東方蟹異譚   作:蟹ノ鋏

20 / 20
蟹ノ鋏です。
書き上げられたので投稿します。
なんか投稿できない詐欺みたいな感じになって申し訳ないです。


九話 全てを薙ぎ倒す嵐のように(五)

「ここから先は我らの領域。立ち去ってもらおうか、蟹の妖怪」

 

 前人未到の森の奥、人を拒むのは生い茂る草木と獣たちだが、妖怪を拒むのは同じく妖怪である。

 

「烏天狗か、昔ここら一帯は君らの縄張りではなかったはずだが。どうやら私が眠っている間に随分と拡大したようだな」

 

 道を急ぐ黒星たち一行は深い森のさらに奥、森林見下ろす一本杉が生える山の前で、背中から黒い翼を生やし鳥面で顔を覆い六角の鉄棒を手に持ち一枚歯の鉄下駄を履き巨大な岩に立って黒星たちの足を止めさせていた。

 

「…………。」

 

「無駄な話をしない、流石はカオナシか。更には鎧に太刀を二つも携える戦装束、天狗の団扇を持っていないだけまだマシなところか」

 

 カオナシ、その名前は目の前にいる烏天狗の名前ではなく、その烏天狗の地位を表す。天狗は妖怪の中では珍しく縦型の社会を形成する集団である。単なる群れではなくそれぞれの個体が地位を持ち仕事を持つ。その中でもカオナシは特殊であり天狗の一般的な身分の外にある地位で、他の天狗と違い部下を持たず身分の高い天狗からの命令を受け付けない。その代わり群れの長からの命令によってのみ動く。言うなれば天狗の長直属の私兵のようなものであり、親衛隊や秘書や召使いなど多岐にわたる業務をこなす。その専らな業務は戦闘であり他の妖怪の集団と戦うときはいの一番に先陣を切るのはカオナシである。彼らはその身分を示すために仮面を着け無駄話を一切しない。

 

「それだけ警戒されているということよ。天狗からすれば黒星の存在は強大過ぎるもの。嵐が来ると分かっていて何も備えない馬鹿はいないでしょう。それにしても臆病な烏が嵐を前にとおせんぼなんて随分と頭が足りていないのね」

 

 幽香が挑発の笑みを浮かべる。

 

「…………。」

 

 しかしカオナシの烏天狗は何も喋らない。

 

「……鳥は私のような蟹からすれば天敵なのだが」

 

「あら、知らなかったの? 烏は泳ぐのは苦手なのよ。それによく空を飛ぶ鳥は雨に打たれ続けると飛びづらくなるものよ。嵐を前にして鳥はじっとやり過ごすしかできない」

 

「…………。」

 

「へえ、よく躾が行き届いているのね。関心するわ、何も言い返さない臆病ぶりには。素晴らしい主と褒めてあげる」

 

「ねえ、いつまで喋っているの? 別に三対一なんだから問答なんてまだるっこしい真似をしなくても殴って言うことを聞かせればいい。それとも邪魔者を殴れないほど甘ちゃんだったかしら?」

 

 痺れを切らしたのかルーミアが手のひらに闇の塊を作りながら烏天狗に近づいていく。

 

「まあ、待て。この烏天狗は私たちの前に立った一体で現れた、しかも飛びながら警告するのではなく地面に降り立ち仁王立ちで私たちを止めている。天狗には千里眼をもつ者もいるという。そうでなくても私たちは派手に森の中を突っ切ってきた。天狗の哨戒に引っかかって当然だ。動向は知られていることだろう。なのに一体だけしか見張りをよこさない。しかもただの天狗ではなくカオナシときた。長が私たちを監視しているということだ。この烏天狗に手を出せば天狗全体との戦争になる。無視して領域に一歩でも足を踏み入れればそこら中から天狗たちが駆けつけてくるだろう。――天狗だから文字通り飛んで来る、かな?」

 

 黒星はルーミアを止め辺りを見渡す。

 深緑の木々、遠くから聞こえる水の流れる音、獣の鳴き声。

 それらに隠れてこちらの様子を窺ういくつもの気配を黒星は感じ取っていた。

 

「天狗との戦争ね。……それはそれで面白そう。十回ぐらい死ねば食べ尽くすことができるかしら?」

 

「真っ向勝負をしてくれるほど天狗は甘くない。空高い位置から竜巻を起こされてはたまらない。空飛ぶ天狗になど追いつけるわけもない」

 

「だったら無視して突き抜ければいいじゃない。空飛ぶ鳥を打ち落とすことは困難でも木々に紛れてやり過ごすのは難しいことではないでしょう?」

 

