誤字脱字報告助かってます。ちゃんと確認しているんですけど見落としが多くてすみません。
「我のアニメ化決定を記念してかんぱーい!!」
居酒屋の個室席でビールを掲げながら材木座が立ち上がった。
「お前声でけーよ。まだ発表前なんだから静かにしろよ」
立ち上がるまではしないがビールを持ち上げて乾杯をする。
「ハッハッハ!!これから我が栄光の道が燦々としているのだ!」
勢いよくビールを煽り、豪快に笑う。
「失礼します。こちらご注文の品になります」
「あっ、ありがとうございます……」
笑い声の中で店員は注文した品々を置いていく。
さっきはまで豪快だった材木座は静かに席に座り気まずそうな表情をしている。
「まあ調子に乗るのは結構だけど締め切りは守れよ」
「我が締め切りを守れなかった事があったか」
「デッドラインギリギリの分際で何を言っているんだ」
「うぐ‼…それでも守って出せてはいるのだから良いではないか」
気まずそうな表情をする材木座に笑みが零れる。
今日は祝杯だ。なら少しくらいはビールと共に飲みこもう。
「にしてもお前に恋人ねー」
「ガハハハッ!嬉しかろう!嬉しかろう!」
豪快に笑いながら酒を煽る。
材木座が見せてきたのは材木座が若い女性と写っている写真だった。
去年の中頃に出会い今月の頭から付き合い始めたらしい。
付き合いたてほやほやらしいのろけ話をされてしまった。
「……それで八幡よ。あの御仁とはどうなっているんだ」
あの御仁が誰の事を指しているのかは酔いが回った頭でもすぐに理解できた。
「……別れたっていっただろう」
「それでもだ。戸塚氏から聞いたぞ、別れたけど別にお互い嫌いだからではないと」
「俺が戸塚に会ったの2年前とかだぞ……」
大学時代に遊んだ時に言ったことだった。懐かしいな―戸塚、元気にしているかなー。そういえばあれ以来戸塚と会ってないな。
「あの御仁も四年制の大学ならそろそろ帰ってくるのだろう。またよりを戻す気はないのか」
アルコールを一気に取り込む。身体は酔っているが頭は冴えている。
「ん、まて。俺は会ってないのにお前いつ戸塚と会ったんだ?」
「あっ……」
俺の言葉に材木座は仕舞ったという表情を見せた。
テーブルの上に置いてある材木座の携帯には彼女とのツーショットが写っている。そしてその下のバーには小さくだが別の人と撮った写真がある。
「え、なにお前俺に断りもなく戸塚と会ったの?彼女いるのに浮気だろう」
「付き合う前だからセーフである!。てか八幡の事も誘ったたら忙しいとか言って断ったであろう!」
「そりゃあそうだろう。この日付お前がギリギリの入稿のせいで残業続きだったんだぞ!」
にしても戸塚前会った時よりも大人びてより可愛くなったなー。今なら許される気がするな。
「頭いてー、今何時だ……」
寝ぼけ眼でスマホを覗き込む。
昨日はあの後も飲み続けて帰ってきたのが終電だった。
ガンガンする痛みに耐えながらベッドから起き上がる。
昔俺は酔えないと言われたがそんなことはない。全然酔えるしマジで気持ち悪い。
「あーしくったー……マジ飲みすぎた」
帰って来てそのまま寝たから来ている服は寝間着ではなくワイシャツのままだ。
こう酒が次の日に残るのに老いを感じてしまう。昔は酒くらいどうとも無かったんだけどな。
部屋を出てリビングに入ると全身を突っ伏している星野がいた。
「あー、先輩ようやく起きたー。もう昼前だよ」
「悪いな星野……あれアクアとルビーは?」
「アクアは監督の所でルビーはダンスのレッスンだよ」
キッチンで水を口いっぱいに飲み込む。
「あー、頭いてー」
「先輩昨日どれだけ飲んで来たの?」
「いやーそんなに飲んだつもりは無いんだけどな」
「酒飲む人はいっつも同じこと言うんだから。この前社長も同じこと言っていたよ」
「お前も飲むだろ」
「私はそこまで飲まないし―」
椅子の座りストレッチをしている星野を眺める。
