お待たせいたしました。二か月もかかるとは。
初めて『文章は書けるのに終わりが見えない』という状況に陥りました。
所謂キャラクターの暴走。大分四苦八苦しましたが何とか書き上げました。
今回は割と平和です。
おしゃべりするだけの話かな(大体あってる)
次回からは勝ち抜きボスバトルです。イメージとしては。まあ、まだ平和ですから。
夜明けの日が昇り始めたころ、黒星はゆっくりと目を覚ました。緩慢な動作で体を起こし、欠伸を一つかみ殺す。
掌を二度三度握ってはひらくを繰り返して昨日よりも格段に力を取り戻していることを黒星は実感する。
――黒星が幽香に看病されるようになってから約一月が経過していた。
実際には運び込まれてから意識不明のまま二か月ほど寝込んでいたこともあるため少なくとも三か月近くは過ぎている。
そのうちのほとんどは起きては寝てを続ける日々で、しっかりとした食事を摂れるようになったのもつい四日前のことであり、談笑に興じるまでに体力が回復したのは昨日のことである。食事量が大幅に増えたことが要因としては大きいのだろう。食事を、固形物を消化できるようになるまで十分な栄養が取れず回復も遅遅としたものであったが、普段の黒星からすると過剰なほどの食事量――とくに肉を食べたことにより一気に快方へと向かったのだ。それはもはや再生や復元といってもいいほどの速度であった。
急速な回復に伴う反動として逃れられないほどの睡魔がここ数日毎日襲っていたが漸(ようや)く復調してきたといっていい具合になり、暫(しばら)くぶりに立ち上がることを行う。
若干の立ち眩みはするものの問題はなく、平生の調子と比べても大差はない。
「六割、いや六割五分と言ったところか。心臓を潰されたのが響いているか……」
八意永琳と別れたあの夜、黒星は月夜見と戦い心臓を貫かれた。より正確に言えば心臓の半分以上を消滅させられた。他にもいくつかの臓器と手足に重傷を負ったが、狙いすまされて的確に穿たれた心臓の修復は時間がかかり完全な治癒はまだ先のこと。蟹という種族の特性として手足の再生は早いが、臓器はその何十倍以上もかかる。それでも傷ついた程度ならば生命力の高い妖であればものの数日で元通りだが、黒星は傷を負ったのではなく消滅させられていたためより時間がかかる。加えて月夜見という神のそれも高位の存在による神力は再生が妨げられより深手となっていた。低級妖怪では塵も残さずに浄化してまう月夜見の神力は黒星ならばさほど効力を発揮しないとはいえ毒のように体内に残留し回復を阻害していた。
心臓を穿った傷は黒星の胸に痛々しい跡を残している。
おそらく一生消えることのない傷跡となるだろう。
黒星は辺りを見回す。
然程大きくないこの小屋は窓から差し込む日差しが唯一の光源となっており日が昇っていても薄暗い。
病床に臥しながら何度もこの部屋を眺めてはいたがよくできていると黒星は改めて感嘆する。
陰っていると湿りやすくなるものだが、うまいこと窓を設置しており風通しがよく湿度の不快感を感じさせず、しかしながら雨風を中に入れぬように雨戸がきっちり隙間なく閉じられるように作られている。
棚や釜戸も精巧に組み立てられており歪みやズレは一切なかった。
これを風見幽香一人で作り上げたというのだからその技術のすばらしさに黒星はただただ賞賛をおくっていた。
部屋の中に飾れている花々も彼女が育てたものなのだろう。
もしやすると、今ここに彼女がいない理由は花の世話をするために外に出ているからだろうかと黒星はあたりをつける。
「……外に出るか」
一か月以上ぶりの外出を黒星はこのとき決意したのであった。
★ ★ ★
風見幽香が漸く長かった夜の用事を終えて帰路に就いたときには夜が明けていた。
多くの妖怪変化にとっては日の光というものは疎まれるものであるが幽香にとって日差しは活力の源であり喜んで受ける心地よいものである。
