東方蟹異譚   作:蟹ノ鋏

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お久しぶりです。

蟹ノ鋏です。

毎回毎回連日投稿を目指して書き上げているのですが、厳しいもので、しばらくぶりの投稿となってしまいました。申し訳ありません。

さて、今回は人間の話です。
 
そしていよいよ東方キャラが登場!?

だいぶシリアスな感じになりましたが、気楽に読んでください。
多分、ハートフルな物語ですから。

蟹に心があるかどうか微妙なところですが。


弐話 壁の向こうに住まう者

 ――果たしてそれは深い森を抜けた先の平野に聳え立っていた。

 

「「「…………。」」」

 

 それを見た三体の妖――黒星・白川・朱啼はただただ言葉をなくして茫然と立ち尽くすのみである。

 

 黒星たちが抜けた森の先はだだっ広い平野となっていた。草原が繁茂し、あるところには花が咲き誇り、草食動物の群れがのんびりと歩いている。のどかな風景は数十キロ先まで広がっており、遥か彼方には地平線が見える。

 特に黒星たちがいる場所は小さな丘となっていてその景色を一望できた。

 

 そんな中、平野のほぼ中心に位置するようにそれはあった。

 

「何なのよ……あれ」

 朱啼は信じられないものを見たとばかりに声を漏らす。

 

「……あんなもん、初めて見たべ」

 白川はその見た目に圧倒され、口が開きっぱなしなっている。

 

「ふむ……巨大なものだな」

 黒星は眉間に皺を寄せ、その未知に対して深い興味を持った。

 ――まるで切り立った崖で囲まれているようだな、あれは――

 

 黒星はまじまじと観察する。

 黒星は玄仙から様々なことを教え込まれており、この妖たちの中では最も博識だ。

 故に、目の前に広がるそのものについて凡そ何であるか見当はついていた。

 

「――これは“街”だな」

 

 ――平野の中心に堂々と聳え立つそれは、周りを防壁で囲まれた半径二キロほどの巨大な街であった。頑丈そうな壁、見た目が整然としている家々、整備された道。当然、自然が作り上げた産物ではなく、又、妖などの者が作り上げたものでもなかった。

 

「“街”?なんだべ、それは?」

 

「街というのは集落や里が大きくなったもののことだ」

 

 白川の疑問に黒星は淡々と答える。

 

「あんなモノ、一体どんな妖が作ったって言うの?」

 

「妖にあのような街を作る者などいない。たとえ、大きな集団で暮らしている妖たちであっても技術がない。あれは間違いなく人間が作ったものだ」

 

 朱啼の小さな呟きに反応し、黒星は答える。

 

 もともと、妖という存在は自然の動物たちの延長線上の生物である。普通の動物たちよりも生命力が強く寿命が長い。また基礎的な体力や妖力などの特殊な力も使うことができるため、生態系の中では最も上に君臨する。その反面個体数が少なく、群れるような真似もあまりしない。大多数は生まれてから死ぬまで一匹で生きていく。中には同じ種族同士で群れや集団を作り、住処を共有する妖もいるが、それもごくごく少数派だ。だから、里や集落を作るのは主に人間である。

 また、妖は基本的には平野には住まない。その多くが山や森、種族によっては海や川、湖になど自然が深い場所に住処を持つものが多く、平野などは主に妖ではない生物たちの住処となっている。

 

 これらのことを踏まえて、黒星はこの巨大な街を人間が作り上げたものだと判断した。

 それは正しい。正解である。完璧な正当である。人間ぐらいしかこのような巨大な街は築くことができないであろう。

 

 しかし、黒星はそんな自分の答えを信じられないでいた。

 

 彼自身、ここまで巨大で進んでいる街を見たのは初めてなのだ。

 

 玄仙から授かった知識の中に確かに人間の集落のこともあった。

 また、旅の道中に白川と朱啼と共に何度か人里や集落を訪れる機会もあった。

 

 ただ、これほどのものはなかった。

 

 黒星たちは旅を初めて百年とは行かないが、少なくとも五十年近くは経っている。

 山を登り、谷を越え、海を渡って様々な島へ行き、あるときは北の雪原を踏みしめ、あるときは南の熱帯の島を横断した。基本的に徒歩であるために、遠く離れた大陸には渡ることはなかったが、少なくともこの列島はほぼ網羅していたつもりである。