「ああ。空高く飛んでいては足止めは意味をなさない。地面に足をつけ、柵となり壁とならねば足止めなどできんよ。故に突っ切ることは難しくはない。難しくはない、が――」

 

「嘗められているわね」

 

 ルーミアと黒星の会話に幽香が割って入る。

 

「天狗程度の軍勢で黒星を止められると思っているのよ。長でもない、名の通った実力のある妖怪でもない。そんな雑魚をよこして立ち去れなんて、随分と不遜な対応ね。……二度と天狗が住めないような森にしようかしら?」

 

「君が脅しを言うとシャレにならないからやめてくれ、幽香。それに私は天狗の軍勢を相手にできるほどの実力はない」

 

「……脅しじゃないわ。黒星、神と拮抗するほどの力を持った妖怪が天狗程度で相手にできると思っているの?」

 

 ジトっとした目線を黒星に向ける幽香は黒星の停止命令に背くことなく従い、裾から地面に向かって伸び始めていた茨のような植物の動きを止めて逆再生でもするかのように服の中にしまい込む。

 

 風見幽香は植物の意思をくみ取りその成長を自由自在に操ることができる。植えたばかりの種をほんの僅かな時間で立派な果実の生る樹木へと成長させたり、枯れていた木々を深緑の若葉が生える大木へと戻したり、或いは悠久の時を育った生命力あふれる巨木を一瞬で枯れ木に変えたり、食料となるはずだった作物を毒の実がなる植物へと変貌させたり。幽香の持つ能力は純粋な戦闘には向きづらいがこと生存をかけた戦争になれば右に出る者はいない。作物を枯らし、毒ある植物を群生させ、穴倉だろうと精巧に作られた砦だろうと処かまわず大樹を生やして滅茶苦茶にする。黒星は療養生活をしているときに幽香の使う能力がいかに素晴らしく強大なものかを知っている。そして幽香は花を愛でる趣味はあっても花々を大切に扱おうとする気概はない。同族でもない――黒星ではない妖怪たちに慈悲や同情をかけることなど尚更ない。天狗の森を天狗の住めない程度の環境へと変化させたところで困るのは黒星に関係のない天狗たちである。そして幽香は脅迫などといった婉曲的な会話などしない。やると言ったらやるし、やらないと言ったらやらない。対話によって事を為すなどそもそも考えつくことすらない程に彼女は暴力や強さの扱い方に慣れていた。

 

 黒星は未だに幽香の性質を掴み切れていない。

 彼は他者の長所や良い点を感じ取る能力は高いが短所や悪性には著しく鈍感である。

 敵にも味方にも鈍感であるのが黒星である。

 

「私は他の妖怪よりも神と相性がいいだけさ。上には上がいる、真に強い妖怪ほど真っ当ではないがね。いづれにしても私は天狗と戦うつもりはない。戦わずに済むのであればそれに越したことはない――故に問う、カオナシの烏天狗よ。私達一行はここを通り“地の底”に行きたいだけだ、歯向かうつもりは一切ない、貴公らの領域を通らせてもらえないだろうか?」

 

 黒星は声を張って告げる。

 

 黒星もまた、恐喝や脅迫を行う性質ではない。

 

 それは黒星が誠実であることや駆け引きが得意ではないこともあるが黒星が強さを振るわない強者として振る舞わないからでもある。

 

 戦いを避けるために、生きるために生きてきた黒星は戦わない知恵を多く身に着けている。

 例えばそれは身を隠すこと、素早く逃げること、天敵と出くわさないこと。

 

 弱者の知恵、弱い者の在り方。

 それは一匹の蟹に過ぎない黒星が生き残るために身に着けたもの。

 

 ただそれは年月が経ち黒星が成長していくとともに変化した。

 

 いつしか黒星は岩のくぼみに身を隠し避けていた魚を捕らえて食らうようになっていた。

 見たら一目散に水中に逃げ込む猿などの獣を自らの鋏で追い払うようになっていた。

 夜に水底から出て天敵の鳥に出くわさないようにしていたが、気が付けば日中に小さき姿で湖岸に出て近づく鳥を掴み溺れさせて喰うたときもある。

 

 黒星は弱者だった。

 故に上を知り驕ることはない。

 しかし同時にまた黒星自身よりも弱い存在を彼は知っている。

 

 いつしか生まれの湖に近づいてくる妖怪や荒神どもを打ちのめすようになってから黒星は一つ学んだ。

 

