遅筆さと時の流れの速さを嘆くばかりです。
まじ早い。
次回は十月中できれば近日中に投稿をしたいです。
あと、時系列がわかりにくくなってきているので時間軸ごとに何が起きたのかをまとめた一覧表みたいなものを活動報告にでも載せようかと思います。
おまけみたいなものですが興味がある方はそちらもどうぞ。
連山の中の最も背丈が高く草木が生い茂るとある山に千年以上も前から妖怪たちが住み着いている場所がある。
妖怪たちは人間や獣ほど群れることはないがそれでも家族や仲間という認識は存在しており縄張りを作って一つの地域に住み着くことがある。
この山は妖怪の縄張りでは珍しくいくつかの種類の妖怪たちが纏まって住処にしており、他種族同士で共存するというあり方をとっていた。
「――それにしても、ただ待つというのはこうにも暇なもんかねぇ」
土砂崩れによって切り崩されポツリと一本だけ残った樹齢三百年を超える巨木の上で一体の妖が退屈気に言葉を漏らした。
「も少し天狗どもとじゃれてやるべきだったかな。やることがねぇや」
山吹色の布地に黒と赤の糸で袖や襟の部分に鉛色の布が縫い付けられており、落ち着いた色合いながらもどこか高貴な雰囲気を醸し出す羽織を吹き抜ける朝の風にたなびかせながら、妖は一つ欠伸をした。
「俺様の勘ではそろそろだと踏んでいるんだが、ま、どうせやることもねぇし気長に待つとするか」
遠くのほうで何某かの獣の遠吠えをしているのを聞きながら、妖は片手にぶら下げた濁酒を呷ろうとして空だったことに気づき小さく舌打ちをこぼす。酒の肴として持ち歩いていたたいして美味しくもない木の実も既に一つとしてない。
「もっと酒を持ってくるべきだったな。〝地ノ底"からもっとかっぱらってくるんだったな……そういえばやまなしを水に浸しておくと酒になるどうたらとかあいつが言っていたような。今度試してみるかねぇ」
妖が眺めるその景色は深緑の山々が日の出と共にその色を取り戻し始めているが、妖はただ一点だけを逸らすことなく見据えていた。
「人間の争い……はっ!!面白そうじゃねーか!!何なら神や妖怪どもも集めて大決戦としようぜ!!なあ、おい黒星。そん時いったいお前はどっちにつくんかな?かは、はははは、ハハハハハハハハハ!!」
清々しいまでの何も慮ることのない哄笑は山中に響き渡り、暫くの間続いた。
撒かれた争いの火種は少しずつ妖怪たちにも広がり始めていた。
★ ★ ★
黒星はルーミアから黒星が知らない五年間のことを聞いた。
五年間とは言うもののルーミアは一連の事柄の当事者ではなく噂半分に聞いたものばかりで情報としては多いもではない。
黒星の友である川獺と鳥――白川と朱啼が人間の集落を襲おうとして〝地の底″の妖怪たちに協力を求めてきたこと。
賛同するもの一考すらしないもの様々な反応があり意見が割れた。
一部の妖怪が先走ってその人間の集落を襲いに行って帰ってこなかったとき以来、事の重要性が上がり始めたようで仕舞には妖怪たちの長を集めて話し合いが行われた。
そして今、最も勢力が大きい妖怪たちがどうするかを決めあぐねている。
「そこで鬼の長が言ったらしいわ、話の元である黒星に聞けばいいってね」
「――少し待ってくれ。話がいつの間にか飛躍していないか?どうしてそこで鬼の長と私の名前が挙がるのだ?」
ルーミアの説明に相槌を打ちながら頷くだけだった黒星はそこで疑問を呈した。
ルーミアが語ったことは凡そ黒星が白川と朱啼と別れるときに想像していたことが起こったわけだが、なぜそこで鬼の長と黒星の名前が出てくるのかまでは心底分からなかった。
「確かに私はそのときあなたの名前を知らなかったわけだけれど大きな蟹の妖怪どうたらって話題に上がっていたからすぐに分かったわ」
「いや、そういうことを聞いているんではなくてだな……。話を持ち込んだのは私の友である白川と朱啼だというのに何故私の名前がそれも鬼の長から出てくるのだ」
実のところ名前を言っていたわけではないようだがそんなことは些末なことで、黒星の記憶が確かならばまず鬼の長ではなく大樹の主か獣の棟梁へと話を持ち掛ける算段であったはずだ。この二者は強い力と多くの妖怪を従えているだけでなく妖怪の中で群を抜いて理知的で何度か交流をしたこともあり比較的穏やかに事が進むだろうという考慮があってのことだ。間違っても実質妖怪の頂点と言えるほどの強さと無類の戦闘好きである鬼の長のところへいくという予定ではなかったはずだ。
