銀髪ロシアン美少女に転生した元おっさんの話 作:カエモミ
──一学期の期末考査期間も明けたとある日曜日。
夜。リビングのソファーの上でテレビのバラエティ番組を観ながら一人でくつろいでいた時のことだった。
「──リーナちゃん、そういえば今度の三者面談のことなんだけど〜」
「ん〜?」
キッチンのほうから唐突にそんな声がかかり、俺はソファーに座ったまま、反射的に首だけを動かしてそちらに顔を向ける。
そこには、この家では唯一の純日本人然とした容姿を持つ我が母──
ゆるいウェーブのかかった長い黒髪と、柔和で優しげな目元。
そのおっとりとした雰囲気自体は姉妹の中ではマリヤが一番よく似ているが、顔立ちに関して言えばそれほどそっくりというわけでもない。
ただ、俺たち姉妹の優れた容姿は間違いなくその大部分が彼女の遺伝であろうことは明らかなほど、我が母はまさに美熟女や美魔女と表現するに相応しい絶世の美貌を有していた。
そんな母を眺めながら、俺や姉たちも歳を取ったらこんな感じになるのかな〜と思いつつ、黙ってその言葉に耳を傾ける俺。
対して母はちょうど洗い物を終えたところであったようで、濡れた手をタオルで拭きながら、のんびりとした動作でこちらに歩み寄ってきているところだった。
そしてソファーに座る俺の脇に立ちながら、普段通りの柔らかく落ち着いた声音で話し始める。
「あのね? 今度の三者面談、リーナちゃんのほうにはお父さんが付き添うって話だったじゃない?」
「ん? うん、そうだね」
「でも急に、その日はどうしても外せない仕事が入っちゃったみたいで、やっぱり三人ともお母さんが付き添うことになったの」
「え、大丈夫なの、それ? 私達は良いけどお母さんが大変なんじゃ……」
「ううん。先生に相談してみたらマーシャちゃんの順番を後ろにずらしてもらえることになったから、それは問題ないの。ただ、リーナちゃんのほうは時間がちょっと早まることになるから、それだけ伝えておこうと思って」
「そっかー。──ん。了解。いつもありがとね。お世話になってる側が言うことじゃないかもしんないけど、ほんと無理だけはしないで──って、わぷっ」
「──うふふ。リーナちゃんったら本当に優しいんだから」
言い終わるより先に、俺の視界が突如として真っ暗な闇に包まれる。
次いで、顔全体に当たるこの暴力的なまでに柔らかな感触。
この感触……間違いない。どうやら今の俺は、顔をすっぽり覆うように母の胸元に思いっきり抱きしめられている状態らしい。
──うっ……待って、ちょうど呼吸が途切れてたタイミングだったから、このままだと息が……。
「〜〜〜っ……!」
生命の危機を感じた俺は酸素を求め、必死に母の二の腕あたりをタップする。
そうすることで母は「あらごめんなさい、苦しかった?」と心配そうに俺の顔を覗き込みながら慌てて抱擁を解いてくれた。
……ふぅ、危うくおっぱいの肉圧で溺れ死ぬところだったぜ。まあそれも一部の人間にとってはある意味理想的な死に方ではあるけれども。
「──あ、そういえばリーナちゃん。ずっと聞いてみたかったんだけど」
「……ん? 何?」
枯渇しかけた酸素をゆっくりと肺に取り込んで呼吸を整えつつ、母の言葉に相槌を返す。
そんな俺に母はまるで子供のような無邪気な笑みを浮かべながら、好奇心いっぱいのやたらキラキラした眼差しで訊ねてきた。
「最近いつもアーリャちゃんの話に出てくる“久世君”って、いったいどんな子なの?」
「……あー。やっぱ気になる?」
「うんうん、気になる気になる! だって初めてでしょう? あのアーリャちゃんが一人の男の子についてあんなに熱心に話してくれるのなんて」
「だねぇ〜。恋は人を変えるとは言うけど、まさかあのアーリャがね〜」
「まあ! 恋? やっぱりそんな感じなの? どうしましょ〜、今度菓子折りでも持って先方にご挨拶に伺ったほうがいいかしら!」
「いやいや、さすがに気が早すぎるわ」
