東方蟹異譚   作:蟹ノ鋏

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 お久しぶりです。蟹ノ鋏です。

 更新がかなり遅れたことをお詫び申し上げます。
 詳しいことは後ほど活動報告にまとめますが、今年は去年よりも投稿が厳しくなりそうです。
 それでもまだこの小説を打ちやめる気はないので最後まで書き上げる所存です。
 気長にお付き合いいただけると幸いです。
 本当にもし訳ありません。


挿話 四季の花咲く病床

 穏やかな金色の化粧を一面に施す蒲公英の先、青と紫を交互に散りばめる紫陽花と白と黄を織り交ぜる菊の花が挟み込む道に沿って不規則に一輪ずつ生えている不思議と目に付く真紅を妖しく誇る彼岸花を越え、七分咲きの淡墨桜と儚い白色の花を若緑の葉と共に飾る梨の木の根元まで丘を登っていくと、陽だまりの海の様に絢爛としていてしかし決して下品さのない黄金の花を咲きほこらせる向日葵の花畑が見る者を呑み込むように圧倒する。その向日葵の海の中にぽつりと一軒の家が建っている。決して大きい家ではない。竪穴式の住居などではなく丸太を積み上げて組わせたシンプルな家である。釜戸を使用しているのか家からは白い煙が立ち昇っている。その家の周りは庭となっているようで楕円を描く様に芝が広がっており、蕾のままの朝顔や二分咲き程度に咲き始めた薔薇、頭を垂れる百合や今にも種を弾き飛ばしそうな鳳仙花などの花々が花壇や植木鉢に植えられて飾れている。簾が挙げられた窓枠には小さな鉢植えが三つ置かれており、しぼみかけた夜顔と紫の斑を花びらに浮かべる杜鵑草、もっとも目を引く色鮮やかな赤色の鶏頭がそれぞれ一輪ずつ植えられている。

 

「すまないが、御代わりを貰えないだろうか?」

 

 四季折々の花々に囲まれるこの家は、

 

「ええ、構わないわ」

 

 花を操る妖、風見幽香の拠点であり

 

「ありがとう、幽香」

 

 同じく蟹の妖である黒星が月夜見との激戦によって負った深い傷を癒すための病床となっていた。

 

 猪三頭、牡鹿二頭、猿二頭、狸四頭、岩魚八尾、山女魚六尾、粟と稗二合ずつ、その他種々の野菜を大籠二つ分。

 驚くこと無かれ、これは黒星が今日一日において消費した食材の量である。

 黒星はもともと小食であり魚や肉を食わずとも川辺の石や小さな沼に生えているような苔などを三日に一度掌にも満たないほどの量で食事は足りてしまうが、長い間固形物を食べておらずまた肉体の再生や妖力の回復が意識を取り戻したことによりより活発となり多くの食事を必要としていた。有態に言えば異常なほど腹が減るのだ。穴が開いている桶に水を灌ぐように黒星の体は食物を血や肉や妖力へと食べるたびに消化し変えていく。

 

「……君には迷惑を掛けてばかりで何も返せていないな」

 石を積み重ねて作られた小さな釜戸の上に置かれた土器の中から木製の匙で雑炊に近い料理をよそっていた幽香に向けて黒星は謝罪するかのように言葉を放った。

「そうね。でも、いづれ返してくれるのならばそれでいいわ。急かすような事でもないもの」

 幽香は茶碗を黒星に渡しながら言葉を返す。

「……どうにも私の体が治るのには時間がかかるようだ。食えども食えども物足りず、底なしの胃袋を持つ獣でも自身の腹の奥底に潜んでいるのかもしれない。せめて妖力を補給できる薬があればここまで食事をする必要はないのだが――」

「気にする必要はないわ。食材ならばいくらでもあるし、黒星のために作るのならば楽しいもの」

 気に病んでいる黒星に対し、しかし幽香は特に何か思うことも無いようで当然のように接している。

 それは気遣っているというわけではなく、気にしていない様子である。友達の様にお互いを助け合う関係でもなく、言うなれば無償でさも当たり前かのようにお互いを支え合う家族のようである。

 黒星は幽香のことを測りかねていた。

 状況としては彼が少女八意永琳を保護した時と似ているのだが、しかしそれは表面上であって少なくとも黒星が実感している体験している現状はかけ離れているように思えた。

 

 相違点としては、黒星は生命の与奪権を風見幽香が握っているということである。

 彼女は黒星が意識を取り戻してから一度として黒星をこの部屋の外へ出させようとはしなかった。それどころかこの病床から立ち上がることすら禁じている。過保護ともいえるのかもしれない。だが、黒星からすれば今まで出会ったことの無い者同士であり、互いに友情が芽生えているということなど到底ありえず、妖魔の類に対して気まぐれで治療するにしても傷を治すだけでなく食事の面倒までみてくれるというのは度が過ぎている。

