お久しぶりです。いつぶりなのかはっきりとはわかりませんがしばらくぶりであることは自覚しております。
更新が遅れ本当に申し訳ありません。
年末から新年開けるまでがいろいろありましてゴタゴタしてしまいました。
目標としては月一から月二ぐらいのペースを目指していますが、多分厳しい気がします。
本当にすいません。
「か、かわいい!」
城壁都市から少し離れた森の奥にある洞窟で十五歳ほどの少女が愛嬌のある声を上げていた。
少女の服装は青と赤の原色二色を左右交互に組み合わせた独特な色遣いをしており、着る人によってはその服自体の印象の強さに負けてしまいそうな格好だが、少女は圧倒的な色遣いの迫力さえも凌駕してしまうほどの美貌と長く艶やかな『白色』の髪が青と赤の原色の強烈さを上手く調和させて、結果老若男女問わず十人が十人思わず見とれてしまう様な容姿となっている。未だ幼さが残る顔つきと小柄な体躯だが十分将来有望なふくよかな体つきをして、あと五年もすれば絶世の美女として称え挙げられてもおかしくはないだろう。ただそれはしばらく先の話であり、今のままでも十分に美しいことは間違いはないのだが。
そんな少女が可愛らしい声を上げて――その場で聞いた者がいるのならば誰構わず癒されるであろう笑顔で――何をしているのかというと、右手に10㎝程の小さな黒く黄色い斑の甲殻を持つ蟹を手のひらに載せて戯れている。子犬や子猫や小鳥などを撫でて可愛いと声を漏らすのならばまだわかるが、年端のいかない少女が蟹を載せて可愛いと言うのは些か奇妙な光景である。
言わずもがなその蟹の正体は黒星だ。
「これが本来の姿なのでしょうか?随分と小さくてかわいらしいですね。黒星さん」
つんつん、つんつん。
好奇心旺盛な子供が海岸に打ち揚げられている海星をつつく様に、少女は黒星の甲殻を興味深く触っていく。
最初は大きな反応を見せていなかった黒星だが次第にうっとおしくなったのだろうか、両手の鋏をクワっと掲げて威嚇した後少女の手から逃げるように飛び降りてすぐさま人の姿へと変化をした。
「ふう、全く余りそう触られてはこちらも喧しさを感じざるを得ない。少しはただただいじられてるこちらの身にもなってくれ」
凛々しい顔つきの青年の姿へと変化した黒星は不愉快そうに顔を顰めて苦言を呈した。
いくらうら若き見た目麗しい少女だと言っても自身の体を十分近く弄られていれば不機嫌にもなるだろう。ましてや、黒星は蟹の妖である。そもそもの価値観が違うのだ。乙女の素肌に触れることができたからと言って興奮や歓喜の類は覚えることはない。
「……ああ。いえ、すみません。まさかあんなに小さくなるとは思ってもいなくて。ついつい好奇心が駆り出されてしまいました。元の姿は可愛らしいのですね」
名残惜しそうにしている彼女は名前を八意永琳と名乗った。
城壁都市の中に暮らしていて、薬や毒を専門として研究をしている学者らしい。
「いや、元の大きさはもっと大きい。少なくともこの洞窟では収まらないほどの大きさをしている」
現在、黒星の体躯は全長十メートルを超えていて尚成長し続けている。元の大きさに戻るというのは余程開けた場所でない限り彼はその大きさに戻ることはないし、そもそも人の姿から変わること自体珍しくなっている。何かと蟹の姿でいることは黒星にとっても、また周りの仲間たちにとっても不都合が多い。その弊害、というより利点なのだろうが黒星は人の姿を保つのがとても上手い。初めて旅先で訪れる人の集落では自分で妖と名乗っても信じられなかったぐらいには変化に長けている。ただ、時々蟹としての性質が出ることもあるため割とよく見破られることはあるのだが。
「まあ、これで分かっただろう?私は蟹の妖だ」
「ええ、妖怪だとは気付いていましたが、蟹の妖怪とは思いもしませんでしたよ」
「意外だったか?確かに初見において私のことを蟹だと分かった者は少ないな。妖も人も大抵は的外れな妖だと予想する。狐や狸というのが一番多い。変化には自信があるがそこまでではないのだがな」
「元の姿を見せなければ気づきませんよ。仕草だって人のそれに近いですし。それに博識で考えが深いですから。粗暴な妖怪とは中々結びつきません」
