな髪。非の打ち所がないほどに綺麗であり、魅力的な美女だと黒星はぼんやりと思う。それも永琳のような何処か儚い秀麗さや、昔に出会った人食いである常闇の妖怪のような深みのある妖美さとも違う。永琳の美しさを喩えるのならばそれは雲がかかりぼんやりと辺りを淡く照らす月である。常闇の妖怪の美は新月の夜に吸い込まれてしまうほどに暗い夜空の闇だ。しかし、目の前の女性は違った。目の前の女性は圧倒する程輝きを魅せる。それは月や綺羅星程度では足りない。光量が違う。端的に言えば強い。彼女がいるだけで周りにいるどのような美人もかき消されてしまうだろう。日が沈んだ後でしか月が輝かないように。晴れ渡る空に星々が現れないように。目の前の女性はまるで太陽のような美貌である。

 

 今の黒星の思考では当然そこまで考えることなどできなかったが、それでも彼は直感的に目の前の女性のことを感じ取っていた。

 

「……君は、実に綺麗だな」

 

 小さく黒星が呟いた言葉を、女たらしような一言に、しかしそれを受け取る太陽の女性は顔色を変えずに、蠱惑的な笑みを浮かべながら応えた。

 

「そうよ。私は綺麗なのよ。――さて、貴方はもう一眠りしなさい。安心しなさい私が付いていてあげるわ」

 

 女性はそっと黒星の目を手で閉じる。

 黒星は女性の言葉を聞きながら、段々とまた深い眠りへ潜って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ずうっとずうっと、未来永劫にね」

 

 

 

 

 

 

 それから黒星が本当の意味で目を覚ましたのは暫く後のことだった。

 

「漸く起きられる程度には回復したわね。今までは食べ物どころか水すらも満足に飲めていなかったけれど、もう自分で食べられるでしょう?」

 

 黒星を看病してくれている女性の話によれば黒星を拾いここまで運んできたのは二ヶ月も前のことだという。

 

「貴方を発見した時にはもう既にかなりの時間が経っていたわ。貴方が怪我をしてから、そうね、一週間以上は経過していたでしょう」

 

 どうにも黒星はこの女性ではない他の妖怪や動物にその魂を分け与えられたらしい。

 

「分け与えたというよりも、持ちうるすべての生命力を譲渡したと言った方が正しいわ。ほとんど死にかけの動物ばかりだったけれど百や二百も集めれば仮初の魂ぐらいにはなるでしょう。因みに私は貴方に妖力を分けてあげたわ。それでも貴方は瀕死の状態だったけれど」

 

 魂に損傷を負うほどの致命傷を受けていた黒星は自身の再生能力だけでは回復できなかった。妖特有の生命力があるために死ぬすれすれで持ちこたえてはいたが、それは死にきれていないだけであり再生しなければ徐々にその身を腐らせ朽ち果てさせるだけ。多くの動物たちの魂と妖怪から渡された妖力をもってどうにか再生するだけのエネルギーを得たが、それでも直ぐに治るというわけでもなく約二ヶ月の間黒星は意識が昏睡したまま床に臥せることになったのだった。その間この女性はずっと黒星のことを看病していてくれたらしい。

 

「一思いに膨大な妖力を流し込んで回復を促進させても良かったのだけれども、負担は大きいし下手に他の妖力を受け入れると暴走や拒絶を起こしかねないから見守ることにした。暇だけはあったから苦にもならなかったし」

 

 そうして、初めて黒星が目を覚ましたのは一週間前。その後は起きたり眠ったりしながら半ば覚醒状態であり、うろ覚えの記憶が黒星の頭の中には残っていた。

 

「――それでは、君にはかなり世話になったようだ。ありがとう。この恩は必ず返す」

 

 凡そ大体の現状を確認できた黒星は上体を起こしたまま静かに一例をした。

 

「ええ、期待しているわ」

 

 女性はニコりと温かい陽だまりのような笑みを見せた。

 