 当然、出会ったのは妖だけでなく人間もいる。

 出会った人間たちは洞窟や地面に穴を掘って作った家に住み、狩猟や採取を行って暮らしていた。

 規模は大きくても30~50人程度の集落ばかりで、集落を囲う壁はどれも木で作られているようなものしかない。

 

 技術が違い過ぎた。文明が進み過ぎている。人の家のその規模がおかしい。

 

 黒星は得体の知れない恐怖を覚えた。

 妖は人間よりも生物としてそのほとんどの能力が上であると断言できる。

 生存競争も無論、種として優れている妖が勝つだろう。

 しかし、目の前の“街”はその常識を覆しているといっても過言ではない。

 黒星はこの様な“街”の存在を耳にしたことは一度もなかった。それはつまり、この街は少なくとも旅を始めてから出来たことになるのであろう。

 だとしたら異常だ。この発展は有り得ないものだ。

 これ程の進歩を前にして果たして妖たちは人間たちに太刀打ちできるのだろうか?

 確かに妖は人間などよりもずっと強靭で能力が高い。

 だがしかし、あくまでも個々に限った話であり、基本的に群れることの無い妖がこの街の様に進歩し続ける人間の集団と生き残りを賭けて競い合うとしたら恐らくは――

 

「――ほし、黒星!」

 意識の外から聞こえてきた白川の声により黒星は思考の渦から現実へと戻る。

「どうした?難しい顔して?何を悩んでいるんだべ?」

 もう、百年近く付き合っている友だけに表情を読み取るのも上手い。

 それにもともと悩んだり考えたりして思考に耽り、意識が上の空になっていることの多い黒星を白川は近くで見ていることが多いので自然と気が付いてしまう。

 

「……これからのことを少し考えていた」

 

 黒星は自分の抱いている恐れを隠しながら応えた。

 

「これから?」

 

 朱啼も興味を示す。

 

「ああ、取りあえずだが……あの街には近づかないでおこう。嫌な予感しかしない」

 

 黒星はそう言い切った。

 彼だって好奇心が惹かれなかったわけではない。これほど巨大な街は生まれて初めて見たのだから。

 それでも、いくら虎児を得ることができるからと言って友や我が命を危険にさらしてまで虎穴に入ろうとは思えない。

 

「んだな。オイラも正直行きたくない。あそこはなんか危ない気がする。微かに死の匂いも漂ってる」

 

「そうね。私も近寄りたくない。……遠目に見ているだけなのになぜか恐怖を感じるわ」

 

 それは、奇しくも残り二体の意見と一致した。

 旅の行き先を決めるとき、いつもは誰かしら反対したりするものだが今回は満場一致で即決だった。

 

 蜂の巣はつつかない。

 

 黒星は玄仙からよくよく危険は回避しろ教えられてきたものだし、白川や朱啼も黒星が危険だと言っている場所に態々近づこうとも思わなかった。

 

 ただ、一つだけ黒星も忘れていることがあった。

 いや、正しくは忘れているのではなく知らなかったである。

 

 いくら物知りの黒星――その知識を与えた玄仙だとしても、ここまでの街は寡聞にして聞いたこともなかった。

 だから目の前の巨大な街は、自然を切り開き、木々を伐採し、岩肌を削って、鉄やアルミを鎔かし、妖たちと敵対している人間の“都市”だということを知らない。

 人間の彼らが妖のことをどう思っているのかなど分かるわけがない。

 

 自分たちから接触をしなくても向こうからやって来るなどということを黒星たちは今はまだ知る由もなかった。

 

★ ★ ★

 

 黒星たちが初めて人間たちの作り出した都市を見てから三日ほど経った日のことである。

 

 彼らは人間の都市の周辺にある森――夕飯を盗もうとした猩々を懲らしめたあの森――の少し大きな池の辺に拠点を作って滞在していた。

 あの人間の都市からすぐに離れるべきか否か、その決断を引き伸ばして三日目となっている。

 彼らは三者三様に都市に対して危機感や嫌悪や脅威を感じたようで、意見が割れて判断を迷っていた。

 