「妖が必ずしも粗暴という訳ではないのだが……」
「いえ、言葉の綾です」
――とは言っても、私も確かに妖怪は凶暴で人間の敵だとは教わってきましたし、そのことを疑ったこともなかったのですけれど。
永琳は申し訳なさそうに続けた。
妖怪と人との確執はほぼ全て年齢の人に伝わっていた。少なくともあの城壁都市では。
あの壁の向こうにいる人間にとっては妖怪という存在は極僅かの兵士たちを除けば未知なため、妖怪は怖い、妖怪は危険だ、妖怪は敵だという認識が覆されることが無い。もちろん、他の人間の集落でも妖怪という存在は似たようなものなのだが、永琳たちは少しづつではあるが妖怪に対抗する力を持ち始めているため敵対意識がより強くなっている。
もし、人間と妖怪とが共存するような集落を彼らが知ったら果たしてどんな顔をするのだろうか。
黒星は旅の途中で見つけた小さな集落を思い出して、ふと疑問を抱いた。
しかし、流石にあのような集落は珍しく、あそこはあそこで異質な場所ではあると直ぐに思い直したが。
「ふむ、しかしそれは仕方ないことだ。どうにもならないし、どうこう言うこともない。人と妖は常にそういう関係だ。君が気に病むことではない」
言外に下らないと、そう言って黒星はその場にドカリと腰を下ろした。そこにはつまらなそうな、不機嫌というよりは興味がないと言った表情を浮かべている。
永琳もつられるようにそっと腰を下ろした。その場には座布団の様に敷かれた草の塊があり、恐らくは黒星が永琳のために用意したものであろう。因みに黒星は着物に汚れが付くことも気にせずに地べたに座っている。
理知的な顔つきとは違いこういった庶民らしさというか妖怪らしさというか、外見に沿った高貴な振る舞いがない所は少しばかりもったいないような、そんなことを永琳は感じたが特に何かを言うことをしない。その野性的ともいえる行為も彼の容姿をすれば格好がつく様にもとれたのだ。……永琳が少しばかり盲目に陥っていると言えなくもないが、その点は余り言及しないでおこう。乙女心は内に秘めておく方が可愛らしい。
「しばらく、君はここにいなさい。その腕が治るまでは下手に出ていかない方がいいだろう」
黒星は永琳に向き直って口を開く。
「私が君の住んでいる街まで送って行くという手段もあるが、私が君たちのような人間の街へ依然と向かうわけにもいかない。昨日会った君の仲間の様に私に襲い掛かられるやもしれない」
「…………。その人たちはどうなりましたか?」
永琳は少し迷ってから聞いた。
「死んだよ。私や私の仲間が殺した」
黒星は淡々と告げた。殺したことを申し詫びることもせず。冷静に告げた。
「…………。」
永琳は何も言わなかった。悲しいと思うほど彼女は殺されたという彼らと親しいわけでもなく、又憤りを感じるような正義や倫理・道徳的感情は彼女には乏しかった。強いて言えば、少しだけ目の前の青年に対して恐怖した。人間とは、自分とは違うものだということを改めて理解した。実感した。体験した。
伝聞とは違う妖怪の恐怖。昨夜の様に妖怪に襲われることは彼女にとっては初めての体験だったわけだが、こうして自身とは価値観の違うどころか生物として種族や生き方が根本的に違う妖怪と話し合うことも初めてだった。
「あの中に君の友や家族がいたのならば謝罪しよう済まなかった。謝っても謝り切れないほどの罪を君に対して犯したことになる」
黒星は座ったまま深く頭を下げた。妖怪と雖も謝るときは頭を垂れるものだということは共通している。
もしかしたら、妖怪が伝えた礼儀なのかもしれない。
「い、いえ!!私の家族や友達はそこにはいません。そもそも、私には友達とかいませんし。そ、それに黒星さんが頭を下げることではないですよ。恐らく彼らが黒星さんたちに先に襲撃を仕掛けたのでしょう?黒星さんが人間を好んで襲うとも考えられませんし」
永琳は慌てて黒星に頭を挙げるように促した。
「それでも彼らは君を探していて必死だった。君を心配していた。もしかしたら、君と何かしら関係があったかもしれない。私はそれを考えると申し訳が立たない」