「――んっ、ふぅ。今日もいい朝ね。穏やかな天気になりそう」
朝日を全身に浴びながら気持ちよく伸びをすると、きれいな朝焼けの空を見て幽香は呟いた。
遠くで小鳥のさえずりが聞こえる。
爽やかで涼しいそよ風がほんのりと漂う花の香りを運んでくる。
いつも通りの何の変哲もない穏やかな一日の始まり。
ただ、その日常に変化を見つけたのは桜の木の近くまで幽香が歩いていたときである。
その木によりかかり動物たちに囲まれて片膝を立てて座る黒い着物の青年の姿が見えた。
そばに仕えるように狼が座り、山猫が股座に居座り、鼬が片膝立ちしているその隙間から顔を出し、服の袖に蜥蜴がしがみつき、蛇が腕に絡みつき、栗鼠が肩の上でクルミを食べており、おまけに頭の上に百舌がのって歌をさえずっている。
ある種の幻想的なその風景の中心にいる男はどこを見ているのかわからないような眼で指先に黒い色をした半透明の蝶をとまらせている。
幽香にはその男が見覚えがあった。ていうか黒星だった。
「……小屋から出たのね。いえ、よくあの小屋から出ることができたわね、黒星。雁字搦めに囲っておいたはずなのだけれども」
「……む、幽香か。おはよう、今日はいい天気になるな。夕方過ぎに一雨降るかもしれないないが」
どうやら、声を掛けられて漸く幽香が近づいてきたことに気が付いた黒星は、指に蝶を乗せたまま幽香へと振り向き、どうにもかみ合わない言葉を返した。
「おはよう、黒星。確かに今日はいい天気ね。それで、改めて尋ねるけれど、問い詰めるけれど、どうやってあの小屋から抜け出したのかしら?私の記憶が確かなら小屋全体に内側と外側から雁字搦めに結界を張り巡らせておいたのだけれども」
「幽香が入ることが来たのならば出ることができない訳ではないだろう?それにしてもあの結界は緻密な術が苦手な私でも分かるほど繊細で強固な術だったが。私がかけたらおそらく暴発してしまうな、あれは」
「草の術式、根の術式、それに花と蔓、――あと触れられないように棘も付けたかもしれないわ。あれを破るのは黒星が全快であったとしても一月はかかるような強固さと修復機能を付与したのに。そもそもあれに触れた瞬間私が気付くように作ったのに。いったい何をしたらこうも簡単に出てこれるのかしら?」
「根?ああ、そういうことか。あれが地面から養分を汲み上げることで多少破損しても修繕されてしまうというわけか。それは最早結界ではないな。生きる現象だ。生命を持っているといっても過言ではないな」
「――質問に答えなさい、どうやってあの小屋から抜け出した」
近寄って日傘の先端を突きつけて答えを迫る幽香の気迫に恐れをなして黒星に纏わりついていた動物たちが一斉に逃げ出した。
ただ、一匹指先にとまる半透明な蝶だけは変わらず居続けている。
「私の能力といったところだよ。少なくとも結界では私は止められない。何処にでも行ける私は何物にも遮られない。――ところで幽香、頬に血をつけて帰ってきたが、昨夜は何処に行っていたんだい?」
黒星は幽香の剣幕に少しも動じることなく自身の能力のことをどうでもいいといった様子で告げると、話を変えるように幽香に問う。
「まだ私は納得していないわ。詳しく話しなさい」
「だから言葉通りの意味さ。私は何処にでも行ける。たとえ遮る壁があろうと私はすり抜けていける。いくら強固な壁であってもどれほど精巧な結界であっても私には通用しない」
そう言って、黒星は日傘の先端を避けて立ち上がり幽香の眼前へとすんなりと近寄って幽香の右頬についている血痕を手で触る。
「え?なっ……!」
「もう乾いているか、どうやら妖怪の血のようだが。争ったのか?」
目に見えているのに、ただ近寄っただけなのに、黒星の手が頬に触れられるまで反応をすることが全くできなかった。