住んでいたアパートが火事になりここに居候してから四か月ほどが経過した。来たときは初夏で暑さを感じていたが、今は肌寒さを感じてしまう。
「先輩さー背中押してくれない?」
「はいよ」
「うわっ、先輩酒臭いー」
「仕方ないだろう。シャワー浴びていないんだから」
何故呼ばれて文句を言われなければいけないのだろうか。甚だ疑問である。
とりあえずグイっと押すと星野はぺたんと地面に付した。アイドルは身体が柔らかいなー。
「ありがとう先輩。腹筋するから足抑えて先輩」
体制を変えて星野の正面を見た。ストレッチという事で薄着での動きやすい服装の星野が目の前に現れた。
「……シャワー浴びてくるからパス」
「えーやってよー。てか今日さこれからどこか出かけようよ!」
「頭痛いんだけど俺……アイドルが男と出かけようとするなよ」
「大丈夫大丈夫見つからないよ」
「いやそういう問題じゃなくてさ……」
「えーいーじゃんいーじゃん。私たち休みあう事少ないし付き合ってよー!」
「ちょっ、お前くっつくな汗がべたつく」
あろうことか汗をかいている奴がくっついてきやがった。
「わかった。わかったからシャワー浴びさせて」
「やったー!そしたら先輩早くシャワー浴びてきて。私も浴びたいから」
その一言だけで一瞬で離れて腹筋を始めた。
あーなんかマジで疲れた。
シャワーを軽く浴びる。
朝シャンをあまりしないからか、酔いのせいなのかいつものシャワーより頭が冴えた気がする。
シャワーを終えてるとちょうどストレッチを終えた星野と交代した。
部屋に戻り着替えを済ませていると携帯が音を立てて振動した。
画面には我が愛しきシスター小町からだった。
「なんで小町から?」
実家を離れてから小町と連絡を取ることはほとんど無くなった。最後に連絡したのは実家に帰省するときに醤油を買って来てと頼まれたくらいだ。誕生日の時も連絡こないし、小町の誕生日に連絡しても返信が来るのは一日後だし。お兄ちゃんは悲しいです。
「おう、どうし―――」
「お兄ちゃん‼」
耳が壊れるかと思うくらいと声量が携帯から飛び出してきた。
「小町うるさいぞ。お兄ちゃん確かに歳を感じ始めたけどまだ耳は良いから。むしろ今ので悪くなったまであるから」
「お兄ちゃんうるさい」
えー、なんて自分勝手。流石に八幡驚いちゃう。
「それじゃあ何の用だよ。一応電話かけてきたのはそっちだからね」
「お兄ちゃん!今どこにいるの⁉」
「どこってそりゃあ家だけど……」
「嘘っ、お兄ちゃんのアパート無くなっているんだけど!」
「あー……」
そういえばアパートが火事になったことに家族に言ってないや。
「あーそうアパート火事になったからいまそこ居ないから」
「はぁこれだから……バカボケナス八幡!」
いやーおっしゃる通りで面目次第もないですね。
「それでお兄ちゃんウチにも帰ってないし何処で暮らしているの?」
「ああ近くの知り合いの家で世話になっているから心配するな」
「……お兄ちゃん。12時集合ね絶対来て。てかこい」
小町は最後にそれだけ言うとブチっと通話を切りやがった。こえー、後半あの子絶対に怒ってたよ。
時刻を見るの時刻はちょうど11時になったくらいだ。一時間の猶予を持たせてくれたのは小町の優しさだろうか。
でもね小町ちゃん時間はいいけど、どこに集合するかを言ってくれなきゃ困っちゃうよ八幡。
何とか聞き出すことが出来ました。
あの後シャワーからでた星野に妹と会う事を伝えるとあっさりと納得してくれた。正直少しは粘られると思ったが。
集合場所に指定された所は家から電車で十分ほどの繁華街だった。
休日の昼間という事もあり電車にはそこそこの人が乗っていって座ることは出来なかった。
小町と久しぶりに会うというわくわく半分怖さ半分で胸をドキドキさせながら電車に乗り繁華街に着いた。
改札を出て待ち合わせ口に向かう。
「おうお待たせ」
「お兄ちゃん遅い―――」
あって早々小町の語尾が弱くなってしまった。え、なに俺なんか変?なんか顔についていたりする?