「……そう言えば、一つ聞き忘れていた。私の名前は黒星というが、君の名前を教えてくれないか?」

 

「幽香よ。風見幽香。

 

 

 

      

 

 

 

 ――貴方と同類の妖よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 風見幽香の話を聞いた後、黒星は上体を起こしたまま静かに目を瞑っていた。睡眠をとっているのではなく、考え事をしているのでもなく、ただひたすらに黙祷を捧げているのである。

 黒星のこの行為に含まれる感情は果たして悲嘆かそれとも後悔なのか、若しくは罪悪感や虚しさにも似ている何かなのかは誰にも分からない。しかしながら、黙祷を捧げている対象が僅かな命をまだ生きながらえた命を黒星を生かすため、黒星へと生を繋げるために捧げた名前も知らなければ姿形も見たことが無い動物たちであることは風見幽香でも察することができた。

 黒星の黙祷は長く続き、彼はそれこそ死んでいるかのように微動だにせず捧げ続けた。

 

 

「……随分と長く続けるのね。死んでしまった魂に敬意を示したところで死んだ事実が無くなるわけでもないでしょうに」

 

 黒星の黙祷が終わり、彼が目を開けたところで、黙祷の様子を同じく静かに見ていた幽香は黒星に話しかけた。

 幽香の顔は黙祷に対し感慨を受けるわけでも不愉快に思う訳でもなく、待っていたことに対する飽きと黙祷する理由が不可解であるという疑問の表情が浮かんでいた。

 

「確かに、君の言う通りだ。こうして、祈りを捧げたところで昔のことは何も変わらないのだからな」

 

 過去は妖にも変えられない。

 記録として記憶として残り続ける。

 不変ゆえに不滅。

 

「無駄な行為かもしれないが私は祈らなければいられないのだ。君に命を助けられた恩を返さねばならぬように、私の命を救った、私に命を授けて消えていった者達に恩を返せないのならばせめて私の気持ちだけでも示さねばなるまい」

 

「ふうん、誠実なのね。黒星が係った死者には全て祈りを捧げるつもりなのかしら?」

 

「私はそこまで善き者ではない。私が係った命は千を遥かに超えている。中には私自ら命を奪った物もいる。生きるために、友を守るために。助けた命の数以上に私は生き物を殺めているのだろう。理由は様々あれどつまるところ私の我が儘でしかない。だから私が殺した命に祈りを捧げたところでそれはただの自己満足で自身を慰め正当化しているに過ぎない」

 

「生きるために、我が儘のために命を殺めるなんて当たり前のことよ。我が儘は生きている者に与えられた能力。どんな生き物だって我が儘をしても構わないわ。我が儘をして生きることがその生命にとって最も自分であるということを表す行いですもの。我が儘のせいで命を散らしてしまったとしてもそれは仕方のないことよ。能力の高い者が能力の低い者を蹂躙するのは自然の摂理。他人の好き勝手のせいで殺されてもそれは自分が愚劣であったという証拠に他ならないだけ。強い者が生き、弱い者は死ぬそれが弱肉強食というものね」

 

 

「酷く身勝手な理由だがな……」

 

 黒星は否定することも肯定することもなく苦笑を浮かべて沈黙する。どうも幽香の言葉に何かしら思うところがあったようだが敢えて彼はそれを伝えようとはしなかった。

 

「そう言えば、先ほど君は自身のことを“同類”と呼んでいたな。それはいったいどういう意図があるのだ?まさか君が私と同じく蟹の妖というわけでもあるまい」

 

 黒星は誤魔化すように頭(かぶり)を振ってから思い出したかのように幽香に尋ねた。

 

「ええ、黒星の言う通り私は蟹の妖ではないわ。そういう意味で私は“同類”と自分を称したわけじゃない。――ただ、その質問に答える前に私の名前は風見幽香よ。黒星が尋ねたのだから、名前で呼びなさい」

 

「む、それもそうだな。だが、別に私は君の――」

 

「風見幽香よ」

 

「…………。」

 

