ようこそ元天才子役のいる学校へ 作:推しの子見てちょっと影響された人
俺は神崎隆二。
今俺は、変な生徒と対峙しているのだが、彼女俯いたまま黙りこくっている。
一体どうすれば良いのだろうか。
入学式から数日が経過した。
俺は今日、この教室で勉強会をするはずだった。
勉強会が開かれた理由は、一之瀬が遊んでばかりいないで勉強も頑張ろう、と声を掛けたからだ。
一之瀬帆波には眩い光がある。俺は彼女の光を信じている。だから、彼女がリーダーとして行動することを許容し、敬い、着いて進んでいるのだ。
しかし、俺は一之瀬に対してある疑問を抱いている。それは、一之瀬が親友だという女子生徒についてだった。
西宮美波は地味で目立たないタイプの生徒だ。一之瀬の様な明るく目立つ存在とは対極にいる人間だ。
俺は最初、一之瀬はそんな彼女を気に掛けているだけだと思っていたが、それは思い違いだった。いや、全てが間違いという訳でもないのだろう。何故なら一之瀬は常に彼女を気に掛けているのだから。しかしそれを考慮しても、光と影、対局の存在が互いに仲良くしているという状況が不自然だった。
西宮美波という人間は地味で目立たないだけでなく、どこかきな臭いようにも感じる。どうも信用出来ないのだ。クラスを照らす光である一之瀬がいつか影に飲まれてしまうのではないかと、俺は心配している。
「うーん、この問題はどうしたら良いんだろう?」
勉強会中、普段は人に教える立場の一之瀬が問題に躓いた。すると、すぐに隣に座る西宮がフォローに入り、答えを教えるのではなく参考にすべきページを伝えた。
「あ、その問題だと教科書の21ページの例題と22ペースの右側の発展を参考にすれば解きやすくなると思う。」
一之瀬の伸び代を考えての判断だろう。この判断力もきな臭いと思う要因の一つだ。まるで自分は無害だとアピールするかのように、一之瀬を支え助ける。この役割が彼女以外の人間なら何も違和感は無いわ、嘘くさい西宮には不釣り合いだ。
「……少し、席を外す。」
「分かったよ。」
俺は一之瀬に献身的に世話を焼くヴィランから目を逸らし、教室を去る。
教室の前の扉を開けすぐ右に進むと、教室の後ろの扉に張り付いている不審者……隣のクラスの女子生徒の姿を目撃した。その瞬間、彼女と目が合い俺と女子生徒は固まる。
「……あ」
女子生徒は小さく声を漏らし、素早い動きで逃げようとする。しかし、俺は彼女が逃げるより先に軽く腕を掴む。
「待て。そこで何をしていたんだ?」
不審な動きをしていたとはいえ、女性に手荒なことは出来ない。力を込めれば振り切れる程の強さで俺は彼女の腕を掴んだ。
「……え、えっと」
怯えるように俯き目を泳がせる。おそらく人に咎められるようなことをしていたのだろう。
「怒っているわけではない。だが、不振な動きをしていたのだから、その理由くらい教えて貰えないか?」
「……」
彼女は小さく口を開き、ゆっくりと動かす。声にならない言葉が分かるほど俺は優秀では無い。仕方なく俺はとある提案をすることにした。
「ここじゃなんだし、学校の近くに今月できたカフェにでも行かないか?少し価格は高めだが、人が少なくてし落ち着いた店だ。」
そう提案すると、彼女はコクコクと何度も頷いた。俺は彼女の手を離し、カフェへ向かって歩き始める。俺の後ろを彼女は着いて歩く。とこの道中、俺も彼女も一言も発さなかった。
カフェに着くと俺達は一番奥の窓際の席に案内され、すぐにメニュー表が渡された。
「ここを提案したのは俺だ。今回の食事代は俺が持とう。好きな飲み物を頼んでくれ。」
紳士的にそう言うと、彼女は驚いたような表情でここへ来て初めて声を発した。
「な、何を言っているんですか。じ、自分の分は自分で支払います。」
「……そうか。なら俺は自分の物だけ注文しよう。」
俺は彼女の態度に圧倒され、つい彼女の言葉を受け入れてしまった。
俺はアイスコーヒー、彼女はレモネードを注文し、ようやく本題に入る事が出来る。
「……本題に入ろう。君はウチのクラスの後ろの扉に張り付いていたが、一体何が目的で何故こんなことをしたんだ?」