なんだか一人で勝手に盛り上がっている様子の母を半眼で
……まだ付き合ってもないのにいきなり親が押しかけたりなんかしたら先方も大パニックだよ。
「それでそれで? どんな子なの? やっぱりかっこいい?」
「う〜ん、見た目はまあどちらかというとイケメン寄り? でもあんまり派手さは無くて普通に好青年って感じかな。人当たりも良くて話しやすいし、アーリャとは結構相性良いのかもねー」
「あらあら、アーリャちゃんったらそういうタイプが好みだったのねぇ。うふふ、なんだか顔がにやけちゃう」
「ただ、付き合うとかそういうのはお互いにまだ考えてなさそうな感じかなー。アーリャのほうも好意自体はダダ漏れだけど本人的には無自覚っぽいし」
「あら〜、そうなの? でもそれならそれでこれからがとっても楽しみね! もし二人の関係に進展があったら、またこっそりお母さんに教えてくれる?」
「ん。おっけー」
俺がそう返事をすると、母は興奮冷めやらぬ表情で満足そうに頷く。
けれどもすぐに、その顔を不安げに曇らせると……。
「……ところで、リーナちゃんにはそういうお相手はいないの?」
「………………」
……うん。お母上様よ。
申し訳ないが、俺にそういうのは期待しないでくれ……。
♢♢♢♢♢
──数日後。
事前に母から言われていた通り、本来の予定より早めに三者面談を終えた俺は、せっかくなので校門の前で姉の面談が終わるのを一人で待っていた。
時間的に、そろそろアリサの面談も終わる頃合いだろう。
ブックカバーに閉じたラノベを片手で読みながら、校門の壁に背を預けつつ、ただじっと時が過ぎるのを待つ。
やがてそれからどのくらいの時間が経ったのか。
不意に今の時刻が気になった俺はラノベから目を離し、制服のポケットからスマホを取り出す──否、取り出そうとしたところで……。
「──おお、おおおお! 東欧の奇跡ぃぃぃぃ!!」
「……っ!?」
それは、本当に突然のことだった。
前方からあまりにも突然にそんな叫び声が聞こえ、俺は思わず手にしたラノベやらスマホやらを落っことしそうになりながら驚いて声がしたほうを見やる。
すると、そこには……。
「……え、マフィア?」
──ソレを目にした瞬間、俺の口からほぼ反射的にそんな言葉が漏れ出た。
なぜなら俺の目の前にはいつの間にか一人の老年男性が立っており、全身を白スーツで固め、さらに頭に白いソフトハットを被ったその姿は、まさしく海外映画のマフィアの
けれどもよく目を凝らして見れば顔立ちは普通に日本人っぽく、格好そのものはかなり厳つめなものの、その快活そうな表情からは隠しきれない人柄の良さのようなものが滲み出ている気がした。
……なんだ、この爺さん?
「──お嬢さん、お名前は?」
ずいっと俺に一歩詰め寄りながらそんなことを聞いてくるご老人に咄嗟に身構えつつ、どう答えたものかと思考を巡らせる。
なんとなく悪い人間ではなさそうだが、それでも正体不明の見ず知らずの他人に、簡単に名を明かすのは少し躊躇われた。
そのまま一向に口を開こうとせず押し黙る俺に、そこでようやく相手もこちらが警戒していることを悟ったのだろう。
老人は「おっと、これは失礼した」と人の良さそうな笑みを浮かべると、その場で帽子を取り、恭しく紳士的な動作でこちらに一礼する。
「怖がらせてしまって申し訳ない。わしの名は久世
「えっ、まさちーの?」
「なんと! 孫と知り合いなのかね!?」
「あ、はい。政近くんとは友達、ですけど……。いや、正確には姉の友達? みたいな」
俺がそう告げると、知久というらしい政近の祖父を名乗る老人は、感激したように両腕を広げ天を仰いだ。
「おお、何という巡り合わせか! ──お嬢さん、わしの孫になる気はないかね?」
「え、なりませんけど」
「そうか、残念だ」
言って、わっはっはっと豪快に笑う政近祖父。
……いやクセ
このおじいちゃんちょっとキャラ濃すぎない……?