動きを封じられていたわけではないわけではない。
反応ができなかった。
そこに来ているのに何もできない。
まるで認識をすり抜けられているような。
黒星が頬に触れてきたところで漸く一歩退くことができたが、その黒星の能力に目を開く。
「大したことはしていないし、大した能力でもないさ。おまけに使い手が未熟だ。細かいことをしようとするとかなり時間がかかる」
「――恐ろしい能力ね」
「そんなことはない。あまり使い道のないしょうもない能力だよ。この能力を使って幽香の結界を抜けたということだ、納得したかい?」
「……ええ、納得はしたわ」
理解はできなかったけれども、という言葉を幽香は呑み込む。
負け惜しみのような真似はプライドが許さなかったのだろう。
「――少なくとも今のままで閉じ込めておくことはできないようね」
黒星の能力に対する驚愕を握りつぶし、美しくも鋭い棘を持つ薔薇のような可憐で苛烈な視線で黒星を見据え、意識を身体を戦闘時のそれへと変化させていく。
「本当は手荒な行為をしたくはなかったのだけれども、こうしてここを出ていこうとするのならば仕方がないわ――ええ、分かったわ――戦争をしましょう。手足をもぎ取って茨の枷で雁字搦めに縛り付けてあげる」
一歩下がることで黒星の手の届く範囲から脱し、右手に傘を構え左袖から蛇ほどの太さを持つ蔓を五、六本蠢かせ剣呑なる面持ちで黒星に対峙する。
見せつけられた能力もさることながら幽香よりも長く生き、何よりも自身の同類たる妖である。いくら全快の調子ではないからと言って油断できる相手でもなければ余裕を保てるとも思えない。
――そう、判断し全力を持って半殺しにしてでも抑え込もうと本気で身構えた幽香だが、彼女の目に映るのは幽香よりも頭二つ以上背の高い黒星が地面に膝をつけまるで命乞いをするかの如く額を土に付けている姿だった。
流石の幽香もこの脈絡のない黒星の行為――土下座に面を食らったようで、黒星の能力の一端を垣間見たときとは違った驚きを目を丸くするという表情で表した。
「何のつもりかしら?油断を誘っているの?それとも私を侮っているのかしら?いずれにせよあの部屋から出てしまった以上私には一考の猶予もないし手心を加えるつもりもないわ。大人しく私に従うというのであれば手足は捥がないでいてあげるけれど」
顔を顰めつつも幽香は戦闘態勢を解かない。
しかし、黒星は言葉を返さなかった。
ほんの僅か、されど重い沈黙が場に訪れた。
風見幽香からすればその場しのぎの黙秘に思われた沈黙は黒星にとって幾重の思考の末に取らざるを得ない苦渋の決であることを知るのはまだ先の未来のこと。
「……頼みがある」
震えを含んだ微かな声だった。
「頼み?」
「ああ、どうしても君の力を借りたい」
「イヤよ。傷も治っていないにもかかわらず、小康状態で外に飛び出す愚か者に貸す力なんてないわ。部屋に戻って横になっていなさい」
「体力は大分戻った。今日中にでも元の調子と遜色ないほどになるだろう」
「死にかけていたのよ?いえ、死んでいたと言っても過言ではないわ。多少動けるようになったからって外出を許可するわけにはいかない。もしまた傷を負わせられた奴と対峙してみなさい。間違いなく死ぬわよ。絶対に死なせるわけにはいかないのよ」
「それ故にだ。精々動き回れる程度の今の私では明らかに力不足なのだ。君に於いてほかに私に頼れるものがいない。君しかいない、風見幽香――どうかお願いだ、何なら私の残りの生涯を全て君に捧げよう、私に、君の力を貸してほしい」
