東方蟹異譚   作:蟹ノ鋏

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遅れました。申し訳ありません。



九話 全てを薙ぎ倒す嵐のように(四)

「――魔砲」

 

 幽香が傘を突き出し満開の花のように広げ、小さく呟く。

 

「『マスタースパーク』」

 

 瞬間光が爆ぜた。強烈な閃光、その光源は幽香の傘から撃ち出される一筋の光線。しかしそれは黒星が過去に経験した月夜見が使っていたものとは異なり、木の幹よりも太く破壊力が段違いである。近くにいるだけでその衝撃の余波がビリビリと黒星の腹に振動として伝わり、肌に焚火にでもあたっているような熱を感じる。

 時間にして二秒もない。

 光が焼き付き離れない目でその光線が通った後を見てみればその絶大なる威力を確認できる。

 破壊。

 生い茂っていた木々はその熱戦によって焼き切れて薙ぎ倒され、一直線の道を作っている。

 大蛇が通った後のように森の深くまで見通せる。

 

「――さて、これで通りやすくなったわね。行きましょう」

 

 その光景を作り出した幽香は満足げに言った。

 

「……考えがあるとは言っていたが」

 

 幽香の隣で見守っていた黒星はその考えの結果を見て呆然としていた。

 ここまで暴力的な手段に出るとは黒星は思いもしなかった。

 もっと平和的な方法を想像していた黒星は、花や草木を愛でる幽香を知っている分、いくら性格が苛烈だとは言え、このような突拍子もないやり方をするとは露も考えていなかったのである。

 

 因みに、同じようにこの状況を見ていたルーミアは殆ど予想通り結末なり、それを引き起こした幽香はやっぱりどこか馬鹿だよなと心の中で思っていた。  

 

 事の発端は猿の妖怪の治療を終え、黒星が川から持っていた竹筒に水を汲み取り、さて“地ノ底”へ赴こうとしたときのこと、

「私、飛ぶのも走るのも得意じゃないのだけれど」と幽香の一言により、同じく飛ぶのが苦手な黒星が幽香を乗せて陸路を駆け抜けようとしたところ、行く手を阻むように伸びている木々を見て幽香が「良い考えがあるわ」と優しい笑顔で言ったことによるものである。

 黒星はその笑顔を見て大丈夫だろうと判断したがルーミアは「コイツ絶対に何かやらかすつもりだ」と身構えた。

 

 その結果がこれである。

 

 自然愛護の精神など微塵もなく木を切り倒しても心が痛むことなどない黒星ではあるが、流石に限度というものはあり、これほどの破壊活動の惨状を見て、無邪気に虫をつぶしていた少年がふとその場に転がる多数の虫の死骸を見て自分の行為がいかに残虐だったかを省みて後悔と罪悪感に芽生えるように、やり過ぎともいえるこの光景に負わなくてもいい自責の念と木々に対する若干の哀れみが浮かんでいた。

 

「幽香、あれほど花々を大切の育ていたのにこんなことをして、その、幽香は大丈夫なのか?」

 

 その疑問はもっともで、同時に黒星は幽香が実は心を痛めているのではないかと心配とも或いは期待のような何かを持ったが、

 

「ええ、大丈夫よ?私が育てている花ではないし、第一、邪魔よ。生き抜こうと必死に伸びている姿は逞しさはあるけれど綺麗ではないもの。それに高々数十本の木々が倒れた程度ならば十年ちょっともすれば生え変わるもの。むしろ周りの木々の糧になって丁度いいぐらいよ」

 

 幽香にとっては生えてきた邪魔な雑草を引っこ抜く程度のものだったのだろう。彼女は花は好きで植物を育てるのを趣味としているがだからと言ってそれ以上深い思い入れはない。花が好きな妖ではあっても花のために生きている妖ではないのである。

 あっけらかんとした幽香の返答に黒星は何とも言えない表情をして、幽香への評価を改めた。

 率直に彼女に対して誤解をし、偏見を抱いていたのだと黒星は思い、誠実な性分ゆえにそれを恥じる。

 

 何にせよ、黒星達一行は漸く旅路を開始したのである。

 

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 

 

 深い森の中を三つの影法師が通り過ぎてゆく。

 

「――それにしても、大分滑稽ね、それ」

 

 影法師の中で先陣を切る黒星に所謂お姫様抱っこの形で運んでもらっている幽香は、後ろへ振り向いて、黒星の肩越しに見える別の影法師を指さして、唐突に話し出す。

 