 戦いを避ける方法は言葉などではない。

 

「……ここから先は我らの領域。疾くと立ち去れ」

 

 カオナシの烏天狗はそう答える。

 いや、そうとしか答えられない。

 それは長からの命令でありそれを順守することが当たり前だからだ。

 

 天狗は上のモノに逆らわない。

 他の妖怪と違い強いものに反旗を翻さない。

 

 人が見れば忠誠心などというかもしれないその精神性はしかし妖怪の世界ではそんな高貴なものではない。

 

 天狗は一般に傲慢である。それは彼ら有象無象の妖怪たちよりも強いからである。

 強いゆえに傲慢は妖怪の中では当たり前だ。

 そして天狗はその妖怪としての性質に従順なのだ。

 

 ならば一度でもその強さを崩されればどうなるか。

 

「そうか……相分かった」

 

 そういって黒星は一旦目を閉じた。

 自然体になり、ゆっくりと目を開く。

 

「――ならば、引いてくれ」

 

 黒星はただ天狗の領域に一歩を踏み出す。

 

「――っ!!」

 

「え!?」

 

「おおぅ!?」

 

 黒星はただ踏み出しただけ。

 ただそれだけのことしかしていないというにもかかわらず黒星の周囲にいる三体からは黒星が山をも越える巨大な蟹の姿になったように見えた。

 

「まやかし、ではない、のね」

 

 幽香がじっと黒星の背中を凝視するが妖術の類を使っているようにはみえない。

 

「へぇ~、妖気も殺気もない混じりけのないただの威圧でここまでとは。流石大将」

 

 ルーミアが笑みを浮かべながら嘯くが無意識のうちに彼女は周囲に漆黒の闇を固めて作り出した球体を浮かべ、両腕の爪をむき出しにして戦闘態勢をとっている。

 

 

 黒星は何もしていない。

 ただただそこに在るだけである。

 

 それはつまるところ装うことも抑えることもしていないということ。

 

 黒星の姿は相変わらず人のままだが、妖怪であることを取り繕うとしなければ隠そうとしなければその背中は天狗たちが守る山よりも遥かに巨大な蟹の姿にしか見えない。――そう見えさせる。

 

 上を知る黒星は隠れ逃げ敵対しないようとするが、同時にまた下がいることを知る彼は周囲に自分がいることを示すことで敵対できぬように退けることもする。

 

「…………。」

 

 カオナシの烏天狗は何も喋らない。

 黒星が天狗の領域に入り踏み歩こうとも何も言葉を発さない。

 否、喋れない。

 

「わは、気絶してるわ、これ」

 

 ルーミアがその烏天狗の隣に立ちその鳥面の仮面をつつく。

 

「半分は鳥だから焼いたらおいしいかな?」

 

「――止めてくれ、ルーミア。私は天狗と戦うつもりはない。君が天狗を食べてしまえば流石に戦争になってしまう」

 

 ルーミアのつぶやきを聞いていたのか十歩先以上前を言っていた黒星は振り返りその行動を止める。

 

「ちぇ、残念ね」

 

「さて、皆前に進もうか」

 

 黒星はいつものようにそう言った。

 

「……ええそうね」

 

「……わかったわ」

 

 それは黒星が天狗の領域に一歩を踏み出してから前に踏み出せていない――黒星に近寄れていない二体の妖怪の自尊心を少し抉った。

 

 歩き始めた幽香とルーミアを見て黒星もまた前に向き直り歩き出す。

 

 黒星の姿を遠くから千里眼を使い監視していた天狗にとっては山より巨大な蟹が爪を振り上げて威嚇するように見えた。

 黒星の周囲に控えていた天狗たちは黒星の姿を見た見ないにかかわらず気絶するかのようにピクリとも動かず硬直してしまった。

 

 

 傾きだした西日の輝く青空の下に蟹が目を振り上げている。

 

 森の中は異様に静かであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――よう、強え奴全員揃ったな?」

 

 ――山のように巨大な蟹の威圧を打ち砕くようにその少女は降り立った。

 

 地面を砕き、少女を中心に蜘蛛の巣のような地割れを起こし、土ぼこりが舞う。

 

「久しぶりだな黒星」

 

 土ぼこりを手刀を一閃横に薙いだだけで振り払い、黒星を見つけて少女は獰猛な笑みを浮かべた――

 

 

 

 

 

 

 こうして嵐は降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 




次の話は間違いなく一万文字超えるので遅くなります。
7月終わりに投稿できれば……むりかな。

忙しさとモチベの調整ができましたら投稿すると思います。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。