「黒星の事情なんて私にとっては知ったことではないし、どうでもいいの。黒星が何をしたいのかは聞く気もないわ。ただ言えるのは私はかけがえのないものを失いたくないの――黒星、貴方を失いたくないの。貴方が水を飲みたいというのならば私は川の上流の澄んだ水を汲んでくるわ。貴方が食事を所望するのならば果実を積み獣を狩り手料理をごちそうする。貴方が静かに眠りたいのならば安らぐ心地の良い寝床を用意しましょう。貴方が憎む相手がいるのならば私が代わりに滅ぼしてきてあげるし、貴方がもし愛を営みたいのなら私が心ゆくまで奉仕してあげる。貴方が望むことは私が叶えてあげる。――でもね、貴方が死を望むのならば私は決して許可しない。貴方は死なないの。未来永劫私と共に生き続けるの。大丈夫よ辛いことなんてないわ。私が隣にいるもの。不幸だって私と貴方なら必ず乗り越えられるわ。世界が破滅を迎えようと私と貴方は生き続けるの。ねえ、黒星、改めて言うわ、家族になりましょう」
真摯で健気なまでに真っ直ぐな言葉。
その想いが届かぬほど黒星は愚鈍ではない。
「……私はどうしようもないほどの愚か者だな。こうして君に言われるまで君の言葉の本意を君の想いを少しも分かっていなかったようだ。だから、今こうして君の想いに気付くことができたのだから、応えを返さねばなるまい」
「幽香よ、ちゃんと私のことを呼んで欲しいわ。貴方にだけはそう呼ばれたい」
「済まない、幽香。至らぬ所のある、目の前の幽香の想いにすら気が付けなかった未熟者の私ではあるが、かような私を望むというのならば、幽香の家族の中に入れてはくれないだろうか?」
「……ええ、喜んで。貴方を歓迎するわ」
万感の想いが恐らくその一言に集約されていたのだろう。先程まで煮えたぎる熱湯が腹の奥底に溜まっていたにもかかわらず幽香の体の中から湧き上がる歓喜と底しれない高揚感が自然とその美貌に太陽のように輝く笑みを浮かべさせていた。
漸く幽香は黒星に寄り添うことができたような気がした。
先の見えない深い峡谷のような溝はしかし気がつけば消えている。
黒星が気づけなかったその溝は幽香が踏み込めなかった隔たりでもあった。
無意識のうちに恐れていたのかもしれない。孤独に生きてきた彼らには喪失は重い。
だからこそ幽香はほんの少しだけ譲歩することにした。本音は伝えたけれど実のところ黒星が心に抱くものに悋気が湧き上がっていたのはささやかな秘密だ。
「ねえ、黒星。私今とっても気分がいいのよ。これまでにないほど、よ。だから、もしかしたら家族である黒星のお願い事なら少しだけ聞いてあげてもいいわ」
「っ!済まない、ありがとう!!幽香!!」
「ええ、少しだけよ。でも条件があるわ。――一つ、如何なるときでも私と離れないこと。例え戦闘になったとしても一緒にいること。二つ目は私を楽しませてほしいの。そうね具体的には――後で二人きりでゆっくりと旅行でもしましょう」
そう言って笑う幽香の顔は黒星が今まで見てきたどんなものよりも美しく幻想的な笑顔であった。
★ ★ ★
説明は要らないと幽香は告げていたが黒星はこれから自身が行うことの大きさから何も伝えぬわけにもいかず、包み隠さず何を行い何を為すのかを懇切丁寧説明した。
かいつまんで言えばこういう事になる。
黒星の友である朱啼、白川の両名から緊急事態を知らせる便りをもらったまま安否がわからないために彼らが向かったであろう場所へ彼らを探しに行く。
このことを人間が築き上げていた壁に囲まれた都市と人間の危険性、意見のすれ違いによる友との対立、人間の少女八意永琳を助けたこと及び彼女を助けたことによる友との別れと彼女から聞いた人間の住まう都市や妖怪への認識、そして自身が致命傷を負うことになった月夜見との対決まで踏まえて余すことなくすべて話し切ったのだが、それを聞いた風見幽香は彼女自身が言っていたように黒星が行うことへの理由や背景には一切興味を示すことなく黒星に密着して腕を絡めて黒星との触れ合いを楽しんでいるだけだった。
