ようこそ元天才子役のいる学校へ 作:推しの子見てちょっと影響された人
4月1日、桜並木の間を歩き私は目的地へと向かう。春の暖かな日差しに包まれて、優しい春風に髪を靡かせながら、私は桃色の絨毯を踏めしめて進み続けるのだ。
「私のクラスは……Bクラスだね。早く行こう。」
生徒玄関に貼られた組み分け表を見て私は上履きへ履き替える。真新しい制服、真新しい靴、最近流れている蘇芳美波のCMで紹介された少し高いピンクのリップ、その全てに胸が踊っていた。
ピンクのリップで少し背伸びをし、少し大人に近付けたような感覚がして嬉しかった。
私の名前は一之瀬帆波。
どこにでもいる普通で平凡な女子高生だ。
好きな芸能人は今日夢で準主役を務めている蘇芳美波。透明感のあるきめ細かで真っ白な肌、桃色の艶やかな唇、大きな瞳、役に合わせた声、絹のような髪、彼女の全てに憧れ、敬い、推している。火災事件から生還した女の子ということで運も良い。そんな彼女に憧れる女の子は大勢いる。私もそんな女の子の中の一人だ。
「みんな、おはよう!そして、初めまして!」
教室に入る前、私は深呼吸をした。今までの過去が無かったことになるわけではない。しかし、それでも今から新たなスタートを切るのもまた事実だ。だからこそ、この学校でもう一度やり直したい。
「私は、一之瀬帆波です。せっかく同じクラスになれたんだから、できるだけ早く皆と仲良くしたいな。良かったら今から皆で自己紹介をしない?その方が、早く互いのことを知れるし。」
きっと明るく素敵な蘇芳美波ならこう言うはず。私も彼女のようになりたい。だからもっと明るく、社交的になるんだ。
「それ良いな!皆で自己紹介、やろうぜ!ナイス提案だぜ!一之瀬。」
明るく活発そうな男子生徒が同意を示すと、クラス内の雰囲気も明るくなり、次々に賛同を示す声が聞こえて来た。中には少し面倒臭そうな顔をしている生徒もいるが、抗議の声は上がらない。この状況に私は安堵した。
「みんなありがとう!じゃあ私から自己紹介をさせて貰うね。私は一之瀬帆波。少し離れた中学から来ました。部活はまだ決めてないけど、生徒会に入りたいなって思っているよ。皆と早く仲良くなれるように頑張ります。これから宜しくね!」
小さく頭を下げ、にこりとほほえめば皆が歓迎の言葉を述べてくれた。
「よろしくね!」
「おう、よろしくな!」
彼らの言葉に涙が出そうなほどの嬉しさを感じていると、次の人の自己紹介が始まった。
「じゃあ次は俺が行くぜ!俺は柴田颯だ。中学ではサッカー部に所属していたぜ。高校でも続けようと思ってる。皆よろしくな。仲良くしようぜ!」
「よろしくな!」
「俺もサッカー部に入ろうと思ってるんだ!後で少し話そうぜ!」
「おう!後で沢山話そうな!」
そうして平和に自己紹介は続き、最後の一人の番になった。
「じゃあ最後の人、お願いしても良いかな?」
私がそう言うと、本を読んでいた女子生徒歯立ち上がり周りをぐるりと見渡してから口を開いた。
「……西宮美波です。︎中学では諸事情で部活動が出来なかったので、この学校では何何処かの部活に所属しようかと思っています。これからよろしくお願いします。」
長い髪、少し野暮ったい赤渕の眼鏡、全てを見透かしてしまいそうな真っ黒な瞳、一見どこにでも居そうな女の子だが、何故か私は彼女の容姿から目が離せなかった。人を惹きつける魅力、フェロモンのようなものが出ていると言われてもおかしくないほど、彼女は不自然で魅力的な存在だった。
「よ、よろしくね!西宮さん。」
誰もが何も発せない中、私は何とかそんな言葉をひねり出すも、やはり彼女から目が離せない。
どこかで見たことがある、そんな既視感がある。
「おはよぉ、みんな揃っているかしら?」
そんなことを考えていると、教室の入り口に美しい女性が立っていた。同性スラも魅了する美しい外見、異性を魅了する甘い声、雰囲気も柔らかくフレンドリーなタイプに感じる。
「全員いるみたいだね。じゃあ今から最初のホームルームを始めましょうね。」