黒星は静かに述べた。彼らを殺したことに対する罪悪感というよりはその思いを関係を壊したことに対する罪悪感だった。彼にとっては誰かが死ぬというのはどちらかと言えば当たり前のことで、然程そこに悲しみや憤りや罪悪感を感じなかった。ただ、彼は友の死がどれほど寂しいものなのかということだけはよくよく知っていたし、教わっていた。故に彼は謝った。それは彼なりの死へ対しての弔いであったのかもしれないが。
「……分かりました。貴方の謝罪を受け入れます、黒星さん」
誠意ある謝罪を受け入れる。その程度には彼女は聡明である。
例えそれが妖怪であろうと、その内容が人殺しであろうと。
人間の観点から見れば彼女はどちらかといえば、異端な部類に入るのだろう。もっとも、彼女も自身が異端であることぐらい百も承知なのだろうけれど。
「そ、それよりも、黒星さんは先ほど一体何をなさっていたのですか?」
妙に重くなった雰囲気を払拭するために永琳は話題を変えて、黒星に質問を投げかける。
「ああ、少々手持ちの薬が心もとなくなってきたからいくつか補充しておこうと思ってな。いくつか薬草を採ってきた後それを磨り潰していたのだ。この辺は水辺もあるから、製薬をするには割と都合がよい」
それならば、この洞窟の中でではなく彼が池の畔にいたのも、弓を引く永琳に気づいていながらも向き直ることもせず黙々と作業を続けていたのも辻褄が合う。
「なるほど……あれ?それならばなぜ、ええと、その、上半身の服を脱いでいたのですか?」
永琳の言う通りわざわざ上着を脱いで行う必要はない。汗をかくわけでも、服が汚れるわけでもないのだ。それに寧ろ薬を取り扱っているのだから素肌に付着しないように服を着たほうが遥かに安全だ。流石に毒薬を作っているわけでもないのだから惨事に至るような危険性は少ないのだろうけれども、永琳の常識としては服を脱ぐ必要性など全く感じられなかった。
「君の看護に一晩つきっきりだったのでな、状態が安定したあと沐浴したから乾かしていたのさ。それにほどよく日差しも出ているものだから日光浴でもして甲羅を綺麗にしておこうと思ってな」
「はあ……」
日光浴をして甲羅の消毒をするのはどちらかといえば亀ではないのかという疑問を永琳は抱かずにはいられなかった。敢えて口には出さなかったが。
「じゃあ、先ほどこの腕に塗ってもらった薬は黒星さんが調合したものなのですか?」
永琳は黒星の行動については余り深く触れず、自身の腕を前に出して尋ねた。
「確かに、その腕に塗ってあるものは私が調合したものだ。薬のレシピ自体は別の人間の集落を訪れた時に教えてもらったもので、人や獣の類には効果があるが妖用のものではない。多少私の手を加えておるが、痛みを抑えるだけで治癒のような効能はない。ただの痛み止めだ」
「ありがとうございます。随分と痛みが引いていて楽になりました」
「礼を言われることでもないさ。さてと――」
食事の準備でもするか、と言いながら黒星は立ち上がり、洞窟の奥に置いてある鍋のようなものを取り出した。
「食事は外で摂る事にしている。作り終えたら呼ぶからしばらく寛いでいてくれ」
黒星は鍋の他にも食器や調理器具のようなものを器用に両手に抱えてそのまま外に向かって歩いていく。
「私も簡単なことならば手伝いますよ」
実際に料理というものをあまりしたことがない永琳に出来ることは本当に簡単なことなのだが、命の恩人に対しここまで至れり尽くせりというのは気が引けたため永琳はそう提案した。
「怪我人に料理を手伝わせるようなことはしないさ。気持ちはありがたいがゆっくりと待っていてもらったほうが私としては嬉しい。済まないがここでじっとしていてくれ」
黒星はにこやかというほどではないが、僅かに笑みを作りながら永琳の提案を断り、そうして歩いて行った。
永琳は素直に引き下がった。
黒星の邪魔になってしまうことは明確だったし、怪我人が近くにいるというのは余り気が落ち着かないだろう。
そう、自分に言い聞かせて彼女は諦めた。
自分が彼が見せた――あるいは魅せた、その笑みによって顔がほんのりと赤くなってしまっていることを彼に見せるのが恥ずかしかったという理由を飲む込むようにして自分を説き伏せていた。
八意永琳は齢十六に満たない乙女である。
この時はまだ、彼女と黒星はなにも特別な関係はなかった。
永琳も黒星もまだ若い時代のことだった。