小町は何故か目をパチクリさせている。こんな小町も可愛いな。
「……お兄ちゃん。その人誰?」
その言葉で自分の横を見てみる。
本来は誰もいないはずの空間のはずなのに一人そこにいた。
つばが深い帽子を被り、眼鏡をしてボディラインを隠す少し大きい服装。自分を隠すための服装のはずなのに彼女の美しさは全然隠せていない。
そんな少女がいた。
「え、何でいるのお前?」
「ついてきちゃった」
可愛く星野は告げた。
「それであのアイさんがお兄ちゃんとどういった関係で?」
「私たち付き合っています!」
「嘘をつくな。付き合ってねーよ」
集合した俺たちは昼飯時という事もあり近くの飲食店に入った。
お値段は少し高いが全席個室で機密性の高さから芸能人の間では割と有名な所らしい。
「別にいいじゃん。ここはそう説明しといた方が楽でしょ」
「全然楽じゃないから。妹にその説明はダメだろう。見てみろよ凄いジト目で見られているからね」
なんならゴミを見ているような目をしている。兄としての威厳はない様だ。
「お兄ちゃん。それでアイさんとはどういう関係なの?」
「関係ってまあ家主と居候か。いま星野の家で世話になっているからな」
「えっ!同棲ってこと!じゃあ二人だけで暮らしているって事⁉」
「まあ厳密には違うけどそんなもんだな」
妹とはいえアクアとルビーの事は言えないか。
「じゃあ付き合っているって事じゃん!」
「いやだから付き合ってないって」
「でも一緒に暮らしているんでしょ⁉」
「ああそうだな」
「じゃあ付き合っているじゃん!」
いや何となく言いたいことは分かるんだけどさ。でも実際付き合って無いからな。
内心でめんどくせーと思っていると横に座っている星野がニコニコしている。
「ほら妹ちゃんもこう言っていることだし、とりあえずは付き合っているってことでね」
「とりあえずで済ませていい事ではないだろう。貴女一応アイドルですよね」
俺たちに小町が重いため息と共にジト目を改めて向けてきた。
「……とりあえず、わかりました。小町的にポイントは低いけど納得しました」
「納得しちゃったよ。小町ちゃん俺達は付き合ってないからね。それは八幡的にもポイント低いからね」
小町は俺の言葉を無視して視線を星野に向けた。
「星野アイさん。こんな兄ですけれどよろしくお願いします」
「はい、こんな先輩の事を任されました」
二人は顔を見合わせて笑っている。
おかしい。関係者のはずなのに疎外感が半端ない。邪魔ですかそうですか。
その後の星野と小町は同い年という事もあり楽し気に話し始めた。内容の半分以上が俺の話題であるのが少し気になる。愚痴って本人がいない所のはずでしょ。もしかして未だにステルスヒッキー発動している?ここまで来たら呪いの装備だろこれ。
「いやーお兄ちゃんのごみいちゃんぶりが聞けて小町は嬉しいよ」
「小町のお兄ちゃんに対する扱いが酷くて悲しいよ」
「うるさい、ばか、ボケナス、八幡、ヘタレ」
昼食を済ませて俺たちは軽く食後のコーヒーを楽しんでいる。星野はちょうどお手洗いに行っている。
「……これなら言ってもいいかな」
「言ってもいいって何がだよ」
少しずつ飲んでいたコーヒーも気が付けば底が見えている。
ブラックという事もあり苦さが未だに口内に充満している。
「雪乃さんもう少しで日本に帰ってくるんだって」
「そうか―――」
その苦さが消え去ることはなかった。
改札抜けて駅からでる。
横断歩道を渡り桜並木を歩いて行く。
大学を卒業して以来久しぶりに通る道だが迷う事なく進む。
前から歩いてくる学生達を見ると少し懐かしく感じる。
駅から十分ほど歩くと目的の喫茶店に辿り着いた。
ここは大学から程近くにあるという事で大学内でも結構有名な喫茶店だ。
カランカランと懐かしい音をたたせながら扉を開く。
茜色が差し込む店内は閑散としていて数人ほどしかいない。
俺は店内を進んでいき、女性の下に向かう。
女性は本を読んでおりこちらには気づいていない。
四年ぶりに見たその姿には幼さが消えていて彼女の母親に近づいたような気がする。
「悪い、待たせたな」
彼女は本を閉じてこちらを振り向く。