「……実は、Bクラスのとある生徒について、気になることがあるんです。」
とある生徒、というのが気になるがまずは本題だ。
「その生徒が教室に残っていることは確認済みです。だから該当生徒について調べる為に、クラス内の会話を聞く目的でBクラスの扉に張り付いていました。不振な動きをしてしまい、本当にすみませんでした。」
そう言って彼女は頭を下げる。なるほど、Bクラスの生徒に気になることがあるのか。しかし、何故その生徒をそこまで気にするんだ。
「その生徒とは、一体誰なんだ?」
「……それは」
彼女は一拍置いてからその名を口にした。
「蘇芳美波ちゃん、です。」
「……な、なんだと?」
俺は驚愕した。
蘇芳美波がウチのクラスにいた、という事実に。
そして国民的女優の存在に気付けなかったという事実に。
一体どの女子生徒が蘇芳なのだろうか。
蘇芳美波というのも恐らく芸名だろう。
「……驚いたぞ。蘇芳美波……国民的人気女優がウチのクラスに居たなんてな。だが、蘇芳美波という名前の生徒はいない。一体なんという名前の生徒なんだ?」
「え?……蘇芳美波ちゃんは本名ですよ。私は美波ちゃんの家族の1人と仲が良かったのでこれは確かな情報です。」
「なっ」
俺は驚愕する。
なぜなら、蘇芳美波はウチのクラスに存在しないから。本名だとすれば、ウチのクラスには在籍していないことになる。
「……蘇芳美波という名前の生徒は在籍していない。君の言う蘇芳美波とは、どんな外見をしていた?」
「……落ち着いていて目立たない容姿をしていました。眼鏡を掛けて一之瀬帆波さんの隣に座っていた女子生徒が蘇芳美波ちゃんです。」
一之瀬の隣に座っていた、という単語に俺は頭を抱えた。
「まさか、西宮美波が蘇芳美波だと、君はそう言うのか?」
「に、西宮、美波?苗字が違うようですが、彼女で間違いありません。彼女は人気女優、蘇芳美波ちゃんです。」
俺は、この女子生徒の言う事を信用することが出来なかった。だが、彼女が嘘をつく意味も分からないし、何より彼女が嘘をついたところでなんのメリットも無いのだ。
そして、まだ疑問は残る。何故彼女は自分の存在を隠すのか。蘇芳美波は明るく社交的で、小中と彼女の学校の友達とテレビに出演している。今更隠す理由がさっぱり分からない。
「彼女はなぜ、今更自分の正体を隠しているんだ?」
「……分かりません。」
俺達は顔を見合わせる。結局謎が深まっただけだった。
俺はアイスコーヒーを飲み干し、席を立つ。
「すまないが、そろそろ帰らなければならない。良かったら連絡先を交換しないか?俺も西宮美波について違和感を感じているんだ。情報共有をしないか?」
そう言うと、彼女は首を縦に振った。そして俺達は連絡先を交換する。
「……あ、まだ名乗っていませんでしたね。私はAクラスの、山村美紀です。」
「……Bクラスの神崎隆二だ。」
山村美紀、その名前は聞いたことがある。Aクラスの中でも上位に位置する学力を持つ生徒だったはず。
俺はカフェを出て教室へ向かう。道中、西宮美波について考えを巡らせていたが、先程の山村の怪しげな行動からしても何か重大な謎が隠れているのでは無いかと疑ってしまう。
「……山村が西宮に向ける感情は決して良いものではないはずだ。彼女が本当に一之瀬のとなりに立つに相応しい人物か、今一度見極めなければいけないな。」
そう思いながら歩いていると、俺の視線は目の前にあるモニターの映像に釘付けになった。
『続いてのニュースです。現在活動を自粛中の女優、蘇芳美波さんが彼女を主役とした映画の主役に選ばれたと発表されました。』
蘇芳美波の波乱あり、感動ありの人生を脚色して映画化するらしい。人気女優、生き残った女の子、元天才子役と様々な肩書きを持つ彼女の人生を映画化するというのは面白い試みだ。彼女のファンのみならず、多くの人間が映画館に足を運ぶことだろう。
『上映は来年の4月予定ということで、上映が待ち遠しいですね。』
『蘇芳さんは幼い頃から天才子役として国民に愛され、辛い過去を持ちながらも一度舞台に立てばそんな悲しい過去を思い出させないような、圧倒的な演技力を見せつけてくれました。彼女の今後の活躍が楽しみです。』