『街に住まう人間をあのままにしておいてよいのか。』

 

 主な議題はそこである。もちろん、黒星たちだけでどうにかなる様な議題ではないのだがそれでもじっとしてることも出来ず、だからといって何か行動に移すことも出来ず、故に話し合うことに帰結している。

 

 概ね自分たちで太刀打ちできないのならば他の妖に協力を要請してみようという形で落ち着いてきてはいるのだが、黒星だけは頑なに要請することを否定し続けていた。曰く、『恐らく私たちが要請すれば、血気盛んな妖のことだ一も二もなく是と返してくれるだろう。しかし、あの人間の“街”は異常だ。最早私たちの常識は通用しないと言ってもいい。妖は人間より強いという常識は破綻しているだろう。あれだけ規模が大きい街となれば、人間の数も膨大なものになる。妖も頭数をかなり揃えねばならない。総力戦、すなわち大戦争が起こるだろう。巻き込まれたらただでは済まない。ここで呼びかけて敵前逃亡させてくれはずもない。当然、私たちもその戦争に参加することとなる。さすれば、無傷では済まない。もしかしたら、この中から死者が出るかもしれない。それは、嫌だ。友を失うのだけは私は阻止したい。だから、この場では動くべきではないと主張する。それに、このまま人間が規模を拡大していけば遅かれ早かれ妖たちと衝突するだろう。少なくともその時までは動くべきではない。今のままでは妖たちは油断して大きな被害を出すだろう。妖たちが人間たちに対して本当の脅威を抱くまでは、下手に煽動すべきではないはずだ。』

 確かにもっともな話である。白川も朱啼も異論は挟めなかった。

 しかし、結局黒星とは意見が合わず、翌日に白川と朱啼は協力者を集めに各地へと旅立つということなった。

 黒星は説得するのは諦め、不承不承ながらもその旅に付き合い、せめて友が死なぬように護ろうと決意を決めていたのである。

 

 日が山の向こうに沈みかけた夕暮れの時である。

 口論をしたこともあってか、黒星は意気消沈とまではいかないものの僅かに気を落としながらも池の周りの木々から薪となる乾いた枝を集めていた。今日は白川が池で魚を取る分担である。

 

「……気が落ち着かない。やはり、無理やりにでも彼らを止めるべきなのだろうか?」

 黒星は悩んでいた。

 白川・朱啼、両者の考えることも間違っていない。尊重してやりたいし、既に彼らの旅に同行することを覚悟してもいる。しかし、本当の友ならばここはそれこそ喧嘩になっても止めるべきではないのだろうか。

 黒星は薪を集めながらずっとそんなことを思っていた。

 気が付けば周りに拾える枝は無くなり、両の手で持つことも困難なほどに集まっていたが、悩みに耽る黒星はそれでもまだ黙々と枝を拾い続けていた。

 

 不意に、ポツリと黒星の鼻先に水滴が落ちてきて、滴り落ちる。

 黒星は空を見上げた。

 

「雨か。白川が今夜は雨が降るとか呟いていたな」

 

 鉛の様に重く圧し掛かる雨空は、自身と同じようで、少なくとも今夜一杯は晴れそうにもない。

 

「薪が濡れる前に戻るとするか」

 

 黒星は両手に抱えた薪を雨粒に打たれぬように隠しながら来た道を戻る。

 足取りは重い。

 

 

 

 池のほとりに戻ると白川と朱啼が何やら話をしていた。

 いや、声が大きいため口論をしているのかもしれない。

 

「――冗談じゃないわ!!なんで私が待ってなきゃならないのよ!!」

「朱啼、お前は確かに妖術の扱いに優れているが、それだけじゃ無理だべ。今まで生き延びてきた妖たちとは比べものにはならない」

 

「――どうしたんだ?」

 黒星は間に割って入ることにした。

 喧嘩は残りの者が仲裁に入るというのが暗黙の掟でもあったが、それ以上に何を話しているのかがとても気になったためでもある。

 

 朱啼と白川は黒星を見た瞬間に咄嗟に“しまった!”という顔をしてばつが悪そうに眼を逸らした。

 

