Summer Rainは聞こえない 作:るーじん
うだるような湿度と熱にうなされて、深夜に目が覚めた。
「うげっ、まだこんな時間か」
午前3時。
テスト前でもこんな時間まで起きてたことはない。
寝なおすか……と思ったのだが、どうにも寝付けない。
ベッドでごろごろとしていたが、15分ほどたっても目は覚めたまま。
漫画でも読もうか、と本棚を見るが、全部読み飽きたものばかりだ。
ちくたくと時計の秒針の音。
窓の外にふとに目をやった。
午前3時の深夜の世界か……。
興味をそそられた。
「外、散歩してみようかな」
お気に入りのポロシャツを着て、そっと自室のドアを開ける。
親に見つからないように足音を立てずに階段を下りた。
家の外に出ると、しんとした夜の空気が肌に触れた。
これが、深夜3時の世界か。
なんかドキドキする。
街路灯がチカチカと点滅する路地を歩く。
人通りは全くない。
何処まで行こうか。
そうだな、大きな駐車場のそばのコンビニまで行こう。
ジュース一本買うぐらいのお金はポケットに入っている。
それを買って戻ったらミッションクリアだ。
なんとなく意気揚々となり、家から10分ほどの位置にあるコンビニへ。
「着いた」
真っ暗な夜の街並みにぼやっと光を放つ24時間営業のコンビニは、なんだかそこだけ切り離された離島みたいに見えた。
自動ドアが開き、コンビニに足を踏み入れる。
大学生ぐらいに見える店員のお姉さんがちらっと僕を見た。
怒られるか?と思ったが、スルーされてほっとした。
そりゃそうか、別に深夜に出歩くことは犯罪じゃない。
ジュースの棚へ向かおうとすると。
「おっ」
女の子の後ろ姿。
ジュースを選んでいる先客がいた。
へぇ、こんな時間でもお客さん、いるんだな。
そう思いながら僕も選ぼうと横に立つと、目が合った。
「あれ、伊地知さん?」
「椎野君?」
クラスメイトの伊地知虹夏さんだった。
意外だ。
こんな時間にこんな場所で会うなんて。
「うわっ、なんか奇遇だね」
向こうもそう思ったみたいだ。
「あ、うん。僕もびっくりした」
「よく来るの?」
「いや、こんな時間にコンビニなんて初めてだよ。なんか、その、寝付けなくって」
「そうなんだ。実は私も」
伊地知さんが、テへッと笑った。
伊地知さんは、可愛い。
クラスでも特に目立つぐらいに可愛くって、雰囲気も明るくフレンドリーで、密かに彼女を狙っている男子は多い。
僕は……自分が相手にされるとは思っていないから、そういう目で見たことはないけれど。
でも、こんな深夜にコンビニで偶然会ったのが伊地知さんというのは、なんだかうれしい。
お互い、好きなジュースを買ってコンビニを出ると、伊地知さんが問いかけてきた。
「ね、そのまま帰る?」
「え、どうしようかな」
「私、ここで飲んで帰るから、一緒に飲もうよ」
おぉ、思わぬお誘いだ。
断る手はない。
「もちろん、そうする」
伊地知さんが、駐車スペースの安全柵に腰かけたので、並んで腰かけた。
「何買ったの?」
僕が問いかけると、伊地知さんが缶ジュースを見せてくれた。
「オレンジの炭酸ジュース」
「あ、それ飲んだことないな。おいしそうだね」
「一口飲んでみる?」
「えっ!?」
「あっ」
言ってから、間接キスになると気づいたのだろう。
伊地知さんが顔を赤くした。
「ご、ごめんね、今のナシ。いつもリョウに分けてあげてるから」
あせあせと弁解する伊地知さんが可愛い。
「あ、大丈夫だよ」
「ほっ」
胸をなでおろして、缶ジュースを飲む伊地知さん。
僕も自分の買ったソーダを飲んだ。
「急に夜中に目が覚めちゃったの?」
伊地知さんが訊いてきた。
「うん、なんか暑くて寝苦しかったのかなぁ」
「そうなんだ」
「伊地知さんも?」
「うん、私はなんか考え事してて」
「考え事?」
「あ、大したことじゃないよ? 今度ライブやるときのドラムアレンジとか考えてたら、目がさえちゃってさー」
なるほど、そういうことか。
伊地知さんは、結束バンドっていうバンドをやっている。
さっき話に出てきた山田リョウさんと、あとは学外の女の子二人がメンバーみたいだ。
僕はライブハウスに行ったりはしないので、あまり詳しくは知らないのだけど。
「ドラムアレンジか、難しそうだね?」
「うーん、感覚でバンバン叩いてもいいんだけどさー」
伊地知さんが細い腕をぶんぶん振る。
そういう仕草もなんだか可愛い。
「椎野君は、音楽聴かないの?」
「音楽かぁ、ロックは全然知らないんだよね」
「ロック以外は聴くってこと?」