強いて言うならば人間の少女八意永琳の名前が出たときだけ筆舌しがたい奈落の底のような昏い瞳で真冬の太陽のような明るくも温かみを感じさせない冷酷な笑みを浮かべていたのを黒星は決して忘れることはないだろう。
「大体の話は分かったわ。それで月夜見はどこにいるの?」
傘を構えて軽く瞳孔の開いた眼を覗かせる幽香から直接肌を通して伝わってくる雪山のごとき寒さの殺気は黒星に冷や汗を掻かせるのに十二分のものだった。
「ま、待て!君は勘違いをしている」
「心配しなくてもいいわよ。ちょっと虐めるだけだから。とどめは黒星に残しておいてあげるわ」
「違う、そうじゃない!!」
違う、そうじゃない
「貴方が止めても私は殺しに行くわ。殺し合いをした相手を生かしておいてよいことなんて一つもないの。禍根は絶対に残るし理解や情であやふやになんてならないもの。それに相手は神よ?生かす必要なんてないと思うのだけれども」
「分かっていたことだが君は神をも恐れないのだな。……しかし、止めようが止めまいが今は奴を殺すのは不可能だ。私の感情やそんなことをしている猶予がないというわけでもなく、単純にいまこの世に月夜見はいない」
「……どういうこと?」
「私があの神と戦ったときに、最後の悪あがきとして奴と人間たちを少しだけ離縁した。その影響で信仰によって力を集め形作られている月夜見のような神は回復やこの世での現存に支障をきたすのさ。まあ私も土地神から聞いた話で具体的な影響は今一よくわかっていないが、信仰の急激な減少はそもそもこの世に留まらせることすらできなくしてしまう。消滅に至るほどは減らせていないだろうが。精々一、二割だが弱っているところに信仰の減少が重なれば直ぐには復帰できまい」
「じゃあ、この世にいないってどこにいるのよ」
「さてな。どこかにはいるのだろうがどこにもいないのかもしれん。少なくとも目視はできまい。信仰を失うとはそういうことだ」
「死んだわけではないのね」
「神は滅多なことでは死なないさ。ある意味妖怪なんかよりもずっとしぶとい」
凡その妖怪が思うことだが神という生き物ほど厄介で理不尽なものはいない。
妖怪にとっては神力という相性最悪な力を備えており、それでいてほとんどの神が不死身に近いのだ。
最も妖怪と神は必ずしも敵対するわけでもなく、仲良く暮らしている例も多々あるのだが。
「それにしても人の信仰を奪うなんてことができるのね」
「奪ったわけではないさ。無理矢理その御縁を引き裂いたのさ」
「随分と強そうな能力ね」
「いや、強くはない。強制的に引き裂けるものには限度があるし一時的なものだ。一生繋がりを途絶えさせるのは現状では不可能だ」
「一生はというとそれなりには切り離せるのね」
「ざっと百年ぐらいが限界だ。百年もたてば人は寿命を迎え、記憶や感情は曖昧なものになるがな」
「人間には有効かもしれないわね」
「まあ人間になど使ったところで仕方がないと言えば仕方がないが」
黒星が人間なんてどうでもいいと言ったところで、その様子を見ている幽香の目つきが再び剣呑なものへと変わる。
「どうでもいい、それは本当かしら?少なくとも一度は使ったんじゃないのかしら?――八意永琳に」
「…………。」
黒星は押し黙った。
答えるつもりはないようで口を固く閉ざしている。
「まあいいわ。終わった話というのならば聞く気はないわ。ただ、その力を私に使おうものならば貴方を殺して私も死ぬわ。それだけは覚えておきなさい」
「……了承した」
閑話休題
「……簡潔に言えば私の友を探すのを手伝ってほしい」
「それについては特に口を挟む気はないけれど、場所がどこなのかは知りたいわ」
「場所か……」
黒星は少し悩むような素振りをして直ぐに口を開く。
「私も正しい名前は知らないのだが私や友はその場所のことを“地ノ底”と呼んでいた。妖怪たちで常に溢れかえっているような場所だ。お世辞にも良いところとは言い難いが最も多くの妖怪がそこには住んでおり何よりも各地に蔓延る妖怪たちの長が集結する場所でもある。言うなれば溜まり場だな」