「あ、申し遅れました。私は政近くんとは隣のクラスで、たまに話したりしてます、アリナ・ミハイロヴナ・九条っていいます。どうぞ、気軽にリーナって呼んでください」
「ほう! その父称、やはりロシアの方かね?」
「はい、ハーフです。父がロシア人でして。……ロシア、お好きなんですか?」
「ああ、好きだとも! 何しろロシアの女性は美しい! これまでも何度かロシアに渡ったことはあるがその度に刺激的な出会いを──と、おっと、これ以上はあまりご婦人の前でする話ではないな」
「あはは……。じゃあもしかしてロシア語も話せちゃったり?」
【もちろん。簡単な日常会話程度ならば喋れるよ】
「おお〜。すごいですね〜」
流暢という程ではないにしろ、ちゃんと発音も聞き取れるし意味も通じる。
意外にも達者なそのロシア語に、俺も思わず素で感心してしまった。
「──はっはっは! そうだろうそうだろう。何を隠そう、あの政近が
「…………へ?」
………………今、なんて?
「? どうかしたかい、リーナさん?」
「あ……いや、えっと。……政近くんも話せるんですか? ロシア語」
「なんだ、本人から聞いていなかったのかね? 政近もわしと同じぐらいは喋れるし、聞き取りだけならネイティブレベルで完璧なはずだが」
「……へ、へぇ〜」
あまりにも唐突に飛び出してきたその衝撃的な事実に、俺は
え……? まじで……?
政近がロシア語を話せる、聞き取れるってことはつまり、今月頭の食堂での会話とか、激辛ラーメン店でのアリサの強がりとか、ああいう場面でも全部、ロシア語の内容までしっかり理解してたってことだよな……?
これは──、面白いことを聞いてしまったぜ……!
「──あれ、じいちゃん? 来るのが遅いから来てみたらこんなとこで何し──って、リーナ!? なんでじいちゃんと──」
……と。噂をすればなんとやら、というやつだろうか。
政近祖父とそこまで話していたところで、ちょうど
「おお来たか政近! いまちょうどお前の話を──」
「──あ、おじいちゃんちょっと待った」
「……む?」
こちらに近づいてくる政近の存在に気付き、軽く手を上げつつ孫に何やら話しかけようする政近祖父を、俺は口元に人差し指を当てながら「しー……」というジェスチャーで制する。
そうして政近祖父が黙したのを確認した俺は、ニヤリという含み笑いを浮かべ、立ちはだかるように政近の前へと歩み出た。
「よっ、まさちー。こんなところで会うなんて奇遇だねぇ?」
「……? ああ、そうだな。それより、うちのじいちゃんが迷惑とかかけなかったか? ……この通り、昔からロシアに対する憧れが強い人でさ──」
「──そんなことよりまさちー、ちょっといい?」
「ん?」
【鼻毛出てるよ?】
「え? ──あっ……」
ロシア語で放った俺の不意打ちの一言に、政近はついうっかり、といった様子で自身の鼻に手を当てる。
うっわ……マジで通じてるわコレ。
「……………………もしかして、聞いた?」
「うん。聞いちゃった♡」
「はぁぁぁ〜〜……」
何やら色々と察したらしい様子の政近が、ニッコリと満面の笑みで頷く俺の顔を見て、まるで全身の力が抜け落ちたかのようにその場に
うんうん。勘の良いガキは話が早くて助かるよ。
【──ふふっ。これから楽しくなりそうだね、政近くん?】
──こうして俺は、政近に対する最大にして、新たなるイジりネタをゲットしたのだった。
……というわけで六話でした。
またも大変お待たせしてしまって申し訳ないです。
今話はちょっと夏休み回の布石といいますか、リーナのポジションを確立させる意味でも結構重要な回だったかなと思います。
これで今後の政近、アーリャカプに対するイジりの幅も広がったかな、って感じです。
では、次回もいつになるかはわかりませんが、気長にお待ち頂ければ幸いです。
今後ともよろしくお願い致します。