「幽香よ。ゆ・う・か」

 

「……幽香の名前を呼びたくなかったわけではない」

 

「なら今後一切私のことは幽香と呼びなさい」

 

「うむ、君が――幽香がそう言うのならばそうしよう」

 

「ならいいわ、黒星。……あら、そう言えば黒星、貴方って姓は付けていないのね。それとも私に言えない理由があるのかしら?」

 

 何となしに幽香から伝わってくる圧迫感というか威圧が増したように黒星は感じ取った。

 

「前者の方さ。私には親も名づけの者も親戚もいない。姓は生まれたときから持ち合わせていない」

 

「じゃあ、風見黒星ね」

 

「ん?」

 

「風見黒星、私と黒星は同類。ならば別に同じ姓を名乗っても不思議ではないでしょう?」

 

「いや、私はき――幽香と私が何故同類であるのかを尋ねたのだが……」

 

「――簡単な話よ。黒星も薄々気が付いているのではないかしら?私は黒星を始めて見たときから気が付いて、直感的に感じ取ったわ。私と黒星は妖に成った生命ではなく、妖として生を受けた生命ということ」

 

「…………。」

 

 黒星は再び沈黙を返した。

 

「黒星が親がいないということを知っているのは、親という存在を忘れているかのように思っているのは、そもそも親なんて私達には存在しないから。感じたこともあるでしょう?同胞と明らかに生まれた時点での潜在的能力が大きく違うことに。それは私達が私達と姿が似ている同胞とは違い妖として生まれたから。自我を持ったのではなく、そもそも自我を持っていたに過ぎない。妖に成るにはいくつかの条件がいるわ。例えば、長い年月を生きること。例えば、膨大な妖力を取り込むこと。そういった自然を超越する何かを成すことが妖へと成る条件。でも、私にはそんな経験生まれてから一度もないわ。自我を持つ前の記憶にもない。黒星もそうなんじゃないのかしら。私達は生まれて数年の時点で既に自然を超越した何かに成り果てていて、だからごくごく当たり前に生きているだけで勝手に自我が芽生え、いえ覚醒し、妖として自己を自覚するようになった――思い至る節が黒星にもないかしら?」

 

 黒星は右手を顎にあて、深い悩みを考える男の様に思索を巡らせる。

 

「考えるのはいいけれど、こうも返事をされないと私が一人で話しているように見えて馬鹿みたいだわ」

 

「ん、ああ、すまない。確かに幽香の考えは思い当たることが多い。しかし、私や幽香のような妖ならば他にもいるだろう?同類という言葉は分からないでもないが姓を同じにするほど稀有な存在でもあるまい」

 

「黒星、貴方は本当にそう思っているのかしら?私はここ数十年百や二百じゃきかないほどの妖とあってきたけれどその全てが成り上がりものだったわ。私や黒星の様に生まれつきの妖はいない。少なくとも私は見たことがない」

 

「私は……」

 

 朱啼や白川のことを思い出して、思いとどまる。彼ら二人は獣の身から妖へと成り果てた存在である。正確に言えばおんもらきである朱啼はもっと複雑な生い立ちではあるがそれでも黒星とは違い、妖の前に獣として生きてきたのは間違いがない。他の妖はどうだろうかと思い浮かべるが、少なくとも生い立ちを知っている妖はどれもこれも何かしらの妖となる前の生があり、明確に妖へと変わるきっかけもあった。

 

「そろそろ分かってきたかしら?私達がどれだけ稀有で異端なのかを」

 

「……成程、幽香が同類と言うは納得できるものがある」

 

「ええ、そうでしょう」

 

 そこで、一瞬幽香は綺麗な笑顔を浮かべ、真面目な顔に直すと、黒星の側に近寄り、黒星の顔を両の手で捕まえた。

 

 その美貌を触れてしまうほどに近づけて、決して目を離さないまま見つめ合った状態で幽香は告げる。

 

 

「ねえ、黒星。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――私と家族になりましょう」

 

 

 

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