「もう少しまともな表現はあると思うけれど、概ね理解したわ。要はそこで貴方を守ればいいのね」
「そこでというよりはそこまでかもしれん。実際、あの地ノ底では争い事は厳禁だ。規律に五月蠅い天狗と争いごとに目がない鬼が住み着いている。口喧嘩までならともかく流血沙汰になればむしろ喧嘩をしている奴らが危ないのさ」
「天狗に鬼ね。――会ったことはないけれど強いのかしら?」
首を傾げる幽香には年若い少女の様なあどけなさがある。
「君と戦っても多少は持つかもしれないが、君なら歯牙にもかけないさ。極わずかの例外を除いてね。妖怪同士の戦いなんて強さや弱さは関係はないが」
逃げるのならまだしも幽香に立ち向かって勝てるどころか五体満足でいられるものはまずいない。黒星は幽香にはそれほどの力があると認識していた。
「強いものが勝つ、それが戦いでしょう?」
「妖怪変幻に関して言えば力や能力の優劣のような直接的な強さはあまり関係ない。死なない相手や倒せない相手も五万といる。大切なのは如何にして生き延びるかだ。死ななければ如何様にもやり直せる。妖怪にとって戦うというのは化かし合いみたいなものだ」
「ふうん」
と、相槌を打ったもののしっくりはきていないようではあった。
「絶対に敵わない相手や明らかに格上の相手と対峙すればすぐにでもわかるさ」
「私が敵わない妖怪なんているのかしら?」
「いる。少なくとも一体」
不遜で豪気な埒外の化物を思い出して黒星は言う。
月夜見よりも遥かに強いその妖怪は黒星が決して倒せないと思ったほどの傑物だった。
後にも先にも彼女以上に強いと思った妖怪はいない。
「それは楽しみね」
「……いや、会うと決まったわけではないのだが」
「そうかしら?黒星が強いと感じたのならばその相手も黒星のことを狙っているわ。なら、貴方のお友達がいると聞いて駆けつけない訳がないと思うのだけれども」
「…………。」
珍しく反論する言葉すら浮かんでこない言い返しを黒星は受けた。
確かに彼女ならばやりかねない。
それこそ正々堂々正面から待ち構えているだろう。
目に見えてわかるほど黒星はげんなりとした表情をした。
「……この際奴のことは置いておこう。出てきたら出てきたで対処するしかない。どのみち小細工が効く相手でもない。策を力技で打ち破るような相手だ。うん、諦めよう」
「弱気ね。私が付いているのだから貴方には指一本も触れさせないわ」
「これ以上ないほどに君の言葉は心強いのだが如何せん相手が相手だからな。とにもかくにも、正直なところ一番危険なのは地ノ底に着いてからではなく着くまでの間にいくつか妖怪の縄張りを越えていかなければならないことだ」
「縄張りねえ。私は気にしたことがないのだけれども」
「見つからないようにしていけばいいのだが天狗と鬼は見つかるとただでは済まない。強引に突破するには厳しい相手でもある」
天狗は空を飛ぶためこちらがすぐに捕捉されてしまうし、鬼に見つかるとまず逃げきれない。
昔それで一晩中追い掛け回されたのは嫌な思い出として黒星は記憶していた。
「要は天狗も鬼も蹴散らせばいいのね」
「極力避けるつもりではあるが……」
歯切れの悪い言葉を残すのは自信がないからだろう。
避けれないと分かっているからこそ幽香に頼んだのだろうが。
「なら丁度いいかもしれないわね。結局は荒事に巻き込まれる予定なんでしょう?貴方に見せておきたいものがあるの。盾代わりになるかもしれないわ」
そう言って、幽香は黒星に有無を言わせず引っ張って歩き出した。
降って湧いたような偶然ではあったがどうせ黒星には見せるつもりだったので予定調和ではあった。