今や芸能界に必要な人材とされている蘇芳美波だ。彼女を主役に据えればどんな退屈な物語だって、鮮やかに色付くのだろう。たった一人で、それだけの力を持つ役者はそう居ない。
『では次のニュースです。今月6日、東京都、西東京市の桜川市長が姉妹都市であるイギリスのリヴァプール市へ訪問されました。リヴァプール市の……』
ニュースが切り替わった。その瞬間俺はモニターへの興味を失い、教室へ向かってまた歩み始める。
「……蘇芳美波、か。」
俺の頭の中には、その名がずっと残っていた。
俺は教室へ入り自分の席に座ると、一之瀬がこちらへやって来た。
「神崎くん、どこ行ってたの?遅いから皆心配していたんだよ?」
「それは……すまなかったな。少しカフェに寄っていただけだ。」
「……そっか。なら良いんだ。何も無いなら良かったよ。」
そんな会話を交わしていると、部活のミーティングを終えた柴田が教室に入って来た。彼はすぐにBクラスの生徒に囲まれる。当然一之瀬も彼の傍へと向かい声を掛ける。俺と西宮を除く全ての生徒が彼の元へ集まった。
楽しそうに談笑する彼らの様子を眩しく思いながらも、俺はふと西宮の方をみた。
「……やっぱり違うな。」
彼女は、悲しそうな表情で一之瀬達を眺めながら小さくそう呟いた。しかし、俺の視線に気付くと柔らかな笑みを浮かべて小さく頭を下げた。俺はバツが悪くなり、手元にある問題集を開き解くフリを始めた。
悲しそうな表情から柔らかな笑顔への切り替え方、暗い感情を表に出さない完璧な演技力は、正に天才女優と呼ばれるに相応しい力だ。彼女は確かに蘇芳美波出間違いない。
だがしかし、何故蘇芳美波は悲しそうな顔をしていたのか。何故、一之瀬達をみつめて「違うな」と口にしたのか。俺の疑問は増えていくばかりだった。
その日、俺は決意した。
「……西宮美波……いや、蘇芳美波の事が知りたい。何があったのか、どうして今更偽名を使っているのか。何故悲しそうな表情をしていたのか、必ず知るんだ。」
俺は彼女に魅入っていた。演技力に、彼女の素の感情に、彼女の綺麗な作り笑いに、魅了されていた。彼女を知りたいと思ってしまった。彼女と山村との間にある何かについても然り、俺は全ての謎を解き明かしたいと、そう切実に願った。
翌日、俺は山村にとある提案をした。それは共に西宮美波について調査をすることだ。勿論、山村は快く承諾してくれた。
「……分かりました。協力を受け入れます。しかし、一日の間に一体どんな心境の変化があったんですか?」
山村は俺に向き直って尋ねる。俺は、一之瀬に抱いた疑問を山村に話した。すると、彼女はクスクスと笑い出した。俺が訝しげに彼女を見ると、彼女は言った。
「貴方も、蘇芳美波ちゃんに魅入ってしまったんですね。手を、伸ばしてしまったんですね。」
その笑顔は、まるで悪魔のようだった。そして続けてこう言ったのだ。
「……魅入った、か。確かに山村の言う通りかもしれないな。彼女のふとした仕草、態度、声、嘘で塗り固められた演技は神秘的で、独創的で、神威的だった。魅入ってしまった、というのも間違いではない。だがそれでも───」
俺は山村から視線を外し、目を閉じる。
「俺は彼女の全てを完全に敬っているわけではない。信仰もしていない。何故なら、彼女は神では無いからだ。」
俺の言葉を聞いた山村は、一瞬目を見開いた。そしてすぐに表情を戻し、こう言った。
───あなたは、私とも、あの子とも違うんですね。しかし、その違いこそ今の私にとっては救いでもあります。これから宜しくお願いしますね、神崎君。
あの子とは誰を指す言葉なのか気になり、質問しようと思った瞬間、地面に黒い点がポツポツと広がり始めた。
「……雨、か。」
灰色のコンクリートが少しずつ黒く染まっていき、少しずつ激しさを増していく。その様は、まるで神の慟哭を表しているかのようだった。
「……神の怒り、なんてそんなわけありませんよね。」
山村は冗談っぽくそう言ったが、その表情は何かに脅えているように見えた。雨が降り続ける中、俺と山村は下駄箱で立ち尽くした。傘を忘れた俺達は何も話さず、ただ雨が止むのを待ち続けた。