 黒星の見立てでは少なくとも今の状態では幽香に立ち向かうどころか逃げることすらできないと冷静に分析していた。長い年月を旅している黒星は友でもない妖に対して全く警戒しないということはない。黒星自身を殺そうとしているとまでは思ってはいない。命の恩人に対しそのような疑念を抱く不誠実さは黒星にはない。ただ、不思議に思うだけである。

 永琳のときには黒星は多かれ少なかれ彼女を探しに来た同郷の人間たちを殺していることに罪悪感があった。それ故に彼女を手厚くとはいかないまでも誠実さをもって薬師としてしっかりと看病をした。もちろん、その間に永琳とも友情が芽生えたので友に対するような接し方に変化はしていった。

 

 もう一つは彼女が黒星に対して何の情も湧いていないということだ。

 友情も同情も慈愛も憐憫も何もない。だからといって機械的に黒星を看病しているというわけではない。

 当たり前のように世話を焼いてくれている。

 

 それが黒星には分からない。看病という行為には多少なりとも憐みに近い感情があってもおかしくないのだが、風見幽香からは全くそれらの感情が見出せない。

 では何かしらの思惑や打算があるのかと考えてもみたが、どうにも企んでいたり隠し事をしている様子は見受けられない。むしろ、黒星の質疑に誠実に隠し事なく答えてくれている。これが演技かどうかは黒星にもわからないが、今までに逢ったこと無い幽香が黒星に何かを画策しているとは考えづらい。 

 

 堂々巡りのように考えることだけを繰り返し繰り返し結論など出ずに解を満たせない。

 

 結局のところ幽香の主張する『家族になろう』という対価が黒星にはいまいち実感できていないのだ。黒星は友の素晴らしさを解説するほどに理解出来ていても、家族の尊さを理解も実感も今一つできないでいる。

 

 実のところを言えば、玄仙に会うことが無ければ、白河と朱啼と友になることが無ければ、黒星は生涯孤独と共に独りで虚しさも悲しさも感じずに堂々とのうのうと生き続けていたかもしれない。

 

 黒星という妖はそういった強さがあり、誰に依存せずとも生き抜くだけの力と賢さがある。七十年近く、自我が芽生えた当初は妖力も力もほとんどないに等しい唯の蟹であったにもかかわらず己の力のみで天敵から生き延びているのだ。玄仙から得た知識も戦う知識ではなく、しかしながら彼の住まう湖は他の妖怪や神、人間の侵略があったにもかかわらず奪われること無く守り抜いてきたのである。

 

 そしてこれは断言しておくべきだろう、黒星は一人で戦うほうが強い。白河や朱啼と共闘するよりも、永琳を背にして守るときよりも、単独で月夜見を叩き潰したときの方がずっと強いということを。黒星自身は気づいていないかもしれないが。彼は力を振るう理由は何かを護るためであるが戦い方は協力も支援もなしに孤高に戦うほうが向いている。

 

 考察しても一向に纏まらぬ結論に対してほうとため息をついて止まっていた匙を動かし黒星は食事を続ける。

 

「どうしたの?ため息なんてついて。食事に疲れたのかしら?」

 

 それなりに目立ったのだろう。決して大きな音とはいえなかったため息に幽香は反応を示す。

 

「別に疲れたわけではないさ」

 

「それとも食事に飽きたのかしら?この辺で採れる食材なんてたかが知れているもの。ごめんなさいね」

 

「飽きたなどとんでもない。今まで食べてきた料理の中で最も美味しいくらいだよ。文句のつけようもないくらい。それにきみ……幽香に謝れては私の立つ瀬がない。今の私は碌に動けもせずに養ってもらっている身だ。私が謝りこそすれ幽香が謝ることはない。本当に済まないな。そして最高の食事をありがとう」

 

 幽香に謝られたことに黒星はとても申し訳ない気持ちになった。料理を振る舞う本人の前でため息など失礼にも程がある。自身の軽率さを黒星は恥じた。

 

 因みに黒星の料理の比較対象は白河と朱啼が作った焼き魚や山菜と木の実のスープが精々である。

 

「お礼はいいわ。ただ、この状況に後ろめたさを感じているのならば少しお話をしていただけないかしら?」

 

 幽香は少しばかり癖のある緑色の髪を手で除けて、黒星の顔を見つめるようにして提案する。

 