幽香が精を出してきれいに整え世話をしている向日葵の花畑の一角、人の背丈を超えるほどに育った向日葵はその一角だけ軒並み倒され荒らされていてまるで大きな獣が荒らし歩いた後のように散らかっていた。
その中で黒星には奇妙な塊が目に入った。
一見すると緑色の塊である。
苔むした岩のように大きくでんと置かれている。
花畑に不釣り合いなほどに武骨なそれはしかし岩ではない。
植物の蔓や葉や幹が雁字搦めに絡みつき集まって形成された云わば檻のようなもの。
その檻の中心から金色の向日葵の花弁のようなものが見える。
段々と近づいていくにつれ黒星はその正体が分かった。
それは女性だった。
檻を形成している植物は皆その女性に巻き付き突き刺さり手や足を微動だにできないほどに封じている。
金色の花弁は向日葵のものではなくその女性の艶やかな金髪であった。
はっきりと見えてきたその女性の顔は有体に言って可憐で乱れた髪の隙間から覗かせる爛々とした紅い瞳は生血のように鮮やかで見るものを引きずり込む星のない夜空の闇のように一種の悍ましさを感じる美貌をしている。
そして黒星は過去に一度この顔を見ている。
金髪の女性は気が付いていたようでにんまりとした笑顔を向けながら近づいてくる黒星と幽香に対し第一声を浴びせる。
「――へえ~、これはこれは、懐かしい匂いがすると思ったらそういうことなの」
開かれた口から覗かせる鋭い犬歯。そして漂ってくる濃い血の臭い。
闇に生き、闇を漂い、闇を喰らう妖怪。
見通すことのできない暗闇に佇む姿からその通り名はつけられた。
『常闇の妖怪』
「――ねえ?あなたたちは食べてもいいわよね?」
人も妖怪も神も構わず食い殺してきた彼女は熱も光もない真冬の新月の夜空のように冷徹で鬼灯みたいに紅い瞳を携えて月光のように美しい髪を乱れさせながら三日月のように口を歪めて血も滴る凄惨な顔で嗤うのであった。
今回は小説を書いている中で一番の難産の話だったかもしれません。
筆が進むのが辛いという状況は本当につらい。
小説家というのはただ文章が書ければ良いというわけではないということを実感させられました。
凄いな~。
作家の皆さん(プロもアマも)よく完結まで持っていけますね。尊敬です。
次話からはバトルメインかな。会話が下手すぎて書くのが辛かったという要因もあるのでもう少し早くなるかも。今年中に超古代編終わるかな。無理かも。まあ、超古代が終わると割と淡々としていく予定ではあるのですが。頑張ります。
どうでもいい補足
黒星
蟹。五百年以上は生きている。百年間ぐらい旅を続けている設定。つまりは四百年間は湖に居た。
口から泡を吹ける。持ち歩いている竹筒に水の妖怪を飼っている(後で短編書く)。家族は知識として玄仙から教わってはいるが実態は知らない。
元の姿はシェンガオレン(モンハン)より大きい蟹。得意技はホーミングジャンプ。
永琳
乙女プラグイン。
風見幽香
登場の理由は花映塚の映姫さまのセリフ『少し長く生きすぎた』からの妄想。まあ旧作登場しているし、幻想郷に住んでいるしいいかな。花映塚のゆうかりんはちょっと丸くなったような。旧作プレイしていないんだけどね。
常闇の妖怪
紅魔郷一面ボス。
二次創作ではめちゃくちゃ需要あるよね。
最近出てきた『そうでは無い』と言う人と組ませたい。
そうなのか~。
この超古代と言われている時代って二次創作によっては一億年前とかあるけれど一億年前の生き物とかまず描写無理だから諦めた。許して。恐竜はともかくほかの小動物とかわかんね。
もしかしたら一億年前には人間がいたかもしれないし。それはないか。
まあ人間が現れるくらい前の話ということで。人間が認識して歴史だしね。
感想、評価、誤字報告感謝です。拙作ですが読んでいただきありがとうございます。
9/1 看病されている期間がおかしかったので修正