「……別に何でもないべ」

 ぶっきらぼうに白川は言うが、あからさまに嘘を吐いているということが黒星には分かった。白川は特に隠し事をするタイプでもないというのも黒星は知っている。

 何でもなくはないのだろう。

 何かしらあって、だから朱啼が怒った。

 そして恐らくは、自分にも深く関係している。

  

 

 この場合考えるまでもない、これからの旅のこと――もっと言えば人間との戦争のことだろう。

 

「そうなのか、朱啼?」

 

「え……ええ、別に何でもないわ」

 

 朱啼も話したくはないようで。

 

「そうか、何もないのならば。これまでということだな」

 これ以上は言及しないと態度で伝え、黒星は傍らを素通りしていく。

 

「――なあ、私は君たちにとって頼れる存在なのだろうか?」

 

 その途中で黒星は消えそうな声で呟いた。

 しかし、その問いはまるで叫び声の様に聞こえた。

 

 朱啼と白川にはそう聞こえた。

 

 

『……タス……テ……』

 

「「「――!!」」」

 

 唐突に、叫び声が聞こえた。

 助けを求める、恐らく少女のもの思われる声。

 ともすれば、雨音に消されてしまうかもしれないような微かな声、それでも人間には聞き取れない音を聞き取れるほど耳が良い妖たちは聞くことができた。

 

「人間か!?」

 黒星が静かに気配を探る。

「……ちょっと待ってろ。今、音を探る」

 白川は目を閉じて耳を澄ました。

 

 ………………。

 

「……いたべ。ここから百間もない場所にいる。――マズいべ、妖たちらしき音も近くから聞こえるべ」

「方角は?私が飛んでいくわ!!」

「落ち着け朱啼、単体で言っても複数いる妖に対処できるわけがない」

「じゃあ放置するの?今の声は少女のものよ。幾ら人間だからと言ってあんまりよ!!」

「そういうわけではない、今考えるから少し待ってくれ」

 

 どうすればいいのか。

 必至で頭を働かせ最善の策を思考するが、時間がない。

 

「とにかく、全員で駆けつけてみ――」

 

 考えるよりもまず行動するべきかと一旦思考を切ったときである、嫌な気配を感じて黒星は辺りを見回した。

 不快な嫌悪感。

 これは紛れもない殺意だ。

 

「どうしたんだべ?」

 

 白川と朱啼が途中で話すのを止めた黒星を不思議そうな目で見やる。

 

 空音。

 

「危ない!!」

 

 咄嗟に黒星は庇うように前に出た。

 瞬時に蟹の姿に戻り、飛来してきた物体を受ける。

 

 ガイン、と鈍い音を立ててそれは弾き飛ばされた。

 それは一尺半ほどの金属製の矢。

 いや、どちらかといえば銛のようで刺さった獲物から抜けないように返しが付いていた。

 

 明らかな攻撃。隠さぬ殺意。

 

「何者だ!!」

 

 黒星は大気を震わせんとばかり大声をあげて、周囲を威嚇した。

 

 すると、あまりの気迫に驚いたのか近くの茂みがゆれる。

 黒星はそれを見逃さず、自身の巨大な左の鋏を茂みに突き出した。

 黒星は体躯の大きさを自由に変えることができるために、伸びるようにして鋏が茂みに吸い込まれていく。

 

『ギャッ!!』

 

 悲鳴が上がり、黒星が左の鋏を引き寄せてみると、弩(おおゆみ)を手に持ち丈夫そうなレインコートを着た人間が挟まれていた。

 

「くそ!!この“妖怪”が!!」

 

 見るや否や、他の茂みに隠れていた同じように武装をした人間たちが一斉に現れ、黒星に向けて弩を弾こうとする。

 

「させないべ!!」

「させないわ!!」

 

 しかし、白川と朱啼が妖術を使い、あるものは顔に水弾を浴び、あるものは弩ごと炎に包み、人間たちの攻撃を阻害する。

 

「ぐおわっ!!」

「熱いいイイぃい!!」

 

 それでも軽傷ですんだ人間は懐から何やら怪しい拳大の物体を黒星に目掛けて投げつけた。

 

「木端微塵になれ!!妖怪どもめ!!」

 

 危険を感じた黒星はふうっと息を吐いた。

 