そう言うと先生は簡単に自己紹介を行い、学校の施設やシステムに関する説明を始めた。その際パンフレットも配布された為、それを見ながら説明を聞いたおかげか、すぐに理解することが出来た。
「これで説明は終わり。この後は1時間後に入学式があるから、おくれないように遅れないように体育館へ向かってね。じゃた最後に質問がある人は挙手してね。」
気になることは幾つかあるが、計画的に過ごす為にもこの質問は外せないと思い、私は直ぐに挙手をした。
「一之瀬さん、質問をどうぞ。」
「はい。」
私は立ち上がり先生の顔を真っ直ぐ見つめ口を開く。
「質問です。今日私達は全員10万ポイントを手にしました。しかし毎月このような多額のポイントを配布されれば、この学校に当てられている予算にも影響があるのではないでしょうか。だから私は考えました。この学校で毎月支給されるポイントは変動する可能性がある、と。先生、私の考えは間違っていますか?」
「へぇ?」
先生は楽しそうに口角を上げ、ニヒルな笑みを浮かべた。悪役、まるでヴィランみたいだ。
「面白い考えね、一之瀬さん。確かに私は来月子宮される額が10万ポイントとは明言していないし、その可能性も否定はしないわ。だけど今答えを言うつもりも無いの。それはあなたの考えが正しければ、来月にはきっと分かるはずよ。」
そう言い先生はクラス内をぐるりと見渡し、先程のような美しい笑みを浮かべた。
「他に質問は無さそうね。それじゃあ私は行くわ。入学式には遅れないようにね。」
そう言いコツコツとヒール音を立てながら先生は教室を去って行った。
それから約30秒後、教室内にホームルーム前の平凡な日常が流れ始めた。白黒の世界に豊かな緑や青が加えられ、一瞬にして何時もの色を取り戻す。何事も無かったかのように楽しそうに囀る鳥達。
緊張関係の抜けた教室で私は一際存在感を放つあの子を見た。
「……」
机を見つめ微動だにしない少女は他人に興味が無いのか、はたまた自分にすら興味が無いのか、騒がしい場が苦手なのか、この状況に不適切な行動をしていた。勿論どう行動するかは個人の自由だ。しかし、一之瀬は今度こそ良いスタートを切ると息巻いていた。だからこそ、この状況で自ら孤立しようとする少女を放っておけなかった。そう言い訳をした。
「ねぇ、何してるの?西宮さん。」
「あっ……えっと、一之瀬さんでしたよね。ごめんなさい、少しボーッとしていました。」
困ったようにそう言う少女────西宮美波は私を見上げはにかんだ。彼女の表情には輝きがあり、まるで天使なのでは無いかと心配になってしまうほど神々しかった。
「そ、そ、そうだったんだ。ずっと俯いていたから少し心配になっちゃったんだ。余計なお世話だったみたいだね。突然話しかけてごめんね、西宮さん。」
私はこれ以上彼女を見ていられなかった。だってこんな綺麗で純粋無垢なら天使を汚したくない。私はもう汚れてる存在だ。だから私はそう言い彼女から離れることにした。一歩後ろに下がった時、私の手が掴まれた。
「待って、一之瀬さん。私誰かに心配なんてして貰ったの久しぶりで、凄く嬉しかったんだ。だからもし良かったら、私とお友達になってくれないかな。……ダメ、かな?」
上目遣いでそう聞いてくる西宮さんは、天使というより小悪魔だった。私は思わず頷いた。
「ダメなんて事ないよ!私こそ友達になりたいって思ってたんだ!」
「本当?」
嬉しそうに微笑む彼女に私はまた頷いてしまった。だってこんな可愛い子のお願いを断れる人がいるわけが無い。そんな人がいるなら是非見てみたいくらいだ。
「良かったぁ……それじゃあこれからよろしくね?一之瀬さん。」
彼女はそう言うと私の手をぎゅっと握り返した。彼女の手は細くて白かった。
「うん、よろしくね!西宮さん!」
私が彼女に笑いかけると彼女は嬉しそうに笑った。
高校生になって初めて出来た友達は物静かで落ち着いているけど、天使のようにキラキラと輝いていた。
その後私達は連絡先を交換し、体育館へ移動するまでの間話し続けた。
「そうだ!西宮さんは好きな芸能人はいる?私はね────蘇芳美波ちゃんが大好きなんだ!」