「何?何か文句でもあるのかしら?運べと言ったのはあなたでしょう?」

 

 残る影法師のうちの一つであるルーミアは、倒された木々によって開かれた道をかなりの速度で駆け抜ける黒星の後を追従しながら飛んでいる。鬼や妖獣ほどではないにしろ、身体能力が高い黒星が遮蔽物に邪魔されることなく大地を駆け抜けた場合かなりの速度が出るため、幽香や黒星に比べれば飛ぶのが上手いルーミアとはいっても着いて行くことは割と大変な行為である。それでも全くペースを落とさずについていけていることを鑑みると、妖怪としての性能の高さがわかる。幽香に敗れ、強制的に旅に加わったルーミアではあるが、幽香とまともに戦えるだけの強さを持つ彼女は妖怪の中でもかなり強い部類に入る。そんな彼女であるからこそ、天狗ならともかく一般的な妖怪では厳しい速度も楽にとは言えないが余裕をもってついていけているのである。

 殺されても甦る不死性、妖術も飛行もそつなくこなし、身体能力もそこそこに高く、それでいて能力を扱える。妖怪すらも食料にする凶悪さもさることながら、妖怪としての素質、生き物としての強さも注目すべきなのだろう。

 

 もっとも、そのルーミアでさえ黒星と幽香には敵わないということもまた事実ではある。

 

 黒星には以前邂逅しときに軽くあしらわれてしまっているし、幽香には完膚なきまでに負け生きたまま捕まっている。

 

 ルーミアは屈辱や恐怖を懐く性格ではないが自分では喰えないものがいることに多少のいらだちは感じている。今は無理だが、いずれ喰ってみよう。そう常々考えていたりする。

 

「文句なんてないわ。素晴らしいと賞賛でもしてあげるわ。そんな奇怪な作品なんて私じゃとても作れないもの」

 

 そう言って面白そうに笑う幽香の視線の先にはルーミアの更に後ろからついてくる影法師の姿がある。

 光を通さない暗い闇の球体、熊や猪程度なら収まってしまうほどの大きさの球体に猿の顔だけがポッカリと浮かんでいる。

 

 言うまでもなく、これはルーミアの能力で作られた闇の球体であり、中には先程治療した猿の妖怪が収まっている。

 黒星が幽香を運ぶとなったときに未だ意識の戻らない猿の妖怪を誰が運ぶかということになった。最初は黒星が蔓を使って背中に担ぐ形で運ぼうとしていたのを幽香が無駄な労力をかける必要はないと否定し、貴方ならできるでしょう?、とルーミアに押し付ける形で渡し、結果能力を使ってルーミアが運ぶことになりこのような珍妙な浮遊物が出来上がった。

 

「済まないな。私にはこういった時に役に立つ術がない。君に任せるに他ははない」

 

 黒星はやりとりを聴いてか前を向きながら申し訳なさそうに言った。

 

「……はあ。なんていうか、なんとなくわかってきたけれどあなたはいつもそうなのね」

 

 その言を聞いてルーミアは呆れたような態度をとった。その声音には不機嫌さが入り混じっているようにも聞こえる。

 

「いつもそう、とは?」

 

 黒星は言葉の意図がわからずルーミアに尋ね返す。

 

「巻き込まれた形にはなったけれど、成り行きではあるのだろうけれど、曲りなりにはあなたは今この中で大将をやっているわけよ。だからさ――下手にまわってんじゃねーよ、やりづらいのよねそういう態度。高圧的になってもうざいけれど、一々気遣われるのもむかつくのよね。人間の真似でもしているのかしら?」

 

 気おくれも躊躇いもなくルーミアは言い張った。

 彼女は現状に対して怒りは持っていない。妖怪の世界は基本的には強者優位の格差社会で力で劣るものは強いものに従うのが道理である。ルーミアほど実力を持ち合わせていたとしてもその過去には力で屈し嫌々ながらも付き従っていたこともある。明確な社会を持たない妖怪たちにとって力とはそれそのものが地位になり身分になる。弱者は強者に従い生きながらえるか、ほかの妖怪たちとかかわらず孤独にひっそり生きるかのどちらかになる。

 権力という曖昧なもので格差をつけている人間よりは単純で分かり易いが、単純が故に差が付きやすく覆すことも困難な身分制度ともいえる。どちらがいいとは一概に言えないが、しかしまあ見た目も生き方もまるで違う妖怪たちにとっては実力差というものは公平で安定した目安なのかもしれない。