「……話とは?私の事か?」

 

「ええ、そうよ黒星、風見黒星。あなたの事を語ってほしいの」

 

「それはこの怪我のことか?」

 

 黒星の病床として設置された干し草の寝具の隣に置かれた木の板を蔓で固定して作られている椅子に座り、細くて白い形の綺麗な指を顎の下に組んで、美しさを通り越して何処か官能的で蠱惑な微笑みを浮かべる貌(かお)で幽香は黒星に語りかける。

 

「いいえ、それもあるけどそれだけじゃないわ。黒星が生まれてからここに至るまでのこと全部よ。別に今日で全てを話さなくてもいい。私の事も話したいし。お互いのことを知り合いましょう。私たちには履いて捨てるほど時間があるのだから、ね。――ああ、食事は続けたままでいいわ」

 

 ゆったりとした時間が花畑の小さな小屋で流れていた。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 風見幽香は苛烈であり可憐でありそれでいて繊細である。短気や狭量といった直情的な性格ではないが、ほんの少しばかり天然なところを含めても基本は自身の意見を曲げることはせず興味関心を満たすためならば暴力を辞さないどころか過激なまでに蹂躙し、嗜虐性の強いこともあり、好んで争いを起こし、楽しんで虐殺をしてしまうぐらいに苛烈なのだ。ただでさえ平凡な妖怪共を寄せ付けないどころか震え怯えさせるようなまでの圧倒的な強さに加え、刃向かうものどころか逃げる者も怖気づくものも、徹底的に追い詰めて甚振って弄んで虐殺するその有り様は鬼に金棒の例えではないがこれ以上ない組み合わせであろう。

 これほどに苛烈な彼女ではあるが別段荒々しく獣の様かと言われればそうではなく、理知的で思慮深く感性豊かで風情を理解する心を持ち花を愛で小動物を可愛がる可憐な乙女のような一面も持ち合わている。綺麗な花に水をやり囀る小鳥たちを微笑みを浮かべて眺める姿を見れば、太陽のように輝く容姿と相俟ってとても穏やかな箱入りのお嬢様だと誰もが思うことだろう。

 もし彼女に苛烈な嗜虐性がなければただの花好きな妖怪として語り継がれただろうが、妖としての性なのか少なくとも怨嗟や憎悪によるものではないとしても暴虐を楽しむ彼女は悪鬼羅刹のように恐れられていくことになる。

 しかし、いつもいつも殺戮を楽しんでいるわけではなく思慮深い彼女は妖として乙女としてのあり方に、自己に内在する苛烈さと可憐さに思い悩むときもある。自分の行いに対する後悔など微塵も覚えない彼女ではあるが、残虐な遊びに対しても品性を貶めないように考慮して行っているし、誰に見られるわけでもないが体付きや美貌や服装への美しさ怠ることもなく、小鳥の死体を見つければ墓を作り埋葬するこもあるし、大切に育てた花が病気で枯れればその夜に悲しみに耽ることもあり、極稀にではあるが自分の性格や容姿や力にコンプレックスのようなことを感じることもある。

 言うなれば繊細さ。

 人間くさいが、でもやはり本質は妖で妖怪で根本的には異なるが、何処か似通ったところのある、人間の少女のように、考え落ち込み悩んだりする。 

 

 こうして見ると妖怪も人間も同じように見え、どちらも同じ生き物であることを実感する。

 

 そんな人間らしい妖――風見幽香は月明かり遮る雲のない丑三つの夜中に花畑の様子を見ながら物思いに耽っていた。長話を交わし再び回復のための睡眠へと落ちた黒星の病床である小屋から歩いて少しの場所である。

 月明かりがあると言っても人間ならば足下が見えず歩くこともままならないだろう。幽香も月明かりが出ているならまだしも昼間のように見えるわけではない。それでも足下の小さな花を踏まず悠然と歩き回れるのだが。

 幽香は余り睡眠を必要としない。全く寝ないわけではないが一晩中どころか一週間起きていても問題はないが夜は昼に比べるとせいぜい木っ端妖怪が増える程度で刺激も風情もなく、特別に用事がなければ昼に活動し夜は眠ったり屋内で花飾りを作成したりしている。

 こうして夜風にあたりながら花畑の中を渡り歩いているのはそろそろ咲くであろう月下美人の様子を見るためであり、物思いにふけるのは歩きながらの方が考えが纏まりやすいと思ったからでもある。

 

 考えているのは、悩んでいるのは死の淵からようやく雑談などの長話ができるまでに回復した彼ーー黒星についてである。

 

「それなりに長く生きてるとは思ったけど多分私の五倍近くは生きているのでしょうね」

 