「いいえ。私も今来た所だから」
雪ノ下雪乃は柔らかな笑みを向けてきた。
俺が大学当時に付き合っていた彼女、雪ノ下雪乃と別れたのは大学三年生になってすぐの春の頃だった。
高校二年生の冬に付き合い始めた俺たちは、学部こそ違うものの同じ大学に進学して恋人として付き合っていた。
二日に一度は通話をして週に一度はデートしていた。雑談めいた連絡は毎日の様にしていたし、大学内ではほぼ毎日基本的に会っていた。どちらかが提案したわけでもなくただ何となくそうしていた。
ただそれも日数を積み重ねていくと間隔が開いていった。
週一でしていたデートも二週に一回、一か月に一回と開いていった。
大学内でもたまにすれ違えば挨拶をする程度になっていた。
雑談じみた連絡はたまにあるデートの連絡をするものになっていた。
別にどちらかが悪いわけではない。学科やらサークルやらでお互い狭かった高校時代とは比べられないほどの人と知り合った。
お互いが別々の交友関係を築き忙しくなった。
そんな惰性めいた関係性が続いていた春の日の事だった。
綺麗な桜の木が見える喫茶店で会って開口一番の出来事だった。
「私アメリカに留学しようと思っているの」
高校の頃から優秀だった彼女。その才女っぷりは大学でも遺憾なく才能を発揮させていた。
「教授がアメリカの姉妹校に良かったらどうだって言ってくれたの。アメリカの方が私の才能を今まで以上に発揮できるだろうって」
彼女の言葉に俺は小さくそうかといった。
別れようと、どちらが先に言ったのかは覚えてない。俺かもしれないし彼女かもしれない。話の流れでそうなった気がするし、俺がポロって零したような気もする。
別にどちらが悪いというわけでもない。誰にでも起こりうる倦怠期がきてたまたまその時期が重なってしまっただけなのだろう。
元来二人とも連絡なんてするタイプではないし、お互い忙しくて連絡なんてしなかった。
だからこういった結末になったのだろう。
俺と雪ノ下は十分程度で別れてそれ以来会っていない。
では、今はどうなのだろうか。
俺はまだ雪ノ下の事を好きなのだろうか。
答えはイエスである。
「いつこっちに帰ってきたんだ?」
「先月よ。本来なら半年早く帰ってくるつもりだったのだけれど引き止められてしまったの。おかげで帰ってくるのが遅くなってしまったわ」
雪ノ下はため息を吐きながら思い出している。口では迷惑したと言っているが充実していたという表情をしている。
注文して届いたコーヒーを口に運ぶと雪ノ下が驚いた表情をしている。
「……そんなに見られたら恥ずかしいんだけど」
俺の顔に何かついてるの?何かついているのなら俺この顔で電車乗ってきたんだけど。普通に恥ずかしい。
「いえ……砂糖入れないんだと思って……」
確かに付き合っていた頃も高校の頃も基本マッカンか砂糖入りではあったけど。
「そういえばこの前由比ヶ浜に会った時もそんな事言われたな」
かれこれ十か月ほど前にショッピングモールで由比ヶ浜と会ったことを思い出す。
あれ以来由比ヶ浜とは連絡を取っていない。
「らしいわね。由比ヶ浜さんから聞いたわ。連絡するって言っておいて連絡が来ないだとかぼやいていたわよ」
「そこまで……相変わらず仲いいのね君たち」
「ええ、どこかの誰かさんとは違って自分から連絡してるからね」
「俺だってしてるからな。材木座とか」
他?他は材木座と材木座とそれ以外ないな。基本仕事の話ばかりだけど。また小町の声が聴きたいよお兄ちゃん。
あと雪ノ下、材木座の名前出してえ誰、って悩まないであげて。一応お互い顔見知りだから。あるよねこっちは覚えているのに向こうは忘れていること。こっちはちゃんと遊んだ内容とかも覚えているのに、相手に合わせて忘れた振りするのとかよくあるよね。
「えっと、そのざ、財津くん?だけかもしれないけど私は由比ヶ浜さんや一色さん、小町さんとも定期的に連絡取っているから」
「なんで小町はそっちに連絡するのに俺には連絡くれないの?」
最後に星野と一緒に昼食を食べた以来連絡すら来てないし。なんなら一回したら既読無視されたし。てか今思ったけど親からも連絡来てなくね。まあこっちからもしてないんだけど。