 そんな妖怪のしきたりの中で暮らしているルーミアにとって黒星のように弱者すら気遣いうようなやり方は寧ろ苛立ちを募らせるものになっていた。強者特有の余裕に対する妬みではない。そもそも黒星の気遣いはある意味無差別的な誰に対しても行う気質からくるものであって、それをなんとなくではあるがルーミアも理解している。気にかかっていながらも黒星に今までいちゃもんを付けなかったのは強者体質のそれかどうかを測りかねていたからである。幽香と黒星のやり取りなどを静観して黒星の性質を彼女なりに理解したルーミアはそこで苦言を呈した。

 有体に言えば黒星の態度が気にくわなかった。

 気持ち悪かったのである。

 だから、感情の赴くままに言葉の思いつくままに伝えたのだった。

 

「……そうなのか。いや、そうだな。私にはどうも大将というのはむいてないのかもしれん。この性分ばかりはどうもな」

 

「あら、大将の在り方にケチをつける気かしら?私に手も足も出ずに地面に這いつくばった分際で。まだ虐められ足りないなら喜んで詰ってあげるわ」

 

 ルーミアの率直な言葉に自省しだす黒星とは対照的に挑発的な態度と受け取った幽香はルーミアのほうを振り返りながら実に楽しそうな嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「言わない方が良かったかしら、緑の妖?」

しかしルーミアの態度は変わらない。その不遜さはとどまることを知らない。

「妖怪を助けようが人間を助けようが強い者の行動に従うのが私達妖怪だ。強ければどんな理不尽も屁理屈も通せるからこその強者だ。その強者がなんの真似か自身よりも弱い者に気を遣う。付き従っているの者に一々頭を下げる。は?なにそれ? 誠実なのはいい。素直なのもいい。別に理不尽を言えだとか高飛車に構えろとは言わない。それでも強者であるならば強者たる態度がある。上にたつならば覚悟を持て、仲良しこよしは家族でやってろ。妬まれ憎まれ恨まれ僻まれ嫌がられ貶され――それでもなお憧れる羨まれる畏れられる在り方をしろ!!」

幽香の顔から笑みが消えた。

それは珍しく、ルーミアの本心であった。

とらえどころない見通しの効かない、曖昧でぼんやりとした闇の妖怪である彼女の心の内。

それは嫉妬。それは憎悪。それは怨恨。

あるいは憧憬。あるいは羨望。あるいは畏怖。

闇を司る、闇を好む悪性の妖怪であるからこそ自信の心の闇に対して虚偽も見栄もなく吐露できる。

 

「……私はやはり愚か者だな」

 

少し間を置いてから黒星はポツリとこぼす。

 

「履き違えていた、勘違いをしていた。強かろうが弱かろうが在り方は変わらない同じように接しえると」

 

しかしそれは違う。

黒星は対等であろうとしていた。

強き者が弱き者と同じ立ち位置にいる。

しかしそんなことは有り得ない。

そんなことができるのはそれこそ家族ぐらいなもので。

なんの繋がりもない赤の他人には通用しない。

黒星は今まで身内とばかりつるんでいた。それは黒星のような群れを持たない集団で生きない妖怪には仕方ないことだ。たがら彼は知らなかった、無知で愚かだった。

強い者には覚悟がいる。強く在る覚悟が。

それを蔑ろにして弱者を気遣うのは弱者への愚弄である。

 

「……ここからは全力で急ぐ。ついて、これるな?」

 

黒星は振り返らない。

顔色を伺うのをやめる。

一つの成長であり、一つの決別。

 

「はっ、病み上がりに心配されるほど落ちぶれてないわ」

 

今までの倍速以上に黒星は加速し、それに金色の常闇が追従する。

 

高く上る日が三つの影法師を照らし出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この変化が何をもたらすのか。

 

 

ただ一つ言えるのは、黒星とルーミアはこれ以上関係が深くなることはない。




前回の投稿から二年ほどがたってるという事実に驚き、またこの拙作に対して感想を送って下さり感謝の念を感じるとともにほぼエタらせてしまい申し訳ない気持ちで押し潰されそうです。現状書き貯めはなく半年以上前に書いた拙いプロットが在るのみなので次の投稿がいつになるか確約できません。それでも未完にはせず書き続けていこうと思います。ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
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