「さあ?詳しくは知らないわ。私が知っているのはあなたのその大事な大事な友は囚われて牢に入れられているということだけよ」
「なっ!…………そうか、捕まっているのか」
嫌がらせを楽しむ子鬼のような笑みを浮かべて実際黒星に対する嫌がらせとして事実をルーミアは述べ、その思惑通り黒星は驚愕と共に顔を顰めた。
「話に繋がりが見えてこないのだけれど、とりあえずはその囚われている二体を助ければいいのね」
難しい顔をしたまま考え込んでいる黒星の代わりに言葉を発したのは幽香だった。
だが、それに対してルーミアは特に反応する素振りを見せない。
ルーミアにとって幽香は揶揄うには面白い相手ではあるのだが一度黒星と絡ませると惚気始めて面倒なことになると分かったので下手に反応を返さないほうがいいと考えた結果だった。
闇の中で生きる妖怪にとっては仲睦まじい様子は見せつけられると不快に思うような光景であり、嫉妬などではなく泥水をかけられたときのような生理的嫌悪と苛立ちが芽生えるのである。
ルーミアは言うなれば悪性の生物である。正しさを嫌い善性を忌み日の下に生きる者たちを疎ましく思う。
それに当てはめるならば黒星や幽香はどちらかと言えば悪性に近い。故に黒星のこと自体をルーミアは嫌悪しない。だが、その友情や誠実さを軽蔑し嘲笑いさえもする。幽香も同様に黒星と合わせるとルーミアの嫌いな仲の良い関係となる。これがたまらなくルーミアには不愉快で吐き気がしそうなほどだった。
「……そうだな、その通りではある。ただ、懸念として最悪なことに鬼の長と接触しなければならない可能性がある。正直に言えば避けるべきことであるし寧ろ逃げ出したいような状況だ」
長考を一度区切って幽香に返答する黒星の表情は曇っており、彼にしては珍しいことに弱音を吐いた。
慎重ではあるがどちらかと言えば気が強く強情な一面もある黒星にしては珍しい一言に対して白川や朱啼ならば驚きを見せたのだろうが、幽香とルーミアには付き合いが浅いこともあり驚愕よりも疑念の感情が湧くだけであった。
「弱いということはないでしょうけれど、神さえも打ちのめした貴方が鬼の長程度に恐れる必要があるのかしら、黒星?」
邪魔になるのならば敵対するのならば叩きのめせばいい、言外にそう意味を込めて幽香は黒星に問う。
「君は合ったことはないからよくわからないかもしれないが奴は神とは比べ物にならない。神は確かに強く我々に対して天敵ではあるがそれすら霞むほど奴は強い。間違いなく断言できるのは奴は私が出会った中で最強であるということだ」
「もしかして前に言っていた私が敵わない相手かしら?」
「……ああ、その通りだ。これ以上ないぐらいに嫌な状況ではあるが、直ぐにでも会いまみえるかもしれん」
噂をすれば影、こういった状況を指すその言葉を黒星が知るのは大分ずっと後の話である。
しかし、まあ彼にしてみれば意識を失って起きてみれば既に五年以上もの月日が過ぎ去っているという状況すら信じがたいというのに、凡そ関わることのないであろう鬼の長との邂逅が現実味を帯び、それでいて友を助けるために敵対する恐れがあるという冗談としても酒の肴には向かないような質の悪い予測がついてしまっているのだ。
黒星は天を仰ぎたい気分に駆られたが一つ溜息を漏らして抑制した。
悪い予感など外れてしまえと願うのは精神的には良いかもしれないが詮なきことである。どうにもこうにも為るようにしかならず、為らせたい方向へ努力して結果を変えるにしても今からでは遅い。そのことを黒星は五年という時間を代償にして悟った、悟らされた。
思えば随分と時間を無駄にしたものだと黒星は虚しさに浸るが、無為に潰してしまった時間を取り戻すためにも行動するべきだと気持ちを切り替えることにした。
「それで、わたしのお役目は御免ということでいいかしら?そこの花女がわたしとは気が合わないみたいだし、飽きてきたし、帰りたいのだけれども」
「駄目よ。肉壁として使うんだから逃がさないわ」