 すると、粘着質の水でできた泡がシャボン玉のように生み出され、投げ出された物体を包みこむ。

 

 瞬間、その物体は派手な炎と共に爆裂するが泡の膜に阻害され衝撃が漏れ出すことはない。

 

 

「なっ!!」

 

 その光景を見て驚き目を開いている人間に向かって黒星は躊躇なく右の鋏を振り下ろした。

 肉塊が飛び散り、辺りを朱く染める。

 

 他の人間たちも白川や朱啼によって屠られていく。

 

 残ったのは黒星に挟まれたものだけである。

 

「畜生!!この妖怪が!!殺してやる!!」

 

 挟まれている人間は仲間を殺されたことにより憤怒し、鋏の拘束を解こうとじたばたともがくが一向に外れる様子はない。

 

「一つ聞こう。何故私達を襲った?私達は君らを襲ってはいないし、もし出会ったとしても危害を加えるつもりはなかったのだが」

 

 黒星は酷く冷たく問う。

 

「はっ!!嘘を吐くな“妖怪”!!貴様らはいつも我々人間を脅し、殺し、喰らってきたではないか!!それに先程一人少女が攫われた。お前らと同じ穢れた“妖怪”になあ!!だから殺す。“妖怪”は人間にとっての敵だ!!」

 

 激流のような答えが返される。

 

「そうか」

 

 黒星は静かに鋏を閉じた。

 

 ブツリとそれは切断され、地面に落ちていく。

 

 黒い鋏に着いた赤い血痕は雨に流され滴り落ちていくのだった。

 

 

 

 

「黒星、どうする?少女のことを探すか?」

 

 黒星が人型になったあと、白川が話しかけてきた。

 人間たちと争ったあと、少しばかり時間が経っていた。

 

 少女の声が聞こえたのはかなり前だ。もう助からないかもしれない。

 そもそも、話を聞いた限りでは人間は妖を敵と認識している。助ける必要はほとんどない。

 

「――一応、探そう」

 

 黒星は力なくそう答えた。

 

 無駄と無意味だと分かっている。

 しかし、このままにしたいとも思えなかった――

 

 

 

 

 ★ ★ ★

 

  

 人間たちが暮らす都市の付近に広がる森、その中の深いところに落差は余りない滝がある。

 

 その滝の近くに一人の少女が打ち上げられていた。

 

 長い髪に、理知的な顔つき。

 レインコートの中に除く赤と青ツートンカラーという珍しい服装に、背丈を超えるような弓が傍らに落ちている。

 

 本来、妖怪たちが縄張りを張っているこの森に人間が近づくことは滅多にない。

 ましてや近付くどころか、中に入ることなど有り得ないことだった。

 

 だが、最近になって妖怪にも効果的な武器とその戦い方が生み出された。

 調子に乗った一部の人間は妖怪と敵対し出し、在ろうことか妖怪を襲う人間まで出てきた。

 

 その大多数はあの壁の奥に住んでいる人間である。

 

 この少女もまたその人間たちの一人だ。

 

 彼女は別に妖怪に対して敵対をしようとは考えていない。

 ただ、この森に生えている薬草を取るために森に入る人間たちと同行していただけである。

 

 彼女は人間たちの中では強い方であった。

 弓の技術は右に出る者はおらず、特殊な術も開発し誰よりも使いこなしていた。

 何よりも誰よりも賢かった。

 

 慢心していた。

 

 故に、薬草採取で一人になったところを複数の妖怪に襲われ、攫われた。

 命からがら逃げだすことはできたものの、雨によってぬかるんでいため川に落ち、滝壺まで流された。

 

 溺れなかったのは運が良かったからだろう。

 息も絶え絶え、というよりは死に体に近い。

 

(わたし、ここで死ぬのかな。)

 

 動けない体で凍えるような雨に打たれながら、だんだんと薄れゆく意識の中少女はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、多分運が良かったからだろう。

 

 偶々、偶然。

 

 奇跡というよりはちょっとした幸運と不運のめぐり合わせ。

 

 

 

「――どうやら、まだ生きているようだな」

 

 少女の体を黒い影が覆う。

 

 その影の主は墨染めのような黒い着物を纏った凛々しい顔立ちの青年であった。 

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