魔石生物 ーMagic Stone Creature- 作:御坂まさき
夏休みという言葉で連想するものと言えば、花火、お祭り、BBQ、プール、そして
陽太も小学生の頃は待ち遠しい長期休みで、来てみれば感覚的にはあっという間に終わってしまう矛盾を持った休み期間だった。
しかし、大学の夏休みは小学生よりも長く、2ヶ月近くもある。
どこに行くにも何をするにも最適な季節だった。
が。
陽太の大学生活最初の長期休みは、休みなどほとんどなかった。
数日程実家に帰り、家族や地元の友人と過ごす期間があったりしたが、それ以外のほとんどは勉強、そして訓練の日々だった。
「はぁ」
陽太はため息を吐いて言う。
「……彼女、欲しいなぁ」
心の底からの言葉だった。
夕日を背負ってとぼとぼと歩く姿は哀愁が漂っていた。
元々楽しい大学生活を想像していた陽太はしかし、現実を思い知らされ休む暇もなく勤勉に努力を重ねている。
しかし、人間それだけでは疲れてしまう。
だから訓練の終わりの後などには嵐達と飲みに行ったり、休みの日を設けてリフレッシュを兼ねてクロ達と遊びに行ったりももちろんしていた。
だからこの夏休みを楽しんでいないわけではなかった。
だが、それとは別に彼女という特別な存在が欲しいのも事実だった。
今日特段そう思うのも、友人達はこぞって今日はお祭りだからと午前中に訓練を終えて早々に帰って行き、そしてそれぞれが優しく陽太の肩を叩いて行くという屈辱を味わい、さらに淡墨までも華さんと腕を組んで去って行ったのを見てしまったが故である。
心の潤いが足りない。
いくら大人びている陽太とは言え、そこは一介の学生で、そして1人の男ある。
友人達の幸せそうな、楽しそうな表情は、打って変わって陽太の心はささくれ立たせた。
落ち込んで歩いている陽太に、クルクルと陽太の周囲を回りくぉんと心配そうな声を出すクロ。
その肩には、シロがやれやれと首を傾げていた。
そこに、
「あの、すみません」
後ろから声がかかった。
振り向くとそこには見知らぬ生徒がいた。
♦︎♢♦︎♢
「アッヂぃ〜」
蝉時雨の中、燦々たる太陽がこれでもかと大地に降り注ぎ、鳴矢の体温と苛立ちを募らせる癖に、ヤル気だけは奪っていく。
「あっちー…なぁ……?」
その隣を歩く銀太はその巨漢故に代謝が良く、既に汗だくになりながらダラダラと歩く。
大学までの道のりが遠く感じ、足取りは重くなるばかりである。
そんな2人を見て、嵐は大きく聞こえるようにため息を大きく吐いた。
「ったくお前らはよぉ、だらしねぇよ。これから勉強するってぇのにやる気あんのかよ?」
そしてその前を歩く嵐が、呆れた顔で振り返って言う。
その涼しい顔は暑さを感じさせなかった。
だが、至極真っ当な正論にしかし2人はキレた。
だからこそキレた。
「オッケー、わかった。サスケ、その風止めろ」
苛立ちを隠すことなく、鳴矢は嵐の頭の上で風を起こしている存在に言う。
しっぽをピーンと真っ直ぐ上に伸ばし、緑色に輝くしっぽは卓を中心に渦のように柔らかい風を起こしていた。
「きゅ?」
どした?と可愛く首を傾げるサスケに、銀太が続く。
「この暑さも訓練のうちだからな?あんまりその
「はんっ、騙されんなよサスケ。アイツら適当こいてるだけだ。こちとらサスケの風を起こす調整の訓練も兼ねてやってんだからよぉ」
「んきゅ」
それに頷くサスケ。
これもまた、至極真っ当な正論だった。
サスケは風を操るのが雑な所があり、パワーがありすぎて繊細な調節が苦手だった。その雑な所は主人に少し似ていた。――可愛さは似ても似つかないが。
というか、今回嵐は正論しか言っていなかった。
間違っているのは2人である。
八当たりにも程があった。
「ヨシ、わかった。じゃあショージキに本音を言うわ。羨ましくて死ぬほどムカつくから風を止めろ。もしくは混ぜろやこのやろう」
「面の皮厚すぎんだろ。バカか?」
「バカにバカって言われた!!ギンタなんとかしてくれ!」
「ふぅ。やれやれ、これは出したくなかったんだけどな?」
銀太は首をすくめて、ポケットからある物を取り出す。
それは小指サイズほどだが、美しい淡い緑色をした綺麗な魔石だった。
「きゅきゅ!?」
それを視認した瞬間、サスケの目の色が輝く。
ほとんどの魔石生物にとって、
とくにサスケは淡い緑色が好物であり、その純度も色合いも、サスケにとってクリティカルヒットだった。
「おい!サスケを物で釣るな!」
それを無視して銀太は続ける。
「これあげるからこっちで練習しよう、な?」
「はっ!サスケはそんな物で釣られわけ――「うきゅー!」――って喋ってる途中でもう飛んでいくなぁー!!」
嵐の台詞もどこ吹く風。サスケは嵐を無視して風を纏ってムササビらしく飛んでいった。
その姿は単純な主人とそっくりだった。
「あっじーー」
ダラダラと暑さにげんなりしている嵐の前で
「ったくだらしねぇよ、オマエは」
「これから勉強だぞ、気合い入れろよな?」
「きゅ〜!!」
カリカリと美味しそうに魔石を食べながら、2人を包む風を起こすムササビがそこにはいた。
「あ゙ー!すずしーっ!!」