その時ふと雪ノ下と目が合った。何とも言えない間がおもろしくて、懐かしくてお互い笑みがこぼれてしまう。
「ねえ、この後由比ヶ浜さんとご飯を食べに行くの。もしよかったら来ない?」
雪ノ下はそんな誘いをしてきた。
多分その手を取れば俺たちはまたあの頃みたく戻れるのだろう。
由比ヶ浜や雪ノ下と頻繁に会うようになって、一色もひょっこり顔を出してくるのだろう。もしかしたら葉山や三浦とかともまた顔を合わせるをかもしれない。そしてそのうち雪ノ下とよりを戻すかもしれない。結婚式なんかをあげたらみんな祝福してくれるのかもしれない。
だから俺はその手を取るべきなのだろう。
「悪いな。俺はやめとく」
すっと言葉が吐き出された。
雪ノ下は一言「そう」とだけ呟いた。
俺は今でも雪ノ下雪乃という女性が好きだ。
眉目秀麗で何でもそつなくこなすがたまにドジってしまうところや、頑張って隠しているが隠しきれていない猫が好きなところ、年パスを持つほどパンさんが大好きなところも。別れて四年経ったが未だに彼女の事を好きだと言えるだろう。
だがその手は取れない。
「別に契約や責任があるわけではない。好きなのかと聞かれるとそれまた難しい。多分ここは手を取るのが正しいのだろう。でも知っているから。彼女の笑みの理由も孤独の辛さも言葉に出来ない苦しみも知っているから。先輩なら後輩に教えなければいけないだろう」
もし、あの頃の俺が今の俺を見たらどう思うのだろうか。鼻で笑われるのかもしれない。歯牙にもかけらずに終わるかもしれない。そんなものは俺が求めていたホンモノではないと説教されるかもしれない。
でもあの頃と違って俺は色々なモノを知った。知らなくていい事も知ってもどうしようもない事も知りたくないことも、彼女の寂しさを知っているから。
俺の言葉には雪ノ下は笑みを零した。
「ねえ、あなたそれを何て言うのか知っているの?」
雪ノ下の言葉に俺の頬はニヤリと動いた。前に同じことを聞かれた気がする。あの頃は寒空の下だったが、今は夕日が照らす暖かな室内だ。
「ああ。男の意地って言うんだぜ」
鼻孔を擽るのはコーヒーの香りだけで、あの紅茶の匂いはもうしない。
それからも二人で色々なことを話した。
高校や大学時代の思い出話や、アメリカ留学中でのことなど様々な事を話した。
時間を忘れたように話して解散するころには四月の空は暗くなっていた。
喫茶店を出て、桜並木を通り過ぎて駅に着いた。
向かう改札が別だからここでお別れのようだ。
「それじゃあ由比ヶ浜によろしくな、また次に会うときは行くわ」
「ええ、その時は小町さんも連れて貴方を引きずっていくわね」
周囲の喧騒が話し声を消し去る。
人々が別々の目的地へと歩いていく。
「それじゃあ。またな雪ノ下」
「ええ、さようならは―――比企谷くん。またね」
彼は昔と変わらずに手を軽く振った。
私も今まで通りに手を小さく振った。
その時また目が合った。それが面白くて私は微笑み彼は肩をすくめて笑った。
彼はそれを最後に自分が乗る改札へと吸い込まれていった。
少しはましになったがそれでも猫背は未だに健在だ。
人ごみに紛れてもそのアホ毛のせいでどこにいるかが分かる。
「何も変わっていないわね。どうでもいい人に素直な所とかが本当に―――」
もしも、私が今彼の下へ走ってこの感情を吐露したら彼は優しいから止まってくれるだろう。
本当にズルいと思う。
あの時の由比ヶ浜さんも同じ気持ちだったのだろうか。
私は未だにその場に立っている。どれほどの時間その場にいたのだろうか。案外一分くらいしか経ってないのかもしれないし、五分くらいは経っているかもしれない。少なくとも彼の背中はもう見えない。
小さく息を吸って少し吐き出す。
優しい彼だから今だけはこの呼び方を許してくれるだろう。
「―――さようなら八幡君―――またね比企谷君」
一筋、頬を冷たい液体が伝ったがそれ以上はもう出ない。
私は見ていた方とは反対の方へと歩いていく。
初恋は実らないと聞いたことがある。
確かにその通りだ。
私の初恋はようやく終わりを迎えた。
読んでいただきありがとうございました。