「うーん、まぁね」
僕はちょっと迷った。
「どんなの聴くの?」
伊地知さんが、純真無垢な顔を向けてくる。
「えっと、ジャズとか……」
言ってから、顔から火が出るほどに恥ずかしくなった。
僕は実は小学生の頃からジャズが好きだ。
というか、ずっとジャズしか聞いてこなかった。
きっかけは、たまたま家にあったアート・ペッパーのサーフライドってレコードを聴いたことがきっかけだ。
それは親父のコレクションだった。
親父は転勤族で、家を空けてばかりで、出張先でレコードを買うのが趣味の男だった。
僕が小学6年生の時に、出張先で死んだ。
家に残された大量のレコード。
僕はそれを聴いて育ったのだ。
けれど、ジャズが好きだと人に言うのは、好きじゃない。
というのも、たいてい馬鹿にされるからだ。
ジャズを聴いているといえば、「かっこつけんなよ」とか「嘘だろ」とか「そういうの聴いてますアピールか」とか言われる。
そういう経験を、小学校、そして中学校の間、ずっとしてきた。
ただ純粋に好きなだけなのに。
だから、言いたくなかったんだ。
「ジャズ……」
伊地知さんが、僕の返事を反芻する。
あぁ、やっちゃったな。
僕が後悔していると、その後悔を突き破るような笑顔を向けてくれた。
「いいね、ジャズ!」
「え?」
思わず、伊地知さんの顔を見る。
その表情は、全然嘘をついているような表情じゃない。
「私、ジャズってあんまり聴いてないから、おススメのとか教えてほしいな」
「ほ、ほんとに?」
「?? うん」
何か変なこと言った?という感じのきょとんとした伊地知さんの顔。
彼女の純真さが伝わってくる。
「できればドラムがカッコいいのがいいなぁ」
「あ、え、えと、じゃぁその、僕が好きなドラマーはビリー・ハートって人で。こう、芸は細かいんだけど、スケールが大きいんだ」
「ふんふん」
「えっと、携帯に何か入っていたかな」
僕が携帯を取り出して検索すると、伊地知さんも顔を近づけてきた。
「「あっ///」」
互いに顔を近づけすぎて、同時にそのことに気づく。
「ご、ごめんっ」
「こ、こちらこそっ」
赤くなって謝りあった。
「な、なんか椎野君、話しやすいから、つい距離感バグっちゃった」
あははー、と伊地知さんが照れたように笑う。
「あ、ほ、ほんとごめん」
僕は頭を下げた。
「こらっ、謝りすぎだよ?」
伊地知さんがちょんと僕の鼻先に触れた。
「椎野君、すごく気を遣ってるでしょ」
「そ、そうかな?」
「うん。そんなに気を遣わないでいいよ? 悪いこと何もしてないんだしさ」
「あ、ありがとう」
「友達なんだからさ」
「と、ともだち」
「あ、ご、ごめん、なれなれしすぎた!?」
伊地知さんが謝ってくる。
伊地知さんと友達になれて、嫌な男子なんてどこにもいないだろう。
むしろ、僕なんかが友達認定されちゃっていいのかな。
「そ、そんなことないよ。うれしい」
「よかったー」
伊地知さんがほっとした顔をする。
「あ、そうだ、ビリー・ハート」
探している途中だったのを思い出して、携帯をタップする。
が、入っていなかった。
基本的に家でレコードかCDで聴くから、携帯に入れていないのだ。
「ごめん、CDしかないや」
「そうなんだ」
伊地知さんをがっかりさせてしまったか?
と思ったのだけど、彼女は明るい笑顔でこう言ってくれた。
「じゃあ今度、CD貸してくれる? あ、そうだ、その時に私もおすすめのロックのCD渡すね!」
え、マジか。
伊地知さんも貸してくれるの?
「わ、わかった」
僕は頭が沸騰しそうな勢いでうなづいた。
話し込んでいるうちに、とっくに缶ジュースは空になっていた。
「うわっ、もうこんな時間だ」
伊地知さんが時計を見て驚く。
言われて僕も時計を見ると、午前4時!?
一時間近く話し込んでいたのか?
「うわぁ、楽しすぎて気が付かなかったよ」
伊地知さんがそう呟いた。
楽しかったのか?
伊地知さんも?
「そ、そろそろ帰ろっか」
「う、うん」
缶ジュースをごみ箱に捨てて、それぞれの家の方向へ。
「じゃあね、椎野君。また明日」
「ま、またね」
「学校でも、お話ししようね!」
「えっ」
手を振って、伊地知さんが彼女の家の方向へと駆けていく。
明日、学校でも、おしゃべり。
僕は唾を飲み込んだ。
い、いいのか?
学校でも伊地知さんとしゃべっちゃって。
うわっ、想像するだけでドキドキするぞ。
頬にほてりを感じながら、僕も帰路についた。
こうして、僕と伊地知さんは友達になった。
(つづく)