迷わず図書館に入った3人は、その涼しさに人心地つく。
エアコンは偉大である。
ようやく自分の頭に戻ってきた
まったく、と嵐は悪態を吐きながら自動販売機でスポーツドリンクを選択する。一口で半分程飲み切り
「かーっ!うめぇ!」
と声を出す。
「おい、図書館なんだから静かにな?」
「おっと、わりぃ」
窘められて、すぐに謝罪する。
辺りを見渡すと、共有スペースはどうやら人はほとんどまばらで、嵐の行動を気にしていた人はいなさそうだ。
ついでに目当ての人物を探してみるがまだいないのか見つからなかった。
「陽太に連絡は?」
「まだ約束の時間でもないし、急かす必要もないな?」
「そりゃそうだ」
そう言って嵐は近くの椅子に腰を下ろし、もう一度ペットボトルに口をつける。
冷房の効いた館内は嵐の火照った身体を徐々に冷ましていく。
その隣で銀太は嵐よりワンサイズでかい飲み物を買っていたのに、もう既に飲み切っていた。
相変わらずの健啖家である。
最近は訓練漬けのため、ぽてっとした腹は引き締まりつつある。
しかし食う量も増えた為、ダイエット的にはそこまでの成果は見えていない。
銀太の
この運動量で痩せないはずもないので、しばらくは様子見をすると決めている嵐だ。
そこに、トイレから帰ってきた鳴矢が合流する。
しかし様子がおかしい。
「どうした鳴矢?」
嵐がはてと声をかける。
鳴矢は震えた声で答える。
「化け物がいる」
図書館は文字通り書物を保管する場所でもあるが、現代において紙媒体の書物はほとんど廃れている。
過去にそう言うものがあったよね、くらいの価値観が現代の人間の共通認識である。
流通はもうほとんどしていない。
なので、図書館という割には書物を触ることは基本的に出来ない。
貴重品、骨董品扱いに近いものがある。
図書館とは、書物のデータを呼び出し閲覧し、調べ物をする。誤解を恐れずに言えば、現代の図書館とは書物のデータを保管してある場所と言ってもいい。
特にこの学校の図書館にはほとんど書物はなく、それはつまり、書物の分のスペースがないということだ。かと言って小さいわけではなく、規模的にも“図書館”という括りからは外れてはいない。
ではその空いたスペースはというと、小さい部屋に置き換わっている。この図書館は書物だけでなく、動画データも保管しており、しかもそれはこの学部にしかないものも多く、そのデータは持ち出し厳禁だ。
そのため、生徒達はチームでその本や動画データを共有し、ディスカッション出来るように小部屋が配置されている。
つまりはこの学部においての図書館の役割は、組んだチームの相談部屋、という意味合いの方が強い。
また、教師を招いて相談することも出来るので、図書館はこの夏休みの間でも絶賛稼働中であった。
その個室が立ち並んでいる場所を、嵐と銀太は鳴矢の後を言われるがままに着いていく。
個室はそのほとんどが埋まっており、今日嵐達もその小部屋を利用するつもりで来ていた。
陽太と魔石狩りの資格の勉強をする為である。
法律関係と一般知識、常識が問われるテストだが、シンボルエリア毎のギミックや注意点なども出題される。
それらは一般に情報が流通されていない。
違法の魔石狩りを防ぐ為だ。
だからこの学校の入学時にはその情報を漏洩、もしくは誰かに話さないという誓約書を書かされる。
破った場合相応な罰則を余儀なくされる。
もちろん、その生涯で魔石狩りの資格を取ることは出来なくなる。
魔石生物学部に入らないとわからない情報は多く、しっかりと勉強をしなければ魔石狩りにはなれない。
資格も国家資格なので、当然簡単ではない。
授業である程度教えてくれるが、全てを事細かに説明してくれるわけではない。ある程度は生徒の自主性に求められる。
つまり、この図書館という場所は魔石狩りの資格を得るにあたって必須の場所であった。
そして。
果たして健 鳴矢に連れられてついて言った先には、確かに化け物がいた。
そこはこの図書館において一番広い部屋で、40人入っても余裕がある教室くらいのサイズだった。
その部屋に目算でも50人くらいの生徒がぎゅうぎゅうに入っており、そしてその輪の中心には探し人である陽太がいた。
嵐は二度見三度見して口を呆けて言った。
「……コミュ力お化けだ」
魔食②
とある漁港に、魚をこよなく愛する男がいた。
しかし、ポストアポカリプスにより、魚が取れなくなり男は絶望した。
それこそ命をかけて海に行こうとしたが、生き残った家族に、さらに悲しい思いをさせることは出来ず思い止まる。
そんな男のパートナーは、植物系の魔石生物で、果実を作ることができた。
眠る間際いつも、男は魚の味、美味しさをパートナーに語る。そしていつも最後の言葉が、また食べたいな、だった。
ある時、パートナーは一つの果実を持って来る。
見慣れない果実で、色味も悪く食欲をそそられない。しかし、あまりにパートナーが自慢気に渡してくるので、楕円形の薄汚い銀色をした果実に齧り付く。
その中身は真っ赤で、そして彼は久し振りにマグロの味を思い出した。
これが転換点。
世界が食生活が覆る瞬間だった。
参考文献
魔食の始まりと波及