私がそう言った時、彼女は目を伏せ小さく「そっが」と零した。
「……どんなところが好きなの?」
「全部、かな。容姿も声も話し方も全部素敵で、それらを全部凌駕してしまうほどの演技力も大好きなんだ。」
「……そう、だね。私も、蘇芳美波は凄いと思うよ。」
彼女がそう言うと、私は自分の事のように嬉しくなってしまった。友達と同じ芸能人に憧れているなんて、とっても素敵だ。まさに青春をしていると言える。
「嬉しいなぁ、好きな芸能人さんが同じなんて。私、西宮さんとはすっごく仲良くなれそうだよ。そういえば、西宮さんって美波ちゃんと同じ名前だよね!良いなぁ。羨ましい!」
「あはは、そう、かな。私は蘇芳美波と同じ名前なんて申し訳なく思っちゃう、かな。」
彼女の謙虚な姿勢に私はますます好感を抱いた。謙虚で落ち着いていて、神々しいオーラを放つ彼女にハマっていた。この清い人となら、最高の友達になれる、そう信じて疑わなかった。
「でもきっと美波ちゃんも芸名だとおもうし、そこまで遠慮しなくても良いと思うよ。それに西宮さん合う素敵な名前だと思うんだ。美しい波、落ち着いていて穏やかな西宮さんにピッタリな名前だよ。」
私がそう言うと彼女は肩を竦めながらも、小さく微笑んだ。私の言葉が届いたんだと思い、少しだけほっとした。
それからしばらくして、私達は体育館へ向かい、入学式に参加した。新入生代表の挨拶は隣のクラスの男子生徒が務めていた。式は順調に進み、校長の話が終わると生徒会長が挨拶を述べ、生徒会への勧誘について軽く話し、最後に国家を斉唱して式は終了した。
「ふぅ、やっと終わったね。」
「うん。一之瀬さん、この後はどうするの?」
「あーそうだね……今日は入学式だけだし、クラスの皆と親睦会でも出来たら良いなって思ってるよ。良かったら西宮さんもどうかな?皆集まるとは限らないけど、この学校で初めて出来た友達だから、一番に誘いたかったんだよね。」
私が彼女にそう提案すると、彼女は顔を顰め残念そうな声で話し始めた。
「そっか、誘ってくれてありがとう。凄く嬉しかった。でも、私は今から1時間くらいしたら少し用事があるんだ。どうしても外せない用事だから、今回の親睦会は遠慮させて貰うよ。本当に参加できなくてごめんなさい。」
「あっ、ううん。気にしないで!用事があるなら仕方ないよ。」
彼女は本当に申し訳なさそうな顔をしている為、私はそれ以上誘うことが出来なかった。本当は、彼女と一緒に過ごしたかったが、困らせることは本意ではない。
「ありがとう。じゃあまた今度誘ってくれると嬉しいな。……それじゃあね、一之瀬さん。」
そう言うと彼女は私に背を向けて歩き出したため、私も教室に戻ることにした。しかし、彼女の背中がどこか寂しそうで心配になった私は思わず彼女を呼び止めてしまった。
「ま、待って!」
「?」
不思議そうに振り返る彼女に、私は何を言うべきか分からず、適当に口を動かした。
「あ、あのね!もし良かったら名前で呼んでも良いかな?」
「……勿論良いよ。それじゃあ私も帆波ちゃんって呼んでも良いかな?」
彼女がそう聞いてくれたことが嬉しくて、私は勢いよく頷いた。そして彼女の名前を呼びながら手を差し出した。
「うん!よろしくね、美波ちゃん!」
私がそう言うと彼女は嬉しそうに笑い私の手を握り返してくれた。彼女の手は柔らかくて温かかったが、同時に少し冷たくも感じた。その冷たさは何故か私に違和感を抱かせた。しかしそんなものは直ぐに消え去り、私は彼女との親睦を深めようと話を続けた。
「今週の休日、土曜でも日曜でも良いんだけど、この学校内を散策しない?お買い物とか出来たら良いな。」
「……土曜日の午前中なら大丈夫だよ。楽しみにしてるね、帆波ちゃん。」
「うん!ありがとう!私も楽しみにしてるね。」
提案を受け入れてくれたことに私は舞い上がっていた。
蘇芳美波と同名の彼女だが、野暮ったい見た目の割に素材は良い。服装とメイクで雰囲気もガラリと変わるはず。彼女の洋服を選んだり、お揃いのアクセサリーを買ったり出来たら良いなと思いながら、私は休日の約束に胸を馳せるのだった。