 黒星から聞いた話から考えるに千年はいかないだろうがその半分近くは生きているだろうと幽香はあたりをつけている。

 沼が湖になり亀がその寿命を終え、蟹が山のような巨体になるまでに成長するには百年二百年ではきかないだろう。例え妖であったとしても、いや妖である故に元から巨大ならともかく成長して山のような大きさになるのはかなりの時間がかかるものだ。

 

「黒星もここ百年近くは元の大きさに戻ってないと言ってはいたけれど、どこまで大きいのかしらね」

 本当に山のような大きさならば暮らすのが大変そうだと幽香は小さく笑う。

「聞けば聞くほどよくわからないわね」

 黒星の話を聞けば聞くほど幽香と黒星は似通っているものだった。種族、生い立ち、価値観、そのどれもが黒星と幽香は同じではない。だか有り様は生き方は何処か通じているものがある。理屈を語ることはおそらくできないが直感で同類と判断できる確信めいた何かを幽香は抱いており、黒星もまた頷きこそしなかったがされど否定の言葉もなかったのだ。

 どうしてか分からないけど、彼と同類であることを幽香はどうしてか分かった。

 

「だからまあ、分かっていないのは私のことなのでしょうけど」

 

 ずっと悩んできていることである。

 正確に言えば彼女は黒星について悩んでいるのではなく、黒星に関しての自分自身に対して悩んでいるのであった。

 

「多分、いえ、確実に私は黒星が好き」

 

 相手のいない告白。自問自答の結果故に慌てふためいたり驚くこともない。納得の帰結。

 

「どうしてか、それが分からないのよね」

 

 確かに幽香は黒星を初めて見たときに欲しいと強く思った。欲望が生じて探し求めるまでに執着した。

 でもそのとき抱いたのは今のような恋愛感情ではなかったはずだと幽香は覚えている。綺麗な花を飾るように、美味しい食事を求めるように、物欲と同じものだと自覚していた。

 では、黒星を見つけ看病している間に愛情が芽生えたのだろうか。

 否、それも違う、と異を頭の中で唱えた。

 確かに日を追うごとに愛は深まり重くなっていくのが彼女にも分かった。けれども、それは好きだから故に愛が強まったのだと幽香は思う。

 自分の姓を付けて名前を呼ぶのも、家族になろうと提案したのも、死にかけの彼に口づけをしたのも、好きだったからのような気がする。

 

 ますます幽香はわけが分からなくなった。

 

 黒星を探す旅でただの物欲が恋愛に変わった、と仮説を立ててやはり直ぐに幽香は否定した。旅の中でそこまで思い寄せていたとは思わない。少なくとも今抱く感情は自覚どころか持ち合わせてもいなかったはずだ。 

 

 いったいどうしてなのか、物欲のように欲していた黒星を恋人して恋慕するようになったのは。

 

 悶々として纏まらず、解は求められず、いつの間にやら黒星のことだけを考えていることは気がつかず、頭の中では黒星との記憶をあれやこれやと幽香は浮かべ続けている。

 

 不意に風が吹いた。穏やかで涼し気な夜半の風だ。 

 幽香の前髪が顔にかかる。

 それを払ったところで、目的の月下美人が視界に入った。

 月下美人はすでに咲いていた。夜に咲く白く健気な花びらを咲き誇らせている。

 

「……綺麗な花ね」

 

『……綺麗な花だな』

 

 黒星の言葉が聞こえた。

  

 それは最初の言葉である。

 幽香にとって始まりの言葉。

 

 再び風が吹く。先程より少し強く、幽香は棚引く髪を抑える。

 ちょっとの間呆然としたように目を開いたあと、口元を綻ばせてから目を閉じた。

 

「……存外、軽い女ね。私は」

 

 なんてことはない。

 最初からだったのだ。

 理由はただの一言ある。

 彼を追い求めたのは物欲であっているのだろう。

 

 ――ただ、出会って再燃しただけのこと。

 

 ちっぽけなことで惚れてしまった自分に、そんなことで随分悩んでいた自分に、風見幽香は少し恥じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それにしても、随分と物騒ね」

 

「そうなのかしら?」

 

「ええ、縄張りを追われた哀れな獣みたい。満足に餌も取れなくて意地汚く涎を垂らして目を光らせるの」

 

「わはー。――あなたは食べてもいいみたいね。今わたしが決めたわ」

 

「明日は妖怪の炒めものかしら。食材が少なくて困っていてちょうどよかったわ」

 

 

 

 

 

 静かな月夜に向かい合う二つの影は暗闇に包まれていく――

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