「わは、わたしを身代わりにする機会があったら多分全滅しているわ。わたしは元通りになるだけだけどあなたたちは獣の餌ね」
黒星は言い合う女性陣を見て相性も仲も悪いが個性を打ち消しあっているわけではないと密かに思った。
相反し相乗している。
そう言葉には決してしないが心の中に留めた。
「すまないが、ルーミアまだ聞いていないことがある。今、〝地ノ底″にはどの勢力が集まっている?鬼と天狗だけか?」
「うん?わたしが〝地ノ底″を出たのは大分前だけれども、その時には五つぐらいかなあ」
「獣と蟲か」
「――うん、あと冥界。珍しいわよね。いつもは引きこもっているあの世連中が出てくるなんて」
冥界――すなわち死後の世界に住まう者たち。
その言葉を聞いたとき黒星はより一層表情を暗くした。
波乱の波が破滅の音が虚妄だと断じれないほどに近づいているのを感じ取らざるを得なかった――
★ ★ ★
「――アタイら冥界は今回の騒動に対して静観する所存さね」
濃く暗い深緑の着物に黒白の二色のみで構成された一回り大きい型の羽織を纏う、枯葉のような深みのある茶色の髪をした女性が何かを思うことなく淡々と事務連絡をするかのように告げた。
「今までこうして出てくることのなかったそなたら冥界の勢が死神を使いにして伝えるということは何やら不穏な動きがあるとみてよいのかの」
薄く赤みがかかった八手の葉を形を綺麗に整え、霊山の樹木を漆で塗り持ち手を拵えた団扇で顔の下半分を隠す小柄の女性が、目線を向けることなく先程の意見を伝えた女性に言葉を返す。
団扇を持つ女性の背中から生えている混じりけのない色鮮やかな白い翼が心なしかほんの僅かに開きかけたように見えた。
「はんっ!冥界の連中が裏で何かしているなんていつものことだろーが!!言えば言ったなりの言わなきゃ言わないなりの腹積もりがあるんだろ?」
藍色の下地に白と紫で繊細な刺繍を施されている着物を着崩して、片膝をつきながら悪態を放つ年若き青年は不機嫌そうな表情で片方が千切れている獣の類の耳を頭を掻くようにして撫でた。
「あらぁ~、よくわかっているじゃない。まだ若いのに流石は棟梁ね~。冥界の者の性質である言ったことしか守らない・不要なことは言わない・言葉を曖昧にして濁すという薄汚さは有名よね~」
色鮮やかな紫色の布地に星々をちりばめたような白の斑点が印象的な衣装に、艶やかで手入れの行き届いた見事な長い黒髪を伸ばし、六本の腕を携えながら甘ったるいおっとりとした声で皮肉を言う妙齢な女性が何にも腰掛けることなく宙に寛ぐ様に座っていた。
「アタイに言われても仕方ないさね。思惑どころか建前の理由すらアタイのような下っ端には述べられていない。問い詰められても答えようがない」
「ふむ、ならば深くは問うまい。ただ一言告げて置く、いかなることがおころうと邪魔はせぬように」
「あいよ、上に伝えておくさね」
「ほんと煮え切らねえというか、どっちに転んでもいいようにコソコソしてるよなあお前ら(冥界の連中)。まるで臆病者の集まりだ。あと、そこの蜘蛛の婆、馬鹿にしてんじゃねえよ!!その枯れ木のような腕を喰いちぎるぞ!!」
「私なんてまだ千と百少しよ~。確かに百と少しも生きていない子狐ちゃんと比べたらそれはおばさんかもしれないけれど」
「誰が子狐だ!!枯れ木の婆!!」
「双方仲よくしろとは言わんが声を荒げるな。喧しい。騒ぐなら外にいたせ」
「それじゃあ、アタイは伝えることは伝えたし帰るとするさね」
「待たれよ。まだ鬼の長が来ておらぬ。奴の意見を聞かずに帰れば些か厄介なことになると思うが」
「はあ、もう三日も待ってるさね。来ない奴を待っても時間を存するだけだと思うんだけど」
「別に鬼の長だけを待っているだけじゃないわ~」
「あん?他に誰かいるのかよ」
「あらあら、忘れたのかしら?蟹の妖である彼がまだ来ていないのにお開きにはできないわ~」
「何年も見つかってない奴を待つだけ無駄さね」
「それがね~、私の僕(しもべ)が見つけたって報告してきたのよ~」
「ほう、それは真か蟲の頭目」
「ええ、こっちに向かってきてるみたいだし数日もせずに来るんじゃないのかしら~」
「……わかった、待つとするさね」
黒星がこの場に訪れる半日前の話であった。